トラックに揺られる事数時間。高速道路もそろそろ降りる地点に達している。そして、高城と平野の発案で陣形を組む事になった。自転車に乗った小室達の半分がトラックの右前方と左前方、もう半分が左右の後方と言うコンボイもどきとなって動いている。最初は名案だと思っていたが、段々とそうでは無いと言う事に皆が薄々気付き始めていた。移動のスピードが遅過ぎるのだ。人間が出せる自転車の速度なんて高が知れている。トラックの方はスピードはあるし持ち物を運ぶのには書かせない交通手段だ。だが如何せん自然環境を考慮したハイブリッドの車とは違いエンジンの音がうるさい。この移動スピードでこの音量だったら、<奴ら>が群がって来るのも時間の問題だ。
「どうした物かね・・・・・」
高速道路は幸い<奴ら>に囲まれる心配は無い。唯一問題があるとすれば、衝突して拉げた車をどかす作業だ。物によってはびくともしない為、トラックでそのまま無理矢理リカが突っ切った事も何度かあった。
「で、結局俺達の行き先はどうなった?」
「とりあえずは小室君達の家に向かうらしいわ。このトラックじゃやっぱり通り抜けられない道があるみたいだから、いざとなったらガス欠になるか、頃合いを見てからガソリン抜いて乗り捨てる事になるわ。」
「そりゃまた残念だな。」
「本当にね。乗り心地はイマイチだけど、アタシのハンヴィー以上のスペースと馬力があるし。あーあ、残念。」
高速道路を降りると、一旦停まった。自転車組の奴らが少し疲れ始めている。俺も小休止を終えたのでトラックから降り手足を伸ばした。至る所の交差点や曲がり角ではやはり事故って衝突した車が道を塞いでいた。
「小室、宮本、ここら辺はお前達のホームグラウンドだ。道案内を頼むぞ。」
「勿論。」
「だが、」
と俺は続けた。
「先頭はリカと毒島に任せる。」
「え?でも私達が先頭にいた方がすぐに次の行動に移れるんじゃないですか?」
周りを警戒しながらM1A1を構える宮本。確かにそうなんだがな。
「お前らが住んでいた辺りと言う事はここら辺にいる大半の<奴ら>はお前らの友人、知人、隣人だ。<奴ら>になってしまったとは言え、お前らが撃てるかどうか分からなくてな。」
ここぞと言う所で躊躇い、その一瞬の隙が命を落とす要因となる。俺はその光景を何度も見て来たし、その内の幾つかは俺も経験して本当に死にかけた。コイツらの誰か一人でも欠ければグループは総崩れとなってしまう。念の為の予防線って奴だ。
「うわぁ〜・・・・滝沢さん、これヤバいですよ。」
「ん?どうした?」
双眼鏡を覗く平野の方を見やる。裸眼だからハッキリとした数は分からないが、それなりに纏まった数の<奴ら>がこっちに向かって来るのが見えた。距離は百メートル以上、数は数十ちょい。
「う〜ん。」
弾は出来るだけセーブしておきたいと言うのは本当だが、実際この騒動が始まってから俺は大して銃を撃っていない。隠密の方が無駄な弾の消費を抑えられる事は確かだが、これはある意味病気みたいな物だ。殆ど反射的にホルスターに納めたシグとUSPのグリップに手を伸ばす。当然どちらも既にサイレンサーを装着している。
「アレ、撃ちたいな・・・・」
「駄目ですよ、もっと寄ってきます。」
「だよなあ・・・・・あー、でもトリガーフィンガーが疼いて仕方が無いんだ。あーあ、撃ちてぇーなー。」
「もうぶっちゃけそれしか手は無いと思うわ。」
「え?」
やれやれと言った様子で俺を見る沙耶の口から出た言葉に孝が驚きを見せた。
「第一に、撃たずに倒すには数が多過ぎる。第二に、家の近所に向かう為のルートは車とかが横転してるし、場所に寄っちゃ道幅がトラックよりも狭いから通れない。だからたとえ回り道でも通れる道を通る方が良い。第三に、コンボイと言っても所詮は急造だし、自転車とトラックじゃ出せるスピードの差が大き過ぎる。」
「確かに。<奴ら>の強行突破も全員が同乗しているからこそ出来た事。トラックではね飛ばした時に自転車に乗っている誰かに当たらないとも限らないしな。」
沙耶の言葉にトントンと指を刀の鞘に打ち付けながら冴子もそれに賛成した。どこか嬉しそうなのは・・・・・多分気のせい、と言う事は無さそうだ。
「よし、そうと決まれば、」
スケートボードを足元に於いて飛び乗ると、左手にUSP、右手にシグを構えた。左右に軽く曲がりながら<奴ら>の群れに突っ込んで行く。一瞬だけ後ろを向くと、呆気にとられる小室達の顔が目に映った。にやけ顔が止まらない。また、戦える!
「いっちょ派手にやってやろうぜ!」
両腕をクロスさせて移動しながら矢継ぎ早にトリガーを引く。九ミリ弾がサプレッサーの甲高い四捨五入すれば合計で四十発近くの銃弾が二つのマガジンに装填されているのだ。眼孔、眉間、額、鼻腔、典型的なゾンビの弱点である頭を徹底的に狙う。弾が切れると、両方のスライドストップ状態を解除、瞬時にホルスターに押し込む。
「またまたやらせて頂きます!!」
残っている<奴ら>三体が並んだ所でM627を引き抜き、撃鉄を起こした。357マグナム弾の貫通力はスラッグ弾には劣るかもしれないが、零距離なら人体を余裕で貫通する位の運動エネルギーは有している。三体は脳髄をそこら中にぶちまけて倒れ、残り三体も一発ずつマグナム弾をおみまいした。
サングラスに革のジャケット、そして何丁もの銃を扱う様。まんま『マトリッ○ス』のアレだな、俺。振り向くと、唖然とする小室達に向かって手を振る。マグナムから立ち上る硝煙を吹き消すと、再び背中のホルスターに押し込んだ。背中に背負ったモスバーグを外し、取り付けた銃剣のシースを外した。ギラリと鋭利な刃が光る。
「あ〜、すっきりした。」
今さっき消費した弾の数は合計四十三発。オートマチックは二丁とも新たなマガジンを装填しておく。爽快感は確かにあった。だが、今一つ物足りない。何故か?既にグループ内では周知の事実なのだが、<奴ら>には感覚と知能が全く無い。只々鈍重な動きで音のする方に向かい、何かを掴んだと感じ取ればそれに食らい付く化け物だ。言うなれば、ゲームの単調な動きを繰り返す的と大差無い。俺達を出し抜く為に策を弄して来る訳でも無く、俺達に銃を向けて来る訳でも無く、血肉を求めてただ彷徨うだけの木偶人形だ。唯一の問題はその数は気が遠くなる程の規模であると言う事だけ。達成感らしい達成感は何も無い。
「張り合いがねえなぁ、おい!」
その苛立ちが未だに胸中で燻っている俺は、そう低く唸ると、後頭部がザクロの様に弾けた<奴ら>の一人の頭をサッカーのPKよろしく顎を狙って思い切り蹴り上げた。小枝が折れる様な音と共に頸椎が破断する。普通の人間ならこれで即死だ。直線的な圧力に強くても、捻る力には頗る弱いのが人体の弱点の一つである。だが、<奴ら>は首を切り落とすか脳を破壊しなければ完全に活動を停止しない。スケートボードを蹴り上げて掴むと、小室達と合流する。
「車が後二、三台位あればなあ・・・・」
平野が愚痴を零す。やはり急造のコンボイ作戦が上手く行かなかった事が少なからずショックらしい。
「ここから先もこの調子だと、移動は時間が掛かるわね。それにさっき見たいに毎回毎回あんな規模の<奴ら>を相手にしていたらあっという間に弾が無くなってしまう。かと言って毎回<奴ら>の大群を見るなり迂回していたら時間が掛かり過ぎる。どうするの、小室?」
沙耶が眼鏡を押し上げて小室にそう訪ねた。
「・・・・・確かにな・・・・・」
顎に手を当てて、思案に耽りながら小室は目を閉じた。
「麗。悪いが、俺達の親探しは一旦後回しにしよう。」
「ええ?!」
「確かに麗の親父さんやお母さんの事も、僕の母さんの事も心配だけど、今この場でどうこう出来ない。それに、この大人数じゃ弾の数がいずれは逼迫する。後、麗の親父さんがこんな非常事態で自宅にいる筈は無い。」
「あ、そっか・・・・・東署!東署に行けば!」
「いる可能性はあるっちゃある。階級もそれなりに高い人だろ?だから、署内で指示を飛ばしていたかもしれない。調べてみる価値は有ると思う。それに警察だったら銃位置いてある筈だ。ですよね、リカさん?」
「ええ。目当ての弾薬があるかどうかは分からないけど。にしても、貴方やるわね。短時間でそこまで考えられるなんて。」
運転席から上半身を乗り出して小室に賞賛の言葉を贈るリカ。
「周りが優秀なだけですし、僕は自分が出来る事をやるだけですから。」
「その割には随分とそれを秀逸な手腕でこなしている様だけど?」
田島もルーフから顔を覗かせて付け加えた。ビシッと親指を立てて歯を見せる笑顔だ。
「ああ。二人の言う通りだ。もう少し自信を持て。今ん所俺達は誰一人死んでない。お前のお陰だ。最初はお前みたいなガキに任せて大丈夫かと正直半信半疑だったんだが、甘く見てたよ。お前、意外とこう言う事に向いてるんだな。その調子で頼む。」
「はい!」
さてと、行き先も決まった事だし、さっさと向かうか。床主市東署へ。
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次話で東署に到着します。