いつも会議を行う本陣の天幕に桔梗が入ると、すでに朱里、雛里、白蓮、焔耶の四人が待っていた。
「愛紗と鈴々は桃香殿のところか?」
桔梗が訊ねる。
「はい。お二人とも桃香様が心配とのことで、付き添われております」
焔耶が答え、桔梗は黙って頷いた。本来なら会議を優先すべきだが、今回ばかりは仕方がないと思った。
「ここにいる者で、意見をまとめておこう。星には劉協様を監視してもらっている」
ぐるりと全員を見回し、桔梗は言葉を続けた。
「顛末については、すでに耳にしていると思う。桃香殿の乱心というわけではなく、劉協様による操りの術というのがその真実じゃ。これはさきほど、劉協様本人より確認した」
あまりにも信じがたい、この目で見ていなければ鼻で笑うような話だった。
「あの右手は確かに北郷一刀のものだが、二種類の呪いの術を仕掛けてある。一つは醜く変貌してゆく呪い、もう一つは思うままに操る呪いだ」
そう、淡々と劉協は語った。
「偽りではないと、儂は思う。真意は定かではないが、何か強い衝動が劉協様をこのような行動に移させたのではないかな」
桔梗はそう言うと、意見を求めるように全員の顔を見た。
「だとするなら、何らかな罰を劉協様に与える必要が出てきます。桃香様に対する疑念を晴らすためには、ある程度の事実を明かす必要がありますから」
躊躇いながらも、朱里が言う。白蓮はそれに同意するように頷いた。
「確かにそうだな。軍律違反というわけではないが、何もなしでは示しがつくまい。だが、結論から言えば難しいのではないか?」
「はい……」
白蓮の指摘に、朱里は力なく答える。彼女にも問題点はわかっていた。
「こうして共に行動をしていますが、劉協様は今もなおこの国の帝です。朝廷に対して不満があるからとはいえ、帝への敬意が失われたわけではありません。積み上げた永き歴史の重さは、決して無視できるものではないと思います」
「それだけではない――」
桔梗が引き継ぐように続ける。
「そもそも、帝を罰することが我らには出来ない。その資格がないと言うべきか。天に向かって唾棄するようなものじゃ」
「だが、最大の問題点は呪いの方じゃ」
桃香の右手に掛けられた呪いは、その術者となる人物が死なない限り解けることはない。
「本来、優先すべきは帝のお命じゃ。しかし我らには桃香殿が必要なのも事実」
「桃香様を慕って家族で付いてきた兵士も多いですからね」
焔耶が我が事のように胸を張った。
「桃香殿を失えば、軍の士気は確実に落ちるじゃろう。重ねて帝への処罰に対する反発も予想される。いずれにしても、穏便に収める事は困難じゃ」
「はい。ですので、方法は一つしかありません」
桔梗の言葉に答えるように、朱里が決意の宿る目で頷いた。
「桃香様を救うために劉協様のお命を頂くしかないのであれば、混乱を最小限に抑えるために、今回の件を処刑という形に持って行くしかありません」
「衝撃を一つにするわけじゃな」
「はい……」
答えながらも、朱里の目には迷いがまだ残っていた。
「だが、先ほども話していたが帝の処刑など誰が行う? 我らが行えば逆臣となってしまうのではないか?」
白蓮が訊ねた。
「もちろん、そういう事になってしまうでしょう。下手をすれば、他の勢力が手を組んで我らを攻める可能性もあります。もしも帝を裁くことが出来るとすれば、それは天の意思のみです」
静まりかえった中で、朱里の言葉が意味する事を誰もが察した。
「天の意思……その代弁者ということになるなら、一人しかおるまい」
「はい。天の御遣い、北郷一刀さんです」
皆が面識があり、その顔を思い浮かべる。
「だが彼は、涼州の地だ。まさかこのために来るよう言うわけにもいくまい」
「それなら大丈夫だと思います。おそらく、そう日を置かずにこちらにやってくるはずですから」
自信ありげにそういうと、朱里は雛里と視線を合わせて頷いた。
「どういうことじゃ?」
「一刀さんが出発する前に、長安を挟撃するという話をしました。きっとそのつもりで、向こうでも行動してくれていると思います。ですが馬超さんは当然、慎重になるでしょう。もしも劉備軍が動かなかったらと、不安に思うはずです」
桔梗は頷く。互いに面識がなく、戦いの呼吸もわからない。挟撃は両者の動きが合わなければ、一方が大きな被害を受けることになるのだ。
「そこで一刀さんが、劉備軍が動けば涼州も動くという約束を取り付けてやってくるはずです」
「なぜ、そう思う? 別の使者が来る可能性もあるのではないか?」
白蓮が訊ねる。
「馬超さんが動くとすれば、それは一刀さんを信じての事。そして涼州からここまでやって来る危険な道程。これまでの彼の行動を考えれば、ご自身で動くはずです。また、劉備軍を動かすことが出来るのも、彼だけでしょうから」
「確かに、桃香殿ならば天の御遣いの言葉には従うじゃろう。だが……」
今は桃香が判断を下せる状態ではない。
「しかし長安を取り戻す好機なのも事実です。いずれにせよ、出撃できる準備は進めておいてください」
そして朱里の言葉通り、それから三日後に北郷一刀が『星見の里』にやって来た。昼夜を問わずに馬を走らせ、ようやくたどり着いたのである。到着するなり、彼は馬から落ちてそのまま眠ってしまった。そして目覚めたのは、翌日の昼頃である。
「ん……」
空腹を感じて目を開けた一刀は、自分が見知らぬ天幕の中にいるのに気づいた。
「ここは……そうか」
微かな記憶で、自分が目的地にたどり着いたことを思い出す。体を起こし立ち上がろうとした時、誰かが天幕に入ってきた。侍女のような格好をした少女、月である。
「ご主人様!」
「月! どうしてここに?」
胸に飛び込んできた月を抱き留めながら一刀が訊ねるが、彼女は背中に回した腕に力を込め、何かを耐えるように顔を押しつけたまま黙っていた。
「月?」
様子がおかしいことに気づき、一刀は優しく背中を撫でながら月が落ち着くのを待った。やがて、少し照れくさそうに頬を染めながら、これまでの出来事を知る範囲で教えてくれた。
「私たちは部外者なので、結局、劉備さんと劉協様がどうなったのかは知らされていません。あれ以来、お姿も見ていないので」
「……わかった。いずれにしても、劉備さんには合わなくちゃいけないから聞いてみるよ」
「はい」
一刀が目覚めた事が知らされ、すぐに会議が開かれることとなった。そして一刀はその場に、月たちも同席できるよう願い入れたのである。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。