No.576647

SAO~菖蒲の瞳~ 第四十三話

bambambooさん

四十三話目更新です。※タイトル変更しました。

今回から《圏内事件》編のスタートです。
その前に、穏やか(?)な日常をひとつどうぞ。

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2013-05-15 19:10:50 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1338   閲覧ユーザー数:1253

第四十三話 ~ あやめハウス ~

 

第二十二層の広大な針葉樹林の奥にひっそりと佇む一件の二階建てログハウス。そこがSAOでのアヤメの家だ。

 

小さいながらも庭があるためプレイヤーホームとしてはやや値が張ったが、アヤメは購入するのにためらいは無かった。

 

第二十二層は、階層のほとんどが森林で攻撃的(アクティブ)モンスターの数が圧倒的に少なく、あまりプレイヤーに人気が無い層だ。

 

そのため、第二十二層はとても静かで、非常にゆったりとした時間が流れている。世界そのものが違うと言っても過言ではないかもしれない。

 

以前アヤメは、なんでわざわざこんな場所のプレイヤーホームを購入したのか、とキリトに聞かれたことがある。

 

それにアヤメは、《静か》だからだと答えた。

 

他のプレイヤーは『静かすぎる』『退屈だ』と言うが、この世界はアヤメにとっては心地良い世界なのだ。

 

常に気を張り、生死の瀬戸際を歩み続けるこの剣の世界において、こんなに穏やかで思わず身を委ねてしまいそうになる階層は他に無いと、アヤメは思っている。

 

また、失うことが怖いアヤメにとって、人やモンスターが遠く喧噪の少ないこの空間は、ある意味理想的な場所でもあるのだ。

 

今回のお話は、その理想を崩しかけたある事件のお話である。

 

 

【アヤメside】

 

――――チリン。

 

サクラの()月二十二日。第二十二層のマイホームで《使い魔》たちとソファに寝そべってうたた寝していたとき、森の静寂を崩す鈴のようなの音が耳元で響いた。

 

「………ん」

 

その音に落ちかけた意識を掬い取られた俺は、閉じそうになる眼を強引に開き、使っていた鈍い銀色の毛布をどかして、同色の枕から頭を持ち上げる。

 

「キュィ……」

 

そのとき、毛布と俺に挟まる形で胸の上で丸くなっていったキュイがコロコロと腰まで転がっていくが、相当深い眠りに入っているのか起きる気配は見せない。

 

そんなキュイに苦笑しながら、受信したメールを開く。

 

【From:Silica 今からお家に伺っても大丈夫ですか? 突然ですみません】

 

送信してきたのはシリカだった。絵文字を使った可愛らしいメールに少し和み、続いて謙った文章に苦笑を漏らす。

 

「自分の家に帰るつもりで、いつでも好きに来ていいって言ってるんだけどな……」

 

フレンド全員に言っている言葉を呟いてから、返信のためのメールを打つ。

 

【To:Silica 別に構わないぞ】

 

眠気のためか、そんなシンプルというか淡白な文章しか打てなかったが、気にせず送信してしまった。

 

「……準備しないと」

 

メールを送信した俺は、寝転げ落ちたキュイを毛布で包み直し、その毛布と使っていた枕を撫でてからゆっくりとソファを立ち上がり、静かにリビング兼ダイニングからキッチンに移る。

 

準備といっても、《料理》スキルを取ってもいない俺に出来ることといったら、ケトルでお湯を沸かして、市販のお茶とお茶請けを用意するしかできないが。

 

アスナが遊びに来たとき以外まともに使う機会の無いキッチンでケトルを火にかけた俺は、リビングに戻らずその足で物置部屋に向かった。

 

廊下の一番奥にある部屋のドアを開けると、そこには部屋一杯にチェストが並べられている。

 

プレイヤーホームを手に入れたことにより《アイテム蒐集》を気兼ねなく出来るようになった俺は、集めたアイテムは全てここに仕舞っているのだ。

 

ちなみに、エギル曰わく「この部屋には無いものが無いんじゃねえか?」とのことだ。蒐集家冥利に尽きる。

 

「確か食べ物関係は……」

 

部屋に入り、一つのチェストを開ける。すると、目の前にアイテムストレージが表示されたため、ウィンドウをスクロールして適当なものを選択する。

 

《チョコクッキー》と《フータウの実》を自分のストレージに移し、チェストを閉じて部屋を出る。

 

そのとき、ピュ――――――ッ!! というケトルの音を聞き、一度キッチンに入って火を止める。

 

使うたびに思うが、ケトルを使って《水》というアイテムを沸騰させると、《熱湯》に変化し冷めることがないというこの仕様はすごい便利だ。

 

そんなことを考えながらリビングに戻ってきた俺は、ソファで寝息を立てるキュイを目に留め、起さないようにとテーブルを挟んだ反対側のソファーに腰掛けた。

 

「多分……着替えとかあるだろうから、まだしばらくは来ないだろうな……」

 

背もたれに体重を預け、天井を見上げながら呟く。

 

何をするでもなく脱力したまま天井を見続けていると、家の中が時を止めたかのように静かになった。

 

そんな心地良い静けさに身を委ねていると、また眠気が襲ってきた。

 

「ふあぁ~……」

 

誰も見ていないため大あくびをする。

 

「仮眠仮眠。少し休憩……」

 

言い訳じみたことを呟きながら、まぶたの重さに耐えきれず目を閉じる。

 

数秒後、俺の意識はあっけなく眠りの世界に引き込まれていった。

 

 

【シリカside】

 

アヤメさんの家に到着した私は、髪型と服装を整えてから一度深呼吸する。

 

今の私の格好は、ウエストリボンが付いた白いチュニックワンピースに黒のレギンスというものだ。

 

今日、キリトさんとお食事に行くアスナさんと意見を出し合ったのでダサいということは無いだろうけど、いざアヤメさんの前に立つとなると緊張する。

 

「きゅる」

 

そんな私の緊張を感じ取ったのか、肩に止まるピナが私に頬ずりした。

 

「ありがと」

 

ピナから少しだけ勇気を分けてもらった私は、もう一度深呼吸してから入り口のドアをノックする。

 

「………あれ?」

 

しかし、しばらく待っても中からアヤメさんが出て来る気配が無い。

 

試しにもう一度ノックしてみるが、結果は同じだった。

 

出掛けているのかなと思った私が入り口のドアノブを捻って引いてみると、鍵は掛かっていなかったようで抵抗無くドアが開いた。

 

アヤメさんは、家を留守のときは本人以外が出入り出来ないようにロックし、それ以外の時はフレンドの出入りが自由に出来るように設定しているので、これは中にアヤメさんが居るということだ。

 

少し逡巡して、いつでも好きに来ていいと言われているのを思い出し、私は後ろめたさを感じながらも家の中に入った。

 

「おじゃましま~す……」

 

そんな後ろめたさからか、思わず小さな声で言うが、家の中は誰も居ないかのように静かでかすかに響いた。

 

いよいよ不思議に思いながら、抜き足差し足でリビングに向かう。

 

「あ……」

 

そ~っとリビングのドアを開け中の様子を覗いてみて、言葉を失った。

 

「すぅ……すぅ……」

 

ソファに寝転がり、銀色の枕に頭を預け体を丸めるようにして眠るアヤメさんの姿がそこにあったからだ。

 

「きゅる!」

 

「あっ、ピナ!」

 

呆然とその様子を見つめていると、肩に止まっていたピナがアヤメさんの近くへと飛び立っていった。

 

「きゅるるる……」

 

「もう、ピナったら……」

 

アヤメさんにすり寄るような形で丸くなるピナに小さくため息をつく。

 

「……それにしてもアヤメさん、気持ち良さそうに眠ってるなあ~」

 

穏やかに眠るアヤメさんに目を留めて頬を緩める。

 

思えば、ここまで無防備なアヤメさんの姿を見るのは初めてだ。

 

「………よし」

 

もっと近くで見てみたい。そう想った私は、その場にしゃがんでアヤメさんの寝顔を覗き込んだ。

 

(わあぁ、かわいい~~!)

 

声なき声で叫ぶ。

 

もともと童顔だとは思っていたけど、寝顔はもっと幼く見えた。

 

アヤメさんの表情にはいつもの周りを警戒する張り詰めたような気配は無く、世界に身を委ねているような安心しきった色が見え、それが童顔に拍車をかけている。

 

もしかしたら、私よりも幼く見えるかもしれない。

 

つんつんと、無意識に手が動いて頬を突っつく。思っていたよりも柔らかい。

 

「ん…んん……」

 

「かわいい……」

 

すると、アヤメさんは少しだけ突っいた指にすり寄ってきて、今度は抑えきれず声が出た。

 

何というか、普段が大人びていて隙が無いからか、こうも無防備な姿を見せられると危ないくらい母性本能をくすぐる。

 

そして思った。これは、チャンスなんじゃないかと。

 

急激に熱くなった頬を冷ますように頭を振り、周囲を確認する。

 

アヤメさんのお腹付近で丸くなっているピナは寝ている。向かいのソファに目を向けると、キュイちゃんが枕と同じ銀色の毛布にくるまって眠っていた。

 

――――つまり、誰も見ていない。

 

(いける……っ!)

 

そう確信した私はアヤメさんに向き直り、ゴクリと生唾を飲み込んでから、その頬に唇を近付けていった。

 

10センチ…5センチ…3センチと、少しずつ頬と唇との隙間が無くなっていく。

 

家の中は人気が無く本当に静かで、耳を澄ませば私の鼓動が聞こえてきそうだ。

 

しかし、このとき私は忘れていた。アヤメさんの《使い魔》はキュイちゃんの他にもう二匹、変わったスキルを持った銀色のキツネがいることを――――

 

アヤメとの距離が1センチ以下になったとき、何かが小さく光を放ったのをまぶた越しに感じる。

 

思わず目を開けて発光源を確認すると、そこには、アヤメさんの頭の枕のように支えながら、ジーっと私のことを見つめる一匹の銀キツネの姿があった。

 

ガチリと体が固まった。

 

「え…あ、えっと……」

 

「………クォ?」

 

停止した頭の片隅で、この銀キツネを紹介されたときのアヤメさんの言葉が思い出された。

 

『この二匹の名前はタマモとイナリ。シリカも知ってるだろうけど、種類は《ミミックフォックス》で、《擬態》っていう特殊なスキルが使えて石とか枝とか家具とかに擬態出来るようだ。イタズラ好きなヤツらだから気を付けろよ』

 

そんなこと言ってたなぁと、どこか他人事みたいに呟く。

 

「え~と………見てた?」

 

「クォン」

 

小さな望みに賭けて頬をひきつらせながら尋ねると、銀キツネ――多分、タマモの方――はコクリと頷いた。

 

瞬間、顔が発火した。

 

「にゃぁぁぁあああああ!!!! ……ってわわわ!?!?」

 

恥ずかしさのあまり、悲鳴を上げて飛び上がるような勢いで立ち上がった私は、後ろにあったテーブルに脚を引っ掛けて後ろに転びそうになる。

 

腕を使ってどうにか後ろに倒れるのは免れたが、勢いをつけすぎて今度は前に重心が傾いた。

 

もう一度立て直そうとしたその瞬間、トンっと後ろから誰かに押された。

 

「え!? きゃっ!!」

 

「ぐふっ!?」

 

態勢を立て直す間もなく、反射的に眼を瞑りながら前へと倒れこむ。

 

「いてて……」

 

「ん……あれ? しりか?」

 

思っていたよりも衝撃が小さく、不思議に思い目を開けると、寝ぼけ眼なアヤメさんと目があった。

 

それも、少し動けば唇がくっついてしまいそうなほど近くでだ。

 

「あわわわわわ………ッ!?」

 

寝起きだからか、舌っ足らずな口調のアヤメさんは不思議そうな顔をしながら小さく首傾げる。

 

対して私は、顔の近さとか、寝ぼけ気味なアヤメさんとか、その他諸々がゴチャゴチャに混ざって完全に混乱していた。

 

心臓はバクバクと激しく鳴り、目がグルグルと回る。

 

そんな私を見て、アヤメさんはゆらりと私に向かって両手を伸ばすと、

 

「だいじょうぶ。おちついて。あわてなくていいから」

 

私の背中に手を回して優しく抱きしめてから、そう耳元で囁いた。

 

あやすような柔らかく暖かい声が心に染み渡って何度もリフレインする。

 

いつもなら落ち着けるその声は、今回ばかりは天秤を恥ずかしさに勢いよく傾けた。

 

「へぅ……」

 

恥ずかしさが許容量を大きく上回り意識を手放すなか、私が見たのは、タマモの上に乗って目を白黒させるピナに、クスクスと笑う二匹の銀キツネ。そして、恨みがましい目を向けるキュイちゃんの姿だった。

 

 

【あとがき】

 

以上、四十三話でした。皆さん如何でしたでしょうか?

シリカちゃんの私服姿は脳内で美化して欲しいbambambooです。

 

今回は圏内事件の導入。原作でいうところの《お昼寝イベント》のところですかね。

シリカちゃんを盛大にテンパらせてみました(笑)

 

私の記憶では《使い魔》の数に制限はなかったと思いますけど、どうでしたか?

タマモとイナリは今回のお話で少し活躍してくれるので、(もしそのような人がいれば)楽しみにしていてください。

 

次回は事件発生、ついでに、もう少しアヤメ君とシリカちゃんがイチャイチャ(?)する予定です。

 

それでは皆さんまた次回!

 


 
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