No.643404

高みを目指して 第21話 IS編

ユキアンさん

私達がやるとオルコットさんはもっと酷い目に会っていますから。
by刹那

2013-12-07 15:38:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3474   閲覧ユーザー数:3083

 

 

 

 

side 零

 

 

入学してから一週間後の終わりのSHRにおいて天流先生が話を切り出した。

 

「さて、そろそろですがクラスの代表を決めようと思います。代表の方にはクラス代表としての会議やイベントに参加してもらう事になります。この一週間である程度のクラスメイトの情報は集っていることでしょう。他薦、自薦は問いません。誰か居ませんか?」

 

他薦しようにも基本この一週間は自分のことを話すばかりで話しかけて来てくれた子の名前を覚えるのとクロスボーンの調整で精一杯だった。

クロスボーンの調整は難航している。X2のデータも見せて貰ったのだが、もの凄く繊細な設定をされすぎていて手本にすらならなかった。よくあの設定で動かせる物だ。僕では歩く事が出来ない位に繊細な設定だった。こんな設定で僕を倒せるんだから世界最強の名は伊達ではないと痛感する。

後は、簪さんと一緒に夕飯を部屋でとるのが基本となった。簪さんは夜遅くまで何かの作業をしているんで朝はぎりぎりまで寝かせてあげて、お昼はクラスが違うので様子を見る事も出来ないので、せめて夕飯位はちゃんとした物を食べてもらおうと思って食堂が閉まるぎりぎりに厨房を借りて二人分を作る事にしたんだ。部屋にも備え付けのキッチンがあるんだけど、設備としては一応体裁が整っている程度だったので厨房を借りている。実家の台所はそのまま店を開ける位の設備が整ってたからね。お父さんの趣味でそうなっている。まあ、厨房も自家製の調味料が無くてちょっとだけ困ったけど、週末に送って貰ったから今日からは楽になるだろう。

 

「はい、天流君が良いと思います」

 

はい?今なんと?

 

「私も」

 

「右に同じく」

 

「それじゃあ~、ひだりにおなじく~」

 

「ちょっ、ちょっと待って。なんで僕を!?」

 

このままだと流されると感じて声を上げる。明確な理由ならともかく、おもしろそうとかそう言う理由なら避けたい。

 

「なんでって、男だからって言うのもあるけど、天流君を見てたら任せられるかなって」

 

「そうそう、毎日朝早くから走ってたり、放課後も遅くまでISの訓練をしてたり、授業での受け答えもバッチリだし」

 

「付き合いが悪い訳でもないけど、自分の意志はしっかり持ってて断る時は断るし、任せられるっていうか頼れるって言うのかな?とにかく天流君なら問題無いって思うの」

 

僕にはそれが当たり前なんだけど、それが良い評価に繋がってるのは分かる。それに確かな信頼も感じられる。

 

「天流君、納得出来ましたか?」

 

「はい。皆が信頼してくれるならそれに応えたいと思います」

 

「そうですか。それでは「待って下さい!!納得いきませんわ!!」オルコットさんですか」

 

机を叩いて自分の存在を周囲に知らせたのは、いかにもお嬢様ですと言った感じの女子だった。アレだけ特徴的な見た目をしていて名前を覚えていないという事は話した事は無いはずだ。

 

「そのような選出認められません!!大体、男がクラス代表だなんて良い恥さらしですわ!!このセシリア・オルコットに、そのような屈辱を1年間味わえというのですか!?」

 

あたかも自分が一番偉いと思っている態度に呆れる。今でもたまに見かけるけど、こういう女性はISが登場してから増えた。

 

「実力から行けば私がクラス代表になるのは必然。物珍しさや、至って普通の事を行っているだけの極東の猿にされては困りますわ!!私はこのような島国までIS技術の修練に来たのですよ」

 

こういう輩には正論などは一切通用しない。その場は合わせておくのが一番の対処法だけど、今はそうするわけにはいかない。今の僕にはクラスの皆からの信頼が寄せられている。それを裏切る訳にはいかない。

 

「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけない事自体、私にとっては堪え難い苦痛であり」

 

いい加減にキレて声を出そうとした一夏君の顔の前に手を挙げて抑え、立ち上がる。

 

「あら、何かありまして?」

 

「……それで人の上に立てるのか?」

 

「何を言っていますの?」

 

「君には周りが見えていないのか?」

 

オルコットの事を好意的な目で見ている生徒は居ない。天流先生はこの場では中立なので顔に出ていないけど、心の中ではどうか分からない。

 

「相手を批判する事しか出来ずに、自分の事は棚に上げるのが君の国での作法なのかい?」

 

「貴方、私の国を侮辱しますの!?」

 

「侮辱しているのは君の方だ。同じイギリス出身であるソニアさんを見れば分かるはずだ!!」

 

僕が名を出した事でソニアさんに注目が集る。

 

「代表候補生であるオルコットさんにはあまり言いたくありませんが、私ですらどうかと思います。それに私も天流さんの方がクラス代表に相応しいと思います。オルコットさんにはとてもついていけそうにありません」

 

「貴女、祖国を裏切るのですか!?」

 

「私にとって、オルコットさんの態度の方が祖国を貶める行為に感じます!!だって、代表候補生ということはそれだけ発言力があるという事なのに、国を背負って立つという事なのに、自分の事しか考えて無いじゃないですか!!」

 

オルコットさんの様にソニアさんが机を叩いて立ち上がる。

 

「なっ!?」

 

「巫山戯ないで下さい!!貴女はこの一週間、何も行動を起こして無いじゃないですか!!先生だって言っていたじゃないですか、クラスメイトは一緒に勉強をする仲間であり、蹴落とさなければならないライバルでもあるって。IS関係だけでもないって」

 

そこから英語での会話になったのでよく分からないけど、断片から推察した所、この一週間でのオルコットの態度に関してだと思われる。それがどんどんとヒートアップしていく。そろそろ不味いな。これ以上言わせると不味い事になる。本能的にそう感じてソニアさんに近づいていく。

 

「貴女なんて、貴女の方が」

 

一夏君の時と同様に顔の前に手を挙げて抑える。急に目の前に手が現れてビックリした事で言葉が止まる。そして僕の方に顔を向けて来た。

 

「それ以上は」

 

首を横に振って言わない様に促す。気が削がれたおかげで気持ちが一気に収まり身体からも力が抜けたのかイスに身体を預けて、静かに泣き始める。そんな彼女にハンカチを渡す。

 

「もう一度聞く。それで人の上に立てるのか?」

 

「えっ、あ、ぅ、け、決闘ですわ!!」

 

まだそんな巫山戯たことを言うのかと言葉は上がらずとも空気で分かる。

 

「天流先生、何時なら空いてます?」

 

「「「天流君!?」」」

 

クラスの皆が驚いているが引くわけにはいかない。ここで引導を渡す。この事でオルコットさんの人生がめちゃくちゃになろうとも、勝つ必要がある。泣いているソニアさんの為にも勝つ。

 

「そうですね。織斑君、貴方の専用機が届いたのでそれのフィッティングなどを済まそうと思ってアリーナを貸し切ってあるのですが、少し待ってもらっても構いませんか?」

 

「あっ、はい。というかこっちからお願いします」

 

「ありがとうございます。では、三十分後に第2アリーナにおいて試合を許可します。ルールは国際ルールを適用します。また試合の観戦も許可しますので。それではこれでSHRは終了です。解散して下さい」

 

三十分、時間は短いが出来る事は多い。荷物を纏めてすぐにアリーナに向けて走る。あまり頼りたくはないけど、負けるわけにはいかないのでリーネさんに連絡を入れる。

 

『珍しいわね。零から連絡があるなんて。どうかしたの?』

 

「リーネさん、無茶を承知でお願いがあります。イギリスの代表候補生のセシリア・オルコットの戦闘データを送って貰いたいんです」

 

『……一体何に使用するつもりなの?』

 

「人として、男として退けない事の為です!!」

 

『……そう、分かったわ。零樹の渡したノートPCの方に送っておくわ。だけど、誰にも見せては駄目よ。それから見終わったら必ず消去するのよ。約束よ』

 

「ありがとうございます」

 

『5分以内に送っておくわ。じゃあね』

 

第2アリーナのロッカーに辿り着き、制服を脱ぐ。制服の下にISスーツを着ているのでこれで着替えは終わりだ。今度はピットへと向かい、鞄からノートPCを取り出してクロスボーンに接続する。パラメーターを初期値に戻し、問題が無いかを確認してからリーネさんから送られて来たオルコットの戦闘データを閲覧する。

オルコットは専用機を与えられる程の人物であったようだが、クロスボーンとの相性が悪かったようだ。専用機のブルー・ティアーズはBT兵器と呼ばれる本体とは別の攻撃ユニットを使用する機体のようだが、使われるのはビームであるのだ。威力もそこまで高くなく、かく乱が基本であるようだ。メインの武器であるスターライトmk-Ⅲも取り回しが悪い上にA.B.Cマントで防御出来そうだ。気をつけておかなければならないのは見た目が同じ6機のBTの内、4機がビームで2機がミサイルであるという事だ。ミサイルの威力は小型ながらもかなり高いようだ。これの直撃を貰うわけにはいかない。指定時間の5分前に管制室からの放送が入る。

 

『二人とも準備は出来ていますね?時間と同時にカタパルトをこちらから操作します。それまでには用意を済ませておいて下さい。1分前に再び放送を入れます』

 

もうそんな時間か。やれることは、まだあるな。クロスボーンを展開して装備の確認をする。バスターガン、ビームザンバー、ビームサーベル、ブランド・マーカー、ヒートナイフ、シザーアンカー、A.B.Cマント。問題無し。ピット内を軽く飛んで変更した分の感覚を身体に覚えさせると同時に1分前の放送が入る。カタパルトに足を乗せてロックされた事を確認して右手にバスターガン、左手にビームザンバーを持って腰を落とす。

 

『それでは後悔の無い様に、試合開始』

 

カタパルトに押されてアリーナに入ると同時にバスターガンを三発連続で放つ。躱されてしまったが、足は止まったので問題無い。クロスボーンは懐に飛び込んでこそ真価を発揮する機体だ。狙われない様にジグザグに飛びながらバスターガンでの牽制を忘れない。移動させない様に周りを撃っていく。オルコットはライフルで予測射撃をしてくるけど、クロスボーンの速度について来れていなかった。オルコットが当らないのに苛つきながら、背中のアーマーを外す。

 

「行きなさい、ブルー・ティアーズ!!」

 

オルコットから離れたのは4機、そしてその全てがビームを撃って来た。それを待っていた。ミサイルを搭載しているのは腰についている2機。それさえ分かっていれば怖くない。ジグザグ飛行を止めて、スラスターを全開にしてオルコットにまっすぐ突っ込む。顔に当たる分だけをビームザンバーの腹で受け止めて、残りはA.B.Cマントに任せる。ビームザンバーの距離に入る直前でオルコットが笑みを見せる。おかげでタイミングも分かった。腰についているBTに向かってビームバルカンを斉射する。ミサイルは発射されると同時にバルカンに撃ち抜かれて爆発する。

 

「きゃあああ!!」

 

その爆発に巻き込まれてオルコットが後退する。しかもライフルも損傷したのかスパークしている。

 

「貰った!!」

 

離れてしまった距離を詰め直す為にシザーアンカーを撃ち込んで引き寄せ、バスターガンを投げ捨ててビームザンバーとビームサーベルでアーマー以外の部分に斬り掛かる。

ISは基本的にシールドエネルギーに守られているので装甲はあまり意味を持たないとされるのが通説だ。だが、生身の部分には特に厚いシールドが張られているとお父さん達は考えている。実際、刹那おばさんが言うには生身の部分の方がダメージが通り易いそうだ。だから、この勝負を油断せずに終わらせる為に生身である顔や胴体部分を狙ってザンバーとサーベルを振り続ける。

そして7度目の斬撃によって試合終了のブザーが鳴る。気を失っているオルコットをこのままにしておくのはアレだったので抱きかかえてオルコットのピットに置いてくる。その後、投げ捨てたバスターガンを回収してから自分のピットに帰還する。

 

「終わったか」

 

クロスボーンを待機形態にもどしてロッカールームでシャワーを浴びてから着替え、部屋に戻る。途中、色んな人に囲まれたけど疲れたからと言って離してもらった。部屋には鍵がかかっていて、まだ簪さんは戻って来ていないようだ。一夏君の専用機でも見に行っているのかな?あれ、でもそれだと僕の試合も見られてた?別に問題は無いんだけどね。

ベッドに身体を預けて自己嫌悪の海に思考を沈める。

オルコットの件、もう少しやりようがあったのではないのだろうか?もうこの学園でオルコットが生活する事は不可能に近い。代表候補生としての失言や、この試合での圧倒的敗北は学園中に広まった事だろう。試合中はあまり気にしていなかったが少なくとも1学年以上の人数がアリーナに入っていた。明日にはほぼ全員が知っているだろう。最悪、イギリス本国にも報告が行っているだろう。強制帰国も有り得るだろう。その場合は代表候補生の資格の剥奪や罰金なども確実に発生するはずだ。もうISに関わる事は出来ないだろう。

僕は今日、一人の人生を壊した。それ自体は後悔している。だけど、退く訳には行かなかった。あそこで退いてもオルコットは確実に孤立していた。ならば引導を渡してやるのが優しさだったのではないだろうか?駄目だ、何が最善だったのかが分からない。

思考が全く定まらず、気持ち悪い感覚に包まれる。ちくしょう。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

side 簪

 

 

あれが私のこの子を放り出してまで開発されたIS。何とも言えない欠陥機。もしかしたらこの子もあんな欠陥機になっていたのではと思うと、織斑君を恨めなくなる。それよりも凄いのは零君と天流先生が使っているAria製のISだ。世代的には第1世代なはずなのに性能で言えば国家代表が乗っていてもおかしくない程の完成度だった。武装としては遠距離用の武器が少なすぎるけど、天流先生は元々二本の太刀で世界最強の名を手に入れた人だ。多少癖のある武装でも難なく使いこなしている。織斑君はピーキーすぎる性能に振り回されて、天流先生の個人授業が終わる頃になんとか普通に動かせる程度になっていた。

それから零君の試合。相手は代表候補生だったのにも関わらず、クリーンヒットは0。あれがISに乗り始めて一週間の動きとは到底思えなかった。自分の装備と相手の装備をちゃんと理解した上でベストとは言わないけれどベターの動きをしていた。隣で一緒に見ていた本音は凄いとしか言ってなかったけど、私はこの試合の原因になった事件でのカリスマ性の方が気になった。本音の話だけでは分かり難いけど、あちこちで聞こえる噂話を集めれば完全に教室中の空気をコントロールしていたみたいだ。注目を言葉だけで巧みに操って、決定的な崩壊を未然に防いでフォローも忘れない。まるで、お姉ちゃんみたいな。

その事に少し嫉妬する。クラスは違っても、噂位は聞こえてくる。朝早くから運動をしたり、放課後も門限ギリギリまで寮に戻って来ずにISの特訓をして、帰って来てからも自分と私の分の食事を作ってくれて、その日の復習と次の日の予習を行ってからISの調整に頭を悩ませて、私より少し早い位に眠りに着く。努力する天才とは零君みたいな人のことを言うのだろう。

 

 

 

外側から取れたデータを元にこの子の製作を続ける。織斑君のはあまり参考にならないけど、零君と天流先生の二人から取れたデータは役に立つ。そしてあの機体の裏のコンセプトも分かった。表向きには近接特化型だと言っているし、その通りだけど、私の考えは違う。

まずはあのX字状のスラスター。零君は基本的に前に進む事にしか使っていなかったから分かり難かったけど、天流先生が使っていたときのデータを見る限りでは移動にPICを使用していないと思う。移動は全てあのスラスターで賄って、PICを使用しているのは搭乗者へのGの緩和と滞空する事のみに使ってる。スラスターはもの凄く小型で高性能な熱タービン。空気がある所なら無限に飛び続ける事が出来ると思う。それが移動する方向に合わせて稼働する事によってPICに頼らない滑らかな動きを再現している。

武装はジェネレータードライブ形式に見せかけてカートリッジドライブ形式との併用。予め武装の方にエネルギーを蓄えておけば本体のエネルギーを与えなくても使用出来る。無くなれば本体から充電して動かせる。あのヒートナイフはスラスターの余熱を使って熱を持たせている。

防御ではあのマント。零君の試合であのマントがビームを完全に防いでいた。おそらくは表面に施されたビームコーティング材が蒸発する事によってビームを防いでいるんだと思う。それから機体の装甲。ちゃんと解析しないと分からないけど、たぶん装甲表面にシールドエネルギーは存在していない。二重構造か何かで内側にシールドエネルギーが存在しているか、攻撃が当る瞬間だけ部分的に展開されるんだと思う。

そして極めつけに零君の試合前のエネルギー残量と、天流先生の個人授業の後のエネルギー残量から求められる消費エネルギー量。

これら全てを推測を合わせた結果導きだされる裏のコンセプト、それは徹底的な省エネ型。あれだけの性能を持った上で、アレだけのビーム兵器を搭載しているというのに持久力では世界最高の燃費。それがあのクロスボーンというIS。

これが世界最強のIS、ラインバレルを造り出した人が自分の息子の為に造ったIS。派手さは一切無い。どこまでも堅実で、工夫と調整次第でどこまでも強くなれるIS。自分の息子なら扱えると信じていないとこんなISは造れない。もっと使い易くて強いISを造れたはずなのにそれをしない。自分の息子ならクロスボーンで何処までも強くなれると、少なくとも同じクロスボーンを扱う天流先生と同じ領域にまで行けると信じている。そうじゃないと天流先生に同型機を渡すはずが無いもの。

そう思うと、嫉妬が強くなる。だから、今日だけはちょっとだけ意地悪をしようと思う。いつも用意してくれている夕飯を一口だけ食べて残そうと思う。勿体ないとは思うけど、少し位は意趣返しになると良いな。

仮組み中のこの子を片付けてから部屋に戻る。鍵はかかっていなかったから零君が居るのだろうと思ったけど、部屋の電気は点いていなかった。そのまま奥に行くと零君がベッドに身体を預けていた。今日の試合で疲れているのだろうと思って、そのまま寝かせておいてあげようと思い、その顔を見て止めた。零君は眠りながら泣いていた。

 

「零君!?」

 

慌ててその身体を揺すり、眠りから目を覚まさせる。

 

「……寝てたのか」

 

「零君、大丈夫?」

 

「何が?」

 

「……何に、泣いていたの?」

 

「…………」

 

「言いたくないなら、それでも良い。だけど、その、心配だけはさせて」

 

「……オルコットさんのことは聞いている?」

 

「うん、噂になってたから。たぶん学園中が知ってると思う。試合の原因になった事も、試合の内容も」

 

「そう、そうなんだ」

 

そこからまた零君は黙ってしまった。だけど、何かを言おうと悩んでいるのが分かる。私は辛抱強くそれを待った。5分程待った所でようやく零君が口を開いてくれた。

 

「僕は、今日、一人の人生を壊した。オルコットさんはもう、この学園に居場所が無くなった。代表候補生なのに。天流先生は、真面目な人だから、日本政府にもイギリス政府にも、今回の事を伝えているはずだ。オルコットさんは、故郷ですら居場所を失う。だけど、僕は自分が間違っていたとは思わない。あそこで僕だけの事なら、何も思わなかった。オルコットさんにクラス代表を任せてもよかった。だけど、あの時の僕はクラスメイトからの信頼を集めていた。それを裏切る訳にはいかなかった。だけど、これしか結果は無かったのだろうか?お父さんやお母さん、刹那おばさんやリーネさんフェイトさんならもっと他の結果に出来たはずなんだ。なんで、何で僕にはあそこまでの才能が無いんだ」

 

最後の方はほとんど泣きながら叫んでいた。そして頭を抱えながら顔を伏せてしまった。

私は勘違いをしていた。零君はお姉ちゃんみたいな天才だと勝手に思い込んでいた。だけど、本当は私と同じ。家族に対してコンプレックスを持っている。それも私はお姉ちゃんだけに対して、零君は家族全員に対して。しかも相手は世界最高クラスの人ばかり。私から見れば零君はもの凄く優秀だ。だけど比べる相手は天才を軽く超えている。私よりも酷い環境で、それを一切表に出さずに暮らしていた。それが今日、一人の人生を壊した事で耐えきれなくなった。

考えるより先に身体が動いていた。零君を抱きしめてその背中を撫でていた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。零君は最善の道を選んだよ。零君を責める人なんて居ない。誰が見ても零君は間違ってない。だから自分を責めないで」

 

「だけど」

 

「どうにも出来ない事はこの世には一杯あるよ。今回もそうだったんだよ」

 

「分かってる。分かってるんだ。それでも、誰かを悲しませる結果は嫌だったんだ」

 

「その優しさで自分が傷ついちゃ駄目。そんな事、誰も望んじゃい無いから」

 

「でも」

 

「今は納得出来なくても良い。だから、今はいっぱい泣いて、ゆっくり休んで。一人で抱え込まないで」

 

そう言うと零君は子供の様に大声で泣き始める。頼れる相手であるはずの家族に頼れずに大人であろうと背伸びをし続けていた子供。本当の零君はこんなにも弱くて幼い子供なんだ。この姿を見て、私は零君を支えてあげたいと、そう思った。

 

 

side out

 

 

 
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