No.600624

真・恋姫†無双 風雲となれ 第四話

edumaさん

キャラが安定しない。
今更ですが改変・捏造設定多いです。

2013-07-23 04:55:02 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1127   閲覧ユーザー数:1027

 第四話

 

 

 

 まばらに雑草の生える平原の中を、街道に添って歩く三つの人影と一つの荷馬。

 典明、朱里、雛里の三人である。先の予定通りに、水鏡と徐庶に見送られて水鏡女学院を出立したのだ。

 

「しかし、コイツのお陰で思ったより旅が楽になったよなぁ、いやぁ本当に」

 

 典明に首を撫でられた荷馬が小さく嘶く。荷馬とはいえ、決して安くないこの馬は元直から三人への贈り物だ。

 

「そ、そうですね。元直ちゃんには感謝しきれません」

「あぅ…私達だけじゃ持ちきれなかったもんね…」

 

 典明の言葉に、朱里と雛里がドギマギして視線を右往左往させる。

 二人の歯切れが悪く、典明がこんな風に意地悪く言ったのも理由がある。

 

 遡ること少し前。出発の時間になり、学院の門前に現れた二人が背負っていたのは大型の荷物。

 その大きさたるや、二人の体がスッポリ入ってしまいそうな程。

 背負った二人も心無し、いや明らかに力を入れて踏ん張っている様子で、その顔は充血していのだ。

 中身を聞いてみれば、入っているのは大量の本。学院の書庫に籠り、役に立ちそうな事柄を厳選して書き写したらしい。

 代わりに着替えや食料は必要最低限を僅かに下回るという徹底ぶり(?)だ。

 

 知識こそ二人の資本とはいえ、二人の筋力・体力を考えれば、長旅を続けられる物量ではない。

 これはどうしたものかと典明が頭を抱えている所に、徐庶が荷馬を連れてやってきたのだ。

 もちろん、彼女がその光景に呆れていたのは言うまでもない。

 

「とは言え、厳選したにしては多すぎないか?二人の記憶力ならこんなには要らないだろ」

「あわわ…い、いざ旅をしようと思ったら心配になりまして……」

「そ、そうです!決して不必要な物を持ってきたわけではありませんよ!?」

「その言い方だと逆に胡散臭いぞー、朱里」

 

 荷物の底に隠したアレだけは知られるわけにはいけない。朱里と雛里の共通した見解である。

 彼女達の中にも淑女の体裁というものがあるのだ。

 

「じょ、女性の事をアレコレ探るのは感心できませんよ?」

「そうです…破廉恥漢です……」

「なにそれひどい。分かった、この話は止めにするよ」

 

 露骨な論点ずらしだったが、彼女達の秘密を無理に探るのは典明も本意ではない。

 三人での旅だ。出だしから険悪な雰囲気は御免被りたいものだ。

 典明は鞄から地図を取り出す。街道が記されただけの市販の地図に比べかなり精緻なものだ。

 

「確認したいんだが、俺達は南陽とやらに向かってるんだよな?」

「はい。南陽は一州に匹敵する人口を持つ国随一の土地です。様々な情報も集まりますから、情報収集に打って付けです」

「それに南陽を通れば洛陽にも近いですから…」

 

 朱里が横から顔を出し、地図の上をトンと指差しながら答える。雛里も顔を出し、洛陽の位置を指し示す。

 洛陽。この国の首都であり、典明が知っている数少ない地名だ。

 反董卓連合の舞台であり大火事に見舞われた危険な場所、というのが典明の認識だ。

 今この時でも聞こえてくる洛陽の噂は酷いもので、あまり近づきたくないというのが本心だ。

 

「うーん、本当に洛陽に行きたいのか?」

「はい、この国が抱える病魔の中心を、この目で確かめておきたいんです」

「もはや朽ち逝くのか、それともまだ間に合うのか…それを見極めたいんです」

 

 典明としては二人を悪心渦巻く洛陽に近づけさせたくはない。だが言っても聞いてくれないだろう。

 割と頑固な一面が二人にあることを知る典明は、それ以上言い募ることはしなかった。

 

 

 

 

 

 出立した時には山間から顔を覗かせていただけの太陽も、今は中天に登っている。

 頃合いと見て典明たちは街道から離れ、近くの小川のそばで火を熾し、昼食を取ることにした。

 

「おっ、美味い。ちょっと意外だ」

「初日なので、日持ちを考えなくてもいい昼食を用意しておいたんです」

「旅食は次から本番って事か」

「私、旅食はあんまり食べたくないです…」

 

 雛里の言葉に、朱里と典明は苦笑とともに賛同する。出立前に旅食を試食してみたが、残念な味だった。

 この時代の保存食を大雑把に言えば、漬け物か、乾物だ。

 どうしても素材本来の味とは変わってしまい、癖の強い食べ物になってしまう。

 

「旅食も調理次第ですけど、出来るだけ街中で食事を摂るようにしたいですねー」

「となると、一時的に働く必要も出てくるな。路銀も大事にしたいし」

「あわわ、私働いた事ないです……」

 

 出掛けにもらった餞別の路銀。三人旅としては十分といえる量を貰ったのだが、一体どうやって捻出したのだろうか。

 水鏡曰く『副業』で稼いだらしいが、内容は教えては貰えなかった。

 

「雛里、君の夢を追い続ければ、今後は色んな人と関わるようになる。

 その時になって苦労しないように、働くなりして他人と接する事に今の内から慣れておいて損はないぞ?」

「は、はい…頑張りましゅ」

 

 返事は前向きだが、雛里はその光景を想像したのか不安げな表情だ。典明は箸を置く。

 

「大丈夫だって、俺が雛里に丁度いいのを探してやるよ」

「あわわ……」

 

 そして安心させるように、帽子の上から雛里を撫でてやる。正直撫でにくいのは秘密だ。

 典明の気遣いに、雛里も照れながら小さな微笑みを向ける。

 

「またですか…またなんですか…雛里ちゃんは小悪魔です……」

 

 眉間にシワを作った朱里が何やらブツブツ言いながら、ドンドンと料理を口に運ぶ。ちなみに小声過ぎて二人には聞こえない。

 

「さあ!二人ともさっさと食べますよ!時は金なり!“たいむいずまねぇ”です!」

「え?…うわっ、そんなに早く食うと喉に詰まるぞ朱里!」

「あわわ、どうしちゃったの朱里ちゃん?」

 

 なぜか急かしてくる朱里に疑問を覚えながら、二人も食事を再開する。

 食事を終えた後三人で白湯を飲み、人心地をつく。

 

「今日予定してた街まではもう少しあるけど、二人とも足は大丈夫か?」

「お陰様で。こんなに歩いて元気なのは自分でも驚きです」

「はい…特訓の成果がありました」

 

 はっきりとした返事が返ってくる。この数ヶ月、二人が最も頑張っていたのが体力づくりだろう。

 以前、農作業をしている二人を見かけた時には気づかなかったが、あの時から二人は今日という日のことを考えていたのだろう。

 

「俺もこんなに歩いたのは久しぶりだよ、元直に扱かれてなかったら危うかった。車が欲しいとは今も思うけど」

「ふふ、馬車なんて上等なものを持ってるのは、貴人の方くらいのものですよ」

「……ああ、こっちだとそうなるのか。忘れてた」

「…?違うんですか?」

 

 なにせ時代が違う。勘違いが在ってしかるべきだろう。もっとも、歴史は馬が格段に深いだろうが。

 

「俺の言う車は自動車っていう…馬要らずの馬車みたいなもんだ」

「へぇ~、でもそれならどうやって動かすんですか?」

「機械だよ。エンジンやら細かい仕組みは複雑で分からないけどガソリンを燃料として動くんだ」

「あぅ…さっぱり分かりません」

「……スイマセン」

 

 全く伝わってない様子の二人に典明はつい謝る。説明がそのまま過ぎて失敗したようだ。

 こちらの基準で考えて、言葉を置き換えてみる。

 

「複雑で精巧な絡繰を、火の力を利用して動かす事で疲れ知らずで走る馬車……かな」

「あ、今のは分かります」

「火の力、とはどういう事ですか?」

「……時間がある時に話すよ、HAHAHA」

 

 歴史的なジェネレーションギャップを感じ、乾いた笑いを一つし話を打ち切る。

 以前も似たようなことがあったなぁと“ビジネス孫子”の事を思い出す。

 既に内容は二人に伝え終わっており、今はもっぱら日本語や英語の教材と化している。

 

「一服も終えましたし、そろそろ行きましょうか」

「うん、のんびりし過ぎて遅くなったら大変だもんね」

「よーし、じゃあ片付けるか」

 

 三者三様に立ち上がり、尻を払い焚き火に土を掛ける。手荷物を提げ直して、街道へ戻っていく。

 現代の日本と違ってこの国では、街は二十四時間フリーパスではない。

 邑はともかく、官庁の置かれる街区分からは基本的に防壁に囲まれているのだ。入るには検問を受け、門をくぐる必要がある。

 平時なら夜でも門は開かれていたりするのだが、今は賊が横行し、反乱まで起きている時勢。

 日が落ちれば門は堅く閉ざされ、出入りは公式な許可がなければ出来なくなるのだ。

 

 果たして、三人は無事街にたどり着き、宿を取ることに成功したのだった。

 

 

 

 

 学院のある襄陽から旅に出て、四日目の朝。三人は今、南陽郡に程近い所にある街にいる。

 一つの街と二つの邑を経由し、ここまで問題なく来られたのは幸運だろう。

 

「おはようございます、孔明です。起きてますか?」

「士元です。おはようございます」

 

 典明の泊まった部屋の前で挨拶をする朱里と雛里。朝食の誘いにやって来たのだ。

 そのまま暫く待つも、部屋の中から返事が帰ってこない。再び声を掛けるもなしの礫。

 

「うーん、まだ寝てるのかなぁ」

「朝市の時間も限りがあるし…どうする、朱里ちゃん?」

 

 ファミレスのように、いつでも店を開いている飲食店はそうそうない。

 店側は食事時だけ屋台を広げるので、時間を逃すとお預けを食らってしまう。

 取手を持ち、軽く押してみるとドアが開く。鍵が掛かっていないことに不用心だと思い、部屋に入って起こすことにする。

 

「典明さーん…入りますねー…」

「し、失礼しまーす…」

 

 何故か小声で呼び掛け、部屋の中へと入る二人。何だかイケナイコトをしている気分である。

 案の定、典明はベッドの上でスヤスヤと眠っていた。

 

「……っ!?」

「あ、やっぱり寝てるね。典明さ―――」

「はわわっ、待って雛里ちゃん!!」

 

 咄嗟に雛里の口を手でふさぎ、小声だが強い語調で静止をうながす朱里。

 一方の雛里は、親友の突然の行動に目を丸くして彼女を見やる。何やら頬を赤くして熱い視線で典明を見つめている。

 

「いいでしゅか、雛里ちゃん?その……落ち着いて典明さんを見てくだしゃ、ください」

 

 雛里に落ち着けと言いつつ、自分が落ち着いていない朱里。

  指示の意味はよく分からないが、言われるままに雛里はベッドの典明を見てみる。

 

「…?………………ンンッ!!!」

「しーっ!雛里ちゃんしぃーっ!」

 

 そしてある事に気づいた雛里は思わず声を上げそうになるが、口を抑えたままの朱里のお陰で漏れることはなかった。

 策士孔明、こうなる事を読んでいたのである。落ち着いた頃を見計らって口から手を離す。

 

「雛里ちゃんも気づいた?典明さんの典明さんが典明さんな事に…」

「う、うん。あわわ……これが艶本に書かれているア、アレなんでしゅね」

「いま起こせば、どうなるかも分かるよね雛里ちゃん?」

「えっ……そ、そっか、そういうことなんでしゅね、朱里ちゃん」

 

 言葉少ない朱里の言葉を正確に理解する雛里。今起こせば気まずくなるのは間違いない。

 二人は静かに部屋を出て、火照った顔を冷ましに井戸へ向かう。

 再び戻ってきた後は典明が目覚めるまで、扉番をするのであった。

 

 

 

 たっぷり昼まで睡眠を取った後に起きた典明は、あくびをして窓の外を見て寝坊したことに気付く。

 今日の予定は三人で昨日の内に決めている。しばし額を押さえてうなだれていたが、謝るなら早い方がいいと扉を開く。

 すると、開けたと同時にゴロンと二つの体が部屋に転がってきた。

 

「……おはよう、二人とも?」

「はわわ…お、おはようございまふ」

「あわわ…おはようございますでしゅ」

「お、おう」

 

 足元に挨拶をしてみれば、仰向けに転んだままの二人から返事が返ってきた。

 手には本を開いて持っていることから、扉に寄りかかって座って読んでいたのだろう。

 スカートが重力に引かれ非常に危うい事になっているが、平静を装って気づかない振りをする。

 二人の手を引いてまずは起き上がらせて、謝罪することにする。

 

「すまない、寝坊した」

「い、いいんですよ?その、旅疲れはよくあることですから」

「そ、そうです。気にして無い……です」

「ありがとう……?」

 

 二人がこういう時に優しいのは知っているが、何故か恐縮している様子に典明は首を傾けつつ感謝する。

 

「まずは、お昼時なのでご飯を食べに行きませんか?」

「私もお腹ペコペコです」

「分かった、顔を洗ってくるから宿の前で待っててくれ」

「はい、お待ちしてます」

 

 アレのせいで起こせなかった、朝食を逃したとは言わずに、昼食の誘いをかける二人。

 典明もそれに答え、小走りで井戸へ向かった。

 

 

 

 三人連れ立って通りを歩き、飯店・酒家と呼ばれるこの時代の飲食店に入る。

 席を適当に選び、三人で座ると店の女将らしき人が来た。代表で典明が答える。

 

「いらっしゃい、三人かい?」

「ええ、採譜があればお願いします。あと、水をください」

「あいよ、決まったら呼んでおくれ」

 

 典明に採譜を手渡し、店の奥に戻る女将。

 こちらの文字にも慣れたもので、草書体と呼ばれる崩された書かれ方でなければだいたい読める。

 三人各々に料理を選び、運ばれた料理が出揃った所で食事を開始する。

 

「美味い!やはりこの辛さが麻婆だよな」

「はふはふ」

「あむあむ」

 

 朝食を抜いたことで食い気の勝っていた二人は、典明の言葉に反応を返さない。

 内心寂しくしていると、それを見ていたのか女将が話しかけてくる。

 

「なんだい、兄さん。注文した後の短い間で喧嘩でもしたのかい?」

「いえいえ、食事に夢中なようで。これも女将の料理が美味しいのが悪いんです」

「ははは!兄さんは口がうまいね。この街は初めてかい?」

 

 カラカラと笑う女将を見て、典明は内心占めたと思った。今日この街で予定していたのは南陽の事について調べること。

 とりわけ無手の典明達では聞き込みが基本になる。自分から話しかけてくる当たり、女将はおしゃべり好きと見える。

 聞き込みをするには打って付けの相手だ。

 

「ええ、三人で南陽を目指して旅をしているんですが、女将さん何か知ってます?」

「そりゃ知っているさ。袁術様が治める街だろ?」

「袁術様?」

 

 典明は何となく聞いたことのある名前にオウム返しをする。

 

「おや、そんなことも知らないのかい?まぁ、ここいらじゃ孫家の孫策様のほうが有名だからねぇ」

「孫策様ぁ!?」

 

 またもやオウム返しをする典明。しかし、今度は明確な驚きを見せて。

 

「やっぱりこっちは知ってたのかい。今、南陽にいる袁術様の客将とやらをやっておられるのさ」

「あ、ああ…そういえばそうだった様な…」

 

 孫策。典明が久方ぶりに聞く三国志の有名人。小覇王とも呼ばれ、かつて袁術の許にいた人物。

 今自分の対面に座る二人も有名人だが、日々の生活の中で忘れがちになっている。

 

「滅法お強い方だから、賊なんてあっという間にやっつけちまうらしいよ。お陰で南陽周辺は安全ってなもんさ」

「それはいいことを聞きました。旅も楽になります」

「ただねぇ……」

 

 そこで一旦言葉を切ると、女将はスススと典明の耳元に顔を寄せ囁く。

 

「袁術様の評判は、あまり良くないね。南陽に入ったら厄介事には気をつけるといいよ」

「なんと……ご助言、有難うございます」

「そうかいそうかい。ところで、締めに杏仁豆腐なんてどうだい?」

「商売上手で。では三人前お願いします」

 

 それを聞いて女将はニコリと笑顔で厨房に戻っていった。やはり、どこの世界の商売人も強かと言うべきか。

 チラリと目の前の二人を見れば、既に食べ終わっており、今は水を飲み干してご満悦のようだ。

 こちらの話にも気も止めずに手を動かしていたのだろう。典明も箸を進めることにする。

 

「早いね、二人とも。いま杏仁豆腐が来るからな」

「あ、丁度食べたいと思ってたところです!」

「えっと、こういう時は…典明さん“ぐっじょぶ”です」

 

 

 

 

 店を出たあと、補充の為に街を散策しながら、女将から聞いた情報を二人に話す。

 

「袁術さんに孫策さんですか。こちらでも名前は把握していたのですが、おおよそ風評通りの様ですね」

「なんだ、朱里達は二人の事知っていたのか」

「でも、あくまで噂ですので…。ですが地元の人が言うのなら噂も信憑性が出るというものです」

 

 一瞬、無駄足を踏んだかと思ったが雛里がフォローしてくれたことに安堵する。

 とりあえず典明は、袁術の事について朱里に聞いてみる。

 

「袁術さんは四代にわたって三公を排出した名門袁家の出身です。その家柄は諸侯の中でも郡を抜いています」

「三公…って何?こっちの役職はイマイチ分からなくてね」

「有り体に言えば、この国における三つの最高位です。この地位に就けば、位人臣を極めたと言っていいでしょう」

 

 朱里の説明に典明は南陽では大人しくしようと決意する。

 

「つまり袁術はとんでもない一族の生まれで大物ってことか」

「いえ、家柄こそ立派ですけど、当人は特に優れた武や知を持っているわけでもないようです。

 数々の施策も思いつきばかりで、公共性も計画性もないと聞きます。三公に匹敵する器ではないかと…」

 

 朱里にしては随分とからい評価を言い切ったものだ。典明も彼女の評なら確かだろうと反論はしない。

 では孫策はどうか、と今度は雛里に聞いてみる。

 

「そ、孫策さんは“江東の虎”と呼ばれた孫堅さんの長女です」

「長女…やっぱり女性なのかぁ…………」

「…………むぅ」

「おい、どうしたんだ?」

「何でもないです…………」

 

 孫策は女性。諸葛亮、龐統、徐庶、水鏡と来てまた性別が逆転している。

 もしかしたら彼女達こそ真実で、儒教の影響によって事実が後世で変わったのかもしれない。

 足りない知識で、そんな穴だらけのくだらない妄想に典明は耽っていただけなのだが。

 雛里には少々違う受け取られ方をされたようだ。帽子で顔を隠して、そっぽを向いている。

 

「まぁまぁ、とにかく続きを頼むよ雛里」

「……元々は揚州に勢力を誇っていたんですけど…孫堅さんが亡くなられた後、勢力を保てなくなったそうです。

 周辺の豪族も、孫家というより孫堅さん個人に従っていたと聞きますから、仕方ないのかもしれません。

 どういった理由かは定かではありませんが、今は袁術さんの客将として、ここ荊州にいるみたいです」

「なるほど……」

「また武勇は一騎当千で、孫策の名は賊にも知れ渡っており、彼らも南陽には滅多に近づかないそうです。

 それとは反対に民には慕われており、その人気は袁術さん以上とか……」

 

 袁術の評に比べて、雛里による孫策の評は高評価といっていい。しかし、と典明は思う。

 

「それって、袁術にとっては面白く無いんじゃないか?」

「あわわっ、無きにしもあらずです…」

 

 自分より人望を得ている人間が、自分の足元にいる。心中穏やかではないだろう。

 

「孫策さんにとっても今の立場は不本意なのではないかと。彼女は独立を目指しているはずですから」

「どういうことだ?」

 

 朱里が何やら顎に手を当てて、見解を述べる。独立するというのは典明にも分かるが、論拠はただの未来知識。

 どういった動機であるのかは答えられないのだ。

 

「揚州という土地では中央の威光が衰えて久しく、その実質的な支配はいくつもの豪族によって争われていました。

 そういった豪族たちと戦い、そのことごとくを帰順させたのが孫堅さんなのです」

「へぇぇー」

 

 よく知ってるな、と典明は感心する。これも日頃の読書の賜物なのだろうか。

 

「朝廷に忠誠など持っていない揚州の豪族達も、孫堅さんには忠誠を誓っていたと聞きます。

 言うなれば、揚州は孫堅さんという“王”の下にまとまった“国”として成り立った土地です。

 当然、彼女の長女である孫策さんも『江東の虎』の後継者と目されていたと思われます」

「じゃあ孫堅がいない今、孫策が“王”になっているはずだよな?」

「はい。とはいえ血筋だけでは、もともと独立志向の高い揚州の豪族たちが彼女を王と認めなかったのでしょう。

 だからと言って、一度は国主となった者が簡単に諦めるはずもありません。

 あくまでも捲土重来を誓って、今は客将に甘んじているのではないでしょうか。

 孫策さんに必要なのは豪族たちを唸らせる程の名声です。それを得たのなら、必ず雄飛するでしょうね」

 

 確信に近い物言いをする朱里。彼女には何かが見えているのだろう。

 色々食い違いのあるこの世界でも、やはり英傑は隠れることはないのだと典明は感じる。

 そう思うと、典明は孫家の王に、孫策に会ってみたくなった。

 

「南陽に行ったら、孫策の姿を拝んでみるのも悪くないかもな」

「…………」

「…………」

「あれ、ここは『そうですね』って賛同するところじゃないのか?」

 

 朱里と雛里にジトッとした目で見られる典明。最近こんなことが多い気がするのは気のせいだろうか。

 このあと特に会話もなく、ちょっぴり気まずい雰囲気で買い物を終える一行だった。

 

 

 

 

 目の前に立ちはだかる、高さ十メートルはある城壁。横の長さは三里に及ぶだろうか。

 長い道のりを踏破して、典明達はついに南陽の中心地『苑』にたどり着いたのだ。

 南陽の領域に入ってからは街道の往来も目に見えて多くなり、南陽の人の多さが伺える。

 

「でっかいなぁ~、これほどの城壁は初めて見る」

「同感です。本で読んだことはありますが、間近でみるとこんなに大きかったんですね」

「ほへぇ~……あわわっ帽子が落ちちゃう」

 

 城壁を呆け気味で見上げる三人。朱里と雛里は帽子が落ちない様に手で抑えている。

 このまま見続けても仕方がないと、三人は街に入り今回の宿を確保する。

 この旅もここからが本番。ここで集めた情報によって今後の行動が決まるのだ。

 

 

 

 宿も決まり三人は今、街の点心屋で腹ごなしを兼ねて飲茶をしていた。

 

「それにしても、俺達って『洛陽に行きたいの!キャピ!』以外の目標がない気がする」

「えっ、それ誰の真似ですか?」

「えっ、朱里だけど?」

「えっ」

「えっ」

「あわわ……なにこれこわい」

 

 というのも今回の旅は二人の抑えきれない衝動が発端。突発的な要素が多分に含まれている。

 まずは大陸の現状を確かめようという考えで今はここ南陽にいるのだが、この先の事を典明は未だ聞いた覚えがないのだ。

 

「ただの場を和ませる冗談だ。で、実際のところ二人は考えてるのか?」

「そうですね……実は南陽で情報収集をする上で特に知りたいことがあるんです」

「ふむ、洛陽とか黄巾党の事か?」

「黄巾党ってなんですか?」

「あっ、まぁその、なんだ……」

 

 つい口から出てきてしまったが、黄巾党という名はまだ広まっていない。彼らの活動が始まってまだ一ヶ月を過ぎた頃。

 この時代の情報伝達の速度を考えると、彼らが同じ意志の下に団結しているとは分からないだろう。

 

「ほら、例の武装蜂起した連中の事さ。黄色い布をした集団、だから俺は黄巾党って呼んでるんだ」

「なるほど、あの人達の事でしたか。確かに彼らの元々の動機を考えれば、反乱軍と呼ぶのは何ですし」

「うん、黄巾党……私もそう呼ぶことにします」

 

 その説明で二人は納得したようだ。典明はお茶を一口、乾いた喉を潤す。

 三国志の事は何となく言い出す機会も理由も失ってしまったので今まで口を噤んだままだ。

 同時に、これからも必要に迫られない限りは口にしないだろうとも典明は感じていた。

 

「話を戻しますと、洛陽や黄巾党の事も重要ですが、本命ではありませんね」

「他に何かあったかなぁ……」

 

 典明を口に手を当て考えてみる。むむむ、と目の前の小籠包を睨んだところで答えは出ない。

 そこで雛里がヒントを出してくれた。

 

「私と朱里ちゃんの目的を果たすには今必要なことがあります。えと、分かりますか?」

「民の為に何かをしたい、だろ?……う~ん、偉くなる事かな?」

「ま、間違いではないんですけど……それは今すぐ出来る話ではないですね」

「じゃあ……偉くなる為に名を上げる事?」

「な、名を上げる為には?」

「功績を立てる?」

「功績を立てるには?」

 

 何だか餅つきのような会話になってきた。期待するかのように雛里はやや前のめりになっている。

朱里も二人のやり取りの結末を黙して待つ。

 

「活躍する?」

「活躍するには!?」

「ち、力がいる!?」

「力を得るには!?」

「……っ!鍛錬あるのみ!!」

「あわわっ!何でそうなるんでしゅか!?」

「雛里ちゃん、最後の聞き方が悪かったんだよ…」

 

 ガッツポーズで答えた典明に狼狽える雛里だったが、額を押さえている朱里の言う通りだった。

 微妙に周囲の注目を集めてしまったようだ。チラチラと見られている事に典明は気付く。

 改めて、朱里が典明に質問する。

 

「典明さん。では力を得る為の、時間的余裕が無いのならどうするべきですか?」

「ん~……いっそ誰かに頼ればいいんじゃないか?」

「そう、それです。それこそが私達に今必要なことです」

 

 どうやら答えに辿り着いたようだ。だが典明はその答えに驚き目を丸くする。それではまるで――――

 

「他力本願という意味ではありませんよ?正しくは“協力者”を得るという意味です」

「あ、そういう事か……オレ、シュリノコトシンジテタヨ」

「心がこもってないって自分で思いませんか……」

 

 頭痛を堪えるかのように眉間を揉む朱里。そういう意味では典明は最初の“協力者”なのだ。

 “協力して欲しい”と言ったつもりが、“協力させてくれ”と言われてしまった不思議な相手だ。

 そんな彼に褒められて嬉しいと思う感性はあるのだから、素直に言って欲しい。とは口にしない、子供っぽいから。

 

「つ、つまり私達が特に知りたい事とは、諸侯の情報なんです」

「諸侯の情報……もしかして仕官のためか?」

「は、はい……」

 

 それを聞いて腕を組む典明。この時期、『劉備』は官職に就いているわけではない。

 それはつまり、情報に引っかからない可能性もあるのではないだろうか。

 歴史をなぞるなら、二人を劉備のもとに赴かせるべきだ。だがそれは『正しい』ことなのか、典明には分からなかった。

 

「……具体的には諸侯のどういう事を知りたいんだ?」

 

 考えても埒が明かない事は頭の隅に置き、話を進めることにする。まずは朱里が応える。

 

「まずは、現在の状況にどう対応出来ているかを見ます。これについては河北や江北の諸侯が主になるでしょうね」

「単純に実力があるか、無いかを知るんだな」

「はい。今、国で一番動きのある場所ですので分かりやすいです」

 

 強いか弱いか、単純明快な理屈である。次は雛里がちょこんと手を挙げて、

 

「だ、第二に、軍備の増強について見ます…」

「ん?賊や黄巾党を抑えるのに兵が足りない所は増やすんじゃないのか?」

「えと、それとは別の理由でして……これは、言わばふるいに掛けるために見るんです」

「ふるい……今回の反乱が終わった後を見据えた増強の仕方かどうか、を見るのか?」

「そ、そうでしゅ!凄いでしゅ!」

「肝心の判断要素が全く思いつかないけどな……」

 

 つまりは乱世、群雄割拠の時代が訪れることを理解した行動を採っているか、ということだろう。

 漢王朝の一臣下ではなく、一個の独立した勢力として周囲に太刀打ち出来る準備を今からしているか。

 それが出来ている者は必ずや、万人がその名を知る存在へと伸し上がるに違いない。

 ただ、褒められて悪い気はしないが、表層を理解しただけの典明は少々すわりが悪い。

 

「第三に、為政者としての手腕を見たいのですが…これは厳しいでしょう。見るには知るべきものが多すぎます」

「なら、的を絞って直接見ればいいんじゃないか?百聞は一見に如かずさ」

「そうですね……それも悪くないかもしれません」

 

 世の中をのんびり見ていられないから行動に出たのだ。ならまた行動すればいい。

 

「最後、なんですけど……うぅ、朱里ちゃ~ん……」

「はわわ、私もちょっと言いづらいよ……」

 

 そこで言葉が止まる雛里。オドオドモジモジと愛くるしい姿を典明に見せている。

 朱里に助けを求めるが、こちらも困ったようにモジモジと可愛らしい姿を典明にさらしている。

 目ざとく気づいた周囲の客と店員が、そんな二人の姿に見事に蕩かされ、ビシビシと熱視線を浴びせている。

 

「はわわわわわ……ひ、ひにゃりちゃ~ん……」

「あわわわわわ……ひ、ひゅりちゃ~ん……」

 

 それに気づいてしまった二人が顔を真赤にして涙まで浮かべ、これでもかと縮こまってしまった。

 お互いの名を呼び、助けを求め合うが願いは叶わない。その一連の行動が、また周囲の恍惚感を掻き立ててしまうことにも気づかない。

 

 もはや、人見知りが最高潮に達して話の続きも聞けそうもない。

 その光景は確かに可愛いが、あまりに可哀想なので典明が動く。二人をヒョイと小脇に抱えて、店を出ようとするが、

 

「ちょっと、私の美少女をドコに連れて行くつもり!?」

「えっ、何言ってんのこの人!?」

 

 女性客が立ちふさがる。ちょっと思考がおかしくなっているようだ。

 フェイントを掛けて一気に脇を抜けようとするが、

 

「食い逃げとはどういう了見だい!!」

「いやいや、ここ先払いだったじゃないですか」

「金が無いなら代わりにその子達を置いていきな!!」

「ちょ、ちょっとー!誰か男の人呼んでー!店員さんがおかしいのー!」

 

 今度は女店員が立ちふさがり、カツアゲと人攫いを要求してくる。こちらも頭のネジが取れてしまったようだ。

 苦し紛れに裏声で助けを呼ぶが、

 

「おう、兄ちゃん!お嬢ちゃん達は俺に任せて、店員をやっちまえ!フヒヒ!!」

「おぉ、ホントに来た…って内容が逆だし、お前にだけは任せられるか!!笑い方が怪しいわ!!」

「はあぁぁん!?人を呼んどいてその態度はいただけねぇなぁ!!」

「くそっ!こんなとこに居られるか!!俺達は帰らせてもらう!!!」

 

 助けに来た筋肉隆々の頼もしそうな男は敵だった。彼は元々おかしかった。

 開いた空間を探すが、敵に追随したであろう客達に、いつのまにか囲まれている。

 

「さぁ、者どもヤッチマイナー!!」

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 女店員の号令に敵が一斉に典明へ襲いかかる。朱里と雛里はこの状況に思考がオーバーヒートしたのか意識を手放した。

 

「ええい、南無三っ!!」

 

 襲い来る手を次々と躱す典明。徐庶の容赦無い攻めに比べれば、一般人の動きなど児戯に見える。

 もっとも徐庶の薫陶が最初に活きてきたのが、こんな馬鹿騒ぎとは思わなかったが。

 相手の動きを誘導し、出口に続く空間を作っていく。

 そうしてついに出口から人がいなくなったのを見計らって、椅子からテーブルへと駆け上がり、敵の頭上を飛び越えた。

 しっかりと着地し、後方に敵を置き去りにした。

 

 あとは宿まで逃げるだけと考えて店の外へ飛び出た瞬間、顎に――ゴシャッ――と衝撃を受け、典明も意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 その日、孫策は街を散歩していた。だが、その足取りは随分と荒い。

 一応の上司である袁術に呼び出され、賊退治の下知を受けた直後であった為、その機嫌は最悪だったからだ。

 

 孫策は今、袁術の客将の身分である。客将とは、お互いの好意によって力を貸し合っているという間柄を指す。

 つまり袁術とは対等な関係であるという事を示しているのだが、どうにも袁術はそこのところを理解していないらしい。

 己を自分の部下と勘違いし、使い勝手のいい駒のように命令しているのだ。

 

 孫策にとっては腹立たしいことに、それに逆らうことが出来ない。愛する二人の妹が人質として軟禁されているからだ。

 馬鹿で阿呆でワガママな袁術も、こと悪知恵については頭が働く。

 袁術の側近である張勲が、余計な知恵を袁術に植え付け、そそのかしているのだろう。

 

 とにかく、このままでは腹の虫が収まらない。こういう時は一暴れするに限る、それが彼女の解消法。

 街を歩いているのも、喧嘩の一つでも起きていれば乱入してウサを晴らすつもりだったからである。

 

 餓えた虎のように、眼と耳で騒乱の種を探す。果たして彼女の耳に待ち望んでいた喧騒が聞こえてきた。

 あれは確か小籠包がウリの点心屋。そう思い出しつつ少し歩の速度を早め、店に近づいていく。

 

 

『――――ドコに連れて行くつもり!?』

「連れて行く?人攫いかしら?」

 

 

『食い逃げ――――了見だい!!』

「人攫いで食い逃げ?」

 

 

『金が無い――――その子達置いて――――』

『誰か――――男の人――――おかしい――』

「……無銭飲食した下郎が子供を盾に、店員を恐喝ってとこね」

 

 

『お嬢ちゃん達は俺――――――フヒヒ!!』

「…………!!」

 

 

 孫策の口からギリリッと歯軋りが聞こえてくる。もはや、その眼光に暖かさは欠片もない。

 店の中がドタバタと騒がしい。その場に居合わせたものが協力して子供達を助けようとしているのだろう。

 店の入口は開いている。下手人もその事に気づいているはずだ。多勢に無勢と見れば飛び出してくるはず。

 自分はそこを狙えばいい。

 

 孫策の眼前に二人の少女を抱えた男が飛び出してきた。

 すかさず彼女はその顔にカウンターの要領で、右ストレートをぶちかます。

 急激に勢いを殺された男は、クルリとその場で後方宙返りをして少女達を手放した。

 孫策はその二人が落ちる前にそっと優しく抱きとめる事に成功する。

 

「おおおおおおおおおおおお!!!」

「さすが、孫策様だ!!」

「一撃で暴漢を叩き伏せるとは!!」

「いたいけな少女を救った、まさに英雄よ!!」

 

 店の周囲に集まっていた野次馬が口々に孫策を褒め称える。その声に答えずに孫策は自分の足元に転がる男を注視する。

 見たところ、寸鉄の類は帯びていないようだ。無銭飲食の割に身なりも汚れていない。

 その違和感に、孫策の第六感が僅かに反応する。

 

 次に己が抱えた二人の少女を見る。金髪と水色髪の少女は余程怖い思いをしたのか、気を失っているようだ。

 似た意匠の服を着ている事からおそらく知己なのだろう。あどけない顔はいずれも可愛らしく、女性の孫策でも感情を擽られる。

 

「孫策様、お手数をかけました!」

「ん?……ああ、遅いわよ。とりあえず彼を連れて行きなさい」

 

 孫策に話しかけてきたのは数人の警備兵だった。足元の男を警備兵に促す。

 

「了解です。そちらの少女はいかがなされますか?」

「気を失ってるみたいだから、私が介抱するわ。話は聞いといてあげる」

「はっ!それでは失礼します!」

 

 地に伏した男を抱えた警備兵は、そのまま来た道を戻っていく。残りの警備兵は店の者に事情聴取を始めている。

 それを見て、孫策も少女達を両脇に抱えて自分の邸宅へと足を進め始める。

一発とは物足りないが、とりあえずウサは晴れた。孫策の足並みは、その城を出た時よりも格段に軽やかだった。

 

 

 

 

「めぇーりーん、ただいまぁー」

「おかえ…………雪蓮、何処で攫ってきたんだ?」

 

 孫策がちょうど通りがかった周瑜に帰宅の挨拶をすると、あんまりな言葉で出迎えられた。

 流石に孫策も口を尖らせ、心外をあらわにする。

 

「ちょっと、人聞きの悪い事言わないでくれる?彼女達は保護したの」

「保護?」

「そっ。さっき街で“食い逃げ犯”で“誘拐犯”で“恐喝犯”で“変態”な男からね」

「……雪蓮。今なら私も怒らないでおいてやるぞ?」

 

 コメカミを抑えながら周瑜が、孫策に執行猶予を告げる。ふざけていると思われたらしい。

 孫策には面白ければいいという癖がある故に、周瑜もたまに本気なのか分からなくなるのだ。

 

「本当なんだけどなぁ…冥琳は私のことが信じられないの?」

「もちろん信じているさ。……まぁいい、それでこの子達はどうするのだ?」

「とりあえず横にさせてあげて、それから事情を聞くつもりよ」

「なら、まずは客間に連れて行きましょうか」

 

 

 

 二人の少女を寝台に寝かせ、慈しむようにその寝顔を見つめる孫策。二人を見て末の妹を思い出しているのだ。

 同じく二人を鑑定するように見ていた周喩はあることに気付く。

 

「む、この二人の服……水鏡女学院のものだな」

「それってあの有名な?さっすが私の冥琳、物知りだねー」

「二年も荊州にいれば、詳しくもなるというものさ」

 

 周瑜の言葉には、孫策への皮肉めいた声色が重なっている。

 そんなことを言えば、普通は孫策が気を悪くするところだが、二人の間では何の問題もない。

 

「じゃあ、この子達って実は凄い子だったりするのかしら」

「ああ、水鏡の門は非常に狭い事でも有名だからな、籍を置くだけで有能だと言えるだろう」

「へぇ~、袁術ちゃんのお陰で思いがけない拾い物をしちゃったかも」

 

 二人の頭を優しく撫でながら、孫策が嬉しそうに呟く。孫家は今、人材を求めている。

 兵力を集めようとすればその隠し切れない足音が、たちまち袁術の耳に入ってしまうだろう。

 そうなれば、妹達の首に銀閃が走ることに繋がりかねない。

 ならば、せめて有能な人材だけは確保しておきたい。個人の足音であれば袁術に気づかれることもない。

 いつか必ず揚州に戻り、亡き母の築いた孫呉の国を復活させる為に休んでいる暇はないのだ。

 

「だが、見たところまだ幼いようだ。この齢ならまだ学院にいるはずなのだが……」

「この子達は頭がいいんでしょ?多分、今の情勢を悟って気が逸ったんじゃないかな」

「勘かしら?」

「そっ、いつもの勘」

 

 孫策が勘を口にする時は、よく的中する。良い事も、悪い事も。

 どうにも判断がつかない時には孫策の勘に基づいて行動するくらいには信用できる精度だ。

 情報を集め吟味し、持ちうる智謀の限りを尽くして答えを導き出すのが軍師の役目。

 その答えに勘でたどり着いてしまう、実に軍師泣かせな王であると周喩は常々思っていた。

 

「それで雪蓮。聞きそびれたが、袁術は何と?」

「いつもの賊退治だってさ、豫州との州境に出たらしいわよ」

「地味な嫌がらせね。豫州の兵とかち合ったら面倒な事この上ない」

 

 本来の用向きを聞けば、いつもの小間使い。何とも浅知恵でこちらを使い潰してくれている。

 

「袁術ちゃんにとっては州境なんて関係ないのよ、豫州は袁家の勢力圏だもの」

「はぁ……いっそ賊を泳がせるのも手か」

「あ~、冥琳ってばいつもの悪い顔が出てるわよ~?」

 

 賊を適度に追い立てて州境を荒らしてもらい、兵力増強の口実にさせてみようかと考える周瑜。

 そんな彼女を孫策が茶化すように、ツンツンと突いている。

 

「冥琳が私を思って考えてくれてるのは分かるけど、それは駄目よ」

「分かっているさ、孫呉の民で無ければどうでもいい…そんな考えは望まないのだろう?」

「そ~いうこと。それでも、孫呉の民が最優先だけどね」

 

 孫策がそのような薄情な人間であれば、今日における南陽での人気など存在しなかっただろう。

 一度敵と認識した相手には手心を加えるほど甘くもないが。それでいいと周瑜は思う。

 

「では、兵士を纏めておくように祭殿に伝えてくるわ」

「お願いね。私はここにいるから、何かあったらここに来て」

「ええ、その子達に悪戯しては駄目よ?」

「私が悪戯していいのは冥琳だけだもんね~?」

「はいはい……」

 

 孫策と軽口を言い合って、周瑜は客間を後にする。

 そのまま残った孫策は再び少女達の寝顔を眺めながら、いくさ前の一時の癒しを甘受するのであった。

 


 
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