第35話 -鬼神-
雪蓮「侵入者?」
周泰「はい。先ほど捕らえたのですが、何やら事情があるみたいで。」
雪蓮「人んちに何の事情も理由もなく入るやつなんて、そらいないでしょうけど。」
そう言って目の前に縛られ跪かされている人物を見下ろす。
雪蓮「まあいいわ。話だけは聞いてあげる。」
??「ふん!誘拐犯なんかに話すことなんてないのです!」
雪蓮「誘拐犯?」
陳宮「とぼけても無駄なのです!ねねはこの目で、ここに捕らわれているセキトたちを見たのですから!ねねの家族を返しやがれです!」
少女は叩きつけるように叫びをあげる。呉の本拠地建業。その本拠の城に無謀にも単身乗り込んできた人物は、反して屈強とは言い難い、小柄な少女であった。
雪蓮「セキト?誰それ。」
周泰「さあ。」
陳宮「そこの女がセキトたちを餌付けしようとしていたのは見ていたのです!しらばっくれてもダメなのです!」
周泰「はい?」
雪蓮「それって...もしかして明命が洛陽で保護してきた犬猫とかのことじゃないの?」
陳宮「拉致してきたことを認めたのです!」
雪蓮「拉致って、あんたねぇ。」
呆れる雪蓮であったが、切迫した目の前の少女の様子にそれを思い直す。
陳宮「お前らがセキトたちを拉致したから恋殿は...恋殿は...ッ!」
少女にとって、いや、彼女だけでなく、彼女の最も大事なある人にとっても、その動物たちは家族のように大事なものだったのだ。それを失ったと思った彼女らの悲しみは、それを知る人にとっては想像に硬くないだろう。しかし、そのある人にとっては、それは常人には想像できないほど深い悲しみと絶望と、怒りを植え付けていたのだ。
雪蓮「アンタ...」
雪蓮たちは知った。彼女たちが洛陽で訪れた家が呂布のものだったということを。保護した動物たちが、飛将軍と呼ばれたあの呂布と縁のあったことを。そして動物たちを彼女たちが連れて行ったため、荒れ果てた我が家を見た呂布は、動物たちが殺されたと思ってしまったことを。その結果...
陳宮「今の恋殿は、うぐっ、もう昔の優しかった恋殿ではないのです。今の恋殿は...」
取り残された少女は一人、僅かな手がかりを頼りに家族を探していた。そうすれば、元の大好きな彼女に戻ってくれると思っていたからだ。だが、風の便りに聞く噂は、彼女の希望を砕くのに十分すぎた。家族が生きていたことを知った喜びと、それを知らずにいる人を思って複雑な感情が少女の中をかき乱す。彼女にとって、事実であるそれは自分の口からは容易に口に出せない。
陳宮「今の恋殿は...」
翠「久しぶりだな...恋。」
振り返った先は闇。城が松明でぼんやりと明るいのに対して寝静まった街は灯を落とし深淵の中だ。そんな闇の中でも、翠にはそこに立つ人物が誰か、見るまでもなくわかった。こんな力強い気配を放つことができるのは、大陸でもそうはいない。しかし、翠にはその気配に深く混じりこんだ、悲しみや絶望といった感情を読み取っていた。それはまさしく、つい先日まで自分の中を満たしていたものだからだ。だからこそ、翠には彼女が誰だかわかる。
呂布「...」
俯き、得物を拳で握りしめたまま佇む呂布はなにも答えない。夜風に乗って、彼女から血の匂いが濃く伝わってくる。あののんびりとした彼女が、ここまでの尋常ではない雰囲気を放っている。翠には目の前に立つ彼女が怖いというだけではない。そんな風に彼女をしてしまった状況を知ることが、同じ悲しみを知っている翠にとっては怖かったのだ。
翠「...」
ならば、彼女から聞くことはないのかもしれない。だが、
翠「...知ってるかもしれないんだけどさ、あたしの父上...殺されっちまったんだ。」
翠には責務があった。それは、時間を稼ぐこと。先ほどの兵士たちが愛紗たちを連れてくる間、翠はここに彼女を留まらせなければならない。なぜなら、今の翠が一人で彼女に勝負を挑むことは、無謀に過ぎたからだ。そして彼女をここで足止めできなければ、彼女は翠を倒した後、城内に入るだろう。彼女の敵を討つために。
翠「曹操のやつに嵌められてさ。あたしの従姉妹の蒲公英も...憶えてるだろ?あのちっこいやつさ。」
相変わらず返事はない。聞いているのかもわからない。だが、翠には彼女が留まる限り、話をするしかなかった。その手に握った得物は、今は役に立たない。
翠「あたしの仲間も皆殺られちまったらしい。もしかしたら生き残ってる奴が少しはいるかもしれないけど...少なくとも、今じゃあたしの故郷は曹操のもんだ。もう帰れない。」
話す度に自分の心が痛む。今の環境は翠の心を癒してくれているが、やはり自分の家族や仲間が殺されたという事実を確認するのには無心ではいられない。
翠「曹操のやつはまだ生きてる。あたしは曹操を許せない。いつか仲間の敵をとってやりたいとも思ってる。それは...」
呂布「...」
翠「お前も同じなんだろ?」
呂布「...」
翠「だが、恋。お前が誰かの敵討ちのためにここの主を殺ろうってんなら、あたしはそれを止めなきゃならない。お前を殺してでも。」
殺されるわけにも、殺させるわけにもいかない。まだやらなければいけないことがある。それは、
翠「あたしの故郷を取り戻すには、あいつが必要だ。だから、あたしはお前を殺してでもここで止める。」
一刀との約束。曹操から涼州を取り戻すこと。確かに曹操に恨みはある。だが、勝敗は兵家の常であるというのも事実。なら、直接曹操の首をとるより、涼州を死んでいった皆に返すことが、彼らの一番の弔いになるのではないか。そう翠は考えていた。しかし、そのためには、彼女を... 目の前の彼女から吹き上がる闘気に、翠は得物を握る手に力を込める。だが、戦闘態勢に入っていく彼女と自分との力の差を感じ取り、そして彼女の感情が伝播して心が折れそうになる。
??「無理をするな。それがこれから命を取ろうとする者の顔か。」
後ろからポンと翠の背中を叩いた人物は、
愛紗「しかしまるっきり無理をするなというのも、それこそ無理な話か。翠、力を借りるぞ。」
そして翠の横に立ち得物を構える。
愛紗「悪いが、二対一で相手をさせてもらうぞ。」
星「違うな、三対一だ。」
そこにもう一人やってきた人物が加わる。
愛紗「やれやれ。これではまるでこちらが悪役ではないか。」
星「何。むしろ力を合わせて強大な敵に立ち向かうというのだから美談ではないか。大体、我ら一人ひとりでは今のコヤツの相手などできん。そうであろう?」
そう言って、愛紗とは翠を挟んで反対側で武器を構える星。星の言うとおり、今の彼女たちでは一人で相手をすることは難しかっただろう。
翠「お前ら...」
愛紗「美談か...天の世界にはこんな逸話があったぞ。矢一本なら一人の力で折ることができるが、三本束ねれば簡単に折ることはできない。このようにして三人の人間が力を合わせれば、何事にも屈しはしないと。」
星「...ああ、すまんが愛紗。お主には三本束ねた矢は折れないか?」
愛紗「折れるな。」
星「そこの馬鹿力は?」
翠「なんだとこのっ!...まあたぶん、十本くらいまでなら余裕で折れるけど。」
星「そうか、そして私も折れる。これではその話も...」
愛紗「ええい!人が折角綺麗にしめたというに、この先が不安になることを言うな!」
翠「...ぷっ!」
一刀「全く、もっと真面目にやってくれ...よ...」
愛紗「一刀様!?お下がりくださいっ!今の呂布は我ら三人でも止めきれるかわかりません!」
星「主、ここは危険です!どうか城の中に!」
一刀が三人の後ろからやってくる。しかし、彼女にとっての仇の姿を確認したからか、今までただ沈黙していた彼女は膨れ上がったその気を爆発させてそれを破る。
呂布「アアアアアアッ!!!!!!」
一刀「(恋...)」
呂布のその姿は、まるで一刀の知るそれとは異なっていた。それまでの雰囲気と一転して、そこに張り詰める緊張した空気に身体も強張り、一歩も動けなくなってしまう。
星「っ!...この私が他人に恐怖を覚えたのは初めてだ。」
愛紗「ああ...私も正直なところ怖い。今の呂布はまさに鬼神といったところだろう。だが...くっ、たかだか鬼ごときに我らの道を絶たれるわけにはいかん!」
目の前の敵の強大さに、三人はいつも以上に気を引き締め直す。呂布だけでなく、練り上げられた三人の闘気も周囲を包んでいく。それに当てられ、周囲を取り巻く松明が激しく揺らめく。その一つが消えると同時に、
翠「くるぞっ!」
飛び込んできた呂布の方天戟が、三人に向かって振り下ろされる。三人はとっさにその攻撃を受け止めるが、
三人「っ...!」
三人の立っていた地面が陥没する。三人寄ってガードできていてもこの威力なら、あたってしまえば一溜まりもなかっただろう。
翠「手が痺れる...わかっちゃいたがここまで差があるなんて...」
星「怯むな!気で負ければ一瞬で持っていかれるぞ!」
呂布「アアッ!!!
愛紗「はぁっ!!」
致命傷を避けるため三人は回避を中心に立ちまわるが、呂布はパワーだけでなくスピードも兼ね備えていた。スピードに特化した攻撃は初撃のものより威力は劣る。とは言えガードを強いられるそれは三人に確実にダメージを蓄積していく。自我を失ったとしても、飛将軍と呼ばれた呂布の戦闘センスに陰りは全くなかった。本来であれば一人が狙われれば、他の二人は攻撃ができるはずなのだが、
星「せやああああああっ!」
キンッ!
星「くはっ!」
呂布は振り抜いた攻撃をそのまま勢いにしてカウンターしてみせる。しかも、呂布の斬撃の重さは一度受ければ硬直を強いられ、それを助けに入ればその者がまた反撃されるという具合に、中々同時に攻撃をいれることができないのだ。
愛紗「(このままでは先にこちらが消耗してしまう...)」
肩で息をし始める翠、翠ほどではないが額に汗をにじませる星。そう分析する愛紗も余裕はなくなってきている。対する呂布といえば休むことなく攻撃を繰り出し、その体力は無尽蔵とも思えた。だが、
愛紗「(呂布は自分を攻撃してきたものをその都度狙う...)」
一人で複数を相手にする時の基本は、とにかく頭数を削ることである。でなければ、相手にしている間にその他の者に休憩する暇を与えてしまうからだ。そうなれば一人となった側は戦い続けるはめになり消耗するしかない。呂布ほどの武人であればそんなことはわかりきっているはずだが、呂布の戦い方はまるで目先のものしか見えていないかのようであった。鬼神とも呼ばれた呂布。しかしその様子は、鬼というより獣のようだと愛紗は思った。何が彼女をこうしてしまったのか。だが、彼女の攻勢はまともに考える時間など与えてくれない。
星「愛紗!このままではやられるのは時間の問題だ。体力のある今のうちに私と翠で機会を作る。」
翠「だからその隙に愛紗がきめてくれ!」
愛紗「承知した。だが、命を投げ捨てるような真似だけはするなよ!」
星「ふっ、当たり前だ。」
翠「まだ死ねないからな。」
そう言って二人は呂布に一当てして後ろに飛び距離を取ろうとする。もちろんその攻撃も通らないのだが、呂布は二人に注意を向けその後を追う。
星「ゆくぞ!」
翠「おうっ!」
打ち合わせも何もないが、二人の中では結論は出ているらしい。二人は着地と同時に踏み込むと、再び呂布に向かって飛び、追ってきた呂布に同時に突きを叩き込む。
二人「はっ!」
お互いが同時に相手に向かうことでその間は一瞬。本来ならば見てからその攻撃に対応することなど不可能である。だが、
呂布「アアアアアアッ!!!」
呂布は超反応とも言える反応速度で、二人の突きを横薙ぎで強引に弾き飛ばした。会心の攻撃を防がれ地面を転がる二人であったが、
星「今だ!」
翠「いけぇ、愛紗っ!」
愛紗「はああああああっ!!」
対処されることは織り込み済み。薙ぎを放った呂布の背後から、接近した愛紗が上段から振り下ろす。走りざまに無理な攻撃を放った呂布は前傾になり、完全に体制を崩している。だが、
愛紗「なにっ!?」
呂布はその姿勢から倒れつつも身体を捻って反転させ、愛紗の青龍刀の柄を掴んでいた。呂布はそのまま青龍刀ごと愛紗を投げ飛ばす。
愛紗「かはっ!!」
飛ばされた愛紗はそのまま、城門の壁にたたきつけられる。衝撃で吐血し、額にも血が滲む愛紗。それにに対し、呂布はと言えばダメージらしいダメージは殆どなく、武器を支えにもそりと起き上がった。
星「化物か、あいつは...」
翠「くそっ!」
星「止せ翠!」
翠「だりゃああああああ!」
焦り突撃を仕掛ける翠であったが、渾身のそれも虚しくひらりと交わされ、すれ違いざまに回し蹴りを入れられ、愛紗と同じように吹き飛ばされた。
星「翠っ!」
翠は数メートル先に落ちそのままの勢いでゴロゴロと地面を転がった後停止する。その様子をどこか現実感のかけた様子で見つめていた一刀。呂布の放つ気に当てられ、半ば感覚が麻痺してしまっているのだ。だが、周囲を取り巻いていたその雰囲気が、二人の敗北とともに緩んだのをきっかけに、一刀は我を取り戻す。
一刀「愛紗!翠!」
星「主!?まだ中にはいっておられなかったのか...くっ!」
それまで呂布にのみ集中していた星は改めて周囲の状況を確認する。一刀以外の兵士は殆ど気絶、わずかに意識のあるものも完全に腰が抜けてしまって動けない。それほど呂布と、そして彼女たち三人が放っていた闘気は凄まじかったのだ。
星「主、私が時間を稼ぎます故、そのうちにお逃げくだされ!」
一刀「そんなことできるかよ!俺だって!」
呂布「...」
仲間の危機に自分の得物である逆刃刀を抜く一刀であったが、一刀一人加わったところでどうなることもない。呂布の昏い瞳が新たに現れた攻撃対象を捉える。
星「主!」
一刀「ここでお前だけ残していくわけには!それに愛紗と翠、ここにいる兵たちだって!」
星「愛紗も翠も死んではおりません!(...だめだ、主は完全に頭に血が登っておられる!)」
冷静さを欠く一刀も無理はなかった。愛紗と翠の実力は一刀もよく知っており、その二人が簡単にやられることなど想像もしなかったからだ。ましてや二人は一刀にとっても特別な存在であり、さらにまた特別な存在である星までも倒れそうとあっては一刀も平常心でいられるはずもない。
星「(こうなってはもう私が...)」
一刀の方へとゆっくりと歩み出す呂布の間に割って入る。
星「私が相手だっ!はあっ!」
呂布の様子が先ほどまでよりおとなしくなったことを、疲労したと読み取り攻撃をしかける星であったが、
呂布「...」
既に一刀を捕捉した呂布にとっては、大した脅威と思われていなかったのか。呂布は軽く星の突きの方天戟を合わせそれを絡めとると、そのまま槍を後方へ投げ飛ばす。そして一瞬のことに硬直し、無防備になった星の鳩尾に拳を叩き込む。
一刀「星!」
星「ぐふっ!あ、主...」
急所に痛烈な一撃を受け、蹲りそのまま意識を手放す星。呂布は動かなくなった星を興味なさげに一度見つめてから、再び一刀に向かって歩み出した。
徐々に近づいてくる呂布に、なんとか武器を構える一刀。その胸中では、死への恐怖というより、それまで自分が一歩たりとも動くことのできなかった無力感に苛まれていた。
一刀「愛紗、翠、星...」
彼女たちが倒れていく間何もできなかった。普段自分が守られる側の人間であると自覚しているとはいえ、こうも何もできないものか。先ほどまでのあの空間にあって、立っていられただけでも本来は誇れることではあるのだが、何もできなかったことには変わりない。自分は自分の大事な仲間が傷ついていく間、呆然とそれを見ていることしかできなかったのだ。それはまた、彼女たちの強さに奢り、彼女たちが負けるわけがないと高を括っていた面があったのかもしれない。
呂布「...」
呂布はそのまま一刀の前まで歩み寄り、迷わず一刀の命を絶つだろう。一刀は自分を責めた。このまま一矢も報いず終わっていいものか?自分の仲間を傷つけたものに何もせず、大人しく殺されていいものだろうか?
一刀「俺は...俺は...っ!」
一刀の前まで来た呂布は立ち止まると、まるで断頭台の執行人のように、高々とその戟を振り上げた。一刀に残された時間は、それが振り下ろされるまでの短い時間しか無い。何をするにしてもこの一瞬で決断しなければならない。直ぐ近くで地に伏す星が目に留まる。それと同時に、一刀の中を昏く黒いものが埋め尽くしていく。それは一刀が最も否定し、そして目の前の彼女をも満たしているもの。
一刀「う...ああああああっ!」
それが振り下ろされると同時に、一刀も呂布に向かってその刃を振り下ろした。
-あとがき-
最後まで読んでくださって有難うございます。れっどでございます。コメントの方もありがとうございますね。前回のコメントに関連して左慈さんと華琳さんのやりとりですが、まさかそんなところに針を刺すなんて...おや、また誰か来たようだ。
(三日後)今回暗い話で、恋、そして恋好きの皆さんには申し訳ない限りです。ただ私も恋好きなので、このままバッドエンドにする気はありません。一刀君の方はなんとなく夷陵の時の劉備をイメージして書いてみたのですが、うまく伝えられているかどうかあまり自信はありません。正史では兄弟の死とそれに対する報復が蜀の崩れる一因になってたり...あれなんか不吉。
次回もお付き合い願えると嬉しい限りです。それでは!
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恋姫†無双の二次創作、関羽千里行の第4章、35話になります。この作品は、恋姫†無双の二次創作です。設定としては無印の関羽ルートクリア後となっています。第一話はこちらhttp://www.tinami.com/view/490920
そういえばついにくるくると言われ続けていた戦国恋姫がくるらしいです。一刀君が帰還しているだと!?無印クリア後設定なんですかね、気になるところです。
それでは、宜しくお願いします。