No.59816

一刀伝06 桂花

三国堂さん

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『おれは帰還編を書き終えたと思ったら、1/15しか書けていなかった』
遅筆だとか仕事が忙しいとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

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2009-02-23 05:57:20 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:25127   閲覧ユーザー数:16085

 

開墾した地区への視察の帰り、天から一筋の光が流れたのが目に入る。

「流れ星? 何かの凶兆かしら……」

「荀彧様? 如何なされました?」

少し離れた所から声を掛けてくる男の兵士に、僅かな苛立ちを感じつつも噛み殺し、言葉を返す。

「流れ星が見えただけよ」

この世界の女性というものは、基本的に軍事に全く向いていないか、もしくは優れた才能を示すかのどちらかである。

つまり、軍に入るような女性はことごとく出世し、一般兵は男が占める、という構図にならざるをえない。

男という存在を唾棄する、この荀文若には過ごし難い事この上無い場所なのよね。

まあ、そんな事は軍に入る前から分かってはいた事だし、今更言った所でどうしようもない事なのだけど。

「あまり吉兆とは言えませんな」

「そうね。まあ、今は大きな軍事行動などは無いし、別に……」

そこまで呟いた時、ふと脳裏をかすめた事がある。

天の御使い、あの忌々しい北郷一刀が現れたときにも、昼間に流星が地に落ちたのだと。

そう、華琳様に聞いたことがあったような……。

「ついて来なさい!」

「は? じゅ、荀彧様、一体」

声をかけられた時には、流星の落ちた所と思われる山を目指し、ひたすらに馬を走らせていた。

兵士も訳が分からないままに、私の後を追ってきてはいるようだ。

兵士の問いかけには応えないまま小さく呟く。

「私にも分かんないわよ」

自分でも何故走り出したのか分からないのだ。

落ちてきた物が気になると言うのなら、今いる兵の半分も向かわせて調べさせればそれでいいはずなのに……。

気付いた時には、踵で馬を蹴りつけていた。

そもそも、あの流星が本当に"あの男"だったとして、そんな事私には関係ない。

「いえ、男なんて汚らわしい生き物、居ない方がマシに決まってるわ」

「多少有能で民衆から人気があっても、そんなのどうでもいいし」

「華琳様の笑顔を見る機会が減ったのは気になるけど、私がお慰めすれば良い事だもの」

「そもそも、あんなネバネバして臭い毒液を私の中に出したり飲ませたりするなんて、ホント汚らわしいったら」

「あー、やだやだ。あまりにも嫌過ぎで、今でもハッキリ覚えちゃってるじゃない」

ブツブツとあの男がどれだけ不必要で罪深い存在なのかをか並べ立てている間にも、私の身体は馬を駆る手を休めず、星が落ちた山はもうすぐそこまで迫ってきていた。

「訳が分からないわ、何で私がこんなに必死にならなきゃいけないのよ」

もう、いい。

どうせあの男が帰ってくる事なんて、あり得ないのだから。

兵士達に暫らく山を探させて、何も無ければそれでお終い。

「万が一、そう、万が一帰ってきたんだとしたら、あのブサイクな顔思いっきり引っ叩いてやるんだから」

呟き終わる頃に目的の山の麓に着いた。

馬を止め振り返れば、何時の間にか追いついていたのか、30人程の兵士も馬の足を止め、困惑したような顔でこちらの命令を待っている。

全員ついて来てるみたいね。

それを確認し、その中に混じっている文官に声をかけ、視察の報告書を届けるように言いつけて送り出す。

そして、号令。

「三人一組になって山を片っ端から探索しなさい!

目標は流星と共に落ちてきた"ナニカ"よ!

もしそれらしきものが見けたら、その場で狼煙を上げて合図する事。

狼煙を見るか、一刻(二時間)程探して何も見つからなければ、もう一度ここに集合しなさい。

それから、一組は私について来るように。

以上、解散!」

突然の命令に戸惑ったようだが、その程度で行動が鈍るような兵士は曹魏には存在しない。

きびきびと動く兵士を横目で見ながら、こちらに三人の兵士が近づいてくるのを確認し、山の方へと体を向ける。

「私達はあっちを探すわよ」

「あの、荀彧様」

「何?」

「そちらには獣道すら存在しません。別の組に任せて我々は別の場所を探した方がいいのでは?」

言われて、チラリと発言した兵士に視線を送る。

確か今回の護衛の小隊長の一人、だったかしら。

「流星を最後まで目で追っていたのは私だけ。その私が流星が落ちたのはこの方向だと確信しているのよ。私が探すのが自然でしょう?」

「は。ですが勾配等を考えますと……」

なるほど、私の体力を考えての事か。

男との会話が長引く事に僅かなイラつきを感じるが、臆せずに上の者に進言できる、少なくともそれ自体は貴重な才能だ。

ふと、この男が北郷のいた頃の警備隊出身だった、という情報を思い出す。

あのバカ、それなりの人材を育ててるわね、生意気な。

「あなた、天の御使いの事知ってる?」

「は? 北郷隊長についてですか? 何回かお話させて頂いただけですので、そこまで詳しくは」

何故今この場でそんな話が出るのか、理解出来ないといった表情。

「あの男は流星と共にこの地に現れ、そして曹操様に拾われたらしいわよ」

困惑した顔が、言ってやった言葉によって、他の二人の表情共々驚きに染まる。

「あの、それはつまり、この探索はそういう事なのでしょうか?」

「さあ? でも、手懸り位は掴めるかも知れないわね」

「分かりました。ではせめて私ともう一人で道を作ります。もう一人は荀彧様の後ろで万が一の警護を」

そう言って、腰の剣で草などを切り開いていく男の後を歩きながらボンヤリと思う。

これが北郷に繋がる任務だからやる気を出したのか。

もしくは、少なくとも男嫌いの私が、立場が下の"男"にわざわざ伝える必要の無い情報を伝えてやる気を出させようとする、程度には譲る気が無い、ということに気付いたのか。

どちらにしても、そこそこ使えそうな者ではあるようね。

これを北郷が育てたのかと思うと、まったくもって忌々しいわ。

 

 

そして、一直線に上り続けることしばらく。

それなりの速度で移動した為、だいぶ疲れが溜まってきたのが分かる。

「この辺りだと思ったのだけれど」

ポツリと零すのと同時、前を行く兵士が声を上げた。

「荀彧様、少し先に河原があります。そこで少し休憩……」

振り向かずに喋る兵士の言葉が不自然に途切れる。

この状況でその反応、

「まさか、本当にいたの……?」

自然、体が駆けて行き、目の前の兵士達の間をすり抜ける。

追い越した瞬間、周囲の木や草が服や肌を傷つけていくが、無視。

そして急激に広がる視界。

開けた河原、その真ん中に……、真っ白に輝く服を着た男が倒れている。

その姿は、一年半前に見た、北郷一刀そのままだ。

魏の重臣にして天の御使い。

華琳様が天下を統一すると同時にその姿消し、そして今また舞い戻った男。

予想はしていた。

もしかしたらと思ったからこそ、ここに来た。

でも、実際に見つけると、様々な考えが溢れ、体が思うように動かない。

 

倒れているのだから助けなきゃ。

いや、この隙にクビを刎ねてしまいましょう。

それはやり過ぎかも怪我はしてないの声が聞きたい憎たらしいまだ目は覚めないのかイラつく嬉しいなんで起きないのよ……

 

ああ、頭がグルグルする、理性がまるで働かない。

流星を見かけてから、衝動的な行動ばかりしている気がする。

まるで、気が狂ってしまったみたい。

 

「ん……、む」

僅かに上がった声に、グチャグチャだった頭が一瞬で漂白される。

起きる……の?

唾を飲もうとして、何時の間にか口の中がカラカラになっているのに気付く。

心臓は早鐘のように鳴り響き、鎮まらない。

「ここ……は?」

呻きながら起き上がった男は、眩しげに辺りを見渡し、その姿をジッと見つめていた私と、目が、あった。

何か、何か言わないと。

「ぁ……」

「桂花?」

一年以上聞かなかった声。

女性とは違う、低く、柔らかく、そして微かに甘く感じられるその声に、何かを言おうとしていた口の動きが止まる。

「……」

「……」

見つめ合ったまま、硬直。

 

というか、おかしいわよ。

何で私は、北郷なんかに混乱させられているのか。

北郷一刀という人間は、まず男というだけで私の敵であり、華琳様に気に入られているという点を加味すれば、それはもう仇敵である。

うん、そうだ。

だから今日一日の私は何か間違っていたに違いない。

今息が苦しくて動悸がするのは、山を急いで登ったからだし。

喉がカラカラなのだって同じ理由。

目がジンジンして視界が歪むのだって、木陰からいきなり眩しい河原に出たのが原因なんだから。

 

言い聞かせた理由に(無理矢理)納得し、もう一回、うん、と頷く。

大丈夫、動けるわ。

さあ、さっき決めたように、あの横っ面を引っ叩こう。

……なにやら物凄く優しげな目でこちらを見ている事には、あえて気付かない振りをする。

何時の間にか近づいていた距離を、一歩二歩、さらに縮め、全力で手を振り上げたところで。

ギュッ

と、強く抱きしめられた。

 

 

体が、痛い。

全身に強く打ち付けたような痛みが残っている。

俺は一体、どうしたんだ?

「ん……、む」

無意識に声を漏らしながら、何があったのか思い出す。

俺が自分の意思で、銅鏡を斬りつけた事。

目の前が白く染まり、意識を失った事。

つまり

「ここ……は?」

華琳達のいるあの世界、なのか?

いまだジンジンと痛みを訴える体に無理矢理命令を下し、目を開いて立ち上がる。

途端、目に付き刺さる太陽の輝きに目を細めるが、気にせずに霞む視界で周囲を見渡し、そこに立ち尽くす少女を見つけた。

「ぁ……」

「桂花?」

久しぶり見た少女は、なんだかやけにボロボロで、ギュッと服を握り締め、一時も逸らさないと言うかのように、こちらにジッと視線を送って動かない。

ゆっくりと近づくが、反応は無い。

いや、近づいて分かった。

動きは無いが、顔は真っ赤に染まり、瞳からは、ポロポロと輝くような涙が……。

って、涙?

あまりに予想外の光景に、近づいていた足が止まる。

あの桂花が、泣いてるのか?

なんで?

俺が、帰ってきたから?

 

正直、帰る事を決めてから、もし無事に帰れた時、皆がどういう反応するか、ずっと考えていた。

笑ってくれるかもしれない、泣かれるかもしれない、殴られるかも、もしかしたら斬られる事すらあるかもしれない。

いまいちどんな反応を帰されるか読み切れない中、桂花は怒鳴るんだと、何となく思っていた。

多少、気を許してくれていたような気はするが、それでも俺は男で。

その上華琳の恋人でもあったのだから、華琳一筋の桂花からしてみれば、俺は邪魔者でしかないのだと。

そんな桂花が、泣いている。

 

凍っていた思考を動かし、改めて目の前の少女を眺める。

前にあった時より多少背が伸びているようだが、やっぱり小柄なままで。

敵意すら浮かべていた瞳は、しっとりと涙に濡れている。

不意に心が温かくなり、この世界に帰って来れたのだという感動が、ジワジワと胸に溢れている事に今更気付く。

そして俺は、何時の間にか目の前まで来ていた桂花を、衝動のまま、全力で抱きしめた。

「へ? あ、ちょ、何? 何なの? さっき固めた私の決意が~~!」

何か言ってるが、突き飛ばされたりしないってことは気にしなくていいんだろう、と強引に解釈して続行する。

暖かい温もりに、柔らかな感触。

「ええい、離しなさいって言ってるでしょ!」

思えば、こうやって桂花を抱きしめるのは初めてだ。

そう思うと、言われた通りに離してしまうのは少し惜しい。

もうちょっとだけ、そう呟いて今度は首筋に顔を埋め、ゆっくりと息を吸い込んだ。

なんか、甘い香りがするな。

「ちょ、何嗅いでんのよ! 汗掻いてるんだから止めなさいってば! は~な~せ~~!!」

「俺、帰ってきたんだな」

ポツリと呟くと、バタバタと暴れていた動きが止まり。

そして、迷うように動いた桂花の腕が、そっと俺の背中に回される。

「おかえりなさい」

それはひどく小さい声だったけれど、しっかりと俺の耳に届いて。

だから俺は、

「ただいま」

そう言って、桂花に、そっと触れるだけのキスを、した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、まあ、これで終われば綺麗だったんだけど。

この後、キスに驚いて腰を抜かした桂花がブチ切れて、思いっきりビンタと引っ掻きを食らうというオチがついてしまったりする。

 

どっとはらい。

 

 


 
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