途轍も無く、強い。
レオは相対している男と刃を交えてそれを痛感していた。魔導筆の筆先が変形した魔戒剣の切っ先も、疲労で下がり、恐怖で少しばかり震え始めている。顎から下たる冷や汗を拭うと、柄を握り直した。だらりと糸が切れたかの様に下がって動かない左腕に走る太く、赤い線から鮮血がドクドクと止めど無く流れ出していた。痛みは痺れに変わり、まるで既に切り落とされてしまったかの様に痺れている。
対して相手は息を切らしておらず、傷の一つも負っていない。ララも体中切り傷や痣だらけになっており、片膝立ちで魔導筆を構えていた。
「そっちのコは兎も角、君は弱いね。」
目の前に立ってレオを見下ろす少年はレオやララの様な服装とは違い、現代風の若者のファッションに身を包んでいた。仮面の様に張り付いた薄笑いのままそう言った。だが、レオは彼の言葉は耳に入って来なかった。彼の手に握られている浅く反りがついた日本刀の形をした得物を凝視していたのだから。
白い。鞘と柄は雪の様な純白をしており、それ以外に形容出来ない不気味な物だった。唯一白くないのは、その刃である。レオの腕から流れる血の如き濃厚な赤黒い色をした刃は、見るだけで背筋がゾクリと強張る程禍々しい雰囲気を放っていた。まるで上辺だけはあどけなくても、本性はまるで悪魔の様に残忍。正しく持ち主自身を象徴しており、またそれは彼自身でもあると言える武器である。
「やっぱり、それは、魔剣・・・・・ブルトスレイヴ!」
「へ〜、知ってるんだ。コレがどう言う物なのか。」
「どこでそんな物を・・・・!?魔剣は全て破壊された筈です!!」
「貰ったのさ。それに破壊されても、作り方を記した書物が残っていれば幾らでも作れるんだよ。それに僕には優秀な協力者がいるからね。その協力者の為にも、君には死んでもらわなければならない。この先、君の頭脳と力は邪魔になるらしいからさ。」
そう言うやいなや、刀を振り下ろした。咄嗟にレオは受け止めようとしたが、負傷している上に右腕だけで行う防御はつたなく、魔戒剣が手から叩き落とされてしまう。再びレオの首を切り落とそうと刀を振り下ろしたが、遠くから雷鳴の如き咆哮が聞こえた。
「凪・・・・・!!」
聞き覚えのある声にララが反応する。
「おや、彼らが来てしまったね。」
空から凪は雷を纏いながら少年に向かって剣を振り下ろした。
「仕方無い。ここは退くとしよう。」
刀で巨大な楕円を描くと、空間がすっぱりと刃の軌跡に沿って切れた。その中に踏み込むと、空間の裂け目は再び消え去る。そして凪の攻撃は空振りに終わってしまう。緊張の糸が切れたララは、地面に倒れ込んだ。
「レオさん。腕が・・・」
「僕は平気です。それより、ララさんが・・・」
彼女の名を聞いて一気に凪の顔から血の気が引いた。地面に横たわる傷だらけのララを抱き起こす。
「ララ。大丈夫か?」
「な、ぎ・・・・ごめん、なさい・・・・」
目元に悔し涙を浮かべながら凪に手を伸ばすララ。だが凪は途切れ途切れに謝る彼女を弱々しく、震える声で制して優しく抱きしめた。隠そうと必死で努力して入るが、動揺している事は目に見えている。普段の凪からは想像も出来ない程の狼狽振りだ。
「謝らなきゃならないのは俺の方だ。間に合わなくてすまない。元老院に戻ってすぐに手当てしてもらう様に手配する。今は動くな。」
「凪よ、元老院に続く道が開くのはまだ先だ。それを待つより自宅に戻った方がまだ早いぞ?」
それを聞いた凪は小さく舌打ちすると、ララを俵の様に抱え上げた。
「零、悪いがレオさんを頼む。今から瞬天翔で飛ぶぞ。」
赤い六角形の札を零、レオ、ララ、そして自分自身に貼り付けると、数秒してから四人は地上から姿を消し、凪とララが住まう場所へと降り立った。ララをベッドに、レオを革張りのソファーに座らせると、即座に傷の手当を始めた。ドクターズバッグよりも一回り大きい木箱を開き、中から包帯や薬を取り出して治療にあたった。
「レオ、大丈夫か?」
「幸い命に別状はありませんが、左腕は暫く動かせないと思います。すいません、お手を煩わせてしまって。」
零は、レオの左腕の裂傷に魔導水を吹きかけて消毒した。喉の奥でくぐもった呻き声を上げるレオを励ましながら魔導火で熱した針で傷を縫合し、水薬に浸した包帯を腕に巻き付ける。最後に三角巾で左腕を固定した。
「けど、レオ程の騎士がてこずるなんて、よっぽど強かったんだな。」
「それもあります。けど、他に理由が二つあるんです。一つは、彼は禁術によって生み出された魔導具を持っていると言う事。二つは、彼は騎士でも法師でも、ましてやホラーでもない普通の人間だったと言う事です。」
「なんと・・・・!エルバ、それは誠か?」
「ゲルバ、あたしが人間の気配を読み違えるなんてそうそうありゃしないよ。あれは間違い無く只の人間じゃった。それも、魔剣・ブルトスレイヴを持っておった。中々達の悪い者を持って来おったわ、あの青二才めが。」
戦友であるレオを傷つけられたエルバは苛立たしく吐き捨てた。
「ブルトスレイヴ?何それ?」
「お前が知らないのは無理も無い、零。」
ララの傷の手当が一段落ついたのか、手近な椅子を引き寄せて座り込んだ。
「元々知っている人間の数も極めて少ないし、文献の殆ども遥か昔に廃棄されてしまったからな。ゲルバ、説明してやってくれ。お前の方が細かい事も知ってる。」
「委細承知した。では話そう。遥か昔、魔戒騎士が誕生して数百年、魔戒法師達はある研究を始めた。騎士の素質が備わっていない自分達では到底扱えないソウルメタルの剣に匹敵する魔導具を作ろうとしていたのだ。法師でも騎士になりたかった者は少なからずいたからな。前線で剣を振るい、ホラーを滅したかったのだろう。だが当然最初は失敗続き。犠牲になった者は数知れず。だが、その時発案されたのが魔黒鉄とソウルメタルを融合させた合金だ。レオよ、お前なら聞いた事はあるだろう?」
「はい。魔黒鉄は本来ルビスの魔剣を作る為に使われる材料です。ホラーが作り出した領域に入る事は出来ても、連れ戻す事は出来ない。」
黄金騎士牙狼である冴島鋼牙の武勇伝は今でも語り草である。レオはその場にいた訳ではないが、他の法師達から聞いていた。七体の使徒ホラーのみならず、魔鏡ホラー・カルマすらも撃破した騎士の中の騎士である男の勇姿を・・・・
「その通り。当然鎧の召喚は出来なかったが、思惑通り、それは魔戒騎士に匹敵ないし遥かに凌駕する力を発揮した。騎士になる事を望んだ法師達は次々と作られた魔剣を手に取り、ホラーを滅して行った。」
「でも、何でそれが魔剣なんて物騒な名前がついたんだ?」
今一つ分かっていないと言う顔付きで話の腰を折る零。
「今からそれを説明する所だ。焦るな、若造。問題は、その剣を一度引き抜けば刀身が何らかの生き物の血を浴びて完全に吸収しない限り納める事は出来ないと言う事だ。それがたとえ人間であろうと、鳥獣であろうと、ホラーであろうとな。魔剣と呼ばれる所以はその所為だ。」
「それが出来なかったら、どうなるんですか?」
レオは恐る恐る訪ねた。
「もしそれが出来なかった場合、使用者は己の意思に反して剣を己の体に突き立てる。その瞬間、剣に使われた魔黒鉄に眠るホラーの野性に取り憑かれ、剣に生き血を吸わせる為だけに生きる傀儡となってしまう。それはホラーに憑依された状態よりも酷い。ホラーと違って知能も理性も失い、只々危険なモノに成り果てる。倒すには使用者を殺し、剣を完全に破壊する以外方法は無い。使用者から剣を引き離しても、ただ使用者を殺しても、剣はまた別の使い手を探し当てるからだ。そしてその剣がもしゲートになれば・・・・・想像もつかない程強力なホラーが姿を見せるやもしれん。兎も角、ブルトスレイヴは災いの元以外の何物でも無い。」
ゲルバの言葉に、重苦しい沈黙が訪れた。暫くベッドに横たえたララを眺めていた凪は立ち上がると、壁のフックにかけていたコートに袖を通した。
「元老院に報告しなければならないな。零、すまないがレオさんと一緒に留守番を頼む。念の為にこの札で結界を張ってくれ。」
「分かった。」
凪は足早に去って行く。凪の胸中では沸々と湯の様に怒りが煮え滾り始めていた。
「絶対に許さん・・・・・!!」
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今回はまた新しい敵キャラを登場させます。
オリジナルの武器も登場させちゃいました。名前の由来は北欧神話に登場する魔剣、『ダインスレイヴ』とドイツ語で血の意味を持つ『Blut』を掛け合わせて出来た名前です。後になってもう一度読み返してみると、『スレイヴ』は英語で奴隷の意味を持つので(一部ドイツ語ですが)そのまま読むと『血の奴隷』と言う事になってしまいます。使い手の末路を偶然にも描いている様なので、これは当たりだなと思ってしまいました。