珍しく貴之とケンカしてしまった俺はぼーっとしながら歩いていたら
公園にたどり着いていたことに気付く。
しばらくは気まずいからここで休みながら時間を潰して
いようかと思い立って、ベンチを探していると
複雑な顔をしながら携帯電話を閉じる柏木初音の姿があった。
「ふぅ・・・」
「どうした、柏木」
「ふぁっ・・・!?」
まったく気配を感じなかったのか俺が声をかけると
柏木初音は異様に驚いてまるで飛び上がる勢いはあっただろうか。
「あー、びっくりした。柳川さんかぁ」
「何か浮かない顔してたからな、気になったんだ」
血はほとんど繋がっていないが事件の後、俺のことを平等に
扱ってくれる貴重な存在だ。貴之が目覚めるまで、目覚めた後でも
時々こうやって目の前できれいな笑顔を見せてくれる。
そうだな、世間でいう妹みたいな存在だろうか。
俺の中ではそれでもしっくりとこない。たとえるなら動物みたいな感覚。
目の前でしょげている少女の頭を俺はわしわしと髪を強めに
掻き回していると、初音は困惑した様子で上目遣いをしていた。
「あ、悪い。こうすれば多少はマシになるかと思ったのだが」
貴之にやると大いに喜ばれたものだが、初音にとっては嫌だっただろうか。
「私のためにしたんですよね。ありがとうございます」
「あ、ああ」
手を放すとすぐに花が周りに咲くくらいの笑顔で応えてくれる。
「だけど、ちょっと力が強いです」
「す、すまん」
初音の言葉を覚えてから再び彼女の姿を捉えると
さっきよりは表情が柔らかくなって俺を見ていた。
「さっきのは・・・」
二人で近くのベンチに座ってから。さっき初音が暗い表情になっていた
のが気になってそれとなく話を振ろうとした。もし答えがなかったら
それはそれでよかった。
だが、彼女は空気を読むのが上手い子だ。
「あぁ、さっきのは楓お姉ちゃんとやりとりしていて――」
言葉を途中で切っておもむろに肩から下げていたバッグの中を
探す動きを始めて俺の頭の中では「?」のマークが浮かぶ。
「これですよ、これ」
出してきたのは二枚のチケット。
名前からして有名なテーマパークのものだろう。
チケットに見覚えのあるロゴと日付やらが書かれている。
「今日お姉ちゃんと一緒に遊びにいく予定だったんだけど
急用ができちゃって・・・ふられちゃった」
苦笑しながら軽く舌を出す柏木初音。
この子は何をしてもかわいく見えるから不思議である。
「柳川さん、今日時間あります?」
「あ、ああ・・・」
まさか貴之と口げんかしてここにいるとは言えない
俺は咄嗟にうなづいてしまう。どっちみち時間を潰すだけの
予定しかないから、問題はないはずだった。
「一緒に遊びにいきましょう!」
「えっ・・・」
それは予想外の誘いで、俺に似合わない場所だから
あまり行きたくはなかったが断ろうものなら、この小動物のような
少女はまるでチワワの目が潤むような罪悪感を抱くような
表情をするに違いなかった。
「だめですか?」
「い、いや。大丈夫だ」
俺の言葉に曇りがちだった彼女の表情は一気に晴れあがる。
しかし、よく考えないで請け負ってしまった俺の中ではやや曇っている
気分であった。
「柳川さ~ん、こっちですよ」
「おい、引っ張るなって」
柏木初音に引っ張られるようにして俺は小走りでテーマパーク内で
歩き回っている。前にいる少女の頭にあるアホ毛がぴこぴこと
動いていて機嫌が良いのが窺えた。
「柳川さん、アイスこれでいいですか?」
「あぁ、すまない」
途中、休憩で柏木初音がアイスを食べたいと俺が席をとって
初音が買いに行く形で待っていると、すごくにこやかにして俺の傍に来る。
いつもよりもはしゃいでいて、どこか無理してるようにも見えた。
「大丈夫か?」
「何がです?」
「無理して明るく振舞わなくてもいいんだよ」
「・・・」
いつも明るいけれど、こんなはしゃぐような感じじゃないから。
どこかで違和感を覚えていたが、やはりというかなんというか。
「ほんとは楓と行くのが楽しみだったんだろう」
「・・・はい」
「あの時、そう言えばよかったんじゃないか?」
「ダメです・・・。私の我儘でお姉ちゃんに迷惑かけたくありません」
彼女ならそういうと思っていた。だが、ここ数年で彼女の周りの環境が
ずいぶんと変わってしまった。
耕一は千鶴と付き合い、将来の旅館の跡取りとしての修業をしている。
二人の邪魔をしては悪いと、楓と初音は少し距離を開けている。
第一好きな人同士の恋愛の部分を見せつけられては彼女たちも苦しいだろう。
柏木梓も最近は日吉かおりとの雰囲気が変わり始めて
よく相手の家に泊まりにいくようになった。
以前のように家族全員が集まっての生活ががらっと変わってしまった。
家庭的な柏木初音にとって、それは辛いものなのかもしれない。
今、彼女は高校3年生、楓は大学生だ。いろいろ距離も開いているのだろうか。
「そうだとしても、だ。今までがんばってきたお前のことだ、頼めば
よろこんで来てくれたんじゃないか?」
代わりの俺とじゃなくて好きな相手と行った方が楽しいに決まっている。
俺だって同じかもしれない。まぁ、柏木初音といることで気持ちがゆったり
できることもあるが。
「かもしれないですね。話を聞いてくれてありがとうです」
「いや・・・」
「でもね、私は柳川さんといて楽しくないなんて全然思ってませんよ。
耕一お兄ちゃんとは違うけれど、何か別のお兄ちゃんって感じがして
ホッとするの」
「そうか、俺もだ」
そういって今度は優しく髪を梳かすように指を通してさらさらした
彼女の金髪を優しくなでる。
「そういえば柳川さんも何かあったんじゃないですか。
いつもそばには阿部さんの姿があるのに」
「うっ・・・お前には関係ないだろう」
「関係あるよ、家族みたいなものでしょう?」
屈託のない笑みを浮かべて少女は俺を見つめてくる。
あまりにまっすぐで俺は黙っていようとしてもついつい口から
言葉が出てしまうのだ。
ちょっとした口喧嘩をしたあとに、公園に足を運んだことを
話すと驚いた顔をしてあわてた様子で俺に話しかけてくる。
「じゃ、じゃあ。ここにいないで早く謝った方がいいですよ」
「いや、いいよ」
「よくないで・・・」
俺は言葉の途中で初音の口を手でふさいだ。
「あう・・・」
「悪いな」
「いえ・・・」
呼吸を一つついて落ち着かせてから、改めて柏木初音に言う。
「お互い空いた時間が必要なときもある。ずっといるだけだと得られない。
たまにはこうやって別の時間を過ごすのも大事なんだよ」
「なるほど、じゃあ私も同じかもしれないですね」
「ああ」
「あ、じゃあ。今度はこっちの乗り物いこう!」
「わかったよ」
まるで犬耳としっぽがついて、うれしくて振り回してるように俺は見えた。
休憩も一段落して再び初音と一緒にあちこち歩き回って
疲れはしたが、それについて嫌な気持ちは一切なかった。
大勢の人混み、うるさいほどの音楽、すべて嫌いなはずなのに
彼女といるとその雰囲気が特別嫌とは思えなくなる。
まるで夢の中にいるような雰囲気のその中で俺たちは子供に返ったように
遊びまわった。
そしてすっかり日も暮れそうな時間帯になって俺たちは出会った公園まで
一緒に歩き、そして解散することにした。
「阿部さんにちゃんと報告してくださいね」
「あぁ・・・お前もな」
「うん!」
そして足取りも軽い歩き方で俺の前から去る柏木初音の姿は
最初の頃に会ったようなそんな可愛らしい感じがした。
初音の姿が見えなくなるまで見送ると、俺はゆっくりと自らのマンションに
歩いていく。言い訳はしない、あったことをそのまま貴之に伝えよう。
不思議と俺の頭の中はこれまでにないくらいすっきりしていた。
空を見上げてフッと自然と笑みが浮かぶのを感じて独り言をつぶやいていた。
「たまにはこういうのも悪くないか」
背を伸ばして腕を伸ばし、深呼吸をする。
貴之もこうして発散しただろうか。していることを信じて俺は目の前まで
きた自宅玄関の前にたどり着く。
ノブに手を当てて回して中へと入って、俺は奥へいると思われる
貴之に聞こえるような声で声をかけた。
「ただいま」
お終い
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痕の柳川さんと初音ちゃんのほのぼのな話です。原作より少し年を重ねていますがw個人的に最近は楓ちゃんと初音ちゃんの組み合わせが好(ry ちょっとでもほんわかしてもらえたら嬉しいです。