江南には川が多い、いずれも本流たる長江へ注ぐ支流である。
その幾つもある細河の一つを、一人の少女が見詰めて立っていた。長い黒髪が星屑のような、小柄な少女。
周泰幼平、真名を明命。
しかしながらキラキラ輝く河の水面を眺める彼女の表情は、重い。
「……一刀様、また祭様や穏様の おっぱいばかり見詰めていました」
ということだった。
彼女のいう『一刀様』とは天の御遣いである北郷一刀のことで、呉の地に降り立って幾星霜、今では呉の英雄に数えられる一人である。
明命は、その一刀に惚れていた。
猫好きな彼女はお猫様一匹でドンブリ飯三杯は平らげられるが、これが一刀でなら二杯半はいける、今にもお猫様に迫る勢い。
しかしながら その一刀は、どうやら巨乳でドンブリ飯三杯いけるクチらしい。
その証拠に今日の朝、ポヨン@ポヨンと恥ずかしげもなく揺らす祭や穏の巨乳を、呆けるように眺めていた一刀なのである。それを明命はバッチリ目撃してしまった。
「……あんなにガン見しなくても いいと思うのです」
顧みて、明命は自分の胸を見下ろしてみた。
そこには平原が広がっていた。
穏高原、祭山脈に対する明命盆地。
「うう…、みぢめさが込み上げます」
乳なんて飾りです、おっぱいも背も大きければいいものではない、と思っていたのも今は昔。
男の子へ恋する気持ちを知った今、その意中の相手が巨乳好きだと知ってしまえば、いいわけを並べて自己完結させる手段も もはや使えない。
どうして自分は貧乳に生まれてきたんだろう。
比較的 巨乳の多い江南の民に生まれながら、そのビッグな流れから外れた平面貧乳。
「こんな希少種 受け継がなくてよかったですぅ」
明命はやさぐれながら呟いた。
このままでは、乳のスケールという ただ一点だけの相違によって愛しの一刀様が祭様や穏様へなびいてしまう。
ただ単に女としての魅力に敗れるならともかく、乳の差によって敗れるのは明命にとって二重の屈辱だった。
「あ~ぁ、なんか一晩のうちに大きくならないかなぁ、私の おっぱい……」
明命は暗い気持ちになると、よくこの川岸にやってきて、川の流れを見詰める。
そうすると胸中のイヤな気持ちが洗い流されて、スッキリした気分になるからだ。
しかし、今回ばかりは なかなか蟠る心は流れ去ってはいかなかった。
そうして、どれくらい川を眺めていただろう。
明命は、いつの間にか、自分の隣に珍客がやってきているのに気付いた。
「アレッ?お猫様?」
それは白猫だった。
この辺では見かけない ずんぐりむっくりとした体型。明命はこんな太った猫を見たのは始めてだった。
「余所から旅してきた お猫様でしょうか?…おーい」
明命は、ここは初対面らしくチチチ、と舌を鳴らしてみる。
白猫が「ぷぷーい?」と こちらを向いた。さてここから どうやるか?と明命が計画を立てだした矢先、意外にも白猫の方からヨチヨチおぼつかない足取りで明命に接近し、その膝に「ぷいぷい」とよじ登る。
明命は表情を輝かせた。
「おお!これは!人懐っこい お猫様です!」
明命は遠慮なく自分の膝に乗ってきた白猫の頭を撫でた。
白猫は「ぷーいにゅ」と鳴いた。やはり猫は幸せの遣いだ、触れるとイヤな気分が解けてしまう。
「あうあう~、もしかして人に飼われた お猫様でしょうか?凄く人との接し方が上手いのです」
「ぷーいぷーいにゅー」
白猫は明命の膝の上で随分とくつろいでいた。
「…白いお猫様、私の悩みを聞いていただけますか?」
「ぷいにゅ?」
「私には好きな人がいるのです。弱くて少し頼りないですが、優しくて、思いやりがあって、とても暖かい人なのです」
「ぷにゃーい」
白猫は「それはけっこうなことだ」とばかりに前足の肉球を掲げた。
それで明命もちょっぴり誇らしい気分になる。
「その人は一刀様というのです。…ですが、一刀様を好きな人は他にも沢山いて、それは おっぱいが大きくて、綺麗な人たちばかりなのです。私のようなチビのチンチクリンには絶対敵いっこないような」
「ぷいにゅ」
「やっぱり一刀様も、おっぱいの大きな女性の方が好みなのでしょうか?それではやっぱり私は祭様や穏様に負けてしまいます。……どうすれば、おっぱいの大きな人たちに勝つことが出来るんでしょうか?」
「ぷいぷいにゅー」
白猫は明命の膝から飛び降りると「ぷい」と胸を叩いた。「俺に任せておけ」といわんばかりに。
「…お猫様?」
明命が呼び止めようとしたときには、白猫は既に随分先へとヨチヨチ歩き去っていた。鈍重そうに見えて、案外 動きが素早い。
気付いた時には、川岸には明命一人しかいなかった。川辺に吹く風が、明命の黒髪をはためかせた。
その夜、明命は夢を見た。
長江をゴンドラで遡っている夢だ。
明命は船の後ろでオールを漕ぎ、船首の方では あの白猫が「ぷにゅいー」と踊っている。
ゴンドラは進む、どんどん大河の上流へ向けて。
大河の最上流には『竜門』と呼ばれる とても流れの激しい難所がある。そこを昇りきった鯉は天に上がって竜になるという。
明命は『竜門』を昇りきった。
天に上がって竜となった。
でもアレ?『竜門』て長江じゃなくて黄河にあるんじゃなかったっけ?
そうツッコミを入れようと思った瞬間に目が醒めた。
「………んあー?」
目を覚ますと酷く寝苦しかったことに気付く明命。
夢の内容は、とても愉快で楽しかったはずなのに。
「んーと、どんな夢でしたっけ、……忘れました」
夢なんて そんなものだ。
それよりも肩が重い。ぐっすり眠ったはずなのに疲れが取れていないのか?
「寝ている時も、胸の上に何かが乗ってるように重かったですし……、うーむ?」
もしかして猫の霊でも乗っかってた?
胸の重みは そんなことでしか説明がつかず、とにかくも明命は身だしなみを整えんがために姿見の前へ向かう。随分寝苦しかったから、変な寝癖でもついてなきゃいいが。
そんな気分で鏡を覗いた途端………、
「んなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!?」
三国中に響き渡るほどの大声が、明命の寝室から発信された。
周囲の建物の窓ガラスは割れ、庭に生える落葉樹、常緑樹まとめて一斉に葉が散り、飛ぶ鳥は地に落ち、厩舎の馬たちはパニックを起こす前に失神する。
「んなっ、んなっ、んなっ、んなっ………?」
それだけの声を出してもまだ明命の動揺は発散されなかった。
今朝の、胸が苦しく、胸が重く、肩がやたらと凝っていた原因。
「おっぱい…、大きいですぅ……」
巨乳の明命が、鏡の向こうにいた。
恐る恐る、スイカのように大きな その乳をみずから持ち上げてみる。むにょんと、魔的な感触が明命の手の平に伝わった。
「ほ、本物ですぅ……」
おっぱいの手触りは、柔らかく そのクセ弾力があり、重くて そのクセ フワフワしていた。
なんという魅惑的な質感、世の男どもが夢中になるわけだ。
でもなんで?なんでイキナリ大きくなったの?
成長期?イヤでもこんな一晩ではありえねえ。
なんかの病気?むしろその可能性の方がありうる。乳が肥大化して最後には破裂する病、うわヤダ怖すぎる。
「……はっ」
しかし明命は思い出した、昨日、川辺で出会った白い猫。「俺に任せろ」といわんばかりに胸を叩いた あの猫の……。
「……これは、あの白いお猫様からの贈り物なのでしょうか?」
明命には それが一番しっくりくるように思えた。
「…うん、そうですね!」
確信すると俄然元気が沸いてきた。
これでもう祭や穏のような乳魔に遅れをとることはない。ここにいるのは もう明命ではない、パーフェクト明命なのだ!ジオングだって足はやっぱり飾りじゃなかったって整備士の人が言ってたし。
「よぉ~し、これで一刀様を悩殺して見せるのです!」
気勢新たに鏡の中の自分と向き合う。
そこで明命は改めて気が付いた。かつての自分の小さな胸に合わせた寝間着、であるがゆえに急激に大きくなった乳を覆いきれず、ボロンと、まさにボロンと、という効果音がピッタリなほどに、
「ふにゃああああッ!」
明命は顔を真っ赤にして鏡から自分の おっぱいを隠した。
彼女は今、とある死神の言った「ビックリして おっぱいが こぼれるかと思ったじゃないですか」という まさにその状態となっていたのだ。
――――で、
今現在この おっぱいには利点よりも問題点が多いということに気付いた明命は、ただちにそれらを解決するために外に出た。
「まずは……、下着を調達しないといけません……」
イキナリ大きくなってくれたのだから、サイズの合うブラジャーがあるわけない。
よって彼女は今ノーブラで活動するしか選択肢がなく、しかもそれは想像以上に過酷な選択であった。
「うう…、動くと、服の裏地に乳首がすれて痛いですぅ……」
ということだった、まさか 大っきな おっぱいが、これほど一歩一歩ごとに激しく上下に揺れるとは。
それに今着ている上着もまた小さかった頃に合わせられたもの、迂闊に激しく動くと またいつボロンといくかわからない。公衆の面前で そんなことになったら もう彼女は呉を出奔するしか道がなくなる。
「……はやく、はやく この おっぱいに合った服を………」
と求めて城内を徘徊する明命なのだ。
しかしこの場合、誰に救援を求むべきだろう?やはり同じ巨乳をもつ人の方が、その道を弁えていて頼りになるか?
「いや……、しかし……、ですね……」
今明命の「巨乳」というワードで検索してヒットした人物を洗い出してみると。
冥琳…「知らん、自分でやれ」で済まされる。
祭…服の趣味がババくさそう。
穏…助けてもらう前に襲われる。
蓮華…隠れ巨乳許すまじ。
とロクな面子がいない。半分はつい最近まで巨乳を敵視していた明命の主観になるのだが。
「ここはあえて、巨乳でない皆様の力を借りた方がよいかもです」
という結論に達した。
とすれば助けを請うべき相手は、この城には少ない。何せ前述の通り、江南は巨乳の国だからである。そういう遺伝子の国なのだ、きっと。
「孫呉に貧乳は希少なのです」
自分だって その希少種側だったのに。
しかしそんなことはサラッと忘れて明命が貧乳を探していると、中庭でさっそく一人目発見。
「あ!亞莎です!…亞莎ーッ!!」
中庭の木陰で読書をいそしんでいたのは呂蒙こと亞莎だった。
今日も今日とて昼夜を問わずに勉強の真っ最中なのだろう。明命に呼びかけられ、彼女は本から片メガネを掛けた顔を引き剥がす。
「誰です……、私を呼ぶのは…?」
「亞莎 亞莎!私ですよ!」
「?」
亞莎は駆け寄ってくる明命を首を傾げながら睨む。毎日深夜まで細かい字を追って勉強する彼女は、メチャメチャ視力が悪いのだ。こうして昼間に顔をあわせても、誰かを識別するまで時間を要することが多い。
「…………?」
亞莎は眉根に皺を寄せて、明命の見目姿を吟味する。そして、
「…ああ!」
結論。
「冥琳様ですね、おはようございます!」
「違いますよ!亞莎ひどいです!」
親友に顔を間違えられて明命ショック。
しかもよりにもよって冥琳様に間違えられるなんて、明命には初めての経験である。
「すす、すみません…ッ!ええと、それじゃあ、………祭様?」
亞莎 立て続けに不正解。
「えあッ、では穏さま?」
「違います!」
「え、えーと……、じゃ、じゃあ、蓮華、……様?」
「その微妙な歯切れの悪さは蓮華様のおっぱいに失礼です!」
もうわかった、明命は もーわかったぞ。
乳の大きさで相手が誰かを判別していたな このド近眼ッ?
「……ああ!劉備さん!」
ついに国外にまで検索範囲が広がったッ!
「違います違います違いますよう!亞莎!私は明命です!アナタの親友の明命ですよ!」
「明命?」
亞莎は今一度目を細めてマジマジと相手を観察する。
「ウソはやめなさい、私の知ってる明命は こんな大きなお乳はしていません」
「あうあう!やっぱり おっぱいの大きさで相手を判別していたです!」
「ホントに、明命なの…?」
「だからそう言ってます!おっぱいが大きくなっちゃったんですぅ」
涙ながらに訴える明命に、亞莎は目を益々眇めて……。
「………ッ!」
いきなり明命の顔を両手で挟み掴んだ!
「はぐッ?なんですか、なんですかッ?」
「ちょっと静かに……」
亞莎は挟み込んだ明命の顔を、ぐいぐい自分へ近付ける。そして目を凝らして よく観察する、細菌の正体を見極めるために顕微鏡を覗く科学者のように。
「あの……、亞莎?」
「うむ~~~~」
「あの、顔が近い……」
「む~~~~~?」
「顔が近すぎるんですけど………」
ちゅ。
「みゃみゃ~~~~~~~~ッッ!」
「明命!やっぱり明命だったんですか!」
亞莎は、信じられない!とでも言うかのように絶叫を上げる。
「信じられないのは こっちです!アナタ今何しましたか!私から何を奪いましたか!」
「どういうことですか明命、その胸は!一体 何が起こったんです?悪い神様の祟りにでも会いましたかッ?」
「今この状況こそが弱り目に祟り目ですぅ~~~ッ!」
とお互い騒ぎあっていれば当然声は外にも漏れ聞こえるわけで、その声に呼ばれて新たな人物が登場する。
甘寧こと思春だった。
「………なんだ騒がしい、呉の城内の品位を貶めるような行為は………」
「あ、思春殿」
「おお明め……、い………」
「思春殿?」
「………………………(チャキ)」
「あうあうあッ?どうしたんですか思春殿!なんで一目見るなり抜刀してくるんですかッ?」
思春が自慢の湾刀を逆手にもって、明命との間合いをジリジリする。
「おのれバケモノ、明命の姿をたばかろうと この甘興覇の目は欺けんぞ」
「ええっ?そうなんですか思春さん!」
「違うよ亞莎、思春殿も変なことを口走らないでくださいーッ!」
「…齢二十を過ぎた猫は、尾を二股にわけ妖怪と化すという、そして身近な人間を食い殺し、その人間に成り代わる」
「なるほど!明命なら猫相手には反撃できませんからね!」
「亞莎!作り話に余計な信憑性を持たせないで!」
「明命の仇、ここで討たせてもらう!くたばれ化け猫ーーーッ!」
「私もお手伝いします、滅びれ巨乳ーーーーーッ!」
「にゃーーーーッ!」
他国が恐れる孫呉指折りの勇士たちから袋叩きにあうという事態に何故か陥ってしまう明命。
何が悪いとあえて問うなら その巨乳か。
明命は必死こいて応戦するが、眼下にブラ下がっている巨乳が 思う以上に彼女の動きを制限し、いつもの実力を発揮できない。
「ウソッ、なんかッ、このままじゃマズイですぅ!」
明命、巨乳のために死す。
そんなイヤなフレーズが脳裏に浮かんでくる。
ああ、巨乳を得た代償は こんなにも大きかったんですねえ……。
明命に涅槃が見えてきた、まさにその時。
「うるさいわ小娘どもがァーーーーーーーーーーッッ」
投げつけられた爆弾が爆ぜ、中庭を火の海に陥れる。
そのナパーム弾のような威力の火薬玉に、明命、亞莎、思春は、ポップコーンのように舞い上がり、落ちる。
一体この危険極まる爆弾を投げ込んだのは一体誰か。
「まったく、朝っぱらから姦しい、落ち着いて酒も飲めんではないか!」
呉の宿将・黄蓋であった。
右手に殴ったら凄く痛そうな鉄鞭、左手に酒瓶をもち。地面に転がる若輩どもを睨みつける。
「祭殿、…アナタも騒ぎを聞きつけられたか」
「当然よ、あのようなバカ騒ぎ、煩うて酒の味が濁るではないか。で、原因はなんじゃ?ついでじゃから この黄蓋が裁定を買って出てやろうではないか」
「そ…、それが……」
思春が視線だけをチラリと動かした。祭はその視線を追った、追った先には巨乳の明命がいた。
「なんじゃ、明命の乳がデカくなっただけかい」
元から巨乳の余裕!
――――で、
何故か続々 人が集まってくる中庭で、
「なるほど、つまり おぬしの乳がデカくなった理由は、その川辺で出会うたネコにあると?」
「は、はあ、そうとしか考えられませんです」
祭に促され巨乳になったまでの顛末を喋らされる明命であった。
「思春さん!今すぐ国中の川岸という川岸を探し回りましょう!」
「何故私に協力を求める、亞莎?」
「お互い最後の一人にはなりたくないですからね!」
「何の話だッ?」
なんか激しく言い合ってる亞莎と思春。
「それに…、なんだ、胸がどうこう いう話なら小蓮様だっておられる。あの方の…、なんだ、胸だって慎ましやかなものなのだから、けっして私と お前だけでは……」
「思春様は危機管理がなっていません」
「危機管理だとッ!」
「そうです、小蓮様のおっぱいは、いずれ大きくなります。何故なら、あの方と同じ血を引く雪蓮様、蓮華様の おっぱいもとても大きいからです」
「むむっ……」
「ですから、小蓮様のおっぱいを私たちと一緒に考えてはいけないのです。アレは将来大きくなることが決定された おっぱい。…いわば『約束された勝利の おっぱい』!」
「『約束された勝利の おっぱい』ッ!?」
話が脱線しかけたので元に戻すと。
「ふうむ、明命の話が虚言だとしても面妖な話よのう…」
祭が顎を撫でながら言った。
「ひどいです祭様!私はウソなんかついていません!」
「まあまあ よく聞け、ワシャ何も おぬしが嘘吐きだとは言っておらん。乳を大きくする猫、ひょっとすると居るやもしれんな、世の中には おなごに男根を生やす木の実や蜂蜜があると聞く、その類のものやも知れんのう」
「思春殿、今スグ川辺へ探しにいきましょーッ!」
「だから私を巻き込むなーッ!」
「しかし、ワシも歴戦を渡り歩いた武の者、この目で見たものしか信じてはならんのが将たる者の心得じゃ、我が目を介さぬ又聞きのものを そう簡単に信じるわけにはいかんのう」
「でもでも、祭様の目の前には私の巨乳があるじゃないですか!この巨乳が目に入らんかなのですよッ?」
「そうそれじゃ、その乳とて、本当に本物なのかえ?」
「はひッ?」
「そう例えば……、詰め物が入っておるとか……」
明命 乳パッド疑惑急浮上。
「なるほどっ、胸に詰め物をして、その不自然な急変を誤魔化すために、猫がどうの、という話をでっち上げたと」
「惰弱な、己が体を作り物で飾ろうとは孫呉の将の 格を落とす……」
「亞莎も思春殿も 便乗しないでください!コレはたしかに本物なんです!」
明命は自身のモチモチして張りのあるものを前面に突き出す。亞莎と思春が「うっ」と圧倒され、祭だけが同じものを装備しているだけに効果薄。
「うむ、そうまで言うなら おぬしの乳が本物であるかどうかを確かめる、よい方法があるぞ」
「本当ですかっ、祭様?」
「おお!触って確かめればいいのじゃ」
なんとーーーーーーーーッ!
あまりに突拍子もない提案に明命怯む。
「そそそそそ…、それはつまり、祭様が私のおっぱいを揉む、ということですか?」
「おお そうじゃ、どんなに上手く目を欺く詰め物も、触ってみれば一発でわかる。百聞は一見にしかず、百見は一触にしかずじゃ!」
「ダメですよ そんなの!スゴイ恥ずかしいです!」
明命は大きな自分の おっぱいを押さえながら、顔を赤くして叫んだ。公然たる痴漢行為の要求、受け入れられるはずがない。
「ふぅむ、そうか、……仕方ないのう。まあバレてしまっては元も子もないからの」
「なんですか その空気を呼んだみたいな発言は?詰め物じゃないですよ、詰め物じゃないですからね!」
「安心せい、口裏は合わせておいてやる」
「だから違いますってば!ああもう わかりましたよ!触らせればいいんでしょう、好きなだけ触ればいいじゃないですか!」
ついにヤケになる明命。
祭は「よっしゃー」と小さくガッツポウズ。
「よしよし…、では触るぞ?触るぞ?」
「お好きにどうぞ!……でも、触るだけですよ、モミモミとかしたらダメですからね?」
「わかっておる、わかっておる、これは純粋な調査行為なのじゃ、邪念などいっさいないぞ」
と言いつつも、祭の目はどこか血走り、指先はワキワキするのだった。
彼女の手は、砂中に埋もれた宝石を取り出すかのような慎重さで明命の胸元へと伸び、そして、明命の乳房に触れるか触れないか瀬戸際で一瞬躊躇したあと、虎穴にいらずんば虎児を得ずと意を決して、
「ほりゃーッ!」
「きゃああああああああッ!」
ぽよんと音が響きそうな接触に明命が悲鳴を上げた。
「祭様、なんで着物の中に手を入れるのですかッ!冷たい、手が冷たいです!」
「ばかもん!こういうのは直に触ってみんと本物かどうか わからんじゃろう!ホレ、ここをな、こうしてな……」
「ひゃうっ、祭様、モミモミしないって約束忘れたんですか?手つきがヤラシイですぅ」
「気のせい気のせいじゃ、お、なにやら触感の違う部分が……」
「きゃあああっ、祭様そこ抓んじゃダメです!」
「おおおおお、なんか妙な気分になってきたぞ、男が乳房なんぞに気を取られるのもわかる気がしてきたわい…!」
「いいからもう やめてくださいーッ!」
咲き誇る百合の花。
祭に おっぱいを思う存分オモチャにされて、明命は今にも泣き出しそうだ。
それを見かねた貧乳組たちが、
「あの……、祭様?明命イヤがってることだから そろそろ やめてあげてはどうでしょう?」
「明命の乳房が本物かどうかはハッキリしたであろう祭殿」
「ウム、それはわかっておるのじゃがな。……どうもこの明命の乳、触り心地がよすぎて手が離れんのじゃ」
なんじゃそら。
モミモミ、モミモミ、モミモミ、祭の手はその間も明命を揉みしだいている。
「これは、もしやアレかも知れんぞ」
「アレってなんですか?」
「アホウ知らんのか、世の中には触れた者を虜にし、二度と離れさせんようにする魔性の乳があるという。それは巨乳でもなく、爆乳でもなく、美乳でもなく……、――――――魔乳!」
「魔乳ッ?」
「まにゅうッ?」
「らみあすッ?」
違います。
「聞いたことがあります。中華全土の地理、生物、神話を記す『山海経』によれば、特殊な魅力によって同性異性を問わず惹きつける おっぱい。敵から攻撃を受けると必ず魅惑的に揺れる おっぱい、それを魔乳という、と」
「そうなのか亞莎ッ?」
思春も騙されるマジ臭さ。
「ハイそうです、しかも魔乳には不思議な言い伝えもあり、魔乳をもつ乙女を伴侶とする男性は、不可能を可能にする力を得る、とか…」
「それは俗にいう“あげまん”というヤツか?」
「もし戦場で死んでも、仮面をつけて ひょっこり生き返ったりすることができるのだそうです!」
「なんと恐ろしい魔乳の力……!」
すみません誰か止めてあげてください。
「うぅ~む、なるほどのう、道理でワシの手が止まらんわけじゃ」
モミモミ、モミモミ、モミモミ、モミモミ、モミモミ、モミモミ、モミモミ、モミモミ、モミモミ。
祭はまだ明命の おっぱいを揉んでいた。
「祭様…、もう許してくださいぃ、なんだか体に力が入りません~!」
「ずっ、ずるいです祭様!私も魔乳にあやかりたいので一揉みさせてください!」
「な、何を言っているのだ亞莎!お前まで祭殿の言葉を真に受けて……。そ、そうだ祭殿、明命の乳房は本物だったのか、どうなのだ?ええい待てん、私みずから確かめる!」
「あうあうああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
亞莎と思春にまで迫られて、明命はたまらず逃げ出した。
「ああ、待て明命、もう少しだけ揉ませてくれい!」
「そうですよ!幸せ独り占めはズルイです!」
「私はただ、真偽を確かめようと…!」
三人は目の色変えて追ってくる。
明命の生存本能に火がついた、今あの三人に捕まったら、何か大切なものを失ってしまうと確信できる。
そこから先、三人からどうやって逃れたか、明命は覚えていなかった。
きっと、もてる能力のすべてを逃走に使い切ったのだろう。
「ううぅ…、やっと逃げ切れたです………」
ヘロヘロになった明命。
「あの白いお猫様…、とてもスゴイおっぱいを私にくれてたんですね。ちょっと効果が大きすぎですぅ」
しかしこのおっぱいは、仲間を狂わすためにあるのではないのだ。
目標はただ一つ
「そうです、一刀様にこのおっぱいを見ていただくのです!」
元から彼女が好意を寄せているのは北郷一刀ただひとり。必ず彼をこの魔乳の虜としてみせる!
「え?俺がなんだって?」
「一刀様ーーーッ!」
噂をすれば影、明命の背後にいつの間にか一頭の姿があった。曹操の噂をすれば曹操が現れる並みのエンカウントだ。ここで話を一気に畳み掛けようという気 満々。
「どうしたんだ明命?今朝から見かけないし、祭さんや思春や亞莎はなんか騒がしいし」
「あ、あの一刀様、私、どこか変わったように見えませんか」
「ん?」
明命は一刀の前で、右向き、左向き、変わった自分を見せ付ける。ドキドキ、ドキドキ。
「…………ん?」
「お!」
「おお、明命なんか おっぱいが大っきくなってないかッ?」
気付いた!さすが呉のパパ一刀様!
「うわぁ、どうしたんだ明命、成長期?これでもう祭さんや穏とも引けをとらないなあ」
「えへへっ、そうでしょう、そうでしょう」
「………………」
「えっ?それだけですか?」
おかしい、明命の予想では一刀はもっとド派手かつ濃厚なリアクションをもって、明命をラブラブしてくれるはずなのに、一刀は三国一の巨乳好きではなかったのか?
「いや、俺は別に、おっぱいは小っちゃかろうと大っきかろうと関係ないよ」
「ええっ?」
「俺が好きなのは明命だから、おっぱいの大きさなんて関係ないさ」
一刀さま、
一刀さま、
一刀さま、
一刀さま…………。
「………はっ」
そこで明命は、今度こそ長い夢から目が覚めた。
「え?アレ?」
起き上がって周囲を確認する、そこは間違いなく自分の寝室。
「…………ッ」
続いて自分の胸を確認してみる。そこにあるのはやっぱり、なだらかな平面だった。
「アレは全部、夢だったんですね?」
明命はベッドの上で落胆とともに呟いた。
夢オチ。
しかし明命には得る物もあったと思う。夢の中での、あの一刀のリアクション。
――――俺が好きなのは明命だから、おっぱいの大きさなんて関係ないさ。
今まで明命は、胸が小さいことにコンプレックスを感じていた。
それで自然、大好きな一刀が巨乳好きだと決め付けていた。でも違うんだ、一刀はそんなことよりもずっと深いところで自分のことを見てくれている。
それに気付いた自分は、昨日よりずっと大きな自信を、この小さな胸にもつことができる。
「――――あ、祭様、穏様、おはようございます」
「おう おはよう明命、今日も早いのう」
「明命ちゃんは健康優良児ですねえ……」
廊下で擦れ違う祭と穏の、胸元を見詰める。
「……フフン」
「なんじゃ?何故か鼻で笑われたぞ?」
「なんだか気になりますぅ~」
もう自分は そんなことで落ち込んだりはしない。あの白いお猫様がくれたものは これだったんだ。大きなおっぱいよりも、大きな自信。それをもって明命は今日を歩き出す。
「……………」
「アレ?一刀様どうしたんですか?」
「…………………」
「……一刀様?」
「……………いいなぁ、蓮華のお尻は国宝級だぁ」
「お猫様ぁー、私にも!私にも国宝級のお尻をぉぉッ!」
終劇
Tweet |
|
|
146
|
11
|
追加するフォルダを選択
前回の予告というか、リクというか、とにかく予定通りに明命のお話です。
明命の魅力をすべて引き出すことに成功したのか?答えはこのお話しの中にあります。
楽しんで読んでもらえると幸いです。