「行くぞ、ゲルバ。今度こそ、絶対に・・・・」
「うむ。」
凪は座禅を組むと、目を閉じると、水中に潜る様に頭を垂れた。数秒してから再び目を明け、周りの景色が変わっていた。真っ白い空間に、飛び交う魔戒文字。
『懲りずにまた来たか、雲平凪。そこまでして新たなる力を、雷鳳を求めるか?』
二振りの風雲剣を携えた両手をだらりと下げた銀色の風雲騎士波怒が凪の目の前に佇んでいた。背中には黒いマントが見える。
「その為に、俺はここにいる。絶対お前に一太刀は浴びせる。俺の内なる影ならば、俺の動きを知っている。そして俺は自分の動きは全て知っている。」
『心意気は買おう。いざ、参る!』
二対の剣はぶつかり、火花を散らした。だが、波怒が振るった剣はまるで烈火炎装の様に黒い軌跡を残して凪に襲いかかった。またこれか、と毒突く凪。飛んで来る黒い斬撃の嵐を叩き落として行くが剣だけでは埒が空かない。そうしている間にも投げつけられた風雲剣は両肩を貫き、反り返った刃が膝蹴りで腹にめり込んだ。
『言った筈だぞ?私はお前が最も恐れる者だと。」
剣と膝の刃が引き抜かれ、今度は左の太腿に切っ先が深々と突き刺さる。凪は痛みに悲鳴を上げた。精神世界での戦いなので現実世界での肉体的なダメージは無いが、痛みは感じる。取り落とした剣を拾い上げると、再び構えを取った。最初にこの試練を受けた時に鎧の召喚、術の類いは一切使えない事は検証済みだ。小手先では勝てない。純粋な剣技の差で勝つしか無い。だが、やはり今度も失敗に終わってしまった。剣を両手から弾き飛ばされ、胸を貫かれた。
『今のお前の剣では俺は倒せない。』
「くそ・・・・・」
「凪、休む。続ける、危ない。」
ララは仰向けに倒れた凪を助け起こした。
「それを待ってくれる様な甘い敵はいない。あの日、俺は誓った。ホラーも暗黒騎士も、掟を破る奴らも、全員俺が斬ると。」
だが、凪はララの腕を払い除けると再び座禅の構えを取り始めた。
「何焦ってんだい、アンタは?」
「邪美さん・・・・・・」
「俺が法師になり立ての頃と同じだ。焦った所で成果は何も出ないぞ?」
「烈花まで・・・・」
魔導筆を腰に差した妙齢の美女二人が戸口に現れた。
「落ち着きな。零や鋼牙に出来て、あんたに出来ない筈は無い。あんたもあの二人と同じ魔戒騎士なんだから。倉庫の中にこれがあった。恐らく、これが試練を乗り越える助けになってくれると思うよ?」
「勝手ながらお前の家の地下室を少し探し回らせてもらった。」
烈花は抱えていた細長い箱を地面においた。漆塗りの立派な木箱で、蓋には家紋と魔戒文字が彫刻になっていた。
「邪美さん、久し振り。」
邪美だと分かるや否や、ララは彼女に向かって突撃し、抱きついた。
「ララか。大きくなったね。それに、綺麗になった。」
甘える子供をあやす母親の様に、邪美はララの髪を優しく梳いてやる。一方、凪はその箱を開けて中を見ると目を細めた。中に入っていたのは青い鞘と柄を持つ二振りの剣だった。今自分が持っている者と形状はほぼ全くと行って良い程違わない。唯一違うのは、その重さだ。
「これは、只の鉄の剣・・・・?ソウルメタルじゃない。こんな剣が何故ここに?」
「その剣はな、雲平家に代々伝わる宝剣だ。御主の父、旋風も、祖父の天流も、この剣を取って試練を乗り越えて行った。当然お前の様に苦戦した。」
「だが、分からん。何故こんな剣を?代々伝わる宝剣とは言え、只の鉄では何も出来ない。ホラーは倒せない。いや、待てよ・・・・・」
内なる魔界にてあの風雲騎士波怒は自分が心の影だと名乗った。
「影・・・・」
その言葉に何か引っ掛かりを感じた凪は、再び魔戒詩篇を暗唱し始めた。
「その影、その闇。時の顎で地獄の矢となりて、暗黒の死肉を抉らん。時の果つる宿命の我にて、汝、愛を囁くんば、黒き星の陰我が巡りて鮮血の魂をその手に委ねん。『爪』即ち真実、『刃』即ち以前。・・・・・・成る程。そう言う事か。分かったぞ。すべき事が。」
立ち上がろうとした瞬間、体から力が抜け、碌に受け身も取れずに凪は地面に倒れた。
「凪!凪、しっかり・・・・」
「大丈夫だ。コイツはこの程度でくたばる様な男じゃない。コイツを飲ませればすぐに目を覚ます。」
烈花は懐から四角いガラス瓶を取り出すと、無理矢理凪の口を抉じ開けて中身を凪の口の中に注ぎ込んだ。暫く経ってから凪はまるで蜂に刺されたかの様に飛び起きた。
「ヴォルガンズの躍動か。随分と貴重な薬を消費したな。」
瓶に残った数滴を見て凪は薬の名を当て、それを無造作に投げ捨てた。
「早く試練を乗り越えたいんだろう?こっちは協力してやってるんだ。だから、さっさと片付けちまいな。」
不敵な笑みを浮かべる烈花。
「言ってくれるな、烈花。だが、お前に言われるまでもない。零にも、あの立神も出来た試練だ。俺も同じ魔戒騎士。あいつらに出来て俺に出来ない筈は無い。」
鉄で出来た家宝の宝剣を掴むと、再び意識を内なる魔界へと落とした。
『剣を変えたか。だがその程度で俺を倒せると本気で思っている訳ではあるまいな?』
だが、凪は答えの代わりに構えた剣の鞘を払った。二本の鞘は波怒に向かって一直線に飛んで行くが、造作も無く叩き落とす。間髪入れず凪も剣を振り翳して飛びかかるが、剣の黒い軌跡がそれを阻み、後ろに吹き飛ばされた。
(どこかに隙がある筈だ・・・・あの烈火炎装もどきを通り抜けられる一瞬が!)
だが、再三再四黒い軌跡を回避しながら飛び込もうとしても、攻撃は防がれ、肩に、腹に、足に、額に、幾多の決して浅くはない刃傷を浴びせられた。
(父さんも、ご先祖も・・・・見つけた筈だ!!絶対に、答えは存在する。それを見つけるまで堪えろ!!)
しかし、凪もまた亡父と同じく頑固な性分であり、簡単に諦めるつもりは無かった。その瞳には、執念と揺るがぬ覚悟の光がまだ燃えていた。
(上下左右、三百六十度あらゆる方向から攻撃したが・・・・通らない。だとすれば・・・・突貫するしか無い!!)
波怒に再び振るわれる二振りの風雲剣。黒い烈火炎装の嵐が凪に向かって行く。
(らしくない型破りな方法だ。当家の流儀とは言えないが・・・・これが、俺の答えだ!!!!)
凪はそれを避ける事はせず、その嵐に向かって突っ込んで行った。上半身が再び何度も深く斬られ、抉られて行く。痛みに悲鳴を上げる体に鞭打って、凪の剣はようやく波怒の喉笛と脇腹を貫いた。だが、そこで遂に体の限界が訪れたのか、凪の手は剣の柄からは馴れ、倒れ込んだ。
『会得したな、雲平凪。』
「お前がそう言うならそうなのだろう。」
『そうだ。お前は影を恐れず、闇に飲み込まれず、自らその中へと踏み込んだ。闇を恐れる己を認め、心の弱さを認識し直したのだ。それを理解したのであれば、これから先の試練も切り抜けて行く事が出来るだろう。』
「凪よ、ララがホラーを倒しに向かっているが苦戦している様だ。急げ。」
「分かった。」
『さあ行け。雲平凪、風雲騎士波怒よ。魔戒騎士としての使命を果たすのだ。』
目を見開き、内なる魔界からの帰還を果たした凪は魔戒剣を掴んで飛び出す。既に日はとっぷりと暮れていた。それ程までの激闘を心中で繰り広げていたのだ。すぐさま瞬天翔でララが戦っている場所へ急いだ。
「術・・・・効かない・・・?!」
懐の魔戒銃も全弾を使い切ってしまった。加えてララも術を放てる様な体勢には入っていない。空中から巨大な鴉の様なホラーが鉤爪で彼女を引き裂こうとするが、
「そこをどけーーーーーーーーー!!!!!」
空中からの自由落下の勢いを利用した凪の鋭い飛び蹴りが決まり、ホラーは無惨にもトタン板で出来た小屋に激突して撃墜された。
「ララ、無事か?怪我は?」
「大丈夫。」
ララは凪の顔をじーっと見つめる。
「どうした?」
「凪、顔付き、変わった。」
「俺は何時もこんな顔だ。離れてろ。あれは俺が倒す。魔導馬、雷鳳でな。」
抜き身の魔戒剣を空中に掲げ、鎧を召喚した。そして円の中に収まった『王』の文字が眩い鈍色の光を放ち、暗い夜道を煌煌と照らし出す。光の中から、紫色の鬣を持った銀色の豪奢な翼を生やした一頭の馬が姿を現した。後ろ足で立ち上がって大きく嘶くソレは、魔界より生まれし騎士の力、魔導馬『雷鳳』である。波怒は雷鳳に跨がると、血を蹴って空中を疾駆した。吹き飛ばされたホラーも再び空に舞い上がり、憎き魔戒騎士を亡き者にせんと襲いかかって来た。
「雷鳳!」
再び嘶く魔導馬。ホラーに向かって行き、波怒は飛んで来る黒い羽を全て風雲剣で叩き落とし、雷鳳はそのまま突進して再びホラーを大地に叩き落とした。追い打つ様に再び地上に舞い降りると、前足の蹄を地面に打ち付けた。その音は石を投げ込んだ水面の様に銀色の波紋を呼び、両手の風雲剣が一つになって姿を変えて行く。風雲剣は持ち主の身の丈をも越す巨大な剣、『疾風迅雷剣』に姿を変えた。それは、刃の内側に柄がある浅く反りが入った風変わりな得物だった。
「ハァッ!」
手綱で雷鳳の動きを誘導し、翼を広げた巨大なホラーの胴体を袈裟斬りに断ち割った。位置が入れ替わった所で鎧を解除すると、凪の後ろで無惨な姿に成り果てたホラーは死んだ。
「これが・・・・雷鳳の力、か。」
「やっぱり、今の凪、良い顔。」
「言ってるだろう。これが普通だ。」
だが、何かを思い直したのか、凪は歩き出した。
「帰るぞ。」
「貰った!」
だが、その瞬間。突如として現れたカズマは、ララに当て身を入れて一瞬で意識を刈り取った。異変に気付いた凪は術を放とうとしたが、ララの首筋に突き付けられたブルトスレイヴを見て動きを止めた。
「僕はこう言う方法はあんまり好きじゃないんだけど、恩人の頼みは断れない。悪いけど、彼女は貰ってくよ?ああ、そうそう。イルマから伝言を預かっているんだった。『たとえどんな手を使おうと、俺は復讐を果たす。』ってさ。あ、後、他にもブルトスレイヴは何本もあるから、気を付けてね?それじゃ。」
影の中に飲まれて、二人は姿を消した。呆然と立ち尽くす凪は爪が掌に食い込む程に手を握り締め、その指の隙間から流れる血が滴り落ちた。
「おのれイルマァアアアアアーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
凪の咆哮が夜の闇に空しく響いた。
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魔導馬登場です。タイトルはらいほう、と読みます。そして再びカズマが動き出します・・・・