第25話 -新たな門出-
張三姉妹は、復活麗舞とも言える久々に人前で歌えるということにいささか興奮していた。といっても、名目上は誰も知らないぽっと出の新人。バックに北郷一刀という大人物を抱えていても、彼女たちの正体を考えるといきなり大それたことはできない。そんなわけで、彼女たちが準備にあくせくしているのは、街で年に一回行われる祭りのために設営された舞台の上での、ある意味おまけのような公演である。しかも、今年は運の悪いことに北郷軍が出兵する日に重なってしまったおかげで、少々人の入りが悪くなるのではないかと噂されていた。それでも、彼女たちの久々の公演であることには違いない。三人の気合は十分だった。
地和「よいしょっと。ま、こんなもんかしらね。」
設営における力仕事など、以前の彼女であれば面倒臭がってほかの者に丸投げしていただろう。これも日々メイドとして労働に勤しんできたことによる成長の証なのだろう。そんな彼女の姿を作業の端で見つめる彼女のファン兼黄巾の面々。
作業員「俺たちのちーほうちゃんがあんなに一生懸命...くぅ!」
その一方で、
作業員「そんなちーほうちゃんを側で侍らせているなんて、なんてうらやまし...いや!けしからん!許さん...許さんぞ、北郷一刀!たとえ命を救われた身とはいえ、こればっかりは断じて許さんぞぉ!!!」
街中で血涙を流し感情をあらわにする男たち。知らない所で恨みをかっている北郷一刀であった。
一刀「っ!なんか今ものすごい悪寒がしたんだけど...」
人和「...まあ気にしない方がいいです。それより人の整理のことなんですけど...」
一刀「ああ、そっちはたしか商店街の方から人手が...」
北郷一刀も本当は出立の準備で忙しい身であるはずが、時間の合間を縫って祭りの準備の様子を見に来ていた。なにしろ年に一回ということで、明日も出立の前に軽く挨拶だけはしていくようだ。
天和「だ~れだ♪」
一刀「おっぷ!この声と背中にのしかかってくる圧倒的なしつか...いかんいかん。天和だろ?」
天和「あったり~♪」
祭りの雰囲気も相まってすこぶるテンションの高い天和であった。しかし、
天和「ねぇ、明日、本当に見に来てくれないの?」
一刀「ごめん。明日は最初に挨拶だけしたら、出立の準備やら指揮やらしなきゃいけないんだ。折角の初めての麗舞なのに、ほんとうにごめんね。」
高揚していた気分もすぐにしぼんでしまう。再び歌手に戻る彼女たちは、明日の公演を機にもう一刀のいる城内で保護を受ける必要はなくなる。その意味で、明日は一刀と張三姉妹の関係がこれまでと変わる日でもあった。
天和「わざわざこんな時に、戦争なんてしに行かなくていいのに...」
一刀「...ごめんよ。」
人和「姉さん、ご主人様にもご主人様の仕事があるんだから。」
天和「それはわかってるけど...」
こう呼ばれるのも今日で最後になる。また歌手として活動できるのは喜ばしいものの、三人との楽しい日々も終わるかと思うと名残惜しくもあった。気まずい沈黙が流れる中、
地和「あら、皆してどうしたの?私を除け者にするなんてひどいじゃない。」
たった今加わった地和が怪訝そうにしつつもその沈黙を破る。
地和「?」
一刀「それじゃ、明日頑張ってね。応援してるよ。」
そういって一刀は待機していた兵士を伴ってその場を後にする。三人はただその去っていく背中を見送っていた。どことなく暗くなりかけていたところに、
天和「さ、まだ準備も残ってるし、さっさと終わらせちゃおうか。」
いつもの様に長女である天和が明るく二人の妹に声をかける。
その晩遅く、準備を終えた三人は会場から城への帰路についていた。その頃には、明日に控えた公演への熱と景気付けのために少し奮発したおかげで、三人の調子もすっかり元に戻っていた。
天和「うーん!明日楽しみだなぁ。たくさん見に来てくれるといいよね。」
地和「そうねぇ、どうせなら最初はぱーっと派手に騒ぎたいわよね。」
人和「姉さんはいつも騒いでるけどね。」
地和「なによ~、いいじゃない。明日は私たちにとって特別な日なのよ?」
天和「そうだね~。」
なんとなく、ここにこぎつけるまでのことを思い出し感傷に浸っていると、
アニキ「おい、チビみろ。偉くベッピンな姉ちゃんがいっぱいいるぜ。」
チビ「そうですね、アニキ!」
デク「...んだ。」
城にも程近い通りで、いかにもガラの悪そうな三人組が声をかけてきた。ここしばらくの街の警備の状況などを鑑みれば、まだこんな輩がいたのかとある意味物珍しさすらあったが、三人が気に止めたのはそんなことではなかった。
地和「その格好...」
アニキ「おう?珍しいか?俺たちゃ泣く子も黙る黄巾党だ。」
そう、彼女たちの前に立ちはだかるこの三人組は黄巾党のトレードマークである黄色い布を身に纏っていたのだ。それは本来は彼女たちのファンの証であるが、目の前の三人は彼女たちが誰かもわからないことからわかるように、それを知る由もないだろう。
彼女たちは一刀に保護されてからというもの、その装束を身に纏っている者を見ることは殆ど無かった。彼女たちとともに保護された者達は、自分たちは真に彼女たちを応援してきた者であるという誇りから、今でも腕や太ももに黄色い布を身に纏っていることもあったが、対外的な理由からあからさまにそれと分かるような風体をすることはなかった。この街にいる皆が事情を知っているわけではないし、旅人などからすればそれを知っているはずなどなく、黄巾党がいると知れれば残念ではあるが騒ぎがおこり、下手をすれば他国に攻め入るきっかけを与えるのは間違いない。それほど、天下に広まってしまった黄巾党には拭い切れないイメージがついてしまっていたのだ。
だからこそ、その略奪者、暴力の塊としての象徴となっているその装束は彼女たちの心に一刀に保護されるまでの日々を思い起こさせる。
アニキ「へへっ。こいつは上玉じゃねぇか。おい、騒いだりすんじゃねぇぞ。」
下衆顔でそうにじり寄ってこようとする長身の男。
天和「っ!」
恐怖に体が言うことを聞かない。逃げなければ、助けを呼ばなければと思うものの、普段はあんなにも通る声を発するその喉は、奥でスースーと足りない酸素を求めて息を通すのみだ。
アニキ「こいつは俺んだ。お前たちはそっちの二人を相手してやんな。」
チビ「へい、アニキ!」
デク「...わがっだ。」
このままではいけない、妹達までひどい目に合わされてしまうと思い、せめてもと逃げろと視線を送る天和であるが、二人の妹達も蛇に睨まれた蛙のように、動けずにいた。
アニキ「さあ、こっちにきなっ!」
天和「...っ!」
もうだめだと思い目をつぶってしまう。その時、
??「せぇい!」
アニキ「ぐはっ!」
背後から思いがけない攻撃を受けた長身は、うめき声を上げて前のめりに倒れる。天和が目を開けると、今まさに自分に手をかけようとしていた男が地面でうずくまっていた。残りの二人も、背後から現れた来訪者に気づき、腰から剣を抜く。
チビ「だ、誰だっ!」
一刀「この街の警備のものだよ。三人とも無事みたいで何よりだ。さあ、武器を置いておとなしくしてもらおうか。」
彼女たちが暴漢二人越しに見る先には、見知った顔が警備の兵士を伴って立っていた。五人はいるだろうか、数の不利を悟り襲ってきた二人はジリジリと後退しようとする。その間にも、さっと横を通り抜けてきた三人の兵士が彼女たちを守るために二人との間に割ってい入る。
一刀は彼女たちの帰りが遅いのを心配して、本来は明日のためにも寝て置かなければいけなかったのだが、こうして自ら様子を見に来たのであった。
兵士A「お怪我はありませんか?!」
兵士B「俺たちのちょうほ...ちーほうちゃんに手ぇだそうなんざ不貞野郎だ!ただで済むと思うなよ!」
兵士C「もう安心です。ここは我等にお任せください。」
奇しくもそれは以前彼女たちをすぐ側で警護していた親衛隊の者たちだった。
天和「一刀、みんな!」
アニキ「...つつつ、ってぇな。良くもやりやがったな。オメエただじゃ置かねぇぞ。」
リーダー格の長身が起き上がったことで、残りの二人も息を吹き返したように臨戦態勢をとる。その様子に、かばうように三人を守る兵士が後ろに下がるよう促す。
一刀「悪いことは言わない。もう悪さをしないと誓ってくれるならこの場は見逃す。追いもしない。だから頼む、剣を納めてくれ。」
アニキ「何言ってんだ、このトーシロが!てめえなんざ俺がぶっ殺してやらぁ!」
息巻き剣を抜く長身に警備の兵士たちも自分たちの獲物を握り直す。長身と巨漢が一刀達の人数をの多い方を、小さいのが三人を守る兵士に向かい合ってこちらも剣を構える。そして本来血を見ることを好まない性格の一刀が、あえてスキだらけで命さえ奪ってしまえた一撃目を手加減したことなど、長身には伝わっていなかった。
彼らのような黄巾の残党は、軍によってその多くが一度見つかれば一人残らず殲滅させてられてきた。それは民衆に、賊となり他人の命財産を奪うようなものには容赦はしない、だからそのような悪事を働いてはならないということを訓戒として教える働きもあった。そのスタンスはここでもほとんど同じだ。一刀自身は会心してくれればそれに越したことはないと思う面もあるのだが、実際にその被害にあった力なき民たちを納得させるにはそうもいかないし、なにより民と仲間を守るためには時に命を奪わなければいけないことも理解していた。
一刀「(参ったな...)」
こちらも奇しくも目の前の三人に見覚えのあった一刀は、相変わらず毅然とした顔をしたまま頭のなかでは思考を巡らす。その張り詰めた表情に、いつもの優しく微笑む姿に慣れ親しんだ三姉妹が衝撃を受けているということに、一刀が気づく余裕はなかった。
一刀「(愛紗が追い返してくれた連中がまだこんなトコロをうろついてたなんて...あっちは全然覚えてないみたいだけど。)」
彼らの実力を知っている一刀としては、あの一番大きな男にさえ注意していれば、二体一をとれるこの人数でこちらがやられることはないだろうと考えていた。だが、相手に関してはそうは言い切れない。こちらの命を奪おうと考えている人間を無傷で倒せるほど、一刀は一対一ならなんとかなるだろうが、一緒にきてくれた警備の兵士は武術に長けているわけではない。一刀は奥で成り行きを見守っている三人に、できれば血を見せたくなかった。それもあって、あのリーダー格の男さえ気絶させてしまえばの頃の二人もその男をかばって引いてくれるだろうと一計を案じたが、どうやら一刀の一撃は手加減に過ぎたらしい。
このままでは確実に誰かの血が流れる。その場の誰もがそう思い、一触即発の空気が流れる中で、
愛紗「悪いが、眠っていてもらおうっ!」
一刀がでかけたという報告を受けた愛紗は、すぐに一刀を追ってきていた。そして瞬時に状況を把握した愛紗が、暗がりで死角になっていた通りの間から割って入ってきたのだ。突然のことに動揺し、武器を向ける間もなく意識を奪われる三人。危機が去り、他の者達はほっと胸を撫で下ろす。
愛紗「ご無事ですか。」
一刀「ああ、助かったよ。ありがとう、愛紗。」
愛紗「いえ、お守りするのは当然のことですから。」
少し赤く染まる頬をすぐに引き締める。
愛紗「とりあえず気絶させましたが、この者達はどうしましょう?」
一刀「どうやら、懲りずに悪事を働いていたみたいだね...」
愛紗「...やはり、斬首いたしますか。」
そう言いつつ、自らの青龍刀の刃を地面に伸びている男の首筋に当てる。斬首という言葉に安堵していた三姉妹がピクリと反応する。そしてつい口をついてでた言葉。
三人「待ってください。」
次の日。祭りの興奮で街が賑わっていた頃、街の通りを後ろ手に縄を繋がれて歩いている三人がいた。
アニキ「全くなんだってんだ。俺たちを殺さないでおくたぁ、馬鹿な奴らだ。お前らあとで覚悟しとけよ。」
兵士A「黙って歩け。せっかくつないでもらった命をそう粗末にするものではない。」
兵士B「覚悟するのはお前らよ。お前ら、あれを観てまだそんな口が叩けるようなら、本当に首ちょん切っちまうからな。」
兵士C「急ごうぜ!これを見逃したりなんてしたら俺は一生後悔する!」
アニキ「全くなんだってんだ。」
チビ「アニキ、こいつら、ちょっと頭がオカシイですぜ。」
デク「...腹減っだ。」
そうぼやきつつも三人が連れて来られたのは、多くの人で賑わう広場にやってきた。そこにはやたらと町の住民やらが何かを待ちわびるように部隊に視線を注いでいた。
アニキ「なにが始まるってんだ?」
兵士A「黙っていろ。見てればわかる。」
そこへ、設置された舞台のどこからか、音楽が流れてくる。
アニキ「なんだぁ?南蛮の妖術かなんかか?」
兵士B「オメエは静かにしとけ!そら、始まるぞ。」
アニキ「ああっ?」
縛られてても出せない長身は諦めて舞台に視線を注いだ。
??「みんな~っ!初めまして~!」
兵士C「ほああああああ!」
アニキ「なんだぁ!?こいつ、気でも触れたか!?」
兵士A・B「ほあっ!ほああああああ!」
やけに明るい声が再びどこからか流れてくると騒ぎ出す兵士三人。呆気にとられて目を丸くする長身だったが、それは祭りに集まった群衆の中からもところどころ響いていた。その元凶となったものが気になって声の出てくる方を見つめても誰もいない。
??「今日はわざわざ私たちのために集まってくれてありがと~!」
兵士・群衆「ほあああああっ!」
??「皆さんが楽しめるように、一生懸命歌いますので、聞いていってください!」
アニキ「...歌...??」
??「私たちは数え役満姉妹ですっ!」
パーンッという炸裂音とともに舞台に煙が上がる。それが晴れるとそこには三人の女の子がポーズをキメて立っていた。
アニキ「ありゃ昨日の?」
地和「行くわよ~!それじゃ早速一曲目!」
兵士・群衆「ほああああああっ!」
いつの間にか、叫び声を上げる人数が増えている。それは彼女たちが歌い終えるまで何度も繰り返された。
兵士C「やっぱり、地和ちゃんの歌は最高だぜ!だろっ!」
兵士B「いや、やっぱり人和ちゃんの歌が最高でさぁ!」
兵士A「やはり、天和ちゃんの歌こそが最高です。ああ、この日を迎えられたことを感謝しなければ。」
公演が終わってあーだこうだ言い始める兵士たちであったが、任務を思い出し自分たちの連れてきた三人に意識を向ける。
兵士A「それで、どうだった三人の歌は?」
アニキ「ああ...」
半ば放心気味だった長身が口を開く。
アニキ「ありゃ...最高だ。」
チビ「ああ...なんだかわらねぇがすげえ迫力だった...」
デグ「う、うん...」
アニキ「なんかよ、あのしっとりとした曲の時よ、とっくに死んじまって覚えてねぇはずなのになぜか母ちゃんのこと思い出したぜ...そういや、母ちゃん言ってたな。人のためになるように生きろって。おらぁ、なんて今まで親不孝に生きてきたんだ...」
その感想に兵士たちが互いにニヤリと微笑む。
兵士C「よかったな。地和ちゃんたちが口添えしてくれなきゃ、お前たち命がなかったんだぜ?」
アニキ「な、なんだと?」
兵士B「人和ちゃんは優しいかんなぁ。お前たちを自分たちの歌で改心させてみせるから、一晩待ってくれって大将に言ったんだ。」
兵士A「北郷殿はお前たちが一生かけてきちんと罪を償っていくと約束するなら、命まではとらんといってくれたぞ。お前たちはどうする?」
互いの顔を見て、一瞬の間の後、大きく頷く三人。
アニキ「頼む、俺たちに罪を償わせてくれ。なんだってやるからよ。」
舞台袖では、コトの成り行きを見守っていた三人が、兵士たちの高々と掲げられたグーのポーズにこちらもガッツポーズを決めていた。
地和「やったわね!ふふん、どんなもんよ!」
人和「ええ。彼らは私たちを知らなかったみたいだけど、結果的にはこれでよかった。」
天和「うん、やっぱり生きてるほうがいいよ。私たちもそうだったじゃない。」
彼女たちがあの群れとともに旅をしていた時、初めは邪な目的でついてきたものの彼女たちの歌を聴いて改心し、ぜひ親衛隊に入れてほしいと願い出てきた者たちもいた。彼女たちはその時の経験から彼らを改心させることができると考えたのだった。
天和「あとは...」
三人は、皆昨晩のある人物のことを思い起こしていた。いつも三人に笑いかけてくれるあの人が、なぜあんなにも厳しい表情をしなければならなかったのか。自分たちはいつも戦場から遠いところにいていつも無事に帰ってくるあの人を待っているばかりで、普段あの人がどんな考えで戦場に立っているかなんて考えたこともなかった。
あの人はどこか自分たちを戦場から遠ざけておきたいと考えている節がある。それはもちろん、武力も知略も持ち合わせていない三人を身の回りの世話のためだけに危険な戦場に連れて行こうと考えること自体なくても当たり前だ。だが、彼は遠征の時などに自分たちも付いて行くといってものらりくらりと話を逸らし、連れて行ってはくれない。前は除け者にされているような感じがする程度だったが、今はそれ以上に気にかかることがある。あれほどのお人好しが、なぜ人の命を奪う戦争をしているのか。そもそも、お互いに悪さをしているわけでもされているわけでもないのになぜ戦争が起きるのか。
天和「確かめなきゃ。」
地和「そうね。」
人和「ええ。」
愛紗「部隊の招集が完了しました。後は一刀様のご指示があれば、いつでも出立できます。」
華雄「こっちも終わったぞ。いつでも出られる。」
一刀「よし、あとは...」
風「輜重隊の方もバッチリ編成済みなのですよ~。」
一刀「この短期間にさすがだな。よし、じゃあ出発しよう!」
出撃する前に、ずらりと並ぶ兵隊に向かって叫ぶ。準備は万端だ。
一刀「みんな!これから初めて他国に戦いに向かう!連合軍に参加した時とはわけが違う。不安になっている人もいるだろう。だけど...!」
そこで一度言葉を区切り、
一刀「ここを...ここに住む人達を守るためにも、そして、大陸中にいる今苦しんでいる人を助けるためにも、俺たちは天下に羽ばたかなきゃいけない!だから、みんなの力を俺に貸してくれ!」
兵士「おおーっ!」
愛紗「全軍前進!」
気合十分とばかりに部隊が次々と城門を抜けていく様子はとても頼もしい。三人も一礼して各隊を指揮すべくそれぞれに散っていった。それを見守り、さて自分も出ようというところに、
??「ちょ、ちょっと待った~!」
後ろから呼び止める声に振り向くと、見慣れた三人が旅用の荷物を背負って追いかけて来た。
一刀「ええっ?!」
地和「はあ、はあ...私達を置いていこうなんて、どういう了見よ!」
一刀「だって地和...ええ?!」
天和「そうだそうだ~!」
一刀「天和...」
人和「ご主人様、私たちもついていきますので、よろしくお願いします。」
一刀「人和まで...それにそれはもう...」
人和「私たちは歌手に戻ったら貴方の側から離れるなんて、一言も言ってませんよ?」
突然のことで整理はついていないのだが、三人は置いていかれていくことを少なからず苦々しく思っていたらようだ。だけど、三人は少し特殊とは言っても一般人だ。連れて行けと言われてはいどうぞ、などと軽々しく言えるわけがない。強引に迫る三人にどうしたものかとあたふたしていると、
華雄「お前ら、遊びに行くのとはわけが違うんだぞ。」
出発していく列を離れ、見かねた華雄が助け舟を出す。負けん気の強い地和が前に進み、すぐに食って掛かる。
地和「そんなことわかってるわよ!」
華雄「いや、わかっておらん。そら!」
華雄は己の戦斧を地和の鼻先までぶるんっと奮ってみせる。地和は、ギリギリのところまで振るわれた命を狩るものから、思わず目を閉じ逸らしてしまった。
華雄「口ほどにもない。覚悟もないやつが軽々しく踏み込んでくるところではないっ!おとなしくここで待っていろ!」
いつになく強い口調で威圧する華雄。旗から見れば迷惑だからついてくるなと言っているだけのようだが、おそらくこの三人の身を案じているからこそこのように強い口調になっているのだろう。
人和「華雄さん、貴方の言いたいことはわかっているつもりです。ですが、私たちはどうしても今回ついて行かなければいけないんです。」
華雄「だからな...」
天和「華雄さん。」
華雄「お、おう。」
これまた真剣な様子で華雄をじっと見る天和。いつもの天真爛漫な天和しか知らない華雄はあまりの違いに面食らってしまった。
天和「お願いします。私たちが足手まといなのは百も承知です。それでも、私たちも一緒に連れて行ってください。私たちは守られるばかりで、普段あなた達が戦場にいてどんなことを感じているかなんて考えたこともなかった。だから、ご主人様や華雄さんたちの普段見ているものを、私たちも見届けたいんです。」
華雄「...」
唖然とした様子の華雄にそう語る天和。その様子に彼女たちがいつもと違い、どこか決意に満ちているように感じられる。彼女たちもまた、新しい世界に踏み出そうとしているのかもしれない。彼女たちの真意をさらけ出してくれた華雄に感謝しつつ、
華雄「...私は武官にすぎん。北郷、決めてくれ。」
一刀「ああ...わかった。いいよ、一緒に行こう。三人は、俺と一緒にいてくれ。」
その言葉に、喜び合う三人。その横で、華雄は俺に静かに問いかけた。
華雄「本当によろしいのですか?あの者たちは確実に戦闘においては邪魔になります。」
あえて敬語を使ったというのは、感情を抜きにしたあくまで軍事のプロとして、そして家臣としての華雄の意見ということだ。その全くもって客観的な意見に対して俺が答えられるのは、
一刀「俺も...そうだったからさ。いつも愛紗たちに守られるばかりで高みの見物なんて嫌だったんだ。だから無理を言って前線に立たせてもらった。俺も戦場では結局守られるだけで足でまといなのはわかってるけど、形ばかりでも君主として、そしてなによりみんなの仲間として、せめて同じ所に立って皆の生き様、死に様を見届けなきゃいけないと思ったんだ。彼女たち自身が本当のところどう考えているかなんてわからないけど。それでもだ、華雄。申し訳ないんだけど、こんなふうに勝って極まりない俺と彼女たちを守ってもらえないかな。」
計算も何もない、それこそ全くもって主観的な要望だった。
華雄「...」
それを聞いて華雄はしばし沈黙。そして、
華雄「何を言っておられる。貴方を守るのが、私の役目です。貴方がそうしろとおっしゃるのであれば、私は持てる全力により事に当たりましょう。」
そう言って微笑む。
華雄「ですが、私も背中には目をつけておりませぬゆえ。私の背中は貴方に見ておいていただきたい。」
一刀「ああ、わかったよ。君の背中は任された。」
互いに見つめ合う。丁寧な口調の華雄は、いつもの猪などと揶揄されて腹を立てている時とは違い、とても崇高な存在にすら感じられた。周囲の音が遠くなる感覚が訪れ...
愛紗「んんっ!」
る前に一気に現実に引き戻された。
地和「げぇっ!関羽!!」
華雄「ふ、ふん!かかか勝手なやつだ!まあお前たちも含めて私が守ってやるから、安心してついてこい!ではなっ!」
さっきまでのかっこよさはどこへやら、土煙だけを残して脱兎の如く逃げ出す華雄。
愛紗「なにやら大事な話だったようですが、貴方の忠臣たる私にもどうかその内容をお教えいただけないでしょうか?...ふふふ。」
死んだ!出陣できずにここで死ぬ!
一刀「それがさ、天和たちもついてきたいって...なぁ?」
後ろを振り向けば、すでにその三人も身の危険を感じて退避した後だった。
愛紗「どうされたのですか?後ろには誰もいませんよ?」
まあ...どうしようもないときってあるよね!
一刀「今日は空がキレイだな...」
一刀「...というわけなんだよ。」
愛紗「なるほど、そういうことでしたか。」
なんとか事無きを得た...ということにしておこう。実際には結構な時間が立っている気もするが。なによりよく行軍に遅れなかったものだ。二人で馬を並べて行軍に加わる。
愛紗「しかし、華雄の言うこともまた事実。御身を守る我らの身にもなってください。貴方の周りに女性が増えれば、それだけお守りするのも難しくなるのですよ?ましてや戦場においてはなにが起きるかわからないのですから。」
一刀「別に女性に限ったことじゃないんじゃ...」
愛紗「とにかく!貴方に忠義を誓っている以上、ご決断には異論は挟むべくもありませんが、次からは私にも決定なさる前に一言ご相談ください。」
一刀「うん...次からはそうするよ。」
勢いに押されてつい頷いてしまう。結局こういうことで頭が上がらないのはいつものことだ。
愛紗「必ずですよ?」
馬を寄せ念を押す愛紗にコクコクと頷く。霞や星のいない今の間は、完全に愛紗の独壇場だ。
愛紗「しかし、蜀と言えば厳顔といった歴戦の将やその配下の魏延といった有能な将もいるとか。先行した者達が心配ですね。」
一刀「そうだね...でもきっと霞と星がうまくやってくれているさ。それと、俺の知ってる範囲だとその二人も劉備の配下になってたんだけど...ここは史実とは違うことが前より断然多いから、どう転ぶかわからないね。確か史実だと、龐統が元々蜀にいた人に手引きさせて劉備は蜀にはいったのだと思うけど。」
愛紗「なるほど...しかし、雛里は蜀将たちの取り分けそういった忠義に薄い点を警戒していたはず。果たしてそのような策を用いるでしょうか。」
一刀「うーん、そうなんだよなぁ。いずれにせよ、あまり時間はかけられないね。ここで手間取ると、これからの魏の侵攻にも備えられなくなるし。呉はできれば敵対しないでくれると助かるけど...」
愛紗「孫策が美人だったからですか?」
一刀「そ、そんなことないってば!」
愛紗「どうでしょうか。貴方は女性と見ればいつも色目ばかり...」
ジト目でこちらをみつめてくる愛紗。確かに雪蓮さんは美人だったけど。どうやら風が入ってから少し機嫌が悪かったのも主に俺が原因なのだろう。
愛紗「一刀様。」
一刀「は、はい。」
つい敬語になる。別にやましいことなんて考えてなかったはずなんだが...
愛紗「我等も結構な大所帯になって参りました。兵を指揮する武官は皆誰も優秀、文官も雛里だけでなく風もあの態度はともかく仕事は一級のものです。ですから、」
一刀「ですから?」
愛紗「...これ以上、女性を口説かないように。」
一刀「く、口説くって...というか、今いるメンツも皆、結構あっちから入りたいって人が多かったと思うんだけど...」
愛紗「ですから、もうこれ以上は増やさないように。入りたいとあちらから申し出ても断るように。これ以上将が増えれば軍も一枚岩ではいられなくなるやもしれません。」
一刀「別にそんなことはないような...」
というかそれ、女性かどうかなんて関係ないよね?
愛紗「事実!霞や星、特に祭などは私から幾ら言っても昼間から酒を飲んだり、仕事中の者に酒を薦めたりするのをやめませんっ!一刀様からも控えるように促していただきたいっ!!」
ものすごく個別的な件だと思うんだが...声を荒げる愛紗にまあまあ。というか、その薦められて飲んでしまっている人の一人としては耳の痛い話である。そもそも、これから他国に攻め込もうとする国の代表とその右腕の会話じゃないよな、これ。
-あとがき-
読んでくださった方は有難うございます。こんばんは、れっどです。いつの間にやら第一話の閲覧数が三千に。有難うございます!
短くまとめるつもりがむしろえらく長くなってしまいました。 戦闘パートを期待していた方がいらっしゃいましたらすいません。一刀君がまだ街を出てなかったんです。街を出るだけで一話使い切っちゃいましたけど...大丈夫なのか、これ。そしていつぞや触れたあの三人がまた登場。今後出番があるかは...1回くらいはあるかな?そういえば最初に出会う黄巾の三人組って真で張三姉妹のキャラを出す発想のもとになってたりするのかな?なんてことを疑問に思ったりもしました。
次回もなにもなければ三日後か四日後に更新したいと思います。先書きながらあげたいとか言った割には次の話が構想はできてても内容がぜんぜん書けてないんですけどね(汗
それでは、次回もお付き合いくださる方はよろしくお願いします。余裕があればみなさんの忌憚のないご意見などいただければ幸いです。ではでは。
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恋姫†無双の二次創作、関羽千里行の第3章、25話になります。
この作品は恋姫†無双の二次創作です。 設定としては無印の関羽ルートクリア後となっています。
なんとか間に合いました...それではよろしくお願いします。