身体を小刻みに震わせて、防衛本能で身体を冷やさないように熱を発生させている横谷を背負う美鈴は、まるで護衛されるように周りに魔法使いと妖精と妖怪に囲まれながら紅魔館へ飛んで行く。
紅魔館の玄関に着地し、直ぐに扉を開けると目の前に腕を組んで、あからさまに怒りの表情を露わにして立ち塞ぐように佇んでいた。
「美鈴、今までどこに行っていたのかしら、妹様とあの外来人と一緒に。貴女はもう少し紅魔館の門番である自覚を――」
「――すいません咲夜さん! 今急いでいるので、至急メイド妖精たちに毛布を数枚ほど横谷さんの部屋に持ってこさせるようお願いします!」
美鈴は咲夜の忠告を聞かずに、横谷の使っている部屋に向かい走り出した。
「ちょっ、待ちなさい美鈴! って、なんで横谷を背負っているのよ」
怒鳴る咲夜を余所に、美鈴は聞く耳持たずという風に走り抜けて奥に消えていった。そして咲夜の後ろから続々と人物が入ってくる。
「まぁまぁ、今は急を要するから続きはアイツの部屋の中でな」と魔理沙。
「ちょっと、ここ広いんだから勝手に行かないでよ。横谷の部屋って一体どこなのよ」とアリス。
「おじゃましまーす!」とチルノが。
「「「「お、お邪魔します……」」」」と大妖精とリグル、そしてルナとスターが。
「そういえばここに来るのは二度目だったよね」とサニーが。
「おーやっぱり中は結構広いのかー」とルーミアが。
「って、あなた達勝手に入らないでもらえるかしら!」
次々と入ってくる魔理沙達をつまみ出そうと咲夜は近寄る。そこにフランが目の前に現れる。
「早くメイド妖精にいっぱい毛布持ってくるように言って! あと、スーちゃんの部屋にも案内して!」
第21話 目の前にある目に見えぬ力
紅魔館についた美鈴達はすぐに横谷の部屋に直行し、ベッドの上に寝かせる。近くのメイド妖精に手伝ってもらい、数枚の掛け布団を掛けて横谷の身体をなるべく外気に触れないようにする。
「大丈夫ですか、優さん」
美鈴が声をかける。横谷は声を出さずコクッと頭を縦に振るだけだった。
横谷の体調はどう見ても芳しくない。震えもまだ止まっていない上に、身体から高熱が出てきている。白血球が全力で戦っている証拠の鼻づまりも始まっている。
皆が容態を心配している最中、部屋の扉が開く。そこには咲夜が厳しい眼つきで現れた。
「まったく、仕事を放り出して遊びに行って、戻ってきたら病人を含めた妖怪やら妖精やらを連れてきて……ここは病院でも宿泊施設でもないのよ?」
咲夜は横谷の周りにいる人物を、舐め回すように見ながら言葉を言い放つ。それを聞いて何人かは頭を下げたが、魔理沙だけは咲夜に近づき喋る。
「いいじゃないか、お前ンところの従業員がぶっ倒れたんだ。そこに居合わせた私たちが入ったって構わないだろ?」
「そう、ならあなたは本を盗む衝動に駆られる前に帰っていただこうかしら?」
咲夜は冷ややかに魔理沙の言葉を切り返す。
「そうカリカリするなよ。それに私は盗むんじゃなくて死ぬまで借りるだけだっての」
「とにかく、なぜうちの従業員が風邪を引いて帰ってきたのかしら。余程激しく動いたのかしら?」
「どれくらいかは知らないけど、氷漬けにされるほど激しかったことは間違いないな」
「なるほど、だからあの氷精がここにいるのね」
咲夜はチルノを見て納得する。そのチルノは震えている横谷を物珍しそうに見ている。
「まぁ、私もそれくらいしか知らないから細かいことは、あんたのところの妹様とか三妖精にでも聞けばいいさ」
「そうね、私もそこは興味あるわ」
「お、お嬢様……」
咲夜の後ろにいつの間にかレミリアが腕を組んで佇んでいた。レミリアは美鈴達の方に近づきながら話し続ける。
「さて、聞かせてもらおうかしら。この男を凍らせなければいけないほどの、その時の状況を」
レミリアは笑みを浮かべながら尋ねる。フランがこちらも笑みを浮かべ返して返事をする。
「鬼ごっこをして私がスーちゃんを捕まえようと突っ込んで、スーちゃんの何か柔らかいところにぶつかった後に股の間を押さえてうずくまっちゃったの。その後にスーちゃんが『腰を、腰を叩いて』って言ったんだよね。ね、美鈴? そこの妖精さん?」
フランは横谷の腰を叩いた美鈴とルナに話を振る。二人は突然振られて、慌てて返事をする。
「そ、そうね。仕方なく叩いたわ」
「あの時はかなり苦しそうだったので……でもやりすぎて腰を痛めさせてしまいましたが……」
「その後に今度は『何か、何か冷やせる物を』って言って、チルノがスーちゃんを凍らせたの」
フランはチルノを指さして言う。チルノはふんぞり返えりながら喋る。
「全身を凍らせれば、氷を作る手間が省けるし冷やしたい所も冷やせるからね! やっぱりあたいは天才ね!」
「だからあれはやりすぎ……」
美鈴はふんぞるチルノを見て、それは自慢にはならないと呆れながら言う。天才と何は紙一重という意味で、その短絡的な考えには天才かもしれない。
「そう。で、その後この男はどうやって氷漬けから生還したのかしら? まさか自分で危機を脱したって言うわけじゃないわよね?」
レミリアはベッドの上で咳き込む横谷を見やりながら尋ねる。確かにこんな状態で自分の力で氷漬けの状態から危機を脱したとは思えない。
「違うよ。私の力で壊したんだ」
フランが何気なく言葉を返す。それを聞いたレミリアは少しいぶしがった表情をした。
「あら、よくこの男が氷と一緒に壊れなかったわね」
「私もちょっと冷や冷やしたわ。目が近かったから一緒に壊しちゃうんじゃないかって」
「意図的に力を押さえたのかしら?」
レミリアはさらに問いただすがフランは首を左右に振って答える。レミリアは険しい表情を戻さないまま、手をあごにやりうつむく。
加減したつもりはないのに氷だけ壊し、中の人間はベッドの上で形残したまま生きている。それ以前に氷漬けにされたのにも関わらず、風邪程度で済んでいる。
只の人間が、標準より細いこの男がどうしてこのように生きているのか不思議がった。そしてレミリアは紫が言っていたことを思い出し推測する。
この男にある「力」が生かしているだろうと。
「よくもまぁそれだけやられて死ななかったわね。運がいいのか悪いのかわからないわ」
咲夜が鼻水を垂らしたままの、情けない横谷の顔を見て少し半笑いしながら悪態をつく。
「ホントに面白い人間なのよ。スーちゃん追っかけまわした時もすごいもの見せてくれたし」
フランが咲夜の隣に来て横谷の顔を見て笑いながら喋る。咲夜はそれを尋ねる。
「一体何を見せたんですか? 手品でしょうか?」
「違うよー。手品だったら咲夜に敵う人はいないよ」
「お褒めに与り光栄ですわ、フラン様」
「て言うか、追いかけられている時に手品する奴なんて聞いたことないわよ」
アリスのツッコミを余所に、咲夜はフランの言葉に顔をほっこりとさせて頭を下げる。フランは話を続ける。
「突然すごいジャンプで木に飛び乗って、その後に木々に飛び移って行ったんだよ」
「すごい速かったよね、まるで別人だったわ。猿みたいだったよ」
その時を隣で一緒に見ていたルーミアも話しに加わる。
「え、でもこの人は普通の外来人なんだよね? そんな事出来るのかなぁ。森の木々は人間のジャンプ程度で届くわけないし……」
その話にリグルが疑問を持つ。実際に魔法の森の木々は全て、当に人間が飛んで幹の上に乗るどころか、掴まってぶら下がることも出来ないほど成長している。
「それを言うなら、私たちの能力を見破ることもおかしい話よ」
そこにサニーもここぞとばかりに参戦する。ありえない身体能力以前に理解できない出来事をサニーを含めた三人も目撃している。
「私たちの能力を見破ることが出来る人間なんて初めてよ。一体この人間はなんなの」
「見破られた?」
サニーの話に魔理沙が食いつく。三人とは親交があるのでどんな能力を使えるか知っている。
「お前の持ってる能力って確か、光を操る事が出来るんだったよな? 今日は空が曇りがかってたし、それは能力が発揮できなかったからじゃないのか?」
「うがーまた言われた-!」
これで三度も同様なことを言われたサニーは頭を抱えながら絶叫する。
「確かに曇っていたから若干見えやすくはなってたと思うけど、それでもあの時ぼんやりでもバレたのにはびっくりだわ。それに声も聞こえたって言うし、私の能力も通じなかったってこと……?」
ルナが今までのことを思い起こし自分の能力も通じていなかったことを思い出す。
これまで能力を使っても通じなかったことはあっても、その人物の殆どは人間以外だった。それに天候が悪くても、人里の人間には通じなかった者は誰もいなかった。
それを思うと、同じ人間であるはずのこの外来人が、どうして通じないのか全くわからない。
(サニーが言った通り、紅魔館にいる人間って化け物なのかしら……)
ルナは咲夜を見て、サニーが言っていた言葉を思い出す。以前三人は咲夜にも見破られたことがあった。咲夜は能力が通じなかった者の中では幻想郷で唯一の人間だ。
そんな中、咲夜が横谷を囲んでいる人達を
「さて、後はメイド妖精にさせるから他の人達はお帰り願おうかしら? 美鈴、お見舞い客を玄関まで案内しなさい」
「私は図書館に寄ってから帰るぜ」
「美鈴、この客は閻魔様のところに案内しなさい」
「わかったよ。もうこれ以上説教は聞きたくないんだ。愚痴みたいな説教も、身に染みそうな説教も」
魔理沙は手を上げて降参のポーズをして部屋を出て行く。それに習って周囲の人達もぞろぞろと部屋を出て行く。チルノだけが「また遊ぼうなっ」と横谷に向けて声をかけてから部屋を出て行った。
「・・・・・・・」
レミリアは横谷に近づき、顔を覗く。その顔は相変わらず辛そうな顔だった。咲夜は近いて、まるで菌に触れさせないよう離れさせる。
「お嬢様、後はメイド妖精たちに任せますから、ここから離れましょう」
「……ええ」
レミリアは咲夜と共に部屋を後にして、自分の部屋に向かう。
「……咲夜、あの男どう思う?」
「どうと言われましても、死神に嫌われた外来人としか思えませんわ」
咲夜はレミリアの質問を、ある死神の顔を思い出し至って真面目に答える。その答えにレミリアはやや苦笑する。
「まぁ、そうとも言えるわね。死神が嫌うほどの『力』を持っているとも言えばいいのかしら」
レミリアの返答の中にあった「力」という言葉に、咲夜は眉をひそめて溜息をつく。
「まだそのことに執着しているのですか。確かにあの話が事実なら、あれだけの身体に被害を受けて風邪で済むなんてありえないことですが……」
咲夜は未だに横谷を潜在的な力を持っているとは認めていない。それ以前、ここに働かせることもレミリアの命令とはいえ快く思ってはいない。
同じ人間という種族で、今レミリアが咲夜より横谷の方に目が向いていることを良しとしていないこともそうだが、なにより人員が増えても別段仕事の効率が良くなったわけでもないことに気をもんでいる。
「だらしないわよ咲夜、たかが従業員一人に頭悩ますなんて。紅魔館唯一の人間の名折れよ」
気持ちを察したのかレミリアは咲夜に活を入れる。しかし咲夜はまだ暗い表情のままだ。
「すいませんお嬢様。しかしあの男は、手際が悪いどころか今日みたいに仕事を放ったらかしにしてしまう。しかも美鈴も一緒になってですから、やはりいい働き手には見えないですが」
「目先の優先は駄目よ咲夜」
レミリアが咲夜の方に振り返り、笑みを浮かべて過去の話を喋る。
「貴女が初めてここに来て働き始めた時も、あの男と同じくらい手際と……加えて手癖が悪かったわね」
「やめてくださいお嬢様。あの時は幻想郷に迷いこんで間もなかったですし、メイドの仕事なんて……」
咲夜は過去の話をされて赤面する。しかし赤面しながら自分も昔のことを思い出していた。
咲夜がここに初めて来た頃も、どうすればいいのか分からず粗相をやらかしたり周囲を目の敵のような空気をまとわせていた事を思い出す。
「まあ、人間は私たち吸血鬼とは違って寿命が短いから、目先の事に
「あら、私はいつも目先ではなく、お嬢様のことを見ていますわ」
「お世辞を言っても、あの男を解雇することはないわよ」
「お世辞ではないですわ。本当のことを言ったのですよ」
二人はそんなやりとりをしながらレミリアの自室に戻って行く。その間、レミリアは悪い顔をしていた。
(やはりあの男には何か『力』を持っているわ。美鈴やフランに身体を強打され、氷精に凍りづけされて、フランに壊されそうになってもまだ生きているのだから。これで漸(ようや)く、最終段階に行けるわ。ああ、明日が楽しみね……)
レミリアは心の中で画策しながら、明日に行う「お遊び」のことで心踊りながら寝巻に着替え、ベッドの上に眠りにつく。
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