No.64073

管理物件

弓野風待さん

エレベーターには防犯用の鏡って付いていますよね?
あなたが乗るエレベーターには、この鏡が付いていませんように。

2009-03-19 05:21:05 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:795   閲覧ユーザー数:713

 

 私の父は不動産業を営んでいた。

 大学を卒業して地元に戻ってきた私は、当然のように父の仕事を手伝っていた。

 父も年をとり、いくつかの物件を私に任せるようになった。

 

 この話は、私が任されたあるマンションの話だ。

 

 十階建ての家族向けマンション。

 築年数もそんなに経ってはいない。

 値段も手頃とあって、空室は一つもない。

 

 このマンションの四〇四の住人から屋上へ出るドアのカギが壊れていて危険だという連絡が入った。

 状態によってはドアごと交換になるかもしれない。

 物件の状態管理も管理人の仕事。

 連絡を入れてくれた住人への挨拶も含めて、カギの状態を確認しにマンションへと向かった。

 

 あの日は、雑務に追われて日は沈みかけていた。

 車を止め菓子折を持ちマンションへと入る。

 エレベーターのボタンを押し、降りてくるのを待つ。

 

――ポーン

 

 一階に到着し、ドアが開く。

 私はエレベーターに乗り込み、屋上階のボタンを押す。

 程なくドアは閉まり、上昇を始める。

 

 四階を過ぎたあたりだろうか……不意に後ろから視線を感じた。

 私が乗り込んだ時、他には誰も乗らなかった。

 降りてきたエレベータには誰も乗っていなかった。

 では、この視線は誰のものだろう?

 

 私は不思議に思い、後ろを確認した。

 

「……なんだ」

 

 エレベーターには防犯用の鏡が付いている。

 その鏡には自分の背中が写っていた。

 

――ポーン

 

 その音に、屋上階に到着したことを教えられた。

 ドアが開く。

 私はエレベーターに降りた。

 

「これだな?」

 エレベーターを降りると小さなホールがあり、屋上へと続くドアがある。

 普段は清掃でも無い限りはカギをかけたままにしてある。

 屋上にフェンスはあるものの、小学生くらいならば簡単に乗り越えられるだろう。

 万が一、住人が転落などしたら大事だ。

 

「おかしいな?」

 ガチャガチャとノブを回す。

 カギは壊れていない。

 しっかりと施錠されているし、私の持っているマスターキーで解錠された。

 風に押され、やや抵抗はあったものの、ドアはすんなりと開いた。

 

 眼前には鉄筋コンクリートの屋上が広がる。

 

 夕陽が落ち、オレンジとパープルを混ぜたような不気味な空が見える。

 生暖かい風が私の頬をなでる。

 

 どこが壊れているというのだろう?

 私は連絡をくれた住人に確認しに向かう。

 確か、四〇四に住んでいる人だったはず。

 エレベーターの下へ向かうボタンを押す。

 

――ポーン

 

 程なくエレベーターは四階へと到着する。

 

 四〇一、四〇二、四〇三、四〇五……。

 

 あれ? 通り過ぎてしまったか?

 

 何度か往復して確認する。

 

 見落としなどではない。四〇四は飛び番になっている。

 

 どういう事だ?あの連絡はいったい誰が?

 嫌な汗が背中を伝え落ちる。

 携帯電話を取り出す。

 事務所に電話をかける。

 何度かコール音が鳴る。

 ……だめだ。誰も出ない。

 

 私は父親の携電電話にダイヤルをした。

 

「はい? どうした?」

 

「親父? よかった。繋がって」

 

「どうしたんだいったい。そんなに取り乱して」

 

「無いんだよ! 何も。壊れてもいないし、四〇四号室も!」

 

「そうか。ドアが壊れていなかったのはよかった。しかし……四〇四ってのは何の冗談だ?」

 

「はぁ? 俺は四〇四の住人から電話受けて、ドアが壊れてるって言われて……それで!」

 

「ふざけているのなら切るぞ? そのマンションに四〇四なんて部屋は存在しない」

 

「……なんだと? 親父、冗談だよな? それならば俺は誰から連絡受けたって言うんだ?」

 

「知らん。それに俺は冗談など言わない。おまえも分かっているだろう?」

 

「……あ、あぁ。ごめん。何か勘違いしているみたいだ」

 

「そうみたいだな。とりあえず事務所に戻れ。俺ももう少しで戻れるから」

 

「分かった。そうずるよ」

 

「事故には気をつけろよ?」

 

「ああ。親父も」

 

 そういって電話を切った。

 とりあえず、事務所に戻ろう。

 通話記録を調べれば誰がかけてきたのかも分かるだろうし。

 

 私は早くこの場を離れたかった。下へ向かうボタンを何度も押す。

 ゆるゆると降りてくるエレベーター。この時間がもどかしい。

 

「早く! 早く降りてこいよ!」

 

――ポーン

 

 ドアが開く。

 私は転がり込むようにエレベーターに乗った。

 ふと目線をあげる。

 

 そこにはやはり防犯用の鏡。

 

 そこには……自分の姿が映っていた。

 おびえきった自分の姿が。

 私は違和感を感じながらも、一階のボタンを押す。

 エレベーターは下降を始める。

 

 あれ?……ちょっとまて。さっき屋上に行くときに鏡に映ったのは、自分の後ろ姿だった。

 そんなはずはない。鏡に映るのならば、先ほど見たように正面の姿のはずだ。

 

 再び視線を感じる。

 私は、はじかれるように振り返る。

 そこには、自分の正面を向いた姿が写っていた。

 

 片方の口をつり上げるように不気味な微笑みを湛えた自分が。

 

――ポーン

 

 ドアが開く音がする。

 私はあまりの恐怖に後ずさりしながらエレベーターを降りようとした。

 

 すると、鏡に映っている自分らしき何かが、口を動かしている。

 音は聞こえない。

 

 何を言っているのかなんて、気付こうともしなかった。

 私はただ恐怖に駆られ、無我夢中でエレベーターを飛び出した。

 

 そこには何も無かった。

 いや、闇だけが存在していた。

 あるはずの床、あるはずのエレベーターホール。

 そんなものは、何一つ存在していなかった。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 私は声だけを残し、無限に続く闇に飲み込まれていった。

 

 鏡の中の私らしきものは口を動かす。

 

「だから、気をつけろって言ったんだ」

 

 

 
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