第24剣 偽剣と魔牛の角
キリトSide
〈
驚きの武器が加えられていることに気が付いた。その武器とは……『偽剣カリバーン』である。
まさかのアイテムに驚くことしか出来なかったが、改めて冷静に思い返してみると奴の名は『スィアチの幻影』という意味。
つまりはあのスィアチがせめてもの反抗の置き土産として置いて行ったのがあの大鷲だとすれば、
報酬であったカリバーンを持っていてもおかしくはない。
それに、先程ヴェルンドが放った火炎魔法で大ダメージを受けていたが、
スィアチは神話において大鷲に姿を変えている最中にその身を火に焼かれ、そのあと神々に殺されたという。
そして霜の巨人族であるのならば、火炎がヤツの弱点であってもなんらおかしくは無い。
今後、スィアチとは戦う可能性もあるから、覚えておこう。
「それじゃあ、窓から外に出よう」
「分かりました」
「お願いします」
俺が2人に話しかけ、ヴェルンドを背負って大きな窓からテラスに出る。
ヘルヴォル・アルヴィトがテラスに出て指笛を吹くと、彼女の天馬が空を駆けてテラスに降り立った。
ヴェルンドを天馬の背に乗せると天馬は飛び上がり、彼女も白鳥の羽衣の加護で空へと舞い上がり、俺も翅を出現させて飛ぶ。
俺達は城から脱出し、城門前の森へと降り立ち、そこから街へと戻る為に歩みを進めた。
行きとは違い、ヴェルンドをしっかりと護衛しながら移動したので、
1時間半ほど時間を掛けることでようやくミズガルズの街へと戻って来ることができた。
「剣士様。私の夫であるヴェルンドを助けていただきまして、ありがとうございました」
「私からもお礼を言わせてください。これで妻と2人でまた暮らしていけます。ありがとうございました」
――クエスト・[戦乙女の帰還]クリア
依頼主であるヘルヴォル・アルヴィトと救出対象であったヴェルンドから礼を告げられたことで、クエストクリアのログが出た。
同時に報酬であるユルドと幾つかのアイテムなどがストレージに収められた。
ふぅ~、今回は1人だったこともあってか、苦労したな。
ナーヴギアじゃなかったらどうなっていたことか…。
「私はまた鍛冶屋を開きますので、よろしければ訪れてみてください」
「分かった。その時は覗かせてもらう」
彼の言葉から察するに、これで閉店していた鍛冶屋が開くのだろう。
相手がNPCとはいえ、一応言葉を掛けておいた。
こうして闇のエルフの鍛冶師とその妻であるワルキューレの女性との旅が終わった。
俺は宿屋へと向かい、部屋を取る。時間は6時前、ここで1度ログアウトしよう。
今日は母さんも帰宅が遅いし、
そう考え、宿のベッドに身体を預けてログアウトした。
リアルでハムやレタス、トマトや卵を使ってサンドイッチを作り、
牛乳と一緒に腹に収め、諸々の準備を済ませてから再びダイブした。
『偽剣カリバーン』を作ったヴェルンドならば、
『硬い稲光を放ちし魔の剣』の情報、またはそれに関係した何かの情報を持っているかもしれない。
早速、ヴェルンドとヘルヴォル・アルヴィトが営む鍛冶屋へと足を運んだ。
2人のいる鍛冶屋へと着いた俺はその扉を潜った。
カウンターではヘルヴォル・アルヴィトが戦乙女としての姿ではなく、
如何にも中世の時代の奥さんといった言わば普通の服の姿で立っていた。
奥の方ではヴェルンドが鎚を持ち、インゴットを叩いている。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょうか?」
「『硬い稲光を放ちし魔の剣』、または『―――――』についての情報が欲しい」
「それでしたら、夫のヴェルンドが何か存じているかもしれません」
訊ねてきた彼女にそう伝えると、やはり彼が知っているようなことを伝えてきた。
しかし、会話がクエスト成功前に比べると少し機械的なものになっているのは仕方がないのかもしれない。
そう思いながらも店の奥の工房へと足を踏み入れ、ヴェルンドに声を掛ける。
「すまないが、『硬い稲光を放ちし魔の剣』か『―――――』についての情報を教えてくれないか?」
剣のヒントと、おそらくはその剣の名と思われる言葉を口にしてみる。
「ふむ……確かこの街の南東部と南西部の洞窟に、それぞれ1頭ずつ牛の魔物が居座っているそうで、
その魔牛達が落とす角には不思議な力が宿っていて、剣の材料に出来ると聞いたことがあります」
「そうか、ありがとう。早速行ってみるよ」
彼から得た情報、それを元に洞窟へと向かってみることにした…。
うん、向かってみることにしたんだけどさ…。
「南東部と南西部を行き来しないといけないんだよなぁ…」
街の外の根の下で独りごちる。本当にどうしたものか、あまり時間を掛け過ぎるのも大変である。
というよりも、いままでのところは邪神級との戦闘はないが、このあと戦闘になってしまえば、
SAO引継ではないこの『キリト』では邪神と一対一で戦うのはかなり苦しいものがある。
飛行時間も限られているし、どうしようか……ん、待てよ?
―――ピィィィィィッ!
妹を真似て指笛を吹いてみる。そして、ほんの少し待ってみた時だった。
―――くぉぉぉぉぉん!
その啼き声と共に、この地下世界ヨツンヘイムにおける俺達の仲間の1匹、トンキーが飛んできた。
「トンキー! すまないが乗せていってほしい!」
―――くぉぉぉん!
俺の言葉にまるで「いいよ」と答えた様子を見せた。
空中に飛んでいるトンキーの背中へ飛行して乗り、そこから北東部の方向を示して移動を始めてもらった。
この子はピナと同様で、他のMobやテイムされているモンスターとは違い、一定のアルゴリズムとは異なる行動を取る。
まるで愛娘であるユイや、俺に対して特別な言い回しをしてきたノルンの三女神達のようである。
魂は光にして波長であり、『フラクトライト』と呼ばれるものでもある。
けれど、その説は完全に確立しているわけではない……しかし、現にユイ達のような存在が居る。
それに茅場晶彦、いまの彼もそういった存在であるということもある。
謎は深まる一方だ…と、今は考えすぎてもいけないな。
「とりあえず、南東の洞窟まで頼むな、トンキー」
そう身体を撫でながら言うと、一度耳を大きくはためかせ、そのまま飛行を続けた。
洞窟がないかとトンキーに乗りながら確認していると、大穴…というほどではないが、
それなりに大き目の穴が開いている場所がある。
どうやら下斜めに向かって出来ている洞窟のようだ、おそらくあの場所だろう。
「トンキー、あそこで降ろしてくれ」
―――くぉぉぉん
俺の言葉が伝わったのか、トンキーはゆっくりと降下していき、背中から俺を降ろした。
「少しの間、待っていてくれ」
撫でながらそう伝えると、着地してのしのしと移動していった。その姿に微笑ましく思いながらも、洞窟内部へと入る。
簡潔に述べよう、牛が居た…。
名を〈
ボスではないようだが、固有名が付いているので何度かポップするとは思うが、能力はそこいらのMobよりかは高いだろう。
『イノセントホープ』は耐久値に不安があるので、『アビスディザイア』を装備し、斬り掛かる。
「ふっ!」
しかし、ある意味予想通りと言うべきか、黒鋼の如き毛皮の防御力によってダメージが軽減されてしまった。
こいつはスリュムヘイムにいた金色のミノタウロスに近い性質だな。
そう思いながら、単調な攻撃パターンを見破り、属性ダメージを与える為にソードスキルを叩き込む。
だが、属性ダメージを期待していたが、どうやらコイツは魔法耐性もあるようで、大きなダメージは与えられなかった。
仕方がない、こうなったら地道に攻撃を与えるしかないか……そう思った時、突如として俺達のいる空間がぬっと影に包まれた。
一体なんだ? そう考えながら影の出来た入り口の方を見てみると……、
「………え…?」
色んな意味で恐ろしいものが入り口を塞いでいた。それはずばり、トンキーである。
俺を心配してくれたのかは分からないが、ギリギリ入る顔を覗きこませ、
敵をその視界に捉えると……なんだか目つきが変わった。
そして、顔を出して身体の一部に光を収束させていく。これはまさか…!
「え、ちょ、まっ…!?」
このあとの展開を一瞬で予測し、驚愕しながらも洞窟内の岩陰へと滑り込む。
次の瞬間、洞窟内を光が埋め尽くした…。
―――どおぉぉぉぉぉんっ!
音が終わってから、身体を岩陰から出してみると、敵は消滅…もとい、蒸発していた。
トンキーがドヤ顔しながら嘶いているように見えるが、ミナカッタコトニシヨウ、ソウシヨウ。
「うん、ちゃんと手に入っているな」
アイテムストレージ内を確認して、それらしきアイテム『アリルの魔牛角』が追加されているのに気付いた。
洞窟から出てトンキーに声を掛ける。
「トンキー、色々と助かったよ。ただ、次はちゃんと待っていてくれ」
―――くぉん?
疑問符が付いていないか? ホントに分かってくれたのだろうか?
目的のアイテムの1つを入手したので、次の目的地である南西の洞窟へとトンキーに乗せてもらいながら向かった。
今度の洞窟は地下に続くものではなく、少し高めの山の洞窟が上へと向かって広がっている。
うん、これならトンキーも攻撃してこれまい……何故か味方であるトンキーに注意したくなる俺がいるが、気にしないでほしい。
「さて、2体目を倒して、早く街に戻るとしよう」
そう呟き、洞窟の中へと進む。少しの間、坂になっている洞窟内を上っていくと少し広めの空間に出た。
その場所の中央には1頭の牛がいる、今度の目的はアイツだな。
名を〈
角は2本とも前を向きながら小さな雷光を纏っている。
察するに、雷属性耐性が高いのだろうな。ま、先程の黒い魔牛に比べて攻撃は通りそうなので、攻めていくとしよう。
「はぁっ!」
まずは小手調べにと斬り掛かり、ダメージはやはり通った。
近接時の攻撃パターンは黒い魔牛と同じで、一直線かジグザグの突進、
反転してからの突進、角による突きか振るい上げが主な攻撃である。
しかし、勿論違う攻撃も行ってくる。
―――ブルォォォォォッ!
それを真横へと飛び上がって回避する……が、すぐさま突進してきた。
防御姿勢を取ったので大ダメージにはならずに済んだが、空中に吹き飛ばされてしまう。
しかし、俺は空中で体勢を立て直して着地に成功する。この牛、やってくれるな…。
「かといって、負けてやるつもりもないけど、な!」
相手の攻撃を避け、防ぎ、往なして斬りつける。今のところ奴が使ってきた攻撃パターンは全て見切っている。
このままいけるか?そう思った時、また新たなモーションを使ってきた。
黄色い魔牛はその場に留まると、身体全体を雷光で纏った。そしてそのまま、高速で突進してきた!
「っお、おぉぉぉっ!」
それに対して俺はソードスキル《ヴォーパル・ストライク》で立ち向かった。
結果、攻撃がぶつかり合ったことでダメージを与えあい、相手はダメージによってHPが0になり、倒すことができた。
ユルドとアイテムがストレージに収まったことを確認、『メイヴの魔牛角』を獲得していることをちゃんと確認した。
そこで俺の身体が倒れる、どうやらさっきの攻撃で
――1人はやっぱり大変だなぁ…。アスナやユイ、みんなの有難みが良く分かる…。
動けない
SAO時代、35層を超えた辺りから俺、
仲間の死を恐れ、命を奪うことを恐れ、けれど誰かの命が奪われることも恐れた。
非公式PKKギルド『嘆きの狩人』、その括りで活動を始めてからは心が凍るような孤独感に苛まれたこともある。
まぁそれも、アスナを好きになったことで無くなっていったし、いまではそんなことすらないからな…。
「ん、解けたか…」
そこで体が動けるようになっているのを理解したので、起き上がって移動する。
丁度この広めの空間から出た時、新たな黄色い魔牛がポップされていた。危なかったかも…。
洞窟から出た俺を今度こそ大人しく待っていてくれたトンキー。
それからトンキーの背に乗り、ミズガルズの街へと向かってもらう。
「しかし〈
今回はやはりケルト神話のアルスター伝説、その中心になった『クーリーの牛争い』みたいだな。
それに、ヴェルンドの方の元ネタにも驚いたし」
そう分析しながら言葉にする。先程の2頭の魔牛の題材となっているのはそのケルト神話の物語である。
物語はアイルランド北西の首都であるコノートから始まり、コノート王のアリルと女王のメイヴが互いの財産を競い合うのだ。
メイヴはアリルの所有する牛のフィンドヴェナハに対抗するべく、
アルスター王国の牛であるドン・クアリンゲを借りようとしたが断られ、
メイヴはその牛を手に入れる為にアルスター王国と7年間に渡り戦争を繰り広げたらしい。
というか、くだらない自慢のし合いに周囲を巻き込むなと思うのは俺だけではないはず(作者の心を代弁)。
そして、一方のヴェルンドはなんと、妖精の王と言われることもあるらしい。
それならばあの強力な魔法も頷ける……というか、あの自称妖精王とはまったく別だな、うん…。
と、そんな風に考えているとメッセージが届いた、アスナからだ。
トンキーが一緒に居るとはいえ、やはり1人には違いないので嬉しく思い、笑みが零れる。
内容は『今、何処にいますか?』というものだった…ふむ、それならば『今トンキーの背中の上w』として送っておこう。
彼女がどんな反応を示しているのか容易に想像できるな。
「トンキー。街までもう少しだから、頑張ってくれ」
―――くぉぉぉん
俺の言葉を理解した様子のトンキーは僅かにスピードを速めたような気がした。
キリトSide Out
To be continued……
後書きです。
というわけで、キリトさんが『偽剣カリバーン』を入手しました・・・勿論、本命ではありませんよ?
さらには必要なアイテム入手の為にトンキーと共に行動し、アイテムをGETしました。
アスナが送ったメッセージの部分が、今回のところになります。
それと会話中にあった『―――――』の部分にはキリトが求める剣の名前が入ります、そして次回その剣を手に入れます。
それではまた・・・。
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第24剣です。
本命ではないですが、キリトがまさかの武器を入手します。
どうぞ・・・。