No.591940

真・恋姫†無双~絆創公~ 中騒動第一幕(中編)

きっかけはコミックアンソロジーでちょこっと出た、相沢先生の描いた髪を下ろした沙和のコマ。それが妙に印象に残ってまして、で、こんな話ができましたとさ。

しかし、我々女の子を泣かせる描写が好きだなぁ……

2013-06-28 09:56:10 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1250   閲覧ユーザー数:1158

中騒動第一幕(中編)

 

 北郷一刀は混乱していた。

 

「…………えーと」

 

 自分の置かれている状況が全く理解できなかった。

 

 とりあえず、最初から思い返してみる。

 何の気なしに城内を歩いていると、スーツの男とコートの男にいきなり拉致された。

 困惑していた自分をよそに、相手側の話が進んでいるのは何となく感じられた。

 で、なんやかんやされて、気がつけばここに立っていた。

 

「うん、分からない」

 

 いきなり過ぎて、記憶と情報が少なすぎる。

 そして、分からない事が多すぎる。

 

 まずは、今の自分の服装だ。

 普段着ている、一刀の代名詞としてお馴染みの学生服ではない。

 二人の男に、あれよあれよと言う間に着させられたその服は……

 

「これって…………タキシード、だよな?」

 

 そう。色は光沢のあるグレー。

 ロング丈のタキシードを着ていた。

 

 次に、周りの光景。

 一刀の記憶に間違いがなければ、場所は大広間で合っているはずだ。

 しかし、今目にしている装飾は、大広間の落ち着いた雰囲気などは感じられない。

 いや、落ち着いた雰囲気はあるが、その印象が違う。

 なんというか…………厳かと言うべきだろう。

 

「…………もしかしなくても、教会だよな?」

 

 目の前に見えるは、巨大なステンドグラスの装飾。

 その上の方に見える、十字架。

 ステンドグラスの前に置かれている、かなり立派に見える主祭壇。

 その他諸々の内装から、誰がどう見ても教会だと判断するだろう。

 

 そして一刀は今、主祭壇の前に立っている。

 そんな状況下、一刀は誰に言うでもなく呟いた。

 

「結婚式、か……?」

 

 それも、明らかに新郎の立場として、一刀は参加する事を意味していた。

 それを理解して、しかし一刀は別段焦るような素振りはしなかった。

 それ以上に気になっていることがあった。

 

「…………相手は誰だ?」

 

 誰がこの騒ぎを起こしたのかは知らないが、この後に自分の横に並ぶであろう、新婦となる女性は一体誰なのか?

 自分と想いを交わした女性なのか。はたまた何かの事情があって、式を挙げなければならないのか。

 

 下手したら、相手が本当に“女性”なのか……?

 

 冷静になってみれば、色々と恐ろしい考えが次々と浮かんできて、一刀は少し落ち着かなくなっていた。

 

 ふと目線を移動したのは、主祭壇の横の方に設けられた小部屋。

 主祭壇を軸として、左右同距離に位置するそれの右側から、タキシードを着た一刀は出てきた。

 とすると、左側からはこの式の“相手”が出てくるのだろう。

 

 思考を巡らしていると、その左側の扉が開いた。

 

 出てきた一人の…………いや、二人だ。

 二人の人物が中から出てきた。

 この世界に来てからまだ日が浅い、アオイとクルミだ。

 

「そちらの準備は出来たようですね」

「おー、カッチョイー! 元が中々だから、衣装も映えるねー!」

 一刀の姿を見た二人はやけに嬉しそうに笑っている。クルミに至ってはカメラマンよろしく、両手の親指と人差し指のL字で作った四角の中を覗いている。

 置いてけぼりにされている気分の一刀は、たまらず話しかけた。

「なあ。二人とも教えてくれよ。これは一体どういう…………」

「それにつきましては、こちらの方からご説明を……」

「主催者の、とーじょーでーーーす!」

 

 二人の合図の後に、また一人小部屋の中から誰か出てきた。

 一刀はその姿に、自分の目を疑った。

「か、母さん……?」

 その人物は彼の母親である、北郷泉美であった。

「あら! 結構似合っているじゃないの。凄く素敵よ」

 息子の驚きなど無視して、ニコニコ笑いながら満足そうに頷いている。

「母さんが、発端なのか……?」

「ええ、そうよ。ちょっと思うところがあってね」

 悪戯っぽくウィンクをした母親に、一瞬拍子抜けしそうになるのを抑えた。

「母さん……。一体どうしてこんな……」

「ちょっと待って? その前に、カズ君の感想を聞きたいの」

「感想も何も、いきなり連れてこられて……」

「ああ、そっちじゃないのよ? 良いわよ。出てきてちょうだい……」

 

 

 泉美の言葉の後に、また一人小部屋から出てきた。

 

 

「えっ…………………………」

 

 一刀は息をのんだ。

 

 目の前に現れた、美しく、可愛らしく、そして気品に満ちた花嫁。

 

 フワリと丸く膨らんだ、ベルラインドレス。

 

 白いヴェールに、少し控えめな装飾のティアラが、その上品さを一層引き立てている。

 

 ヴェールの中のセミロングの髪と、翠緑色の瞳。

 艶やかな桜色に彩られた唇。

 

 その全てに、一刀は酔わされていた。

 

 少しでも気を抜けば、心が壊れてしまいそうなほどに。

 

 

「どうカズ君? 感想は」

 母親の声で我に返る一刀は、その酔いから目を覚ました。息をするのも忘れていたらしく、少し……いや、かなり鼓動がうるさい。

「あ……うん。凄く……綺麗だ…………」

 口をついて出たのは、率直な感想。気の利いたことを言うべきなのだろうが、まだ頭が麻痺しているようだ。

 その言葉を聞いた花嫁は、顔を赤らめてモジモジしている。

 そんな二人の様子を見て、泉美は何も言わずに微笑んでいた。

 

 一刀はまだ高揚が収まらないのか、胸に手を当てて花嫁を見る。

 その視線が恥ずかしいのか、花嫁は少し俯いた。

 初々しい反応をよそに、一刀は既視感を覚えた。

 

-この娘、見覚えがあるような……-

 

 一刀は自分の記憶と照らし合わせていた。しかし、大事な所がぼやけているような感覚に襲われて、頭の中がモヤモヤとしている。

 

 今度はそれに耐えきれなくなり、一刀は口を開いた。

 

「えっと…………誰、かな…………?」

 

 この言葉は相手に対して失礼だと認識はしていた。だがそれよりも、今自分を支配するこの疑問を、はっきりさせる方を一刀は優先した。

 幸いにも相手は不満に思ってなかったのだろうか。少しのためらいの後、唇がゆっくりと動いた。

 

 

 

 

「…………………………たいちょう」

 

 

 

 

「…………………………えっ?」

 

 その声を聞いた途端、一刀の脳が急速に動き出した。

 

 必要な情報が、今の状況を整理するために組み立てられていく。

 

 聞き覚えのある、その可愛らしい声。

 

 自分に向けられたその呼び方。

 

 その呼び方をするのは、三人しかいない。

 

 そして、そこから思い当たる女の子は…………?!

 

 導き出された答えは、衝撃に形を変えて一刀に襲いかかった。

 

 小刻みに震える手で花嫁を指さしながら、恐る恐る答え合わせを試みる。 

 

「さ……沙和、なのか……!?」

 

「………………………………うん」

 

 俯いていた花嫁……沙和は、さらに俯いてしまう。

 

 

「……………………!!!?」

 

 あまりにも驚きすぎて、一刀は口をパクパク動かしている。その身振りも忙しなく、顔の前で輪っかを作ったり、頬を叩いたりしている。

 その動きを解読すると、“眼鏡を掛けていない、ソバカスがない、髪型が違う”となるようで、それを把握したクルミとアオイがクスクス笑いながら口を開いた。 

 

「驚いたでしょ? 髪は下ろして整えてるんだけど、未来のお化粧道具を使って、凄く自然にソバカスを消しているのですっ!!」

「いきなりコンタクトレンズを使用するのは流石に抵抗あるかと思いまして、一時的に視力を上げているんですよ」

 

 二人の説明を聞いて一応は理解した。だが身体は反応が遅れてしまい、挙動不審の勢いは変わらない。それはまるで、改札口でスーツにしまった切符を探すような動作になっていた。

 そんな息子の焦りようを、主催者の泉美は和やかな雰囲気で眺めていた。

 

「この広間の変わりようも凄いでしょ? 未来の技術は、こうやって内装を変えることも出来るんですって」

「時間制限がありますので、長時間の利用は出来ませんが……」

「おまけに、この部屋の声は外には漏れないけど、外の声はこっちに聞こえちゃうっていうヘンな特性があるし……」

 

 そう話すクルミの言葉で、一刀は少し前の事を思い出した。

 外の方から華琳、凪や真桜たちの声が聞こえてた事を。あの時はまだ茫然としていて、流れに乗れていなかった。

 

 

 

「ね、ねえ…………隊長…………?」

 

 

 と、少し落ち着いていた所で、一刀は沙和から話しかけられていた。

 

 その綺麗な瞳は、上目遣いで一刀を見つめてくる。

 

 普段の彼女と違う、そのしおらしさに、再び胸の高鳴りが蘇ってくる。

 

「な、ななな、何でしょう!?」

 

 上擦ったその声と畏まった口調が、一刀の緊張を露骨に表している。しっかりしろと言い聞かせても、全然落ち着いてくれない。

 

 これが、このドレスの魔力なのか。

 

 一刀は背筋を伸ばして、少女の言葉を待つ。

 

 

 

「………………これ、何の服なの~?」

 

 

 

「……………………………………は?」

 

 

 

 予想だにしない沙和の言葉に、一刀はポカンとなる。

 目の前にいる少女は彼の反応が無いので、少し狼狽えながら首を傾げていた。

 

「さ、沙和…………何かヘンな事言っちゃった?」

「えっと……何も、聞かされていないのか?」

 肩すかしを食らった一刀の口調が、元に戻っている。

「うん……。隊長のお母さんに頼まれて着てみたけど、何に使う服なのかまだ聞いていないの~…………」

「母さん……説明してなかったの?」

「あら、ごめんなさい! 準備に気を取られて、教えていなかったわ……」

 張り詰めていた糸が弛むように、一刀は全身の力が抜けていった。それでも何とか座り込まずにいられたのは、男の意地だからか。

「えっと……沙和。それは“ウェディングドレス”って言って……」

「“えでんぐどれす”……? ハッ!? ま、まさか……これから沙和に、ヘンな事する為の……!?」

「しないしないしないしない!! 大体、それを着せたのは母さんなんだ。そんな服だったら、沙和に着せたりしないだろ?」

「あっ、そっか。隊長なら分からないけど、隊長のお母さんがそんな事する訳無いよねー」

「…………うん。まあ……だな」

 納得してくれたのは良かったが、一刀の瞳から何かが零れ落ちそうだった。

「もー、隊長。勿体ぶらないで、早く教えてよー!」

「…………えーっと、“ウェディングドレス”って言うのはだな……」

「うんうん」

 

「天の国の言葉で、“花嫁衣装”って意味だ」

「あっ、そっかー。だからこんなに綺麗な服な……………………へ?」

 

 納得していた表情を維持したまま、沙和は硬直する。

 

「ん? どうした沙和。聞こえなかっ……」

 

 

「エーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!?」

 

 

 高い声がさらに高く、広間中に響き渡る。その大きさに、今度は沙和以外の四人が目を見開き硬直する。

 

「えと、その、それは、だから、これで、つまり、それで……」

 やたら接続詞を多用している沙和。真っ赤な顔をして、先程の一刀のように珍妙なマイムを繰り返している。

 

「お、落ち着け、沙和」

 狼狽える沙和の肩を抑える一刀。だが、寧ろそれは逆効果であった。一刀に触れられた沙和の気恥ずかしさが増長しただけである。

「たたたたたたたたたいちょうととととととととさわさわさわさわさわさわさわ」

 頭から出る湯気も相まって、まさしくオーバーヒート寸前である。

「ああ、ごめんごめん沙和! ほら、俺離れたから! と、取りあえず深呼吸しよう、なっ? お、落ち着いてゆっくりと……」

「わわわわわわわかっわかったたたたたたた」

 なかなか戻らない沙和のバグに、他の女性三人も狼狽えだした。

「さ、沙和ちゃん! だ、大丈夫!?」

「いい、今お水を持ってきます!」

「椅子を持ってくるから、ままま、待ってて!」

 沙和のウイルスは、驚異の感染力で周りに影響を及ぼしていた…………

 

 

 

 

「…………落ち着いたか? 沙和」

 十分ほど経った頃、一刀が口を開く。

 何とか平静を取り戻していた少女は、椅子に座って顔を青年に覗き込まれている。

「…………ごめんなさい、なの」

 一刀や泉美たち女性三人の、介抱してくれた面々と顔を合わせずに、沙和は謝罪の言葉を発する。普段の元気な姿はどこへやら、居心地が悪そうに小さくなっている。

 一刀は頬を掻いて、軽く溜め息をついた。

「まあ、仕方ないんじゃないか? 沙和は何も知らなかったんだし……」

 微笑みを浮かべて慰める一刀と、沙和はまだ目を合わせようとしていない。

「沙和ちゃん……」

 心配になる泉美が口を開いても、沙和は無反応だった。

「……なあ、沙和。……もしかして、嫌か?」

「…………えっ?」

 不意に投げかけられた質問に、沙和は一刀と顔を合わせる。沙和の視界に入ってきた一刀は、切なそうに見つめてくる。

「俺と、結婚式するの…………嫌か?」

「……ッ!? ち、違うの!!」

 悲痛な叫びにも似た沙和の声が、一刀の表情を微かに緩める。

「沙和ね、凄く嬉しいの! この綺麗な服を着せて貰ったのも、隊長と結婚式できるのも、凄く嬉しいんだよ! ありがとうじゃ足りないくらい、気持ちが溢れそうなの! でも……」

「でも……?」

「沙和……自信ないの……」

「えっ?」

「隊長の周りには、華琳さまみたいにしっかりしている人とか、凪ちゃんみたいに真面目な子とか、素敵な人がいっぱいいるでしょ? でも、沙和……そんなに綺麗じゃないし、迷惑かけてばかりだし……」

 

「そんな事言うな……」

 

「隊長……?」

 気が付くと、沙和の手の上に一刀の手が重なっている。

 握り締めるのではなく、そっと添えるようなその手からは、どこか心地良い温もりが伝わってくる。

「さっき俺、狼狽えててカッコ悪かっただろ? あれさ、沙和が凄く綺麗だからなんだぞ」

「えっ……?」

「正直さ、俺最初に見たとき、沙和だって分からなかったんだ……。情けないよな? ずっと見てきたハズなのにさ。でもそれは、俺がちゃんと沙和の魅力を理解していなかったからなんだ。沙和はいつもと変わらず、凄く綺麗な女の子なんだって事を、俺は教えられたんだ……」

「隊、長…………」

「だから……誰かと比べて自分は、なんて言わないでくれ。俺は沙和を誰かと比べてるから好きなんじゃない。沙和だから好きで、沙和だから愛してるんだ」

「隊長ッ……!!」

 

 沙和は勢いよく、一刀に抱きついていた。

 

 ドレスが皺になるのも、涙がメイクを落とすのも忘れて。

 

 「隊長ッ!! 沙和、隊長の事、大好きなのっ!! ずっと、ずっと大好きなのっ……!!」

 

 もう止まらない。止めたくない。

 

 離れたくない。離さないでいたい。

 

 零れ落ちる涙。

 

 溢れ出し、声になる想い。

 

 出会えてよかった。好きになってよかった。

 

 ありがとうの想いが、言葉を越えて溢れ出す。

 

 “俺も、大好きだよ……”と囁く声が、自分を抱き締める力と一緒に伝わる。

 

 沙和の想い。一刀の想い。

 

 二人の想いが、優しい温もりになって、部屋中に響いているようだった。

 

 

 

 

 

 

-続く-


 
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