No.589179

恋姫異聞録168 - 走舞 第二部 -

絶影さん

はい、走舞の第二部に入ります

題名の通り、最後まで突っ走りますよ―!!
ガンガンUPして、最後まで完走致しますのでよろしくお願い致しますm(__)m

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2013-06-19 22:36:35 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4483   閲覧ユーザー数:3648

 

水鏡の眼に映るのは、霧が水の壁に飲まれ一瞬で兵たちが消え失せる景色

声すら上げられぬほど大量の水が襲いかかり、まるで龍が目覚めの咆哮を上げるが如く、轟音が鳴り響く

 

「な、なんだよアレ?!水がっ!皆がっ!!」

 

残った兵たちが震え、絶望に似た言葉を吐いた時、水鏡は身震いを一つして口元が緩やかに釣り上がる

 

水が引き、辺りには岩だけが残り、再び霧が辺りを覆い尽くしていく

敵兵の姿など微塵も見えず、ただ静寂と霧だけが異様な雰囲気を作り出し、兵達の士気はみるみるうちに下がっていく

 

普通に戦をするならば士気など簡単に下がるはずはない、屈強な魏の兵であるならば尚更だ

赤壁に向かう時、詠の指揮で見せた降り注ぐ矢に突き進む。其れほどの姿を見せる男達

 

しかし、得体のしれないモノに対し、男達は怯んでしまう。目の前に敵が居れば、人が居るならば、男達はその手に握りしめた

槍を持って斬り伏せ、突き進むであろうが、目の前の敵は霧、水。そして未だ姿の視えぬ敵なのだ

 

「好、好。龍は目覚め、咆哮をあげ己の存在を示したと言うことね」

 

「し、司馬徽様」

 

さて、士気が下がり正体の掴めぬ陣を前に不安で一杯な兵達をどうしましょうかと、隣で立つ兵の方を振り向けば

水鏡の眼には、予想外のモノが映り込み傍観者であるはずの心が弾み躍動する

 

「如何なさいましょう。我等、司馬徽様が望むままに槍を振るいましょう」

 

「我等一人として簡単に死ぬ事は出来ませぬ。我等が生きれば、後の者たちもまた死ぬことはありませぬ」

 

兵たちは、不安に駆られた瞬間、水鏡に顔を向け、先ほどの言葉を思い返していたのだ

生き抜く兵のみ続けと、雲の真似をした言葉は、男達の心に火を着ける

 

「私の語った言葉。雲の言葉は、心は、とてもとても熱すぎる。私の心を揺さぶるほどに」

 

不安に染まる心を一瞬で立ち直らせ、揺るがぬ信頼を水鏡に向けて男達は槍を構え命令を静かに待ち続ける

 

「一気に突き進めば、敵の一人くらい見つけることはできます」

 

「矢を撃つ前に俺達の槍をぶち込んでくれる」

 

「どうかご命令を、我等は矢となり敵の心の臓を貫いてご覧に入れます」

 

兵達の熱すぎる言葉、熱気は何時しか殺気に変わり、目の前で牙を向く霧の城を咬み砕かんと唸り声をあげ始めていた

 

「では、命令を」

 

「応っ!!」

 

「一時撤退。安全な位置まで下がります」

 

喰らいつこうとした瞬間、下された命に兵たちは呆けてしまう。だが、変わらぬ穏やかなままの司馬徽に兵達は静かに槍を下ろしていた

 

「納得のゆかぬ方は?」

 

「いいえ、其れが命であるならば従います」

 

「そう、結構。それでは、慌てずゆるりと下がりますよ」

 

雰囲気は穏やかなまま、だが兵達は水鏡の中の怒りを感じていた。故に、兵たちは武器を下ろし後退する。すぐにこの場に戻ってくると

 

ごめんなさいね。私は、貴方達のような怒りが持てない。ですから貴方達の心を鏡にて、写させてもらったわ

貴方達が見た怒りは、貴方達自身のモノ。いくら心を揺さぶられても、雲ほど私の心を動かすモノは無い

 

「例えそれが私、自身の死であったとしても」

 

後方へと退がった司馬徽は、騎馬より降りて手頃な木の枝を手にして地面にサラサラと先ほどの陣形を書いていた

 

フフフッ、面白い陣形ね。一瞬ですけれど水が引いた後に形が見えたわ。此れはあの時の、八風の陣形を模倣した陣

8つの門より成る陣形。兵の組み換えで敵を惑わし、殲滅するのではなく、予め配置し霧で全貌を隠して水計にて殲滅する方法

 

「さて、この後にあの子なら何をするかしら」

 

まるで象棋をさしているようね。となれば眼よりもこの命すら客観視できる力のほうが役に立つ。さて、私があの子ならどうするかしら

 

覚えている範囲の諸葛亮を己に投影し、まるで自動筆記のようにして地面に文字と陣形を書いていく水鏡

 

「あの場に居た馬家の者の一人は、馬良ね。八風の内容を、中身を見た知将は彼女。利用するのも得意」

 

みるみるうちに暴かれていく石兵八陣。細かい地形すら頭にはいっているのだろう、指でさし図り川までも書き込んでいく

 

さあ、出来たわ。北に流れる川に堰を作り、川の流れを変え水計を2つ。霧と水流

兵は、事前の準備を考え此方の進軍速度と合わせると最小を考えれば約二名。合図を伝え待つ役と堰を切る役

 

「最近は雨は降っていたかしら?」

 

「雨、ですか?雨は、最近降ったと聴いておりません」

 

「有難う」

 

兵より天気の情報を簡単に聴くと、水鏡は一度空を見上げて次に地面の土をつまむ

 

水気が無い、となればここ最近は本当に降っていないわね

川の水量が増えて居ないと言うことは、先ほどの兵数と此方の進軍速度を合わせれば確定として良いでしょう

 

「何故ならば、最悪でも二名で操れる堰、そして僅かな時間でその堰を作ることが可能な水量であるから」

 

なれば、北の川の規模から考え、通常量の水量ならば後二回は水計を行えるわ

堰を作り、水溜まりを3つ。其れ以上は兵を流し、飲み込めるほどの勢いは作ることは出来無い

逆に3つ以下ならば、蓄えた水量でせっかく拵えた岩までも流されてしまう

 

好、好と呟き、次にさてどうしましょうと羽扇を緩やかに仰ぐ水鏡は、長衣を柔らかくふわりと翻して魏の方向を

自分達が進軍してきた方向を向いた

 

先に水計を見せたのはワザと。次はもう無いと思わせる策略。此方が本腰を入れて兵を入れれば、此方の兵数によって

弓をそれなりに放ち、水計を無いと信じこませ深く懐に潜り込ませる。のちに堰き止めた2つの水溜まりを一気に開放すれば

気付いた時は既に遅く、第二波で大打撃を受けていた所。楽しませてもらったわ朱里

 

「申し訳ないのですけれど、私のお願いを聴いてくれるかしら?」

 

「は、なんなりとご命令下さい」

 

「では・・・」

 

 

霧の中、弓を引き絞ったまま殺気を放ち続ける弓兵隊

岩が殺気を放っていたのではない、水計が及ばぬ場所で緊張と殺気を兵が放ち続けて居たのだ

 

「この霧では、まるで岩が殺気を放っていたように感じたでしょうね」

 

唯の岩が殺気など出せるわけがない、一声で即座に弓を放てる状態のまま待機された兵が押さえ込んだ殺気を放っていたにすぎない

タネを明かされば、大したことなど無い。だが、実際にこの計を実行に移すには相当な胆力が必要だ

 

霧が上手く発生させられるか、岩が上手く機能し迷宮を作り上げられるか、機を見て水計を発動させられるか

特に水計に関しては並の者では出来はしない。敵を引きつけすぎてもダメ、遠くても効果が無い、一度の水計にて流し去る

その一瞬を見極め指示を出す。その指示ですら堰を切る兵が遅れれば弓兵など、接近された歩兵には紙切れ同然なのだから

 

「私にはとても出来無いわ、兵を信じ冷静に敵の接近を恐れぬ心があってこそだもの」

 

尊敬の混じった眼差しで諸葛亮を見る黄忠

諸葛亮は、黄忠の視線を気が付いて居るのか分からないが、ピリピリとした空気を纏い続ける

 

「次は、どうするのかしら」

 

「敵は、恐らく水鏡先生です。これ以上は、此方に被害がでてしまいますから、百を残して天水に退きます」

 

「百、ならば私は此処に」

 

「いいえ、残るのは私。紫苑さんでは、次の水計が仕掛けられません」

 

死ぬつもりかと黄忠は少々驚くが、諸葛亮の様子に全くそんな事は無いのだと安心する

何故ならば、先程からまるで引き金に指を置いたかのように羽扇の柄を親指で何度も擦って居たのだから

 

熱り立った荒馬のように、諸葛亮は戦意の塊のようになっていたのだ

 

「では、貴女を信じて天水へと退きます」

 

「はい」

 

「武運を祈っているわ。無事に帰ってきて」

 

素直に弓兵を連れ、黄忠はその場に僅か百の兵を残すと兵を引き連れ振り向きもせずに天水へと引き上げてしまう

 

無事に帰ります。兵の皆さんは死ぬことになりますが・・・

 

敵が退いた方向を睨み、地面に蹲ると手頃な枝を手に地面に図を書き始める諸葛亮

 

きっと先生も同じ事をされているはず。陣は、今の計で見られた。そして、先生なら私を投影、模倣して陣の内情を知るはず

フェイちゃんも、紫苑さんも見通して居るはず。勿論、北に兵が二人派遣されて水計が残り二回あることも

 

「後二回で、私は陣の力を自分のモノにしなきゃならない。付き合ってもらいます先生」

 

先生が考える事は解ってる。自分の得意な読み合いに持っていくつもりだ。けど、私は読み合いで戦うつもりはありません

 

「石兵八陣、組み換えお願いします」

 

「は、承知しました」

 

羽扇を一閃、前へ突き出せば兵は一斉に霧の中で石で作り上げられた人型の配置を切り替えていく

 

 

 

 

 

それぞれ迷わぬように、元の位置に縄を縛り付け速やかに陣形を切り替えて再び弓を引き絞り静かに殺気を放つ

 

「敵、来ましたっ!!」

 

「ご苦労さまです。次は、弓を撃つ事になるかもしれません。皆さん、油断しないで下さい」

 

再度現れた魏の兵達。しかし、魏の兵達は霧の前でピタリと進みを止めてしまう

 

「ぬ、来ないのか」

 

「怖気づいたわけではあるまい、魏の兵ともあろう者が」

 

蜀の弓兵隊は、魏の兵が進まず霧の中をただ見ている様子に警戒する

先ほどの攻撃で攻め手を失って居るのか、それとも何かを仕掛けてくるのか

 

「・・・可怪しい」

 

警戒するのは兵だけではない、諸葛亮もまた同じ。彼女の知る水鏡であれば、兵の命を駒のように見て諸葛亮の陣形、策を楽しむはずなのだ

 

目を使い、此方の機を見て水計が行われるギリギリを見極め、迷路のように配置された石兵を解きほぐす

水計の無駄撃ち、私の知恵と機先を制する事を狙うはず・・・

 

「さあ、読み合いをしましょうか」

 

突然、雪崩のように動き出す魏の兵。何の策も無く、水鏡までも共にただ声を上げて槍を構え霧の中へと突き進む

 

「退避策すら無く無策?そんな筈はない、何を考えて」

 

羽扇を仰げば、五十の兵が霧の中に入り次々に石兵の配置を変えていく

 

「これだけ入り込んだなら、矢よりも」

 

選んだのは無用な矢を撃たぬ事、水計にて流し、残党を弓矢で誅殺すること

霧で包まれた石兵の陣は、生きた迷宮のようにその姿を刻々と変化させて魏の兵達を惑わしていく

 

「紐を引いて退避の合図を、水計を放ちます」

 

頷き、木に括られた紐を引く蜀の兵。合図に気が付いた男達は、紐を頼りに元の位置まで戻り始めた

 

「迷ってしまえば、いかに水計の機先を制する事が出来ても無駄。此処で先生に消えてもらいます」

 

漆黒の羽扇を振り上げ、水計の合図を送ろうとした瞬間、辺に響く爆音

 

「ほぉら、見えた」

 

諸葛亮の眼に映るのは想像を超えた光景。己の知る水鏡ならば、決して行わぬ行動

 

霧を吹き飛ばし、石兵すら粉々に粉砕する鉄球と巨大な円盤。先頭で武器を振り回す少女が二人

 

剣を交えてからの読み合いではない、陣に入ってからの読み合いではない、唯の力技

 

妖艶に微笑む水鏡は、瞳に捉えた諸葛亮を見て鋭く瞳を細めた

 

「教えたはず、戦は始まる前にその勝敗が決まっていると。読み合いは、兵を退いた時、既に始まり終わっていた」

 

兵を進めたのが遅かったのは攻め手を考えあぐねていたわけではない、到着を待っていたのだ

遠距離まで届き、辺の岩を破壊する力と武器を持つ将、季衣と流琉の到着を

 

「くっ!」

 

「今、貴女は焦りが心に生まれた。心を鉄に変えようと驚きと焦りは消せやしないわ。負の感情とは深緑の暗き森。光など瞬く間に飲み込んでしまう」

 

諸葛亮の中に季衣と流琉の存在は在った。だが、二人を出してくることは赤壁などで前に出さなかった事から外されていた

親衛隊である虎士まで引き連れ、本隊の護り、要である兵と将を、初戦も初戦、手の内すら不明の石陣にぶつけてくるなどと誰が思うであろうか

 

「雲曰く、鏡花水月 郭嘉と言ったところかしら」

 

同時に掲げられる白と黒の羽扇

 

「水鏡先生から指示だよ流琉っ!」

 

「皆さん退がります、矢に注意して下さいっ!!」

 

季衣と流琉の引き連れた虎士と虎豹騎は一斉に盾を掲げたまま退避すれば、辺りを洗い流す水の城壁が襲い掛かる

 

陣を覆い隠す霧すら取り去り、見えたのは僅か数体の石兵のみ。その先に三角陣を敷いて此方を向く蜀の弓兵

 

「一つ、二つ、三つ・・・合わせて百。黄忠はもう居ないわね」

 

退いた場所から全体を見ながら羽扇でくるり、くるりと敵兵を輪で括るように回す水鏡

大凡の兵数を換算すると旗が無いことから黄忠が既にこの場から去っていることを口にした

 

あと一度だけ、水計が使えるけどどうするかしら。ふふふっ、霧はまた出せるでしょうけど、此方の進軍位置を掴めるかしら?

四方に散らし、進軍の機すらずらしてしまうと大変よね

 

「力は時に策すら喰らうわ。此方にこの子達が居なければ、多くの兵を死なせていた事でしょう」

 

「ボクたち役に立ったかな」

 

「ええ、とても。感謝するわ、本来は皆死んでいたから」

 

「ええっ!?」

 

穏やかなまま物騒な事を言い出す水鏡に、驚きながら冗談でしょうと視線を向ける季衣と流琉であったが

表情からは読み取れず、変わらず穏やかなままなので顔を見合わせ、きっと冗談だとお互いに言い聞かせていた

 

冗談ではないのよ。他の将ではこの陣を突破できず、あの子に此処ぞとばかりに討たれてしまっていたわ

そんな事はさせられませんから、今連れている子達を小出しに全て使い、陣を暴き、後続の部隊で潰すしか無かったのだから

 

羽扇で口元を隠す水鏡は、霧で消えていく三角陣の奥で此方を睨む諸葛亮を見ていた

 

「好好、再び眼前より龍は消え失せた。百の兵で何をするつもりかしら」

 

遠くではあるが視線は交わされた、しかし水鏡には諸葛亮の心は読み取ることが出来なかった

激流のような思考の流れに、表にでた感情の揺らぎしか彼女は見ることが出来て居なかった

 

「水鏡先生、私達も共に前に出ます」

 

「ボク達も戦えるよ。覚悟は出来てる」

 

殺す覚悟も殺される覚悟も出来ていると言う二人に水鏡は首を振った

 

「貴女方が居なくては、誰が王を御守いたすのでしょうか」

 

「でも!」

 

「その心意気や好。ですが、力は後の戦に蓄えておきなさい」

 

先程は助かりましたよと礼を言い、二人の頭を撫でる水鏡。武器を握る季衣と流琉は、穏やかで優しく包まれるような雰囲気を

醸し出す彼女に、どこかくすぐったく照れてしまい、頬を紅く染めていた

 

思い出すわね、私の元にあの子達二人が居た時を。私も、蜀に仕官していたらこの様に二人の頭を撫でて居たのかしら

 

「残念ね。私は、劉備殿よりも我が王を魅力に感じてしまった。何よりも天の御遣い」

 

言葉途中で水鏡はゆっくり首を振る

 

「鬼の姿が見たいと思ってしまったのよ。魏とは、鬼に委ねると書く。王は、何故、国を魏としたのでしょうね」

 

先の戦で見た魏の一文字を背負う男を思い描く。龍を魅せた舞を、敵兵を惨たらしく踏み殺す姿を、冷たく凍えるような殺気を

 

「では、虎士隊はこの場で待機。虎豹騎は、六列の横陣を敷、時をずらして前へ。盾は天へ掲げ矢に備えるよう」

 

「応っ!」

 

「進軍開始」

 

盾を空に掲げ、一枚の巨大な板を作り出し、槍を前に咆哮を上げ一斉に突撃を開始した

石兵が破壊された今、最早我等に恐れるものも邪魔するものも無いとばかりに

 

 

 

 

「水鏡先生、一体なにがあったのですか」

 

「見ての通りよ」

 

先行した水鏡の隊に辿りつき、目の前に広がる光景に唖然とする魏の兵達

状況をいち早く知るために追いついた稟の口から出た言葉は、明らかに彼女の想像を超える光景であったと理解できた

 

予想とは違う、築城などされておらず辺り一面が水で濡れ、破壊された石が転がる

 

確かに此処で戦があった。水計を使用したことはひと目で理解できる。だが・・・

 

「何故、率いた虎豹騎が一人も居ない」

 

「皆、殺されたわ。敵兵諸共ね」

 

「っ!?どういう事だ?」

 

兵が一人も居ない。虎士隊を残し、誰ひとりとしてこの場に居ない異常に春蘭が声を荒げる

虎豹騎は、魏の兵の中でも特に技量の高い兵が選出されている。その精兵が、一人残らず殺されたという

それどころか、虎士を率いていた季衣と流琉が俯いたまま涙を瞳に溜めていたのだ

 

「状況からは、察する事ができません。説明をお願い出来ますか」

 

「稟の言うとおりや、なんもかんも水で流されたんか解からんけど、さーっぱり見えてこんわ」

 

稟の隣に立つのは霞。偃月刀を手に、眉を潜めて辺りを見回すが何一つ掴めず、このまま兵を進める事は出来無いとばかりに

後続の華琳達に向けて伝令を放っていた

 

「ええ。接敵した時、既に陣形は完成されていたわ。霧と石兵で作られた陣。八つの入り口から成る迷宮のような陣形ね」

 

「季衣と流琉を連れて行かれたのはそういう事でしたか」

 

「察しが良くて助かるわ。敵を誘い、惑わせ、此処から数里先、北の川に堰を作り水計で攻撃をする。ですから、私は

貴女の想像通り石兵を武器で破壊、陣を暴き水計を避け攻撃をしようとしました」

 

確かにあの時、此方が優位に立った事は確かであった。敵は弓兵、此方は野戦に秀でた魏の精兵

だが、何故か敵は矢を一度放ち、此方に攻めてきた。ならば水計は無いと、水鏡は後続の兵を騎馬に乗せ一気に突撃を開始させた

 

弓兵が弓を捨て剣と槍を持つならば、騎兵の虎豹騎に勝てるはずはない

 

「何かあるとは思いましたが、向こうが前に出るならば此方も出なければ、いかに精強な兵と言えど勢いが着けば大きく打撃を受ける」

 

「敵も出るならば、水計は無い。ですが実際は違ったわけですね」

 

「あの時、再び霧で覆われ此方の兵が見えなくなった。接敵すれば此方が上、そう思っていたのですけれどね・・・」

 

水鏡と季衣、流琉、そして虎士達の眼の前で起きた現実は違うものであった。水鏡の命により、加速をつけて前進した兵達であったが

霧の中に入っていく兵達は大きく声を上げ、消えていった。まるで敵に、霧に深く飲み込まれて行くかのように

 

敵の声も混じっていたが、多くは魏の兵たちの声。そして、水鏡達の眼には兵が進んで居るのではなく霧に吸い込まれているように見えていた

 

「異変を感じ、皆さんを引かせようと思ったのですが、既に水計は発動されていました」

 

「て、敵陣に吸い込まれるだと?なにを」

 

なにを寝ぼけた事をと零しそうになった所で口を塞ぐ春蘭。学び続けた彼女にとって、軍師を疑うことが御法度であると理解し出た行動

疑いを口にすれば不安が兵に広がる。将は疑ってはいけない、そして眼を冷静に傾ける必要がある。軍師が口にした言葉は事実

紛れも無い真実であり、現実であると言うことを

 

「つまり、敵軍師は此処で何かを試し、何かを見定め、其れを実行し、痕跡を消したと言う事になりますか」

 

「石兵は陣形を兵の代わりに立て実行したに過ぎない。石兵を破壊された後、兵を使い実際に陣を試した。そうなるわね」

 

静かに聞いていた霞の額に青筋が浮きで、握りしめた偃月刀の柄がキリキリと音を立てる

 

「なんや、兵の命つこうて陣を試したんか。気に入らんなぁ稟」

 

「霞、貴女の言うとおり不愉快極まりない」

 

「無念を晴らそうなんて思わんで、ただウチラは」

 

「不快な虫螻を殲滅するのみ」

 

同様にビキビキと額に青筋を浮き上がらせる稟は、霞と共に鋭い亀裂のような笑を見せる

二人の殺気が感染するかのように、率いた兵達が狂狂とした笑を浮かべて殺気を滾らせていた

 

「私も同様だ、麟桜が哭いている。ヤツの喉を喰い破れと」

 

キンッと金属音を鳴らす大剣、麟桜。指先は紅く美しい義眼を撫でる

弟に刻み込まれた傷を思い出し、春蘭は特有の爆炎のような燃え上がる殺気を撒き散らせば率いる兵も同じく

熱く滾るような殺気を撒き散らす。抑える素振りなど微塵も見せず、コレが我等の宣戦布告であるとばかりに

 

「貴女が見た情報を細かく、鏡に映した彼の者を私の前に出してもらいます。水鏡先生」

 

「好でしょう、向かうは天水。平原で此方が来るのを待っています。私が映した龍の姿、ありのままを貴女に見せましょう」

 

激情と言えば良いのか、稟の瞳から溢れる怒りと純粋な悪意に水鏡は、視線を合わせて覗きこみ柔らかく微笑んでいた

 

「二人は王のお側へ。春蘭さん、進軍合図をお願いします。先頭は、張遼隊で好いわね?」

 

「はい。霞、先頭を任せます。直ぐに呉の秘策、黄蓋殿が率いる張昭殿の特殊兵科が来ます」

 

「任しとき、目標は天水!行くでお前らァ!!」

 

素直にうなずき、虎士を連れ華琳の元へ走る二人を見送ると、騎馬に乗り、飛竜偃月刀で風を切り、天に叫ぶ霞

合わせる春蘭は、進軍命令を声のみで全軍に伝え響かせた。怒号のような声に男達は武器を掲げ、討たれた友を、兄弟を思い

静かに大地を踏みしめ再び進軍を開始した。目標は天水。天よりこぼれ落ちる水が流れる地

 

「天を目指し、日輪に食らいつく龍と共に、地を這う龍が眼を覚ました。物語は何を選び取るのかしらね」

 

「無論、魏の勝利のみ。地を這う龍など、私が骨も残らず喰らい尽くしてやる」

 

天水へと歩を進める兵達を眺めながら、好好と呟く水鏡。対照的に稟は、収まらぬ怒りを熱に変え心の中で燃やし続けていた

早く情報を寄越せと、稟は水鏡の顔を両手で掴み自分へと無理やり視線を合わせるほどに

 

「焦りは心に隙間を空けるわ」

 

「焦る?私が本当に焦っているように見えますか?」

 

そう、怒りは僅かの間のみ。己の怒り、己の激情は全て友が背に背負い、引き連れて行った

霞の姿が視えなくなった時、稟の心は既に凍てつく氷に支配されていた

 

「好、好。貴女には、我が王のような影が付いている。いえ、影は貴女ね」

 

「霞もまた色を濃くし、天に在れば雲となる。私は、地を這いずるのが似合っている」

 

既に僅かな情報で今の諸葛亮を想像したのか、稟はその程度では地獄を見たとは言えぬと眼を見開き水鏡を覗く

水鏡は、好と一言呟き、己の眼に焼き付けた諸葛亮を写し始めた。その素振りから口調までもを

 

「きっと郭嘉さんなら私の考えを読み取れるはずです」

 

「造作も無いこと、脳漿の奥まで構築、再現し貴女を殺してあげます」

 

淡々と天水を目指す兵達は、二人を残して歩を進める。必ずや、敵将の策を、陣を、全てを看破してくれるはずだと

稟が霞の背に乗せるように、絶対の信頼を軍師、郭嘉の背に乗せて

 

「報告致します。司馬徽様が敵と接触、三度の接敵後、此方の兵は・・・」

 

「兵は?」

 

「全滅です。一人残らず、敵兵すらも」

 

水鏡より指示を受けた伝令が、本陣の華琳の元で報告を行えば、その内容に絶句する桂花

兵を生きて帰らせるはずが、そのための水鏡の出陣が、全く意味が無かった

多少兵を減らすことは桂花の頭にももちろんあった。だが、現実は全滅

 

「一体なにがあったのよ!詳しく説明をしなさい!!」

 

「は、はい」

 

怒鳴るように声を上げて伝令に説明を促し、起こった顛末の一部始終を聞きながら表情を変える桂花であったが

華琳は違った。才を愛する彼女が水鏡という才を見間違えるはずはない。間違った采配ではない

水鏡であるからこそ切り抜けられた、彼女であったからこそその程度で済んだ

 

性格、心根、行動理念を把握し、人を容易く模倣する彼女が兵を全員死なせるしか無かった

 

「それだけの策、それだけの陣がこの先に待っていると言うことね。面白い」

 

「・・・華琳様」

 

「桂花、呉の兵は、薊の兵は用意出来ているでしょうね?」

 

騎馬、絶影の馬上で問えば、桂花は勿論ですと小気味よく答える

 

「王であると言うのに、軒車に乗らぬのですな」

 

「来てたのね、アンタっ!」

 

苦虫を噛み潰したような顔をする桂花が睨みつけるのは、呉の重鎮 張昭こと薊である

文官であるというのに将兵のように騎馬を操り、華琳の側に着けると真っ白な髪を風に揺らし華琳に目礼をする

 

「なんぜ、嫌われちゅうようじゃぁ」

 

薊に対し、鼻を鳴らす桂花。冗談などではなく、男に対するかのように嫌悪感を丸出しにしていた

それに対し、薊はまるで子供だと見下すように口の端を釣り上げた

 

「戦に向かうのに軒車なんて、矢の的じゃない!」

 

「じってに取りゆう奴じゃぁ、しょうえいないなぁ。所詮は餓鬼かぁ?」

 

真面目臭く、冗談の解らぬ子供だと言うが、桂花にはよく解らず餓鬼と言った事にだけ腹を立てていた

 

「軍師が増えるのが気に入らないのよ」

 

「華琳様っ!?」

 

「ほうかほうか、可愛いのぅ。あしゃとりゃあせんぜよ」

 

カラカラと笑う薊であったが、華琳の言葉が図星であったのだろう

それに、華琳に対してだけは偽りをいうことが出来ない。顔を真赤にした桂花は、輜重隊の様子を見に行くと言い残し

顔を背けて後方へとさがっていってしまった

 

「まるであしの所の小娘のようじゃぁ、若いのぅ。誂い甲斐があるき」

 

「桂花を退がらせて何の用かしら」

 

「流石は魏王、聡いお方で御座いますな」

 

ガラリと言葉を変える薊は、ニヤリと笑を浮かべ、華琳は少々呆れ気味にため息を吐く

どうも薊は魏の将とは相性が悪い。それは魏の人間にかかわらないのかも知れない、何故ならば魏の将兵も呉の将兵と同様に

薊には頭が上がらない、無論理由は彼女の情報収集力にある。つまりは例の竹簡である

 

「特等席で見せてあげると言ったはずよ」

 

「はい。ですが、私の用意した兵による戦果を間近で見たいと思いまして」

 

「そういう事、やはり友に任せたと言っても心配なのね」

 

「愚問でございますな。昭様が劉備殿に申し上げたように、友を心配する事は何ら可笑しい事ではありませぬ」

 

周泰の潜入ですら見破った昭の眼を掻い潜り、劉備との対談内容を既に薊は耳に入れていたのだろう

まるで見てきたかのように話す薊に華琳は釣られたように頬を緩めた。いずれこの才も我が手に修めてみようかと

 

「初戦は此方の負けのようよ、貴女は・・・いいえ、呉は私に勝利を捧げてくれるのかしら」

 

「それこそ愚問。あしの友はぁ必ず王に勝利を捧げるき、ようその眼ぇで見ちゅうがええぜよ」

 

「楽しみね、では水鏡先生に変わり先陣を任せる。期待してるわ」

 

応と小気味よく返事を返し、薊は騎馬の腹を足で叩き前へと上がっていく

途中、昭率いる雲の陣の中をワザと通り、頬を少し紅く染めて美しい照れた微笑みを送ると、途中で止まっていた水鏡と稟を追い抜き

手を天に翳して呉の部隊に混ざり声を上げた

 

「さぁ、惚れた男の為に見栄を張るかぇ!」

 

「阿呆が、またそんな事を言っておるのか」

 

「焼くな焼くな、好いた男がおらんヤツはぁ可哀想じゃのぉ」

 

「はっ、こんな所でよく口が回るものだ、戻ったら覚悟をしておけよ。儂は今度こそ貴様を完膚なきまでに叩きのめす」

 

「おうおう、楽しみに待っとるきに、簡単に死んでくれるなよ祭ぃ?」

 

隣に着いた祭と拳を一度打つけ、互いに口の端を緩め、次の瞬間、二人は呼応し同時に鬼神ような表情を作り上げた

 

「祭と薊の二人が揃う所を久しぶりに見たわ。楽しみね」

 

「ああ、敵が可哀想だと思えたのは久しぶりだ」

 

「何時もそんなふうに思っていたの?」

 

「そうだな、あんなに嬉しそうな祭殿の顔を見れば、誰であろうとそう思うだろう」

 

それもそうねと雪蓮は冥琳の冗談のような本気の言葉に納得し、呉の兵達を祭と薊の兵科から遠ざけ始めた

近くに居る事が邪魔になる。むしろ、誰も近づくことは出来無いとばかりに

 


 
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