第5弾 脆い氷
詩乃Side
私は父親の顔を知らない…。
物心つくまえに父は交通事故で他界し、母はその事故で死に逝く父を目の当たりにしたせいで、
精神年齢が父と出会う以前にまで遡ってしまった。
それでも母は私を家族として愛情を注いで育ててくれた、私の記憶を失くしたにも関わらずに。
だから私は母を守ると誓い、祖父母と母と共に生活してきた。
だけど、私が11歳の小学5年生の頃、最悪とも言える転機が訪れた。
埼玉県に引っ越していった1つ年上の幼馴染であるケイが遊びに来てくれた。
私は喜びから浮かれ、気が抜けていたと思う。
その土曜日の午後、母の用事でケイと3人で郵便局に言った際に強盗に襲われた。
覚醒剤を使って異常な思考になっていた男は銃を手にこんな小さな郵便局に来てしまった。
男性局員が1人撃たれ、怯えていた私をケイが慰めて、だけど母は怯えや恐怖を持ったままだった。
私は母を守ろうと男が銃を持っている手に飛び掛かって噛みつき、落ちた銃を拾ってその引き金を引いた。
だけど、放たれた弾丸は……私の前に躍り出たケイの左肩を貫いていった。
「っ、があぁぁぁぁぁっ!?」
「え…?」
真紅の鮮血が飛び散り、私の顔を紅く濡らした。
痛みから絶叫するケイを見て、私は呆然とするしかなかった。
「(撃、った…? わた、しが……ケイ、を…?)あ、いぁ、あぁぁぁぁぁっ!?」
全てを理解した私は、反動とその事実に恐怖して銃を落としてしまった。
それを見た男は銃を取ろうとしたが、その手を必死の形相で痛みを堪えているケイが踏みつけた。
―――バキバキボキッ!
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
ケイに手を踏みつけられた男は絶叫した。
骨が折れて砕ける音がしたのだ、その痛みは尋常ではないはず。
そしてケイは右手で銃を拾うと、痛みで悶える男の頭部に向けて…、
―――ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ!
残っていた7発の弾丸を全て男の頭部に撃ち込み、射殺した。
ケイの身体は自身の血と男の返り血によって真っ赤になり、その表情は暗く冷たいものになっていた。
怯えていた母は既に気を失っており、残っていた局員達も呆然となった。
私の方を振り返ったケイ、私はたった一言……言ってはならない事を告げてしまった。
「来、ない…で…」
「……ぁ…(どさっ)」
それを聞いたケイは悲しそうな表情になってから意識を失った。
そこからは警察が入ってきて、状況を確認したり、ケイや母、撃たれた局員を救急車に乗せて運び、
私もしっかりとしていない意識のまま病院に連れていかれた。
事の顛末を纏めるとこうなる。覚醒剤を使用し、銃を所持した男は不運にも死亡。
マスコミ各社の自主規制により、詳細が報道されることはなかった。
だけど地方の小さな市での事件、その地域の話しまでは止められなかった。
実際には被疑者を殺したのは私ではないけれど、ケイは元々埼玉の学校だったのでそちらに戻り、
こっちに残された私は噂に尾鰭が付くこととなって殺人者などと呼ばれるようになった。
陰口はどうでもいい、もとから気にしていないから。でも祖父母にまで言葉の刃が届くのは辛かった。
そして写真でも、テレビでも、とにかく銃器を目にするだけで吐き気に襲われ何度も嘔吐した。
PTSD、簡単に、俗にいうトラウマと呼ばれるものになり、当然いじめにもあった。
だけど、私はしてはいけないことをしてしまった……ケイに、景一に消えない傷を与えたのだ。
今でも景一の肩には銃創があり、私の言葉で彼の心も傷つけた。
なのに、退院して私の元にやってきた彼は…、
「……怖い思いをさせて、ごめん…」
そう謝ってきた。何故、訳が分からない、許されるべきではないのは私の方なのに。
そう言葉にすれば景一は…、
「……詩乃に傷ついてほしくなかったから、誰も殺してほしくなかったから…。だから私が殺した…」
もうそこには、私の知っているケイはいなかった。
儚げな笑みという表情に翳りがあり、寡黙というように静かになり、
一人称が小学生ながらに私に変わってしまった。
私のせいだ、私のせいで、ケイは、景一は…。
それからというもの私とケイは少し疎遠になった、別に話しをしなくなった訳ではないし会わなくなった訳でもない。
ケイは東京で武術により一層打ち込むようになったらしいし、怪我のこともあって彼自身にも学校で色々あったと思う。
そんな事もあって、あまり会えなくなった。
さらに追い打ちを掛けるかのように起きたのが『SAO事件』と呼ばれる最悪のVRMMO事件。
ケイは、それに巻き込まれた……彼のご両親からそれを聞いた私は絶望した。
もう彼に償う事も出来ない、彼に会うことが出来ない、私を守ってくれた大切な人に会えない、と…。
そして知った、私はケイの事が好きなんだということに。
だからSAO事件が解決して、ケイが無事に帰って来てくれた時は本気で怒って、本気で喜び、泣いた。
もう二度と会えないなんてゴメンだ…だから、絶対に強く、乗り越えてみせると……でも、現実は上手くいかなかった…。
遠藤達の仕業、というのもアレだけど……まぁ全校生徒に暴露された私の過去、
それでもトラウマをなんとかしたいと思い、
近所にある区立図書館で『世界の銃器』なるタイトルのグラフ誌を読んでみた。
この頃にはもう写真だけではパニックにならなくなったけど、『あの銃』についてだけは駄目である。
そこで本を閉じた時、後ろから声を掛けられた……同じクラスメートであった『新川 恭二』君。
彼も色々とあって学校に通わなくなった、そんな新川君は私に銃のことを教え始めた。
正直その時は「やめてほしい」と思ったけど、VRMMOの銃の世界『GGO』の話を聞かされた。
私はトラウマに向き合う為に、GGOへと身を投じた。
あの世界では『シノン』と名乗り、半年経った今ではそれなりに名前が通るようになった。
だけど私は、未だに乗り越える事が出来ていなかった。
完全に落ち着いたので瞳を開き、体を上げる。
「何が、助けて、よ…。許されない、私が……助けてなんて、言っていいはずがない…」
そうだ、ケイを傷つけておいて何が助けてだ。
いつもいつも彼に助けを求め、助けられ、自分1人では満足に何も達成できない女が、助けてなんて言う資格はない。
防具として用意した度の入っていない防弾レンズの眼鏡。
道具に守られて、仮想の武器で敵を倒して、それでいつかは乗り越えられるのだろうか…?
そんなはずは……ない…。
「っ…でも、絶対に…!」
エアコンの暖房を弱めに設定し、眼鏡を外してアミュスフィアを被る。
もう一度ベッドに横になり、電源を入れて言葉を紡ぐ。
「リンク、スタート」
私は銃の世界へとダイブした。
詩乃Side Out
景一Side
今日の一件、知らなかった。まさか詩乃があんなことになっていたなんて、思ってもみなかった。
確かに小中時代はいじめに遭っていたと聞いたが、東京の高校でもとは…。
それにあの遠藤とかいう女、あの仕草は紛れもなく彼女の過去を知っていなければ出来ないこと。
考えれば考える程、どうして彼女は頼ってくれないのだと思う。
私でなくとも、同性の明日奈や里香、年上の雫さんでも相談できるはずだ…。
「……結局私は、詩乃を守れていないじゃないか…」
それに気掛かりなのはまだある……詩乃を助けに入ったあと、嫌な視線と感覚を感じ取った。
負の感情というものがそのまま当て嵌まるという。
「……一体、何が起こっているんだ…?」
呟きは誰が返事をする事もなかった。
景一Side Out
???Side
くそっ、どいつもこいつも『死銃』のことを架空の存在でしかないと言っている。
目立ちたい者による自演だと、本当に腹が立つ。
本来なら2件目で死銃の存在を恐れたプレイヤー達が引退していくはずだったのに、愚か者達はそれを嘲笑って残った。
自分は死銃のことを
そんなことをすれば今後が困難になるし、『死銃』の伝説性が薄れてしまう。
SAOという最悪のゲーム、あんなゲームオーバーすれば当たり前のように死ぬというものではなく、
狙った獲物が狩られれば死ぬ、死銃の伝説はそれこそが相応しい。
絶対的な最強の存在に自分はなるのだ…。
ターゲットとしている者の内、1人の女性プレイヤーの写真が映る。
『シノン』、彼女への所有欲が沸き立つ……現実世界の彼女でさえも…。
だが片腕である、死銃の半身は彼女の死を望むはず、死銃伝説を飾り上げる最高の花として…。
同時に、
いままで見たことのない男、彼女と名を親しげに呼び合っていた、アイツは……誰だ…。
???Side Out
To be continued……
後書きです。
詩乃の過去でしたが、原作と違って詩乃は殺していません・・・殺したのは景一でした。
PTSDの原因は景一を撃ったこと、被疑者が無残に殺されたことを直視したことが原因となっています。
景一が銃について詳しくなったのは対処法を覚えるようにする為なんです。
それでは次回で・・・。
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第5弾です。
今回は詩乃の過去話になります、原作とは少し違う内容です。
どうぞ・・・。