No.576050

黄色の白昼夢

今生康宏さん

普段はあまり書かない切ないお話です
だいたい五月病のせい

2013-05-13 22:32:54 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:281   閲覧ユーザー数:281

黄色の白昼夢

 

アンガージュマン(engagement)……仏語。サルトルの用いた言葉。ここでは「選択的存在(人のこと)」という訳語をあてる。人間は常に束縛を受け続ける存在である。しかし、その束縛の中にも自由はあり、自分の意思に基づいて「選択」することが出来る。これこそが人の自己証明であり、選択によって人は自分を表現する。また、そうあらなければならない。たとえば自分の意思で仕事をする、恋をする…………

 

タンポポ(dandelion)……キク科の多年草。草丈は五~四十センチほど。開花時期は三~五月。花言葉は「真心の愛」ほか

 

 

 

 どこかで見た書き出しをしてみたくなったので、してみる。

 俺はどこにでもいる極普通の中学生だ。

 ……いや、これには訂正の必要があるか。

 俺はどこにでもいるで“あろう”“不良”中学生だ。

 今日は月曜日。祝日でもなく、俺は登校する義務があった。しかし俺は中学に登校することを拒否した。つまり、学校をサボった。三年生の年の春、俺は二年の間守り抜いた皆勤賞に傷を付け、これからはもういくら休んでも良い気楽な身分になってしまった。

 親には、今日俺が断りもなく学校を休んだことを告げる電話が行くのだろうか。それとも、三年生総勢二百四十名の内の一人、三年四組の四十名の内の一人に過ぎない俺が一日サボったところで、わざわざ電話をするという余分な労力が割かれることはないのだろうか。

 後者かと思うと、もう永遠に登校する必要はないのでは、とすら思えて来る。俺は何のために今まで欠かさず登校し続けたのか。皆勤賞であることはアイデンティティの一つではなかったのか。

 そんな俺がどうして学校をサボったのか。その理由も明らかにしておくべきだろうが、俺自身、理由なんてわからない。ただ、このまま機械的に登校し続けることに強い不安があり、今朝になってある種の危機感が降って湧いて来た時、俺の足は学校とは間逆の方向に向いていた。

 別にゲームセンターにどうしてもプレイしたいゲームがあった訳でも、大好きなコミックの発売日が今日だったという訳でもない。学校でいじめられていたり、今日の給食が好きではないメニューだったりすることもない。ただ、俺は学校に行きたくなくなっていた。

 危機感、あるいは恐怖心の正体は……なんだろう。

 自慢ではないが、俺は学校でそれなりの良い成績を取っており、自宅からそれほど遠くない進学校への進学も、親や教師と話し合って決めている。俺の学力なら問題なく入学出来るだろうし、将来的には有名な大学にも入れるのではないか、とすら言われていた。俺の人生は恐らく、順調なものになることが約束されているのだろう。

 ……だから、それが嫌になったのかもしれない。

 たとえるならば、大きな駅にある動く歩道だ。乗る時(高校受験)と降りる時(大学受験)に少し足を動かすだけで良い。後は何をしないでも良い。乗る時も、エスカレーターのように急な上り坂ではなく、平坦な道なのでそれほどの苦労は必要ない。……あまりにも順調で、平和な、ぼんやりとした生き様。

 平坦な道の先は遠くからでもわかってしまっていて、十年後だって見える。俺はきっと、そこそこ良い企業に就職し、そこそこの給料を得ているのだろう。それで適当な歳で結婚して、子どもを作って、定年を迎えて退職したら、何か趣味を見つけるか、多くの老人のようにゲートボールでもして過ごし、お迎えが来るのを待つ。最期はベッドの上で苦しんでいるかもしれないし、眠るように死ぬかもしれない。どの道、平坦な人生は面白くもない終わりを得るのだろう。

 

 それの、何が楽しい?

 

 恐らく、俺が学校をサボった理由はこれなのだろう。

 敷かれたレールに沿って歩くような生き方が嫌になって、俺はそこから外れることを選んだ。とんでもない巨悪を為す訳でもない、明確な生き方の転換をする訳でもない、ただ単純に登校を拒否して、今までの優等生から泥付きの生徒になることを選択しただけ。

 たったそれだけのつまらないことでも、気分は晴れやかになっていた。レールから外れてやって、ざまぁ見ろという気持ちがあった。

 そう思いながら自動操縦の飛行機のように足が動くままに歩いていると、かつて通っていた小学校が百メートル先に見えて来ていた。どうしてここに来てしまったのだろう。

 嫌な思い出がある訳ではない、かと言ってここに来る必要性も必然性も感じられない。なのに、もう既に思い出の一つとなっている母校に帰って来てしまっていた。

 もしも、今の記憶をそのままに小学生をやり直せたら――とりとめもないことを考えてみた。

 仮に今と違う小学生時代を意図して歩んでいれば、今とは違う中学生の俺、そしてこれからなろうとする高校生の俺が存在出来るのだろうか。……意外と。あるいは当然ながら、そんなことはない気がする。きっと、人や未来なんてものはそう単純には出来ていない。だから、俺が今日学校をサボったことも、何かの意味がある行動じゃない。

 少し歩いて冷静になった頭で考えてみると、自分は今日、本当につまらない一日を過ごすことになってしまったことがわかる。既に半分は後悔があり、今から登校すれば三時間目には間に合うだろう、そうしたら大遅刻にはなるけど、丸々欠席するよりはマシだし……とまともな思考が働き出した。

 しかし、それでもアウトローな一日を過ごしてみたいという欲求があって、俺の足は依然として後戻りを潔しとはしなかった。

 すると、少し先の曲がり角から二人のジャージを着た青年達が姿を現した。近くの体育系の高校の生徒だ。今日も今日とて町内のランニングに精を出している。……少し道路の端に寄ってすれ違えば良いのだが、スポーツという自分の打ち込めるものを既に知っている彼等が羨ましくて、妬ましくて、あまりにも眩し過ぎて、俺はわざわざ道路を突っ切って道路反対側に渡ることで、彼等を避けようとした。

 二人は友達同士なのだろうが、言葉を交わすこともなく、懸命にひた走る。そのこめかみの辺りには汗が伝っていて、ああ、これが青春の汗というものなのか、なんて考えもした。

 その直後、俺の思考と感覚とは、いち時に消し飛んでしまう。

 最後に聞こえたものは、今になって自分に近付いていることに気付いた大型の自動車のエンジン音と、俺が避けようとした青年達の絶句するような叫びだった。

 

 

 

 昼休み。多くの児童は足でコートを書いてドッジボールをしており、そこに鬼ごっこをしている児童が乱入し、懸命に逆上がりの練習をしている少年の頭にボールが激突。哀れ彼は泣き出してしまっていた。

 そんな混沌とした、しかしいつも通りの運動場の片隅、一組の男女がいた。二人とも運動は得意ではないため、仲間達とスポーツを楽しむことは出来ない。かと言って担任の先生によって「昼休みは外に出て遊ぶこと」というお達しが出されているため、適当に受け流すことを知らない小学三年生達は、愚直にも言いつけを守って外に出ている。

 何をするでもなく、ただ隅っこで気の合う“友人”と語らうために。

「みんな、げんきだね」

「ぼくたちが死んでるみたいに言うなよ」

 少女が周りを見渡してぼんやりと呟くと、少年はむっとして返した。

「そだね。でも、やっぱりわたしたちの方が、ヘンなんだと思うよ。じゃないと、先生も外であそぼう、なんて言わないよ。外であそぶのがたのしいのがふつうなんだよ。きっと」

「ふつうね……。そんなのめざさなくてもいいと思うぜ。みんなといっしょなんて、つまらないだろ」

「そだね。けど、みんなとあそべるのは、たのしいよ」

「ゲームとかでなら、だろ。うんどうになるとあいつら、ぼくらのことなんか一つも考えない。かってに自分たちでたのしんで、かってでヤバンなやつらなんだ」

 ほとんど人の足が踏み荒らさないためか、運動場の隅には何本かのタンポポが花開いていた。少年は雨の日に差す傘のような配色のそれを見つめ、同級生達には毒を吐いた。少女は苦笑いを漏らす。

「そだね。だけどゆうちゃん、友だちは作らないと」

「“ちゃん”はやめろ。ぼくにはおまえがいるから良いんだよ。それに、友だちなんて作るものじゃなくて、できるものなんだ。まっててできなかったら、そいつらとは一生、友だちになれないにきまってる」

「そうかなぁ…………」

 少女は一瞬だけ考え。

「それでも、友だちはなんにんかひつようだよ。わたしも、いつまでゆうちゃ……くんといっしょにいれるか、わからないから」

「なんだよ。すずか、ひっこすのか?」

「ううん。けど、いつおひっこしするかとか、わからないでしょ?ゆうくんが一人ぼっちになったら、かわいそうだよ」

「もしひっこしたら、おまえも一人だろ。さみしいなら、手がみをかけば良いし」

 手紙の書き方については二年生の時に習っており、それ以降は授業の一環として、何度か遊びの手紙を書いていた。本来なら五人ほどの友達に出すのだが、少年はいつも少女にのみ宛てて書き(五通も)、対する少女は少年に五通もの手紙を送ることはなかった。

「手がみがとどかないところかもしれないよ?」

 なぜか少女は悲しそうな顔をしており、悲観的な想像をしてみせる。

「じゃあ、ぼくが会いに行ってやるよ」

「そだね。ちょくせつ会えば、手がみよりいっぱいおはなしできるね」

「だろ。……まあ、こんなのもしものはなしだろ。ぼくとすずかはずっと友だちだ」

「ずっと……ほんと?」

「ぼくはおまえにはうそをつかないんだ。ほかのやつらは知らないけど」

「うれしい。じゃあこれ、やくそくのショーコね!」

 手近なところに生えていたタンポポを、一切の情け容赦なくぶちり、と茎から千切って少年の手に握らせる。

「か、かわいそうだろ」

「そうかな?」

「そうだよ。おまえ、女ならもっと、花が好きとかそういうきもちはないのかよ」

「わたしは、ゆうちゃんだけが好きだよ?」

「そ、そうじゃなくてっ」

 たかが三年生、しかし、されど三年生。いい加減に男女を意識し始める時期だけに、少年は頬を真っ赤にする。だが少女は何かおかしなことを言った?とでも言いたげな表情だ。

「えっと、じゃあこれ、けっこんのときのブーケね」

「はぁ!?」

 追加でタンポポを三本ほどぶちぶちっ、とやり、おそろしく簡素なブーケを作り上げる。一見すれば脈絡のない行動に少年は困惑するが、やがて意味を理解した。つまり彼女は、花は好きじゃないけど、少年のことが好きって気持ちを伝えれば良い?とでも思ったのだろう。

「大人になるまでもってて、大人になったらけっこんしよ?」

「か、かれるだろ……。こんなの」

「じゃあ、わすれないで。今日のこと」

「それなら…………」

 お世辞にも美しいとは言えないブーケを握らされつつ、少年は渋々ながら約束をした。お決まりの小指を絡め合う仕草が契約のサインだ。

 

 

 

 それは夢だった。白昼夢、国語の時間で習ったよくわからない言葉が頭の中でリフレインされる。

 夢なんて夜寝ている時に見るものなのに、昼間、しかも起きている時に見る夢なんてあり得ない、そう考えていたのだが、今の俺の体験は明らかに白昼夢としか言えないものに思えた。

 ……車に轢かれたはずなのに、体のどこにも痛みがない。もしかすると俺は既に死んでいるのかもしれないと考えたが、道路を踏んで靴の裏でアスファルトの質感を確かめられる辺り、まだ生きてはいるみたいだ。どれぐらい夢を見ていたのか知れないが、少なくとも俺を轢いた車も、目の前にいた高校生も姿を消している。結構な時間が経ったのか、車に轢かれる前から夢を見ていたのか……。

 だが、目に見える風景は気を失う以前と同じだ。すぐ目の前には小学校が。夢の中で俺がいた場所がある。

 俺が見ていたあの光景は、恐らくは自身の幼少期のものだった。しかし、すずかと呼ばれたあの少女の記憶は一切ない。まるで、意図的にその記憶が奪われているかのように。

 そんな奪われた大切なものを取り返しに行くように、俺は真っ直ぐに小学校へと向かっていた。再びあの学校の運動場の片隅に咲くタンポポに会いに行かなければならない、なぜだかそんな使命感があった。そもそも俺の足がこの方角に向いたことそれ自体が、この夢を見て、彼女を思い出すための行動だったのかもしれない。

 正門にはガードマンがいて、いくら出身生とはいえ、用もなく入ることは出来ないだろう。ここは裏門を使う。俺が知る情報の通りであれば、裏門は背が低く、俺の運動能力でもよじ登ることは出来る。ガードマンもいない。

 裏門を抜けるとすぐに運動場に出ることが可能なのだが、かなり目立たたない場所のため、仮に体育の授業が運動場で行われていても目立ちはしないはずだ。確か二、三クラスが合同で授業をしているので、学年とクラスの多さから感じる印象ほど頻繁に体育の授業はされていない。授業のない時間に居合わせることも確率的には十分あり得る。

 学校を大きく迂回して裏門へと辿り着き、記憶の中にあるよりも更に背の低いそれによじ登るのは簡単だった。小学生の時に比べれば、身長も五センチは伸びた。昔は大きく見えていた物達も、軒並み小さく見える。それは運動場自体も例外ではなく、中学校のより大きなトラックに比べれば、小学校の一周百メートルのトラックは箱庭の景色のようですらあった。

「今は鉄棒の時間か……」

 よく見渡してみると、ただでさえ小さな小学生の中でも、特別小さな児童達が鉄棒に集まっていた。一、二年生辺りか。逆上がりではなく、より基本的な技の練習をしている。ただ鉄棒に飛び上がったり、飛び降りたりするだけの、体の柔らかい子どもなら誰でも出来そうなことばかりだ。俺だってあれぐらいは出来ただろう。……今はわからないが。

 ともかく、百メートル走のような運動場中を駆け回るような授業でなかったのは幸いだ。気付かれないように、最小限の移動だけで探し求めていたもの――小さく咲くタンポポを探す。

 記憶とさっきの夢を頼りに探せば、それはまもなく見つかった。だが、不思議なことに咲き誇る十本ほどのタンポポ達の内、四本が手折られ、地面に転がっている。首を斬られた人のようだ、という感想を思わず抱いたのは、中学で日本史を勉強していたためだろうか。

 四本という数、そして残酷にすら感じられるそれ等の状態から、あの夢との関連性を感じずにはいられないが、あれは夢の中の出来事だ。偶然、すずかと同じように花をぶちぶち千切るのが趣味の児童がいたのだろう。中々に行く末が心配になるが、まあ子どもとしては普通なのか……。

「すずか、か」

 ここに来れば何かがわかるような気がしたが、やはり記憶の中にそんな少女はいない。あの夢も、どうしてか長期的な記憶には残せないもののようだ。もう、あの夢のすずかの姿すらわからなくなっている。確か黒い髪のロングヘア、瞳は大きく丸くて、どこか気が抜けたような喋り方をして、だけど俺よりもずっとしっかりとしていて――この記憶は、誰に与えられたものだ?俺はやはり、あの夢の通りの出来事を経験しているのか?だが、彼女のフルネームすらわからない理由は?

 手折られた花達をほとんど反射的に拾い集め、あの夢のようにブーケの形に束ねる。こんな儀式が意味を持つようなこともないか。

 どうも今日の俺は学校をサボった時点から、どこかおかしいらしい。車に轢かれる夢(?)そして、あの白昼夢、加えて意味不明な小学校への侵入。どれもよくよく考えれば深刻な事件のように思えるが、二度あることは三度、と言うように、今日は更に怪事件が起きるように思えるのは、俺の考え過ぎ……ではなかった。

「キミもここにいたんだ。雄也君」

「誰だ?どうして、俺の名前を……」

「島原雄也。一年生は二組、二年も二組、三年は四組、四年に六組になり、五年が一組、六年も同じく一組。得意教科は体育以外の全て、中でも算数と社会はほぼ毎回、百点を取ってたよね」

 振り向くと、そこには一人の見慣れない少女が立っていた。少なくとも俺の知らない学校の制服ジャージを着ていて、黒のショートヘアからは服装と合わせてスポーティでボーイッシュなイメージを受ける。俺の知る“彼女”とはあまりにもかけ離れた容姿だが、半ば以上は確信してこの疑問を投げかけた。

「すずか、なのか?」

「まさか。私は乃木友美佳、涼花の――姉だよ。キミのことは、みんな妹が話してくれた。事細やかに、嬉しそうに」

「涼、花……。そうか、涼花!今、涼花は?」

「本当に何も覚えていないんだ……。そっか、忘れられることは、幸せなことだよね」

 忘れていた。都合のいい言葉が現れた。この記憶の欠落した感じは、ただ単に俺が忘れてしまっただけなのか。だが、そうだとすると「幸せ」という表現は……。

「今は、いない……」

「六年生の時。私は丁度、高校受験の頃。今のキミと同い年の時のこと。結論的に言って、涼花は死んだよ。交通事故だった」

 やっぱり。

 彼女、友美佳さんに出会う以前から、どこか予想することが出来ていたから、驚きは少なかった。出来るならば外れて欲しいという願いもあったが、悪い予感こそ当たるのがリアルというもの、か。

 軽く息が出る。溜め息と呼べば良いのか、涙の代替物と考えれば良いのか……。

「もしかして、今日は涼花の?」

 これもまた、確信めいた予想。

「そう。誕生日」

 今度の予想は外れた。今日を命日であると考えたのは、悪い予感だったのか、良い予感だったのか。どちらでもないから、変な的中の仕方をしたのかもしれない。

「でも、キミは全てを忘れたと思っていたのに、なんで来たの?しかも十一時って、丁度あの子が生まれた時間なんだよ」

「……学校をサボって、そしたら、なんとなくこっちに足が向いてた。それから夢を見て、唐突にタンポポを見たくなって」

「タンポポ?」

「あっ、う、うん」

 さすがにあんな小さい頃のどうでも良いことは話していないのか。

「何か思い出があったんだ。でも、そのためだけに学校に侵入するなんて、キミも大概だね」

「そういう友美佳さんは、なんでわざわざこんなところに?別にあいつがここで死んだ訳じゃないんでしょ」

「当時の涼花の担任の先生をね、誘いに来たの。正門まで迂回するのが面倒だから、裏門をよじ登って来たんだけど」

「……懐かしいな」

 何が、とは言えないのに、なぜかそんな感想が漏れた。恐らくは涼花も、姉と同じように裏門から通学することがあったんだろう。俺はそのことの記憶を断片的に思い出しているのに違いない。

「それで、折角だから雄也君も一緒にお墓参りに行く?」

「えっ、それは」

 素直に首を縦に振ることが出来ず、言いよどむ俺を見て、友美佳さんは薄情者と感じたのかもしれない。だが、つい最近まで忘れていた故人の死を悼むような資格は、俺にはないように感じた。本当は資格うんぬんではなく、したいと思えばすれば良いのだろうが、今になって学校をサボったことの罪悪感が強くなって来ている。ここで彼女の墓参りに行ってしまえば、サボりの免罪符として幼馴染――あるいは恋人を使うことになるような気がして、とてもついて行けるような気持ちにはならなかった。

「やめとくなら、それでいいよ。だけど、一応場所だけは教えておくから、いつか気持ちの整理がついて、あの子に会えるような気がしたら、行ってあげて。私なんかよりずっと、キミのことを待っていると思うから」

「はい…………」

 常備しているのだろうか、ミントのガムを取り出し、その包み紙にボールペンで友美佳さんは文字を書き記した。その筆跡には明確な既視感がある。恐らく、幼少の頃はほとんど友美佳さんの字なんか見ていなかっただろうに。

「最後に」

 俺が握っていたタンポポのブーケに気付いたのだろう。

「タンポポの花言葉、知ってる?」

「……さあ」

「別離」

「…………そうですか」

 

 どうして俺は、六年前の今日に涼花から受け取ったブーケを、枯れてしまうまで持ち続けていなかったのだろうか。

 その後悔だけが、残った。


 
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