No.586473

読み比べできる推理小説・探偵編

藤居義将さん

HP[ふじさんの漫画研究所」http://book.geocities.jp/hujisam88/index.html
企画として表裏一体小説です。同じ設定、同じ登場人物を2作品で正反対の役目で展開します。特に共通ストーリーで、比較できるようになっています。最初の導入部、「ブラック」では1から4ページ、「ホワイト」では3から6ページがほぼコピーの同じ文章です。これは比較するために、わざとそうしています。この「ホワイトレポート」では主人公は隠れた仕事人(暗殺者)を暴きます。「ブラックコート」では正反対に主人公は暗殺者として悪を裁きます。今回、サンプルとして、共通ストーリーの一部を公開します。ミステリーで読み比べが出来る企画です。

2013-06-12 16:54:57 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:660   閲覧ユーザー数:660

凶悪殺人集団「ケルベロス」

あけみは松子といっしょに新宿のおしゃれなカフェに来ていた。カフェには有名なシェフによる、スイーツバイキングがあった。各々、自分の好きなケーキなどをとっては、口に運ぶ。仕事の合間の息抜きだ。

「あんた聞いたわよ。あの近衛キャスターの視聴率対決に勝ったんだって?」

松子は心配していたのだ。露骨な番組潰しにあっている親友が気になっていた。

「ええ。なんとか。本当にどうなるかと思った。でも、これで、番組は存続できそう・・・」

あまりおおげさにならない様に、喜びをかみしめる、あけみだった。

「柊様サマってところだろうね。」

「本当。彼には感謝しているわ。」

初めてあけみから感謝のコメントが出た。

「それはそうと、報道部で、凶悪犯罪の追跡取材が始まったのよ。」

「へー。報道部は取材対象が、真に迫るから大変よね。」

ある意味、愚痴の言いあいだ。報道部はリアルタイムで、そう言った社会問題を追及するので、緊張感がある。

「それで、一人、潜入取材やっているの。危なくてはらはらしているの。」

松子が人の事を気にかけるのは、珍しいと思った。

「どんな組織なの?」

あけみはあまり興味なかったが、松子が言いたいらしいので、つきあった。

「仕事人って知ってる?」

「ええ。時代劇で恨みを晴らす、とかいう暗殺者のドラマね。」

「それが、いま、日本で横行しているの・・・」

あけみも聞いたことがある。今時、仇討をする連中だ。捜査は難航していると聞いていた。

「捜査が行き詰まっているので、御園君が今、中に入り込んでいるわけ。」

それを聞いてあけみも驚いた。御園というのは、若くして解説委員になった報道部のホープだ。柊と昔コンビを組んでいたと聞いたことがある。

「凶悪犯罪集団でしょ?危なくない?」

あけみもさすがに思った。

「ええ。ばれれば、おそらく、命にかかわるわ・・・」

なるほど。めずらしく、松子がこれを話題するのは彼を思っての事か。

「心配だよね。彼。」

「そうなのよ・・・」

元気がとりえの松子も、心配そうだ。

「大丈夫よ。報道部のエースだから。」

「そうね・・・」

普段、おせわになっているあけみは、こんなときこそ、私が励まさないと、と思った。

(でも、松子が気にかけるってことは、好きな人かな・・・)

松子は独身で、御園と同じ番組だ。そう言う事があってもおかしくない。あけみも、ひとごとじゃなく心配に思った。

 

柊は番組「人物アクロポリス」とは別の番組呼ばれた。よりによって「近衛の日本の未来図」だ。また何かの悪だくみか・・・。柊はそう思っていた。先日は結構、追い詰められた。ようやくの思いで、番組存続をもぎ取ったのだ。

勝負ありなので、ちょっかいを出さないと思っていた。ところが、近衛直々に呼ばれたのだ。柊は事務所に文句を言った。これでは、一方的はヘッドハンティングだ。事務所も理解してくれたが、どうしてもと、たっての願いらしかった。

あの、近衛が謝罪して、何とか頼みたいと言ってきたのだ。そんなはずはない。

どちらかと言うと、それを口実にあけみの番組から、俺を引き抜くのだろう。柊はそう思った。

近衛の番組スタッフの元に行った。時間通りだ。会議室で近衛が待っているといった。

「何で呼ばれたんですか?」

柊は聞いてみたが、スタッフは知らないという。

そこに、異動している城島がやってきた。

「ああ、柊さん!こっちっ!」

気楽な男だ。こっちは潰されかけたんだぞ!

「すみませんねぇ。キャスターが是非にって、言ってきたんですよ。」

俺たちにしたことを、まさか忘れたわけでもないだろうな。手のひらを返すとは、このことだ。

「でもさ、城島さん。俺が呼ばれる理由なんてないでしょ?」

皮肉半分で言った。

「いやあ、それは近衛キャスターに言ってください。製作スタッフと違った製作方針があるんです」

なかなか口を割ろうとしない。

「ただ一つ、私から言えるのは、柊さんしかできないと見込んでの話です。」

会議室についた。

「それではどうぞ・・・」

その場で城島は止まった。てっきり、奴もグルかと思った。

「そこにかけてくれ・・・」

存在感のある声で、近衛は言った。柊は警戒心を持った。こいつとは、対決しかないと思っていた。あの、企んでいるような目は変わらなかった。

ところが、開口一番、近衛はとんでもないことを言い出した。椅子を立ったかと思うと、机に手をついて、深々と謝りだした。

「先日は申し訳ない事をした。この通りだ!許していただきたい!」

柊はぽかんとした。あまりの豹変ぶりだ。

「いや、製作部内の話は水に流した筈です。」

「いや、わだかまりがあるはずだ。俺が悪かった!許してくれ!この後、玖珠アナの元に出向き、謝るつもりだ!」

変われば変わるものだ。何がこの男をここまでしたのか。

「そう、あやまられても、困るだけです。謝罪は受けました・・・で?話は?」

柊はキリがないので、その謝罪を受ける気になった。謝罪よりも、さっさと、ここから出してほしい。

「そうか!本当に申し訳ない事をした。水に流してくれるかっ!」

だからくどいってーのっ!

「おれも、忙しいから、早く言ってくださいよ!用件っ!」

すると、近衛もようやく落ち着いたようだ。

「実は、君をこの番組に呼ぼうと思うのだ・・・」

やっぱり、ヘッドハンティングかよ!まだ懲りないのかっ!

「それはないと言ったでしょ!」

前も断っているのだ。

「いや、是非受けて欲しい!それでないと俺の番組が・・・」

前とは風向きが違っていた。柊も変だと思った。

「いったい何があったんです・・・」

柊は助け船を出した。

「君は現代の仕事人を知っているか?」

突然、変なことを言い出した。そう言えば、仕事人となのる、殺人グループが暗躍しているというのだ。確かリーダーのコードネームは「検事」だったけな。現代の世直し、と豪語している連中だ。報道である近衛の番組なら関係あるだろう。

「岸本編成部長がえらく、肩入れしてて、この謎の殺人集団の追跡取材を打診してきたのだ。」

「けど、警察も捜査が難航しているって話でしょ?マスコミ程度で対応できるとも思えませんよ。」

柊はストレートに言った。リスクある追跡だ。場合によっては、報道関係者も狙われかねない。それに、警察が分からない事を、我々が追える筈がない。

「だからこそ、君に、そのコーナーを持ってほしいのだ。岸本編成部長は、社会正義の追跡と位置付け、この番組で君を担当するように、言ってきたのだ。局からのお願いと理解してもいい。」

なるほどね。そう言った事なら納得した。手のひら返す訳だ。事件を解決してきただけに、他のスタッフとは一線を画している。柊でなければ、やれないという訳だ。

「玖珠アナがいいというなら、レンタルならいいです。」

レンタル移籍だ。間違っても、近衛の番組の一員だけにはなりたくない。

「そうか!来てくれるか!助かったっ!」

近衛さん、そう思うなら、敵を作らない方がいいですよ。そう思う、柊だった。

そんなわけで、近衛の番組で、仕事がある時はレンタルで行くことになった。

 

 

柊は仕事初日、ロケに加わることになった。今後は報道だ。今まで以上に取材がリアルタイムになる。

ロケバスに乗り込んだ。あれ?柊は驚いた。城島が紹介をする。

「えー。今日からレポーターを担当する柊君だ。皆も知っているだろう!」

知るも何も、ロケ隊はADの智美に、カメラは米ちゃん、音声はヤスオだ。「人物アクロポリス」と全く変わらない。近衛の配慮で、みんなレンタルされてきた。

そんなことはおか前なしだ。城島は柊を紹介した。彼らしい杓子定規だ。

仕事は注目のイベントの密着取材だった。ひとまず、番組の一翼をまかされた。

「今日は、音楽祭だ。お祭りのようなものだが、番組ひとつの取材対象だ。浮かれ気分で、観客になってんじゃないぞ!緊張感を持って臨んでほしい。」

ディレクターの城島が言う。ご近所でちょっと取材という感じなので、ロケバスは、余計にだらけた雰囲気だ。

(ホワイト&ブラックコピー部分開始)

今日は「夏のサマー・ミュージックフェスタ」が行われている後楽園ネバーランドにやってきた。

「みなさん、本日、私が来ているのは、後楽園ネバーランド、夏のサマー・ミュージックフェスタです。インディー、メジャーなアーティストが勢ぞろいするという企画です。今回は人気急上昇中の『バンクドール』、さらに『シャウト』など見所目白押しのフェスタです。見てください。あの長蛇の列。熱狂的な若者のエネルギーを感じます。」

いつもの報道とは違って、周りも緊張感がない。ざわざわと声や音も多く、柊も自然に緊張感が抜ける。それでも、お仕事、しっかりやらないといけない。

「はーい、OK!導入はこんなもんだろ。」

周りの喧騒もあって、城島は大声を出す。

「いい感じに伝わってきます。」

米ちゃん的にもオーケーのようだ。

「もしかして、またスクープってのは・・・」

ヤスオがぼそっと言った。調子が良くても、なんだかこういう日はケチがつきやすい。

最近、大きな事件が多くて警戒感があるのだろう。

「このあと、だいたい殺人事件が起こるから。」

智美は失笑気味に言った。だれも望んではいないが、ロケが殺人事件現場の取材になってしまうのだ。全員、沈黙してしまった。

「や、やだな・・・冗談よ!」

智美さん、冗談になっていません。墓場で怪談やっている気がしてきた。

「うちら、ロケ隊って、いっつもロケ地で殺人現場に遭遇するよな・・・」

わりとオカルト好きの米ちゃんもビビり気味だ。

「馬鹿言ってんじゃないぞ。いちいちあってたまるか!この中に、死神が、いるわけないだろ?」

城島は引き締めるように言った。そこに柊が、頷きながら城島に近づいた。

「そうだぞ。この人がそうだ、と思っても言ってはいけないぞ。」

なに、とばかり、城島は睨んだ。

「やかましいわっ!」

城島は怒ったが、ロケ隊から笑いが起きた。和んだのだ。

智美は遊園地を見ながら、今回の取材の趣旨を振りかえった。

「バンクドール」は、いま一番尖っているバンドとして、台頭してきたバンドだ。インディーではあるが今回のフェスタで一番人気になっているバンドだ。ミュージシャンを取り上げることになったのだ。

「ディレクター、『バンクドール』と『シャウト』の取材がコアでいいのか?」

柊は城島に確認した。番組作りは城島のイメージなのだ。城島から聞いて、柊もイメージしておかないといけない。城島はタイムチャートを見る

「ああ、そいつでOKだ。あとは映像をインサートする。密着はその二つのバンドだ。米ちゃん。控室のメンバー、舐めといて。」

城島は慣れた感じで、次々指示を出す。てきぱきと欲しい映像を取っていく。

米田がカメラで先行する。重いカメラを背負っての撮影だ。太り気味だが、大粒の汗をかいている。

夏の午後、一番暑い盛りだ。ロケ隊も体力勝負になってきた。

 

各出演者がステージ付近に集合している。リハーサルが行われている。照明、演奏など様々なチェックが行われている。単独のコンサートと違い、多くのバンドが入れ替わり立ち替わり、登場するのだ。午後6時の開演に合わせる為、スタッフ達も大忙しのようだ。

 

そこに大柄な男性がやってきた。スタッフと違って、背広でびしっと決めている。

「西園寺です。今回の企画プロデューサーをやっております。」

と名刺を渡してきた。柊と城島がそれに応えた。

西園寺は話し始めた。

「どうですか。盛大でしょう!これを取材していただくのは、我々主催側としても、いい宣伝になります。」

この世界、テレビのショービジネスとは切っても切れない。

「今年のメンバーもなかなかですね。盛大に盛り上がるでしょう。人気急上昇中の『バンクドール』などは注目では、ないですか。」

城島は西園寺の言うことに相槌を打つ。

「ああ、なかなか尖っているようですよ。」

この2つのバンドは、このフェスタの看板だった。しかも、ちょうど、「シャウト」と「バンクドール」のリハで、それぞれのバンドのメンバーがいたのだった。

企画プロデューサーの言葉に「シャウト」のボーカル・シュウが反応した。

「『バンクドール』が密着ねぇ。実力なら、おれら『シャウト』じゃねぇの?」

シャウトは去年までの看板だった。しかし、今年はバンクドールが急成長で、ナンバーワン人気を奪っていた。それがシュウは気に入らなかった。まして、テレビと企画プロデューサーの手前だ。つい、言葉が漏れた。

その言葉に『バンクドール』メンバーが全員睨んだ。このバンド同士はあまり仲が良くないようだ。ここは、挨拶なので、カメラは回ってない。ちょっと、雰囲気が悪くなった。

大きな茶髪の男が前に出た。

「相変わらずの天狗だ。シュウは態度だけがスーパースターだっぺ。なあ。」

城島は柊に

「あれは誰だ・・・」

と聞いた。もちろん、芸能リポーターの柊に、誰かと聞いたのだ。それだけ、その男は威圧的だった。

「あれは、『バンクドール』のドラムの葛西茂一だ。」

城島は行方を見守った。この突発的な喧嘩に、西園寺は仲裁にはいる。今からのお祭り騒ぎに、テレビ局の前のカメラだ。つまらない喧嘩で台無しにしたくはない。

「時間が押してます。参加グループが多いですから、もっとスピード・アップね。」

各バンドをせきたてた。睨みあっていたバンドだったが、しぶしぶもとに戻っていった。

「私たちもついていかないと、撮りそこねるわよ。」

智美もごまかすように、ロケ隊を押した。そこに全景を取っていた、米ちゃんとヤスオが帰ってきた。

「お待たせ!インタビューお願いします。」

これでようやく悪い雰囲気が途切れた。

「そうだな。まずは導入の挨拶から行くか・・・まずは『バンクドール』から。」

バンクドールは既に舞台に戻っていたが、導入の挨拶を撮るということで、ヴォーカルのYOSSIがメンバーを集め、寄ってきた。メンバーは4人だ。ヴォーカルのYOSSIに、ギターのKAZU、キーボードのHIDE,そしてドラムのSHIGEこと葛西茂一だ。

いまどきのバンドらしく、派手なロックバンドだ。

「テレビを見てる、みんな!『バンクドール』だぜっ!参加者全員で、みんなと一体に、はじけようぜ!今日はとことん、楽しもうぜっ!」

4人のメンバーはカメラに向かいアピールする。取材もようやく軌道に乗った。

「前ふりはこんなもんだろ。後は本番だ。」

番組では、この盛況なイベントが、とても盛り上がって放送されるだろう。

しかし、その反面、去年までのナンバーワンのシャウトのヴォーカル・シュウは面白くない。

「くそっ!去年は俺たちだったのにな。」

隅の方で、まだ、ブツブツ言っていた。

城島は時計を見た。ともかく、取材自体、リアルタイムで進行するのだ。限られた人数なので、少しでも無駄にはできない。

「今は午後2時。開始は午後6時だ。ひとまず休憩だ。」

まだいろいろ、取材するが、ロケ隊は休憩をとることになった。

(ホワイト&ブラックコピー部分終了)

 

柊やスタッフは、マスコミ控室にいた。ジェットコース―ターやらアトラクションの真ん中の管理棟なので、結構うるさかった。

取材はスケジュールの都合で、休憩になることもある。

その間は世間話に花が咲く。

「このあと、開始前のステージ裏と開始前のお客さんたちのインタビュー。それにしてもすごいね。3日のフェスタは超満員。泊まり込んでるんですって。」

と智美が言った。智美はスタッフと言うより、お客のようなノリだ。

「夏だからいいですけど・・・」

米ちゃんがつきあっている。米ちゃんもどちらかと言うと、アイドルのおっかけの口だ。それが好きで、この仕事をしているようなものだ。

「そうかな。わたしなら帰るわ・・・」

二人とも時間つぶしに余念がない。

「泊まって見るのが醍醐味じゃん。」

珍しく柊も参加した。

「そんなものなの?」

智美にはわからい感覚だ。

「じゃないの?それより城島は?」

柊はむしろ待つのに飽きていた。次々とこなしたいと思っている。

(あ~あ。なにが仕事人だよ!時代錯誤じゃねぇかっ!こんなところに来るんじゃなかった)

局のたっての願いと言うから来てみたのだ。メンバーが変わらないとしても、番組自体因縁がある番組だ。そうでなきゃ、こんな番組に来るかよっ!俺は局員ではないんだ。

「ああ、あの人、企画プロデューサーの西園寺さんに、今後の打合せするとかで・・・」

米ちゃんが答えてくれた。

 

その時向こうから大声がした!あまりに大きいから、一同びくっとして、お互いが顔を合わせた。事件でも起きたかのような、大声だ。他の音とは全く違い、喧騒のなか、はっきり通り抜けた。怒鳴りあいだ。

「てめー!また勝手に変更を!」

男が大声を出している。重低音で、建物が響くような声だ。

「SHIGEさん、そう怒らないで!」

物腰柔らかそうな男の声だ。

「ふんっ!お前の演出なんざ、だせぇんだよ。不採用に決まってんだろ?」

高めの声の男性が言う。

どうやら、3人が怒鳴り合っているようだ。

「なんか、喧嘩のようよ。」

智美が不安そうに言う。

「こんなお祭りの最中になにやってんだかっ!おいっ!」

みると、智美は見に行こうとする。ああ、喧嘩の野次馬はよしたほうがいいって!

まきこまれると面倒だ。

「なんか面白そうじゃん。米ちゃんもいこっ!」

意外と肝が据わっているというか、智美は喧嘩を見たがった。

「面倒事になるだけだぞ!」

良識ある大人として止めなければ・・・柊はそう思った。

「これはトラブルにたかるプロのご意見とは思えないわね。」

智美は皮肉った。柊の仕事をからかったのだ。確かに、俺の仕事はトラブル漁りですけど、それがなにか?お金になるトラブルじゃなければ、俺の触手は動かない。

「やれやれ、しゃあない。付き合うか・・・」

まあ、特ダネになるかわからんが、行ってみるか。

 

大きな怒鳴り声のする場所に行くと、ロックバンド風の5人がいた。そのうち一人は背広だった。

「なんなんだ?」

事情はよくわからない。これで、面倒に巻き込まれないだろうか。

「ちょっと、ちょっとぉー!あれって、『バンクドール』じゃない?今日の取材対象の・・・」

智美が言った。たしかに、こいつらバンクドールだ。何を内輪もめしてんだ?天下の往来で・・・

どうもSHIGEとリーダーでヴォーカルのYOSSIが喧嘩しているらしい。それぞれ、ギターのKAZUと、シンセサイザーのHIDEが止めていた。

「本番前にこんなところ見られたら・・・」

KAZUが言った。そりゃ、密着取材でマスコミが来ているは筈なのだ。こんな絶好のチャンスはない。いよいよ、メジャー入りのチャンスが巡ってきたのだ。

「そうですよ。今日は密着取材のカメラ、入っているんですから。仲良く!」

背広はマネージャーだろう。

「待ちに待ったテレビだろ・・・」

KAZUは、そのテレビが見ていないと思っているが、すでにテレビ局クルーが見ていた。

「知るかよ。俺はこいつが気に入らねぇんだよ。売れてから、つけあがってよう。」

大男の葛西が暴れる。よっぽど腹が立っているらしい。

「ともかく話し合いで・・・あっ!」

マネージャがようやく、ロケ隊が見ているのに気づく。ばつの悪い顔をする。

「やめなよ。みっともないよ。なに喧嘩してるの?まさか、あなたたちとは思わなかった。」

仲間内の喧嘩なんて誰も見たくはない。

「最近、YOSSIとSHIGEの溝が噂になってる。折り合いが悪いらしい。」

柊は智美に耳打ちした。このバンドで結構有名な話だ。

「まずいぞ!カメラだ!せっかく手に入れたチャンスが・・・」

細身のHIDEがおろおろする。

「そうだな・・・『バンクドール』解散の危機ってのも、おもしれぇじゃねえの?」

YOSSIは葛西に挑発的に言う。葛西は興奮で今にも殴りかかりそうだ。

「いいね。おれも、そうおもうっぺよ。」

売り言葉に買い言葉だ。喧嘩はエスカレートする。

「SHIGEさん!ダメです!」

葛西は派手な飾りのついた携帯ナイフを出す。表情も殺気だっている。その場の全員が凍りついた。

「ひっ!ナイフよ!」

智美もどうしていいか、わからない。

「馬鹿!それだけはやめろっ!」

これは止めないといけない。万が一が起きてはいけないのだ。

ゆっくり葛西は振り向く。カメラは回っている。ぎらぎらとした、殺気のある目で見回す。ナイフを全員に向ける。

「ばーか。本気なわけねぇっペよ。カメラは撮ったかっ?」

葛西はニヤニヤしながら、米ちゃんを見る。米ちゃんは、困惑しきった顔で、首を縦に振る。

「それに、これはナイフじゃねえ。」

と言って栓抜きを引き出す。おしゃれで、市販の機能的なものでないが、どちらかと言うと、アーミー系のデザインだ。そのため、本物のジャックナイフのような感じがしたのだ。葛西は愉快だった。みんなおれの挑発でおろおろしてやがるっ!

あれだけ、威勢のよかったYOSSIも、黙り込んでしまっている。

「ついているのはナイフだけじゃない。刃渡り6センチ未満で『刃物』にあたらない。それは多機能ツールだ。携帯は銃刀法違反じゃない。けどな・・・」

社会的にはあまり、よろしくない態度だ。葛西はそんなのおかまえなしだ。

「そういうこと。お遊びだっぺ!本気にすんなよ!」

というと、ツールを折りたたんだ。そして、改めて柊を見た。

「あんた知ってるぜ。あんた現場で真実をあばく探偵、やってんだってなあ。」

芸能レポーターが、事件に巻き込まれて、事件を解決する、極東テレビで放送しているのだ。まるで、ドラマのように。

「たまたま、そうなるだけだが・・・」

柊だって、事件現場には偶然いるのだ。

「こんな程度で、警察に訴えるなよ!レポーターさんよう。」

葛西はYOSSIを突き飛ばして、笑いながら向こうに行こうと背を向けた。

「なんとも、挑発的ですね・・・」

米ちゃんがぼそっと言った。

「あれ、ヤバい奴じゃない?きっとなんかやるわよ・・・」

智美もひそひそと柊に耳打ちした。柊は黙っている。葛西は行きかけた足をとめた。振り向いた。

「YOSSI、お前とは今夜限りだっぺ!じゃあな。」

そう言い残すと、行ってしまった。

 

バンドメンバーは、固まっていた。バンド解散の危機だからだ。SHIGEが抜けて、今後やって行けるとは思えなかった。

「YOSSI、仲良くやってくれよ。今、あいつに抜けられると困るんだよ。」

KAZUは真剣そのものだ。ところがYOSSIは、怒った鋒を収めようとしない。KAZUの手を振りほどいた。

「お前のせいだろうが!とんだとばっちりだ。」

(どういうことだ?)

なにか含みのある言葉だが、柊には分かるはずもない。このバンド・・・もっと何か抱えているのかと思った。

 

「このシーンはカットということで・・・」

マネージャーは智美に泣きついてくる。こんなもの放送したら、人気は一気に落ちてしまう。

「暴力的すぎて放送にはNGです。よくある衝突で、片付けられるかどうか・・・」

「俺たち、行ってるぞ。」

この場をマネージャーに任せて、HIDE達は去ることにした。マネージャーだけが残った。

「それより、後ほどメンバーの、前インタビューを、個別に撮る件は大丈夫ですか?」

智美はむしろ、こんな喧嘩中で、大丈夫かと不安になった。

「ええ、個別なので、こんなことにはならないと思います。」

あくまで別々なので、大丈夫だと言い張った。こんなことでせっかくのチャンスをフイにする事はない。

「やれやれ、いいのか?こんなんで。いくら支持が多いって言っても・・・」

柊も困った顔をしている。視聴者は見たい、でも、問題行動がある。

「いまさら、取材対象を変更できないわ。この件をディレクターに報告しないと。」

注視しかないように思われた。

「それでは、私は控え室で待機しますのでお願いします。」

マネージャーはおどおどと、その場を去った。

 

控え室前に葛西はやってきた。

葛西はKAZUが、YOSSIの控え室付近にいるところを見た。

「……」

KAZUはいつも仲裁役だ。今回の喧嘩を取りなそうとしているに違いなかった。

「KAZU、仲裁でもするってか?余計なことを。」

葛西は横目に通り過ぎる。葛西は気分良くなかった。

ステージは照明や音響のテストをしていた。数時間後には本番が始まる。ステージのスタッフは駆けまわっていて、周りを見ている余裕はない。

葛西はステージに上がった。だれもきづくものはない。

「短い夢だったっぺよ。」

感慨深げにため息をつく。目をつむった。そして目を見開く。それは、決断をしたかのように鋭かった。

「しかし・・・今夜で終わらせてやる・・・」

葛西は心に、何かを秘めたように、大きな体を揺さぶって、ステージと別れを告げた。

 

葛西はステージを振り向いて、つぶやく。時計を見た。

時計を見た午後三時十分を回っている

「そろそろか・・・」

葛西が戻ると控え室の廊下から衣装係とすれ違う。帽子をかぶっていて、相手は葛西を気付かなかったようだ。大きなハンガーを運んでいた。

「人がいるとまずい・・・」

葛西は奥に消えた。

 

「なに?トラブルだって?」

城島がプロデューサーとの打ち合わせから帰ってきた。彼は、バンド内の喧嘩を知らなかった。組み立て椅子に座り、ペットボトルの冷たいお茶を開けた。

智美から報告を受けいていた。

「ナイフの脅しまで入っているんですよ!絶対ダメでしょ?」

本気ではなかったとはいえ、ナイフ沙汰だ。映像としてはNGだろう。智美としては、取材対象を、シャウトに変更すべき、と言うところまで考えていた。

「まあ、お堅い城島ディレクターだから・・・」

柊は遠くで見ていた。テレビ局の事はスタッフしか決定権がない。

急にわき出した、バンクドールの不仲説に、城島は深刻そうに無言になってしまった。そして意を決したかのように、頭を挙げた。

「いいね!尖ったジャックナイフ!まさに『バンクドール』のイメージだ。ナイフっていっても缶切りなんかついてるアレだよね?」

智美は唖然とした。智美は、てっきり城島が、決断に悩んでいたのかと思っていたのだ。

「ええっ?そうですけど・・・」

「問題ないよ!それに視聴者はセンセーショナルを求める!いいじゃないか!がちな魂のぶつかり合いで。OKだ!」

ディレクターの一言で、取材続行となった。智美もどうとでもなれっ!というかんじになっていった。

(あらら。この人、本当に倫理、大丈夫かな。)

柊は事の顛末に呆れた。

 

バンドの個別のインタビューは、割り当ての控室で行われる。本番まで、そこで待機なのだ。バンクドールは、それぞれ個室が割り当てられていた。

イベント用の管理棟みたいな施設で、入口が一つで、ファンが紛れ込まない様に、警備員が厳重に警備していた。部外者が外部から侵入する事は、まず考えられない。

ロケ隊は控え室の前の通路を通った。入口に警備員が立っている。

「トラブルは困るんだよな。みんな、ちゃんとしてくれないと。」

まだ、城島は引きずっていた。

(だれもお前のためじゃ、ねぇよ。)

柊は城島が好きではなかった。編成局長の意向ということで我慢していたのだ。本来はこの番組には関係ない人間だ。仕事人とかいう連中の全力取材のための要員なのだ。

(仕事人みたいな連中に出くわすことは、そうあるまい・・・)

今回、そう言った事件に繋がることはないと思っていた。殺人は、こんなに人目の多い場所で行われることはない。そう思っていた。

しかし、今までの事件は、都会の死角と言う場所で起こっているのだが・・・。

「このまま無事に収録終わるかしら?」

なにやら雲行きも怪しいし、SHIGEとか言うドラマーが、YOSSIをやってしまわないか、不安な雰囲気はあった。しかし、まさか、そんなことはあるまい。

マネージャーとロケ隊は控え室に向かった。向こうから葛西が来た。どうやら、部屋から出てきたようだ。通路は狭い。すれ違うのがやっとだ。

「今、午後3時三十分だから四時には終わらせないと・・・」

ロケ隊はそんなことおかまえなしに、通路の奥に行く。智美は時間を気にしていた。

「大丈夫っす。柊さんなら一発OK取れますから。」

米ちゃんは智美に応えた。

柊と葛西がすれ違う。柊はドンッと葛西と肩がぶつかった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

お互い睨みあった。

「ばか!遅れるわよっ!」

それを見た智美が、柊を引き離した。

「あいかわらず挑発的ですね。」

米ちゃんは小声で言った。葛西を怒らせたら、本当に何をするかわからない。

「ほかっておきましょうよ。インタビュー、嫌ならはずしましょうよ。それよりインタビューはヴォーカルのYOSSIからよね・・・ここか・・・」

ワンルームの控室は、狭い。城島がノックをした。

返事がない。

「おかしいな・・・」

マネージャーが、再びノックをした。ノブを回してみた。

「あいてる・・・」

様子が変なので、柊が変わって、部屋を覗き込んだ。

「YOSSIさん。おじゃまします。お時間いいですか?」

やはり、YOSSIの返事がない。

「マネージャー、ちゃんと言ってあったの?」

城島がマネージャーに確認している。

「変ですね。ちゃんと言ってありますよ。それに彼の方がやる気で・・・」

中に入っていくマネージャー。中は綺麗に整頓されている。

 

すると奥からマネージャーの悲鳴が聞こえた。その場の全員がびくっとした。

「!YOSSIさん!」

マネージャーが叫んでいる。間違いなく何か起こっているのだ。すぐに全員中に入って行った。照明が落とされていて、暗い。ほのかにルームライトの一つがついていた。

目を凝らすと、マネージャーが倒れている、誰かを揺さぶっている。すぐに駆け寄った。

「おいっ!これは!」

倒れていたのはYOSSIだった。。首が斬り裂かれ、首から血が流れている。柊がマネージャーを引き離した。そして、全員を遮って言った。

「誰も手を出すな!救急車だ!」

肌は暖かいが、生きている感じがしない。目はうつろで生気はない。脈も止まっていた。

智美が救急車を呼んでいる。

死んでいる・・・

「これは、警察にも通報しないと・・・」

柊は言った。

「YOSSIさん、死んでるの・・・」

智美は聞いた。

「ああ・・・」

柊は殺人事件に巻き込まれたと思った。この時は、まだ、この先起こることが、分からなかった。

柊は警察が来る前に、少しでも現場を見ておきたかった。

「米ちゃん、この部屋も撮っておいて・・・」

なにしろ、映像は事件解決に役立つ。見落としている事実もちゃんと映りこんでいるからだ。

ひとまず柊は死体を見ることにした。

(血の凝固が始まっていない。おそらく2時間以内に襲われたものだ。それにまだ体温は下がっていない。もっとも、午後3時に見ているわけだから、犯行はその後だろう。見たところ他に目立った外傷はない。それにしても出血が少ない。頚動脈を切ってるんだぞ。なぜだ?それにこのためらい傷・・・)

柊は遺体の後ろに回った。

(首には・・・ん?この首のあざは・・・)

柊は机とか室内を見回した。机の上のものに気づく

「なんだ?」

「写真よね。YOSSIと誰だろう。とても仲良さそうに写っているわ。」

智美がポートレートを指差した。

「こいつはっ!もしかして・・・」

そこに救急隊が到着した。YOSSIを担架に載せ搬送した。

 

「あーあ。やっぱり起こりましたね。殺人事件。」

米ちゃんはため息をついた。不謹慎だが、そう感じてしまう。

「YOSSIさん、殺されたの?」

智美は分かっているが、柊に聞いた。

「おそらくは。犯人は首を切った。凶器はそばになかった。殺人事件だろう。」

どこかに行っていた、城島は慌てて帰ってきた

「YOSSIは死んだぞ!」

城島は、彼の死亡をみんなに告げた。

「ディレクター、どこ行ってたんですか?」

城島がしばらく消えたので、智美が聞いた。

「運営本部に報告したんだよ。YOSSIは病院で死亡が確認されたそうだ。それから・・・」

そう言うと警官が入ってきた。柊は思った。あれ?どこかで見た事あるな・・・

「藤堂警部ですか?」

警視庁捜査一課のベテラン警部だ。

「それにしても早いおつきですね・・・」

事件は今起こったのだ。いくらなんでも早すぎる。藤堂は返事もせずに、現場を見た。

「そうかね・・・」

一言言ったきりだった。あまりに早すぎる到着が不自然だった。これでは、事前に情報でもあるかのようだった。しかし、しばらくしてロケ隊に話す気になったようだ。

 

「また、あなたたちですか。」

ようやく藤堂は柊を見た。

「まあ、先日はご活躍ですが、今日は報道の立場でお願いしますね。」

やはり、あまりよく思っていないようだ。ベテラン刑事からすれば、マスコミは結果を報道するものだ、とおもっている。

「藤堂刑事、またはないでしょ。事件現場の保全しておきました。」

柊は、協力的なのをアピールした。実際我々は、情報提供者でもあるのだ。

「まあ、いつも君らのテープが役にたつわけだけど・・・」

藤堂は言った。ひそひそ智美は米ちゃんに耳打ちする。

「というか、柊くんに解決して、もらってるんでしょ?」

まあ、当たらずも遠からずの意見だ。

「でも、まるでテレビ局のために、スクープ作っているようで怖いですね。」

鈴木は皮肉った。警察でも、このメンバーの周りで事件が起こりすぎという感じを受けている。直接は無関係だが、それにしても・・・

「まあね。ともかく、事情を聞こうか。」

藤堂は、ようやく、事情聴取に入った。

柊が手を挙げた。

「ふん、やはり何か掴んでいるわけだ・・・。」

藤堂は柊の鼻を褒めた。立場は違えど、やっている事は同じようなものだ。真実を過去の事象からつきとめなければならない。

「まず、現場は、控え室の並んでいる、袋小路のような通路です。そこには、主催者が手配した警備員が立っています。彼はこの一時間のあいだに、不審者の出入りはない、と言っていました。関係者と衣装係だけだったそうです。それから悲鳴も・・・」

「よく短時間で、調べましたな。」

藤堂は少し柊を褒めた。探偵教室の先生のような感じもする。生徒を褒めるような感じだ。

「そりゃ、取材だからよ。」

智美は少々気に入らない。すると、鈴木が関係者を集めてきた。当然、関係者であるのは、動機を思ってこのことだ。

「藤堂さん。全員連れてきました。」

ぞろぞろと『バンクドール』メンバーを連れてきた。鈴木は、関係者を並べた。

 

「YOSSIが襲われたって本当ですか?」

開口一番、シンセのHIDEが言う。彼らは、事件を始めて知ったのだ。

「俺たち、控え室がそれぞれ違うんだ。聞いてないよ。」

KAZUがいう。HIDE、KAZUはオロオロしていた。無関係なら無理はない。

「それが、YOSSIさんお亡くなりになって・・・」

改めてマネージャーが言った。2人からは驚きと、困惑の表情が読み取れた。一方、SHIGEこと、葛西は平然としていた。違和感があった。

「SHIGEさん、驚きませんね。何故ですか?」

柊は質問した。

「おいっ!俺の事情聴取か?警察でもないくせに・・・」

皆、葛西に注目した。誰も何も言わないが、一番疑わしく思っていた。

「警察もいるか。いいよ。話してやる。俺は、奴に呼ばれていた。会うことになっていた。」

みんな狼狽した。これって自供かよ。カメラは回り続けている。

「勘違いするんじゃねぇぜ!俺は呼ばれただけで、行ってはいねえ。そのメモもある。」

活字で打った物を見せた。

「しかし、そんなもの、自分で作ることが出来る。」

鈴木が言った。

「そうだっぺ。だから、奴が殺された時、犯人が、俺に濡れ衣着せると思ったのさ。だから驚かなかったのよ!」

不審なメモの存在が理解できた。だから驚かないということだ。不利な話をするのはおかしいが、そうすることで、はめられている、という印象をつけている可能性がある。

「どちらにしても、あなたが存在しない真犯人を、作っている可能性もある。」

柊は言った。それを聞いた葛西はニヤリとした。状況的には一番疑わしいのだ。よくも平然と言ってのけれたものだ。

 

「俺たちが疑われているんですか?」

どちらかと言うと小心者のKAZUが言った。メンバーは動機もあるだろうし、葛西が限りなくクロと思っても、容疑者から外せない。

「いや、話を聞いているだけだ。」

藤堂はさらりと言った。

「でもさ、この中で一番疑わしいといえば、あれだよな。」

視線は葛西に向く。

「なんのことだ?他にもあるのか?」

藤堂は改めて聞く。ともかく、このやり取りに大きなヒントがあるに違いない。

「私たちの前でも、YOSSIさんに、刃物を振りかざしていた人がいるんです。」

智美が続けた。

「たしかに、こうなっては、おれっちが疑わても、しょうがないっぺよ。」

葛西は、不敵な笑みを浮かべている。

「お前、そういえばYOSSIの部屋の前をウロウロしていたよな。」

HIDEは続ける。

「ほう。それはいつぐらい?」

藤堂は興味を持った。

「そんなこと言われても、いちいち時間なんて見てないよ。KAZUさんがきたのは覚えてる。三時二十分だ。」

HIDEは困惑した。

「なんのために?」

藤堂は聞き返した。

「音が調和してないんだよ。KAZUと打合せすることになったんだ。コードのすり合わせの話だ。微妙にずれてたからな。KAZUさんの控え室まで行って、打合せした。その時、時計を見たんだ。」

HIDEは言った。二人で一緒にいるという証言だ。アリバイと言えるだろう。

「本当ですか?」

KAZUに念を押した。

「ああ、そうだ。曲のほうは、俺が面倒見ているからな。」

KAZUは答えた。

「3時二十分以降、おふたりのアリバイはある、ってことですね。すると、犯行はYOSSIさんが控え室に入った午後三時から三時二十分の間と絞れましたな。」

 

「あー、それから・・・YOSSIさんは扉を開けている。刃物沙汰があったばかりだ。不審者なら扉を開けることはないだろう。おそらく顔見知りの犯行だ。」

柊は念を押した。部外者の線を消すためだ。

「そうだな。その点は間違いないな。やはり、この中の誰かということか。」

といって藤堂は葛西を見る。この段階で一番の容疑者は葛西しかいないように思えた。

「なんだよ?」

みんなに言い寄られて、葛西は、ようやく動揺してきたようだ。

「ガイシャとはもめてたと複数の証言が、ありますしね。」

「言ってはなんですが、ほかのメンバーはYOSSIさんとは仲良くやってました・・・」

HIDEは付け足した。

(それはどうだか・・・)

柊は、心の中でそう思った。全てが犯人として、葛西を示しているのが、柊は気に入らなかった。

「そうかな?まず、マネージャー、あんたは、いっつもYOSSIに怒鳴られるって、こぼしていたよな。」

葛西は、マネージャに言い寄った。

「それは仕事ですから・・・」

マネージャーは動揺しながら言った。

「HIDE、おまえはYOSSIに借金があるって言ってたよな。」

次々と暴露を始めた。バンドだ。小さな人間関係の溝だってありうる。

「本当ですか?」

藤堂はHIDEに聞いた。借金なら、葛西と被害者の不仲を利用して殺す、動機になりうるのだ。

「KAZU、おまえは腕が悪く、YOSSIにクビにされそうだって、言ってったぺ?」

KAZUは慌てた。

「そんなもの、動機になるほどの事じゃない・・・」

しかし、人間の感情を考えると、動機にならないとは言えない。人から見ると、小さなことも、本人には許せないとなりうるのだ。

「どの人も、それなりの状況はありそうですね。しかしSHIGEさんは、アリバイもはっきりしてないし、むしろ前後の目撃証言もある。特に彼に事情を聞くべきですね。」

藤堂はまとめた。その場にいた一同は、納得した。

「そうかな?」

一人だけ反対意見を言い始めた。柊だ。

「動機がはっきりしているのは彼だけでしょう?」

鈴木は藤堂を支持した。

葛西は無言だ

「それならむしろ、部屋に入れるにも、YOSSIは警戒するだろう?なんて言っても、刃物沙汰までしでかしているんだ。ふたりっきりで会うのが不思議だ。現場には抵抗の形跡がない・・・」

顔見知りの犯行というが、今日のトラブルは、暴力だ。とても、葛西なら被害者も警戒して部屋に入れないだろう。

「うっ・・・たしかに・・・」

鈴木も指摘で分かった。

「動機は十分だが、本当にほかのメンバーに動機がないと、言い切れるんですか?」

葛西が状況的に疑わしいからと、決めつけているようだ。柊はそれがおかしいと思っていた。葛西の影に隠れた真犯人がいる気がした。葛西は無表情だ。

「証拠はあるのかよ?証拠は?」

今度はKAZUが反論した。自分が疑われれば、口が出る。葛西が犯人だ、疑いの余地があるのか?

「病院の話だと鋭利な小型の刃物の切り口ということでした。犯行時、葛西は持っていたって言う、話じゃないですか。」

鈴木も加勢する。

「たしかに持っているが、こんなものどこでも手に入る。それに気になるのが・・・」

というと、まなまなしい血だまりの周りに来た。当然現場は、そのまま保存なのでふきとられていない。

「出血が少なかったのです。本当の死因は別じゃないですかね?」

切り口を見たが、鋭利な刃物で切った跡しかなかった。他にどうするというのだ。

「それは司法解剖でもしない限り断定できない。今の段階では・・・」

それはそうだろう。

「それより、傷で頚動脈が寸断されてましたが、首の後ろ見ましたか?」

柊が言うと、皆は顔を見合わせた。あまりはっきり見ている者はいなかった。そもそも血で汚れて、首のあざを判別はできない。それに、わざわざ切り口の他に、なにかがある理由がわからない。

「首の後ろになにか巻きついているような形跡がありました。あれはなにか特殊なものです。米ちゃん・・・」

さっきから現場をとっていた米田を呼んだ。記憶されている映像をまきもどした。被害者の首を映したシーンだ。

映像には血だまりの中の首が映っていたが、血の無い部分に紫の筋が走っていた。よく見ないと分からないものだ。とにかく細かった。

「俺が見つけた時、特殊なもので締められた跡と思いました。」

「特殊?そんな見ただけでわかるはずが・・・」

城島は柊が何故特集と断言するかわからなかった。柊は説明した。

「例えば、何か電化製品のコードなら、直径が太く、あざも太くなります。首を絞めても切れない物なら、直径3ミリ以上はあるでしょう。被害者のあざはせいぜい一ミリで何重か巻かれていたものでした。」

「それで?」

藤堂は続けさせた。

「糸の類では切れてしまいます。ほかに探すなら、ピアノ線かナイロン線ってところでしょうか。ところが、首のあざはなめらかな直線ではなく、縄状のものだったのです。」

「よく見るとそうかも・・・」

智美が言った。微かに縄状のように見える。よく見ないと、これもわからない。

「なるほど。凹凸があるってわけか・・・すると特殊だな。」

しなやかで編まれていて、首を締め付けることのできる丈夫な糸だ。

「関係者で事件後、控え室の通路から出たものはいません。凶器は処分できてない、ということになります。おそらく警察による手荷物検査を前提にしているはずです。持っていても不自然なものでないもの・・・」

柊は凶器を特定しようとしていた。不自然なものは手荷物チャックでばれる。当然、警察が分かるものを、犯人が使用する事はない。

「そんなもの、普通持ち歩くはずがないでしょ・・・」

城島はわかりかねていた。

「おそらく、ミュージシャンが持っている物です。」

柊はさらに詰めた。

「いや・・・弦か・・・」

鈴木がぼそっと言った。弦ならミュージシャンが、持っていてもおかしくはない。

「その通りです。弦を持っていて不自然でない人物・・・」

皆の視線がKAZUに集まった。KAZUはギターリストだ。KAZUは無言で固まってしまった。そして首を振った。

「いや、KAZUさんであるはずはない。俺といっしょだった。そのあとSHIGEが部屋に行っている。もしKAZUさんなら、何故SHIGEはYOSSIのところに行ったんだ?それならSHIGEが異常を見つけていただろ?」

「その点のトリックもわかっている。鈴木刑事。ちょっと・・・」

鈴木を呼んで耳打ちした。

「・・・・・・」

「お願いします。」

柊は鈴木に何かを頼んだようだ。

「本当ですか?まあ、探しますけど・・・」

鈴木は、生半可な理解の様で、信じられないといった顔だ。

「仮説が正しければあるはずです。」

柊は自信ありげに鈴木を送り出した。

「馬鹿言うな!弦がなんだって?弦なんて、他の奴が用意しようとすればできるぜ。それにそれが弦だとどうして言える?」

KAZUの表情に焦りのようなものが表れた。柊は鈴木に何を頼んだのか。関係なければ、焦る必要もないのに、と皆が不審がり始めた。

「持っているかは手荷物検査でわかります。それに、エレキギターの弦というのは、とても特殊で、スチール弦というんですよね?曽根さん(ヤスオの苗字)・・・」

柊はヤスオに話を振った。おとなしいヤスオは、いきなり話をふられたので、最初ぎょっとした表情だった。

「たしかに音声のヤスオは音楽にも詳しいからな・・・」

城島も相打ちする。音声担当でもあるが、昔、ヤスオはバンドを組んだこともあるということだった。

「ええ、スチール弦は鉄製で巻き弦といって、バネ状のものです。」

ヤスオは言った。

「首に締めれば?」

柊が聞く。

「そんなことする人が、いるはずないですが、首に巻けば縄状の跡がつくでしょう・・・」

「ビンと張ったって、人間の力ではきれるものじゃない・・・」

弦ならば細ければ、コンマ何ミリまであるうえに、丈夫だ。

「ちょ、ちょっと待てよ!それを使って、俺が殺したという証拠は、あるのかよ!」

KAZUは弦を使うから、俺が犯人なんて乱暴だ、とでも言いたげだ。

「SHIGEさんがすぐに戻って来たので、驚いたじゃないんですか?」

柊はよくわからない事を言い出した。柊はあることが、分かっているようだった。

「何が?」

KAZUの方が狼狽した。こいつは何を知っているというんだ。柊はさらに、鑑識に声をかけた。

「鑑識さん!このドアノブ指紋取れました?」

「ああ、被害者、マネージャー、それとSHIGEさんだけだ。」

指紋の照合が済んでいるらしく、すぐに答えが返ってきた。

「ほら見ろ!やっぱりSHIGEじゃないか!マネージャーは、仕事上、当然出入りする。ほかにSHIGEしか、いないってことじゃないか!」

これは、得たりとばかりにKAZUは強気になった。指紋が出てないものが、この場合犯人から除外されるからだ。手袋はめてうろうろ等、不審極まりない。

「忘れました?3時過ぎに、SHIGEさんが、あなたを入口で見てるって、言っていることを。」

「それがどうした?確かに一度部屋に行ったよ。ただ単に曲の打ち合わせに来ただけだ。だけど、居ないのですぐに引き返した。」

当然だろう。本番前だ。人の出入りはある。でも俺は入ってないのだ。それを指紋が証明している。

「だからおかしいんですよ。」

「だからなんだ?」

柊の言う事がKAZUには、わからない。

「あるはずのものがないのですよ。あなたの指紋が。」

柊の言う事がKAZUには理解できなかった。

「・・・・・・」

「これでは手袋をはめていたことになる。演奏の時、ギターリストだけが革の手袋をはめる。しかし、打ち合わせの時に、革手袋って、字を書くのに困りませんか?手袋は、弦を弾くことから、手を保護するためだ。普段のあなたは手袋をはめてない・・・」

実際にKAZUは、皮手袋をはめていなかった。素手なら、少なくとも廊下側のノブには指紋が付いていないと、いけないのだ。皮手袋はめて、打ち合わせと言うのがおかしかった。

「それは・・・」

「なんで、手袋をはめてたんですか?」

柊は追求した。

「まず、あんたは、SHIGEさんのドアの下の隙間に、YOSSIさんを騙って、書置きを差し込んだんでしょうね。もちろんパソコンか何かで文章を作った。そうすれば、戻ってきたSHIGEさんがYOSSIさんの元に行くことになるだろうから。

あれだけいがみ合ったんだ。SHIGEさんは迷わず部屋に向かうはずだ。先にあんたは打ち合わせとか言って、部屋に入った。油断したYOSSIさんを、仕事道具のギターの弦で締めた。このため、YOSSIさんは悲鳴を上げることができなかった。犯行をごまかすため、あんたはもめているSHIGEさんを利用したんだ。あらかじめ、そのために用意した同型の多目的ツールで頚動脈を切断した。」

「死亡していたため、出血が多くなかったのか・・・」

「恐らく司法解剖では、死因は窒息死でしょう。あんたは帽子をかぶり、用意していたスタッフジャンパーを着て、衣装係の格好をして、SHIGEさんをやり過ごした。SHIGEさんに見られれば、警察に告げるはずだ。そして部屋に戻って、HIDEさんを呼んだ。一緒に行けば、HIDEさんは、いやがおうにもSHIGEさんを目撃することになる。」

「待てよ!そんなの推測だろ?」

KAZUは叫んだ。しかし、丁度その時、鈴木が息を弾ませ戻ってきた。

「柊さんの言うとおり、スタッフジャンパー、KAZUさんの部屋から見つかりました!」

 

 

KAZUは沈黙した。その場の全員も押し黙ってしまった。スタッフジャンパーなどKAZUには必要ないし、持っているはずないのだ。

「おそらく、KAZUさんの弦からは被害者の皮膚片が検出されるでしょう・・・」

柊は、KAZUを追いこんだ。KAZUは全く動かず、突っ立っていた。

「なぜだよ?あんなに仲良く・・・」

HIDEがおかしいといった。KAZUより、はるかにSHIGEのほうが揉めていた。

「動機はこれでしょう・・・」

柊は机の上のビニール袋に入れられた、証拠品の写真を手にとった。先ほど智美が見ていた写真だ。YOSSIと、だれか知らない男性が映っていた。

「これは、バンクドール、結成時のギターリストのKENJIさん・・・彼はYOSSIさんと喧嘩して出て行ったはずだ。当然、YOSSIさんが持っているわけがない。それに彼は先日、自殺したんです。なんでこんなものが・・・」

マネージャーは不思議に思った。それに、これが何故動機になるのかわからなかった。その写真があるからと言って、KAZUには、なんの関係がなさそうだ。

「そんな写真と、動機と何の関係が・・・」

城島は言った。

「それは、彼が仕事人だからですよ。」

柊はそう言った。

「仕事人って、今世間を騒がしている連中だろ?」

HIDEが言った。

「そうです。この中に仕事人が紛れ込んでます。KAZUさん。仕事人はお前だ!」

 

すると、藤堂が話し始めた。

「現代の仕事人、彼らは人情殺人を行っている。その現場には、必ず故人の恨みの品が添え置かれるのだ。だから、殺すものには直接の動機がない。『動機なき殺人』だ。」

あの無口な藤堂警部が話している。まるで何もかも知っているかのような口ぶりだ。柊の方があっけにとられた。いくら警視庁捜査一課と言っても、管轄が違えば、詳しいほどではないだろう。違えばだが・・・

「われわれ、警察は、仕事人の組織である『ケルベロス』を取り閉まる為の、『ケルベロス対策班』を立ちあげた。」

「そのリーダーが藤堂警部だ。」

鈴木が補足した。藤堂が対策チームを率いているのだ。

「ケルベロスはネットを使って、『闇の裁判』を行う。原告は自殺した者、被告は原告を自殺に追い込んだものだ。原告の遺書を『命の叫び』とよび、オカルト的に闇裁判を行っている。例を見ない凶悪殺人集団だ。」

城島は近衛から聞いていたが、実際、警察から聞いてビビっていた。

「しかし、ネットで知り合って、すぐに殺人できるとは思えませんが・・・」

当然の質問だ。見たこともない間柄で、信頼関係も何もない。

「それが、不思議なのだよ。その『検事』の元に、そのような人物が集まっているといわれている。闇の裁判では、全員仮面を被って、名乗りをしないそうだ。しかも、お互い人間関係が存在しないから、一人検挙できても、芋づるのように検挙できない。しかも、『悪への仕置き』という目的から、意外と同調するのだ。いったい、どう言うつもりなのか、見当もつかない。」

「自分の人生を棒に振ってもですか?」

「そうだ。一つだけ分かっているのは、我々警察がけむに巻かれるほど、『検事』と言う人物は犯罪に詳しいのだ。これがどういう人物か、今のところ、全く分かっていない。」

警察がこんなに内情を明かすのは異例だろう。

「一週間前に、彼らのサイトをモニターしていたら、この事件の事が話されていたのだ。」

藤堂がそう言うと、KAZUは非常に驚いた。まさか、漏れていたとは思っていなかった。

KAZUは肩を落とした。

「残念ながら、一歩遅かったようだが・・・」

藤堂も悔しそうだった。

(それで、まるで図ったように現場に到着した訳か・・・)

柊は、疑問の答えを見た気がした。

「仕事人は、現場に恨みの品を置くのだ。それがその写真だ。」

そう言うと鈴木は写真を指差した。

「と、すると、KAZUさんは、個人的な恨みはなかったということですか?」

城島は聞いた。城島も仕事人追及取材班の一人だ。どうしても聞きたいことがあった。

「それは・・・わからない。本人以外は・・・」

くくく・・・

KAZUhが初めて笑った。みな、困惑した表情で見た。しかし、それが、どう言う意味かわからなかった。警察への無能をあざ笑うものなのか、それともばればれの中捕まった己を笑ったものなのか・・・

 

柊は続けた。

「今回はそのケルベロスの事件なのです。ネットの闇サイトで闇の裁判を行う凶悪集団。そこで死刑となれば本当に殺害してしまう。『検事』と呼ばれる胴元の正体は不明だ。特徴は、原告と呼ばれる依頼人の遺品を現場に残すというものでしたね。」

柊は藤堂を見た。

「その通りだ。俺たちは『ケルベロス対策班』だが、未だに『検事』のしっぽはつかめないでいる。ネットの海で検挙の網を抜けていきやがるんだ。こいつがその仕事人だったのだ・・・」

藤堂は言った。藤堂はその班長として今回、現場に来ている。

「動機なき殺人・・・見知らぬものの裁き・・・恐ろしい。」

初めて聞く城島は震った。他のメンバーも押し黙っていた。

「えてして、こういった不自然な物証が残るわけですよ。」

モニターして事前に犯行計画を見ているわけだから、警察としては、十分だ。

KAZUはしばらく沈黙した。何か考えているようだ。しらは切れそうにない。追及に観念した模様だ。

「ふふふ・・・本当は俺自身が殺したかったかもな。」

自白めいたことを言い始めた。

「KAZU・・・おまえ」

HIDEが驚いた。やはりそうだったのか。

「お前は知らんかったんだろ?YOSSIが今日、何をしようとしていたのか?」

KAZUの目には陰湿な光が宿っていた。

「あいつは『バンクドール』の解散を考えていたんだ。」

府に落ちなかったことは、これだったのだ。YOSSIはフェスタ終了後、解散を予定していた。

「殺すような理由じゃないだろ!バンドはうまくいってたじゃねぇか!」

HIDEはまだ理解できない。殺すほどの事じゃないだろう!

「そうさ、うまく行き過ぎていたんだ。あいつはハナっからバンドなんて踏み台だったんだよ。ソロ契約を大手レコード会社と結んでいた。」

YOSSIは裏切っていたのだ。よくあることだが、仲間として、よくあることと看過できない事もある。

「なんで、お前がそんなこと知っている?」

HIDEは聞いた。KAZUが何処まで知っていたのか。HIDEは何も知らなかった。

「SHIGEだけじゃない。俺もクビにするつもりだったんだよ。事前に知らされていた。・・・もちろん、ヤツに切られたのはほかにもいる。原告のKENJIも、だ。HIDE、お前は来て間もないだろう?だからあいつのやり方を知らない。お前も今日で首だったんだよ。」

人の人生も自分本位に考えているYOSSIは、確かにひどい奴と言えるだろう。

「そういえば、KENJIは一年前でてったんだよな?」

HIDEはマネージャーに聞いた。マネジャーは困惑気味に、首を縦に振っている。

「そして先月、飛び降り自殺をしている。あいつ・・・YOSSIは出て行ったKENJIを、追い詰めていたんだよ。」

それは誰にとっても初耳だった。KENJIが脱退して、無関係と思ったからだ。

「追い詰めるって、KENJIの腕はかなりと聞いたぞ。」

HIDEは信じられない。

「ああ、腕が良すぎた。それが命取りになった。当時『バンクドール』はKENJIでもっていると言われていた。ルックスだけのYOSSIから見ると、それが許せなかった。そうだよな、SHIGE」

KAZUは葛西に話を振った。葛西は無言だった。かまわず続ける。

「YOSSIはKENJIを追い出し、俺を引き入れた。」

KAZUはKENJIの代わりだった。

「KENJIにしても、殺しを頼む程もない話だ。メンバーの衝突だろ?」

「ところがだ。YOSSIは、業界でKENJIの薬物使用の、ブラフをながし続けた。よほどYOSSIは妬ましかったんだろう。」

「流されたやつは、確かに業界から追放されるよな・・・」

これについては、柊も知っている。袂を分けて、嫌がらせだ。恨みの一つにはなる。

「警察にも目をつけられた。KENJIはそれ以来、腕を持て余して、くすぶっていた。」

KAZUはしんみり言った。

「・・・・・・」

HIDEもKENJIの気持はわかる。自分なら殺しているだろう。

「KENJIに恋人がいたんだ。売れなくなったKENJIを健気に支えていたよ・・・決定的になったのは彼女がKENJIに黙ってYOSSIに許しをこいに行った時さ。」

「謝るなよ、そんなヤツに。」

HIDEはKENJIの肩を持つようになった。

「それでも、なんとか復帰させたかったんだろうな。けなげだよ。ところが、YOSSIはそんなKENJIの彼女を、無理やりレイプしたんだ。」

KAZUに怒りが現れた。

「ひどい・・・」

智美もそのひどさに悲しくなった。

「KENJIは彼女の敵討ちがしたかった。そして自分を生贄として身を捧げたんだ。」

みんな沈黙した。まさか・・・かたき討ちか・・・

「どういうこと?」

智美が聞いた。

「世の中では『自殺をすれば』、代わりに相手を、殺してくれるグループがある・・・」

ここで、ケルベロスとの接点が生まれた。

「なに?そんな理由で自殺を?」

藤堂も興味を示した。

「刑事さん・・・俺たちが存在するのも、人の思いは軽くないからだぜ・・・」

KAZUは皮肉った。

「こいつ・・・」

鈴木はいった。

「なるほど。クビになるあんたが、KENJIのために動いてやったわけか。」

柊は答えた。

「法廷で起訴された案件見たとき、俺はラッキーと思ったよ。俺が直接、裁きを下せるってな。」

KAZUはうつむいたまま、笑った。その笑いは、理性が飛んでしまったかのようだった。

「俺もYOSSIのわがままの犠牲者だからな。俺たちの夢を弄びやがって・・・」

KAZUは柊を見た。

「それより、なんで、俺だと思ったんだ?動機が見えなかったはずだ。」

KAZUは疑問をぶつけた。状況的には葛西だけが容疑者のはずだ。

「死因が絞殺だったからだ。葛西なら、最初から首を切っていただろう。」

柊は答えた。

「最初から疑っていたわけか・・・」

KAZUも観念したようだった。

「殺人容疑で、緊急逮捕!午後十一時十二分」

ZAZUに手錠がかけられた。その彼に柊は話しかけた。

「仕事人とは無関係な人を殺すのだぞ。何の抵抗もないのか?」

柊も人に代わり、殺人を犯す理由は分からなかった。マスコミではなく、一人の人間として聞きたかった。この異常な状況を、受け入れるのはどうしてか。

「治ることのない傷、ぶつけどころのない深い怒り、今の社会には溢れている。それを『裁けぬカラス』は私腹をこやしている。今じゃ、そんな思いになっている奴、多くいるぜ。」

KAZUはしんみり言った。ケルべロスになるものは、過去犯罪被害にあったものがいるという。犯罪者が、法をすり抜けることで、法の限界を感じ、「検事」の言うことを受け入れるのだと聞いたことがある。

(「検事」とはいったい何をしようと言うのか。)

どんな理由も俺には受け入れられない。柊はそう思った。

「だから、自分たちのルールで勝手に裁きを下すわけか・・・」

「必要だからある。俺はそう思っている。」

柊の問いに、理屈で答えている。本心なのか?

「お前!そんなに人の命を軽く思っているのか!」

鈴木も黙っていられないのだろう。

「『検事』の言うことだから?」

柊はいった。

「ああ、俺は賛同した。そんな悪人のはびこる世の中が悪い。法はさばけない。」

「検事」の言う事は、これほど気持ちを揺り動かすものなのか。

「わかった。俺はあいつと戦わないといけない。」

柊はだんだんと戦わないといけないと思った。こんなものがまかり通ってはならない。

「へへへ・・・社会正義と言って世の中を変えられないマスコミが・・・」

KAZUは皮肉った。

「あんたねぇ!」

柊は智美を制する。

「変えてみせる。俺は『検事』の考えを認めない!」

柊は絶対許せないと思った。

「こい・・・」

鈴木は連行しようとした。

「ああ、ちょっと・・・」

柊が止めた。

「なんだ?」

KAZUもいい加減いいだろうと思っていた。

「被害者の首にためらい傷が複数あった。本当に殺意があったのか?」

柊は遺体の違和感の答えが知りたかった。

「ためらい傷?」

智美は思わず訊き返した。殺人事件で、聞かないからだ。

「自殺なんかでよくやることだが、殺人ではまずないことだ。刃物で傷つけることに躊躇したとしか考えられない。」

核心をついていたのか、KAZUはしばらく止まった。サングラス越しに、その表情は分からない。そして、KAZUは無言ですすり泣き始めた。その場の者は黙りこくってしまった。あまりに変わりすぎている。

「一度は夢を語り合った仲だったんだ・・・それを俺は・・・」

柊はその言葉を黙って聞いた。

「真の殺意はなかったんだ。コイツも『検事』に踊らされたのか・・・」

KAZUは連行されていった。

(人間を殺人マシーンに変えやがって。絶対お前の正体をあばいてやるぜ!『検事』!)

柊はこぶしを握った。

 

すると藤堂警部が柊に寄ってきた。柊は不思議に思った。マスコミが警察に近づくのはおかしくはないが、刑事の方がマスコミに近づいてきたのだ。

「……」

「柊さんだったかな・・・ちょっといいかな。」

恐らく藤堂警部も話しかけるのは苦手なのだろう。彼の誘いはぎこちなかった。

「いいけど、何ですか?」

外に出た。喫煙所に来た。

「吸うかね?」

藤堂は煙草を柊に勧めた。

「俺、吸わないですから。」

柊は断った。刑事が何だろう。

「用は何ですか。」

どうももどかしい。

「ケルベロス事件なんだが、何か掴んでないかね・・・・」

唐突なことを、藤堂は言いだした。確かに捜査は難航していると聞いている。

「俺も今日が、報道の初日です。何も掴んでは・・・」

「そうか・・・すまなかったな・・・」

藤堂も苦しいのだろう。

「もういいよ・・・」

藤堂は柊を返そうとした。

「もし・・・」

柊は言いにくそうに言う

「もし、なにか掴んだら、その時は連絡します。」

柊も「検事」を追求をしたくなったのだ。鬼刑事の藤堂の顔がゆるんだ。

「ありがとう。その時は頼むよ・・・」

藤堂が言った。柊はそれを聞いてぺこり頭を下げ、去ろうとした。

「『検事』は・・・『検事』は警察関係者と言われている。彼らの使っている資料は捜査資料だ。」

藤堂は言った。

(それを俺に漏らしていいのか?)

柊は驚いた。警察関係者だというのだ。

「俺は、一警官として、そいつを捕まえたい・・・」

その言葉を聞き終えると、柊は建物に戻った。

 

 

柊は警察の現場検証を見ていた。

「・・・そういえばSHIGEさんは、なんで話に乗ったのだろ?もう見切っているバンドのはずなのに。」

葛西が前を横切った。柊は声をかけた。

「なあ、KAZUさんの書置きでお前、YOSSIさんの部屋に行ったよな。喧嘩に行ったのか?」

急に声をかけられて、葛西めんどくさそうに柊を見る。

「交渉に行った。」

これは意外な返答だった。交渉する間柄じゃないだろう。

「交渉?いまさらか?」

柊はなぜなのか聞いた。

「ああ、俺がおとなしく出るから、KAZUは残してやってくれと。」

葛西が答えた。

「KAZUのために?」

柊は再び聞いた。

「あいつは、俺っちと違って腕がない。なんとか、あいつだけでも、バンドに残らせたかった。そのためにYOSSIとこじれたんだ。ひとりなら、とっくの昔にやめていたっぺ。それをあいつ台無しにしちまって・・・」

「・・・・・・」

葛西と言う男は案外、仲間思いだったんだと思った。

 

極東テレビセットスタジオだ。

番組「近衛の日本の未来図」の収録だ。「現代の仕事人、法治国家日本への挑戦状」というテーマだ。特集が組まれていた。経過、状況、説明、解説と、局挙げての追跡取材と言うだけある。

今回、柊が事件解決に一役買ったということで、最後にメッセージの時間を貰えた。

「一度は夢を語り合った若者たち。一体何が彼らを変えてしまったのでしょうか。彼らのメッセージは何をかたりたかったのでしょうか。それでは最後に、当番組レポーターであり、事件解決に活躍した柊レポーターのメッセージです。」

近衛はコメントを言った。そして柊に振った。

「命は軽くありません。それが彼らのメッセージでした。しかし、あるものが彼らを変えてしまったのです。「ケルベロス」という凶悪集団です。KAZU氏は、『検事』の声に、耳を傾けてしまったのです。私はそのものを許せません。『バンクドール』にどんな鎮魂歌が似合うでしょうか。彼らはもう歌うことができないのです。彼らから歌を奪った『検事』を今後も追求したいと思います」

番組はそう締めくくられた。

テレビを見ていた人物がいた。大きなチェアで、顔は見えない。まるで弁護士の部屋のようだ。殺風景で、厳粛さがあった。

「ふ・・・おもしろい。」

その人物は言った。

 

番組「近衛の日本の未来図」収録スタジオ内だ。

「お疲れ様~」

「お疲れ様。今回も名探偵ね。アルバイトにしては上出来だわ。」

番組が変わっても、智美は変わらない。

「名探偵とかじゃないんだよ。こんな事件が続くと俺は嫌になる。」

柊にとっては、智美は本音を語れる相手だ。

「そうね。あってはいけないことだものね。『検事』って、人間の心があるのかしら。」

「さあ、どんなやつだろう。人に殺人という、受け入れてはいけないことを受け入れさせるんだ。やつなりの信念があるだろうが、おれは絶対、受け入れられない。」

柊は対決を腹に決めていた。

「でも危なくない?」

智美は心配そうだ。

「……」

柊はじっと智美を見た。

「心配してくれるの?」

ちょっとからかってみた。反発するかと思った。あれ?しおらしくさみしそうな智美だった。

じーっと柊は覗きこんだ。気付いた智美は顔が赤くなった。

「もう、知らないっ!」

と叫んだ。

「ははは・・・危険の無いようにやるよ・・・」

柊はごまかして、その場を去った。

「もしかして・・・」

いままで思わなかったが、智美はもしかして俺のことを・・・

いやいや、気のせいだろう。そう思った柊だった。

 


 
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