文武両道。
この言葉が当てはまる人物は少ない。
それはなぜか。
唯一つのことのみを貫いた人物を超えるということは、並大抵の努力では足りないからだ。
唯一つ、それ以外の全てを捨てる覚悟の者に打ち勝つには、相応の覚悟が求められる。
その覚悟とは一体……。
影華の実力を測った日からすでに六年もの月日が経過していた。
八歳のまだまだ子供だった深は、すでに十四歳になっている。
顔つきはやや幼さが残っているが、身体からは武人の気配を漂わせている。服装は、その気配とは裏腹に庶民の着るそれであった。黒い髪は千寿のように腰まで伸ばされ、こちらも頭の後ろで一度縛っている。左の腰には本隊で使われているものと同じ剣を一振り差している。
隣には同じく成長した影華の姿があった。
以前、深よりも高かった身長だが、今では深の鼻先までしかない。深と同じ黒い髪は髪型も全く同じにしていて、後ろから見ただけでは判別のしようがない、それほどまでに酷似していた。透き通る様な蒼い瞳は、見る者に知的な印象を与える。服装も深と同じものを好み、ほぼ毎日深の着るものと同じ服を着ていた。深とは逆で、右の腰に剣を差していた。
六年の間に影華は名前に関係した記憶を取り戻していた。
歳は深よりも二つ下だということ。そして、彼女の本名は司馬懿。字を仲達ということ。彼女が名前を思い出した際、大事の際は司馬姓で呼ぼうという話が上がったが、これを本人が頑なに拒否した。
「その名前はなんか嫌です」
「私は深に助けられました。出来ることなら深と同じ姓を」
とのことだった。何度も見た彼女の決意に満ちた瞳。こうなったら梃子でも動かないことを俺達は身に染みて理解していた。
皆で話し合い、最終的に俺が影華のことを家族だと言ったことで収束した。
彼女は姓を黒、名を
影華は大切そうに何度も名を呟くと、涙を流しながらも満面の笑みで頭を下げていた。
今、俺と影華は城壁の上から新兵の訓練を見ている。
新兵の練兵官、これが俺達に与えられた仕事だった。
俺は最近の鍛錬で千寿に勝ち越している。八割方勝てるようになってきていた。影華と千寿は五分五分ぐらいだ。いつだったか千寿が、お前らの成長速度は異常だとかなんとかぼやいていた。成長期だって返したら、その後の鍛錬が物凄くきついものになった。年齢の話はしてはいけないと、影華と誓ったのもそのときだな。
諳とは碁盤を用意し、駒を各兵種にあて対戦している。いまだに勝てたことがない。以前俺と影華で二面打ちをさせてみたのだが、全く歯が立たなかった。あの人に勝てる日は来るんだろうか……。
俺がそんなことを考えている間、影華はずっと兵達に指示を出していた。そろそろ休憩の時間だ。俺は皆に号令を掛けた。
三年前から、俺の昼食は影華の手作りを食べることが日課になっていた。どうやら俺に内緒で諳に料理を教わっていたらしい。最初の頃はお世辞にも旨いとは言えなかったが、出されたものは全て完食した。口に出して「不味い」と言ったことは無かったが、なぜだか影華には分かるらしく、毎日泣きそうな顔をしていた。その度に諳に怒られる俺はどうすればよかったんだろう……。
だがそれも次第に無くなっていき、出される料理は徐々に美味しくなっていった。今では俺の好みの味を完璧に分かっている、専属の料理人と化していたりする。時々兵達に分けたりしていたためか、影華の料理は絶品で食べられた日には幸運が訪れる、とまで噂されるようにもなっていた。本人はそんなこと露も知らないが。
今日は一緒に、かなりの数の団子を作ってきた。新兵達に配るためだ。
二人で兵達を労いながら二つずつ配っていく。影華は時折聞こえる「これが噂の……」などという言葉に首を傾げていたが、配る人数が多いからかそれ以上立ち止まらず配っていった。
昼食を終え、一刻ほど休憩した後に訓練を開始させることを伝えると、途端にできる人だかり。影華は即座に列を整理しに行った。列の先にいるのは深だ。これも昼休憩では見慣れた光景になりつつある。
これは自主鍛錬と称して、深と模擬戦をやるための列だ。龐徳公直々に鍛えられており実力は十分、なおかつ弱点や癖を見抜く慧眼を持っていたことが、この列を作るようになった要因だろう。
影華が列を整理している間、最初に並んでいた兵士と打ち合っていく。大体は、初動と一太刀で問題を指摘され、軽く武器を叩き落とし次の順番となる。その間、深はその場所からほとんど動いていない。左足を軸にし右足を円のように動かし避け反撃する。
そうして模擬戦が終わった者はきちんと休息を取らせている。それを半刻ほど繰り返して深は休憩し、午後の訓練へと向かうのだ。
鮮やかな夕焼けに包まれ始めた頃、訓練の終了を告げた。兵達はかなり大変そうではあったが身支度を整え帰路に就く。最後の兵士がいなくなったことを確認してから、俺と影華は北の城門に向かった。
一刻ほど経つと前方に砂塵が巻き起こり、先頭で馬に跨っている千寿が見えた。彼女らは近くに発生した賊の討伐に向かっていたのだ。
俺と影華はいまだに戦場に出たことがない。何度も千寿に打診をしているのだが、彼女は一度も首を縦に振ってはくれなかった。理由を聞いても「まだ早い」の一点張りだ。それを見かねた諳が俺達を新兵の練兵官に推薦してくれたのだが。
目立った負傷をしていたのは数名の兵だけで、誰一人とて欠けることなく帰還した千寿達を二人で丁重に迎えた。
千寿が報告の為、城へと向かっていったあと、広場で子供達に囲まれている空を呼び、子供達を家へと帰らせた。
空は少し前までやや不調そうにみえたのだが、最近は持ち直したらしく元気だ。今は以前ほど一緒にいられるわけではないが、必ず十日に一度は川で水浴びをし森の中で戯れることにしている。さすがに子供達に木の上を飛び回らせる、なんてことはできないしな。ひたすら戯れた後は、この森で一番大きい木の窪みで休む、いつからかこれが十日置きの日課になっていた。街の人達にも千寿からここには近付かないように言い含めてもらっている。さすがに森での狩りはそのままだが、思い出のこの木だけは……。影華だけはこの場所に連れて来たことがある。まだ、俺に依存していたころに一度だけ。その時、久しぶりに龍笛を吹いたなぁ。久しぶりで綺麗とは言えない音色を奏でていたが、彼女は何かを感じ取ったんだろう、俺と空がここに来ることを告げた日はただひたすら家で大人しくしているようになった。
明日はそんな日課の日だ。すでに千寿からも休みを貰っている。一日中、空の相手が出来るということに胸を躍らせながら就寝した。
【あとがき】
こんばんわ。
九条です。
なにやらあとがきを考えていたら18時を過ぎてしましました……。
説明にもある通り、黄巾の頃を計算していたら年齢がかなり若くなってしまうので
少しだけ(?)飛ばしました。
なので今回はセリフなしの説明回となってしまった……申し訳ないです。
龍笛の存在を軽く忘れていたのはご愛嬌。
前回の闇は刻一刻と迫っています。
それが誰に対してなのか、それとも街なのか……など妄想を広げて待っていてください(笑)
では次回もお楽しみに!
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年齢の都合で月日をかっ飛ばしました。
多少、口調の変化が見られますが、そういう年齢ですので……。