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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第二十三話

ムカミさん

第二十三話の投稿です。


大打撃を受けた連合軍、その様子は…

2013-10-20 01:53:42 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:11032   閲覧ユーザー数:7717

連合軍本陣、袁紹天幕。

 

そこでは虎牢関での戦の結果を受けて軍議が開かれていた。

 

しかし、そこに漂う雰囲気はほとんどが沈んだもの。

 

いつもは鬱陶しい程に煩い袁家の2人ですら、表情を曇らせたまま一言も発していなかった。

 

表情が曇っているのは袁家だけでは無い。

 

華琳、劉備、馬超。

 

皆が皆、一様に暗い顔を晒していた。

 

このままでは一向に進まないと、代表達の中で唯一悲観的な顔をしていなかった孫堅が口火を切る。

 

「いつまでもこうしているわけにもいかんだろう?取り敢えず各軍、被害状況を確認し合おうじゃないか。冥琳、うちの被害はどうなっている?」

 

孫堅に問われた周瑜が一歩進み出て孫軍の被害状況を語る。

 

「我が軍は兵士の被害状況は軽微なものです。しかし、将の方に負傷者が。呂布に当てた雪蓮…孫策、甘寧は重傷でこそ無いものの、怪我を負い、疲労も極限まで溜まっている状態です。華雄に当てた周泰の方はそれ程怪我もなく、特に問題はありません」

 

滔々と状況を語りきった周瑜。

 

彼女もまた、数少ない悲観的な顔をしていない者の1人であった。

 

物事を動き出させる為には多大なエネルギーが必要であるものの、一度動き始めてしまえば、その動きを維持する為のエネルギーは比較的少なくて済むというもの。

 

孫軍によって動き出した会議は、各軍の代表や軍師による被害報告が続々と飛び出すことで動き続けていく。

 

「私の軍は、兵の被害がおよそ2万、斗詩さんと猪々子さんも負傷しておりますわ。ですわよね、斗詩さん?」

 

「はい、麗羽様。加えて呂布を恐れて逃げ出した兵が約5千。都合2万5千の兵が戦闘不能に追い込まれました」

 

鬼神の如き大暴れを演じた呂布とその部隊。

 

彼女らの残した爪痕のあまりの大きさに、諸侯は皆思わず息を呑んだ。

 

「七乃、妾の軍はどうだったのじゃ?」

 

「はい、お嬢様。我が軍は兵の被害がおよそ1万5千。逃げ出した兵も少なからずいるみたいですけど、そちらの数は把握出来ていません」

 

いつもであれば自らの主君たる袁術を茶化してから話に入る張勲ですら、茶化すことを忘れて被害報告を行う。

 

その口から語られた被害の大きさは、袁紹軍程では無くとも相応に酷いものであった。

 

「朱里ちゃん、私達の所はどうかな?」

 

「我が軍は兵の被害はありません。しかし、愛紗さんが負傷をしています。鈴々ちゃんも負傷していますが、こちらは軽傷ですので、障りはないかと」

 

劉備軍はそこまで深刻ではないようであるが、主要武将が2人、怪我を負う事態になっていることも事実である。

 

そして…

 

「私の所は兵の被害を軽微よ。けれど、将軍は惨憺たる有様ね。呂布に対処した夏侯惇、夏侯淵は負傷、うち夏侯惇は少し休養が必要ね。徐晃も怪我を負っているけれど、こちらは深刻なものではないわ。それと、呂布に向かった将軍級が1人、夏侯恩。行方が知れないわ。まだ遺体は発見されてない、というだけかも知れないけれどね」

 

華琳の齎したこの報告。

 

既に各諸侯とも、兵の間に急速に広まった噂で、将軍級が1人、呂布に討ち取られた旨は伝え聞いていた。

 

そうは言うものの、噂は所詮噂。信憑性は低いものである。

 

しかし、それをこうして直接情報として聞かさせると、嫌でも実感してしまう。

 

ほとんどの者は”将軍級が討ち取られた”ことに動揺していた。

 

ところが、一部の者達、孫軍・周瑜や劉軍・諸葛亮と言った人一倍情報を握っている人物達は”夏侯恩が討ち取られた”ことに驚愕を隠せなかった。

 

曹軍の副官・夏侯恩。

 

それは知る人ぞ知る、といった人物である。

 

元々、劉、孫を含めた他の諸侯は、曹軍の内部情報をほとんど得ることが出来ていない。

 

しかし、こと戦に関しての情報であればそれなりの量が入ってくる。

 

いくら黒衣隊と雖も、見通しのよい戦場を何時如何なる時も全方位警戒し続けることなど不可能であるからだ。

 

そんな戦場からの報告で、まず頭に挙がるのはやはり夏侯惇、夏侯淵の2枚看板。

 

次いで許褚、典韋に関する報告も鰻のぼりに増えていた。

 

そして、そんな武将の陰に隠されてしまいがちだが、もう1人よく報告に挙がる人物がいた。

 

それが夏侯恩である。

 

但し、いずれも、補佐に付いていた”らしい”、副官として活躍した”そうだ”、と、非常に曖昧な報告しか無かった為、曹軍の情報を集めたことのあるほとんどの諸侯が気に止めていなかった。

 

これは斥候に出た者が主たる将にばかり目が行ってしまっていたが故の、手抜きとも言えないミスであるが、それでも報告に挙がるその頻度に目をつける者はいた。

 

彼女らは夏侯恩の素性を詳らかにすべく持てる力を駆使したが、判明したことはと言えば、夏侯惇、夏侯淵の従兄弟だということ位であった。

 

勿論、それすらも巧妙に隠された、力を入れて調べた上でようやく辿り着く偽情報。

 

秋蘭が仕込んだ一種の工作であった。

 

当然、夏侯恩の出生や生い立ちなど分かるはずもない。

 

しかし、”夏侯”の血を引き、数多の戦場で戦い抜くその人物は、少なくとも標準以上の武を有していることは想像に難く無かった。

 

伏龍や美周郎は調べに調べた上で、この程度の情報しか握れていなかった。

 

にも関わらず、たったの一瞥でその武を見抜いた人物が、この連合にはいた。

 

「何だ、曹操。お前の所の一の武、やられちまったのかい」

 

その人物、孫堅の一言が場の空気を更に混沌としたものへと変える。

 

ほとんどの諸侯連中は、一体こいつは何を言い出すんだ、とざわめいた。

 

華琳もまた、孫堅の発言を訝しんだ1人であった。

 

「孫堅、あなた何を言っているの?」

 

華琳は心底から分からないと言った風に孫堅に問い返す。

 

それに対して孫堅は意外そうな顔を返す。

 

「とぼけている…わけじゃなさそうだね。本当に知らなかったのかい?」

 

「華琳様。このことに関しましては後ほど。今は軍議を進める方が宜しいかと」

 

孫堅に対し、更に問いを重ねようとした華琳を秋蘭が止める。

 

確かに秋蘭の言ったことは尤もで、はっきり言ってしまえば身内事である先程の内容はひとまず置いておくべきだろう。

 

それにしても、と華琳は毅然とした態度を示し続けている秋蘭を見て思う。

 

(本当に芯が強いわね、秋蘭は。あれだけ取り乱していたのが嘘みたいだわ)

 

事実、今の秋蘭を見れば、数刻前のあの姿は幻だったのかと思ってしまうほどである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数刻前。

 

曹軍本陣では華琳と桂花、そして三羽烏達が虎牢関へと退いていく董卓軍に注意しつつ、各将の帰還を待っていた。

 

そこへ先に帰って来たのは、季衣と流琉を連れた零であった。

 

此度の戦は各将に当てる個人戦の方は桂花が作戦を練っていたが、主に部隊として名が高い張遼の隊に当てる集団戦の方は零が作戦を立てたのである。

 

そして、事前の案、つまり一刀の策がばっちりと嵌り、零の指揮する部隊に不幸が訪れることは無かった。

 

傍から見ても明らかに機嫌の良い零は、いつもの高笑いと共に帰還してきたのであった。

 

「ただ今戻りました、華琳様」

 

3人を代表して零が華琳に帰還の旨を伝える。

 

零が華琳と話し始めると、桂花は部隊に編成された者達の下へと向かった。

 

「ご苦労だったわね、零。今回は上手くいったようで何よりだわ。これからもその調子でお願いね」

 

「はっ」

 

華琳と零が儀礼的なやり取りを交わしている。

 

その間、季衣と流琉は三羽烏と談笑していた。

 

その話の中で、季衣たちの関心は当然の如くもう一方の戦場に向く。

 

「そういえば、兄ちゃん達はまだ帰ってきてないの?」

 

「あ~、まだ帰って来とらんな。でももうちょいで帰ってくるやろ。既に呂布の方も引き上げたらしいし」

 

「ここからでも見えるくらいに大暴れしてたの~。沙和、あんなところに行ったら怖くて絶対に動けないの~」

 

「こちらからも見えていましたよ。戦場に近かった分、闘気も感じたんですけど、同じ人間だとは思えませんでした」

 

「確かに。同じ武人としては憧れを通り越して畏怖すら感じるくらいのものだった…」

 

やはり、5人の話題に上がるのは、呂布の放っていた圧倒的な闘気、そしてその戦果。

 

仮にも武人の5人である故、それは当然のことであった。

 

「早く兄ちゃん達の話聞きたいな~」

 

「主に呂布に当たっていたのは春蘭様と秋蘭様なのでは?」

 

「いえ、それが兄様と菖蒲さんは途中でお2人の援護に向かったそうなんです。張遼さんの相手をしていた張飛さんに聞いた話ですが…」

 

流琉の説明に納得した凪が一つ頷いて再び袁紹軍の方へと目を向ける。

 

雑談の種も尽き始めた頃、華琳と零が会話に加わる。

 

「麗羽は無事逃げたと聞いてるし、袁術も間一髪助かったそうよ。我らの軍は結果的に少数の兵でその用兵術が名高い張遼軍を捌き切り、大将の首も守り通した。汜水関と合わせて十分な名を得たわ」

 

華琳の声は聞くからにご機嫌な様子である。

 

その理由はまさに今彼女が語った通りであった。

 

「春蘭達が帰ってきたら褒美を弾まないとね」

 

「華琳様。まもなく春蘭達が帰還するようです」

 

華琳が更に言葉を続けているところへ、派兵部隊から情報を得ていた桂花が帰ってきて声を掛けた。

 

その報に、その場にいた皆が浮き足立つ。

 

やがて見えてきた"3つ"の人影に喜色を浮かべて駆け寄ろうとする。

 

しかし、その数、そして3人の雰囲気がおかしいことに気付いた皆は戸惑い、沈黙してしまう。

 

ゆっくりと近づいてくるその影は、どう見ても、何度数えても"3"。

 

帰還してくるはずの数に合っていない。

 

異様な沈黙に包まれる中、ようやく華琳の下までたどり着いた秋蘭が報告を帰還の口上と報告を行う。

 

「夏候惇、夏侯淵、徐晃の3名、ただ今戻りました、華琳様…」

 

「ご苦労だったわね、秋蘭。一刀はどうしたの?」

 

華琳の当然とも言えるこの質問に、しかし、秋蘭は俯き、春蘭と菖蒲は視線を逸らす。

 

再び沈黙が訪れるかと思われたが、すぐに秋蘭が俯いたまま噛み締めるように報告を続けた。

 

「一刀は…夏候恩は、我々を逃がすため、単身、呂布の足止めに残りました…」

 

秋蘭の声が聞き取れたのはそこまでであった。

 

それ以降は、最早声ではなく、嗚咽であったからである。

 

そして、秋蘭から齎されたその報告に一同は絶句してしまう。

 

遠目から見ても感じた呂布の異端さ。

 

単身で立ち向かえるようなものではないことは明白であった。

 

ところが、たった今為された報告は、一刀が単身で呂布の足止めを行った、というもの。

 

つまり、その意味するところは…

 

よく見れば、秋蘭の俯けた顔からは光る雫が零れている。

 

菖蒲もいつの間にかさめざめと涙を流しており、春蘭に至っては涙を隠そうともしていなかった。

 

「そう…よくやってくれたわ。春蘭、秋蘭、菖蒲。貴方達はもう休んでいなさい」

 

華琳はこの報にショックを受けつつも、毅然と振る舞う。

 

しかし、周りの者達までもそうとはいかなかった。

 

「え…え?兄ちゃんが…?嘘…嘘、だよね?」

 

「兄様…そんな…」

 

季衣と流琉が言葉を失い、立ち竦み。

 

「一刀殿…」

 

「一刀はん…」

 

「悪い冗談みたいなの…」

 

凪、真桜、沙和は思わず漏れた呟きと共に悼む。

 

桂花と零は軍師たらんとしているのか、その場での感情の発露は決してせず、最終的な曹軍の被害を調べようとし始める。

 

そんな折、袁紹から軍議を開く旨の伝令がやってきた。

 

「桂花、付いてきなさい。零、詳しい被害状況の確認をお願い」

 

『はっ』

 

伝令が去ってすぐに華琳はその後の指示を出して行動を開始する。

 

その華琳の背に秋蘭が声を掛けた。

 

「華琳様、私も軍議の場へ赴きます」

 

華琳はその言葉に驚きを隠せなかった。

 

「秋蘭?貴方も無理をせず、休んでいなさい」

 

「いえ、華琳様。呂布をこの目で直に見た者として、今後の虎牢関戦の為にもそれを伝えねばなりません」

 

秋蘭の瞳には未だに涙が光っている。

 

しかし、その瞳の奥には確かに意志の炎が燃え上がっていることも確認できた。

 

「…わかったわ。秋蘭、貴方も付いてきなさい」

 

結局、華琳は桂花と秋蘭を連れて軍議の場へと赴くことに決めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物思いに耽りそうになっていた華琳は、軽く首を振って意識を現在に集中する。

 

「確かにそうね。総合して相当数の兵を損失、将軍級にも負傷者多数。特に呂布に関しては綿密な対策が必要なことがわかったわね。秋蘭、呂布について何か分かったことは?」

 

「我々が呂布の下にたどり着いたのは関羽殿とほぼ同じでした。その後、まもなく孫軍から孫策殿、甘寧殿、黄蓋殿が相次いで参戦。既に呂布に対峙していた顔良殿、文醜殿と合わせ、都合8人がかりで攻め立てましたが、有効打を与えることは遂に出来ませんでした」

 

そこまで一息に言い切った秋蘭の報告を聞いた諸侯達は、更にざわめきを大きくする。

 

挙げられた名前はいずれも名を知る武将達。

 

その猛者が纏めてかかっても歯牙にもかけぬほどの呂布の武。

 

それは想像の域を大きく超えた衝撃なのであった。

 

ざわめきが多少落ち着くのを待ち、秋蘭が更に報告を続ける。

 

「対峙し続けてようやく分かったことですが、呂布の武には特徴が見受けられませんでした。受けに徹するのかと思いきや怒涛の攻撃を始め、小技を多様するかと思えば大技で一気に決めに来る。まるで刻々と形を変える雲のような呂布の武に、我々は振り回されるばかりでした」

 

この話には呂布と対峙しなかった武官のほとんどがざわめいた。

 

大概の強者は己の得意な攻めの形を見つけ、それを強化していく。

 

得意な形は主に個々人の性格や身体能力に依存してくるため、それを途中から変える者はそうそういない。

 

勿論、得意とする形には相性があるのだから、相性の悪い相手への対処法もきちんと訓練している者が自ずと強者となる。

 

しかし、相手の攻撃型が途中で変化するなど、想定して訓練する者はまずいない。

 

そのような相手がいるなど、到底考えられなかったからである。

 

故に、武官達は呂布のその特徴を聞いて驚愕を隠せない。

 

「今後、呂布が出てくるようであれば、それこそ将軍級10人からの態勢で迎え撃たなければ、最悪対峙した武将の全滅すら考えられると思われます」

 

そう言って秋蘭は報告を締めくくった。

 

余りに重すぎる内容に、場が重く沈み込んでいく。

 

息苦しいほどの沈黙を破ったのは再び孫堅であった。

 

「これで被害は全部か?さて、それじゃあ…袁紹。これからどうするんだい?」

 

問われた袁紹はビクッと体を跳ねさせる。

 

何かに怯えているような顔を一瞬見せるも、すぐに取り繕って言い放った。

 

「勿論、虎牢関を攻め続けますわ。ただ、やり方を変えなければ…」

 

「だったらこういうのはどうかしら?」

 

袁紹が試案すら出せずに口篭もると、華琳が代わりにとばかりに案を出す。

 

「この連合には名の知れた軍師が多くいるわ。その者達を集め、指揮を執らせてはどうかしら?」

 

華琳のこの提案。

 

これは勿論純粋な善意による提案ではない。

 

自身も桂花の手の内を多少晒すことにはなるものの、周瑜を始めとした力のある軍師の実力を測る目的があった。

 

諸葛亮や周瑜はさすがにその目的にすぐに気づく。

 

しかし、それが現状最も有効な策だろうことも分かっていた。

 

その為、劉軍、孫軍は共に賛成の意を示す。

 

2つの袁家もまた反対する理由が無く、より良い代替案も見いだせない為、賛同する。

 

西涼軍は馬超の一言で賛同が決まった。

 

曰く、あたしには難しいことは分からないから、策を立てたりだとかいったことはあんた等に全部任せる、と。

 

連合内で大きな勢力が残らずその案に賛同したことにより、今後の方針が決定したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も暮れる頃、自身の天幕に戻った華琳は、早速秋蘭に問う。

 

「さっきの軍議でのこと、あれはどういうこと?」

 

既に回答を用意していたのか、秋蘭はすぐに答え始めた。

 

「一刀が来たのは我々が呂布に打ち倒された時です。呂布に対峙する一刀の動きは、我々との調練の時とも、今迄の戦での時とも全く異なる物でした。さすがに一刀でも呂布の動きを読み切れていなかったようですが、その時の一刀の武はその場にいた誰よりも高かったように思います。ただ、1対1ならば、という条件付きの可能性がありますが…」

 

「つまり、孫堅の言っていたことは本当の事だと?」

 

「はい、その通りです」

 

秋蘭の話を聞いて華琳は臍を噛む。

 

個の才を愛する者として、人の才を見抜く目には自信を持っていた。

 

それが己の部下でありながら見抜けていなかったばかりか、先日初めて会ったばかりの人物にその目で負け、指摘までされてしまっていたのだ。

 

しかし、何より悔しいのは、それほどの才能を失ってしまったことであった。

 

何故隠していたのかは分からない。

 

例え華琳がそれを見抜いていたのだとしても、この結末は変えられなかったかも知れない。

 

そうであっても、少しでも気を抜くと、人はあったかもしれない無限の可能性に囚われてしまうのである。

 

この日一日で色々なことがありすぎて、華琳は自身でも気づかぬ内に少々気が抜けてしまっていたのであった。

 

「ふぅ…わかったわ、ありがとう、秋蘭。貴方は春蘭と菖蒲を見てあげてくれるかしら?」

 

「了解しました。それでは失礼します」

 

表面上、秋蘭は既に落ち着いているように見える。

 

恐らく内面はまだまだ悲嘆に暮れているのであろうが、もうそれを表に出すことは無いだろう。

 

ならば、同じ悲しみを持ち、未だに表面をすら取り繕うことが出来ていないだろう2人の下に向かわせ、相手をさせた方が色々な面で都合がいい、と考えた上での決定であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋蘭が天幕に戻ると、ちょうど菖蒲が何処かに出ていくところであった。

 

「菖蒲、もう大丈夫なのか?」

 

「はい、ひとまず落ち着くことは出来ました。ご心配おかけしました、秋蘭様」

 

菖蒲の瞳には未だに深い悲しみが宿っている。

 

それは何も出来なかった自身を責め続けているが故なのだろう。

 

しかし、菖蒲はもう表面を取り繕うことは出来ていた。

 

こうなれば、あとは菖蒲自身の問題となる。

 

「話したいことがあれば、いつでも聞いてやる。だから無理はするんじゃないぞ、菖蒲」

 

菖蒲はその言葉に礼を一つ返して去って行った。

 

菖蒲に対して秋蘭が出来ることは、菖蒲が辛くなった時に、せめてもその鬱屈した気持ちの吐き出し先になってあげることだけ。

 

秋蘭は菖蒲がこれを乗り切って、より強くなることを願いつつ、天幕へと入る。

 

そこでは春蘭が生気無く項垂れていた。

 

「姉者…」

 

そのあまりの痛々しさに、秋蘭も掛ける言葉を見失う。

 

しかし、その声に反応して春蘭が顔を上げた。

 

「秋蘭…?」

 

春蘭の目はいつもの活き活きとしたものとは全く異なり、深い悲哀が刻み込まれ、何かに縋りたがっているような、そんな悲しくなるような瞳だった。

 

「姉者…」

 

秋蘭が再び声を上げると、春蘭がゆっくりと秋蘭に縋りつき、抱きしめた。

 

そして、直後に堰を切ったように春蘭の嗚咽が聞こえてくる。

 

「秋蘭…秋蘭……一刀が…一刀がぁ……わ、私の、せいだ……私が、不用意に…あいつを追いかけようなんて、し、したから…っ!!」

 

春蘭はずっと己を責め続けていた。

 

自身の軽率な行動がこの結末を招いたものだと信じ込んで。

 

それが事実かどうかなどは関係がない。

 

ただ、それが春蘭の中で”真実”となってしまっているのだから。

 

「だから…一刀は撃たれて………あいつに拘らずに、さっさと逃げていれば……」

 

一度固まってしまった”真実”はそう簡単には崩せない。

 

というよりも、いくら双子とはいえ、究極的には他人である秋蘭が何と言おうが、春蘭の心の奥で作り上げられた”真実”に罅すら入れられるわけがない。

 

結局、”真実”を作り上げた春蘭自身が何とかしなければ、そこから抜け出すことは出来ないのである。

 

ただ、秋蘭にもしてやれることはある。

 

「姉者、今は泣け。心の裡にあるもの、全て曝け出してしまえ。私はずっと姉者の側にいる。私が姉者を支えていてやるから…」

 

崩れそうな春蘭の側にいて、彼女を支えてあげること。

 

マイナスの感情は胸の内に溜めこむと毒にしかならない。

 

誰でもいい、何にでもいいから吐き出してしまうことで幾分かは楽になる。

 

その相手になってやる、ただそれだけのことくらいしかしてやれない。

 

「秋蘭…うぁ…うああああぁぁぁぁぁぁ………今更だ……今更分かったんだ…!私は一刀が……一刀が好きだったんだ……愛していたんだっ!…何で今、気づいてしまったんだろう……何で今まで気づかなかったんだろう……こんなことなら…気付きたくなかった…っ!…私は、好いた男を犠牲にしてまで生き延びても、ちっとも嬉しくなんてないっっ!!」

 

聞いている方が胸が痛くなってしまうような春蘭の慟哭。

 

色々と悪いタイミングが重なった悲劇。

 

それからも春蘭は泣き続けた。

 

その泣き声は真円を描く月が中天に達する時まで聞こえ続けていた。

 

秋蘭は春蘭が泣き続ける間、ずっと黙って姉を抱きしめているだけなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲しみに彩られている天幕は何も夏候姉妹の天幕だけではない。

 

菖蒲と零がいるこの天幕でも、泣き声こそ聞こえないものの、悲嘆に暮れていた。

 

「あいつのおかげで、ようやく私も軍師として活躍出来るようになれそうだっていうのに…」

 

愚痴を零すように零がポツリとつぶやく。

 

「私の力が及ばなかったばかりに…」

 

菖蒲もまた自身の力不足を責め続けていた。

 

とは言っても、同郷の友である零以外にはすでにその様子は見せていなかったが。

 

どちらも内心に溜めこんでしまうタイプであるが故に、どこかお互い通じるところがあった。

 

確かに2人の間には言葉が少ない。

 

しかし、その少ない言葉で互いをある程度理解し、そして慰め合っていたのだった。

 

 

 

一方、流琉の天幕は既に静まり返っていた。

 

その中では流琉と季衣が抱き合って眠っている。

 

既に泣き疲れ、どちらからともなく寝入ってしまっていたのである。

 

魘されているわけではないのがせめてもの救いと言えるかもしれない。

 

2人の目には光るものが未だに湛えられていた。

 

 

 

このような状態の曹軍陣営の一角に、桂花と兵の一部が集まっていた。

 

そこにいる者達は皆が黒衣隊。

 

彼らは桂花から一刀に関する報告を受けていたのであった。

 

しかし、報告が終わっても、隊員達は桂花が思ったより遥かに驚いていない。

 

むしろ称えるような表情の者の方が多いのである。

 

余りに不可思議に桂花は思わず問い掛ける。

 

「あんた達、自分達の隊長がやられたって聞いて何でそんなに冷静でいられるの?」

 

それには黒衣隊副隊長、恐らく次期隊長となるであろう男が答えた。

 

「室長は我々黒衣隊が発足した当初の話を聞いたことは?」

 

「…ないわね」

 

少し考えて記憶に見当たらなかったのか、否の返事を返す桂花。

 

その後、副隊長から語られた内容は桂花を驚かせるに十分なものであった。

 

「黒衣隊はそもそもただ実力者だけを集めたものではありません。当初は隊長が1人1人選別していたのです。その当時、特に重視していたのが、”夏候への忠誠”。つまり、黒衣隊はもともとは夏候を守るためならば命を捨てることすら厭わない、一種の死兵の集団とも言えたんです。尤も、誰も死なぬよう、隊長が厳しすぎるほどの訓練を課していましたが…」

 

桂花にとっては本当に初耳である。

 

確かにただの諜報部隊にしては無茶が過ぎると感じたことはあった。

 

だが、よくよく考えてみれば、それらは全て夏候の、というよりも夏候姉妹の夢、つまり華琳が覇を唱える為に有益となることである。

 

「隊長はまさに黒衣隊の本分を全うしたのです。確かに悲しいことは悲しいですが、我々としては本当にそこまで出来る隊長に尊敬の念を禁じ得ないということです」

 

そこまで言われては、桂花も納得せざるを得なかった。

 

「そういうことだったのね…分かったわ。とりあえず、黒衣隊にも今まで通りに指示を出していくわ。仕事の質を落とさないようにしなさい」

 

『はっ』

 

綺麗に声を揃える一同。

 

そして戦場に向かって一様に黙祷を捧げてから各々の配置へと散って行った。

 

 

曹軍の頭上、空に燦ざめく星の光は、地上からは余りにも遠いものだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、虎牢関の一室にて。

 

既に呂布は睡魔に負けて静かに寝息を立てていた。

 

その呂布を置いて、霞、華雄、陳宮が顔を突き合わせて話し合いを行っていた。

 

そんな折、その部屋に一人の董卓兵が現れる。

 

その者が齎した報告は。

 

「例の男が目を覚ましました」

 

「おう、あんがと。ほんじゃ、ねね、いこか」

 

「了解したのです。ねねが直々に見定めてやるのですぞ!」

 

霞と陳宮が兵の報告を受けて一室を出ていくのだった。

 

 

 

この夜。

 

虎牢関内部で行われた会話から、この戦が大きく動くことになるのであった。

 


 
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