秋の寒い日…もう冬も間近だった。寒くて寒くて、今朝はコートを着てから家を出た。学生といっても今年は暇ではなく、本当ならそろそろ年の暮れの忙しいあれこれに考えを巡らせなければならない。父から何通も手紙が来ている。一度家に帰って来いという。といっても下宿から実家まで随分遠いし、暫くは学業に忙しいだろうから、休暇になるまでは帰るのは無理だろう。一生無理かもしれない。
「ロビレンスじゃん、久しぶり」
「やあ」
図書館へ資料を借りに向かう途中に声を掛けてきたのはなんとエーリヒだった。ここが大学なのにも関わらず、今まで彼とは小さい頃からずっと学校が一緒だ。まあ、お互いそういった縁に気付いてはいる筈だが、親友とかいう立場では全然、ない。友人かどうかすら怪しい。僕はずっと学業に命を捧げていたようなもんだが、その間彼はずっとどれだけ勉強時間を減らして、よくない遊びが出来るかどうかという課題に命を懸けていた(聖職者の息子の癖に。だからというわけでもないが僕は聖職者はどうも苦手だ)。性格が合わない。といっても時々こうして、向こうから突然話し掛けてくることはあった。
「彼女は?」
「授業は別だよ」
(そんなにいつでも一緒にいられるわけじゃないんだよエーリヒ、お前の学生でもなんでもないよくわからない彼女とは違うんだよ)
「へー。まあ、そんなこったろうと思ったけど元気ないじゃん。一瞬別れたのかと思ったわ」
(そう思っていたのなら、なぜ最初に面と向かって『彼女は?』って訊くことができたのかちょっと疑問じゃないか。それとも僕が繊細すぎるだけなのかい)
「別れてないよ。それどころか…」
「ん何よ?」
(婚約してるよ)
「なんでもないよ」
「そうかい。ま、あんま落ち込むなよ。初めてなら仕方ないさ、女性はけっこうデリケートらしいし」
「何の話してるんだ?」
「え?違うの?」
(怒るぞ)
「違うよ」
「ふーん。なんか今にも死にそうな顔してっから盛大にやらかしたのかと思ったよ。じゃーな」
エーリヒはそう言って去っていった。彼はいつもああで、すぐにくだらない冗談を撒き散らしながらからかってくる。恐らくは僕をどうにか見下したくて、ロビレンスは私生活に華のない、心が貧困で可哀想な車輪の下の学生である…ということにしておきたいのだ。多分。ふざけている。
(けど、強ち間違ってはいないかもしれない)
この時点でもうすぐ人生を終わろうと決めていた。正直とてもじゃないが学業など真面目にやる気にはなれないくらいには疲弊していたし、精神はそのずっと前から惨めに荒んでいた。外側には極力出さないつもりでいたが、もう決定的に駄目だった。勿論同時に、少ないながらも友人(?)が居て、ヘルマロッテはすばらしい女性で、トリュフはかわいいし、毎日は幸せであり、僕の人生は素晴らしかった。ヘルマロッテが昨夜暫く帰してくれなかったのを思い出す。さっき僕が死にそうな顔をしていると言われたのも納得が行っている。確かに『死にそう』という他は無いような顔をしているのだろう。
ただ、別にエーリヒのせいで死ぬわけじゃない。僕が僕自身の為に死ぬだけだ。
図書館が見えてきた。落葉を踏みながら歩く。
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