ここは聖フランチェスカ学園高等部生専用体育館。
この体育館に今、多くの学生が押し寄せていた。
中は既に生徒で埋め尽くされており、その多くが女子生徒で埋まっていた。
もともとこの学園は女子高であり、少子化の影響で3年前に共学となった。
まだまだ男子生徒の数は少なく、全体の70%が女子生徒で構成されている。
そんな学園の多くの学生で埋め尽くされた体育館の中央に、2人の生徒が立っていた。
1人は学ランを身に包み、大きな方天戟を肩に載せて面倒くさそうに頭を掻く男子生徒。
もう1人は木刀を持ち、方天画戟を持っている男子生徒を見つめて……いや、物っ凄い形相で睨み付けている。
両者……というか片方に集中して黄色い声を上げる野次馬とかした生徒たちが見守る中静かに立っていた。
「なぁ……北郷」
そんな中、中央に立って相手を睨みつけている男子生徒が、面倒くさそうにしている男子生徒に向けて声をかけた。
「…………なんだ、片桐?」
何故この2人がこうして相対しているかというと……それは2人が今まさに決闘をしようとしているからである。
この決闘は、今では女子の花園であったこの学園で日常的に行われているものだ。
「女子からキャアキャア言われて嬉しいか?
女子からご飯に誘われて嬉しいか?
女子から遊びに誘われて嬉しいか?
俺なんか毎日毎日期待してるのに声すら掛けて貰えないんだぞ?
只でさえモテるっていうのに毎日毎日声をかけられるのはお前か須藤先輩と不動先輩くらいだろ?
楽しいか?
心地いいか?」
「だが今日で其れも終わりだ! 俺がお前を倒して俺がお前の座を貰い受ける!!」
モテない男子生徒がモテる男子生徒に決闘を挑み、女子生徒の目を自分に向けようという目的でいつしか行われたモノが、こうして伝統になったものである…………モテない男がモテ男に嫉妬を抱いて勝負を申し込む実に醜い伝統である。
そしてこの少年「北郷 一刀」も、醜い嫉妬に燃えた男子生徒達にほぼ毎日勝負を申し込まれている者の1人である。
一刀はモテる……それはもうモテてまくっている。
成績は中の上だが体育の成績では常に一番、容姿は上の下、女性を魅了する甘いマスクに、女性への態度は紳士で実家は様々な武器の扱っている道場である。
そのためか、毎日のように告白されラブレターなどは一日10通……多い時には20通入っていることなど当たり前、常に女子生徒から黄色い声をかけられている。
また男子生徒や教師からも信頼され、「次期生徒会長は北郷以外考えられないだろう」と教師達の多くは彼を推薦していた。
当然、同時に男子生徒からは嫉妬もされているが、大半の生徒は「まぁ、北郷なら仕方がない」と言っている。
それでも一刀が許せないという男子生徒に、こうして毎日のように決闘を申し込まれていた。
そんな状況の中、一人の男子生徒が前に出た瞬間、先程まで騒いでいた観客の生徒達が一斉に黙り、辺りが静まり返った。
その男子生徒はこの学園の現生徒会執行部の部長だ、何時ものように決闘の審判を執り行うために出てきたのだ。
そんな中、一刀は上を見ながらボーとしている。
「それではこれより北郷一刀対片桐恭弥の決闘を始める! いざ尋常に「覚悟しろ北郷!!」」
審判が開始の合図を言う前にいきなり片桐恭弥が一刀に向って駆け出した。
「おいあいつ不意打ちだぞ!」 「北郷! 危ないぞ!!」 「北郷様! 避けてください!」 「キャーーーー!!」 「避けてください! 北郷先輩!」
いきなり駆け出した片桐の不意打ちとも言える卑怯な行動に周りの生徒は一刀は全く動かない。
「覚悟!!」
ボーとしている一刀に木刀を振り下ろす。
だが、一刀はそれを避けようとせず、周りは男子達は必死に一刀に訴え、女子は目を覆う…………が
スパーン!!
突如、乾いた音が体育館中に響き渡る。
中央を見ると、一刀が体勢を低くし、持っていた方天画戟で木刀をスッパリと切っていた。(ちなみにこの木刀は、一刀が決闘の度に木刀を使い物ならなくしているので鉄が入っています)
一瞬のあまり生徒たちも、そして片桐自身も反応できないでいた。
「はっ! ば、ばかな! 木刀が一瞬で「ゴン!」ヒデブ!!」
「はい終了」
何か言おうとした片桐の顔に容赦なく方天画戟の石突きを叩き入れた。
あまりにあっけない最後と、一刀の一瞬の動きにに反応できず、周りの生徒はまだ呆気にとられている。
「いや~、今日も一瞬で終わったな~」
シーンと静まり返っている中、そんな声と共に足音が聞こえてくる。
一刀が声の方を向くと、一人の青年がこちらに歩いてきた。
茶色い髪に眼鏡をかけ、エセ関西弁を話し一刀と同じ高等部の制服を着ている。
「こんな勝ち方、今までせえへんかったやん?」
「……別にそんなことないだろ? 佑」
佑と呼ばれた青年はナイナイと首を降った。
「何時もは決闘開始と同時に瞬殺か、じっくり痛めつけて止めさすか、木刀へし折って終わらせるか、遊んで終わらせるか、劣勢を演技しつつ最後に力見せつけて圧倒的な勝利で終わらせるか、わざと場外に放り出すか、徹底的にぶちのめすか、相手の金○に石突き入れるかのどれかやったやん?」
「いや、流石に最後はやってない」
「そやっけ?」
恍けた様な態度を取る青年……及川佑に対してため息を尽きながら、一刀は反撃とばかりに口を開く。
「それより何しに来たんだ? 彼女が待ってるんじゃないのか?」
「ぐっ!! い、痛いとこ突いてくんな……今日はええんや! なんか用事があんねん「あぁ、振られたのか」て……って、せめて最後まで言わせてくれへんかな! カズピー!!」
「はいはいそういうのいいから……っで? 本題は?」
及川の抗議を軽く流した一刀はそう聞きなおす、及川は「ホンマカズピーはないわ。 幼馴染のわいに冷たすぎや」とブツブツ言っていたが、本題を話しだした。
「あぁ、今日は〝実家〟の用事なかったやろ? やったら今度の課題今日やらん?」
「あぁ、例の公民館の感想文か? いいぜ、今日は爺ちゃんもゆっくりして来いって言ってたし……」
そう言うと一刀は及川の方へ歩み寄る。
すると、ハッと我に返った生徒達はバッと縦に避け一刀たちの邪魔にならないように道を開け、一刀達はそのまま体育館から出て行った。
「しっかしホンマにカズピーは強いなー」
体育館を出て、荷物をまとめて学園を出てしばらく、川岸を歩いていると及川がそんなことを口にする。
「そうか?」
「そうやって! わいもカズピーには負けるけど、北郷流師範代のやで?
そんなわいでもカズピーには負けるんやらなぁ~。
第一カズピー……生まれてこの方負けたことない……やん……か……」
「…………」
しまったっという顔をする及川の言葉に、一刀はなにも言葉を返さなかった。
〝負けたことがない〟……その言葉が彼の心に暗い影を落とす。
そう、彼は負けたことがなかった……いや、正確には身内以外に負けたことがなかった。
幼い頃から一刀は武の才能があり、同年代・年上・その道の熟練者……とにかく身内以外から敗北を受けたことがなかった。
特に弓術、そして方天画戟においては右に出る者はいなかった。
唯一、今でも彼に勝利できる祖父『北郷一真』でさえ、方天画戟を持った彼にはギリギリ勝てるかどうかというほど、彼は方天画戟の扱いに長けていた。
そんな無類の強さを持った一刀は敗北の悔しさを知らないまま育ったのだ。
彼に弱点があるとすれば、「敗北を知らない」というのがまず初めに上がるだろう。
〝現代に蘇った天下無双!!〟……一刀の存在は既にアジアを中心にして世界中に知られていた。
マスコミや記者にコメントを求められる事もしばしばあり、一刀は街起しにも貢献し、周囲から常に期待され続けてきた。
そう、一刀は敗北を知りたかった。
周囲からは理解できないだろうが、本当の敗北を知らない一刀にとってそれは憧れとも願いとも言えた。
自分の弱点がそれだと理解してはいる……だが、どうしても敗北することができない。
……何故なら本気を出すと、大抵相手を瞬殺してしまうからだ。
「…………」
「…………」
しばらく二人の間に無言が続く、うっかり犯してしまったミスにどう対処しおうかと、及川は頭をフル回転させる。
「…………」
「…………」
しかし無言が二人を包む、聞こえてくるのは自動車の音と遊んでいる子供の声だけ…………。
一刀と佑……2人は幼馴染だった。
生まれたのは同じ病院で生まれた日も同じ、家はお向い同士で、祖父母・両親達の4人も幼馴染でありその付き合いは3代にも及んでいた。
そのため小さい頃から仲が良く、幼い頃、強すぎる力を持って「化け物」と呼ばれていた一刀の唯一の味方が佑だった。
一刀も佑も、互いに支え合って今まで生きてきた。
一刀は佑に勇気を貰い、佑は一刀に元気をもらう。
彼らが今日笑っていられるのは、最も信頼できる親友が傍にいるからである。
2人は無言の中で幼き日の事を思い出していた。
一刀が「化け物」と言われ孤独になっていると、いつも佑が傍に居てくれた。
佑が一刀を庇い子供たちから虐められた時は、いつも一刀が追い払い助けてくれた。
お互いがお互いに大切だと想っているからこそ、2人は今日も笑顔でいられた。
そうして2人はしばらく昔を思い出し他愛もない話をしながら歩いていると、目的地である公民館にたどり着くのだった。
Tweet |
|
|
17
|
3
|
追加するフォルダを選択
新作第一話!!
お待たせしました!
続きを表示