「―馬鹿馬鹿しい」
呆れたように呟いて、石田治部少輔三成は軽く肩を竦めた。
彼は関白・豊臣秀吉から預かった二万余りの軍勢を率いて小田原の北条家の支城である武州忍城を(多大な犠牲を払って)制圧した後、主君・豊臣秀吉の命に従って奥州に向かう途中で、各種物資の補給のために伊勢崎に立ち寄っていた。
それは同道していた長束大蔵大輔正家配下の兵たちが茂呂城下で聞き及んだ噂話だと云うことであったが、その余りの荒唐無稽さには、乾いた笑いしか出てこない。
「あやかしなど、この世に存在する訳がなかろう。大方、臆病な百姓どもが山犬か何かの声を聞き違えたのであろうよ。よくある話だ」
そう言うと、ひらひらと手を振った。
「俺もそう思うのだがな、しかし、治部よ。おぬしは元々、坊主だったのであろうが。寺におれば、こういう話はよく聞き及んでいたのではないのか?」
正家が問うと、三成は深い溜め息を吐いて、哀れなものを見るかのような眼差しを向けた。
「寺におったからこそ言えるのよ」
確かに、この手合いの話を耳にする機会は、他人よりも多かったかも知れない。
彼が籍を置いていた長浜観音寺の住持は非常に慈悲深く、徳の高い人物であったので、土地の人々に慕われ、それゆえに様々な相談事が持ち込まれていた。そういった話の中に、このような怪談奇談も少なくはなかったのだ。
だが、よくよく聞いてみれば、その大半は『気のせい』で済まされる話ばかりであった。
「要は心の持ちようよ。怖い怖いと思っているから、枯れた薄の穂が風にそよいでいるのさえ、人の手が招いているように見える。鳴き交わす鳥獣の声が、人の喚ぶ声に聞こえたりもする。それだけのことさ。……観音寺のご住持の受け売りだがな」
それに、と、三成は薄い笑いを口許に浮かべてみせた。
「俺は未だに一度もそのようなものを見たことはない」
あやかしが真に存在するものならば、これまでの人生に一度くらいは出遭っていてもいいはずだ、と云うのが、三成の持論であった。
その言葉に、正家は呆れ返ったような表情で頭を掻く。
「まあ……何と言うか、おぬしらしいと言えばそうなのだろうが、しかしなぁ……」
正家は未だ納得がいかないようであったが、部屋の隅からまた別な声が上がった。
「その辺で止めておけ、大蔵。治部を言い負かすのは骨が折れるぞ」
苦笑混じりにそう言ったのは、二人の掛け合いを聞きながら、陣屋に届けられていた書状に眼を通していた大谷刑部少輔吉継である。彼もまた、秀吉の命を受けて三成らに同道していたのだった。
「なら、おぬしはどう思う、刑部。あやかしは本当にいると思うか?」
少しむっとしたような声音で正家がそう問えば、
「おい大蔵、刑部は俺と同じ寺におったのだぞ? さっきのご住持の話も一緒に聞いておるわ。なあ?」
三成も向きになって膝を詰めてくる。
だが、吉継は何も答えず、瞼を伏せて、ただ曖昧に微笑うばかりだった。
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忍城戦後、奥羽仕置に向かう道中で、古寺に出る『人を喰うあやかし』の噂話を耳にした三成たち。村人たちに懇願されて、あやかし退治に向かうのだが… 全年齢向けです。エロ・恋愛・カップリング要素はありません。