真 恋姫無双 幻夢伝 第三章 4話 『三羽烏の誓い』
汝南城の中にある訓練場。そこでは常日頃から兵士たちが激しく鍛えている。掛け声と足音が絶え間なく響く、町人が畏怖の念を抱く場所である。
しかしそこで訓練してきた兵士たちも、その目の前の光景に顔を引きつらせていた。兵士たちが見つめる先では、二人の女性が目にも止まらぬスピードで戦っていた。互いの急所を狙い、それを紙一重で避ける。そのたびに観客たちは息を飲んだ。
「ハァッ!!」
「くっ!」
しかしその勝負は決着がついたらしい。武闘家の少女は重い衝撃に耐えきることが出来ず、後ろにひっくり返る。急いで立ち上がろうとするところを、この訓練場の主である華雄がその首元に槍の先を突きつけた。
「…さすがです。華雄さま」
「いや、正直ここまでやるとは思わなかった。見事だ」
肩を上下に動かすほど荒い息遣いをしながら、華雄と楽進はお互いの健闘をたたえ合った。華雄は手を差し伸べ、楽進はその手を掴んで立ち上がる。
その様子をアキラ達は見ていた。于禁は「凪ちゃん、負けちゃったの…」と目を丸くしていた。
勿論、アキラも見ていた。しかし彼の関心はその手の中にある“商品”にあった。カチッと動かすたびに、ブルブルと震えていた。
「いいなぁ、この『夜のお供』。さっそく今夜にでも使ってみるかな!」
「そやろ!そやろ!これなあ、こんな機能も…」
「おお!こんなことまで出来るのか!」
感嘆の声を上げるアキラを、近づいて来た華雄が
「人が一生懸命戦っている時に何をやっているか!」
と頭を殴った。『夜のお供』を持ちながら、思いっきり顔から地面に突っ込むアキラ。他の三人が唖然とする中、華雄は素知らぬ表情で三人に向かって言った。
「合格だ。楽進とやら、この二人も使えるのだな」
「はっ!部隊長として申し分が無いかと」
「分かった。だが、一応は試験をしないといけまい」
「え゛!そんなぁ~」
「うちらはええやん。華雄の姐さ~ん」
ぶつくさと不平を二人が言う中、もっと何か言いたい男がやっと立ち上がってきた。
「くぅ~、痛ったいじゃな「ところで、聞きたいこととはなんだ?」おい!」
プンスカとアキラが怒るのも気にせずに、華雄は楽進に尋ねた。
「えっと……」
「遠慮するな。それが、お前らが参陣する条件だろう。信頼関係を築くためにも、言いたいことは今のうちに言うがいいさ」
楽進はうつむきがちに黙り込む。華雄と、文句を言っていた三人がその様子をじっと見つめていた。
決意が付いたのか、楽進はやっと口を開いた。
「李靖さまにお尋ねしたきことがあります」
「うん?俺かい?」
名指しされたアキラは自分の顔に指をさして首をかしげる。楽進はその眼をジッと見つめて言った。
「どうして独立なさったのですか?」
楽進の発言に于禁は動揺した。
「凪ちゃん!それは…」
「沙和、止めないでくれ。私たちはこの答えを見つけにここに来たんじゃないか」
そう言った楽進は李典に目をやった。彼女は小さく頷いた。楽進も頷き返すと、黙ってその様子を見ていたアキラ達に自分たちの出自を説明し始めた。
「我々はこの町から少し離れた片田舎の出身です。昔から町で売る作物を栽培し、そのためか幼い頃から町から取り寄せた本を読むことが出来ました。忙しくも楽しい毎日を送っていました」
空を見上げながら彼女はぽつぽつと話す。まるでその物語が雲に書かれているようだった。
「しかし三年前、汝南を統治していたあなたが反乱を起こした。最初は余計な税金を納めなくて済むようになったためにみんな喜びました。でも討伐軍が来た。私たちの村はすぐに降伏したために焼き討ちを逃れました。けれど、以前よりももっと重い税金を納めなければならなくなった。李靖さまが再び立ち上がるまでは明日の食料も不安になるぐらいでした。でも」
楽進は目に力を入れてアキラを見る。強く非難するように。
「でも、けれど、それでも平穏を取り戻していた!誰も死ぬことが無い日常を送っていた!なのに、なぜ私たちからまたそれを奪おうとするのですか?!どうして独立してしまったのですか?!!」
ここまで話したところで彼女は一息をついた。そして伏し目がちに非礼を詫びた。
「…すみません。言い過ぎました」
「でもな、大将。これはウチら、村を含めたみんなの疑問なんや」
「凪ちゃんはそれを代弁してくれただけなの。お願いします!沙和たちの質問に答えてください!」
三人は頭を下げた。その強い希望の念をアキラは十分理解した。そして華雄と目線を交わすと、こう告げた。
「…ちょっと場所を変えよう」
「ここは……?」
五人が来たのは町の片隅にあった施設だった。建物はつい最近できたように真新しく、それなりに大きかった。そして中から騒がしくも楽しげな子供の声が響いていた。
彼らが門をくぐると、すぐさま門の前で遊んでいた子供が反応する。
「あきらだ!」
「よう!元気か?」
子供たちが口々に彼の名前を呼んで集まってくる。誰の顔にも笑みがこぼれていた。
「李靖さま、ここは」
「ここは孤児院。俺がこの前建てたものさ」
楽進の問いかけに応えつつ、子供たちに院長を呼ぶように頼んだ。駆け出す子供たち。アキラはその後ろ姿を見ながら彼女たちに言った。
「彼らは討伐軍に親を殺された子供たちだ。町をさまよっているところを保護した」
「えっ!でもそれって三年間も町にいたってことじゃあ…」
「そうだ。彼らは乞食をしながら待っていたんだ。親の帰りをな」
アキラの発言に三人は言葉を失う。彼らは“三年”というその年月の長さを十分すぎるほど知っていた。
「子供たちは理解しようとしなかった。自分の親が死んだこと。そして自分が天涯孤独になったことを。この施設に入ってから、ようやく彼らは自分の運命を受け入れようとしている」
「運命…」
「言い換えれば未来に目を向け始めたってことだな。過去という足かせを外そうとしているとも言える」
アキラの言葉に華雄が付け加える。
「この町の連中も皆そうだったな。失った過去ばかり懐かしんで、今の日常をそれに戻そうとしていた。誰一人として将来が良くなるとは信じていなかった」
小さな女の子がアキラに近づいて来た。ニコニコ顔の彼女はアキラに白い綿毛がついたタンポポを渡してきた。アキラはしゃがんで少女の頭を撫でてそれを受け取った。
「…理屈じゃねえ。打算でもない。後世の人は俺たちを笑うかもしれない。それでも、やらないといけなかったのさ。俺たちの中の何かが、俺たちに武器を取らせた」
立ち上がると彼はフッとタンポポに息を吹きかける。ブワッと綿毛が飛び立ち、女の子は跳ねまわりながらそれを追いかけた。アキラは空に浮かんだ綿毛を見つめながらつぶやく。
「理由なんか分からない。でも、まあ、格好つけて言うなら、俺たちは未来が欲しかったのさ」
アキラは振り返って三人を見る。
「ごめんな。こんな説明しか出来なくて」
「いえ、ありがとうございました………李靖さま、私の真名をお預けしてもいいですか?」
「ウチも!」
「わたしも!」
「いいのか?」
「はい。だってこれから一生、あなたに付き従うのですから」
アキラと華雄は互いに目を合わせて笑った。三人は一列に整列し、胸を張った。
「では、改めまして」
彼女たちは新しい主君に対して、自分の名前を預けた。
「姓は楽!名は進!字は文謙!真名は凪!」
「姓は李!名は典!字は曼成!真名は真桜や!」
「姓は于で名は禁!字は文則!真名は沙和なの!」
「「「以後、命を賭してお仕えいたします!!」」」
アキラはしっかりと頷く。しみじみと新しい仲間が増えたことに満足した。
だが、
「あれ?」
と、彼は思い出してしまった。
「ところで華雄。巡察はどうした?」
「………あ」
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