領主としての雑務を済ませ、法縁は慈院の私室へ戻るところだった。
今日は風雲城から嫁が遊びに来ている。
神流河の国主たる嫁の妖ノ宮とは、普段は別々に生活しているため、顔を合わせるのは久しぶりのことだった。
自室に足を踏み入れた途端、視界に飛び込んで来た百花王の緋の打ち掛け。
それは、畳の上に腹ばいになった妖ノ宮の背中であった。
「おや、ミヤ。こんな所で何をしておるのだ。ヌフフ、今日は門弟達を連れて、猪狩りに行く予定ではなかったか。
わしに牡丹鍋を馳走してくれるのだろう?」
小さな嫁の隣に腰を下ろし、くつろぐ法縁。
声を掛けられた妖ノ宮は、なにやら黙々と和本を繰っている。
「あら、法縁殿。……指圧の指南書を読んでいたの。あなたの部屋に転がってた」
覗き込んで確かめてみると、それは門弟達に与えている入門書だった。
「ほう、そうか。面白いかい?」
「別に!」
と言いつつ、教本を読み進める彼女の表情は真剣そのものである。
暫らくして、何ごとか納得した様子の妖ノ宮が顔を上げた。
「……よし。ねえ、手を出して」
トビ色の双眸は無邪気な好奇心に輝いている……「試して」みたいのだと訴えている。
「いつもあなたにして貰ってばかりだから、お礼に、今日は私が指圧してあげる」
「はあ、それはどうも」
彼は仕方なく、よく鍛えられた玄人の広い掌を差し出した。
神技の持ち主と名高い慈院総元締めに向かって、「指圧してあげる」とは良い度胸である。
「ここが労宮かな……もみもみ」
白く幼げな両手がペタペタと経穴を探し始めた。
――うつむく妖ノ宮は見惚れるほど可憐だった。
その愛らしい額に接吻したい衝動に駆られたが、火術で炙られそうだったので、法縁は思い留まる。
彼女は半妖の恐妻なのだ。
「ふふ、気持ちいい?」
はにかんで尋ねられ、美貌に魅入られていた彼は、慌てて応える。
「ア、あぁ……気持ち良い。今日は妙に優しいな。気味が悪い」
「よかった。帰ったらまたしてあげるね! じゃ、皆とイノシシ捕まえにいってくる。
夕餉は豪勢なシシ鍋よ。楽しみに待ってて。イェイ♪」
キャッキャと辺りに小花を散らしながら、彼女は山狩りへと出陣した。
「ヌフ、ヌフフフ……! ヌフハハハハッ!」
残された法縁は思わず哄笑を上げる。
自分の嫁から愛情を込めて指圧されるのは、なかなか悪くなかった。
今後は、妖ノ宮に「癒しの指」の技術を教え込み、イチャイチャしながら、互いに施術し合うのも楽しいかも知れない。
みごと妖ノ宮の心を射止め、逆玉の輿に乗った法縁は幸せだった。
妖ノ宮も「婿兼お弁当」を獲得し、幸せだった。
嫁特典として、いつでもどこでも無料で「婿兼お弁当」から指圧治療をして貰えたので、彼女はみるみる健康体になった。
幸福だ。
しかし気を抜けば、きっとすぐに喰われる――あの食人鬼の姫君に。
既に夫婦になったとはいえ、自己防衛のため充分に警戒しなければ……。
だが!妖ノ宮はわしの嫁~ェ♪
わしは!妖ノ宮の婿でお弁当~♪
二人は!幸せイェイ♪イェイ♪イェイ♪
――――終 劇――――
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法縁と宮様が打ち解けているシーン、原作でも見たかった。