No.610085

『そんなの絶対クソゲーだよ』

資源三世さん

魔法少女まどか☆マギカ 二次創作。作者HPより転載

2013-08-18 21:18:19 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:489   閲覧ユーザー数:488

 

 まどかの為に。ただ、それだけの為に何度となく繰り返えしてきた時間のループ。それは時間律への過ぎた干渉。人の身には余りあるものだ。いつか、反動がその身へと振りかかることもあるだろうことくらい、暁美ほむらは理解していた。

 

 だが、それでもただ一つの約束を守るために、時の迷い子は同じ時間の中を繰り返し続ける……

 

 

 

 爽やかな日差しと心地良い風に頬をなでられて、少女は重い瞼をゆっくり開く。眩しい光に視界が霞む。二、三度、瞬きをしてから周囲の様子を改めて見渡せば、そこは真っ白な部屋だった。

 

 なぜ、自分はこんなところにいたのだろう?

 

 ぼんやりとした頭で思い起こしつつ、部屋の中を見渡す。飾り気のない清潔な白いカーテンや壁、落ち着いた雰囲気の部屋だ。カレンダーにはハナマルで囲んだ日付があり、近くのテーブルには入学案内の書類。

 

 そこでようやくここがどこだったかを思い出す。ここは病院だ。

 

「そっか……。私、入院してたんだっけ……」

 

 ほむらは一人呟き、覚醒しきらない頭で天井を見上げた。

 

 どういうわけだろうか、とても長い夢を見ていた気がする。とても孤独で、とても寂しくて、でも守りたい約束のために泣きながら歩き続ける。思い起こすだけで胸が切なく痛み、涙がこぼれそうになる。そんな夢だ……。

 

???「お目覚めかい、暁美ほむら」

 

「え?」

 

 不意に自分以外に誰もいないはずの部屋で誰かが話しかけてくる。ほむらは慌てて起き上がり、再び部屋の中を見渡す。だがやはり誰もいない。

 

 爽やかな午後と清潔さ溢れる室内といえど、ここは病院である。その手の話を想像してしまうのも仕方ないだろう。ほむらは体を震わせ、掛け布団を口元まで持ち上げる。

 

「だ、誰? どこにいるの?」

 

???「……やれやれ。やっぱり僕のことを忘れているみたいだね」

 

 そう言って声の主は窓枠から、ほむらのベッドへと降りたつ。それは猫のような容姿とふわふわの尻尾、耳から耳が生える奇妙な姿をした真っ白な小動物だった。

 

「え? ネ、ネコ? ウサギ? お化け?」

 

「はじめまして…… と、言ったほうがいいのかな。僕の名前はQB。君とは過去に会って…… いや、時間軸としては未来だけど、まあともかく会っているんだけどね」

 

「えと…… あなた、私と会ってるって…… 何のこと?」

 

 よく分からない生き物が、理解しがたいことを言っている。そんな異質な光景に、ほむらは今にも泣きそうになり、小刻みに震えていた。

 

「あ、あの…… 私、あなたみたいな…… なんていうか、不愉快極まりない、思わず殺意が芽生えるようなの知らないの……。ひ、人違いじゃないの?」

 

「怯えているわりにひどい言われようだね。ほら、もっと僕をよく見てご覧よ。女の子の油断を誘うようなふわふわな毛並みや、思わずもふもふしたくなるような尻尾が可愛いだろう? ほら触ってみたくならないかい?」

 

「ご、ごめんなさい。さすがに素手で殺るのはちょっと……」

 

「なんで殺るの前提なのさ。本当は僕のこと、覚えてるんじゃないの?」

 

「ご、ごめんなさい……。本当に覚えてないの。むしろ覚えていたら、すぐに殺っているかも……」

 

 言ってることはとんでもなく物騒だが、びくびくと震えるほむらの姿はQBの知るものではなかった。彼女が嘘をついているようには見えない。

 

「やはり記憶に影響を受けているか。まあ、僕としては問答無用で撃ちぬかれたりしない分、好都合だけどね。むしろ、おどおどした女の子は大好物だよ」

 

「……え、えと、何を言ってるの?」

 

「なんでもないよ、ちょっと本音が漏れただけさ。それより暁美ほむら。記憶を失っている君にはとても信じられない話かも知れないけど……」

 

 QBはそこまで言って少し顔を背ける。僅かな躊躇いを見せるが、それでも再びほむらへと向き直り話を続ける。

 

「……これから一ヶ月後に全ての時間が遡行する。一ヶ月経つと今日に戻り、また一ヶ月経つと今日に戻る。永遠に一ヶ月から先に進めなくなっている」

 

「一ヶ月先から進めない? そ、そんな変なことあるわけないじゃない」

 

「いいや、そうなるね。僕が調べた限り、まず間違いないよ。……暁美ほむら、君のせいでね」

 

「な、なんで私が! そ、それに私にそんな…… そんな凄い力なんてないもの」

 

「まあ、当然の反応かな。君達、人間にとって時間の遡行なんて現実離れした事象だものね。さらにその原因が自分だと言われたところで信じられるわけがないか」

 

 こうなることはある程度、予測していたらしく、QBは動じることもなかった。じっと赤い双眸で怯えるほむらの目を見据える。

 

「でも、君はそんな現実離れしたことを忘れているだけだよ。何かきっかげさえあれば、すぐに思い出せるはずだ」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

 ほむらは自信なさげにQBから視線をそらしてしまう。

 

「そうだね、じゃあ一つ、証拠をみようか」

 

「証拠?」

 

「ああ。まずは君の手に収まっているものを見てもらえるかな?」

 

「え?」

 

 QBに言われ自分の手を見れば、小さな宝石を握っていた。ほむらはきょとんとした表情で聞き返す。

 

「私のソウルジェム…… これがどうしたの?」

 

「思い出したかい?」

 

「……え?」

 

 そこでほむらは気付く。その宝石をソウルジェムと呼んだことを。そうやって、はっきりと意識することでソウルジェムと魔法少女の記憶、魔女との戦いの記憶が脳裏にフラッシュバックする。

 

 異形の存在に命がけで挑む光景。共に戦う仲間。QBへの怒り。様々なものを断片的に思い出す。

 

 いきなり膨大な情報が頭に流れこんだため、ほむらは堪らず、額を抑える。鼓動は激しく胸を打つ。呼吸が荒くなる。なにより精神がかき乱される。

 

「な、なに今の? なんで? こんなの知らないのに……! 知らないことを覚えてるの?!」

 

「知らないんじゃない、忘れているだけさ。そして、時間律の歪みを正すためにも、君には記憶を取り戻してもらわないとならない」

 

「うぅっ……。なんだろう、凄く怖いのに思い出さないといけないことがある気がする……」

 

 信じがたい、受け入れがたい出来事だ。取り戻した記憶はあまりに恐ろしく、同時にとても悲しい気持ちを湧き上がらせた。それは目覚めたときに感じたものと同じものだ。

 

「……この気持ちは……。そっか……、これはあなたの言うとおり、私の記憶なんだね。そして、私はこの記憶を取り戻さないとならない。やらなくちゃいけないとかじゃなくて、多分、私がそれを望んでる……」

 

「ソウルジェムに反応したことからして、おそらく他の魔法少女と出会えば、それに応じて記憶も戻ってゆくだろうね」

 

「他にも……魔法少女がいるの?」

 

「この世界での僕は契約もエネルギー回収もできないけど、きっと時間はそういう風に動いているはずだ。目星はついてるから、そこは僕が調整しておくよ。すぐ会えるさ」

 

「もうすぐ、会えるんだ……」

 

 ほむらは記憶の断片に隠れる僅かな感情が、その出会い、もしくは再会を望んでいるような気がしていた。すっとソウルジェムを両手で包み、恐怖の隙から湧き上がる高揚感を隠す。

 

「そうそう。君には記憶を取り戻す以外にやってもらうことがあるんだ。それは他の魔法少女、誰か一人でいいから強い感情エネルギーを受けとることだ」

 

「感情エネルギー?」

 

「簡単に言うと好意、信頼、友情、思慕、愛情、欲情といったものを受けていればいいのさ。記憶を取り戻したとしても、君一人の力で時間律の歪みを覆すのは、さすがに力不足だからね。もう一人の魔法少女の感情エネルギーを受けて、それを補う必要があるんだ」

 

「そうなんだ…… って、なんか感情が最後にいくほど変な風になってない?! 愛情はともかくとして、欲情とか何?」

 

「大丈夫、欲情も使い方を間違えなければ立派なエネルギーだ。でも、欲情の使い方を間違えたりはもちろん、敵意、嫉妬、憎悪、不信、妬み、殺意のような負の感情エネルギーは決して受けないようにね」

 

「憎悪とか殺意とかって…… 魔法少女ってなんかギスギスしてるの? ねぇ?」

 

「僕としては君が一番、ギスギスしていた気もするけどね。まあ過去のことはともかく、一ヶ月から先に進めないというのは僕としても困るからね。協力は惜しまないつもりだよ」

 

「い、いろいろとひっかかるけど……。その…… あ、ありが……」

 

 お礼を言おうとしたほむらは急に口元に手を当てる。その顔色は真っ青で呼吸の乱れがみてとれる。

 

「どうしたんだい?」

 

「なんでだろう、お礼をいいたかったのに、急に全身に拒否反応が……」

 

「……やっぱり、あまり記憶を取り戻さないほうがいいのかな?」

 

 記憶はなくなってもほむらとQBの関係は変わらないといったところか。なにはともあれ、QBとほむらの不思議なコンビ結成と共に、ここに波乱の一ヶ月が幕を開けた。

――Event.1 『はじめまして』

 

「あ、暁美ほむらです! え、えーと武器は銃とか爆弾で…… あ、あと時間止められます……。こ、これ、これから…… よ、よろしくお願いします」

 

 緊張のあまりぎゅっと目をつぶったほむらは、テーブルを囲む少女達へ勢い良く頭を下げる。目一杯、頭をさげるものだから、これではよろしくなのか、ごめんなさいなのか分からないくらいだ。

 

 さすがにQBを除く誰もが苦笑いを浮かべ、困惑した様子を見せる。さすがにそれではまずいと思ってか、隣に座るまどかがフォローに入る。

 

「暁美さん、そんなに緊張しなくていいんだよ。これから一緒に頑張るんだから、ね?」

 

「そうそう、まどかの言うとおり。別にあたしたちは転校生をとって食おうってわけじゃないんだからさ、もっと気楽でいいんだよ」

 

「は、はいぃ……」

 

 向いの席に座るさやかもまどかのフォローに合わせる。ほむらはそれで安心感を得られたようで、ぎこちないまでも微笑みを浮かべる。と、同時に緊張しきった自分の姿を思い起こして、顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。

 

 そんなほむらの様子を疎むこともなく、マミは落ち着いた声で皆に向けて、「それじゃあ、今度は私たちから自己紹介しましょうか」と提案する。それはいいと、まどかもさやかも笑顔で頷いた。

 

「そうだね。僕も君達のことを暁美ほむらにはきちんと紹介してなかったからね」

 

「それじゃあ、私からね。私は巴マミ。魔法少女としての経験はこの中では一番長いわね。戦いではマスケット銃を使った遠距離攻撃とサポートね。あとは…… 戦いのあとにお茶とお菓子を振舞うのも私の役目かしら。ふふっ、これからよろしくね、暁美さん」

 

QB『マミは友達がいないから、先輩を慕う後輩といった感じで近づけばすぐに友好度があがるよ。ただ、友好度があがるとウザくなる…… じゃなかった、集中力に問題が出て魔女との戦いが厳しくなるから、それに耐えられる強さを持たないとね』

 

ほむら『わかった、気をつける』

 

 本人には聞こえないようにQBがテレパシーで追加情報を与える。ほむらは頷いて、それをこっそりとメモした。

 

 マミに続いて、今度はさやかが立ち上がり自己紹介を始める。

 

「あたしは美樹さやか。って、まあいつものあたしについては転校生とはクラスで話してるから知ってるよね。じゃあ、魔法少女のあたしについてだ。あたしは剣を使った近接攻撃が主体だよ。まどかもマミさんも遠距離だから、特攻とみんなの護衛ってとこかな。まあ、これからもよろしく!」

 

QB『さだこは面倒だから気をつけて。他のキャラと違って傷心度が異常に上がりやすいんだ。状態異常にもかかりやすいし、名前も覚えにくい。つかず離れず、絶妙の関係を維持するんだ』

 

ほむら『む、難しいよぉ……』

 

 最後にまどかが立ち上がり、微笑みとともに自己紹介をする。

 

「えーと、鹿目まどかです。あはは、なんか改めて言うとはずかしいね。魔法少女の私はまだ半人前でちょっと頼りないかも知れないけど、一緒に頑張ろうね」

 

QB『まどかは最初から好感度は高くて、その後の面倒もない。かなり付き合い易いタイプだ。ただ、それは逆に言えば誰に対しても友好的ということでもある。こういったタイプは一定上の友好度から先に進むのが困難なんだ。好感度を急上昇させるイベントは逃さないように』

 

ほむら『が、頑張る……』

 

 三人の自己紹介を終えたところで、マミは申し訳なさそうに付け加える。

 

「本当はもう一人来るはずだったんだけど……」

 

「それ、まさか杏子のことですか?」

 

「杏子さん……?」

 

 マミがもう一人と言った途端にさやかはひどく険悪な表情になる。普段と違った一面にほむらは僅かに身を震わせた。

 

「佐倉杏子さんといってね、魔法少女のベテランよ。ただ、ちょっと問題があって……」

 

「あいつは魔法少女だけど、仲間なんかじゃない。自分の為に魔女を狩ってるような奴なんだから!」

 

「さ、さやかちゃん、落ち着いて」

 

 声を荒げるさやかに、まどかはすぐにフォローに入った。さやかと杏子の間に何があったのか分からないが、仲は悪いというのは見て取れた。

 

 どうすればいいか分からずにおろおろとしているほむらにQBが付け加える。

 

「杏子は槍を武器にした近接タイプの魔法少女だ。実力はマミと互角かそれ以上ってとこかな。感情に流されないで物事を判断できる分、比較的付き合い易いタイプだよ。ただ初期段階の好感度は低いから、それなりの実力を見せておかないと潰されるかもね」

 

「いったい、どういう人?!」

 

「君に比べればマシな方なんだけど……。こればかりは記憶をなくしている君に言っても仕方ないか。それより彼女たちに会って何か思い出せたかい?」

 

「そういえば、暁美さんって魔法少女としての記憶がないんだよね? 私たちと会って、何か思い出せたかな?」

 

 さやかを落ち着けるのはマミに任せ、まどかが話に割って入ってきた。

 

 QBはほむらの記憶の一部がないことを、まどか達には魔法少女の記憶がないと説明したようだ。未来の記憶がないとか言うより、そのほうが信じてもらいやすいのと説明が楽だったのだろう。支障のでるほど間違ってもいないのでほむらも特に修正しなかった。

 

「ごめんなさい、今のところ、何も思い出せた感じはしないかな」

 

「そっか……」

 

 出会えば何か変わると期待していたが、実際には何一つ変わりはしなかった。誰とも初めて会ったとしか思えなかったのだ。ほむらは落ち込みを隠せずに俯いてしまう。

 

「なんでもいいんだ。マミの胸にハァハァしたり、まどかにムラムラしたり、さだこにトラウマを感じたり…… そういうのは何かないのかい?」

 

「それはQBでしょう! ないからね、そんなの感じないから! むしろ、そんなの感じたらおかしいでしょう?」

 

「……そうか。残念だよ、本当にまだ思い出せていないんだね」

 

「なんか記憶なくす前の私が変な人みたいに言わないでよ!」

 

「でもほら、もしかしたら!」

 

「鹿目さんまで?!」

 

 なぜか、まどかは期待に満ちた目でぐっと両拳を胸元に構え、意気込んでみせるのだった。悪気はないのは目を見ればわかる。だが、期待する方向は明らかに間違っていた。

 

「彼女と共に魔女と戦っていれば、きっと記憶も取り戻せるんじゃないかな。ま、後は君たち人類の問題だ。その頃には僕のムラムラも、おおむね解消できるだろうからね」

 

「鹿目さんたちと一緒に……」

 

 マミ、さやか、まどか、杏子……。QBの説明を聞く限り、癖のある人ばかりで不安ばかりがのしかかる。

 

「こんな環境で本当に私、やっていけるのかな……」

 

「あはは……。大変だと思うけど」

 

 まどかはすっとほむらの手を両手で優しく包むこむ。そして、不安をかき消してくれる満面の笑みでほむらをみつめた。

 

「これから一緒に頑張ろうね」

 

「う、うん……」

 

 その優しさに不安はかき消され、ほむらは恥ずかしさとは別の意味で紅潮した顔で小さく頷くのだった。

 

 

 ・巴マミ   友好度10上昇

 ・美樹さやか 友好度10上昇

 ・鹿目まどか 友好度15上昇

 ・QB    友好度10上昇

――Event.2 『彼女にとってはいつものこと』

 

・放課後 教室

 

 午後の授業も全て終わり、教室の中はとても活気づいていた。さっさと帰るものや友人と談笑するもの、部活の準備を始めるものなど様々だ。その中で暁美ほむらはそそくさと帰り支度をしていた。

 

 そこへ時間を見計らってQBが訪れる。

 

「授業は終わったみたいだね。それじゃあ探しに行こうか」

 

「えぇ。魔女探しね」

 

 やる気をもって頷くほむらにQBはため息と共に首を振る。

 

「何を言ってるんだい? ギャルゲーの主人公が放課後に魔女なんか探すのかい? 違うだろう? 探すものと言ったら攻略対象の女の子に決まってるじゃないか」

 

「あ、そっか、そうだよね。魔女なんか探してないで攻略相手を探さなきゃ…… って、それは魔法少女の役目じゃないから! そもそも、ぎゃるげー?の主人公って何のこと?」

 

「君たちはいつもそうだね。ギャルゲーの話をすると、決まってエロゲーと同じ反応をする。わけがわからないよ。どうして君達はそんなに、年齢制限にこだわるんだい?」

 

「えろげー? 年齢制限? それはよくわからないけど、そもそも鹿目さん達はまだ教室にいるから探す必要ないんじゃないかな?」

 

「さすがだよ、暁美ほむら。ギャルゲーの主人公らしく、攻略対象がどこにいるか感じ取れるんだね。そういえば、記憶を失う前の君はまどかがどこにいても必ず探し当てていたね。そうか、あのときから既に能力は開花してたのか。これは興味深い」

 

「だから、何を言ってるかわからないんだけど」

 

「記憶を失っている君には難しかったかな。いずれ、全て思い出すさ。そんなことより、仲良くなりたい子を早く誘うんだ」

 

「ふぇ? え…… えっと、それも…… あ、あの目的のため?」

 

 ほむらは顔を真っ赤にしてごにょごにょと口ごもってしまう。

 

「なにを恥ずかしがっているんだ。いきなりあんなことやこんなことをしようってわけじゃないんだ。ものには順番ってものがあるだろう?」

 

「その言い方だと最終的にどこまでやることになるのか、凄い不安になったんだけど!」

 

「どこまでいくかは君次第だよ。まあ、バイアグラとマムシドリンクとすっぽん鍋、あとクロロフォルムはすぐに準備できるから安心してよ」

 

「安心できない! 特に最後の!」

 

「まあ、どこまでいくかは君次第だ。僕としてはこの時間律の歪みを正す程度の力さえ受けてもらえればいいんだからね。だから媚薬は最終手段だよ」

 

「黒い! 黒いよ、QB! それにそんなことしなくても私は…… い、一緒に帰るくらい…… できる……よ?」

 

 一緒に帰ろう。そう切り出すだけでいいのに、ほむらは自信なさ気に俯いてしまう。出会って日が浅いから、断られるかもしれないという不安があるのだ。

 

「なんだっていいさ。まどか、さだこ、マミの誰かと帰って好感度を上げるんだ。好感度が低いと『一緒に帰って変な噂されたくないから』とか言われるかも知れないけど我慢だ」

 

「えー?!」

 

 QBによってほむらの中でイベントの難易度が上げられた……気がした。

 

 しかし、いつまでもぐだぐだとQBと話していても仕方ないと、ほむらはちらちらとまどかの姿を確認する。まどかはまだ友人たちと談笑していた。

 

「さだこは先に帰るみたいだね。もう一人もそうみたいだ。よし、二人が離れた今がチャンスだ」

 

「う、うん!」

 

 まどかが一人になったところでほむらは特攻をかけた。

 

「か、かかか、鹿目さん!」

 

「暁美さん、どうしたの?」

 

 ほむらはまどかの席の前に立つと、思い切り目を瞑って話を切り出す。

 

「え、えと…… その一緒に…… か、帰らない?」

 

 意を決したほむらの誘い。だが、まどかはとても申し訳なさそうな表情をみせる。それだけで結果は分かってしまった。

 

「あ…… その、ごめんね。今日、委員会の集まりがあってね。また、今度でいいかな?」

 

「あ、うん…… そうなんだ。それじゃあ、仕方ないよね」

 

「本当にごめんね。それじゃあ、もう行かなくちゃ!」

 

 そう言うと、まどかは駆け足で教室を出ていってしまう。残されたほむらは、淋しげな笑みを浮かべながら自分の席に戻る。

 

「仕方ないよね。忙しいんじゃ、仕方ないよ。それじゃあ、時間も空いたし、頑張って魔女を探さないとね……」

 

「暁美ほむら、君は……」

 

「べ、別に断られたからって気にしてないよ? ほ、ほら、早く行こうよ」

 

「いや、そうじゃなくて。傘は持ってるのかい?」

 

「え?」

 

 なぜ傘なのか。それは外を見れば一目瞭然だった。いつの間にか、空は黒く曇り大粒の雨が降っていたのだ。

 

「……ついてないなぁ」

 

 ほむら消え入りそうな声でぽつりと呟く。昇降口へ向かうが傘など持ってきていないほむらは、ただぼーっと立ち尽くすのみだ。

 

「この本、前に読んだなぁ……」

 

 近くのベンチにはここの生徒だろうか。赤いアフロに黄色いツナギを着た道化師が本を読んで雨が止むのを待っていた。傘を持っている生徒は帰ってゆき、それ以外の生徒は濡れて帰るか、一つの傘に二人で入ったりしながら帰っているようだ。

 

「一回くらい断られたくらいでショックを受け過ぎじゃないかい?」

 

「そ、そんなんじゃないもん。ただ、なんか…… 凄い寂しかったんだ……。なんだろう、まるでずっと昔からの友達に忘れられたみたいな。変だよね、この前、会ったばかりなのに」

 

「……記憶の影響か。好感度だけはそのまま残ったのかもね」

 

「え?」

 

「なんでもないよ。それより他の子と帰ったらどうだい? さだこはともかく、マミなら傘くらい持ってきてると思うよ」

 

「もちろんよ」

 

「え? 巴さん? いつからそこに……」

 

 昇降口で佇むほむらの側に、いつの間にか自信満々に微笑むマミの姿があった。

 

「もう、やだなぁ。ほむほむが困ってるみたいだから慌てて来たんだぞ?」

 

「ほ、ほむほむ? しかも、なんか口調がやけに甘くなってませんか?」

 

「やったね、ほむほむ! マミの好感度が上がったんだよ」

 

「QBまでほむほむ呼ばわり?」

 

「苗字のさん付けから愛称といえば…… あ、なんだ。マミの場合は次の段階に上がっただけか」

 

「次の段階に上がっただけで、さん付けから愛称なの? そもそも愛称がほむほむってどうなの!」

 

「魔法少女になったときの名前入力で一緒に愛称入力しなかったのかい? 愛称入力しないと勝手に決められるんだよ」

 

「あ、そうだったんだ……って、名前入力って何のこと?! さも当然みたいに言ってるけど、そんなものなかったからね」

 

 QBに振り回されて疲れるほむらであったが、マミがそんな空気を読めるはずもない。距離感も計らず、にこやかな笑みで近寄る。

 

「ほむほむは傘持ってきてないのかしら?」

 

「あ、はい……。えと、携帯電話で天気予報見た限りだと一時間もあれば止むみたいなので」

 

「僕としては雨に濡れて下着が透けるのを期待したいところだけどね」

 

「ダメよ、ほむほむ。女の子が体を冷やすのはよくないわ。大丈夫、傘なら私が持ってるから一緒に帰りましょう。ふふっ、相合傘になっちゃうけど、いいかしら?」

 

 マミはからかうような笑みを浮かべ、黄色の可愛らしい傘を差し出す。あまり大きな傘でないため、ぴったりと寄り添わないと濡れてしまうだろう。

 

「これはマミの下校イベントじゃないか。チャンスだよ、ほむほむ。個別イベントは一気に好感度を上げられるんだ」

 

「そ、そうなんだ? ……でも」

 

 ほむらはマミの手の小さな傘を見て、申し訳なさそうに俯いてしまう。

 

「ほむらは別にマミは胸の大きさ以外は嫌いではない。むしろ胸を含めて憧れの先輩だと思っていた。だが、それだけなのだ。そう、マミとあんなことやこんなことをする仲になりたいとまでは思えず、それで躊躇してしまうのだった」

 

「そうじゃなくて! 変なナレーションやめて!」

 

「あれ、違ったのかい? 大体、合ってると思ったんだけど」

 

「前半はともかく、後半は危ないから自重して。お願いだから」

 

「やれやれ、面倒だね。それでほむほむはマミと一緒に帰るのかい?」

 

「……あの、ごめんなさい。私のせいでマミさんまで濡れたら、申し訳ないから」

 

 ほむらは思い切り頭を下げる。申し訳ないという気持ちは確かにあったけれど、それ以上にまどか以外と帰る気になれなかった。自らの半分の嘘にほむらは涙をにじませる。

 

「僕は濡れ場は大歓迎だけどね」

 

「もう、ほむほむったら。そんなこと気にしないでいいの」

 

 今にも泣き出しそうなほむらに対して、マミは柔らかな口調でたしなめる。なんだかんだ言っても先輩といったところか。それはとても包容力に溢れ、全てを見通しているような気がして、ほむらの背負う罪悪感はそっと拭ってくれるようだった。

 

「あ、ありがとう、マミさん。それとせっかく誘ってもらったのに……」

 

「あれ、ほむ…… 暁美さん?」

 

「え、鹿目さん?」

 

 不意に声をかけられ振り向けば、そこにはカバンと傘を手にしたまどかの姿があった。委員会の仕事が終わったのだろう、皆に遅れての下校のようだ。

 

「委員会はもういいのかい?」

 

「うん。さっき終わって、これから帰るところだよ。それで…… 暁美さんはどうしたの?」

 

「えと、その……」

 

 一緒に帰るのを断られたことをまだ引きずってるのか、ほむらはしどろもどろになる。これは説明に時間がかかりそうだと、QBはため息混じりに話を続ける。

 

「ほむらは傘がなくて帰れないんだよ」

 

「ふうん。それじゃあ、一緒に帰ろうよ。えへへ、さっき誘ってもらったんだからいいよね?」

 

「え? い、いいの?」

 

 まどかと一緒に帰れることに予期せぬ喜びを感じるほむらであったが、それはすぐに消沈してしまう。まどかが笑顔で差し出したピンクの傘は、マミと同じく二人一緒に入れば濡れてしまうほどの大きさしかなかったのだ。

 

「あ…… だ、だめだよ! それじゃあまどかまで濡れちゃうよ」

 

「大丈夫! 私ちっちゃいから、くっついてればそんなに濡れないよ」

 

「で、でも……」

 

「いいから、いいから。ほら、ほむらちゃん」

 

 まどかは照れ笑いを浮かべながら、強引にほむらの腕をとり自分に引き寄せる。ぴったりとくっつかれ、ほむらは真っ赤になってしまう。くっついたまどかの胸の鼓動はドキドキと早鐘を鳴らすようで、ほむらの鼓動とどちらが早いか分からないほどだ。

 

 まどかは余裕のある振りを見せているが、どうやら内心はそうでもないようだ。さすがにほむらもそんな内心を知れば、大人しく従うしかできないようだ。

 

「じゃ、じゃあ、一緒に帰ろ、まどか」

 

「うん! えへへ、ほむらちゃんと相合傘だね」

 

「も、もう……」

 

 ほむらは困ったような、嬉しいような、そんな笑顔を浮かべる。まどかは素直な笑みを浮かべ、二人寄り添って帰ってゆくのだった。

 

 残されたマミとQBはそんな二人を暖かく見送った。

 

「あれ? 鹿目さん、私のこと見えてなかったのかな? 思い切りスルーされたみたいなんだけど……」

 

「まどかのあの目はほむほむしか目に入ってなかったね。それより、気づいたかい、マミ」

 

「なにかしら?」

 

「二人とも意識してなかったみたいだけど、ほむほむはまどかと呼んで、まどかはほむらちゃんと呼んでたんだ。どうやらまどかの好感度の上昇と共に少し記憶を取り戻したみたいだね」

 

 

 ・鹿目まどか 友好度20上昇

 ・巴マミ   友好度10上昇

 ・QB    友好度10上昇

――Event.3 『難しいお年頃』

 

・夜 自室

 

 ほむらとQBは自室で作戦会議を開いていた。作戦といっても対魔女ではなく、対魔法少女の攻略であるが。

 

 そんな中でQBはいつになく深刻な声でそれを切り出した。

 

「まずいね。さだこを放置しすぎて、悪い噂を流しているよ」

 

「なんでこんなことに……。こうなったら、いっそ、この手で!」

 

 ほむらは爆弾を片手に決意を固める。が、そういうわけにもいかないようで、すぐにQBがその手を抑える。

 

「気持ちは分かるけど、そういうわけにはいかないだろう。攻略対象を抹殺するギャルゲーの主人公がどこにいるんだい? せいぜい謀殺までだよ、許されるのは。それにさだこについては大丈夫。まどかに話をつけておいたから」

 

「なんでまどかに話をつけるの。美樹さんじゃないの?」

 

「さだこは傷心度が上がりやすい面倒な子だからね。君が直接、手を出すより、まどかに仲介を頼むほうがいいんだよ」

 

「それじゃあ、私は具体的に何をすればいいの?」

 

「次の日曜にまどか、さだこと遊園地へ行くんだ。複数人で一緒に遊べば、君への不満は分散され、かつ好感度は上がりやすい。どう、いい作戦でしょ?」

 

「ま、まどかと遊園地……。ど、どうしよう、可愛い服がないよ!」

 

 ほむらはQBの話と爆弾を放り出すと、慌てて洋服ダンスを漁り始める。入院生活が長かったこともあり、流行の服なんてものはなく、出てくるのは地味めなものばかりが目立つ。

 

「えーと、ワンピースと帽子……はちょっと違うかな。遊園地なんだから、もっとアクティブな感じで。まどかは魔法少女の服からして可愛い系でくるだろうから、私は落ち着いた感じのほうがいいかな?」

 

「僕に質問されても困るよ。それにさだこも一緒だってことを忘れてないかい?」

 

「美樹さん? ……私とまどかの幸せを邪魔するなら、いっそ、この手で!」

 

「だからダメだって。本来の目的を忘れないでよ。まったく、こんなんで本当に大丈夫なのかい?」

 

 あれやこれやと洋服を品定めするほむらを見て、ため息をつかずにはいられないQBであった。

 

 

・日曜朝 遊園地

 

「ほーむーらーちゃーん!」

 

「お、おはよう、まどか」

 

 遊園地の入り口で、まどかはぶんぶんと腕全体振っていた。魔法少女の服装ほど甘々ではないが、爽やかな可愛らしさの服装だ。満面の笑みのまどかにはとてもよく似合っていた。

 

 ほむらはまどかの笑顔につられて、自然に頬がほころぶを感じた。空を見れば快晴で、誰もが清々しい気持ちになれる。そんな気がした。

 

「……おはよう、転校生」

 

 が、そんなことはなかったようだ。

 

 ほむらの隣に佇む暗く沈んださやかを見れば、誰でもそう思うだろう。服装は露出度こそ多いけれど、活発なイメージのものでまどかとは違う爽やかさのものだ。だが、その鬱屈とした表情と周囲に渦巻く暗い気配はそれらを全て台無しにしていた。

 

「お、おはよう、美樹さん……」

 

「おはよう、まどか、さだこ」

 

「さだこじゃない、さやかだって言ってるでしょう。まあ、あたしなんかの名前なんて覚えられなくても仕方ないか。あんたってそういう奴だもんね。あはは……」

 

「さ、さやかちゃん、落ち着いて……」

 

 明らかにさやかの様子はおかしかった。それはまどか目当てだったほむらですら、注目せざるを得ないほどだ。空気が悪くなるのを感じたまどかはぱたぱたと手を手を振って、慌ててフォローに入る。

 

「あ、あのね。今日はさだこちゃ…… じゃなかった、さやかちゃんの友達も一緒なんだよ」

 

「そ、そうなんだ。そ、それでその子は?」

 

「……恭介? あいつなら、ほら、あのベンチにいるよ」

 

 さやかは嘲笑混じりのため息をついて、遊園地の入り口に取り付けられたベンチを指差す。そこには自分たちと同年代の少年が一人、ひどく項垂れて座っていた。

 

「え、えーと……」

 

 まさかと思い、慌てて近くのベンチを見渡すも、ベンチの座っているのは項垂れた少年と、携帯電話で電話をしている赤いアフロの道化師だけだ。むしろ他の人は明らかにベンチを避けていた。気持ちは分かる。

 

「あの人? なんだか落ち込んでるみたいだけど……」

 

「恭介は状態異常『鬱病』にかかってるみたいだね。高いところに登ったら衝動的に飛び降りるかも知れないから気をつけて」

 

「なんで、そんな人をつれてくるの?!」

 

「仕方ないよ。さだこは今、状態異常『被害妄想』に陥っているんだ」

 

「美樹さんも変なのにかかってるのね……」

 

「『被害妄想』はさだこのみがかかる九十九の状態異常の一つで、発生条件は傷心度が高い状態が続いて、私生活でなにかあったときだ」

 

「私生活ってところがなんだか腑に落ちないけど。あの二人は今日一日、遊べば治るの?」

 

「まさか。一緒に遊んで治るのは傷心度だけだよ。さだこの状態異常を直すなら、グリーフシードを上げて好感度を上げるのが手っ取り早いかな。でも、今のさだ……」

 

「わ、わかったわ」

 

 QBの話も半端に聞き流し、ほむらはグリーフシードを一つ、さやかへと差し出した。これ以上、鬱屈とした空気は耐え難いからだ。

 

「み、美樹さん! よ、よかったら、これ……」

 

「いらないよ、そんなの」

 

「ふぇ?」

 

「さ、さやかちゃん?」

 

 しかし、さやかは一瞥しただけでそれを受け取ろうとはしなかった。それどころか、とても冷たい目でじっとほむらを見据える。その威圧感にほむらは堪らず、一歩、後ろへ下がってしまう。

 

「あんたの施しなんていらないよ。あんた、何もかも諦めた目をしてる。いつも空っぽな言葉を喋ってる。今だってそう。あたしにとか言いながら、本当は全然、別な事を考えてるんでしょ? ごまかし切れるもんじゃないよ、そういうの」

 

「な、なんか話が違うんだけど……」

 

 いわれなのない非難を容赦なく浴びせかけられ、涙目となったほむらはQBに尋ねる。

 

「話はちゃんと最後まで聞かなきゃダメだよ。状態異常『被害妄想』に陥るとなんだかんだで面倒くさい…… じゃなかった。なんだかんだ言ってグリーフシードを受け取らないんだよ。イベントが進んでいれば、まだ可能性もあるんだけど、今の状態だと無理かな」

 

「……ならいっそ、この手で!」

 

「だからダメだって。グリーフシードは後で杏子から渡して貰おう。杏子ならさだこに何を言われても耐えられるからね」

 

「わ、わかったわ。……ところでグリーフシードに見せかけた爆弾っていいと思わない?」

 

「だからダメだってば!」

 

 どうにも目が殺る気から戻ってきてないようだ。やむなくQBはほむらに飛び蹴りを食らわした。

 

「はぅっ!」

 

「目は覚めたかい?」

 

「ご、ごめんなさい。つい出来心で……」

 

 大胆な発言をした割に、QBに叱られただけで小動物のように丸くなってしまうほむらであった。順調に記憶を取り戻してきているようだが、まだ記憶と精神は安定していないようだ。

 

「いいかい、暁美ほむら。これから君には、この遊園地で好感度が特に上がりそうな三つのアトラクションに挑んでもらう」

 

「三つのアトラクションね。分かったわ。それを全部、まどかと一緒にこなして楽しい思い出にしてくる! えい、えい、おー!」

 

 ほむらはいつになくやる気を見せ、小さく拳をふり上げる。

 

「息巻いているところ悪いけど違うよ。それぞれ、まどか、さだこ、恭介とペアになってこなすんだ。そうしないとさだこの傷心度は回復しないからね」

 

「えー……」

 

「露骨に嫌がらないでよ。いいかい、大事な三つのアトラクションは、『超ド級急転直下型ジェットコースター<JINSEI>』、『虚飾のライトアップに溺れる大観覧車<穢れを知らなかったあの頃……>』、『最恐最悪のお化け屋敷<10 Year's a go...>』だよ」

 

「どれも嫌な名前なんだけど。とても好感度が上がりそうにないものばかりなんだけど」

 

「名前なんてなんだっていいじゃないか。大事なのは誰とどれに挑戦するかだよ。それは君に任せるよ。上手く行けば、好感度大幅アップや状態異常の回復も望めるんだから頑張ってもらわないと」

 

「う、うん」

 

 あまり納得できないが、そうも言ってられないだろう。ほむらはまどか、さやか、恭介をそれぞれ見て、誰がどれに向いているかを思案する。

 

「それじゃあ…… こうしようかな」

 

 

・ジェットコースター

 

「ジェットコースターっていうのは高速で駆け抜ける乗り物に拘束されて、否応なく決められた道を走らされるんだったね。そんなののどこが面白いんだい?」

 

 ほむらとともに安全装置に抑えつけられたQBは、つまらなそうに尋ねる。ほむらはメガネに手をかけて苦笑いを浮かべるだけだ。代わりにさやかはQBへ目をむけることもなく、嘲笑と共に答える。

 

「本当、何が面白いんだろうね。私の人生みたいで嫌になるわ……」

 

「大丈夫よ、これはあなたの人生なんかじゃないわ」

 

 メガを外したほむらは先ほどとは打って変わって冷徹に言い捨てる。

 

「気休めはよしてよ……」

 

 全員の安全装置がきちんと作動していることを確認して、道化師は発射の合図を出す。

 

「逝ってみよう!」

 

 ガタンッ! と、ゆっくりと動き出すジェットコースター。ほむらはあらゆる言葉を偽りとしかとらえようとしないさやかを見据える。言葉では通じなくとも、目では訴えかけるものはあったのだろう。さやかはその視線を外すことも出来ずにたじろぐ。

 

「て、転校生……」

 

「気休めなんかじゃないわ」

 

「……え?」

 

 無言で見つめ続けるほむらとさやか。ジェットコースターはやがて、頂上へと達し……

 

「ジェットコースターは必ず最後は穏やかな終着が待ってるじゃない。でも、あなたの人生にはそんなものなんてないじゃない」

 

 一気に急降下した。

 

「ちょっ、それ、何気にひどい!」

 

「メガネを外すと記憶でも戻るのかい? それともそのメガネは精神を安定させる何かがあるのかい? 僕としてはとても興味深いよ」

 

 ジェットコースターは瞬く間に悲鳴と怒号にが溢れかえる。

 

 ・美樹さやか 友好度10上昇

 ・QB    友好度15上昇

 

 

・お化け屋敷

 

 ほむら達は廃墟を目指し薄闇の小道を歩いていた。とても恐ろしい雰囲気に満ちた場所で、今にも何かがでてきそうな雰囲気がした。恐怖におののくほむらはQBを抱きしめ、きょろきょろと周囲を見渡しながら歩く。

 

「ここは田舎の廃病院をモチーフにしたお化け屋敷だよ。本物が混じっているとかいないとか」

 

「ほ、本物って……。や、やだなぁ、いつも魔女と戦ってる私たちがそんなもの怖がるわけないよ?」

 

 強がってはいるが、ほむらの顔は真っ青だ。そして、QBも目一杯の力で抱きしめられて真っ青になっていた。

 

「こ、これがマミだったらクッションがあったのに…… げふっ!」

 

「……暁美さん、ここが恐いの?」

 

 暗闇の恐怖を欝な空気で更に盛り上げていた恭介が、無感情に尋ねる。

 

「そ、そんなことないですよー? 普段、もっと恐いものみてますから」

 

 平然とした素振りで手を振るほむらであった。だが、顔面蒼白でガタガタ震えていてはそれも説得力はない。

 

「あ、あそこで何か白いのが動いてる……」

 

「え?」

 

 恭介が指さした方を見れば、白い何かがくねくねと人ではありえない動きをしていた。

 

くねくね「クネクネー(゚∀゚)」

 

「きゃーっ!」

 

「あ、向こうには動く人体模型が……」

 

 恭介が指さした方には息を荒らげた人体模型が薄気味の悪い笑いを浮かべていた。

 

「ハァ、ハァ…… ほら、もっとみてくれよ。へへっ、この尿管と尿道のあたりをもっとじっと見ろよぉ!」

 

「んー、これもいいなぁ。こっちもいいなぁ」

 

 人体模型は自分のむき出しの体を見せびらかし悦に浸っている。道化師はそれを興奮した様子でしっかりと観察していた。

 

「いやぁーっ! 恐いというより、キモいー!」

 

「ははっ、こんなのが恐いっていうのかい?」

 

 恭介はそう言って自嘲じみた笑いをこぼす。だが、その顔はまるで笑っていない。むしろ、違う恐怖を湛えているようだった。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「……お化け屋敷? はっ、こんなのの何が怖いっていうのさ。本当に恐いっていうのはね……、本当に怖いのはね、さやかのことだよ!」

 

「……な、なにを?」

 

「わからないのかい? あぁ、そうだろうね。でもね、恐いんだよ! あれは退院した頃から? いや学校に行き始めた頃から? それとも僕に彼女が出来た頃から? いつからだったかもう分からないけど、とにかくさやかの目が恐いんだ!」

 

 恭介は見開いた瞳で暗闇の先を見据え、がくがくと震えていた。さやかの目を思い出して恐怖しているのだろう。

 

「さだこは状態異常に入っているからね。その影響で恭介まで状態異常になったわけか。やっと理由がわかったよ」

 

「……じゃ、じゃあ、治す方法とかは?」

 

「簡単なことさ。彼の愚痴を聞いてあげればいいんだ。さだこの状態異常はグリーフシードをあげれば落ち着くだろうからね」

 

「愚痴……」

 

 そう呟き、ほむらはそっと恭介へと目を向ける。さやかに怯えるその姿は、むしろお化け屋敷よりも恐ろしかった。

 

「こ、こんなの私の戦場じゃないのに……」

 

 ほむらは涙目になりながら、恭介の愚痴を聞き続けるのだった。

 

 

 ・上条恭介  状態異常回復

 ・QB    友好度5上昇

 

 

・観覧車

 

 空はもう夕焼けの赤から星の輝く夜空へと姿を変え始める頃、ほむらとまどかは観覧車を待つ列に並んでいた。こんなとき、ほむらなら嬉しくて、楽しくて、でも上手く話せなくて照れ笑いなんかを浮かべているような場面だ。

 

 しかし、現状はそんなに甘いものではなかった。

 

「ふわぁ……」

 

 遊び疲れた……というよりも、さやかと恭介の相手にしたための疲労が溜まってしまったのだろう。ほむらはまどかが隣にいるのにあくびばかりしていた。少しうつらうつらとして、足取りもおぼつかない。

 

「やはり観覧車は諦めて大人しく帰ったほうがいいんじゃないかい?」

 

「……絶対に…… あふぅ、観覧車、乗るんだから」

 

 目をこすりながら、必死に睡魔を堪える。そんなほむらの姿を見て、まどかは楽しそうに微笑みながら腕に抱きつく。

 

「えへへ」

 

「ま、まどか?!」

 

「こうしておけば、ほむらちゃんが寝ちゃっても大丈夫だよ。私が支えてあげるからね」

 

「う、うん」

 

 小さく頷くほむらであったが、既に眠気はどこかに飛んでしまったようだ。驚きで大きく目を開いていた。

 

 ほむらはもう観覧車なんかどうでもよくなってしまう。このまま、まどかと一緒にずっと並んでいるほうが二人きりで密室に入るよりも幸福に浸れるからだ。

 

 とはいえ、いつまでも並んでいられるわけもない。ほどなくして観覧車の順番がきたようだ。ほむらは残念な気持ちを笑顔で隠し、はしゃぐまどかに引かれて、ゴンドラの中へと乗り込んだ。二人が入ると待機していた道化師が手早く扉を締め、外から鍵をかける。

 

「ゴー、アクティーブ!」

 

 ゴンドラはゆっくりと上ってゆき、夕方から夜へと姿を変えた電飾の街を眼下に映し出す。それはまるで地上に星空が映ったかのようだった。

 

 夜の街は魔女と戦うために毎日のように出歩いていたが、そこに美しさなど感じたことはなかった。ほむらにとって、そこは戦場でしかなかったからだ。

 

 でも、今、こうして見入る景色はまるで暗闇に幾つもの宝石をばらまいたようで、心の奥底を震わせた。それはまどかも同じようだ。きらきらとした瞳で、愛おしそうに夜景をみつめていた。

 

「私たちが守ってきたのって、こんなにも綺麗なものだったんだね」

 

「うん……」

 

 どんなに辛い戦いを乗り越えようと、守ってきた世界から感謝などない。誰に知られることなく、誰も知らない魔女と戦ってきたのだから当然だ。だから世界を守るという言葉に誇りを持っても、実感などなかった。

 

 だけど、今はこうして守ってきた世界の美しさを目にすることが出来た。自分たちのしてきたことが、こんなにも美しい世界を守ることだったと信じることができた。

 

 ほむらの中でどこか満たされなかったものが埋まるような気がした。

 

 それはまどかも同じようだ。ずっと無言で夜景に浸り、そして火照った体をゆっくりとほむらへ預けてきた。

 

「ま、まどか?」

 

「…………」

 

 ほむらは突然のことに慌てふためく。だが、それもまどかの様子に気づいてすぐに収まった。

 

 まどかは目を閉じ、静かに寝息をたてていたのだ。どうやら疲れて睡魔と戦っていたのまどかも一緒だったようだ。

 

「も、もう。まどかぁ……」

 

 そこで一気に緊張が途切れたようで、ほむらは困ったような嬉しいような笑みをこぼした。まどかは寝入っているようで返事はない。

 

「どうやら寝入ったみたいだね。……よし、このまま押し倒そう」

 

「そうだね。それじゃあ早速…… ってなるわけないでしょうが! どさくさに紛れて何を言ってるの!」

 

「大丈夫、この観覧車の速度と円周とか計算した限り、まだ間に合うよ! いざとなったら、機関部に仕掛けておいた爆弾を遠隔操作で爆破させればいいさ。さあ、時間が勿体無い、急いで!」

 

「うん、わかった…… って、そういう問題じゃない!」

 

「んぅ…… ダメだよぉ、ほむらちゃん……」

 

 寝惚けたのか、まどかはほむらの体にしっかりと抱きつく。

 

「ふわぁ…… ま、まどか?!」

 

 これにはほむらも抵抗できなかったようだ。押し返す力も出せず、へなへなとまどかに押し倒されてしまう。

 

「まさか、まどかが押し倒すとは。これは美味しい展開だ」

 

「そうじゃないから! 単にまどかが寝ぼけてるだけだから!」

 

「じゃあ、どかしたほうがいいのかい?」

 

「うっ……」

 

 ほむらは頬を紅潮させ、わずかに思案する。もっとも数秒とかからずに結論はでたようだ。ほむらはQBと目をそらすと、ぽつりと呟く。

 

「も、もうちょっとだけ、このままで……」

 

「そうかい。それはよかったね、まどか」

 

「……うん」

 

 QBの呟きに答えたのは、ほむらではない。ほむらの胸元に顔をうずめて、眠っているはずのまどかであった。

 

「え? ま、まどか?」

 

「眠りが浅かったんだね。君が騒ぐから起きてしまったんだよ」

 

 まどかが起きていた。それはつまりQBと自分の会話も全て聞かれていたというわけである。いや、むしろどこから起きていたのか気になるところだ。

 

 どちらにしても、ほむらの紅潮した頬は一気に茹でダコのように真っ赤に変わる。

 

「ま、まどか……。い、いつか起きてたの?」

 

「むにゃ…… オキテナイヨー。マダ、ネテルヨー?」

 

 目を瞑ってごにょごにょ言っても、既に説得力など欠片もない。ほむらは恥ずかしさに目に涙をためて呻く。

 

「はうぅ…… まどかに恥ずかしいところ見られたぁ……」

 

「いいじゃないか、別に。つい押し倒そうとすることなんて恥ずかしがることないじゃないか。むしろ躊躇ったことが恥ずかしいんじゃないのかい?」

 

「押し倒そうとしてない!」

 

「もう、ほむらちゃんってば…… こんなところでなんて…… 大胆なんだから」

 

 まどかは恥ずかしそうに目をそらし、頬を染めてそんなことをいう。普段の制服姿と違う可愛らしい私服で、恥じらいを見せつけたのだ。その可愛さは危うくほむらの心をどこか遠くへ飛ばしてしまうほどの破壊力を持っていた。

 

「はっ……! だ、だから、ちーがーうーのー!」

 

「ふふっ!」

 

 慌てふためくほむらをまどかはいたずらっ子のような眼差しで見つめ、くすくすと笑っていた。

 

「ま、まどか?」

 

「ふふっ、ごめんね。だって、ほむらちゃんが可愛いんだもん。ほむらちゃんが押し倒してくれないなら、私が押し倒しちゃうよ?」

 

「ば、ばか……」

 

 不意にガチャッという音と共に扉が開く。どうやら、もう一周してしまったようだ。

 

「あっ……」

 

「うっ……」

 

 扉を開けた道化師は中の様子を見て、唖然として動きを止める。まあ、そうだろう。まさか、観覧車の中で女の子が女の子を押し倒しているなんて思いもしなかったろう。

 

 せめてもの幸運は道化師が壁になって、中の様子は外に見えてないことだけだ。

 

「んー……」

 

 道化師はまるで巻き戻しのような動作で扉を閉める。ゴンドラはそのまま、再び上ってゆくのだった。

 

「って、スルーしないで!」

 

「よし、第二ラウンドだ! 今回は時間はたくさんあるよ。思う存分、楽しむといいよ」

 

「ちーがーうー!」

 

「あはは」

 

 夜空にほむらの叫びとまどかの笑い声が響き渡るのだった。

 

 

 ・鹿目まどか 友好度30上昇

 ・QB    友好度10上昇

閑話休題

 

「かなりのイベントをクリアしたし。えと、ほら…… その、もう、そろそろまどかとの仲も充分じゃ…… ないかな?」

 

「うん、それは問題ないけど」

 

「けど?」

 

「マミ達の好感度まで一緒に上がってるんだ。気をつけないと修羅場イベントが発生してしまうよ」

 

「なに、このクソゲー……」

 

「さあ、気をとりなおして後半戦の開始だ!」

――Event.4 『残りは彼女が美味しく頂きました』

 

・調理実習

 

 授業中といえど、実習のときは割と誰でも楽しさを抑えきれずにざわめくものである。ほむらとまどかもそうだ。調理実習台を囲み、談笑しながらボウルに材料を入れて生地を作っていた。

 

「あ、あれ……? 思ったより上手く混ざらないんだね」

 

 ほむらはボウルを抱え、不器用にこねくりまわす。ぎこちない手際に粉は上手く混ざろうとせず、むしろ飛び散り気味だ。

 

「ほ、ほむらちゃん、気をつけて。粉が全部、ボウルの外に出ちゃうよ!」

 

「小麦粉を足したほうがよろしいでしょうか? それとも卵とバターを追加して混ざりやすくします?」

 

 まどかはしどろもどろと慌てて、仁美は小麦粉と卵を手に解決策を考慮する。もっともどちらも根本的な解決に結びつくこともない。おかげで小麦粉は飛び散り、ほむらはメガネまで真っ白になっていた。目はすでに涙目になっているが、粉メガネで隠れているおかげでせめてものプライドは保たれていた。

 

「火薬を混ぜるのは得意なのに粉を混ぜるのは苦手なのかい? ……正直、いつも調合しているところを近くで見ていた身としては逆じゃなくて良かったと本気で思うよ」

 

「ふぇ~ん、だってぇ……」

 

「ったく。見てらんねぇっつうの」

 

 嘆くほむらの手から、杏子は強引にボウルを奪い取ってしまう。

 

「え? あ、ちょっ!」

 

「いいからもうすっこんでなよ。手本を見せてやるからさ」

 

 杏子はそう言うとほむらに背を向けてボウルの中身を綺麗にかき混ぜる。こちらは見事に混ざっていった。手際もよくて、ほむら達も思わず見入ってしまうほどだ。

 

「杏子ちゃん、とっても上手なんだね」

 

「このくらい出来て当然だっての。あいつは無駄な力入りすぎてるから粉が散らばるんだよ」

 

「そ、そうだったんだ…… って、そうじゃなくて!」

 

 ほむらはぶんぶんと顔を左右に振る。そのたびに髪についた粉が飛び散った。杏子はそれを気だるそうに横目で見ながら、ボウルをまどかへと押し付ける。

 

「え?」

 

押し付けられたまどかはきょとんとした表情で杏子に目を向ける。杏子は面倒くさそうに冷蔵庫へ指を向ける。

 

「こいつを冷蔵庫で三十分、寝かせるんだろ。さっさとしな」

 

「う、うん」

 

「えと、だから、そうじゃなくて! なんであなたがここにいるの?」

 

「あら、暁美さんのお知り合いの方ですか? 失礼ですが、私達のクラスにも、合同のクラスにも居られない方と思われましたが……」

 

 にこやかな上品な笑顔を湛えた仁美である。彼女は笑顔を崩さず尋ねる。杏子は平常を装い腕を組んでみせるが、その目は泳いでいた。

 

「……参ったな。まさか、こんなすぐにバレるとは思ってなかったんだけどな」

 

「なんでバレないと思ってるの?」

 

「まだまだ甘いね。マミなんて自分の教室ですら、その存在に気づいてもらえないというのに」

 

「そ、それはそれでどうなの?」

 

 杏子はやむなしといった様子でほむらへと耳打ちする。

 

「あんたらのとこが調理実習っていうからさ、ちょっと食べ物分けてもらいにきたんだよ。悪いけど、ここは適当に説明しておいてくれない?」

 

「別にいいけど。でもなんて説明すればいいのやら」

 

「じゃあ説明の代わりにクロロフォルムで眠っていてもらおうか。目が覚める頃には全て終わってるはずだよ」

 

「説明はまどかに任せるとして、私はこっちの生ゴミを処分するわね」

 

「あれー?」

 

 ほむらはQBの長い耳を掴み、躊躇いなくゴミ捨て場へと直行した。

 

 戻ってきたときには、まどかが適当に言いくるめてくれたようだ。杏子はエプロンをつけてグループの一員として馴染んでいた。なぜか、ゴミ捨て場に捨てたはずのQBも既に戻って馴染んでいた。

 

「遅かったね、ほむら」

 

「この白いゴキブリは……」

 

 見えない火花を散らすほむらとQBを横目に、杏子は実習室の冷蔵庫にあったリンゴに齧りつき、周囲を見渡す。

 

「そういや、さやかの奴をみかけないけど。今日はいないのか?」

 

「さやかちゃんなら今日は休みだよ」

 

「スイーツは今、状態異常『仮病』にかかってるからね。今は治療のためにベッドの中で新作ゲームを遊び倒している頃じゃないかな」

 

「それ、本当にただの仮病だよ。治療じゃなくて、単に遊びたくてサボっただけでしょ」

 

「せっかく来てやったってのに。あいつがいないんじゃ、いまいち張り合いねぇな」

 

 杏子は本当につまらなそうにあくびをかく。会えば喧嘩するような間柄のわりに、いないならいないで物足りないのだろう。さやか抹殺を企んでいたこともあるほむらには、今ひとつ分からなかったが……。

 

 調理台に突っ伏す杏子を見ていたQBは、さりげなくほむらへと近づき耳打ちする。

 

「ほむら、これはチャンスだよ」

 

「チャンスって?」

 

「杏子は今、スイーツへの好感度が高い状態だ。だが、今はスイーツがいない。つまり、杏子を寝とるなら今しかないよ」

 

「なんで、そっちにいくの! わ、私は…… そ、そのまどか以外に興味がないっていうか、なんというか……」

 

 ほむらはごにょごにょと口ごもってしまう。そんな姿を見てQBはやれやれと首を振ってみせる。

 

「暁美ほむら、君は何もわかってないよ」

 

「な、なにをわかってないっていうの?」

 

「全員の好感度を均等に上げて、最終イベント直前でセーブするなんて基本じゃないか。お目当て以外のどうでもいいキャラこそ複数同時攻略のおまけでクリアするものだろう?」

 

「えーと、本当に何を言ってるか分からないんだけど?」

 

「そうか、君は目当てを一人攻略すればいいタイプだったんだね。僕はフルコンプしたかったけど、まあいいさ。君のプレイに口出しするのも野暮ってものだしね」

 

「な、なんで勝手に納得してるの?」

 

 いくらほむらが問い詰めようとも、QBは自己解決したようでそれ以上の話はしようともしなかった。

 

 ほどなくして仁美が冷蔵庫から生地を持ってくる。

 

「三十分経ちましたわ」

 

 生地を寝かせるのが終わったようだ。仁美は寝かせた生地は四等分して、それぞれに分ける。これからが一番楽しい、型抜きとトッピングである。

 

「ほむらちゃんはトッピングは何にするの?」

 

「う~ん、何にしようかな」

 

 出来上がったらまどかにあげるつもりのほむらとしては、彼女の好みに合わせたいところだ。和やかな雰囲気の中、一人、真剣に吟味する。

 

 学校から支給されたものの他に個々人で持ち寄ったトッピングの数々。チョコチップにアーモンド、ナッツ、ひまわりの種、カボチャの種、レーズン、いちごジャムと多種多様なものがある。だが、どれもオーソドックスすぎて今一歩、訴えかけるものがなかった。

 

「まどかのイメージからして、やはり甘い果物ジャム系? でも、自分の好きなものなら自分で作るよね。じゃあ、チョコやココア? でもオーソドックスすぎね。ここはコーヒーでちょっと大人への憧れを刺激してみたり?」

 

 あれやこれやと悩むほむらに、QBは錠剤の入った小瓶が差し出す。

 

「これなんてどうだい?」

 

「ふぇ? じょ、錠剤……って、まさか胃薬なんてお約束でもするつもり?」

 

「やだなぁ、そんなのじゃないよ。これは意識はそのままに体の自由のみを完全に奪うしびれ薬だよ」

 

「胃薬より性質が悪い!」

 

「あれ、気に入らなかった? これの入ったクッキーを食べさせて、身動きのとれなくなった相手にあんなことやこんなことをするなんて、ゾクゾクするだろ?」

 

 何を想像したのか、QBはブルブルっと震える。ほむらはそれに対して声を荒げることもなく、静かにQBと小瓶を掴んでポリバケツへ向かう。

 

「生ゴミはそのポリバケツでいいのかしら?」

 

「ダ、ダメだよ。そんなのいれたら、あとで生ゴミの処分が大変になっちゃうよ」

 

「おい、なにやってんだ! 食い物を粗末にすんじゃねえ、殺すぞ!」

 

 何を勘違いしたのか、杏子が割り込んでほむらから小瓶を奪い取ってしまう。そして、ぶつぶつ言いながら自分の分の生地にしびれ薬をトッピングしてゆく。

 

「やれやれ、しびれ薬は気に入らなかったみたいだね。じゃあ、こっちはどうだい」

 

「今度はなに?」

 

 耳をつかまれ吊るされたまま、今度は懐から小さな薬瓶を取り出す。中にはとろりとした透明な液体が入っている。

 

「これは無味無色無臭の強力な睡眠薬だよ。これで眠らせている間にあんなことやこんなことをするんだよ。考えただけでハアハアするだろ?」

 

 何を想像したのか、QBはハアハア言いながら悶える。ほむらはそれに対して声を荒げることもなく、静かにQBと薬瓶を持ってオーブンへと向かう。

 

「このオーブンって、肉も焼けるわよね?」

 

「だからダメだよ。焼けなくもないけど、そのままだと生焼けになっちゃうよ」

 

「だから、食い物を無駄にするなって言ってるだろうが!」

 

 またも杏子は何を勘違いしたのか、ほむらから薬瓶を取り上げると自分の生地に睡眠薬を混ぜ込んでしまう。

 

「止めなくていいのかい?」

 

「まあ、佐倉さんだけならいいかな。誰かにあげるとしても美樹さんくらいだろうし。……はっ! み、美樹さんが食べるなら、いっそ毒でも仕込んでおけば」

 

「だから、抹殺はダメだって」

 

 ほむらはまださやか抹殺を諦めきれていないようだ。

 

 そうこうする間にも時間は経ち……。

 

 オーブンのタイマーがチン!という音を立てて焼き上がりを知らせる。生徒たちは待ってましたといわんばかりに焼きあがったクッキーをオーブンから次々と取り出す。形もトッピングもそれぞれに違うクッキーはどれも香ばしい匂いを漂わせ、美味しそうなキツネ色に焼きあがっていた。

 

「えへへ。なかなか、いい感じにできたかな」

 

「そうですわね。私も美味しそうに焼けましたわ。これなら安心して上条君に送れそうですわ」

 

ドナルド「犯バーガー、四個分くらいかな」

 

 少女たちは和気あいあいとクッキーを見せ合ったり、味見と称したつまみ食いを繰り返す。そんな中で一人、真っ黒な消し炭を前にうなだれる姿があった。

 

「な、なんで同じオーブンで焼いたのに私だけ黒焦げになるの?」

 

「ほ、ほむらちゃん……」

 

 さやか抹殺なんて企んだ天罰ゆえか、ほむらのクッキーは見事に真っ黒であった。

 

「ほむらの使ったオーブンは壊れていたみたいだね。焼いている間、ほむらのクッキーに向けてずっと火を吹いていたよ」

 

「なんでそんな大事なこと教えてくれなかったの! そもそもそれって本当にオーブンの故障なの?! うぅ、何にしてもこれじゃあ、まどかにあげられないよ……」

 

 消し炭になったクッキーを前にほむらはがっくりと落ち込んでしまう。そんな彼女をどうにかして元気づけようとまどかは屈みこみ、うなだれるほむらと同じ目線に立つ。

 

「ほ~む~ら~ちゃん」

 

「まどか?」

 

「私の分、あげるね。はい、あ~んして」

 

「ふぇ? そ、そんな急にむぐっ!」

 

 まどかははじけるような微笑みを浮かべ、うわずるほむらの口にクッキーをいれてしまう。唇にまどかの指が触れたせいで、ドキドキが何倍にも膨れ上がり味どころの騒ぎではなくなる。

 

「あはっ、隙あり!」

 

「ほむぅ……」

 

 意表をとられてとんでもないことをされてしまったほむらは、頬を赤らめて悔しそうに唸る。もっともクッキーを口にしてるせいで変な声を出せなかったようだが。

 

「よし、次はほむらの番だね」

 

「んぐっ! わ、私の? でも私のは黒焦げだから……」

 

 QBがそそのかしてくるが、残念ながら今回は無理だった。ほむらのクッキーは全滅しているのだ。まさか黒焦げを食べさせるわけにもいかない。

 

 しかし、QBは表情を変えることなく一本の細長いクッキーを差し出してきた。

 

「大丈夫、僕の作ったスティック・クッキーがあるよ。これをお互いに両端から食べてゆくんだ。最後まで割れずに食べられたら、まどかの唇まで頂けるミニゲームだよ」

 

「まどかの唇……? にゃ、にゃにをいってりゅの?!」

 

 想像力のたくましいほむらは成功シーンをイメージしてしまったようだ。可哀想なほどに真っ赤になって、もはやろれつすら回っていない。

 

「そ、そんなミニゲームあるんだ……。んー、でも、ほむらちゃんなら……、いいよ。あ~ん……」

 

 まどかは紅潮した微笑みで小さく口をあける。まどろむような、わずかに開いた瞳で見つめてくるまどかを前にして、ほむらが耐えられるわけもない。わたわたと手を動かしながら、声にならない声を漏らす。

 

「よし、まどかのOKもでたことだし、さっそく始めよう!」

 

 しかし、QBはノリノリだ。有無をいわさず手のひらほどの長さの細いクッキーをほむらへと手渡す。細さの割にこんがりといい色に焼けているのがなんとも苛立つ。自分の黒焦げのものと比べると思わず粉々にしたくなる。もっとも折ろうとしなくても、気をつけないと唇が触れ合うよりも先に折れてしまいそうなほどに細かった。

 

「あうぁ…… ま、まだ心の準備が…… あれ、なにこれ?」

 

 触れてみて気づいたが、QBが作ったというそれは毛だらけであった。焦げて縮れたけがちくちくと手に刺さる。とてもじゃないが美味しく頂けるものではなかった。

 

「ちょっと毛だらけかも知れないけど、大丈夫だよ。ほむらが気にしそうなしびれ薬も睡眠薬も入ってないからね。興奮剤しか入ってないよ」

 

「なぁんだ、しびれ薬も睡眠薬も入ってないんだね。興奮剤しか入ってないなら大丈夫…… なわけないよ! むしろ、毛だけなら我慢できたのに!」

 

「あ、あはは……。そうだよね、毛だけなら我慢できたけど。興奮剤まであったら我慢できなくなっちゃうよね」

 

 思わず聞き逃しそうになりかけたが、そういうわけにもいくまい。まどかの発言にほむらとQBの視線が集まる。

 

「ふぇ? ま、まどか、今なんて?」

 

「むしろ我慢しないでいいんだよ、まどか。僕としてはそのほうが嬉しいよ」

 

「え?! あ、や、やだなぁ! じょ、冗談だよ?」

 

 冗談だと言う割に耳まで真っ赤なまどかであった。

 

「も、もう、ほむらちゃんもQBもやだなぁ。とにかく、その毛だらけクッキーは捨てておかないとね」

 

 まだ呆然としているほむらの手から毛だらけのクッキーを引き抜くと、それをゴミ箱へ捨てようとする。と、そこでさらにそのクッキーが奪い取られてしまう。

 

「え? きょ、杏子ちゃん?」

 

「いいかげんにしろ! 何度、食いもんを無駄にすんじゃねぇって言わせりゃ気が済むんだよ!

 

「え、あ、それは……」

 

 杏子は奪い取った『興奮剤』クッキーを、そのまま自分の『睡眠薬』クッキーと『しびれ薬』クッキーの中に混ぜてしまうのだった。

 

「……さて貰える物は貰ったし、今日はこのへんで退散させてもらおうか」

 

「あ、うん……。バイバイ、杏子ちゃん。クッキーを食べるときは気をつけてね」

 

「えと、さよなら、佐倉さん。その…… 我慢できなくなったら美樹さんのところへ行ってね」

 

「クッキーを食べるときは僕も呼んでよ。しっかりと見届けてあげるから」

 

「なんで揃いもそろって、哀れんだような目で見るんだ? あたしのクッキーは毒かっての。まったく、そっちの黒焦げじゃあるまいし」

 

 不機嫌そうに吐き捨てる杏子であった。残念ながら彼女は、自分のクッキーに何が入っているかまだ気づいていない。

 

「ところで帰りはスイーツのところにも寄るのかい?」

 

「まあ気が向いたらな。じゃあな!」

 

 それだけ言うと杏子は窓から外へと出ていった。ぶっきらぼうな物言いであるが、向かっているのはさやかの家のある方角だ。そこから先のことは考えないことにするほむらであった。

 

「そういえばQB」

 

「なんだい、まどか」

 

 杏子を見送った後でまどかはそれとなく疑問を口にする。

 

「今日はさやかちゃんのこと、さだこじゃなくてスイーツって呼んでるんだね。ついにさだこって名前も忘れちゃったの?」

 

「まあ、美樹さんはスイーツ(笑)って呼ばれてもおかしくない気もするけど」

 

「そうだね。それもあるんだけどね」

 

 QBはそう言って、杏子が去っていった方向をみつめながら呟く。

 

「この国の一部の人間はデザートのことをスイーツって呼ぶんだろう? だったら、やがて杏子のデザートになるさだこのこともスイーツと呼ぶべきだよね」

 

 

 ・鹿目まどか 友好度15上昇

 ・佐倉杏子  友好度15上昇 状態異常『睡眠』『興奮』追加

 ・美樹さやか 友好度10下降 状態異常『麻痺』『興奮』追加

 ・QB    友好度10上昇

――Final Event 『伝説の樹の下へ』

 

「郵便受けに手紙が入っていたよ」

 

 とある昼下がり、QBは可愛らしい封筒を持ってやってきた。ほむらはそれを受け取ると、丁寧に封を剥がし中の手紙を確認する。

 

「次の日曜日、伝説の樹の下で待っています……。でも差出人の名前が書いてないよ?」

 

「そんなのプレイヤーをドキドキさせる演出に決まってるじゃないか」

 

「そう。じゃあ、他の三通も?」

 

 そう言って既に封の開けられた三つの封筒をパタパタと振ってみせる。どれも差出人不明で中に入っていた手紙も同じような文面だった。

 

「どうやら四人ともフラグがたってしまったみたいだね。だから、あれほど気をつけろと言ったのに」

 

「うぅ、なんで勝手に好感度上がってるの。イベントなんてほとんどなかっっていうのに。むしろどうするの、これ」

 

「さすがの僕もここまでの展開は予想してなかったよ。さすが魔法少女、条理を覆す存在だけのことはある。まあ、こうなった場合は」

 

「場合は?」

 

「まどか以外を倒してゆくしかないね」

 

 

・VSさやか

 

 日曜の午後だというのに自分たち以外、誰一人として見当たらない街の中をほむらとQBは全力で駆け抜けていた。息を乱し、泣きそうになりながら走り続けているのは急いでからではない。追いかけてくる青い影から逃れるためだ。

 

 「逃がすかっ!!」

 

「おっと!」

 

 QBはまるで雨のように降りしきる剣を右へ左へと器用に避ける。

 

「ひゃぅっ!」

 

 ほむらは襲い来る剣をかわしつつ、いたるところに隠しておいたマジカルロケットランチャーで応戦する。撃つたびに反動でよろけるため、かなり移動速度に問題があるのが難点だが、さやかを怯ませるには充分な効果があった。

 

「な、なんでいきなり玄関に美樹さんがいるの。伝説の樹の下で待ってるって手紙に書いてあったのに!」

 

「おそらく、伝説の樹の下に既に誰かがいたんだろう。それで他の待ち伏せポイントを狙ったけど、やはりそこにも先客がいて、やむなく玄関で待ち伏せたんじゃないかな」

 

「じゃあ、なんで追ってくるの?!」

 

「そんなの決まってるじゃないか。さだこは今、状態異常『ヤンデレ』になってるからだよ。状態異常『ヤンデレ』のときは、相手の手足や気持ちを砕いて、身も心も自分だけのものにしようとするんだ」

 

「やっぱり、こんなのクソゲーよ!」

 

「こんな開けた路地じゃ直線的な攻撃を得意とするさだこに有利すぎるよ。店内に逃げ込むんだ!」

 

「わ、わかった!」

 

 牽制にさやかへ向けて手榴弾を投げつけ、近くの店へと転がり込む。店内も人の気配はないが、電灯などはついたままだ。まるで今まで人がいたかのような店内を、手榴弾の爆音を背にほむらとQBは奥へと向かう。

 

 その店はCDショップだった。障害物となるのは棚に陳列されたCDくらい。これではさやかの攻撃を防ぐことはできないだろう。せいぜいが身を隠すのに使えるぐらいか。

 

 どうすればいいか。そんな考えを巡らせる暇など与えまいといわんばかりに、入り口のガラス戸が激しい音を立てて砕け散る。

 

「きゃっ!」

 

 ほむらは音に驚き、わたわたと近くの棚へ身を隠す。物陰から入り口を伺えば、そこには逆光で黒い影となったさやかの姿。表情など見えるはずがないのに、まるで亀裂のような横一文字に口を開いて笑っているのが分かった。

 

 走り続けてきたために呼吸が乱れ、さらに恐怖で吐き気すら催すほむらであったが、気付かれないようにと口を塞ぎ、アサルトライフルを抱きしめて様子を伺う。

 

「ふふ、あはは……。ねぇ、転校生いないの……?」

 

『あれ? なんでだろう、全身の毛が逆立ってるよ。体の震えも止まらない。これはまさか恐怖というものかな? 僕には感情なんてないはずなのに』

 

『そんなこと言ってる場合じゃないから。怖がる前にあれをなんとかしないと』

 

「そこ?」

 

 ガシャッ! と大きな音を立てて、棚の一つが崩される。ほむらは思わず身を固めるが崩されたのは自分たちの隠れているところではない。入り口の棚だ。さやかは舌打ち一つついて、近くの棚へと移動して、そこも壊す。

 

『一つ一つ、隠れる場所を壊していくつもりみたいだね。棚はいくつもあるけど、ここに来るまで五分とかからないだろう。今のうちに何か考えないと』

 

『ク、クロロフォルムは? こんなときこそ、あれを使うべきでしょ』

 

『クロロフォルムか。ごめん、今日はいらないと思って持ってきてないんだ。代わりにこの後のことを考えて興奮剤はたくさん持ってるよ。使うかい?」

 

『こんなときにいらないもの持ってこないで! まったくもう、本当にどうしたらいいのよ』

 

 動きを封じるほどの怪我を負わせたところで、痛みを感じることもなく、超回復能力を持つさやかには大して足止めにならない。ならば眠らせることのできるクロロフォルムの出番と思われたが、不所持によりあっさりと望みは断たれてしまう。

 

『本当にもうどうにもならないの?』

 

『状態異常『ヤンデレ』というのはさだこ限定の状態異常で、ソウルジェムの穢れが一定以上の期間続くと発生するんだ。だから穢れを取り除けば状態異常も回復するだろうけど』

 

『どうせ、あの状態だとグリーフシードを受け取らないんでしょ?』

 

『そういうこと。だから力づくでソウルジェムから穢れを取るしかないんだ』

 

 言うのは簡単だが、行うのはかなり無理がある。なにしろ、さやかの動きを封じることができないから困っているのだから。イライラも限界に達したほむらは無表情で爆弾を取り出す。

 

「……こんな面倒なことなら、いっそこの手で!」

 

「だからダメ……」

 

「あははははっ! 見ーつけたー!」

 

「ふえぇっ?!」

 

 物陰からソウルジェムと同じように黒く濁った瞳のさやかが姿を現す。話し声で気付かれてしまったようだ。

 

「あはははははっ! なんでそんなに怯えてるの? ねぇ、なんで?」

 

「まずい。逃げるんだ、ほむら!」

 

「ダ、ダメ……。か、体が動かないの……」

 

 ほむらは迫り来るさだこの姿に目の当たりにして体は硬直し、逃げようという意思に反して一歩として動いてくれない。少しでもさやかから離れようと足を動かすが、それも床を蹴るだけだ。

 

 せいぜい出来たことといえば、爆弾のスイッチを押すくらいだった。

 

「あっ……」

 

「わけがわからないよ!」

 

 刹那、CDショップは大爆発を起こした。耳をつんざく轟音、荒れ狂う爆風、店内は熱で変形したCDやケースで溢れかえる。ガラス戸は砕け散り、店内に残るエネルギーは熱風となって溢れ出す。そのエネルギーで周囲の店のガラスも一緒に砕け散る。

 

 店内に一瞬にして動くものがなくなり、そこだけ獰猛な異世界へと姿を変えたかのようだった。これほどの大惨事において、せめてもの救いは他に人がいなかったことだろう。

 

 店の外でほむらは自分のしでかした結末をみつめながら、心の底からそう思った。足元にはQBと、倒れこむさやかの姿があった。

 

「まったく、時間停止できるのならもっと早くやってもらいたかったね」

 

「し、仕方ないじゃない。ほら、その…… こ、怖くてそこまで頭が働かなかったんだもん……」

 

 QBに責められ、ほむらはもじもじしながら、最後には消え入りそうなほどに小さな声で反論するのだった。

 

「まあ、ギリギリとはいえ間に合ったのは良かったよ。さだこのソウルジェムの穢れも吸いとったから状態異常も解消できたからね」

 

「そうね」

 

 ほむらとQBは倒れたままのさやかへと目を向ける。暴れないようにとみぞおちに渾身の一撃を入れてあるので、しばらくは起きないだろう。

 

 静かに眠るその姿は、さきほどまでの狂気に溺れた様子は失せて、今は苦悶の表情でうーうー呻いていた。痛覚を遮断するのもやめているから、もう大丈夫だろう。

 

「さだこに大分、時間をとられたね。急ごうか」

 

「うん」

 

 ほむらとQBはさやかと爆発した店はそのままに、伝説の樹へと向かうのだった。

 

 

 

・VS杏子

 

「はぁっ…… はぁっ……! ちょ、ちょっと休んでも平気かな……?」

 

 さやかとの戦いでの出遅れを取り戻そうと走り続けてきたほむらであったが、ほどなくして限界が来てしまったようだ。

 

 さやかから逃げるためにも走り続けていたのだ。仕方ないことだ。

 

「そうだね。逃げてるときも少しずつだけど目的地には向かっていたから、ここからなら歩いても約束の時間に間に合うだろう。少し休憩してから向かおうか」

 

「そ、そうする……」

 

 そう言ってほむらはへなへなとその場に座り込むのだった。相変わらず周囲に人影はない。だからこそ、へたりこむこともできたわけだが。

 

「こんなところで何やってんだ」

 

「ふ、ふぇ?」

 

 聞き覚えのある声に振り向けば、そこには魔法少女姿の杏子がいた。誰もいないと思って油断していたほむらはすぐに足を閉じて、スカートの上に手を置く。

 

「え、えと、佐倉さん。どうしてこんなところに?」

 

「あたしがどこで何しようが関係ないだろ。あんたこそ、そんなにへばってどうしたんだい?」

 

「まあ、こちらも色々とありまして……」

 

「そうかい」

 

 杏子はさやかのように襲いかかってくることもなく、どちらかと言えばそっけない態度をとってきた。もしかしたら杏子は手紙を送ってきてないのではないかと疑いたくなるほどだ。

 

 それでも油断せずにいると、杏子はクッキーを差し出してきた。

 

「食うかい?」

 

「え? えーと……ありがと」

 

 訝しく思いながら、ほむらはそれを受け取る。見た目は何の変哲もない四角いクッキーだ。袋に入っていないところから見ると手作りだろうか。これといって怪しいところはない。

 

 だが、ほむらの中の何かが危険を察していた。まずは半分に割って、その片方をQBの口に押し込む。

 

「きゅっぷぃ! いきなり何をするんだい。僕はむしろくちうちゅしのほうら…… はれ?」

 

 反論するQBであったが、全て言い終えるより先に呂律がまわらなくなる。そのまま、ぽろりとほむらの肩から落ち、ぴくりとも動かなくなった。

 

「さ、佐倉さん…… 気持ちは分かるけど何も殺すことないじゃない!」

 

「ちょっと待て、食わせたのはお前だろうが! それに殺してないっての。ただのしびれ薬だよ」

 

「しびれ薬……」

 

 それで思い出すのはいつかの調理実習で作ったあれだ。どうやら、まだ食べずに残していたらしい。

 

「出来れば、そいつで大人しくしてもらうつもりだったけど」

 

 杏子はため息一つついてから、不遜にニヤリと笑う。既に槍を手にし、目は捕食者のそれに変わっていた。ペロリと舌なめずりしてから、槍を構える。

 

「やっぱ力づくでいくしかなさそうだな!」

 

「……うりゃっ!」

 

 ほむらは捕食者と化した杏子に怯えるでもなく、ただ冷静に残ったクッキーをあさっての方向へと投げ捨てた。

 

「ほみゅら、りゃりをしてりゅんひゃい?」

 

「見ての通りよ」

 

 そう言って投げ飛ばしたクッキーと、それに向かって全力で走る杏子の姿を指差す。

 

「食い物粗末にすんじゃねぇーーー!」

 

 鬼気迫る勢いでクッキーに手を伸ばし、見事、空中でキャッチする。そのままニヤリと笑い、半分になったクッキーを一口で食べてしまう。

 

「クッキーに気を取られている間に逃げるつもりなんだろうが、甘かったな。次はおまへりゃー……」

 

 格好良く叫ぶ杏子であったが、食べた物がよくなかった。あっという間に体は痺れて、そのままどこへともなく落ちていったのだった。

 

「まどかが待ってるわ。急ぎましょう」

 

「きゅー……」

 

 ほむらはQBの首根っこを掴み、先を急ぐのだった。

 

 

 

・VSマミ

 

「ここがQBの教えてくれた伝説の樹……」

 

 マミは樹齢千年とも言われる巨木を前に大きなため息をつく。さすがのマミもその大きな存在感に圧倒されたようだ。

 

「確かにここで想いを告げれば、ご利益がありそうね」

 

 QBから聞いた話では、ここで告白して想いが通じれば、その二人は生涯を共に幸福に過ごせるという。どこにでもありそうな伝説の樹だった。ただ、ここの大樹はその大きさもあってか、ご利益が期待できそうな気がした。

 

「ふふっ、わざわざ県外まで来た甲斐があったわ」

 

 マミはぐっと手を握り、これからのことを強く願うのだった。

 

「ほむほむ、早く来ないかなぁ」

 

 

――その頃、ほむらは

 

「そういえば、マミさんが見当たらないんだけど」

 

「あぁ、マミなら今頃、県外じゃないかな?」

 

「なんで県外なんかに……」

 

「県外の伝説の樹を教えておいたからさ。マミは別にこの街の伝説の樹を教えてくれなんて言ってなかったからね」

 

「……QB、ぐっじょぶ!」

 

――市内の伝説の樹へと急ぐのであった。

 

 

 

・VSワルプルギスの夜

 

「街中に誰もいないと思ったらこういうことか」

 

「どういうこと?」

 

 荒れ狂う風に乱される髪をおさえてほむらが尋ねれば、今にも吹き飛ばされそうなQBは答える。

 

「避難してたんだよ、この魔女からね。まあ、人の目には魔女ではなく極大の嵐に見えるらしいけどね」

 

 暗雲を引き連れて、空より舞い降りる巨大な魔女。ほむらはその姿を見上げながら、震える声で呟く。

 

「倒せるの? こんなのを……」

 

「問題ないよ。ワルプルギスの夜もまたこの時間軸では制限を受けているみたいだ。今なら普通の魔女のせいぜい十倍程度の力しかないよ」

 

 存在そのものが絶望と思わせる深淵のような威圧感。普通の魔女のたった十倍といわれても信じられないほどだ。

 

「……それでも、これを倒さないとならないよね」

 

「そうだね。ワルプルギスが猛威を振るえば、伝説の樹どころか街自体がなくなってしまうよ」

 

 ほむらは震える体を必死で抑えこみ、アサルトライフルと爆弾を手にワルプルギスへと踏み込む。勝てる勝てないじゃない、勝たなくてはならない。その気持ちだけを頼りに一歩、また一歩と踏み込み、一気に特攻する。

 

「やあぁーーー!」

 

 アサルトライフルによる掃射、魔女の一体程度なら吹き飛ばせる爆弾、更にロケットランチャーまでも使っての集中砲火を浴びせかける。普通の魔女の十倍の力があるというなら、魔女十体を倒せるほどの火力で倒せる。そう思うのは甘いだろうか?

 

「やった?」

 

「……まだだ」

 

 爆炎に包まれながらワルプルギスの哄笑は止むことなく、その巨体は何事もなかったように空を支配していた。

 

「そんな……!」

 

 今まで倒してきた強敵達、さやか、杏子、マミ……。その誰よりも強く、そして耐え難い恐怖を孕んだその姿は、ほむらの心に絶望の火種を産み落とす。

 

 攻撃の手が止まったところでワルプルギスは、嘲るように反撃へ移る。高層ビルの上層を目に見えぬ力で引きちぎり、呆然と佇むほむらへと叩き込んでくる。

 

「危ない、ほむら!」

 

「あっ……!」

 

 QBの声で我に返り、ほむらはすぐに後ろへ跳ぶ。おかげで直撃を避けたものの、それでも数メートルを吹き飛ばされる。全身を打ち、激しい痛みが走る。幸い致命的なダメージはなかったが、気を抜けば痛みで意識が飛びそうであった。

 

「うぐっ……! ま……どか……が待ってる……のに……」

 

 痛みに震えながら、ほむらはワルプルギスへと手を伸ばす。だが、ワルプルギスは既にほむらに興味を失ったらしく、ゆっくりと街へと進み始めていた。放っておけば、あの街は壊滅し、まどかの帰る場所も、まどかも失ってしまう。

 

「ぐうぅっ……!」

 

 全身が砕けるような痛みを堪えて、ほむらは立ち上がる。さやかのように痛みをなくせば楽だろう。だが超回復を持たないほむらが同じことをすれば、あっという間にダメージは蓄積され、肉体が限界を迎えてしまう。だから、ほむらは痛みと共に立ち上がるしかないのだ。

 

「ほむら、やめるんだ。今の君じゃ荷が重すぎる。時間はかかるがさだこと杏子、マミを呼び戻そう。イベントの途中で悪いけど、まどかにも応援を頼んだほうがいい」

 

「ダメ……だよ」

 

「何を言ってるんだ、ほむら。イベントは大事だけど、まずはワルプルギスだ。あれを倒さないとイベントそのものが発生しなくなる」

 

「まどかを呼んじゃダメ……。まどかは勇気を振り絞って私に手紙を送ってくれたんだよ……。それをこんなところで…… こんな奴のために無駄になんかさせない!」

 

「ほむら…… だけど、今の君に戦う力はあるのかい?」

 

「……え?」

 

 不意に視界が揺らぐ。足元がぐらつき、尻餅をついてしまう。

 

「今の君は気持ちに対して、体が追いついていないんだよ」

 

「そんな……」

 

 守りたいものがある。失いたくないものがある。かけがえのないものがある。だけど、少女はあまりに無力だった。その現実に打ちひしがれて、ただただ涙が溢れる。

 

「また……また、あいつに勝てないの?」

 

 思わず口にしたその言葉にほむらは、ふと違和感を感じた。なぜ、「また」なんて言ってしまったのだろう、と。あんな怪物と戦ったことなどないはずなのに。

 

「……違う。私は知ってる。ワルプルギスの夜を……」

 

 そのとき、数多の記憶が一つに繋がる。ぼんやりと覚えていた記憶、意識しなかった記憶、ただ存在するだけだった記憶。その全ての断片が一つになって、ほむらを形作る。そうして全て思い出す。戦う理由も、まどかへの想いも全て。

 

「……そうだ。私はまどかの為に戦ってたんだ」

 

「ほむら?」

 

 ほむらは魔力で身体能力を強化し、傷ついた体を起こす。大きく息を吐いてから、再びワルプルギスへと目を向ける。そこに先程までの弱さは見受けられない。あるのは強い意思。砕けることのない真っ直ぐな想い。

 

「まさか、記憶を……」

 

「……ここは夢みたいなものよね。どんなに幸せでも幻想でしかない、幸せが未来へ続かないんだもの。でも、とっても幸せな夢だったよ。この世界のまどかとずっと一緒にいたいくらい」

 

 メガネを外し、三つ編みを解く。鋭い眼光は決意の元にワルプルギスを見据える。

 

「だけど、夢からは目覚めるものよ。そう……」

 

 ほむらは持っている全ての武器を召喚する。

 

「夜明けと共にね、ワルプルギス!」

 

 全ての武器を支配し、ワルプルギスへと挑む――

――Ending 『友達じゃなくて……』

 

 心地良い日差しが草木を照らす日曜の午後。たくさんの人の幸せを見守ってきた大きな樹の下に小さな少女は佇んでいた。彼女は溢れる不安とそれ以上に胸を打つ想いを抱き、ただ一人の人を待っていた。

 

 場所取りのために朝早くから訪れ、避難警報が出ても一歩も動かず、きっと来てくれると信じてここに立ち続け、どれだけの時間が経ったろうか。

 

 約束の時間が近づくほどに大切な気持ちを伝える不安に耐え切れなくなり、思わず逃げ出してしまいたくなっていた。ここに来てから何十、何百と繰り返した心の揺れ。

 

 だけど、少女は逃げることはなかった。手紙に名前を書くことも出来なかいほどの小さな勇気だけど、それを振り絞って伝えたい想いがあったから。

 

 少女はもうすぐ訪れる約束の時間を前に、目をぎゅっとつぶり、壊れてしまいそうなまでに鼓動を刻む胸を手でおさえる。

 

 そして――

 

「ま、まどか……」

 

 ずっと待ち望んでいた声がかけられる。まどかはぎゅっと瞑っていた目を大きく開き、待ち人へと顔を向ける。

 

「……ほむらちゃん」

 

 とても穏やかで、とても優しい。そんな笑顔を向けるほむらの姿がそこにあった。

 

「ごめんね。遅くなっちゃったかな?」

 

「ううん、時間ぴったりだよ」

 

 そう言ってまどかは甘い微笑みを返す。紅潮した頬とリップをつけているのだろう、ピンクの唇は、普段の幼さの残るまどかより少し大人びて見せた。可愛らしい服は遊園地で着ていた服と同じものだ。とても可愛らしく魅力的だ。

 

「あのね……。手紙に名前も書かないで呼び出しちゃってごめんね。えっと……、今日はほむらちゃんにどうしても聞いて欲しいことことがあったの」

 

 潤んだ瞳で見つめてくるまどかの姿に、ほむらは取り乱すことなく静かに頷く。この分なら問題なく想いを受け止められるだろう。

 

「おめでとう、暁美ほむら。念願のまどかの告白イベントだ」

 

 ほむらの記憶を取り戻すこと。そして、他の魔法少女から強い感情エネルギーを受け取ること。その二つは無事、達成された。開始から丁度一ヶ月。ぎりぎりのタイミングだ。

 

「……そうか。もう時間だったんだね」

 

 QBの呟きに頷くように時間律が遡行と修正を始めた。

 

「え……?」

 

「ほむ……」

 

 ふっと、ほむらとQBの体はこの時間と空間から強制的に追い出される。まるでそこに存在しているはずなのに、目に映る全てが蜃気楼のように手を伸ばしても近づくことさえできなくなる。それはまどかの側からも同じようだ。まどかもまたほむらに触れられなくなっていた。

 

「なに、これ……?」

 

「残念だけどタイムリミットだ。これから時間律は正常に戻り、本来の世界に戻る。一ヶ月から先へ進める世界にね」

 

「待って、あと少しだけでいいの! まどかの勇気を無駄にしたくない……」

 

 だが、人の小さな想いなど大きな流れに抗うことも出来るわけもない。ほむらもまどかも互いに手を伸ばそうとも近づくことすらできずにいた。

 

「わ、私、ほむらちゃんのことが!」

 

「まどかー!」

 

 伸ばした手は触れ合うことも出来ないまま、ほむらは時間軸から完全に弾きだされる。瞳に映る色鮮やかな景色は色の塊へと変わってゆき、あという間に天も地もなくなる。残るのは流れてゆく時間だけ。

 

「まどか……」

 

 そこにもうまどかはいない。いや、幸福な夢は終わったのだ。時間律の歪みから抜け出し、やっと本当のまどかとの時間が始まるのだ。

 

 ほむらは伸ばした手を抱きしめ、愛しい夢を胸に決意を固める。

 

「……必ず、あなたの幸せを守るから!」

 

「ちゃらら、ちゃららん、ちゃら~ら~♪」

 

 強い想いを抱きしめるほむらの傍らで、QBはやけに暗いリズムを刻みだす。

 

「窓に映る景色は~ 偽りに溢れて~♪」

 

「いきなり、何?」

 

「決まってるじゃないか。エンディングの歌が入ったんだよ。エンディングの歌とシーン回想で余韻に浸るのが醍醐味だろう?」

 

 さも当然と言わんばかりに答えるQB。その当然がわからないほむらは困惑しつつも、もうひとつの疑問をぶつける。

 

「そ、そうなの? でも、エンディングの割になんか暗いんだけど」

 

「何を言ってるんだい、れっきとしたエンディングテーマだよ。別に他のエンディングを覚えてないわけじゃないよ。でも、ほら、なんとなくリズムだけしか思い出せないだけないことってあるでしょ?」

 

「なんで忘れるのよ!」

 

 ほむらはQBの首を掴み、がくがくと揺らす。別にエンディングなどどうでもいいが、暗いのはどうしても納得いかなかったようだ。

 

「嗚呼、君が~ いるならば、抱きしめたいのに~♪」

 

「歌って誤魔化さないでよ!」

 

「嗚呼、時を~ 戻せるならば、帰りたい今すぐ~♪」

 

「そもそも選曲が悪すぎよ。戻りたくないけど、思い切り時を戻ってるときにそれはないわ。あと歌が上手いのがなんかイラつくわ!」

 

「嗚呼、いつも~みつめていたい、女々しいと知っても~♪」

 

 QBの歌の終わりと共に時間の修正が終わりを告げる。まばゆい光がほむらとQBを飲み込み、そして……

 

 

 

――After Story

 

 爽やかな日差しと心地良い風に頬をなでられ、ほむらは重い瞼を開く。眩しい光と共に目に飛び込んできたのは真っ白な部屋だった。

 

「病院? そっか、元の時間に戻って……」

 

「残念だけど、まだ時間の歪みの中だよ」

 

「……」

 

 聞きなれた声に苛立ちを覚えながら、ほむらは身を起こす。ベッドの上には当然のように白い小動物の姿があった。ほむらは眉根を寄せて、QBに尋ねる。

 

「時間の歪みは解消されたんじゃないの?」

 

「僕もそうなると思ってたんだけどね。ごめん、まどかだけじゃ足りなかったみたいだ。だから、他の三人も攻略してよ」

 

 QBは悪びれた様子もなく、再び協力を打診してきた。本来なら、ここで仕留めてもおかしくない状況であったが、ほむらは無言でベッドから降り鏡の前に立つ。

 

「……言われなくとも繰り返すわ、何度でも」

 

 そう言い捨てると決意を込めて三つ編みを解き、ソウルジェムで身体能力を強化する。

 

「そう何度でも。……R-18でまどかを攻略するまで!」

 

「暁美ほむら、君は……」

 

 ほむらの戦いはまだ始まったばかりだ

 

 頑張れ、ほむら。時空の歪みを抜け出す、その時まで

 

 負けるな、ほむら。年齢制限という法の目をかいくぐる、その時まで

 

 
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