それは暁美ほむらが幾度と繰り返した時間の中で見た一幕。時の迷い子の見たそれは夢か現か……。ただ、一つ言えることは……
「僕の名前はQB。鹿目まどか、美…、美樹さ…… えーと美樹なんとか」
「え?」
「はいー? って、いうかなんで私の名前思い出せない感じなの? 途中で諦めちゃってるし!」
それはQBとまどかの接触を阻もうと、ほむらが画策していたときのことだ。警察からの追跡をまいていたせいで僅かな出遅れが発生してしまい、最初の接触を許してしまうことになる。
「そんなモブキャラの名前なんてものはどうでもいいじゃないか。そんなことより僕と契約して――」
ほむらはQBがまだ契約をしていないだろうことを判断して、まだ間に合うはずとすぐに止めようと手を伸ばしてまどかへと駆け寄る。その距離、約百メートル……
「まどか、ダメ! そいつの言う事を聞いちゃ――!」
ほむらの必死の叫び。だが、まどかが彼女に気づくより先にQBはそれをきりだしてしまう。
「僕と契約して、この『幸福の壺』を買って欲しいんだ」
「魔法少女になっては……って、え?」
予想外の展開にほむらは思わず転げて、まどか達の元まで滑りこんでしまう。さすがにそれにはまどかも気づいて、ほむらへと振り向く。
「ほ、ほむらちゃん?! 急にスライディングしてどうしたの?!」
「……野球の練習よ」
「……や、野球?」
「そう、野球よ」
「そ、そうなんだ?」
乾いた笑いをこぼすまどか。ほむらは魔法少女について勘づかれず済んだことにほっと胸を撫で下ろし、しかし横目でQBを睨みつける。
ほむら(いつもと何かが違う……。何、何を企んでいるのインキュベーター!)
その鋭い眼光はQBの一挙手一投足を見逃すことなく、且つ一言一句を聞き逃さず、企みの正体を見極めようとする。だが、QBの様子は今までとなんら変わりはしなかった。
「君も僕が見えるみたいだね。なら、君にもこの『幸福の壺』を買う資格がありそうだね。いいかい、この『幸運の壺』を買うと、どんな願いでも一つだけ叶う…… という伝承があるんだ」
「どんな願いでも?! じゃ、じゃあ…… 怪我の治療とか、恋愛成就とか、夫婦円満とか、安産祈願とか、家内安全とか、一攫千金とかも!」
「一つだけでも叶う…… と、いいね」
「す、すごい! で、でも…… 私なんかに支払えるようなものじゃないんでしょ?」
「大丈夫さ。そのときは家族から取り立てるから」
「あれ? 今、さらりと笑顔で怖いこと言わなかった?!」
「気のせいじゃないかな? それより、今は友達を紹介して、その友達が壺を買ってくれたらなんと代金を10%OFFするサービスもやっているんだ」
「それって、友達を十人紹介したらタダってこと?!」
「訂正するほど間違ってはいないね」
正しくは支払代金の10%OFFである。一人紹介したときは確かに10%OFFになるが二人目を紹介したときは残る支払い金額90%分の中の10%……。つまり9%OFFになるのである。同様に三人目は全体の8%、四人目は7%となってゆき、十人紹介した程度では、まだ40%近くの支払い義務が残るのだ。
だが、そんなことに気づくさやかではなかった。
「じゃあ、まどか、あと転校生も」
「なに、さやかちゃん?」
「……」
「私が最初に契約するから、二人は私の紹介で壺を買ってよ!」
「何を言ってるの、美樹さやか。私もまどかもこんな怪しげなものを……」
「そうだよ! それじゃあさやかちゃんだけがお得なだけだよ。私だって、もっとお得に買いたいよ!」
「……ま、まどか?」
こんなものと嘲るほむらに対して、まどかは意外と乗り気だった。
「もっと良く考えなさい、鹿目まどか! こんなものを買っても願いが叶うとは限らないのよ! そもそもあなた叶えたい願いなんてないじゃない!」
「……はっ! い、いやその! そ、そそ、そんなことはないよ? べ、べべ別に願いごとなんてないのに思わず買ってしまいそうになったなんてことはないんだから。あはは、や、やだなぁもう!」
「考えなしに買う気まんまんだったじゃない!」
「別にいいじゃない。そんなの個人の自由でしょ?」
さやかは壺をくるくると回しながら、険悪な表情でほむらを見る。
「そういう問題じゃ…… って、あなたの持っているものは、何?」
「『幸福の壺』よ」
「さやかちゃん、凄い! もう決めちゃったの?!」
「じゃあ、QB。まどかと転校生は私の紹介ということで」
「ちょっと、勝手に決めないで!」
「そうだよ! ほむらちゃんは私の紹介になるんだから!」
「だからなんで買う気満々なのよ、あなたは!」
「だ、だって! 友達が買ったら自分も欲しくなるっていうか、一緒に買わないといけないような、そんな気になるじゃない!」
「ならないわよ!」
ほむらとしては、まどかが変な商品を買ってしまわないように注意しているだけのつもりなのだろうが、傍から見れば言い争っているようにしか見えなかった。この状況はあまり良くないとQBは二人の間に割って入る。
「鹿目まどか、暁美ほむら…… 確かに10%OFFは魅力的だろうけど、喧嘩は良くないよ。10%OFFを譲った方にはこの遊園地のペアチケットをあげるから、公正に決めようよ」
「だから、なんでそんなものを欲しがってる前提で話が進んでるのよ!」
「……そうだね。ほむらちゃんの言うとおりだよ。私、壺なんかいらない!」
「まどか…… やっとわかってくれたのね」
「うん、私は壺なんかより遊園地のチケットが欲しい! あっ、でも、ペアじゃなくて家族チケットがいいんだけど……」
「ごめん、ペアチケットしかないんだ。でも、この『幸福の壺』を買ったなら、きっと明日までには手配できるよ」
「本当?! やったぁ!」
「すごい、まどかなんて買う前から効果が約束されるなんて……」
素直に喜ぶまどかと、素直に驚くさやかであった。
「違う! それ壺の効果関係ない! QB、あなたが家族用のチケット買うだけでしょう!」
「やだなぁ、僕はそんなことしないよ。経理にちょっと頼むだけだよ」
「自分が動かないだけでやってることほとんど変わらないじゃない!」
両手を上げて喜んでいたまどかはふと何かに気づいたのか、見る間に真剣な眼差しでほむらをみつめる。
「ちょっと待って。今、気づいたんだけど……」
「まどか…… やっと自分の過ちに気づいて……」
「壺の効果で遊園地の家族チケットが手に入るなら、10%OFFを逃す必要なんてないんじゃないかな?」
「そうじゃないでしょ……。一体何度忠告させるの。どこまであなたは愚かなの! もう本当に……」
「暁美ほむら…… そんなことをいうものじゃないよ。むしろ、ちょっと愚かなほうが僕は商売しやぐはぁっ!」
QBが語り尽すよりも早く、二度、三度と冷たい銃声が鳴り響く。容赦ないほむらの銃弾がQBと『幸せの壺』を打ち砕いたのだ。
「ゆ、遊園地のチケットが!」
「ちょ、ちょっと何してるの?! その壺いくらすると思ってるの?!」
「……銃を持っているのは二人とも意外に気にしないのね」
「……まったくもう。僕はともかくごふっ! 壺まで壊さないでげふぅっ……。代わりはいくらでもあるけがはぁっ! む、無意味に潰されるのは困るんだよね。勿体ないじゃないか。あと僕の心配も少しはぐふぅっ……」
穴だらけになり吐血しながらも必死に抗議の声をあげるQBであった。
ほむらはそんなQBをまるで汚いものを見るかのような目で見下し、時限式の爆弾を置いてまどか達を連れてその場を去るのだった。
「あ、ちょっと……」
「私の戦場はここじゃない……」
背後に強烈な爆風と轟音を感じながら、また一つの時が終わりを告げる……。
―――Fin―――
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魔法少女まどか☆マギカ 二次創作。作者HPより転載