この桜が散れば僕はどうするんだろう。
この桜が散らなければいい。
ずっとずっと、咲いていてよ。
「あ、喜三太ここにいた」
ひょっこりと、屋上へ金吾が顔を出した。
「金吾……」
青い空へとやっていた視線を、友人へとうつす。金吾は、僕の顔を見てこちらへ進めていた足を止めた。
「喜三太? どうしたの」
心配そうな顔で、声音で金吾が聞く。それになんでもないと笑って首を左右にふった。今から頬へ流れようとしていた涙が、宙に舞う。
このまま金吾を見ていたらまた涙がひょっこりと出てきそうだったから、慌てて視線を空へと戻した。
「……誰かにいじめられたの?」
金吾が隣に来てそう尋ねる。それに「違う」と小さく返事をした。
「いじめられてないよ。怪我もしてないし、どこも痛くない」
友人からの質問を先回りして、自分は大丈夫だと何もないと伝えた。
じゃあ、どうして。
僕の言葉を聞いて、金吾は不思議そうな顔をする。
「じゃあ、どうして泣いてるの」
「……泣いてないもん」
「泣いてるじゃん」
「泣いてないもん」
「……そっか。じゃあ、泣き出しそうな喜三太くん。どうしたの」
金吾が、屋上に建っているフェンスに腕だけ引っ掛けて、重心を後ろへとやった。カシャン、と小さくフェンスが軋む。
この学校には出入り口に、大きい桜の木が堂々と植わっている。そんな木をフェンス越しに覗く。まだ花を咲かせていない木は、少しさみしそうに立っていた。誰も花を咲かせていない木の周りには集まらない。それが一層、さみしそうに見えた。
「もうすぐ僕たち卒業でしょ? だから、卒業しちゃったら……僕、ここから出るから……あそこへ戻るから」
「……それが嫌?」
こくん、と木を見たまま小さく頷く。金吾は小さくそっか、と呟いた。カシャンとまたフェンスがきしんで、暖かい大きな手が僕の頭を撫でた。視界が暗くなる。
「だいじょーぶだって。僕も、卒業したらあっち戻るし。ていうか、戻らないとお父さん怒るし」
顔を上げると、体勢をなおした金吾と目があった。友人は人好きな笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
「もうちょっと寮生活したかったなーって……まだ学校生活は残ってるんだけどね」
あはは、と僕の頭から手を離して頬をかく。
それでもまだ、泣き顔のままの僕を見てもう一度、くしゃりと頭を撫でた。
「わっ」
そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。
「髪ぼさぼさになるじゃん!」
と金吾の手を払いのけると、友人はにやっと笑った。
「やっと、泣き顔じゃなくなった」
喜三太に泣き顔は似合わないよ、なんてどこかの少女漫画みたいなセリフを言ってのける。そして、またフェンスを掴んで正面を見た。
「まだ学校生活はあるんだしさ、今はそれを目一杯楽しもう? そりゃ、僕も向こうに戻った時の事とかたまに色々考えて不安になったりするんだけど」
どうしても拭えないんだよねぇ、と苦笑する。
「それに……」
「それに?」
金吾は言いにくそうに一旦言葉を切ったが、僕が促すと「あー……あのな、それに」と歯切れ悪く言葉を紡ぎ始めた。
「それに、もし向こうにいっても僕は喜三太のそばにいるし! 一人にさせないしっ!」
以上! そう言って真っ赤になった金吾はフェンスから荒々しく離れた。カシャッとフェンスから抗議の声が上がる。
あー、だとかうーだとか言いながら、うずくまって腕に顔をうずめている金吾に言葉を向ける。
「金吾、あのね……ありがとう。なんか、告白みたいだね」
小さく笑うと、金吾は思いっきり立ち上がった。
「こ、告白じゃないよ!? 告白じゃないからね!?」
「あはは、分かってるよ。でも、ありがとう」
「……ん、もう大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。そういえば、金吾何か用事で僕を探してたんじゃないの?」
それを言うと、友人は「あ、そうそう!」と手のひらを叩いた。
「土井先生が探してたよ。この前の補習、喜三太休んだから来いって」
「は、はにゃ!? 補習!? ……あは、あはは、ちょぉっとお腹が痛くなってきたから休むって言っといて!」
逃げようとした瞬間、金吾に思いっきり制服を掴まれた。さすが体育委員会の委員長、ただでは逃げられない。
「だーめ。卒業、できなくなるよ? 皆卒業していくのに、喜三太だけここにいなくちゃいけないんだよ。それでも良いの?」
「う~……それはいやだけど、補習も同じくらい嫌」
金吾ついてきてよぉ、とダメ元で頼んでみる。すると、小さくため息をつかれたが「仕方ないな……もう」と言われた。それと同時に制服を掴んでいた手もはなされる。
「本当!? やったあ! 金吾大好きっ」
「うわぁ、薄っぺらい大好き」
「そんな細かいこと気にしてたらモテないよ?」
「いいよ、別にモテなくても……勝手にモテるから」
「団蔵が泣きそうなセリフだねぇ」
「確かに」
顔を見合わせてしばらく二人で笑いあった。
冷たい、春を運んでくる冬の風が屋上に吹きつける。
「さむっ」
「さっさと、教室戻ろうか」
そんな事を言いながらも、一歩一歩噛み締めるように、ゆっくりと屋上から出た。フェンスから離れる前、ちらりと木を見ると誰かがその木の傍にいた。もう、さみしそうには見えない。
「金吾、七松小平太先輩に似たよねぇ」
下へと続く静かな階段に、僕ののんびりとした声が響く。
「えーそう?」
「うん、あの撫で方すごい七松先輩っぽかった」
「……やっぱり似るのかな?」
「うん、似るんじゃないかな。団蔵も、ちょっと潮江文次郎先輩に似てるところあるし」
「あー、確かに。似てる似てる」
あはは、と笑う声が階段に響いた。
春はもうすぐそこに。
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金吾と喜三太で現代パロ。恋愛要素ないです。