バラレス旧市街でもここは繁華街、こじゃれたショップやレストラン、カフェが並び、聳え立つビルには有名ブランド店や上流階級ご用達のホテル、各種施設が詰まっている。相応の社会的地位とそれにともなうお金が必須条件の場所。それがこの旧市街を睥睨するタワービルである。
その最上階近い高級貸切ラウンジは、しかし、場にそぐわない喧騒にそのとき包まれていた。
地球年齢で19歳くらい、黒っぽいパーカをまとったその前髪の長いやせた小柄な若者は警察による封鎖区画を表す縦横に張られた立ち入り禁止テープをのけて入ろうとして、これまた豪奢な廊下に似合わぬ完全武装の警察官に誰何された。薄い唇を少しゆがめて笑った一級ガミラス人の若者はパーカから認識チップ内臓のバッジを出してかざして見せた。たちまち警官は直立不動になり、彼はすいっとテープを持ち上げて封鎖区画に入っていった。
見たところ帝都の大学に入りたて、今はバイト帰りという屈託ない風情で周りを物珍しげにきょろきょろ見回した。
ラウンジは体育館ほどの広さだろうか、そこにソファー、テーブルといった瀟洒な調度品が適度に散り、奥にはバーカウンターもある。宴会によし、会議によし、ついでに密談によしといったところだな。心の中に彼はつぶやいたが、しかし、そこにあったのは相応しからざる血だまり、転がるかつて息していた肉体の数々。作業服の鑑識官たちはおおかた仕事にかかる準備の最中だが、救急班がこれから遺体その他の搬送がといったところだろうか。
「きみ!きみだよ!いつもいつも…」
甲高い声が飛んだので、彼は自分のことかと少し首をかがめたが、怒鳴られていたのは彼よりも少し奥にいて他の捜査官と話していた背の高い女だった。
女は顔を向けた。銀色の髪を後ろでポニーテールにまとめ、肌も透き通るように白い。顔の彫りは深いが、近視なのかというくらいルビー色の目はすぼまっている。せっかく美人なのになあと彼は思う。口をとんがらせている女の服装も残念だ。濃い青の無地のTシャツに軍払い下げの作業ズボン、足元はこれまた滑り防止を入れた編み上げ靴。Tシャツの上にはポウチとポケットのべたべたついたサバイバルベスト。そのTシャツの袖からのぞいた白い二の腕にはなにやら面妖な紋様が見える。
「なんでしょうか?」
少しハスキーな声。今けっして機嫌は良くないよと口調とアクセントが物語る。
いきりたっていたのは青い顔をさらに青くした、きちりとした身なりの管理官殿である。総務部門から出向してきたというその上司が彼女は嫌いだった。
「その、刺青、その不埒な紋様を早く消せと命じたはずだ!指示にさからうのか!二級の警部補のくせにけしからん!」
彼女が口を開けそうになったタイミングで若者は二人の視線の間に割って入った。
「潜入、潜航捜査においてはあとうかぎりの偽装欺瞞を実施すべし。たしか警察の方針ではそうなってましたよねえ、管理官。」
カオを見た管理官殿は目を見開いた。「そ、それは任務」「今任務中ですけど?」
ブツブツいいながら、管理官が向こうに向きを変えると彼は彼女のほうを見た。野獣が獲物を見すくめるようなさらに険しい目線があった。
「遅刻とはいいご身分じゃないか、親衛隊中尉殿。」
「ああ、ごめんなさい。」結構素直に申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。「でも、ご要望のものは探せたよ。これでも時間食うんだから。」
ぽいっと投げてよこしたキャッシュメモリを受け取ると「あんがと」と小さく言った。目線は少し和らいでいる。
若者は見渡した。「ガサ入れ、のはずなんだよね、今日は。姐さん、これどう見ても戦争なんスけど。」
彼女はまだ手に持っていた機関短銃をベストにくくりつけたホルスターに納めようとしていた。
「ウゴが囮になって5ヶ月潜らせていた。ほぼ完全に信用されたと判断した。この奥の院に迎え入れられたのも今日が初めてじゃない。…アマディオに面会できることになってたんだがな。」
「いなかったのか…、」
「かわりにご覧の通り。」
純白のカーペットには赤青その他の染みが広がり飛び散り、壁の名画やレプリカは大半が弾痕だらけ、特に遮蔽物に使えるバーカウンターはトラックが突っ込んだような有様。しかも当然のように焼け焦げた匂いが鼻を衝いていた。
「踏み込んだら部屋中押すなの盛況で大歓迎の花火パーティ。アマディオとの静かでけだるい午後の逢瀬のはずだったんだがなあ。」
アマディオ。彼らが目下捜索中の麻薬シンジケートの首魁である。テロン語からもじったコードネーム。性別、年齢一切不明。一級二級どころか、ガミロンであるかすら怪しいとも言われる。過去一度だけその姿を映像データに焼き付けた情報員はしかしその直後灰になったという。そのおそろしく解像度の低いぼやけたシルエットのみのデータの入手にあたっては精鋭部隊が一つ飛んだ。そのアマディオの扱うブツは「スノウホワイト」とこれまたテロン語から付けられた合成麻薬だった。最初、服用をはじめると、ちょうどテロンの冬季に降り一面を真っ白に染める雪のような冷え冷えしてすっきりした気分に浸れたことからの命名だという。しかし、大方の麻薬同様中毒症状、禁断症状があり、しかもそれは症状が進むと手に負えないものになっていく。それゆえ、今や第一級の摘発対象となっているのだ。
「ウゴは?」親衛隊中尉にして合同対策チーム出向中の若者、ヨハンはきいた。
「さいわい日頃の訓練の成果だな。だがあの弾幕の中じゃ。たぶん半年は使い物にならないんじゃないか。」
「ご苦労さま。」
壮年男性の穏やかな声がした。「ルイナ・イザーフ捜査官。それにヨハン・ハルメル親衛隊中尉。」
そこには二人の男。凸凹コンビとはよく言ったものだ。ヨハンよりも少し小柄な禿頭の男と、背の高いがっしりした涼しげな顔の男。禿頭のほうは話を続けた。
「きみたちは今日の作戦を失敗と思っているようだが、望外の大成功だったと思うのだよ。」
ルイナは首をかしげた。「アマディオの捕捉には失敗しましたが?」
大きいほうが答えた。「第4段階の生存者を確保できた。」
ルイナとヨハンは目を丸くした。
スノウホワイトの依存症はランク分けされている。第一段階は摂取しはじめで、例の頭が白くなるようなすっきりした気分。日々悩みを抱えるガミロンたちは一時の逃避にと手を出し、最初のころは副作用が判明していないことをよいことに一部で合法化の声すら出された。しかし、第二段階の依存症罹患者が増える頃になると警戒する声がでた。禁断症状が重くなるのだ。といっても中毒者と常人の間に見分けがつくわけではない。むしろこの段階の中毒者は第一段階から引き続き、むしろ社交的で明るく、何でも前向きに取り組む好ましい人間に見える。しかし、その仮面のしたで自我は融解し始める。どうしても泣き言をあげたりまわりに愁訴するということができないのだ。心の内部ではクスリを求めて日々泣き叫びながら外面は何事もないように振舞い続ける。真の心情吐露ができなくなる。
第3段階中毒者が出てからようやく重大な社会問題として浮上してきた。ある中学教師が快活に生徒に話しかけながら室内の生徒を次々と撲殺していくという事件が起こった。パニックになって生徒たちが逃げ惑う中、理科準備室に女生徒を人質に立てこもった犯人に警察は強行突入を敢行した。しかし、警察が見たものは無残に転がる女生徒の死体とお茶でも出しましょうか?と涼しい顔で話しかける教師だった。
取調べで教師は自分はスノウホワイトをあらかじめ摂取する運命だった。それが途切れたので罰としてあの子達を殺すように命じられた。殺せば殺すだけスノウホワイトを与えると言われていると真顔で主張したのだ。
仮説がある。スノウホワイトは化学物質ではなく一種の有機ナノマシンではないのか。それを活性化させることで、脳と意識そのものを乗っ取り、コントロールするのではないかと。最初は嘲笑とともに一蹴されたこの学説は、しかし総統府の注目するところとなった。親衛隊にそれから下った指令は、治安機関と協力してスノウホワイトを帝国内にばらまくアマディオの意図をさぐり企図を阻止すること、上記の仮説の確証を得ること、の二つだった。そのためにヨハンがルイナたちと行動をともにしている。当然、アマディオの捕縛、場合によっては殺害も視野に入れている。
背の低いほうは続けた
「第4段階の患者は限られている。数は少ない。それはアマディオが全員を抱え込んでコントロールしていると見られるからだ。アマディオの身辺を固める警護、直接指示で使役される要員は今や全員第4段階と見られる。彼や彼女らはアマデイオがどういう形で指示しているかはまだ不明だが、絶対的に忠実だ。自ら進んで心服していると信じている様に見える。だから、危険だ。」
背の高いほうが言った。
「それはさっきの事態で十分承知しているだろう。」
囮捜査官のウゴには彼の視線を外部でモニターできるような処置をあらかじめ施していた。ウゴの見るのと同じ画像を見ながら、ルイナたちは息を殺して待機した。
ウゴがラインジの応接セットに促されて腰を下ろすと、中年の男が執事然として現れて申し訳なさそうに言った。予定が押してしまいましたので、少し遅れるという連絡を承っております__
ついで飲み物を運ぶ制服姿の可憐な少女。どうぞごゆっくり、と抜けるような笑顔絶やさず飲み物をおいてかがんだとき、ウゴの視線は彼女の細い胴に少し分不相応に厚めな何かが巻かれているのを捉えた。
「ウゴ!」
ルイナは思わず、彼の小型の耳腔内マイクに注意喚起する前に彼は身を翻し、隣の合金製テーブルを盾代わりに押し立てた。爆発。
至近距離で特定の相手だけを殺害可能な爆薬。
まわりに三々五々ゆったり話しさざめいていた何人かの男女が一斉に立ち上がりウゴに得物の照準を当てようというとき、ルイナは叫んでいた。
「突入!突入!」
終わった後、片付けられる死骸の中に、顔に微笑を張り付かせたまま未発達な胸のしたあたりですでによどんで青黒くなった血糊と内臓をぶちまけながら二つに千切れた少女のものがあった。
毎度ながらこういう光景には慣れない。
一方で突入班に介護されながら運ばれるウゴの顔の汗を手でぬぐってやった。ウゴは苦しい息の下でようやっと話した。
「すみません…班長。」
「大丈夫だ。ゆっくり休め。」
「これから戻ります__。後始末やらありますから。報告書は明日になりますが?」
「かまわんよ。班長。それと、中尉が奴らの別のアジトをガサ入れした結果も聞かせてくれ。次のアマディオの行く場所の見込みくらいはあたりがつくかもしれん。」
「了解です、課長。」
禿頭のほうに敬礼をするとルイナはそこらに放ってあったジャンパーを羽織って歩き出した。後をヨハンが追う。
「いいコンビですなあ。」背の高いほう、次長は課長に語りかけた。
「ああ、中尉もあのゼムラーの子飼いの部下とは思えんよ。」
次長は声と背中を少しすぼめた。
「言わなくても良かったんですか?」
搬送されていったアマディオの子飼いの第4段階の死骸や痕跡の中から、明らかにテロン人のものとわかるものが発見された。速報の中でも最優先に彼ら捜査チーム首脳に知らされたのだ。
「グループにテロン人が中にいたとなると、親衛隊や我々だけでなく、軍の介入を受ける恐れがある。軍は今、軍内の中毒者狩りから踏み込んで独自にアマディオの追及を開始しているそうだ。当然その過程でつかんだ情報も軍機扱いで我々には共有できない。知っているべき人間は少ないほうがいい。でないと、彼女らを危険に晒す。もしテロンの潜入があれば、交戦に巻き込まれる可能性すらある。せめてバラレス以外でやって欲しいものだが。」
「特殊部隊を3ユニット辺境惑星に派遣したそうですな。ずいぶんと気前がいい。」
「あと気になるのは中尉の親衛隊だ。同じ惑星に目をつけている。」
「しかし、我々には手出しできんでしょう。いいさ、スノウホワイトの原料産地そのものが彼らのおかげで潰せれば、あとはアマディオの身柄だけを我々は追えばよくなる。」
ルイナはビルの地下から警察車両で外にでた。助手席にはヨハン。
「姐さん、おれさあガウス街で降ろしてくれない?」
「遊びまわってんじゃねえよ。」
「ちがうよう。」
「ちがわない。特にお前の場合。」
「ちぇええ。」口を尖らせる。
「姐さんの妹くん、ラマザにいってるんだって?」
「アカデミーのお仕事。軍に入ったのに骨董品のお守ばかりだってぼやいてたな最初は。今はそのラマザに短期出張中。」
「昔々のガミラスみたいだってねえ。」
「スノウホワイトの原料の「シード」の最大の収獲地でもあるんだぞ。ま、アカデミーの演習に雪隠詰めだから大丈夫だろうけど。」
「あ、あそこでおろし__」
「調子食らってないで、報告書の手伝いしろ。今夜は寝かせないよ、中尉殿。」
「優しくしてくんなきゃ、イヤ。」
腕の長いルイナの思いっきりきついニーブローがヨハンのわき腹に決まり、彼は助手席で悶絶した。
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イラストページのほうのヤマト外伝メルダさんもののイラスト紙芝居をおやすみ頂いてますので、ここで丁度物語の補完になるSSをば。ミーナさんの姉ちゃんのお話です。少し前に書き溜めておいたのをちょっと補完しました。ご笑納ご笑納。