竜頭蛇尾~”Protect yourself at all points”~
「森の中に、ですか」
「あぁ。行ける限り奥まで踏み込んで、できるだけ沢山採取して来て欲しい、そういう
依頼だ。もし、希少価値が高かったり未発見の新種なんかを持ち帰ったら、報酬に更に色を付けるとのことだが、この辺は別に無理をせんでもいいと言っている」
「むぅ……」
ジャン・ベアールは思案に耽っていた。
王都ブルデューは
依頼主は同じ二の郭の外れに位置する小さな薬屋の店主であった。店構えは質素ながらも調合の腕は確かで、症状を診せればそれに併せてその場で調合、格安で処方してくれる好々爺である。繁盛からは程遠い商売方法だが、その人柄を気に入って懇意にしている者は多く、何を隠そうジャン自身も傷薬や毒消しなどで幾度も世話になっていた。
依頼の内容もさして特筆すべき物事のない、ごくごく普通のもの。端的に言ってしまうならば、”在庫が足りなくなってきたので薬草を集めてきて欲しい。叶う限り多く幅広く、出来れば稀少価値が高かったり新種なんかあったりすると嬉しい”とのことである。
「いつも頼んどる者がいるんだが、今はちょいと別件で忙しくて手が回らんらしくてな。そこまで急ぎではないから、そいつが戻ってくるまで誰も来なけりゃ、いつものようにそいつに任せる、とのことだ」
「ってことは、受けるんなら今の内、ってことっすよねぇ」
「そういうこったな」
目的地もここから遠くない、というか、目と鼻の先である。東大門を出て近く、目の前に鬱蒼と生い茂る森林地帯。少なからず王都の発展の一因となっているその森は木材は勿論の事、豊かな環境によって実る大地の恵みは栄養満点。必然、生態系も多様にして豊富であり、一度腰を据えて足を踏み入れたならば、目の当たりにする事の出来る生物たちは両手の指ではまず足りないだろう。
それもそのはずである。何を隠そうこの森、嘗ては水の精励が住まう”聖地”として崇められていたほどで、先の戦争によって破壊されてしまったが、今でも当時の人々が築き上げた神殿跡が遺っているという。その神殿跡の真上に屋敷をおっ建てた貴族が先日、不祥事を起こして罰せられたという記事を読んだのは、未だ記憶に新しい。
「ど~すっかなぁ」
マスタードをたっぷりとつけたソーセージを咀嚼しながら、ジャンは手遊びにフォークを虚空にさまよわせる。行儀としては宜しくないが、他にそこまで客はいないし、そもそも”銀の月”は粗悪なマナーを指摘されるような格式張った店ではない。敷居は決して高くなく、来る者拒まず去る者追わず。冒険者御用達という点を除けば、料理上手で気立てのいい
そして、それ故に、このような来客も珍しいことではない。
―――キィ……
「お~す、おっちゃん! なんか仕事な~い?」
「お早う御座います、グスタフさん」
「おぅ、今日も来たか。早いな」
スイングドアを開いて入ってきたのはそれぞれ狼と狐の耳と尻尾が特徴的な、獣人族の少年少女二人組。アルフレッド=ヴォクシーとアイリス=ヴィクセン。同じく二の郭に位置する孤児院で暮らす年長組である二人は、最近になって”銀の月”に顔を見せるようになった新たな常連である。
「あれ、ジャン兄ちゃん。珍しいな、こんな時間にいるなんて。今日は仕事ないのか?」
「ん~……今、受けるかどうか考えてる真っ最中、ってとこだ」
声をかけると、アルフレッド少年は首を傾げながらこちらに歩み寄ってきた。時刻は丁度、朝と昼の半ば辺り。ジャンが口にしているのは朝食というより若干昼食寄り、所謂”ブランチ”と称するべきものになる、そんな時間帯である。ここ最近は朝早くに出立し、日がな一日働きまくっては、日が沈む直前になって帰ってくる、といった毎日を送っていたので、アル少年の反応はある意味当然と言えた。
彼らとはここ数日で随分親しくなった。ギルドに登録して”紫”になったばかりの彼らにとっては、”青”の自分の経験談でも耳に新らしいものらしい。事あるごとに”どんな依頼をこなしてきたのか”だとか、”どんな珍しい動植物を見てきたか”だとか、自分に尋ねてくる。この年頃になって弟や妹が出来たような感覚を覚えて、この新しい関係に妙な心地よさを覚えている自分がいる。
そんな事を考えながら、今朝早くに届けられたばかりだという瑞々しい葉野菜のサラダを口に運びつつ、依頼内容の記された紙片をひらつかせながら、アルフレッドにそう返すと、アイリスはそれを覗き込みながら尋ねてきた。
「そんなに、難しいお仕事なんですか?」
「ん? いや、依頼の内容自体は、そこまで大変なものじゃあないんだ。ただ、行き先がちょっと、ね……」
苦笑と共に、ジャンは紙片の一部分、目的地を記している部分を指差す。
孤児院では定期的に読み書きの授業を開いているそうで、院内だけではなく、周囲の一般家庭に暮らしている子供たちも一緒になって勉強に勤しんでいるそうだ。故に二の郭の子供たちの識字率は一般的な平均よりも高く、それ故に孤児院を中心としたコミュニティの結束は強い。というのも、孤児院の現院長がかの有名な元ギルドランク”赤”の”
「行き先? クルディオス湿地帯とか、ジャンゴー密林とか?」
「それとも、フラヒヤ山脈とか、ラスティオ活火山とかですか?」
「……それ、今の俺のランクじゃまず受注許可降りる場所じゃないからね?」
クルディオス湿地帯。温帯気候に属し、年間を通して降水量が多く滅多に晴天にならない。その為に日照時間が短く、夜になると毒素を含んだ霧が発生する地域があり、訪れる際にはキャンプ地の確保と十分な量の毒消しが必須となる。が、その反面、希少価値の高い菌糸類が多く生息しており、それを目的に訪れる者もまた多い。
ジャンゴー密林。緑溢れる密林地帯で、中央部に山岳地帯がある。各所に古代文明の遺跡が確認されており、調査隊が足繁く通っているが、山岳地帯の内部は大きく空洞化している部分も多く、竜種の巣も数多く確認されている。また、季節によって虫類の異常発生が確認されており、温暖期には特にその傾向が高い。
フラヒヤ山脈。白銀で彩られた雪山の連なる山脈地帯であり、中腹は複数の洞窟で繋がっている。洞窟内の壁面は氷に覆われており、数多くの寒帯に生息する生物たちが巣を構えているという。山頂付近は更に寒波が厳しく、夜間に訪れるのはまず無謀な試みとされている。
ラスティオ活火山。絶えず溶岩が噴出し噴煙が立ち上っている活火山で、夜間の火山活動は特に活発。各所に広大な溶岩洞があり、山頂は更に高温地帯であるため、猛暑対策は必須。長居をしたくない場所なのだが、高品質な鉱石の採掘場としても知られているため、足繁く通う者も少なくないという。
兎角、どれもこれも危険度の高い生物たちがうようよと生息しており、今の自分の腕ではまず、生きて帰ることができるかどうかの心配をしなければならない地域である。そもそも、最低でもギルドランク”緑”以上でなければ、足を踏み入れることそのものが許されない。いつかは、平然とそういった依頼もこなせるようになりたいとは、思っているが。
「町外れの森の、出来るだけ奥まで行って来ないといけないんだよね、この仕事」
「森? あそこなら、僕もよく行くけど?」
「奥まで、って言ってるでしょ、アル。どういう内容なんですか?」
問われて、依頼内容を簡潔に説明すると、
「なんだ、別に奥の方まで行く必要ないじゃん」
「……へ? なんで?」
あっけらかんと言い放つアル少年に、ジャンは呆然と問い返す。
「だって、いろんな薬草集めて帰ればいいだけなんでしょ? だったら僕、いい場所知ってるよ?」
「いい、場所?」
「うん。兄ちゃんが森の中で暮らしてるのは、知ってるよね?」
「あ、あぁ……ジム=エルグランドさん、だろ?」
そう。時たま忘れがちなのだが、なんでもこの二人と、あの”壊し屋”として知られるギルドランク”黄”、ジム=エルグランドが同じ孤児院の育ちらしく、先日一緒に店に現れた時は偉く驚いたものだ。正直、あの時は生きた心地がしなかった。毎日口にしていた絶品料理の材料が彼の手によって育てられたものが大半だった、という事実(何を隠そう今口にしているサラダの葉野菜もMADE IN エルグランドである)には殊更驚かされたものだが。
ジム=エルグランドに対する恐怖感は未だ拭いきれていない。彼の育てた野菜は確かに美味だが、彼が過去に幾度となく、単身で甚大な被害を齎した事実は不変なのだ。何より、あの外見はそれでなくとも近寄りがたい。少なくとも、あれで好印象を抱く者は中々いないだろう。しかし、そんな彼と家族同然に育った子供たちがこれほど真っ直ぐに育っているのだから、悪い人物ではないのだろうとも、まぁ思うのだけれど。
「で、そのジムさんがどうしたんだ?」
「兄ちゃんが滅多に街に出てこないのって、森の中で必要なものが全部揃うからなんだ。で、食べるものもそうだけど、孤児院で誰か病気になったって聞いたら、いっつもすぐに色んな薬草を摘んで持って来てくれるの。で、いつもどこから持ってきてるの、って聞いたことがあって」
「……で?」
先を促す。気づけば少し前のめりになって聞こうとしている自分がいた。
「なんだっけ……群生?っていうのをしてる場所があるんだって。ローズ……なんたらとか、かもにる?」
「ローズヒップにカモミール、ね。私も何度かお世話になったっけ」
「そうそう、それそれ」
「群生……本当か?」
これはひょっとすると、かなり有益な情報なのではなかろうか。
あの森は未だに謎の地域が多い。踏み込んでいくにつれて、ただの森林地帯から徐々に樹海のような広大さを見せ始め、縦横無尽に入り組んだ地形が来訪者の方向感覚を迷わせるという。場所によっては
そんな地帯に何年も暮らし、何度となく採取してきているというジム=エルグランド御用達の群生地。そんな場所が実在するというのなら、その価値は計り知れない。
「どうする? 大体の場所なら聞いてるから、案内できると思うよ?」
「行けるのか? 君たちだけで」
「多分ね。そんな奥まった場所じゃないみたいだし」
これは、正直かなり惹かれる。歩合制だそうだから、当然収穫量と報酬額は比例する。無駄に奥地に踏み込んで新種や希少種を探しに行く必要性がなくなったわけだ。アル少年の反応からして、今から子供の脚でも迎える位置なのだろう。ひょっとすると、今から向かったとしても日帰りで戻ってこれるかもしれない。となれば相当に割のいい、最高の条件の揃った近年稀に見る仕事内容と言える。
が、
「む、むぅ……」
ジャンは、未だ踏み切れずにいた。口を噤み、唇を尖らせ、目を細めて紙面と睨み合っている。
「何か、心配事でもあるんですか?」
「あ、あぁ……まぁ、な」
ジャンの懸念しているのは、実にシンプルなものだった。
見れば解る通り、二人はまだ幼い。いくら獣人族が普人族に比べて身体能力に優れているとはいえ、ランク”青”の自分なら容易に相手取れてしまうだろう。そんな彼らを連れて、危険種と遭遇する可能性のある場所へ向かう、それに対する心配である。
いくら親しい間柄とはいえ、他所様の子供を預かるのだ。自分には何事もなく無事に帰さなければならないという義務がある。というか、傷一つでも負わせようものなら、あの”壊し屋”に殺されるかもしれない。かなり
そして、そのような事態に陥らせられるかもしれない最大の懸念事項。それが、
「―――紅眼の怪物、君たちも知ってるだろ?」
あの森に関する、とある噂。
曰く、鮮血の如き真紅の双眸を見たが最期、骨ごと肉体を切り裂かれ、頭蓋ごと脳髄を噛み砕かれて
「実在しているかどうかも分からないけど……もし現れた時、君たちを守りきれる保障がないから、さ」
「っ―――それは、」
「アル」
そう言うと、アルは不満げな表情で何かを言い返そうとして、リサに窘められる。多分、自分の身は自分で守れる、みたいなことを言いたかったのだろう。あの年頃は根拠もなく自信過剰になりやすいものだ。自分にも覚えがある。純粋に善意でそう言ってくれていることは、とても嬉しいけれども。
が、
「―――怖ぇんだろ、ジャン」
「うぐ」
「こいつ等のせいにして言い訳すんな。男らしくねぇぞ」
グスタフの一言一言に図星を刺され、胸を抉られる。そして、
「いいじゃねぇか、行ってこいよ。なんなら、ついでにジムに協力してもらえばいい」
「うぇっ!? 俺が、”壊し屋”とですか!?」
あまりに突拍子のない提案に、一瞬にして思考回路が混乱に陥る。
先述の通り、ジャンはジムに対して好印象を抱いていない。むしろ彼が剥き身の刀剣のように全身から発している”近寄るな”という雰囲気に完全に呑まれてしまっているからだ。くどいようだが、悪人でないことは充分に承知している。少し調べれば解ることだが、彼が過去に起こした事例はどれも正当防衛であったり、仕方なくそうせざるを得なかった、とされるような案件ばかりだし、ギルドは愚か国家一つ敵に回すかもしれない状況下で尚、自分自身の思うままを貫く姿勢は好ましいとも思う。
だが、幾ら良識や分別があるとはいえ、”猛獣”の側に進んで身を置きたがる人間は、そうはいないと思う。
どんなに主人に懐く飼い犬でも、”敵”と見なせば遠慮なく牙を剥く。どれほど強固な檻の中にいたとして、獅子の目の前に暢気に手を伸ばすものがどれほどいるだろうか。
相手がどれほど高名な盗賊団だろうが、どれほど精強な国の軍隊だろうが、ひょっとすると王族相手だとしても、彼の態度は揺るがないのだろう。それは逆を返せば、彼の機嫌を損ねたり、彼にとって”敵”と判断されたその瞬間、”赤”すら殴殺したというその圧倒的な暴威が自分の身に降り懸かるのではないだろうか。
―――まぁ、長々と表記したが、詰まるところ自分が臆病な小心者だというだけなのだ。
「メイズでさえ、しょっちゅう薬草や果物を摘みに行っているんだぜ? ”青”のお前さんがびびってどうすんだ」
「う゛っ」
その名前を出されると弱い。
メイズ。”銀の月”の看板娘にして、目下ジャンが密かに恋慕している(とはいっても周囲にはばればれなのだが)女性。ギルドランクは”紫”。可愛いというより綺麗という方が圧倒的にふさわしい、黒髪美人。
「それに、そうさな……お前があの森の立地に詳しくなりゃあ、向こうから”案内してくれ”って声をかけてくるかもしれんぜ?」
「め、メイズの方から」
もしそんなことがあったら、なんと素敵なことだろう。きっとその日は一日中浮き足だって、脳内に広大な花畑が一斉に咲き誇るに違いない。
それに、ただでさえ最近は超強力な
「―――う、うおし。やって、やろうじゃあないか」
「ん。じゃあ、お前さんの名前で登録しておくぜ。誰を連れていくかは、好きにしな」
「やってやる、やってやるんだ……」
自分を鼓舞するよう、ひたすらに叱咤激励の言葉を呟き続けるジャン。そんな彼を見て、アルとリサは軽く溜息を吐きながらこうこぼしたのだった。
「僕、こんな風にはなりたくないな……」
「単純過ぎですよ、ジャンさん……」
後書きです、ハイ。
お久しぶりです。”試される大地”にもとうとう雪が降りました。今朝はやけに寒いと思っていたら、昼飯を食べようと思って研究棟を出た途端に一面真っ白。もうそろだ移出の際に耳と頭皮をコーティングせねばならない季節の到来です。ちなみに、気温はほぼ0度だったとか。まぁ、この辺じゃ珍しい気温じゃございませんがね。
はてさて、今回の三匹~(仮)のプロローグは私が担当させて頂きました。あくまで入り、ということで敢えてジムは動かしていません。というのも、今回の更新までに入れる予定だったシーンを加えると余裕で締め切りを越えるからです。故に、今回はここまで。
今回は皆が普段どのように過ごしているか、という点に主なフォーカスを当てて更新していく予定となっております。名声か悪名かは知りませんが(ォィ)後の世に大きく名を残すらしい彼らが日頃どのように過ごしているのか、どうぞお楽しみに。
次の更新予定である”盲目”28話は今しばらくお待ちくださいませ。何とか研究の合間を縫って執筆しています故。
では、次の担当、YTAにバトンを渡します。
「いくぞ兄弟―――ネタの貯蔵は十分か」
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この作品は私、北の大地の西ローランドゴリラこと峠崎ジョージと、
小笠原樹(http://www.tinami.com/creator/profile/31735 )
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赤糸(http://www.tinami.com/creator/profile/33918 )
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