No.59260

ビューティーコロシアム

masabokuさん

テレビ番組は見たことありません。タイトルから想像して書きました。

2009-02-20 18:39:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:849   閲覧ユーザー数:819

 一万人以上の観客を収容できる、開放型の客席は満員状態である。眼下には円形の舞台が用意されている。その舞台上に屈強な大男が現れ、大声で叫ぶ。

 

「皆の者、長らく待たせた! これより、美の祭典、ビューティコロシアムを開催する!」

 

 客たちが一斉に拍手と歓声を上げる。会場の熱気は既に臨界点だ。舞台にかぶり付きの座席のチケットは定価でも十万円、実際の入手にはその数十倍はかかるという。上段にいくほど舞台からは離れるが、それを補うために会場には巨大なオーロラビジョンが各所に吊り下がっており、舞台をあらゆる角度から見られるようになっている。

司会の男が再び叫ぶ。

 

「最初のエントリーは! 北海道出身!ミス・ノリコ!」

 

 舞台へと続く花道にスポットライトが当てられ、通路から神輿-これも四人の屈強な男によって担がれている-に乗った若い女性が現れた。観客の見守る中、神輿はゆっくりと舞台中央まで進み、女性を降ろす。

 

「……」

 

 ノリコ、と紹介されたその女性は、黒いストレートの長髪の似合う美人ではあるものの、これといって際立った美しさを持っているわけではなかった。会場から、訝るような唸り声が上がる。彼女は周囲を暫らく見渡していたが、やがてその髪の毛を両手で掻き分け、ある部分を露出させた。

 

「オオオオオオオオ」

 

 予想をいい意味で裏切られた、予想以上だ、といったどよめきが会場を駆け巡る。一言で言えばそれはまさに、完璧なうなじであった。オーロラビジョンに映し出された彼女の後頭部、そして白く細い首、それにかかる幾筋かの黒髪が、絶妙の”美”を表現していたのだ。時間で言えばそれは僅か数十秒のことであったが、その美しさは会場を支配し、熱狂させるに十分であった。

 

 彼女は髪を元通りにして、ペコリとおじぎをして退場する。入場の時と同じく、神輿に担がれて。観客たちは彼女に対し、惜しみのない拍手と歓声で見送るのであった。

 

「続いてのエントリー! 東京都より、ミス・カナコ!」

 

 司会の男の叫びとともに、今度は自分の足で歩いて小柄な女性が入場する。キビキビとした動作で舞台中央に立った彼女は、大きな丸いレンズの眼鏡をかけていた。観客からは既に、「萌える」などとの声が上がり始めていた。何気なくクイっと眼鏡を上げて直す動作にも、静かなどよめきが起こる。

 突然、彼女が腕組みをして、強気を感じさせる大声で謎の言葉を放つ。

 

「もう、さっさとプリント出しなさいよ! アンタで最後なんだから!」

 

 一部の観客から、猛烈な歓声が上がる。”美”のカタチはかくも多様であるのか。先ほどは誰しもがほぅ、と息をのむような美しさであったが、今度のように特定の者に対して激しく心を揺さぶるような狭く深い”美”もあるようだ。所謂「メガネ委員長」というジャンルの中でも、彼女は相当に(もちろん、このコロシアムに召還される以上当たり前だが)レベルが高いのだろう。私のようにその手の方面に疎い人間ですら、ノスタルジックな想いを掘り起こされるような、不思議な、暖かい気持ちにさせられたのだ。

 

 ”美”のオンパレードはまだまだ続く。司会の男の声は観客の熱気にあてられたのか、さらに勢いを増している。

 

「続いては! 大阪より、ミスター・ヒデキ!」

 

 会場から黄色い歓声が上がる。観客には女性客も多く、このイベントが老若男女全てに開かれたものであることを改めて実感する。あらゆる究極の”美”を生で見るために大金を積んでチケットを求めているだけあり、男性客も舞台から目を離さない。

 

 現れた男性は、司会の男にも負けず劣らずの身長があり、ボディビルなどもしているのだろうか、服を着ていてもそれとわかるほど立派な体格をしていた。顔立ちも、同性の私からみてもまあハンサムと思える。その彼が―予想はしていたが―突如上着を脱ぎ始めた。

 やはり、鍛えられた筋肉を纏った均整のとれた体。それ自体ダビデ像もかくやという純粋な肉体美を放っていたが、彼の真の美しさは、さらに別にあった。

 

 ヘソの下から続くその見事な茂みは、まるで大宇宙の神秘を感じさせる広がりと、パンツの中へ隠れていく過程に人類の文化の盛衰の全てを表現したかのような深みをもって、我々の前にあった。

 

「ギャランドゥ!」

 

「ギャランドゥ!」

 

 会場は割れんばかりのギャランドゥコールで、興奮した観客の足踏みによりまるで地鳴りのようにビリビリと振動した。一方で泡を吹いて倒れる観客―女性だけではない―もおり、興奮が収まるまでに相当な時間を要した。

 

 このようなありとあらゆる究極の”美”を目の当たりにできるビューティコロシアム。十数年前に始まったばかりの頃は地下でひっそりと行われており、参加者もごく限られていた。しかしここ数年で専用の会場を建造し、マスコミでも広く取り上げられる恒例行事にまで発展した。このことは、日本の文化レベルの向上に大きく影響を与えていることだろう。

 初期から取材し続けてきた私にも、このイベントがこれからどのように変化、いや進化していくのか予想できない。

 

 宴はまだ始まったばかりだ。司会者の声はいよいよ朗々と。

 

「それでは次のエントリー!」

 


 
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