No.635442

Baskerville FAN-TAIL the 9th.

KRIFFさん

「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。

2013-11-09 10:29:42 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:409   閲覧ユーザー数:409

「……え~と。忘れ物ない? ハンカチは? あ、筆記用具とかちゃんと入ってる? そうそう。それから紹介状と交通費。ちゃ~んとリュックに入ってる?」

落ち着きという動作をどこかに置き忘れてしまったんじゃなかろうか。そんな慌てぶりを見せているグライダ・バンビールはいきなり頭をコツン、と叩かれた。

「グライダ。あなたが面接する訳じゃないんだから、そんなに慌てる必要ないでしょう?」

「痛いわね、コーラン。そんな事言ったって、このコがちゃんと試験会場まで行って、一人で面接なんてできると思う!?」

頭を叩かれたグライダが指をさしているのが、とても双子の妹には見えない程幼い外見の自分の妹だった。

「セリファ、ちゃ~んと一人で行けるもん」

セリファ・バンビールは姉の顔を見上げて少し頬を膨らませている。そんな妹を見て、

「わかったわかった。急がないと遅刻しちゃうわよ」

「は~い。じゃあ、おねーサマ。コーラン。行ってくるね」

セリファはパタパタと家を出て行った。

しばしの間、玄関で何も言わずに立ち尽くす二人。やがて、居間の時計が七時を告げるベルを鳴らした。

「さて。今日の夕食はどうしようかしら」

「夕食って、何にするかもう決めるの?」

「当たり前でしょう? 私、夜いないわよ」

「えっ!」

そう言われたグライダは、慌ててそばにかかっているカレンダーを見る。

確かにセリファの字で「めんせつ」と書かれた隣にコーランの字で「講師」と書かれている。

「だから、今から考えておかないと。それとも、グライダがやってくれる?」

「……意地悪」

別にグライダは料理ができないという訳ではない。きちんとできる。料理自体はかなりの腕前だ。

ただ、片づけながら料理をするのがどうしてもできないので、台所はしっちゃかめっちゃか。

あと片づけに倍以上時間がかかってしまうので嫌がるのである。

「……今日の夕飯は何がいい?」

「……任せる」

コーランは少しばかり考えるそぶりを見せて、

「……じゃあ、椎茸ご飯に椎茸の味噌汁に椎茸の煮物に椎茸の炒め物。それから、椎茸の天ぷらに決定」

「それだけは勘弁して」

グライダは自分の唯一の苦手な「椎茸づくし定食」をひきつった笑顔で断る。

「食後に椎茸ケーキと椎茸茶ね」

「だから勘弁してってば~」

半分泣きそうになりながらグライダが懇願した。

 

 

世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。

ここにも、朝はきちんとやってくる。

同時に、面倒な騒動までやってくる。

平穏な日は、一日としてなかった。

この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。

だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれる事はない、とまで云われている。

 

 

シャーケンの町の駅に着いたセリファを待っていたのは、どう聞いても普通ではない「ドカン」という轟音と、悲しい知らせだった。

「たった今、五番線ホームにて車両事故が発生しました! 復旧の見通しは立っておりません」

そう言いながら駅員達も対応にてんやわんやしていたのだった。セリファが乗る電車の来るホームである。

復旧までどれだけ時間がかかるか判らない。

「どうしよう。これじゃ間に合わないよ」

いつものようにギュッと腕に力を込めるが、今日は肌身離さず持っているグライダのぬいぐるみはなかった。

「そっか……。今日は『めんせつ』だから、おいて来ちゃったんだ」

悲しそうにポツリと呟くセリファ。

でも、このままでは状況は何も変わらない。復旧を待っていたのではいつになるかわからない。

かといって、他の交通手段では電車の倍以上時間がかかってしまい、やはり間に合わない。

公衆電話を使って連絡を入れようとしたセリファだったが、ふと、彼女の頭に良いアイデアが浮かんだ。

セリファは手近の駅員を捕まえて、

「おじちゃん。セリファにお手つだいさせて」

駅員はいきなり下の方で「おじちゃん」と呼ばれて驚き、困惑しながらもセリファを追い返そうとするが、

「おっ。あれはセリファちゃんじゃないか!」

この町ではちょっとした有名人でもある彼女に、周囲の期待の声がかかる。何を隠そう私設ファンクラブめいた物まである程だ。

「おい、駅員のおっさん。セリファちゃんにやらせろよ。その子はすっげぇ魔法使いなんだ。心配いらねえよ」

そうだそうだと回りの野次馬から声が上がる。その迫力に負けて、駅員は渋々彼女をホームに招き入れた。

案内されたホームには、本来なら来ない筈の蒸気機関車が停車していた。話によれば、いきなりここに落ちてきたとの事。

もちろん起きてまだ十分も経っていないから警察だって到着していない。

まだ石炭を入れていないので、機関車を動かせるようになるまでには、落下のショックで故障した箇所はないかを点検する時間も含めてかなりの時間がかかる。

運良く線路に乗っているので、何とかして駅員も車両を動かしたい所だが、機関車を牽引できる車両がまだ来ておらず、魔法で動かすにも使い魔にやらせるにしろ、この場にいる人員ではパワーが足りないようだった。

セリファは周囲の状況をじーっと見た後、背負っているリュックサック(実は、コレもグライダの形をしている)の中から、自分専用のトラッドカードを取り出した。

彼女はこのカードに描かれた絵を実体化させる魔法が使えるのである。

別に町中で魔法を使う事は禁じられてはいない。ただ、人を傷つける物・辺りに被害が出る物に関しては厳しく取り締まりがあるが、そうでなければ見て見ぬフリである。

セリファはその中から「悪魔(デビル)」のカード一枚だけを取り出して、意識をカードに集中させる。

「神秘のトラッドの力、我が前に見せよ!」

その直後、カードの表面がボコボコと膨らんだかと思いきや、そこからぬっと現れたのは一目で魔族の者とわかる、鍛え上げられた肉体を持った褐色の肌の大男。辺りはいきなり出現した男に対して驚きとどよめきが広がっている。

セリファは、その大男に向かって静かに言った。

「ねえ。あのきかん車うごかして」

男は何も言わず機関車に近づくと片手で無造作にグイ、と押した。多少車輪の動きが悪いようであったが、機関車はいとも簡単にスルスルと動きだす。

駅員が驚く中、とりあえず誘導に従って通常ダイヤに影響ない場所へ入れる。

それを見届けたセリファはニッコリ笑顔を浮かべたままその場に倒れてしまった。

同時に、その大男の姿もかき消えた。

 

 

その日の午後、セリファが病院に運ばれたという知らせで飛んできたグライダとコーランは、警察や駅員からいろいろ質問責めにあっていた。セリファの意識がまだ戻ってない以上、応対は二人でなければできまい。

部屋は(何処から聞きつけたのかは知らないが)セリファちゃんファンクラブ会員から送られた、たくさんの花束やら果物やらぬいぐるみやらであふれている。

質問責めと見舞品の運び込みが終わり、セリファが今日会う予定の人物がやってきたのは面会時間終了間際だった。

「……そうですか。彼女がやったんですか」

一分の隙もなく少々年代物のスーツを着込んだ初老の男が驚きを隠せぬままそう言った。

知らせを聞いて飛んできた彼――フランクリン教授は最初は落胆した顔を隠せなかったが、二人から事情を聞くうちに笑顔が戻ってきた。

「実は、あたしも妹から『めんせつ』としか聞いてなかったので、詳しい事はわからないんですけど……」

グライダが彼にそう言うと、コーランが説明してくれた。

「このフランクリン教授は、魔界に本校がある、魔法大学院の教授なのよ。隣町にこの分校があるんだけど、前々からウチに来ないかって誘いがあったの。セリファの魔法の才能を埋もれさせるのは惜しいからって」

フランクリンは、コーランの言葉に続けるように、熱っぽく拳を握りしめ、

「そうです。彼女の才能は、開発と訓練次第で歴史に残るくらいの術師になる事も不可能ではないと、私は思っています。当大学院には著名な術師いますし文献も豊富にありますから、魔術の勉強に不自由はしないでしょう。彼女の高校時代の成績も問題はないのですが、いくら何でも私の一存で入学させる事はできません。それで……」

「で、面接ですか」

グライダがセリファの額に手を当てて呟く。

「まあ、寂しい気もしますが、セリファが自分で決めた事なら、あたしは何も言いません」

嬉しくもあり、寂しくもあり。そんな感じのグライダだった。

「面接はできませんでしたが、この事件を報告すれば、審議会を動かせるかもしれません。何せあれだけの事故をあっさり片づける魔族を召還できるんですから」

そこに、面会時間終了のチャイムが流れる。それを聞いたフランクリンはスッと立ち上がると、

「私は大学院に報告に行きます。では、失礼。どうかお大事に」

そう言って、部屋を出て行った。

「さて。私はこれから仕事に行ってくるわ。セリファの事、よろしくね」

そう言って、コーランも出て行った。

 

 

その頃、魔界治安維持隊(まかいちあんいじたい)人界分所所長ナカゴ・シャーレンは、分所近くの公園で買い食いの真っ最中だった。

「ナカゴさん。今仕事中でしょ?」

魔界出身の屋台の主人は呆れた顔でそう言いながらも、彼女の注文した豚肉の串焼きをほいと手渡す。ナカゴもそれを笑顔で受け取ると、

「ウチの商売は身体が資本ですからね。食べられる時に食べておかないと」

朝起こった「蒸気機関車がいきなり落ちてきた」事件の指揮等もあるのだが、それを部下に任せて、自分は仕事をサボっているのだから、実に苦しい言い訳である。

豚肉には疲労回復の作用もあるビタミンB1が多く含まれている。それに、つけあわせのにんにくにはそれを増強させる成分も含まれている。

確かに彼女のように身体が資本の商売には合った食べ物と言えるかもしれない。

ナカゴはあっという間に串焼き二本を平らげた。

「ほら。こいつはおごりだよ」

主人が放ってよこした小さなリンゴを受け取り、そのままかぶりつく。

その時、屋台の主人が目を点にしている事に気づいた。自分の食べっぷりに呆れているのか、と思っていたが、視線は自分の後ろに行っている。

ナカゴは不思議に思って振り向いてみると、彼女も目を点にしてしまった。

そこに立っていたのは、がっしりとした体格の男だった。

それだけならなんて事はないのだが、問題はその男の格好だった。

隣の国・メインナール王国の紋章入りの甲冑をつけているのだ。ご丁寧に頭をすっぽりと覆うタイプの兜まで。

さらに言うなら、その兜に甲冑のデザインを全く無視した、よくわからない奇妙な紋様が描かれている。

いきなりこんな人物が立っていたら、確かに目の一つ二つ点になっても不思議ではあるまい。

(どう考えても場違いねぇ)

ナカゴが妙に冷静にそう考えていた時、いきなり男は剣を抜いて横凪ぎに切り払った。

彼女は間一髪でその剣をしゃがんでかわした。だが、屋台の柱は見事に砕け散り、主人はもちろん、公園にいたみんなが悲鳴を上げて逃げていく。

「何者です!」

ナカゴはすかさず腰のリボルバータイプの銃を抜く。この世界では正規軍以外あらゆる銃火器の所持は認められていないが、ナカゴは魔界の住人にして治安維持隊隊員。携帯はもちろん、非常の場合には発砲も許されている。

そして迷う事なく至近距離から男の胴めがけて立て続けに発砲した。魔界謹製の、魔術強化された鉄板をもやすやすと撃ち抜く特製弾だ。

しかし、ここで彼女はさらに驚く事になる。

確かに弾丸は男の胴に命中していた。甲冑の胴の部分には確かに弾痕が刻まれている。しかし男は何事もなかったかのように剣を両手で持ち、勢いよく振り下ろす。

ナカゴはそれを紙一重で転がってかわすと、再び発砲。全弾命中。

だが、男は全く気にした様子もなく、剣で斬りつけてくる。

「キリがないわね!」

もう彼女の銃に弾は入っていなかった。さすがに勤務中とはいえ、今日は銃を使う任務ではないため補充できる弾丸など持っていない。

男は構えを変え、切っ先をナカゴの方に向ける。弾切れとわかって一気に勝負をつける気なのだろう。一足飛びに男が飛びかかってきた。

でも、ナカゴの手には鉄の塊と化した銃が一挺のみ。とっさに銃で切っ先を受け止めるが、あっさりと弾き飛ばされる。

男は間髪入れずにもう一回剣を振り下ろした。このタイミングでは避け切れない。そう悟った彼女は小さく叫んだ。

「鉄よ!」

振り下ろした剣が彼女の肩に当たる。だが剣が当たった途端、剣が真っ二つに折れた!

そこに、騒ぎを聞きつけたナカゴの同僚が駆けつける。

「所長! ご無事ですか!?」

さすがに多対一での不利を悟ったのだろう。男は折れた剣を投げ捨てると一目散に逃げ出していった。

部下の一人がナカゴに駆け寄り、斬られた肩の治療をするために呪文を唱えようとして、

「所長。肩……斬られた筈ですよね?」

服は確かに斬り裂かれているのだが、彼女の肩自体にはうっすらと跡が残っているのみだった。

「ああ、これ?」

ナカゴは何気なく肩を払う仕種をして、

「私の先祖は鉄の神ですから。身体を鉄のように硬くする事くらい簡単です」

サラリと言ってのけた。

魔界に住む魔族には、生まれつき魔法が使える者が多い。しかも生まれつき使える魔法は「呪文の詠唱を必要としない」のだ。「出したい」と思えばすぐに発動する。

ある程度の応用は効くものの、威力の方はいくら鍛えても大して強力なものにはならない。でも、魔法最大の欠点である「呪文の詠唱時間」という隙を作らない、完璧に近い魔族のみの魔法である。

「所長。先程の人物には、生命反応がありませんでした」

所員の一人がいきなりそう告げた。

「生命反応があれば、分所の探知機に反応がある筈です。それがないという事は、あのメイン・ナール王国の甲冑の男は『生きてはいない者』です」

「生きてはいない……」

ナカゴは少しの間考え込んでいた。

「所長。先程の男を照会したのですが、元メイン・ナール王国近衛兵と判明しました」

さっきとは別の所員がそう告げる。ナカゴは「元」とつけた理由を問いただすと、

「先日この町で起こりましたメイン・ナール国王暗殺未遂事件の際に、失敗して殺されているそうです」

そこでナカゴは、本部からの通達文を思い出した。

「本部の情報にあった『死者使役の法』が人界に出回っているという噂。本当かもしれませんね」

そう言いながら自分のポケットをあさる。それから、その所員にすっと手を出して、言った。

「あのさ。あなたの携帯、貸してくれない? 自分の忘れてきちゃって……」

 

 

ダンダンダンダンダンッ!!

「クーパーブラック様! 神父様!」

オニックス・クーパーブラックの住む教会の扉が荒々しく叩かれる。彼の名を呼ぶ女の子の声も、戸を叩く音と共に聞こえてくる。

「はい。どちらさまですか」

もうすぐ日も暮れるという時刻にもかかわらず、優しそうな笑顔で彼が応対に出るなり彼女は一気にまくしたてた。

「ああ。いらっしゃった。わたくしを覚えておいででしょうか? バーナム様の同郷の者スーシャ・スーシャでございます」

もちろん彼は彼女の事を覚えていた。

「ああ。スーシャさんですか。お久しぶりです。こちらには、どんなご用件でいらしたのですか?」

「申し訳ありません。バーナム様は今どちらにおられますか!? ご自宅にはいらっしゃらないので、心当たりはこの教会かグライダ様のご自宅しかないのですが、グライダ様方は外出中との事で……」

一気に言いたい事をまくしたてるスーシャに乾いた笑いを浮かべるクーパーだが、その中に何か尋常でない雰囲気を感じ、

「お急ぎなのはわかりますが、もしかしたらバーナムが夕食目当てに教会に来るかもしれません。ゆっくり待ってみませんか?」

スーシャは首を縦に振った。

「おーい、クーパー。何か食わせてくれ~」

教会の奥でそのバーナムの声が聞こえた。

「……やっぱり」

クーパーがガクッと肩を落とした。

それから二人を中に入れ、簡単に二人分の食事の追加の準備をする。その間、スーシャはかなり大袈裟な身振り手振りと情景描写を交えて語り始める。

スーシャが探していたバーナム・ガラモンドは、彼女の大袈裟な話を聞き流しながら、冷蔵庫の中の物でそのまま食べられそうな物をちびちび食べていたが、語りのテンションが頂点に達した所のスーシャの言葉を聞いて、ゴホッとむせてしまった。

「墓荒らしってなぁどういう事だよ!」

「墓荒らしとは、穏やかではないですね」

クーパーも深刻な顔だ。その深刻な顔を見てスーシャは更に続けた。

「はい。一つだけ墓が掘り返されて、棺が持ち去られました。持ち去られたのはバーナム様のお父上フーツラ・ガラモンド様のものです」

「親父かよ……。何だってそんなもん。別に高価な棺って訳じゃねーし、価値のあるモンだって入っちゃいねーぜ」

そこで、バーナムとスーシャはクーパーの方を向いて、

「わかるか、クーパー?」

「わかりませんか、神父様?」

しかし、そう言われてわかる程、彼も勘が鋭い訳ではない。だが、墓荒らしがやる事といえば、財宝目当てという線が濃厚だが……。

ガンガン。

いきなり窓ガラスが叩かれてそこを見ると、戦闘用特殊工作兵のロボット・シャドウが立っていた。シャドウはクーパーが窓を開けるなり、何かを突き出した。

「仕事だ。内容は確認してある」

そう言って手にしたビデオテープを見せる。バスカーヴィル・ファンテイルの仕事だ。

しかし、バスカーヴィル・ファンテイルは特殊秘密戦闘部隊。そのメンバーではないスーシャの前でこの話をする訳にもいかない。だが、この状況で彼女を追い返す訳にもいかなかった。

「……待て。大勢の人間が此所に来るぞ」

シャドウが暗くなった町の方を見ると、確かに何人かの人が急いでこちらに向かってくる様子が見えた。

「何かあったんですか!?」

窓枠に手をかけ暗がりに向かって叫ぶ。やがて一人の男がシャドウの側に立ち、

「よかった~。おいででしたか、クーパーブラック神父。実は、町で変な男が暴れ回ってケガ人や死人が!」

「何ですって!?」

彼は窓枠から身を乗り出す。

「警察はもちろん魔界の治安維持隊の方も出動しておりますが、神父様は剣術の達人と聞いたものですから、コレは神父様にもお願いしようとしたのですが、電話が繋がらなくて……」

実は、変な男が暴れたせいで電話線が切れていたのだが、そんな事は彼らにわかる訳もない。

「わかりました。急ぎましょう! シャドウ、申し訳ないですが、そのビデオの件は……」

「問題無い。仕事はその男の事だ」

その答えを聞いて、彼はマントと日本刀を持って一同と町へ向かった。シャドウのレーダーによると、もうすぐという所まで来た時、

「みんな、散れっ!」

突然バーナムが叫び、それに反応してみんながサッと散った直後、上から何かが落ちてきた。

それは道すがら聞いていた「変な男」に間違いなかった。

それは道すがら聞いていた「変な男」に間違いなかった。

派手な色と奇妙な紋様の覆面マスクにトランクス。それにロングコートを羽織っただけという格好は確かに「変」以外の何物でもないが。

その男はギロリ、とバーナムを睨みつけると、地面を蹴って一気に襲いかかった。

バーナムがそれに反応した時には、男の拳は彼の腹にめり込んでいた。

「げえっ」

男の拳をまともに受けて吹き飛び、壁に叩きつけられ息が止まる。そして呼吸の回復と同時に激しく咳き込んだ。

「バーナム様! ご無事ですか!?」

スーシャの悲痛な叫び声が響く。その声に片手を挙げて答えると、

「冗談じゃねぇぜ。臨戦体制のオレにクリーンヒットかよ……」

何とか立ち上がり、殺気のこもった目で男を睨みつけた。同時に他のみんなに「手を出すな」と目で語る。

口の中を切った時に出た血をペッと吐き捨て、改めて構えをとる。

相手に対して身体を横にし、左腕を突き出して右腕を引いた構え。この流派では「弓引絞(きゅういんこう)」と呼ばれている構えだ。

その構えを見て、その男も全く同じ構えをとった。

バーナムの顔に一瞬だけ驚きの色が混じる。スーシャもその光景に驚きを隠せない。

「同じ構えという事は……まさか!」

「そのまさかだよ、ねーちゃん。ありゃあ親父だ」

「バーナム、気をつけて下さい! あの覆面の模様は、相手の意識を封じ込めておくための紋様です!」

派手な色と模様の意味に気がついたクーパーがバーナムに大声で告げた。

それを合図にでもしたのか、地を蹴って一気に飛びかかるバーナム。同時に男、フーツラも地を蹴る。

それからの二人は息つく間もない程の連撃を繰り返すばかりだった。両方共同じ流派に加え、親子だからなのか攻撃パターンも非常に酷似している。

しかし、フーツラの方が一枚上手と言うべきか。バーナムが拳を繰り出せば確実に防御される。投げ技を出そうとすれば寸前で外される。逆にフーツラの攻撃の大半はバーナムにクリーンヒットしている。

「……バーナムのお父さんは死んでいたんですよね? ゾンビにしては動きが滑らかすぎますが、この世界で死者蘇生の術を使う事ができるのは『神』だけの筈……」

「それが仕事の内容だ」

少し離れた所にいるスーシャに聞こえないようにシャドウが言った。

「古代に喪失したとされる『死者使役の法』を蘇らせた術者がいる様だ。その者はあの男を使って『龍』の力を欲しているらしい」

「龍、ですか……」

確かにバーナムの使う流派は「四霊獣龍の拳」。奥義でオーラの龍を呼び出せる事は彼もよく知っている。しかし、龍は強大な力を持つ、神にも等しい古き存在。そう易々と扱えるとは考えにくい。

その時、一旦バーナムが彼から離れた。

「これでもくらえっ!!」

手に「気」を集中させてそこに生じる塊を投げつける技、龍哮(りゅうこう)を次々と使う。が、フーツラは素早くかわすのみだった。同じ技を使おうとはしない。使える筈にも関わらず。

その光景を不思議に思っていたクーパーだったが、

「わかりました! 『気』は生きている人間しか使えない。だから、使いたくても使えないんです!」

気を使えない原因に気づいた後は、バーナムの独壇場だった。気を使う技を連発して驚く程あっけなくフーツラの首を吹き飛ばした。

いくら死者でも首を飛ばされては戦いようがない。その体がゆっくりと崩れていく。

「一体誰がこんな事を……」

崩れたフーツラの体を見つめてスーシャが涙を落とす。そのそばでバーナムが荒い息をしながらかろうじて立っている具合だ。

「知るかよ。おいシャドウ。今度の仕事はどうなってんだよ」

スーシャがいるにも関わらずバーナムが尋ねる。シャドウが一瞬ためらうが、彼に「かまわねーよ」と言われ、素直に話し始めた。

「『死者使役の法』という古代に喪失した秘術を蘇らせた術者がいるそうだ。この術を使われた死体は生前とほぼ同じ事ができる事は、今見た通りだ」

「その術で、フーツラ様は蘇って、なおかつ操られて、わたくし達を襲ったのですか?」

スーシャの問いにシャドウは軽く首を倒した。

「そう考えて間違いはあるまい。もっとも、その術者が何処にいるかは知らないが」

そこで、シャドウが言葉を切った。

 

 

そのほぼ同時刻、コーランが講師をしている魔術の私塾に行くため、静かな裏通りに入った時だった。

向こうからサイレンを鳴らして走ってきたパトカーとすれ違った時、最近買った携帯電話に私塾から連絡が入った。

『……ああ。今、町の北部は大変な事になっているんだ。何でも、弾丸をものともしない覆面の男が暴れ回っているらしい。今塾長も手伝いに行ってます』

「そうですか。では、私も手伝いに行った方が……」

話しながら電話を左手に持ち替え、右手で後ろから振り下ろされた何かを指だけで掴み、くるりとひねってそれを奪い取る。

『どうかしたんですか?』

「いえ。すみませんが、少し遅れます」

そう言って電話を切ってから振り向くと、隣の国・メインナール王国の紋章入りの甲冑の人物が立っていた。その甲冑の腹部には弾痕とおぼしき傷があった。

「不意討ちをするにも、もう少しやり方ってものがあるんじゃない?」

コーランは共通語ではなく、わざわざ魔界の言葉で声をかける。その応対に驚くかと思いきや、表面上は無表情のまま魔界の言葉で話しかけてきた。

「成程。二十年近くたった今でも『冷たい炎』の二つ名は健在と見える」

変な紋様の描かれた兜のせいで声がくぐもってしまっているのでよくわからないが、明らかに男の声だ。「冷たい炎」と聞いて、彼女の顔に明らかに狼狽の表情が浮かぶ。

サイカというファーストネーム以上に呼ばれたくない名前で呼ばれたからだ。それでも男を睨んだまま、

「用件くらいは聞きましょうか?」

「そう警戒しないで下さい。殺す気なんてないんですから」

「ご冗談。その気がなければ、あんな殺気を込めてこんなモノ振り下ろせないわよ」

そう言って、切っ先を掴んだままの細身の剣を見せる。細いとはいえ、硬く作られた魔界独特の剣。それを男に放った。

「もう一度言うわ。用件は何?」

「只の腕試し。理由なんてない」

無表情のまま男が答える。が、コーランは男の方を向いているが、男を見ていない。いや。兜に隠された男の瞳の奥を見つめている。

「……死体に理由はいらないでしょうね。私が聞きたいのは、あなたを操っている張本人の事よ。それとも、名前を呼んだ方がいいかしら、フランクリン教授殿」

嫌みを込めて、わざわざ「殿」を強調して呼ぶ。やはり男は無表情のまま、

「ふふ。お見通しという訳か。さすがは噂に名高い冷たい炎」

「そのあだ名好きじゃないのよ。悪いけど」

「これは失礼。冷たい炎さん」

「……怒らせたいの?」

コーランも視線が殺気を増す。しかし彼もひょうひょうとしたもので、

「怒らせるなら、あのお嬢ちゃん達を人質にでもしますよ」

オーバーに「ニヤリ」と笑みを浮かべているような雰囲気だ。

「それよりも、対峙しただけでこれを死体と見抜き、なおかつ私が操っているとよくわかりましたね」

「種明かしのリクエスト? それはしないのがマナーよっ」

問答無用とばかりに一足飛びで間合いに入り込み、間髪入れずに男の顎を蹴り上げる。そこへ人差し指を拳銃のように突きつけ、

「火よ!」

次の瞬間、男の額に小石大の穴が開いた。それからさらに顔が穴だらけになっていく。

男の頭からぶすぶすと煙が上がり、肉の焼ける嫌な臭いが立ちこめる。身体の内部だけが燃えているのだ。

こうなっては、さすがの死体も何もできない。コーランは確実に動かなくなった事を確認すると、

「……ふう。さっきナカゴからの電話がなかったら、危なかったかもしれないわね」

コーランは急いでその場から離れた。

 

 

病院で仮眠をとっていたグライダも、異様な気配で浅い眠りから覚めた。すぐ隣では、まだセリファが眠ったままだ。いつものように、グライダのぬいぐるみを抱きしめて。

「すぐ戻るから」

小声でセリファにそう言うと、グライダは慎重に扉を開け、病室を飛び出した。

しかし、そこは病院の中ではなく、見知らぬ石畳の広間だった。

「コレは……幻術?」

警戒して周囲を見回す。しかし、彼女にはあらゆる魔法が効かないのだ。その線はないだろう。

空間転移(スペースチェンジ)ですよ。ご存じありませんか?」

いきなり真下から聞こえた声に反応して、慌てて下を向くが誰もいない。石畳があるばかりだ。

だが、そこに水面のような波紋が現れると同時に何かが飛び出した。グライダはとっさに横に飛び退いた。

グライダの前に、それでも、ちゃんと彼女の間合いからは離れて着地を決めたのは、筋肉の欠片もないように見えるくらいに痩せこけた人間。顔に奇妙な紋様のマスクをつけた女だった。

「剣士グライダ・バンビール殿とお見受けいたす。貴殿に恨みはないが、その命、貰い受ける」

淡々と語った後、腰に吊るした短剣を抜いて構えた。そこまでされて黙っている程グライダは人間ができている訳ではない。

「いいわ。受けて立とうじゃないの」

ヴンと鈍い音がして、彼女の右手に黒い剣レーヴァテインが現れる。現れると同時に真っ向から斬りかかった。

その痩せた女は空気のようにヒラリと身をかわし、掌に出現させた小さな火球を彼女の背中にぶつける。

「うぐっ」

グライダに魔法そのものは効かないが、ぶつかった衝撃までは完全には消せないし、着ている物は普通の服だ。火球が当たった所だけが焼け焦げている。

「このおっ!」

グライダは振り向き様、持っていた黒い剣を投げつける。

もちろん痩せた女は難なくかわすが、かわした所に左手に白い剣エクスカリバーを出現させたグライダが突っ込んで行く。

その途端、彼女の左手に握られたエクスカリバーの刀身がカタカタと震え出した。彼女が驚く間もなく刀身が鋭い光を放つ。

「なっ、それはぁァァッ!」

光を浴びた途端、その女は脂汗をダラダラたらし、目をカッと見開いて息苦しそうに首を押さえてのたうちまわる。

その光景に思わず立ち止まったグライダはふいに思い出した。

エクスカリバーは光の聖剣。光とは対極に位置する者には絶大な威力を発揮すると。

という事は、この女は闇の影響下にある者。それもアンデッドの可能性がある。

やがて女の身体は塵となって崩れて、消えていった。辺りも元の病院に戻る。グライダは急いで剣を消すと、

「何なのよ、コレは……」

と首を傾げるだけだった。

 

 

次の日、コーランはナカゴに会いに魔界治安維持隊の分所へ向かった。

彼女は昨夜の事後処理に追われていたが、それでも何とか会ってくれた。辞めたとはいえ、まだまだコーランを知る者は多いし、所長のナカゴはコーランの後輩でもある。

「そうですか。やっぱり先輩の所とグライダさんの所にも現れたんですか」

休憩とばかりにお茶を飲んで一息つくナカゴ。目の下にはうっすらとくまができている。やはり疲れと睡眠不足は隠せないようだ。

「あんたが電話で言った通り『死者使役の法』で復活した死体がね。遙か昔に無くなった術だって聞いてるけど、本当の所はどうなの?」

コーランも出されたお茶を飲む。

「それは間違いありません。存在を伝える文献がわずかに残るのみだと、データバンクにはありました。何せ死者関係の術は一部の図書館を除いて総て処分しましたから」

「でも、実際に術は使われた」

そこでコーランが意味ありげに黙った。

「その一部の図書館から盗まれたとか、そういう事はないの? 何せ相手は大学教授よ」

「フランクリン教授ですか……確かに可能性はありますけど、持ち出しは元より、閲覧すら何人もの監視下でなきゃ不可能な本の呪文を、知らないうちに持ち出せますかね?」

コーランは自分が好きな酒を棚から取り出し、空になっていたカップに注いだ。

「こういう事はオニックス向きだったかしら。彼なら歴史とか詳しいから」

「じゃあ、どうして連れてきてくれなかったんです?」

「昨日の事後処理。彼の場合は治療とお葬式」

ナカゴは「そうですか」と短く答え、自分のカップにも酒を注いだ。

「所長。書類をまとめました。確認とサインをお願いいたします」

ナカゴの所に書類の束を抱えた所員が入って来る。見かねたコーランが上半分をひょいと持つ。所員は軽く頭を下げて礼を言うと、その書類の山をドサリと彼女の机の上に置いた。

「……コレ、全部?」

「はい、所長。死者・重傷・重体・負傷した者。破壊された各建物の被害状況・被害総額。無論当職員の分も含まれております」

その所員は極めて事務的に淡々と告げた。

「せんぱ~い、てつだってくださ~い」

という視線の先にコーランの姿はない。

「サイカ様ならば今し方お帰りになりました」

また淡々と告げるが、その中には微かな笑いが含まれていた。

「……ふう。あんなの手伝ってられないわ」

元々デスクワークは好きではないコーランは、ご愁傷様という目で所長室の辺りを見上げると、そのまま歩き出す。

そのまま歩いていると、セリファのいる病院に着いていた。ついでだから寄って行こう、とセリファのいる病室へ向かう。

病室に入るとすでにセリファの意識は戻っており、明日には退院できるとの事。ほっと安堵の息を漏らした時、問題のフランクリン教授が病室に入ってきた。

「セリファさん。意識が戻ったようですな」

そう言って果物の入った籠を見せた。セリファはニコニコ笑顔でそれを受け取る。

「サイカさん。すみませんが、二人だけでお話があります。おつきあい願えますか?」

「……いいでしょう」

妙な緊張感が一瞬走り、二人は部屋を出て行った。

二人は病院敷地内にある喫茶店に入る。とりあえずと頼んだ紅茶が来た後、フランクリンの方から口を開いた。

「あの時あなたが予想した通り、あの死体を操っていたのは私です」

そう言うと、懐から細長い黒水晶を取り出した。どうやらこれがコントロール装置らしい。

コーランは黙ったまま彼の言葉を待った。

「あなた達に関わりのある人物の中で、バーナム・ガラモンドの父、メインナール国王暗殺団の団長。以前の仕事で射殺した魔人ワイド。この三人を蘇らせました。理由は単純明快。あなた達バスカーヴィル・ファンテイルの実力を知るためです」

一瞬だけ表情が強ばるコーランだが、それでも平静を装う。しかしフランクリンは、

「秘密部隊といいますが、結構調べる方法はありましたよ」

得意そうにフッと笑う彼は、紅茶を一口飲むと更に続けた。

「評価は可もなく不可もなく、といった所でしょうか。お一人お一人はそれなりの実力の持ち主ですが、秘密『部隊』にしては、余りにも大雑把すぎる」

それはコーラン自身も前から気にしていた事だ。

「それで、調べてどうします? 給料の査定という訳でもなさそうですし」

コーランは油断なくそう答えながら紅茶を一口飲む。

「セリファさんは判断力・持久力に乏しい。バーナムさんは後先考えず、かつ行き当たりばったり。グライダさんは戦法が直線的すぎる。最強の剣と魔法が効かない体質にうぬぼれてると言ってもいいでしょう」

フランクリンは淡々と流れるように語っていく。

「あなたとオニックス神父とシャドウさんは、冷静ではあるが、物事に対して余りにも受け身すぎる。先手必勝が良い場合にでもね」

多少オーバーに言っている部分もあるが、短い時間だったにしては正確な分析だ。

「これはわざわざ有難うございます。そこまでお教え下さるという事は、かなりの余裕なんでしょうね、そちらは」

コーランの方も表情を読まれないように、一層無表情を作っている。

「とんでもない。これは私の独断でやっています。本当ならこういう事は教えるべき物ではない。違いますか?」

確かに、相手の弱点をわざわざ教える敵などいる訳がない。では何故、とコーランが聞くより早く彼が口を開いた。

「ですが、不思議な事にまとまるとバランスが取れている。別に仕切るリーダー的存在がいないにも関わらず」

確かに、クーパーかコーランが中心になる事が多いが、別にリーダーという訳ではない。

「もうすぐあの二人は二十歳になるそうですね。そしてそれは、あなたが人界を去る日でもある。一応、ある方から事情は聞いていますけど」

不意に言われたその言葉に、コーランは今度は狼狽した表情を隠しもせずに、

「まさか!? あいつがいるの……?」

「それはご想像にお任せいたします」

穏やかにそう告げたフランクリンが見つめる彼女の顔は、誰が見てもわかる程不機嫌さを露にしたものだった。

彼は、お札を一枚テーブルに置いて立ち上がり、ゆっくりとした足取りで喫茶店を出て行った。

――そして、フランクリンが倒れたのは、その直後の事だった。

 

 

フランクリンは確かに初老だったから、年齢的に死亡する事もありえただろう。

病院で調べた死因は「老衰」。それだけなら別にたいして問題がある訳でもないのだが、死亡診断書のたった一行の文章には驚かざるを得なかった。

 

「死亡推定時刻 七十二時間前」

 

死んだ直後の人間の死亡推定時刻がこんな事になる筈がない。更に大学に問い合わせをして調べた所、一週間前に自分の別荘に行った後連絡が取れなくなっていたらしい。

「『死者使役の法』は、死体を生前のように蘇らせる術で、体が欠けていない死体。もしくはバラバラでもきちんと各部を集めた死体であれば、何年たった死体でも使う事ができるそうです」

クーパーがそう説明する。何処から仕入れてくるのかはわからないが、こういった知識に関しては、コーランも勝てない部分がある。

彼はそのまま話を続けた。

「死体が生きている間は体の腐敗が止まるので、正確な死亡推定時刻を出すのは難しいでしょうが……少なくとも五、六日前に死んでいた事になりますね」

死亡推定時刻にこの事件(?)のあった二日間を足してしまえばそういう計算になる。

「それは、そのフランクリン教授も『死者使役の法』を使われたという事か?」

シャドウがポツリと答える。十中八九それが正解だろう。という事は、黒幕が別にいる事になる。いくら何でも、死人が「死者使役の法」を使える筈がないのだから。

「じゃあ、そのじーさんに術をかけたヤツが黒幕って訳か」

「安らかに眠る死者に対しての非道さ。許されざる方です」

スーシャも静かに怒りを抑えている。今にも飛び出していくのを無理矢理こらえていて、見ている方が痛々しくなる程だった。

「黒幕がいるという事は、またこういった事件が起こらないという保障はないな」

シャドウの言う通りだ。

向こうは、間違いなく自分達の正体を知っているのだ。その上で回りくどい手を使ってきている。

黒幕は今度はこちらを直接攻めてくるだろう。その時に自分達は勝てるのか。今までなかった沈黙が場を支配する。

「どんな事をやってきても、向こうが攻めて来るなら応戦するまでよ」

腕組みしたままグライダが言った。皆が黙っていただけにその声は響いた。

「……そうだな。弱いなら強くなりゃあいい。弱点があるなら克服すればいい」

「『言うは易く、行なうは難しい』」

冷静にシャドウに突っ込まれ呆れ顔のバーナムだったが、

「昔から言うだろ? 『一人一人は小さいけれど、一つになれば無敵』だって」

「安易ね。それ確か昔のヒーロー物の主題歌でしょう?」

呆れてはいるがコーランの表情は明るい。

可笑しいのか皆にも笑顔が浮かんでいる。

この明るさは、間違いなく武器となる。根拠はないがそう思わせてくれる雰囲気があった。

だが、この後のコーランの独り言は誰にも聞こえていなかっただろう。

「決着は、つけておかなきゃね……」

 

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