声を立てるでもなく、うなだれるでもなく。
ただ、静かに。
一点を見つめたまま涙をこぼす彼の瞳はきれいで、目が離せませんでした。
「甘いもの、嫌いなんだ」
またしても、一刀両断。
彼は差し出されたものに目もくれず、女の子たちに背を向けました。
何度断られても、彼にプレゼントを用意する女の子たちは後を絶ちません。
冷たい目で冷たい言葉をはかれても、近づけるきっかけがあるだけで彼女たちは嬉しいのです。
実は私も、きっかけさえあれば彼に近づきたいと思っている一人です。
まさか、そんな機会がすぐにやってくるとは思ってもいませんでしたが。
調理部の鍵当番だった私は、のんびりレアチーズケーキを作っていました。
とりあえず、先に実習準備室だけ鍵をかけてしまおうと、ドアから顔を出したところに、彼がちょうど通り過ぎようとしていたのです。
こんなチャンス、逃す手はありません。
「待ってください!」
背を向ける彼を、私は呼び止めました。
「今、レアチーズケーキができたんです。よかったら食べていきませんか?」
「うるせーよ、俺は甘いものはっ…」
「それだったら大丈夫です。レアチーズは元々甘いものが苦手な人も食べられるスウィーツですよ」
「なんで俺がお前なんかの!!」
ぐぅ~
間の抜けた音に、びっくりしました。
今のはもしや?
「おなかが減ってるんですね。ちょうどいいタイミングじゃないですか」
「…あのな、お前ら女が性懲りもなく毎時間毎時間追いかけてくるせいで、食事食い損なったんだよ!!」
「言い訳はいいです。私以外誰もいないので、のんびり食べていってください」
彼は、しぶしぶ私の後について調理室に入ってきました。
「こんなのもらって食うなんて、久しぶりだな。…なんだよ」
じっと目を見つめる私に、彼は不信感を持ったようです。
「簡単についてきてくれるなんて思いませんでした」
「…俺だって、受け取ることもあるんだよ」
「入学式前に泣かされた女性がくれたものとか、ですか?」
彼は、大きく目を見開きました。
「お前、なんでそれっ!!」
「当たり、ですか」
あんなに静かな男の人の泣き顔なんて、見るのは初めてでした。
同級生として再び出会った彼が頑なに女性を避ける姿を見て、きっとあの涙は女性が関わっているんだと、確信したんです。
「あなたは、女性嫌いを演じているようですが、なりきれていませんよ。本当に嫌なら、無視でもなんでもすればいいんです。でも、つらい気持ちを知っているあなたは、そこまでできないんでしょうね。だから、女性が集まるんです。ここでなら泣いても大丈夫ですよ。誰にもいいません」
「泣くか!」
「あなたの涙、とてもきれいだと思ったのに」
「うるさい!!」
言葉を荒げた彼ですが、どこか寂しそうに、視線を下げました。
やっぱり、ひきずっているのかもしれません。
彼は、レアチーズケーキを大雑把に切って、大きく開いた口に押し込みました。
「レアチーズケーキは、冷やして固めただけで、簡単に作れるんですよ。あなたも、心を冷やして固めてしまっているみたいですが、レアチーズケーキみたいに口の中で溶かしてしまいましょう」
そして、ついでといってはなんですが、私の存在を、固めてほしいんです。
黙々と食べている彼。
上目遣いでこちらを見る瞳に、心が高鳴りました。
でも、彼に弱みは見せたくありません。
だって、私が彼に興味を持ったきっかけが、泣くほどにまで好きになった女がいたっていう事実からなんて、なんだか悔しいじゃないですか。
「お前、なんなんだ?」
私ですか? それはもちろん。
「あなたのファンの一人ですよ?」
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