No.627135 創作小説【~Scape Goat~ 後編 Black Goat Version】2013-10-11 22:00:05 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:400 閲覧ユーザー数:400 |
【~Scape Goat~ 後編 Black Goat Version】
男性が同棲中の女性を刺した。
話が交錯し、どっちの言い分が正しいのか分からない。
そのニュースを見ながら、誰もいない喫茶店で一言ポツリと白ヤギさんが呟きました。
「……貴方の思想も揺るがないものですね、ブラック・ゴート……」
~こんな噂を聞いた事はありませんか?~
都会の闇を疾走し
血を求める
黒い輩がいるらしいんですよ
薄暗い都会の喧騒の中を駆ける一匹の黒ヤギの姿……
都会の喧騒の中…なのに、周囲には誰もいません。
暗い霧に覆われたその都市は、皆が知っている場所であり、皆が知らない場所でもあります。
そんな中、一匹の黒ヤギがスキップしながら駆けて行きます。
リアルな姿なのに二足歩行をし、黒いスーツに身を包みながら、おかしな歌を口ずさんでいます。
♪白ヤギさんからお手紙ついた
黒ヤギさんったら読まずに食べた
怨念 疑念 抱いた憎悪
届かず立ち消え残念無念♪
楽しそうに不気味な歌を歌う黒ヤギは、とあるボロアパートの前で足を止めます。
「……ここですね?」
黒ヤギの足は迷う事無く廊下を突き進み、とある玄関を躊躇せずに開け、中に入って行きました。
そこには血だらけの包丁を持ち荒い息をしている男と、血だらけで倒れている女の姿がありました。
「……何だ?こいつは…!?」
僕は血だらけの包丁を手にしたまま、いきなり突入してきた二足歩行の黒ヤギの姿に唖然とする。
僕は彼女を刺し殺した……
それは正直、どうしようも無いと言うか、不思議と罪悪感は無かった。
何故なら彼女には僕に殺されるだけの理由があったからだ。
これは彼女が招いた当然の結果だ。
悪いのは彼女の方だ。
だが、この変なヤギの存在は想定外だ……いや、想定しろと言うのが無理だろ。
「…こいつは何者だ…?」
「見ての通り、通りすがりの黒ヤギです」
「…喋るのか!?」
「喋るみたいですね♪」
僕の独り言に、黒ヤギはそう答えた……
その黒ヤギは二本足で立ち、腕を組んで薄気味悪くニコニコ笑いながら、闇に紛れるように部屋の片隅に立っている。
僕はたじろいだ。
こいつは何しに来たんだ!?
いや、来た理由は置いとこう…そんな事は今はどうでもいい。
ともかく、どんな理由であれ、今、こいつはここにいる。
この現場にいる。
この現場…そう、こいつは僕の事件の現場に立った目撃者。第一発見者だ。
単なる黒ヤギなら何も問題は無い。
だが、こいつは自立して喋る、人並みの事が出来るヤギのようだ……
それが事件現場にいる。
なら次に奴が取りそうな行動は分かるだろ!?
……警察を呼ぶ……
僕は頭を激しく振る。
冗談じゃない!?
何故僕が罰せられなければならない!?
何故、皆は彼女の味方ばかりするんだ!?
僕は……
混乱した頭で考えているうちに、僕は段々ヤケクソになってくる。
もういっそ、こいつもヤってしまった方がいいのか?
第一人間じゃないなら、まさか殺人罪には問われないよな…?
なら、今警察を呼ばれるよりは、こいつを殺してしまった方が…………
僕は包丁を強く握り直し、黒ヤギの方を見遣る。
「あぁ、そんなぶっそうなものを向けないで下さいよ」
口では嫌がりつつも、その黒ヤギは相変わらず薄気味悪い笑顔を絶やす事無く、既に息絶えている彼女の脇に座る。
包丁を持って睨む僕の事など物怖じしない。
無視している訳ではないが、適当にあしらっているような感じだ。
「あ、そうそう、申し遅れましたが……私、リサイクル業と言いますか……廃品回収やってまして…」
そう言い終わるより前に、その黒ヤギは彼女の手を取り…
その手を口に頬張ると…
おもむろに歯に力を入れ…
それをガブリと噛み砕く。
「……ひっ!?」
突然の行動に僕は思わず小さな悲鳴を上げ、そいつを刺してやろうと言う思考回路はどこかに飛んでしまう。
確かに彼女を殺したのは僕だ。
その状況を見て何を今更な状態ではあるのだが、流石に目の前で数分前まで生きていた人間がゴリゴリと音を立てて食べられている様子はグロテスクそのものだ。
その残酷な状況に、いつしか僕は目を背ける事が出来なくなっていた。
目の前の光景が、にわかに信じられなかった。
いや、それより何より…ヤギって肉食だったか!?
…って、この期に及んで、そんな所に疑問を抱く僕もおかしいとは思うのだけれど。
ヤギは特に何も喋らず、黙々と、何かの作業をこなすかのように、物凄い勢いでその死体を食べ、片付けて行く。
肉がちぎれる音と骨が噛み砕かれる音、そして血をすする音だけが不気味に部屋中に響き分かる。
そうして可愛かった手も足も食べられ、彼女自慢の黒髪も姿を消し、ピンクがかった内蔵も、お気に入りだった白いワンピースも、全てが黒ヤギの胃袋の中へ消えていた。
結果、ものの数分で遺体はすっかり無くなり、謎の血痕だけが現場に残されていた。
僕は唖然となったが、遺体がすっかり片付き、跡形も無くなった所で思考が随分と冴えて来た。
……これはこれで…好都合なんじゃないか?
だって遺体が無くなってしまえば、僕がやってしまった事も永久に闇の中だ。
この血痕を掃除して、数日後に失踪届けを出してしまえば…寧ろ僕は、彼女に失踪された気の毒な男と言う立ち位置になる。
この黒ヤギが何者かは知らない。
いやもぅ知ったこっちゃ無い。
誰が派遣したのか、どう言った経緯で俺の所に来たのかは分からないが、ともかく、来てもらって良かった……
そうだ、これで良かったのかも知れない。
周囲も、僕の事を哀れんでくれるに違いない……
彼女がいなくなって可哀想な人だ、と……
「…なるほど」
そんな思案を巡らせて、勝手に安堵している僕を尻目に、黒ヤギはポツリとそう呟いてゆっくりと立ち上がり、すっかり油断していた僕の目の前に立つ。
「…!?」
黒ヤギと視線が合う。
顔はニコニコしているが、その瞳の奥は笑ってはいなかった。
何かよく分からないが、その奥でおぞましいものがうごめいている…恐ろしく暗い瞳だった。
ま、まさか、僕も食べる気じゃ…!?
そんな考えが頭を過り、一瞬にして背中が冷えたと同時に、黒ヤギの右手が僕の目の前に突き出され、一瞬、視界が遮られる。
「…では、いってらっしゃい」
黒ヤギのその言葉と同時に奴の腕が振り払われ、遮られていた視野が広がり、僕は……
……僕は……
「あ…れ!?」
目の前から黒ヤギの姿が消えた。
と同時に、部屋が異様に明るくなっている事に気付く。
そして、僕がずっと手にしていた筈の包丁は無くなり……
僕の身体も部屋の壁も床も、どこも血で汚れてはいなかった。
部屋は引っ越したばかりと言わんばかりに段ボールが重なり、まだ梱包を解いていない食器が目の前にある。
ああ、そうか……部屋が明るく感じたのは、時間帯が昼になっているのもそうだが、家具がまだ設置されていなかったから……
…え?
家具が設置されてない…?
それにこの段ボールの山は……!?
……引っ越しの最中……?
「まさか……」
僕はズボンのポケットに入れていた携帯の存在に気付き、その日付をチェックする。
「何…だと…?」
今日は……3月28日…?
僕が彼女を半年以上前に、時間が遡っているだと…!?
目を疑った。
何度も頭を振った。
訳が分からなかった。
理解出来なかった。
まさかと思った。
信じられなかった。
しかし否定した所で、この光景は消える事は無かった。
TV…はまだ部屋に設置していなかったから、携帯からネットを調べてみる。
ニュースとか気象状況とか、改ざん出来ないであろう場所のHPを。
見ているうちに、僕の手は震えていた。
……間違いない……
……間違い、無い!!
僕は何故か時間を遡っていた。
半年以上前の時間に。
この頃の僕はまだ引っ越して来たばかりで大学に入学していない。
当然、大学で知り合う彼女とも、まだ知り合っていない……出会ってすらいない!!
僕は喜びで全身が震え、その場に座り込んだ。
人生はやり直せない。
よく聞くフレーズだ、そしてそれは当たり前の事だ。
覆せない事だ。
だが僕は、その状況を打破してしまった。
…何故かは分からない……
いやもう原理も理由もどうでもいい……
とにかく、僕は……
人生をやり直すチャンスを得たんだ……!!
僕は誰もいない部屋で思わず大の字になって寝転ぶ。
これは神がくれたチャンスなのかも知れない。
神様……そうだ、黒ヤギに姿を変えた神様……
道を誤った僕たちを救う為に、神が助けてくれたんだ!!
宗教心なんか微塵も無かったけれど、僕は素直にそう思った。
だから僕は、何事も無かったかのように黒ヤギの事は忘れて引っ越しの片付けを終わらせ、数日後、大学に入学した。
そして僕は“予定通り”に大学のキャンパスで彼女と出会う。
ロングのカールの黒髪の可愛らしい女性。
何だかふわふわした感じの可愛らしい女性。
“あの時”と何ら変わりのない彼女。優しい笑顔の彼女。
僕も“あの時”と変わらない笑顔を返す。
心の奥底ではため息をつきながら……
前に出会った時には、何をどう間違えてああなってしまったのだろう……
もう二度と、同じ轍は踏まない。
今度こそ僕は、彼女と幸せに暮らしてみせるんだ。
僕たちは大学で同じ科を専行していた為か、キャンバスでよく会っていた。
何となく控えめな彼女と、何となくチャラチャラして調子のいい僕。
見た目もちぐはぐで性格も真逆と言って良かったケド、寧ろそこが良かったのか居心地が良くて不思議と会話は弾んだ。安らぎを覚えた。
何度も月日を巡るうち、彼女は僕と同じアパートの上の階に住んでいる事を知り、なら、一緒に住んで家賃を折半した方がお得じゃん?そんな話を僕の方から持ち上げた。
結婚しようとか、そこまで重い話はまだしてなかった。
本当に僕の冗談とノリに彼女が付いて来たと言った感じのフランクな付き合いだった。
まぁ、お互い田舎から出て来て一人で寂しかったのもあるし、実際、金が惜しかったと言うのも大きかったと思うケドね。
引っ越しと言っても、彼女の荷物を下の階に移動させるだけで、そんな大層な作業でも無く、引っ越ししたとか言う感覚も薄かった。
ここまでは、そう、予定通り。何の問題も無かった。
そしてこれからも、何の問題も無く普通に大学行って普通に生活を送って普通に楽しく暮らして行く……
筈、だった。
そこから…そう、そこから運命がおかしくなりだしたんだ。
彼女の心が、僕から離れて行ったと言うか……僕を避けるようになっていったんだ。
“あの時”の生活を思い起こしてみて……
これまでの生活をやり直してみて…
それが何故なのか…未だに僕には分からないままでいた。
でも、きっと今回は同じようにはならない。根拠は無かったが、漠然とした自信はあった。
同じような状況には、きっとならない。
そうして実際、同じような状況にはならなかった。
なっていなかった。
まぁ人生をやり直している最中なのだから、変わって当たり前だし、変わってもらわないと困るのだが。
いや、僕の方は多分何一つ変わってない。
変わっていない……と、思う。
少なくても、僕が彼女を想う気持ちは変わっていない。
でも彼女の方は、“あの時”に比べると、とても積極的に僕の事を色々聞いてきてくれる。僕のスケジュールだったり交友関係だったり。
“あの時”の彼女はそんな事を一切しなかった。
だから少なくても今回は、彼女の方から離れて行く……なんて事にはならないんじゃないかなって思った。
それは僕に取っては好都合だったから、寧ろ歓迎すべき変化だ。
そうして同棲の真似事を始めた後も、僕は適当に講義を受け、適当にバイトして……
僕はとても充実した生活を送っていた。
彼女もいて、幸せで、充実した……
……充実、した……
「ねぇ」
ある日、僕がシャワーを浴びて出て来ると、彼女が僕の携帯を手にしていた。
シャワーを浴びるだけの間だったから、何も考えずにテーブルの上に置きっぱなしにはしていたが……
「ねぇ、この人…誰なの?」
僕の携帯電話の着信履歴を見ている。
彼女の示す画面の中には、確かに女性の名前があるが……
「おい!?勝手に覗くなよ!?」
「答えてよ!!この女は誰なの!?」
僕は怒ったが、彼女の怒りはそれ以上だった。その顔つきは、いつものようなフワフワした雰囲気は消え失せ、目つきが険しく尋常な様子では無い。
今まで聞いた事の無いような怒号が彼女の口から飛んで来る。
「それはバイト先のチーフって言うか上司だって!!疑うような仲じゃないって!!」
僕はそう弁明したが、彼女は取り合ってくれなかった。
あまりに彼女が我を忘れて怒り狂ってたから、取り敢えずその時は、連絡先から削除する事で勘弁してもらったんだケド……
そんな事があって以来、日が経つにつれ、彼女の表情は険しくなり、怒号が飛んで来る割合が増えてくる。
「ねぇ、今、誰と電話してたの!?」
「ねぇ、今、誰からメールが来たの!?」
携帯に誰かから何か来るごとに、事細かに、彼女はその相手を詮索するようになっていた。
あまりにうるさいから、僕が手に出来ない時は携帯電話をマナーモードにして隠すようにした。
でも、そうすると今度は僕が風呂にいる間に部屋中を探すらしく、あちこちひっくり返されている事も珍しくなかった。
そしていつしか大学にいる時も、講義の内容を確認したい的な差し障りの無い会話ですら、相手が女性だと許してもらえなくなっていた。
見つかれば腕を引っ張って隔離され、物凄い剣幕で「何であんな女と話をしているの!?」と問い正される。
大学やバイトからの帰りが少しでも遅くなると、怒り狂った彼女から「どこ行ってたのよ!?」と何かモノが飛んで来る始末。
「私は貴方を愛しているの!!私は貴方だけを見ているの!!貴方だけが好きなの!!愛しているの!!なのに何で貴方は私だけを見てくれないの!?何で!?何で!?どうして!?何で!?裏切るの!?裏切りでしょ!?どうしてよ!?貴方は私の事好きなんでしょ!?答えてよ…答えなさいよ!!」
同棲を始めてまだ半月くらいだったが、既に僕は精神的に参ってしまっていた。
…いや、彼女の事は嫌いになった訳じゃない。お前は馬鹿かと言われそうだが、これは僕の正直な気持ちだ。
彼女の事は嫌いではない。ただ……ただ、あまりに息苦しい。
彼女とだけ接して生活出来る環境ならいいが、現実はそうはいかない。
確かに僕は、彼女との生活をやり直したいと願った。
そしてそれは、ひょんな事で叶ってしまった。
しかし……僕が望んでいた生活は、こんな形じゃない……
彼女と二人で平穏に暮らしたい…
それだけだった筈だ。
なのに……
どうしてこうなってしまったんだ…!?
僕は思い悩んでいた。
下手するとこのまま…僕は部屋に軟禁されるかも知れない。
軟禁まで行かなくても、ずっと監視される生活になるかも知れない。
恐らく彼女はそれを望んでいると思う……二人だけの、二人きりの世界。
僕は、それは有り得ないと思っている。
でも、彼女は恐らくそう思っていない。
嫌いにもなれないのなら、いっそ逃げてしまおうかとも思った。
しかし、携帯を勝手に覗いたりモノを投げて来たりする彼女の表情を思い出すと、それも恐ろしい気がした。
彼女は一途だ。
だから、思い詰めると何をするか分からない……
包丁を手にして襲って来る姿がリアルにイメージ出来るくらいに。
そうして数日後、僕は講義をサボって仲の良かった男友達と一緒にカフェに行った。
変に帰りが遅くなると彼女が怪しむから、講義をサボるより他になかった。
その理由は……僕の愚痴を聞いてもらう為。
彼女の強すぎる束縛に堪え兼ねていると言う事を。
誰かに聞いてもらわないと、僕はこのまま気が狂いそうだったから。
彼女の事は嫌いになった訳じゃない。けれど、何をするか分からない恐ろしさを感じている。
一方的に逃げる事も、別れを告げる事も、命がけの事になってしまうだろうと。
何度も言うが、僕は彼女の事を嫌いになった訳じゃない。
だけど、今の状態を続けている事に僕はもう耐えられそうにないんだと。
友達は黙って聞いてくれ、友達の方からも何かアプローチ出来る事があるかどうか模索してくれる事になった。
あまり危険な事に巻き込みたくないから、直接的な事はやめた方がいいよとは言っておいたケドな。
愚痴を聞いてもらい、少しスッキリした僕は、何事も無かったかのように他の講義にはしっかり顔を出し、遅くならないように部屋に帰った。
だが、帰ってみると、何故か険しい顔つきの彼女が玄関先に立っていた。
既に夕暮れ時なのに電気も付けずに…だ。
実際携帯の時計を見ると、そんなに遅い時間じゃない。
……そうだ、大学終わってから寄り道せずにまっすぐに帰って来たんだ、遅くなった訳じゃない……
じゃあ、何で彼女は怒っているんだ…?
その理由が分からず、僕が状況を飲み込めずにいると、彼女の方から話を切り出して来る。
「酷い人。どうしてあんな酷い事言うの!?監禁されるだの拘束されるだの……私は貴方の事を思ってやっているのに…!?」
彼女は手を強く握りながら、怒りで全身を震わせている。
僕はハッとした。
彼女の話の内容は、僕が今日、男友達に愚痴った内容そのままだったからだ。
あの会話の内容を聞かれてる!?
いや、待て……落ち着け。午前中の早い時間だ、あのカフェには僕たち以外の客はいなかった筈……
いなかった筈だ!?
彼女はいなかった、それはしっかり確認した筈だ!!
思い返しながら、僕は背中に冷たい物が走るのを感じる。
いやいやいやいや、絶対いなかった…絶対にいなかった筈だ…!?
まさか……
そう混乱する頭の中で、俺は一つの仮説を導き出し、顔面蒼白になりながら手にしていた鞄をひっくり返す。
中に入っているチリ紙ハンカチ、ノートに筆記具……筆記具!?
あれ、何だこれは…!?
ペンケースの中の安っぽい筆記具数本に混じって、見覚えの無いシルバーの万年筆が1本混ざっている。
よく見ると上の方に小さなマイクが……
これは……盗聴器じゃないか!?
誰がこんなものを…って言ったら、彼女以外にいないだろう!?
信じられない、こんなものまで使って僕を……
フッと顔を見上げると、彼女の姿は既に玄関先に無く、その奥の台所に立っていた。
怒り狂った彼女の顔は何度も見て来たが、今の表情はその比では無い……
正直、人間の表情とは思えないくらいだった。
暗い中で髪を振り乱したその様子は、まるで般若だ。
「許さない、許せない、絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対に許せない……男でも女でも、私以外の人間と話なんかしないでよ……私は貴方だけを見ているの。見ているのに……何で裏切るの!?何で!?何で何で何で何で!?私だけを見て…私だけを見なさいよこのゲス野郎が!!!」
よく見ると、彼女の手には包丁が握られている。
あれを取る為に台所に行ったのか…!?
彼女は般若の形相のまま包丁を握りしめ、僕の方に僕の方に突進して来る!!
あまりに突然な出来事に、僕は身を守る術を知らず……
僕は……
僕は……………
……あれ?
僕は……
刺されなかった。
確実に刺されると思い、ぎゅっとまぶたを閉じて身構えたが……
いつまで立っても、想像していたような衝撃は走らなかった。
そうして僕は恐る恐る目を開ける。
「……あれ?」
夕暮れ時だと言うのに、世界は異様に薄暗く……
僕の手には血で濡れた包丁があり……
返り血で、僕の身体は真っ赤に染まっていた。
あまりの光景に、自分の発した声が間延びして聞こえる。
そして床には、既に息絶えた彼女の姿と、部屋の脇で腕を組んでる二足歩行の黒ヤギの姿……
「これは…何だ!?
僕は何を…?
何故、彼女が死んでいるんだ…!?」
状況が理解出来ないまま、黒ヤギを見た瞬間、目の前に火花が走るかのように、今までの出来事…やり直して来た生活が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
だけど、ちょっと違った部分があった。
何が違ったか…
僕は彼女の役割を演じ、彼女は僕の役割を演じていた。
同棲してたら、彼女の携帯を僕が覗いていた。
彼女が僕以外の男と話をしたら、僕の方がブチ切れていた。
モノを投げたり盗聴器を仕掛けたり、包丁を持って突進していたのも僕の方だった。
『僕は君を愛しているんだ!!僕は君だけを見ている!!君だけが好きなんだ!!愛しているんだよ!!なのに何で君は僕だけを見てくれないんだ!?何で!?何で!?どうして!?何で!?裏切るんだ!?裏切りだろ!?どうしてなんだ!?君は僕の事が好きなんだろ!?答えろよ…答えろっつってんだろ!!』
『酷い女だ。どうしてあんな酷い事を言うんだ!?監禁されるだの拘束されるだの……俺は君の為を思ってやってるんだぞ…!?』
『許さない、許せない、絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対に許せない……男でも女でも、僕以外の人間と話なんかするな……僕は君だけを見ているのに…何で裏切るんだよ!?何で!?何で何で何で何で!?僕だけを見てくれよ…僕だけを見ろよこの阿婆擦れが!!!』
僕は唖然とした。
知らない出来事でない。
全て“僕が言った覚えがあった”
彼女は僕を裏切った。
だから僕は彼女を刺した。
これは裏切りの代償……
だから悪いのは彼女だ。僕は何も悪くない。
そうだ……僕は……悪く…な…
悪くないはずだ!!!!!
「今の体験をどう取ろうが、それは貴方の勝手です」
そんな僕の動揺する姿を尻目に黒ヤギは身じろぎもせず、僕にそう呟いた。
「お前は…お前は一体何者だ!?彼女はどうしてここに残ってるんだ!?」
僕の狂気に満ちた叫びにも、包丁を向けるその姿にも、黒ヤギは一切動じない。
淡々としながら話を続ける。
「最初に申し上げた筈です。私は、廃品回収兼リサイクル業者だと」
そうして黒ヤギは場にそぐわない奇妙な歌を突然歌い出す。
♪白ヤギさんからお手紙付いた
黒ヤギさんったら読まずに食べた
仕方がないので尋ねて行ったら
既に他界し真相不明♪
メロディは聞いた事はあるが、内容は全然違う童謡だ。
訳が分からずに怪訝に思う僕の前で黒ヤギは肩をすくめると、喋りながら、酷くゆっくりと近づいて来る。
彼女の遺体を跨ぎ、血溜まりを踏みしめながら。
「死んでいったものは、どんなに“怨”を孕んでいても、それを口に出して言う事は出来ません。
酷い話だと思いませんか?
彼女は不手際が一切無いのに勝手に恨まれて殺されてしまったんです。
しかも相手は全く反省する様子が無い。それどころか、死んだのはお前のせいだと罵るばかり。
酷い話ですよね?
理不尽ですよね?
彼女は報われませんよね?
彼女には貴方に言いたい事が沢山あった筈です。彼女の身体の中は、そう言った“怨”で満ち溢れていました。
何度でも言いますが、私は廃品回収兼リサイクル業者です。
私は、そうして無駄に朽ちていった“怨”と言う名の“廃品”を“回収”し、使える形に“リサイクル”して、届けたい相手にお届けするのです。
そう、ただ届けるだけではなく、相手が理解出来るように“使える形にリサイクル”するんです。ただ届けるだけじゃ、お前が悪い思考から抜け出せませんものね」
一通り黒ヤギの話を聞いたが…
僕は頭を横に振る。
僕には訳が分からない。
理解出来ない。
僕は、この黒ヤギが言っている事が分からない……
そんな僕を尻目に黒ヤギが更に近づいて来る。
包丁なんかには物怖じしない。
僕は全身の震えが止まらない。全身から冷や汗が流れ出る。
とうとう黒ヤギは僕の目の前にやって来る。
でも僕は何も出来なかった。
包丁を握りしめても、それを振り下ろす事も出来ずにガタガタと震えていた。
訳の分からないと言う名の恐怖感しか無かった。
「そう、今回の貴方のように、ね」
黒ヤギがガタガタと震えている僕の顔を覗き込んで来る。
その瞳の奥が怪しく輝いたかと思うと、彩りを無くしていた周囲が徐々に色を取り戻していった。
窓から夕焼けの光が入り込み、それにつられて外を見ると、アパートの下にパトカーが集まりつつある光景が目に入った。
ヤギ…ひょっとしてお前が呼んだのか!?
そう言いたかったが、僕にはもう、声を出すだけの気力すら残っていなかった。
「いいえ、私の役割は“怨”を届ける事だけ…
貴方は今まで大声を張り上げて彼女を罵っていた。だから恐らく、ただならぬものを感じた周囲の住民が呼んだんじゃないですかね?
私は本当に何も知りませんよ?」
僕の問いを見透かしたように、黒ヤギは一方的に、独り言のようにそう答えた。
もう、僕には用が無い。
そう言わんばかりに僕に背中を見せ、ゆっくりと部屋を出て行こうとする。
「お嬢さん、今宵しっかりと、お届けものを配送致しました」
出て行く間際、彼女の遺体に遺体に会釈をすると、黒ヤギは玄関の向こうへ消え…ドアが閉まる音と同時に、僕も糸が切れた操り人形のように床に座り込んだ。
……僕はもう、逃れる事は出来なかった。
黒ヤギが届けた“怨”からも、そして、警察からも。
黒ヤギが消えたと同時に、そのドアを開けて今度は警察が押し入って来た。
……僕はもう、逃れる事は出来なかった。
でも…僕は……
男性が同棲中の女性を刺した。
話が交錯し、どっちの言い分が正しいのか分からない。
そのニュースを見ながら、誰もいない喫茶店で一言ポツリと呟きました。
「……貴方の思想も揺るがないものですね、ブラック・ゴート……」
~こんな話を聞いた事はありませんか?~
この世のどこかに、人間の“怨”を食べる二匹のヤギがいるそうです
白ヤギは生きている人間に希望を与え
黒ヤギは死んだ人間の恨みを晴らす
彼らの名前は『スケープゴート』
人間の“怨”を食らって、生きているんです
【~Scape Goat~ 完】
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◆これはどこでもない場所に住む、2匹のヤギの物語、後編です。
前編はこちら→ http://www.tinami.com/view/625806