~一刀 side~
「じゃあ桃香。一度みんなで曹操に会ってみようか。」
「ん。そうしよっか。」
「じゃあ曹操さんに、歓迎しますって伝えてきてくれるかな?」
「はっ。あの、こちらでお会いになられるのですか?」
「ああ。向こうが声を掛けてきたのだから、こちらから出向かなければならない道理は無い。相手が諸侯と言えども、我らは堂々、ここで出迎える。」
「……愛紗の言う通り、かな。へりくだる必要は無いんだ。堂々としていれば良いと思うよ。」
「分かりました。では……!」
「曹操さんかぁ~……どんな人だろうね~。」
「……朱里や雛里やソウが知ってる噂って何かある?」
「ケケッ、私からは会ってみればわかる。としか言えませんねぇ。」
悪い顔で笑うソウに続いて、朱里が言う。
「そうですね……。治世の農臣であり、詩人でもあり……何より、乱世を生き抜く奸雄でもある人物だって噂です。」
「治世の農臣、乱世の奸雄……。善悪定かならずというやつだな。」
「そうですね。あと……自分にも他者にも、誇りを求めるということ……」
「誇り?誇りってどういう?」
「誇りとは、天へと示す己の存在意義。誇り無き人物は、例えそれが有能な者であれ、人としては下品の下品。そのような下郎は我が覇道には必要なし。……そういうことよ。」
「ほわっ!?びっくりしたっ!?」
「誰だ貴様らっ!?」
「控えろ下郎!この御方こそ、我らの盟主、曹孟徳様だ!」
「そ、曹操さんっ!?え、でも、ついさっき呼びにいってもらったばかりなのに……」
「他者の決定を待ってから動くだけの人間が、この乱世の中で生き延びられると思っているのかしら?」
「……俺たちが君と会うことを選ぶって、分かっていたってことか。」
「寡兵なれど、戦場を俯瞰して戦略的に動ける部隊ならば、大軍を率いて現れた不確定要素を放置しておける訳は無い。……ただそれが分かっていただけよ。」
そんなことは大した事じゃない……とそう言いたげに答えた少女が、
「改めて名乗りましょう。我が名は曹操。官軍に請われ、黄巾党を征伐するために軍を率いて転戦している人間よ。」
憎らしいぐらいに淡々とした口調で、自己紹介を済ませた。
「こ、こんにちは。私は劉備って言います。」
「劉備。……良い名ね。あなたがこの軍を率いていたの?」
「それはその……私が率いていたのじゃなくて、私たちのご主人様が……」
「ご主人様ぁ?」
「はい。えと……」
「俺がそれ。……北郷一刀。宜しく。」
と、片手を前に差し出してみるが、曹操は見事に無視してくれた。
むぅ……。
「北郷一刀……聞いたことのある名前ね。」
「そりゃそうですよー。ご主人様は最近噂の天の御使いなんだもん♪」
「天の御使い……ああ、あのつまらない噂のことね。まさかあの与太話が本当のことだと、そう言い張りたいのかしら?」
「さて。天の御使いだって証明するために何が必要か分からない以上、それは結局自称ってことだろうし。信じてくれる人にだけ信じてもらえれば良いから、本物だーなんて言い張るつもりは無いさ。」
「貴様!華琳様に何という口の聞き方を!」
「やめなさい、春蘭。」
「しかし、華琳様ぁ……」
「良いの。この男の言うことも尤もよ。本物と証明する術が無い以上、それを信じるか信じないかはそれぞれが考えること……。本物かどうかは置くとして、あなたがこの部隊を率いていたという訳ね。」
「俺だけの力じゃない。皆の力があってこそ、部隊を率いることが出来たってだけさ。」
「へぇ……」
感心したように呟いた曹操が、俺の顔をジロジロと見つめる。
「……俺の顔に何かついてる?」
「別に。取り立てて特筆すべきところの無い顔だと思ったまでよ。……それで奥で隠れている軍師さんは挨拶をしないのかしら?」
曹操は俺の後ろの朱里、雛里よりさらに後ろにいたソウに向けて言う。
「今、僕は軍師ではないんですがねぇ。お久しぶりですねぇ、華琳さん。」
「ソ、ソウ!?それって真名じゃないのか!?」
「ふぅん、知らないようだし教えてあげるわ。ここにいる優男は昔、皇帝陛下の教師役をし、私のお婆様、曹騰の親友兼軍師だった男よ。」
「「「「「えぇっ!?」」」」」
その場にいる曹操、ソウ、曹操の隣にいる二人以外は全員驚く。
皇帝の教師役で、曹操の祖母(?)の曹騰の親友で軍師。
そんな凄い人がこんなにも身近にいたなんて……
呼び捨てにしたけど大丈夫だよね……?
「昔の話ですねぇ。今は関係ないですねぇ。」
「はわわ、ソウ先生スゴイでしゅ!!」
「あわわ、二十二歳でそんなにたくさんのことをするなんてすごいでしゅ!!」
「ん?二十二歳?」
曹操の隣にいる黒髪の子が首を捻る。
「確か……曹騰様より年上だった気が……」
「そ、それで挨拶も終わったことですし!!用がないならそろそろ戻った方が良いんじゃないですかねぇ!!」
ソウは明らかに慌て、大声で曹操に言うと、曹操はニヤリとしてソウに言う。
「ソウ、あなた私たちの下に戻ってきなさい。こんなところで怠けている場合じゃないでしょう?」
曹操がそういうと桃香がプンスカ怒って言う。
「ソウさんは私たちの仲間なんです!!勝手に勧誘しないでください!!」
「貴方に訊いているわけではないの、わたしはソウに訊いているのよ。」
曹操は桃香を少し睨むと、桃香はビクッとして何も言わなくなる。
「僕は騰ちゃんに仕えていただけで、華琳さんには仕えていませんねぇ。どうぞお引き取り下さいねぇ。」
「ふふっ、まあいいわ。……春蘭、秋蘭。」
「「はっ」」
「部隊に戻り、進軍の準備をしておきなさい。」
「「御意」」
「北郷……と言ったわね。あなたがこの乱世に乗り出したその目的は何?」
「さて。……俺は神輿だからな。主義主張って言うほどのものは無いよ。
ただ桃香……劉備たちの考えに賛同し、協力しているだけさ。
皆が言う、天って世界からこの世界にやってきて……打算や計算ももちろんある。
だけど桃香たちの理想に共感し、力になりたいと思っているのは、本当のことだしね。」
「神輿、ね。……それは本当に神輿となるのかしらね?」
「えっ?」
「いえ、何でもないわ。どうせソウも気付いているでしょうし。それで、この軍の真の統率者は、やはり劉備ということで良いのね。」
曹操が呟いたことの意味は分からなかったが、俺の言葉の真意を理解して桃香に言ったのだろう。
曹操は確認するように俺を見る。
「そう思ってもらって良い。」
「ふむ。……ならば再び問いましょう。劉備。あなたの目指すものは何?」
「……私は、この大陸を、誰しもが笑顔で過ごせる平和な国にしたい。」
「それがあなたの理想なのね。」
「うん。……そのためには誰にも負けない。負けたくないって。そう思ってる。」
「……そう。分かったわ。」
桃香の言葉に何かしら得心がいったのか、曹操はゆっくりと頷き、
「ならば劉備よ。平和を乱す元凶である黄巾党を殲滅するため、今は私に力を貸しなさい。」
傲慢とも少し違う……否応なく感じてしまう威厳に満ち溢れた言葉を続けた。
「今の貴方には、独力でこの黄巾の乱を鎮める力は無いでしょう。だけど今は一刻も早く暴徒を鎮圧することこそが大事。……違うかしら?」
「その通りだと思う……」
「それが分かっているのなら、私に協力しなさい。……そう言っているの。」
「え、でも……」
不安そうな瞳を浮かべ、桃香が俺の方を見る。
「……申し出を受けよう桃香。曹操の言う通り、今の俺たちには、独力でこの乱を鎮めるだけの力は無い。だけど力のある人と協力すれば、もっと早くこの乱を治めることが出来る。」
「あら、良く分かっているじゃない。」
「案外、計算高いのさ。……でも一つだけ分からないことがある。」
「良いでしょう。質問を許します。」
「ありがと。……君と組むことは俺たちには大きな利点がある。……だけど、君が俺たちと組む利点ってなんだ?」
「……貴方は何だと思う?」
「……正直、今は分からない。だから聞いているんだ。」
「ふふっ、わからないなら考えなさい。貴方のところには教師役の天才が居るでしょう。……考えて考えて、導き出された答えが、貴方にとっての真実。……ただそれだけの話よ。」
はぐらかすように答えた曹操が、もはや長居は無用とばかりに背中を向けた。
「あ、おい……」
「話は以上よ。共同作戦については軍師同士で話し合いなさい。そして言葉では無く、その行いによって人の本質を理解しなさい。」
「……」
「あ……あとついでに言っておくけど、そこの教師に酒は飲ませない方が良いわよ。」
「……なんつーか、取っつきにくい女の子だなぁ。」
「何かすごかったねー……」
「自信の塊のようなかたでしたね。」
「鈴々にはあいつの言っていることが、ほとんど分からなかったのだぁ~……」
「あの言葉は、曹操さんの哲学のようなものなのかもしれません。」
「言葉では無く、行いによって人の本質を理解せよ、か……。あの言を、果たして信じて良いものやら。」
「俺は信じても良いと思える。……話してみて、つまらないウソは言わないように感じたし。」
「信じられる人ってこと?」
「あぁ、だけどきっといつか敵対するだろうな。」
「目指す理想、理想に至るまでの方法が、違うだけで戦いになるのは必然だと思います。」
「……本気でこの国に住む人々のことを考えているのならば、ね。」
「先の先を見据えた上で、その時の最善の方法をとる……。そんな人のように思えました。」
「……だけど俺たちだって負けてはいないさ。な、桃香。」
「うん!どんな凄い人だろうと、私たちの理想を邪魔するなら、立ち向かってやるんだから!」
力強く宣言する桃香に、仲間たちは皆が皆、一様に頷きを返した。
自分たちが目指す理想がある―――。
そのたった一言が、人にこれほど強い力を与えるのか……。
その事実は俺にとって、眩しいぐらい新鮮な感覚だった。
そして、理想に燃える仲間たちの傍に居られることに、例えようもない嬉しさを感じていた。
「劉備の軍と共同戦線を張る、ですか?」
「そうよ。劉備が率いる部隊と協力し、このまま一気に黄巾党の本隊を叩くの。」
「ふむ。そのためには、少しでも兵が多い方が良い。それが例え義勇兵と言えども、ですか。」
「こんなところで我が軍の精兵を消耗する訳にはいかないわ。劉備の兵たちには、生きた的になってもらいましょう。」
「なるほど!さすが華琳様。そこまで考えての共同戦線なのですな。」
「……本当にそれだけで?」
「ふふっ……英雄となれる人物を見つけて、育ててみたいと思った。自分の心の中に、そういった成分が含まれているのかもしれないわね。」
「華琳様の好敵手となり得ますかな。劉備は。」
「なれば良し。我が覇業に華を添える、素晴らしき脇役となるでしょう。ならぬのならばそれも良し。……しかし、ソウが劉備の下に居たのは少し想定外だったわ。」
「ソウ殿は脇役の下に居ても必ず、華琳様の覇道に壁として立ちふさがるでしょうね。」
「ソウが私の下に来ないのなら確実に殺しなさい。今のうちに潰しておかないと劉備は乗っ取られ、この大陸を支配するのはソウになりかねないわ。」
「御意。……では華琳様。部隊の指揮は我らにお任せあれ。」
「我らの力、存分に天下に示してごらんにいれましょう!」
「ふふ、期待しているわよ。……桂花。」
「お側に」
「劉備との……いやソウとの事務的なやりとりは貴女に一任するわ。良きようにしなさい。」
「御意」
「部隊の準備が整い次第、出陣する。……さぁ。狩りの時間を始めましょう。」
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ようやく出ました、華琳様。
そして明かされる装の秘密とは……