No.613022

ソードアート・オンライン 黒と紅の剣士 第十八話 苦い現実を甘い理想に

やぎすけさん

大変遅くなりました。

2013-08-27 12:23:27 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1860   閲覧ユーザー数:1789

空 サイド

車に乗り、空はある場所を目指しながら、付添人の女性に質問する。

 

空「例の取引は上手くいってる?」

 

女性社員「はい。すでに世界各国のVR関連企業から・・・」

 

レポートに目を通しながら淡々と答える女性社員に、空は頭を掻きながら言う。

 

空「あぁ、違う違う。“紺野一成”の会社のことだよ。」

 

女性社員「そちらは現在倒産寸前、8億の負債を抱えています。」

 

空「上出来。じゃあ、今回の来日で最後の仕事といこうか。」

 

そう言って空は、怪しげな笑みを浮かべるのだった。

 

スリーピング・ナイツ全員の病気が完治した後、子供である木綿季たちは特例として和人たちの通う学校に入学し、成人である安施恩たちは“とある企業”からスカウトされ、そこに就職することが決定した。

それを知った明日菜の提案により、ダイシー・カフェで退院兼入学&就職祝いをすることになった。

東京都御徒町。

退院したばかりの木綿季とスリーピング・ナイツと一緒に、明日菜はエギルの経営する喫茶店兼バーに向かった。

ダイシー・カフェの扉には、いつものように【本日貸切】と無愛想な文字で書かれた木札が掛かっている。

 

明日菜「そう言えば木綿季は、みんなとリアルで会うのは始めてだっけ?」

 

木綿季「うん。もしかして、キリトたちもリアル(こっち)と同じだったりする?」

 

明日菜「うん。あぁ、でも、シノのんとリーファちゃんは違うかな。」

 

安施恩「ふふふ、楽しみですね。」

 

木綿季「うん!」

 

まるで母と娘のような安施恩と木綿季のやりとりに、明日菜は思わず微笑んだ。

明日菜はノブに手を掛けて回し、扉を開ける。

カラン、と響くベルの音に重なって店の中から待ち構えたように歓声と拍手、指笛か響いてきた。

店内には既にギッシリと人が詰まっており、

 

木綿季「あれ?もしかして、ボクたち遅刻?」

 

木綿季が目を丸くしていると、制服姿のリズが前に出てきて言った。

 

里香「主役は遅れて登場するもんだからね。明日菜には少し遅れた時間を伝えといたのよん。」

 

和人「俺たちも前にやられたけど、この出迎え方ってどうなんだ?」

 

里香「細かいことは気にしな~い。さ、入った入った!」

 

リズは笑みを浮かべてユウキを店に引っ張りこむと、それに続いてスリーピング・ナイツの面々もガッシュたちによってステージの上に押し上げられる。

扉が閉まり、直後BGMが途切れると同時に照明が絞られる。

次いでスポットライトがに落ちる。

 

里香「え~、それでは皆さん、ご唱和下さい!せ~のぉ!」

 

一同(スリーピング・ナイツ以外)『スリーピング・ナイツ、退院おめでと~!!』

 

皆が叫ぶと同時に、拍手やクラッカーが、狭い店内に響き渡る。

そんな様子に、スリーピング・ナイツの全員がポカンと口を開けていた。

大地視点

アスナたちが到着すると、宴はあっという間にカオスな状態へと発展した。

最初は混乱していたスリーピング・ナイツもすぐに馴染み、今では普段は大人しいテッチやタルケンまでもが、リズたちと一緒になって騒いでいる。

ユウキの方は、アルコールが入ったことによって、いつもとは違う姿を見せる仲間たちに驚いていたが、それもほんの数分で慣れ、今は酔っ払ったクラインたちの馬鹿騒ぎやリズに振り回されるガッシュたちを見て、アスナと一緒に大笑いしている。

 

アンドリュー「何、怖えぇ顔してんだ?」

 

食べ終わった皿を持って戻ってきたエギルが、皿を洗いながら問い掛けてくる。

 

大地「別に・・・ただ、ユウキ(あの娘)が少し前まで瀕死の状態だったとは、思えないなと思って・・・」

 

アンドリュー「そうだな・・・」

 

俺の答えに、エギルはそれだけ言って、それ以上は何も言わなかった。

その後しばらく俺は、カウンター席からみんなの様子を見ていた。

自分の端末から着信音が鳴るまでは。

明日菜視点

 

明日菜「そう言えば、ユウキはどこに住んでるの?やっぱり親戚の家?」

 

ふと、気になったことを訊ねてみると、ユウキは苦笑交じりに返してくる。

 

木綿季「う~ん、そのはずだったんだけど、なんか家でいろいろあったみたいで、よく分からないんだよね。」

 

明日菜「えっ、そうなの!?」

 

木綿季「うん。まったく無茶苦茶だよね。退院しても住む家が決まってないなんて。」

 

ユウキはそう言って笑って見せたが、彼女のその瞳が強がっていることを表すかのように揺らいでいたのをわたしは見逃さなかった。

 

明日菜「もしかしたら、前に住んでたあの家に住めるかもよ。」

 

わたしが出来るだけ自然な明るさでユウキにそう言うと、ユウキは首を横に振った。

 

木綿季「それはないよ。」

 

明日菜「どうして?」

 

木綿季「だって、あの家もう買い取られちゃったらしいから。」

 

ユウキの口から出た思いもよらぬ言葉に、わたしは一瞬思考停止を起こして固まった。

約3秒間の硬直の後、我に返ったわたしは、食い入るように問う。

 

明日菜「ど、どうして!?だって、まだどうするのか決まってたわけじゃなかったんでしょ?」

 

木綿季「うんそうだったんだけど、なんかパパのお兄さんっていう人が凄い借金を抱えちゃって、あの家を売ってそれを返すことになったんだって。そしたら、あの家を家具とかも全部そのままなら10億円で買うっていう人が来たから、ボクには何も言わずに売っちゃったんだって。」

 

明日菜「そんな・・・」

 

わたしは言葉を失ってしまった。

現実的に考えてみれば、仕方のないことなのはわかるけど、本来の持ち主であるはずのユウキに何も言わずそれを売ってしまうのは、あまりに薄情過ぎるのではないか。

そんなわたしを気遣ってか、ユウキは穏やかに言った。

 

木綿季「ある意味では、これで良かったと思う。だって、結果的にだけど、あの家は壊されずに済んだんだから。」

 

そこで言葉を切ったユウキの右眼から、一粒の涙が零れた。

 

明日菜「ユウキ・・・」

 

木綿季「ごめん、アスナ。胸借りてもいい?」

 

わたしが頷くと、ユウキはその小さな体をこちらに預けてくる。

わたしは小さく震えるその肩をそっと抱きしめた。

 

?「こらこら、僕の目の前で勝手にノーマルエンディング迎えないでよ。」

 

突然聞こえてきた聞き覚えのない声に、ビクンとして顔を上げると、入り口の扉が開いており、そこには見知らぬ男性が立っていた。

身長は180cmちょっとのやせ気味の長身で、着崩したスーツ上に白衣、長く伸びた髪は後ろでまとめて縛っている。

その姿は初対面のはずなのに、何故か初めて見る気がしない。

 

明日菜〈この人、どこかで会ったような・・・〉

 

アンドリュー「誰だ、あんた?悪いが今日は貸し切りなんだ。帰ってくれ。」

 

?「これは失礼。自己紹介が遅れたね。はじめまして、って言うのは変かな?僕は双葉空。ALO(あっち)ではスカイって名乗ってたっけ?」

 

明日菜「っ!?」

 

わたしは、息を呑む。

スカイと名乗る男性プレイヤーを、わたしは1人しか知らない。

突然わたしたちの前に現れて、わたしたち全員を圧倒した後、満足げな笑みとともに姿を消した、ユウキたちの命の恩人。

それにこの男性の姿はALOで出会ったスカイそのままである。

わたしは、ユウキたちを助けてくれたことのお礼を言おうとして口を開こうとした。

その時、突然空気が重くなったような圧力を感じて口を噤む。

振り向くと、デュオくんが光の無い目で男性を睨んでいた。

失った光の代わりとでもいうかのようにその瞳に宿っているのは、強い殺気と明らかな敵意だった。

そんなデュオくんを空さんは、やれやれと言った感じで肩を竦める。

 

空「自己紹介ぐらいまともにさせてくれてもいいんじゃないかい?」

 

大地「今すぐ消えろ・・・」

 

空「やれやれ、仮にも僕は絶剣クンたちの恩人なんだよ。それに今日はプレゼントを持ってきたのに。」

 

空は胸ポケットに手を入れると、そこから2枚の紙を取り出して差し出す。

 

大地「なんだ?」

 

空「これは僕からの退院祝いといったところだよ。いらないなら、誰かに売っちゃってもいいからね。」

 

そう言って紙を手近なテーブルの上に置くと、身を翻して出口に向かう。

 

空「それじゃ、僕はもう行こうかな。用は済んだし。ここでは、僕はただの邪魔者だろうからね。」

 

それだけ言い残した空は、あとは何も言わず店から出ていった。

彼の姿が見えなくなると、デュオくんはふうっと息をつく。

その瞬間に、周囲を覆っていた圧迫感が消え、他のみんなからも力が抜けた。

 

遼太郎「なんだったんだあいつは?」

 

仁美「何か置いていったみたいだけど・・・」

 

クラインさんとエルちゃんがそう呟くと、店の奥から出てきたエギルさんが空の置いていった紙を取る。

そして、そこに書かれていた内容を確認すると、エギルさんは今まで見たことがないくらいに目を丸くした。

 

アンドリュー「冗談だろ・・・本当に何者なんだあいつは・・・?」

 

明日菜「どうしたんですか?」

 

半ば固まりかけているエギルさんに、問いかける。

そこで我に返ったエギルさんは、紙に書かれていた内容を説明する。

 

アンドリュー「これは土地の売買契約書だ。しかも結構デカい。」

 

その言葉に、わたしたちはその契約書を覗き込む。

 

和人「確かに結構あるな。」

 

里香「あたしの家より大きいかも・・・」

 

キリトくんとリズが感心の声を上げる。

その時、突然木綿季が息を呑んだ。

 

木綿季「えっ・・・!?」

 

明日菜「どうした?」

 

わたしが木綿季の視線を辿ると、それは書類の下の方に向かっている。

そして、そこに書かれていた内容を見て固まった。

書かれていたのは売主の名前と住所で、売主の名前は“紺野一成”となっている。

 

明日菜「紺野って・・・もしかして・・・!?」

 

木綿季「ここ、ボクの家だ・・・」

 

明日菜「えっ!?どうして・・・!?ユウキ、あの人と会ったことあるの?」

 

木綿季「ううん。今日初めて・・・」

 

明日菜「なら、一体どうして・・・?」

 

混乱するわたしの横で、2枚目の紙を読んでいたエギルさんが口を開く。

 

アンドリュー「それはわからんが、ただあいつには相当金に余裕があるってことと、余程ユウキのことを気に入っているらしいってことはわかったぜ。」

 

木綿季「どういうこと?」

 

アンドリュー「これを見てみな。」

 

そう言ってエギルさんが差し出したのは、2枚目の紙だ。

ユウキはそれを受け取ると、わたしと一緒に覗き込む。

そこには、手書きでこう書かれていた。

 

≪絶剣クンへ≫

〚その土地の所有権は君にあげるよ。

でも、書類上の所有権は僕が持っていることにするね。

それなら、家の維持費やその他の税金は、全て僕の方に請求させるから。

心配しなくても、何も取ったりしないから大丈夫だよ。

ただし、1つだけ条件がある。

それはね、みんなとずっと仲良くしていることだよ。

それさえ守ってくれればいいから。〛

                  ≪スカイより≫

 

それを読み終えたわたしは、店を飛び出していた。

 

明日菜〈急げば、まだ近くにいるかもしれない。〉

 

そう思って走ると、目的の人物はすぐに見つかった。

街中で白衣姿という目立つ格好をしている人物は、あの人ぐらいしかいないだろう。

通常視点

空 サイド

付き人に急かされながら、空は自動販売機と睨めっこを続ける。

 

空「オレンジジュースもいいけど、やっぱりサイダーも悪くないね。う~ん・・・」

 

女性社員「社長。時間が押しているんです。急いでください!」

 

空「買い物の楽しさとは?」

 

そこで振り向くと、指をパチンと鳴らす。

 

空「迷うこと。」

 

女性社員「迷っている時間はないのですが・・・」

 

空「僕は週休3時間なんだから、もう少し自由にさせてよ。」

 

?「あの・・・」

 

突然横から声をかけられた空は、声のした方に体を向けた。

 

空「やあ、君はさっきの。」

 

明日菜「結城明日菜です。」

 

空「うん知ってるよ。僕に何か用?」

 

明日菜「用という程ではないんですが、お礼を言いたくて・・・」

 

空「お礼・・・」

 

不思議そうな顔をする空に、明日菜は真面目な顔で頭を下げた。

 

明日菜「木綿季たちを助けていただいて、ありがとうございました!」

 

明日菜の態度に空は、呆れ顔で「おやおや・・・」と呟いた。

 

空「取り敢えず頭をあげてくれる?」

 

空の言葉に、明日菜が頭を上げると、空は何でもないかのように言い放つ

 

空「僕はただ、やりたいことをやって、いらないものをあげただけで、“何もしてないよ”」

 

明日菜「でも、木綿季の家のこととか・・・」

 

空「あれはただの気まぐれ。言ったでしょ?プレゼントだって。プレゼントって気まぐれで送っちゃいけないものなの?」

 

明日菜「いや、そういうことじゃ・・・」

 

明日菜が言葉を詰まらせていると、空は何事もなかったように自動販売機のボタンを押した。

出てきたのはミネラルウォーターである。

キャップを回してフタを開け、ひとくちあおる。

 

空「うん!シンプルイズベスト!たまにはミネラルウォーターもいいね。」

 

明日菜「あの・・・」

 

周りを全く気にしない空の態度に戸惑う明日菜を横目で見ると、空は肩をすくめた。

 

空「まあ単純な話、僕はやりたいことをやっていただけだから。何も気にすることはないよ。」

 

空は自動販売機に小銭を入れ、ボタンを押して出てきた飲み物を取り出すと、そのままそれを明日菜に投げる。

 

空「あげるよ。」

 

明日菜は、飛んできた缶を危うく取り落としそうになりながらも、どうにか両手でキャッチした。

 

空「苦い現実を見てきた人に、甘い理想を見せるのが僕の仕事だから。」

 

一旦言葉を切ると、誰にも聞こえないくらいの小声で

 

空「その逆もね。」

 

と呟いた。

それだけ言い残し、空は車に乗り込んでどこかへ走り去ってしまった。

明日菜が渡されたのは、ココアだった。

明日菜はプルタブに指をかけて引き開けると、それをひとくち飲む。

 

明日菜「甘い・・・」

 

明日菜は予想外に甘いココアの味に、思わず呟いた。

その後、店に戻った明日菜はユウキの―――ちょっと違う気もするが―――新居祝いということで夜遅くまで騒いだ。

 

後書き

 

今回でマザーズロザリオ編は終了です。

次回からはオリジナル編に入ります。

なお、アリシゼーション編は入りませんので、あらかじめご了承ください。


 
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