No.575150

司者(第四章 戦闘)

Regulusさん

遂に黒の剣との戦闘が始まる。

2013-05-11 11:54:52 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:413   閲覧ユーザー数:413

第四章 戦闘

 

 

 森の方からドドドドドドと重い銃声が響く。拳銃ではなく機関銃レベルの狙撃。能力の弱い者ならこれだけで障壁を支えきれず命を落とし兼ねない威力だ。タカシ達は並の能力者ではないのでこの程度で障壁は貫通されないが障壁を支えるのは自分自身の体であるため衝撃だけは伝わる。そのためこの位の口径になると踏ん張っていても一発一発命中する毎に吹っ飛ばされそうになる。

「はあぁっ……!」

 タカシの直ぐ斜め後ろに居たレツが力を集中する。が、弾丸の嵐に見舞われ堪えきれずに後ろに転がっていく。

「うわあぁ〜」

(あんの馬鹿!体勢を保てないなら攻撃なんかしようとするな!)

 視界の隅と耳でレツの様子を捉えながらタカシは心の中で毒づいた。頼むからこの程度で障壁の集中を解くなよ、と願いながら。

 その間に黒の剣達は飛び退きながら此方に爆弾を投げ込んでくる。

(ちぃっ!吹き飛ばされる!)

 タカシが自分達の方に飛んでくる爆弾に気付いて衝撃に備えたときフウカが一歩前に出た。

「はっ!」

 大きくはないが鋭い気合いと共に右手を左から右へ、ワンテンポ遅らせて左手を下から上へ流れるように振る。

 ぽんっ! とコミカルな音を立てて爆弾が跳ね返っていく。

 爆弾は放物線を描きながら自分達から遠ざかり少ししたあと激しい爆発音と共に空中で爆発した。が、フウカの起こした突風で殆ど爆風が此方に来ない。

(爆風までキャンセルするとはね……)

 あの小憎たらしいソウの奴が太鼓判を押すわけだ。タカシはフウカの戦う姿を見たことがなかったが、今の反応速度・技量を見て実戦経験の豊富さを感じた。

「もう一人の方を抑えます、あとはお任せします」

 爆発の余韻も過ぎぬ間にフウカの細い声がやけにはっきりとタカシ達の耳に届いた。その時には既にフウカがヤストモとは違う小柄な——といってもヤストモが大柄なだけだが——黒の剣へと突っ込んでいく。

「ちょっ、まっ」

「フウカちゃん!」

 タカシの制止の声を遮ってトモキが声を上げ、フウカの後を追っていく。

「おいっ!こらっ!」

 フウカ、トモキ二人の動きに応じて黒の剣達が迎え撃つ体制を取る。同時に破邪の剣を背負った黒鎧姿が更に二人森から出て来る。

「くそっ!何奴もこいつも勝手に動きやがって!ヤストモは俺が引き受けた、キョウコ後を頼む」

「あいよ〜」

 軽い声でキョウコが応じた。

 

 

 気軽に答えるキョウコだったが声や顔は笑っていない。状況は楽観できるものではないのだ。それに先程から遠距離攻撃は全て銃弾で光学兵器ではない。光学兵器は厄介だが防ぐことさえ出来れば問題はない、しかし実弾は防いでも衝撃が来る。つまり防がれること前提で撃ってきているということだ。それは強能力者との戦いをよく分かっている証拠でかなり手強い相手と考えるべきだろう。

「レツちゃん、ちゃんとキャンセルしなさいよ?」

「え?」

 キョウコが自分の後ろで懲りずにまたチャージしているレツに声をかける。レツは意味が分からず間抜けな声を上げているが構っていられない。能力者なら本能的に防げることなのだから。

 自分を中心にこの広場とその周辺の森までの重力を増幅する。体に掛かる負荷と共にズンという音、というより震動が辺りに響く。ばきばきと周囲の森の中からも音がする。レツは崩れ落ちながらも慌てて重力の影響をキャンセルしたようだ。他のメンバーに至っては全く問題ない。しかし黒の剣達はそういうわけにいかないだろう。

 見ると森から出てきた方の黒の剣が一人は倒れ、一人が剣を地面に突き立てて膝を着いていた。走っている途中に急激な重力変化に見舞われ体勢を崩したのだ。しかし破邪の剣の宝玉が光を放ち起動すると力場でその効果をキャンセルし始める。

「ミズキちゃんいつまで呆けてるの!しっかりなさい!」

「誰が呆けてるってぇえぇー!?」

 

 

 キョウコの叱咤の声に弾かれたようにミズキが叫ぶ、それは自らを鼓舞するためのものであった。叫びながら両手を高く掲げて一気に振り下ろす。彗星のようなものが起き上がろうとしている黒の剣に向かって白い尾を引き飛んでいく。

 膝をついていた黒の剣が立ち上がり彗星を剣の力場で受け止めようと構える。が、彗星は男の少し手前の地面に炸裂し冷気をまき散らした。当然噴出した冷気は剣の力場で遮られて相手には届かないが、大地ごと黒の剣達の足を凍り付かせた。

「レツ君!」

 狙ったとおりに黒の剣の動きを封じたミズキがレツにとどめを促すがレツはなかなか動こうとしない。間接的に凍らせただけだ、相手が止まっているのは保って数秒しかない。実際、黒の剣達は凍った地面を叩き割って脱出しようとしている。焦りながらミズキが今度はレツの方を振り向きながら再度促す。

「レツ君、早く!」

 見ればレツはチャージを終えている状態にあるにも関わらず力を解放出来ずにいる。動けない相手に向かって力を解放するという行為が『自分は人殺しをする』という事実をレツに突きつけているのだ。

(そうだよね……躊躇するよね……)

 ミズキは意を決して凍り付いた地面から脱して此方に向かってくる黒の剣達の方へと駆けていった。

 

 

 そんなレツにキョウコが声を掛ける。いつもの悪戯っぽい笑みも一寸間延びした口調もそこにはなかった。

「レツちゃん、貴方いったい何のために此処にいるの?王国に抗って生きるということはこういうことなのよ。みんなは私達の村を守るために戦っている、貴方がやらなくても他の誰かがやらなくてはいけない。そして代わりに他の誰かが殺したからといって貴方に人殺しの罪が無いわけではないのよ、あの村で生活する限りは……。それに耐えられないなら村を出て生きなさい」

 キョウコは村の創設メンバーの一人だった。シロウを含む他の数名で始めた能力者だけの国づくり。しかし王国が認めるわけもなく何度も弾圧にあった。その度にキョウコ達は村を守るために戦い、時には土地を捨てて生き延びてきたのだ。

 キョウコだって戦いは好きではない。しかし自分たちの命と尊厳を守るためには戦う者が必要だった。それがたまたま能力の強い自分だっただけだ。能力の強い者は戦い、弱い者は他のことで頑張った。あの村に住む限り何も背負わずにぬくぬくと生きていくことは許されないことなのだ。

「貴方の人生は貴方のものよ、自分で考えて自分で選んで自分で責任を持ちなさい。私はミズキちゃんを死なせたくないからもう行くわ」

 項垂れたままのレツの横を通り過ぎてミズキの方へとキョウコは歩き始める。後ろでレツが身じろぎする気配を感じたが振り返らずそのまま進んでいった。

 その時、最後尾に居たキョウコとレツの横から突然一人の黒の剣が現れ襲いかかる。どうやら広場を囲む森の中を進み奇襲を掛けてきたようだ。異変を察知してキョウコが其方を向いた時、目に映ったのは破邪の剣を振り上げ飛び掛かってくる黒の剣の姿だった。剣はそのままキョウコの頭へ振り下ろされる。

「きょ……!?」

 キョウコの少し後ろに居たレツが気付いた時には声を上げる暇も無かった。破邪の剣が正確にキョウコの額を捉える。

 じぃん! という音と共にその力場の剣が動きを止める。キョウコの障壁が黒の剣の全体重を掛けた一撃を真正面から受け止めたのだ。

「ご苦労様」

 ぽつりとキョウコが呟くとキョウコの周辺の地面が黒の剣ごと陥没する。

「ぬあぁあぁあぁー!?」

 黒の剣の気合いとも断末魔ともつかない声と共に破邪の剣の宝玉が一際光を放つ。

 ……かしっ という音と共にその宝玉が負荷に耐えきれず割れた瞬間、黒の剣は重力によって人の形が分からない程押し潰された。奇襲されてからこの間キョウコがした動きはは相手の方に顔を向けただけだ。

(確か相手は六人……これであと五人。タカシちゃんの相手が一人、フウカちゃんの相手が一人、ミズキちゃんの相手が二人)

 キョウコが状況を確認しながら再びミズキの方へと進もうとすると銃弾がその行く手を阻んだ。

(そうはさせない、か。最後の一人がこの狙撃手ね)

 もちろん障壁が弾き返してくれるがこれで思うように前に進めなくなった。

 キョウコは焦る気持ちを抑えながらわざと自分を中心に発生させている重力の影響の一部を受け入れ、見かけの体重を増やして吹き飛ばされないようにしながらじりじりと前に進んでゆく。

 

 

 トモキがフウカに追いついたときには既に黒球を持つもう一人の黒の剣との戦闘は始まっていた。真空波、衝撃波を全て黒球と剣の力場で弾き返し速度を落とすことなく黒の剣がフウカに追いすがる。

 トモキは雷撃を放とうとするがフウカが近過ぎて巻き込む恐れがある。

「フウカちゃん離れてっ!」

 しかし両者の距離は縮むことはあっても開くことはなかった。風を纏った時のフウカは村で一、二を争う速度を誇る。決してフウカが遅いわけではない、相手が速いのだ。

(これは、僕では入り込む隙がない……)

 恐らく自分では二人の動きについていけないとトモキが認めざるを得ないほど二人の攻防は速かった。

 フウカが後ろに跳びながら衝撃波を放つ、同時に急に方向を変えて横に跳ぶ。しかし黒の剣はフウカを目で追いつつ衝撃波を剣で叩き落とし、体が沈んだところでフウカに合わせて横に跳ぶ。信じられないほど深い踏み込みでフウカに追い付いてしまう。そのまま打ち下ろしていた剣を返し、跳ね上げるように振り上げる。

 斜め下より首を刈るように飛んでくる剣をフウカはしゃがんで避けながら後掃腿で足を払いにいく。続けて、後掃腿をジャンプして避けた相手を狙い更にそのまま回転しながら立ち上がりつつ両手で真空の斬撃を叩き込む。

 じぃん!じぃん! しかし異なる高さで至近距離から飛来する真空波さえ黒の剣は重心を支点に剣の角度を変えて両方とも素早く受け止めてみせた。

 と、黒の剣と黒球が異なる方向に吹っ飛ぶ。フウカは回転しながらの手刀だけでなく続けて回し蹴りも放っていたのだ、御丁寧に二発目は飛び後ろ回し蹴りだった。

(脚で?脚でも能力が使えるの?フウカちゃん)

 フウカは風使いだ。恐らく圧縮された空気で弾き飛ばしたのだろうが脚に能力を集中させていることにトモキは驚いた。道理でさっきから黒の剣はフウカの蹴りまで避けているわけだ。

 フウカの攻撃の手はまだ休まらない。着地する前にも衝撃波と突風を両手から一つずつ放ち、吹っ飛んでいく黒の剣へ追い打ちを掛けていた。

 全てが力の無駄なく美しく流れるような動き。舞うように戦うとはこういうことを言うのだろう。

 と、トモキはフウカの動きに見とれていたことに気が付き慌てて自分も黒の剣へ集雷弾を放つ。

 これは着弾と共に電撃を撒き散らし、辺りを電撃の渦へと変える。筈だったのだが例の黒球に触れると ぱじゅっ という音と共に消滅してしまった。

(具現化前に潰されている……?)

 戦闘開始時に放った電撃が防がれたため防ぎようのない攻撃をしたつもりだったが、どうやら読みが外れたようだ。

(能力を無効化している?いや、既に具現化しているタカシ君の攻撃を真正面から受け止めたのだからそれも違う。だいたい、だからとても丈夫な球かと思ったわけだし。ということは……エネルギーの吸収かな?)

 トモキが黒球の性質を分析していると突然フウカの声が耳元に届く。

「いったい何しに来たんですか?この黒の剣は私が抑えると言った筈です」

 相変わらずフウカと黒の剣は辺りを跳び回りながら戦っている。返事が届くのか疑問に思いながらもトモキは言い訳をする。

「え、あ、いや、この人強そうだしちょっと心配で……二人で協力して戦おうと思って」

 前半は本当、後半は半分嘘だった。トモキは本当にフウカのことが心配で思わず追いかけてしまっただけで深い考えなどなかった。

「心配するならミズキさんのことを心配したら如何ですか!?」

「え?」

 フウカが珍しく語調を荒げたことに少し驚いた。

 表情が分かる程度に近くにフウカが着地した拍子にフウカと一瞬目が合う。いつも通りの無表情。しかし何となく怒っているようにこの時トモキは感じた。

「レツさんの様子がおかしいです。それをカバーするためにミズキさんが黒の剣二人を相手しています」

「え!?」

 見ると確かにミズキが破邪の剣を持つ二人の黒の剣を相手にしているのが目に入った。傍目に見てもはっきり言って分が悪い。あれでは冷気を障害にして逃げ回っているだけだ。

「タカシさんはヤストモで手一杯です。キョウコさんは森からの銃撃で身動きが取れない様です」

 と、フウカがこちらに向けて手を振り下ろすと目の前を何かが通ったのが空気の震動で分かった。

「私の援護も限界があります、貴方が行かなくてどうするんですか?」

 先程の何かは圧縮された空気だったようだ。ミズキを追い詰めようとしていた黒の剣が横に吹っ飛んでいく。トモキは内心舌を巻いた。

 つまりフウカは黒の剣とあれだけの攻防を繰り広げながらメンバー全員の状況を把握し、ミズキの援護までしているのだ。

 これだけのことをやって見せられてはフウカの言葉に従うしかない。トモキはミズキの応援に向うことにした。

「気をつけてね、フウカちゃん」

 相変わらず辺りを飛び回っているフウカの耳にトモキの声は届いたのか届かなかったのか、答えは返ってこなかった。

 

 

 地面に冷気の固まりを置いて逃げる。迫り来る黒の剣の攻撃をかいくぐりながらまた一つ。続いて自分を中心に辺りの空気を一気に冷却して霧を発生させ目眩しにする。

 霧から出たところでまた一つセット。その時、霧を切り裂いて黒の剣が現れる。

 斬撃を避けながら凍結弾を放つが刀身で受け止められる。しかしそれでも構わない、辺りを凍結させて霧に包み足場を凍結させることで足止めになる。更に一つセットして移動する。地面にセットされた冷気の塊で辺りに霧が発生し、膝より下が覆われ見難くなってきた。もし冷気の塊を直接踏もうものなら地面ごと足を凍り付かされる。つまりミズキは冷気の地雷原を作製しているのだ。

(なかなか引っ掛かってくれない。もう少し範囲を広げようか?)

 黒の剣二人を同時に相手するのは無謀だ。相手が連携を取り難い様に足場と視界を悪くしつつ罠を張るこの作戦ぐらいしか互する手段が思いつかない。お陰で思う様に相手も手を出せない様だがミズキにも余裕があるわけではない。

 片方の黒の剣が此方に手投げ弾を放り投げてくる。

(ちょっと!)

 もう一人の黒の剣の位置を確認しながら飛び退り、耳を塞ぎつつ地面に伏せる。思った程の威力ではなかったが爆風で霧が吹き飛んだ。そこを狙って黒の剣二人が突っ込んでくる。

(くのぉっ!)

 後ろを振り返りつつ凍結弾を前の黒の剣に放ち後ろの黒の剣を視界に入れる。もう一人の黒の剣が真後ろからミズキに襲いかかる。既に振り上げられていた破邪の剣はもう除けられない。僅かな時間は一瞬後に来るであろう一撃を受け止める覚悟に使った。

(耐えて頂戴よ、あたしの障壁!)

 ぎじぃ! 右手に集中させた障壁は鈍い悲鳴を上げながらもなんとか一撃に耐えてくれた。が、本当にぎりぎりだったようで弾き返すことも出来ない。

(後ろの気配が!)

 苦し紛れに放った凍結弾を防いだのであろう黒の剣の殺気が後ろで膨れ上がる。が、ミズキは正面から未だに押付けられている破邪の剣の圧力ですら防ぐのが精一杯で身動きが取れない。

(駄目、殺される!)

 振り向くことさえ出来ずに半ば死を覚悟した時、空気の唸る音と共に後ろの殺気が消える。

(!?……何?)

 しかし今のミズキには訝しく思う間もない。じりじりと圧力に押されて姿勢が低くなってゆく。じわじわと障壁が削られ、遂に膝を着いてしまった時に障壁を貫かれて破邪の剣がその身に触れる。と、その圧倒的な力場に骨が軋み砕けた。

「ぐ、ぎ、ああっ!」

 痛みに堪らずミズキが悲鳴を上げた時、目の前の黒の剣の注意が横に逸れ電撃を伴った一撃に吹き飛ばされる。否、正確には飛び退いたというべきだろう。

「ミズキちゃん!」

(トモキ……?)

 声からトモキが助けに来たことを知り、不覚にもミズキは気が抜けて後ろに倒れてしまった。

「があっ!」

 倒れた衝撃で砕けた右手と右肩に激痛が走り半分気を失いそうになりながらも顔を上げるとトモキが自分と黒の剣の間に割って入っていた。

「ミズキちゃん!?くそっ、君達女性になんてことを!絶対に許さないぞ!!」

 ミズキが怪我したことによって自称フェミニストのトモキがキレた。無謀にもミズキの側を離れることなく二人の黒の剣を相手にする。

 近い方の黒の剣にトモキの左手から強烈な雷撃が次々と突き刺さる。その衝撃と圧力に黒の剣が少しずつ後退していく。しかしこの程度では破邪の剣の防御を貫くこともまた出来ない。

 同時に右手には徐々にその輝きを増す光の塊のようなもの。それが突然消えたかと思うと此方に駆け寄ってきていた遠方の黒の剣にめり込んでいた。

 油断していたのか、またはその速度に反応出来なかったか破邪の剣の刀身——といっても実際に刃がある訳ではないが——ではなくそこから発生する防御フィールドでしか受けていない。一瞬のタイムラグを置いてフィールドを貫かれ ばしぃ! という音と共に黒の剣が吹っ飛んだ。

 この間もずっともう一人の黒の剣には雷撃を放ちっぱなしである。トモキは黒の剣二人を相手に互角以上の戦いをしているが全く後のことを考えていない戦い方だった。

 再びトモキの右手に光が灯り始める。が、明らかに最初よりも塊が成長する速度が遅い。能力を開放し続けて消耗してきているのだ。

(馬鹿トモキ!)

 トモキの無茶な戦い方にミズキは心の中で罵声を上げた。能力は体力も削るがそれ以上に脳に負担が掛かる。特に今のトモキのように全力に近い状態で連続使用していると相当辛い筈だ。実際、限界を超えると死ぬか良くても廃人になる。

 再び光の塊が消え、よろよろと立ち上がった黒の剣へ突き刺さるが今度は刀身で受け止められてしまう。しかし最初のダメージが残っているためか支え切れずに再度吹っ飛んだ。

 それでも黒の剣はやはり立ち上がってくる。その様子を見てまたトモキが右手に能力を集中する。

(アホ!バカ!間抜け!単細胞!君は死にたいのか!?)

 倒れている場合ではない。心の中でトモキに悪態をつきながら何とかしなくてはと痛みをこらえて起き上がろうとする。その時目に入ったのは自分の設置した数十個の冷気地雷に囲まれている黒の剣の姿だった。

(チャンス!)

 予定の手順と違うが迷わず能力を開放する。黒の剣を囲む冷気の塊が一斉に開放され辺りごと黒の剣を凍りつかせる。今までと比べ物にならないその冷気により空気中の水分は霧を通り越して凍りつきダイヤモンドダストと化す。更に冷えて空気が収縮したため周りから空気が流れ込み風が巻き起こり、黒の剣を中心に白い渦となってその姿が覆い隠される。

「かあぁあぁっ!」

 黒の剣の気合いと共に白い渦の中から宝玉の緑色の光が漏れる。そこにトモキが三発目の雷球を放つ。今まで見えなかったその軌道が白い空間を切り裂くことでよく分かった。

 切り裂かれた先に宝玉を砕かれ凍りついていく黒の剣が垣間見えたが直ぐに白い空間に消えていった。

「あと一人……」

 壮絶な顔でぽつりとトモキが呟き自らが雷撃で動きを封じていた黒の剣へと向き直り四度右手を掲げた時、その黒の剣が極大の光の帯に飲み込まれた。

 光が消えた後には焼け落ちた黒の剣が残っていた。それを見届けたトモキもまた膝から崩れ落ちて倒れていった。

 

 

(ミズキさんが殺される……?)

 力なく項垂れたままだったレツはキョウコの言葉に顔を上げた。見るとミズキが二人の黒の剣相手に戦っている。

(戦わなくっちゃ……ミズキさんが危ない。立って戦わなくっちゃ)

 自分に言い聞かせながらふらふらと立ち上がったもののレツは何も出来ない。指先が冷えて全身が強張っている。一度染みついた恐怖は簡単には拭えそうもなかった。

 そうこうしているうちにミズキが二人の黒の剣に挟まれる。咄嗟に光線を放とうと構えるが手が震えて照準が合わず敵だけに当てる自信がない。いや、そう自分に言い訳しているだけかもしれない。と、黒の剣の一人が突然吹き飛ばされる。

 未だミズキの危機は去ったとは言えないが取り敢えず胸を撫下ろす。そんな自分に吐き気がした。

 刹那、じゃりっ! という音と共に自分の右から黒の剣が飛び出し慌てて顔を上げた時には既にキョウコの頭へと破邪の剣が振り下ろされた後だった。

 キョウコの名前を呼ぶ間すらなく破邪の剣がキョウコの額へ吸い込まれる。が、キョウコは目をつぶることもなく眼前の障壁で受け止め、労いの言葉と共に黒の剣を屠ってしまう。其処に自分とは違って一切の迷いは無い様に見えた。

 レツは目の前で繰り広げられたその余りの光景に言葉を失い、血の臭いに吐き気を抑えるので精一杯だった。そんなレツに目もくれずキョウコは歩いていく。レツは見捨てられたと思ったが、それも仕方ないと諦めた。

「う、うぅ……」

 ミズキの危機に動けない自分、キョウコの言葉……吐き気がするのは何も眼前で繰り広げられた黒の剣の無残な死や血の臭いだけが原因ではない。

(僕はいったい何のために此処に居るんだろう……戦うために来た筈なのに……皆の役に立ちたいのに……何故、僕は、こんなにも、弱い……)

 頭の中に父の言葉が甦る。あの人は言った、弱さは罪なのだと。では自分のように弱い者はどうすれば良いのか?弱者は生きる資格がないのか?その考えに反発し家出をしてから一年足らず。漸く見つけた安住の地と思ったこの村でこれほどその言葉に打ちのめされるとは……。

 と、再び銃弾の雨が自分やキョウコに降り注ぎ、レツの回想は中断された。銃弾の衝撃に耐えながら目に映ったのは倒れたミズキとミズキに代わって二人の黒の剣と攻防を繰り広げているトモキの姿だった。

(ミズキさんが死んだ!?)

 実際にはトモキが倒れたミズキから離れないことから分かるようにミズキは倒れているだけでまだ死んではいないのだが、今のレツにはそこ迄観察するだけの余裕はなかった。

(僕のせいだ。ミズキさんが、ミズキさんが……!!)

 自分が最初に能力を解放して入ればこんなことにはならなかったかもしれない。その後恐怖に体が竦まなければこんなことにはならなかったかもしれない。父から逃げた自分、殺しの罪から逃げた自分、恐怖から逃げた自分。自分はいつも逃げてばかりだ。

(その結果がこれか……)

 後悔、その言葉の本当の意味をレツは身を以て知った。後悔したことがない訳ではない。しかし悔やんでも仕方ない、そう分かっていても尚、悔やまずにはいられないことが世の中にはあるのだと知ったのは初めてだった。

 ぎぃん! と自分の障壁が音を立てると体が地面に叩付けられる。銃弾の衝撃に倒されたようだ。

(こんな時でも自分の身は守っているんだな僕は)

 自分の生への執着が可笑しく感じられいっそのこと障壁を解除した方が楽なんじゃないだろうかという考えが頭を擡げる。

「うぅ……うぷ……げはっげはっ」

 これだけ後悔してもまだ逃げようとしていた自分に気が付き、あまりの醜悪さに遂にレツは吐いてしまった。

(この上更に生きることからも逃げてどうするつもりなんだ僕は!)

 どんなに願っても時間は戻らない、と分かっていても願わずにはいられない、自分の罪を無かったことにしようとしても無くなることは無いと分かっているのに。

(罪……そう、ミズキさんが死んだのは僕のせいだ)

 地面に爪を立てて土を握りしめ、憤怒の形相で起き上がる。

 レツの目に一つの意志の光が灯る。

(太陽神様、もう過去を変えてくれなんて言いません。だからせめて未来を変える勇気を僕に下さい。もう二度と逃げたくないんです!)

 涙や鼻水や嘔吐物でぐちゃぐちゃの顔だが、レツは今までより遥かに強い意志の目をしていた。レツの重ねた両手に光が集まる。

(今、僕に出来ること。トモキさんを助ける!)

 と、突然片方の黒の剣が白い霧に包まれる。咄嗟にもう片方の黒の剣に照準を合わせる。

「光よ!」

 己を鼓舞する言霊と共に能力を開放する。自ら放った光の奔流に黒の剣が消えていくのが見えた。

 

 

 タカシはヤストモと戦い始めて直ぐ当初の自分の考えの甘さを再度痛感していた。一度目は最初の必殺であった筈の一撃を防がれたとき、そして二度目が今だった。一人で複数の黒の剣を相手するつもりだったがそれどころではない。タカシはヤストモ一人に防戦一方だった。そんなタカシに構えを解かずそのままヤストモが問うてくる。

「かなりの使い手だな、強能力者と呼ぶに相応しい。何故王国に従わん?」

 その無遠慮な問いに思わずタカシが声を荒げる。

「何故あんな王国に従う必要がある!!」

「誰もが皆王国の庇護の元に生きているからだ」

 一方ヤストモはそんなタカシにも涼しい声で即答した。一分の疑いも抱いていない、そういう声だった。それが益々タカシの癇に障る。

「庇護?差別を庇護と言うのか?王国では」

「差別ではない、区別だ」

「詭弁だな」

 過去に都に住んでいたタカシは吐き捨てるように言った。王国の定めた法律では能力者の権利は著しく制限されている。例えば殆どの能力者はまともに教育を受ける事も出来ないし、能力の種類によって就くことの出来る職業も限定されていた。非能力者達はそれを適材適所と言っていたが納得出来る訳が無い。

「この世界が何故安定していると思う。王国が適切にバランスと取っているからだ」

「そんなもの頼んだ覚えは無いな!」

「まるで子供だな、話にならん」

 言うが早いか再びヤストモが突っ込んでくる。

「うるせぇっ!」

 タカシは右腕を振り今日何度目か分からない火球を放つ。するとタカシとヤストモの間に黒球が割り込み受け止める。火球が炸裂し周りに炎をまき散らす。その炎を切り裂いてヤストモが現れ破邪の剣を袈裟切りに振り下ろしてくる。

(くそっ!足止めにすらならねぇ)

 辛うじてかわしながら至近距離で両手から同時に二つの火球を放つ。が、一つを黒球に、もう一つをヤストモの返す剣で潰されたのが炎に視界を塞がれる前に見えた。炸裂した後の炎程度では破邪の剣から発する防御フィールドを貫くことは到底出来ない。

(次は熱線二つを叩き込む!)

 炎の渦巻く中、更に後退しながらヤストモの出現を待つ。予想通り一秒も待たない間にヤストモが炎を切り裂いてこちらに来る。

「てぇえぃ!」

 タカシの両手から放たれた不可視の熱線は ぱしゅっ! という小さな音と共にやはり二つとも受け止められる。

 先程から何度も同じ様なことを繰り返しているのである程度予想も出来たがそれでも心の中で毒づいてしまう。

(くそっ!熱線では速度すら落とさないぞこいつ。大体何で見えないものをこうも正確に受け止めれるんだ!)

 タカシに追い付いたヤストモが胴を薙ぐ。これは避けきれないと判断したタカシは障壁を右腕に集中し剣の力場を受け止める。じぃんという音を聴きながらはじき返すことに成功するが自分も威力に押され横に飛ばされそうになる。

 横に流れた体勢を立て直そうとはせずに軸足に反対の足を交差させる様に踏み込む。そこから捻られた様になった足を元に戻すように体ごと反転して炎を纏わせた左手のバックブローをヤストモの顔面に叩き込む。

 どがぁ! という音と共に炎が炸裂するが命中していたのはヤストモの顔ではなく黒球だった。

「邪魔だぁっ!」

 思わず叫びながら異様に重い黒球を押し退けそのままの勢いで右手でフックを放つ。もちろん集中させた炎を纏わせて。

 かっ! という音とも光ともつかない衝撃。明らかに今までの威力を上回る白い炎が辺りを埋めるが今度はヤストモの剣にぎりぎり防がれた。一撃目を黒球に防がれたため、ヤストモが弾かれた剣を戻す方が僅かに早かった。

(ちぃっ!こいつっ!!)

 剣の防御フィールド程度なら十分貫く威力の筈だが流石に力場の集中する刀身にあたる部分ではそうもいかなかったようだ。ヤストモを後ろに吹き飛ばしたが炎自体は防がれている。

 追い打ちをかけようにもヤストモが吹き飛びながらも数個の爆弾をばら撒いたため爆風を避けるので精一杯だった。

 舞い上がった砂煙が風で流れた頃にはヤストモはいつも通り剣を構えていた。

(……これでまた振り出しだ。皆は無事か?くそっ、一人に手間取っている場合じゃないってぇのに)

 タカシがヤストモを倒せないことに焦りを覚え始めた時、横から強烈な光が差した。思わず視線を其方に向けると倒れたミズキと崩れ落ちるトモキが目に入った。

「ミズキ!?、トモキ!!」

 一瞬意識がヤストモから逸れたことを自覚し、慌てて目線を戻した時にはもう手遅れだった。

(ミスった!)

 ぎぃん! ヤストモの渾身の胴切りをまともに受けてしまう。障壁を貫かれることは無かったが怪力に体ごと持っていかれ息が詰まる。更に着地する間も無く背中を強打されて地面に叩付けられる。咄嗟に相手の攻撃を予測し障壁を集中させたため防げたが、能力と勘に優れたタカシで無ければ間違いなく殺されている。

 三撃目を何とか躱すべく顔を上げた時ヤストモに放電を伴った光の槍が突き刺さるのが見えた。

(プラズマレーザー!!)

 そしてそれをタカシの時と同じく黒球で防いで身を引いたヤストモの前に一人の男が立塞がった。

「はっはっはっ待たせたなタカシ君!この天才が来たからにはもう安心だ」

 これでタカシは二人の助っ人が誰か分かった。立ち上がって砂を払いながら後ろも見ずに礼を言う。

「じじぃ、遅ぇぞ、だが助かった」

「いや、何、構わんて」

 じじぃと呼ばれたのは紺の作務衣を着た初老の男、キヨマサだった。プラズマレーザーを使えるのは自分以外にはキヨマサしかタカシは知らない。

「うぬぅ!?永遠のライバルであるこの僕には礼は無しか?」

「てめぇは何もしてねぇだろ!」

 そしてもう一人、触れたくなかったのだが思わずタカシが怒鳴り返したのは先程割って入ってきた自称天才だ。名前はユウタロウ。この戦いの場にあって白い夏服の詰襟軍服に何故か白マントという出で立ちがこの男の全てを物語っている。これほどの阿呆もタカシは知らない。

 いつも通り下らない反論してくるかと思いきやマントを翻しながらユウタロウが眼前から突然飛び退く。

「!?」

 目の前にヤストモの破邪の剣。ぎじっ! 咄嗟に両手で庇ったものの力負けしてタカシは再び地面に転がされた。ユウタロウとキヨマサがサポートに入り追撃を防ぐ。

「タカシ君、あの程度の攻撃を避けれないようでは僕のライバルを名乗る資格はないぞ」

(おまえが邪魔で見えなかったんだよ!)

 背中を打って息が詰まっているため声に出すことが出来ず心の中で毒づいた。

「君の実力がこの程度だったなんて残念だよ」

 心底残念そうな声と表情がむかつくがこの阿呆に構っている場合ではない。さっき倒される前に見た光景ではミズキとトモキが倒れていた筈だ。慌てて周りを見渡すと倒れた二人を右手と左手にそれぞれ持っているキョウコと目が合った。キョウコが村の方へ顎をしゃくる。無重力状態で持ち上げて村に連れて帰るつもりらしい。

(死んだ訳ではなさそうだな)

 この戦いの最中にわざわざ連れて帰るということは少なくとも二人ともまだ生きているということだ。逆に言えば今すぐ連れて帰らなくては危ないということでもあるのだが……。

 あの二人に関して自分が出来ることはもう無い。後のことはキョウコに任せるしかないだろう。タカシはキョウコに頷いて自分は戦いに集中することにした。

「おいユウタロウ、あいつを食い止めろ。じじぃ、ちょっと手を貸せ」

「やれやれ、それが人にものを頼む態度なのかい?まあ僕は心が広いからその程度では怒ったりしないがね。食い止めるなんてセコイことをせずに倒して見せよう。この天才に任せておきなさい」

「いちいち科白が長いんだよお前は。とっとと手伝え!」

一言一言に煩いぐらい身振り手振りをしながら悠長に喋るユウタロウに思わず毒づいてしまう。因にタカシとユウタロウが言い争っている間一人でキヨマサがヤストモを食い止めていたりする。

「ふっ、これだから凡人は困る。心にゆとりが無い証拠だね。急いては事を仕損じるって言うじゃないか。だいたい助けてもらっておいてだね、その言い草はないんじゃないかい?」

「だ・か・ら・お前は未だ何もしてないだろ!?」

 レーザーを撃ったのも今ヤストモと戦っているのもキヨマサだ。そう、ユウタロウは此処に到着してから特に何もしていない。強いて言えばヤストモとタカシの間に割って入っただけだった。

「二人とも、まだかのぉ?」

「…………すまん」

「…………申し訳ない」

 ヤストモの攻撃を食い止めてくれている待ちくたびれた年配の一言に素直に謝る二人だった。

「降り注げ雷!食らえ炎の槍!大気よヤツを切り刻め!」

 キヨマサと交代したユウタロウがヤストモに言葉通りの攻撃を立て続けに放つ。普通の能力者と違いユウタロウは様々な能力をミズキやトモキ達と変わらないレベルで使える特異な能力者だった。そういう意味では本人の言うように彼は天才と呼べるかもしれない。

 が、悉く黒球と防御フィールドに防がれ逆にヤストモの一撃をまともに受けてユウタロウはタカシの方に吹っ飛んでくる。まあ、障壁を貫かれなかっただけマシだろう。

「痛てぇな!少しの間食い止めることも出来ないのかお前は」

 タカシは自分の上にのし掛かっているユウタロウに毒づいた。もちろんお互い障壁を張ってはいるが障壁同士が接触した時対消滅してしまったためまともにぶつかったのだった。

「タカシ君、あいつ強いぞ?」

「んなことは分かっている!」

「どうだろう?ここは一つ普段の啀み合いは忘れて協力一致団結して共にあいつを食い止めるというのは」

「食い止めるどころか一人で倒すんじゃなかったのか?それより重いからさっさと退けよ!」

「そんな遠い過去のことは忘れたな……」

「ついさっきのことじゃねぇか!」

「どっちでもいいから手伝ってくれんかのぉ?」

 二人が言い争っている間やっぱり一人で食い止めているキヨマサだった。

(ミズキ、トモキがやられてキョウコが戦線離脱。レツは狙撃手に足止めされている。フウカはもう一人を押さえてくれてはいるがいつまで保つかどうか……)

 黒の剣の人数も減っているが気を抜ける状況ではない。この均衡を崩すにはヤストモを一刻も早く倒すことが得策だろう。

(普通に三人掛かりでも倒せるかもしれんが長引くと拙い。やはりこいつに頑張ってもらうしかないか)

 稀に飛んでくる銃弾を防ぎながらキョウコがトモキとミズキを支えて村へ引いていく、その姿をタカシは指差しユウタロウに声を掛ける。

「あれを見ろ。ミズキが殺られた。やったのはこいつだ。敵を取りたいと思わないか?」

 嘘だった。ミズキを倒したのは別の黒の剣であるし、そもそもミズキは未だ死んでいない筈だ。

「何!?僕のミズキ君を!きっさまー許さん!!」

 ユウタロウの怒りの叫びが辺りに木霊する。

(誰がお前のだ、誰が)

 と心の中で突っ込んだのはタカシだけではなかった筈だ。ともあれユウタロウを鼓舞するには十分だったようでユウタロウの攻撃が再開される。今度は互角に戦ってくれそうだ。その様子を見てタカシがキヨマサに声を掛ける。

「じじぃ、今のうちにもう一度だ」

「今度こそ本当じゃろうなぁ?もうわしゃ厭じゃぞ、一人であいつの相手は」

 キヨマサの方を見るとかなり疲れた様子で心無しかぼろぼろだった。先程大分やられたらしい。

(……すまん)

 タカシは心の中でキヨマサに手を合わせた。

 

 

 何度か攻防を繰り返して目の前の相手の力量をユウタロウは思い知った。スピード、パワー、スキル、装備とも申し分ない。力押しだけで勝てるような相手ではなかった。形振りなど構っていられない、兎に角全力で倒すのみ。

「凍りつけ!」

 凍結弾を叩き込んでユウタロウが相手に突っ込んでいった。ヤストモも撒散らされる冷気をものともせずに進んでくる。両者が至近距離まで近づいた時ユウタロウが叫ぶ。

「潰れろ!」

 自分の周囲に発生した重力場でヤストモもろとも地面が陥没する。相手の防御フィールドごと押し潰すぐらいのつもりで全力を叩き込んだがそれが通用するほど甘くない。しかし一瞬相手の動きを止めることには成功した。その隙に突っ込んだ勢いを殺さずにヤストモに殴り掛かる。と、黒球が割って入ってきた。

「吹き飛べ!」

 目標を切り替え黒球を風の拳で吹き飛ばす。その頃には宝玉が光り輝きヤストモも重力の影響を完全にキャンセルしていた。破邪の剣が下から切り上げられる。

 生半可な相手ではない事は既に分かっている。しかしユウタロウは差し違えてでもこの黒の剣を倒すつもりだった。それ以外に自分がミズキにしてやれる事は無いのだから。

(意地でも躱す!)

 障壁に攻撃が触れて体勢を崩されることを嫌い、自ら障壁を消してその太刀筋を紙一重で躱す。再び障壁を身に纏い破邪の剣の防御フィールドと対消滅させながらがら空きになったヤストモの胴へ右手を突き出し能力を開放する。

「貫け!」

 掌から白光が放たれるがヤストモに当たることはなかった。突然その巨体が眼前から消えたのだ。

(右!?)

 残像を追って視線を向けると破邪の剣を振り上げたまま光線を躱したヤストモが今度はその剣を振り下ろすところだった。殆ど無意識に頭上に障壁を集中させた左拳を振り上げる。障壁を纏った拳と刀身が衝突する。

 ごがっ! 幾らか威力は殺したもののそのまま叩き伏せられる。衝撃で壊れたか左腕が動かない。それでも地面を転がって逃げようとしたところを足で踏まれて阻止された。

(むぅ!?僕を足蹴にするとは、許さん!!)

 周りの重力を一瞬でゼロにして右手だけで起き上がり踏んでいるヤストモを跳ね飛ばした。起き上がった拍子に半身に激痛が走るが痛む左腕は無視だ、右手に能力を集中する。

 その空中に浮いたヤストモにプラズマレーザーが二つ突き刺さる。勿論タカシとキヨマサがそれぞれチャージして同時に放ったものだった。

 一つは三度黒球に遮られたがもう一方は今度こそレーザーを受け止めた破邪の剣の刀身ごとヤストモを貫いた。宝玉が砕けた破邪の剣を取り落としながらヤストモの巨体が落下していく。その姿はスローモーションのようにゆっくりと感じた。

「……流石に決まったな」

「打ち取ったり!」

 全く同じ姿勢でプラズマレーザーを放った炎の能力者二人が勝利宣言している。ポーズまで同じだ。まあ、あの二人は師弟みたいなものだから動きが同じなのは当たり前ではある。

 しかしユウタロウは喜ぶ気にはなれなかった。我が未来の妻ミズキが死んだのだ。痛めた左腕を押さえながらゆっくりと立ち上がり土を払う。

「ミズキ君、敵は討ったよ……君と僕は今日から一つ、安心して永遠に僕の胸の中で生き続けてくれ……」

 俯き胸に手を当てて涙しているその姿を半眼になりながらタカシとキヨマサが見ていた。

 

 

 黒の剣が離れていてもお互いに会話出来ることを知っていたフウカは敵方のリーダーの指令を傍受すべくヤストモの発言の一部始終に聞き耳を立てていた。これは自分の声を特定の人物にはっきりと届ける能力の使い方の応用だ。そのためフウカは黒の剣との戦闘中にも関わらずヤストモの最期の言葉を聞くことが出来た。

「世界神よ、彼らを許したまえ。王よ、申し訳ない」

(ヤストモ……心から王国に忠誠を誓っていたのですね)

 その内容は僅かの私心も無くこの世界のために王国に尽くしていたとフウカに感じさせるものだった。そう感じたのは自分にも忠誠を誓う存在があるからかも知れない。ただ、残念ながらヤストモ達とタカシ達の立場は相容れないこともまた事実と思われた。

(残りはこの男、確かヤストモはトモユキと呼んでいたかしら。かなり手強いけどヤストモを倒したタカシさん達なら勝てる筈)

 フウカとトモユキは今までお互いに決定打を放てずにいた。しかしそれは互角という意味ではなくフウカが守りに徹したからだ。

(隙在らば……と思ってはいましたが、とてもじゃなかったですね)

 相手を倒すのではなく端から足止めするつもりで居たから無事だっただけで、正直フウカはトモユキのスピードに押されていたし黒球と破邪の剣の防御を貫けるとは思えなかった。それは今でもそうだ。相手の動きを封じるために攻撃しているだけでダメージを与えれる訳ではなかった。

(でもそれももう終わり。この人はどうするのかしら?)

 少し興味を引かれて今度は目の前の敵に耳を澄ませる。しかしその内容はフウカを動揺させるに十分だった。

「そうか、見つけたか。では村を焼いて混乱に乗じて入手し撤退しろ」

(村を焼く!?)

 村にはソウが居る。しかし逆に言えば村にはソウしか居ない。他に黒の剣とまともに渡り合える人間は村へと向かっているキョウコを含めて此処に今居るメンバーだけだ。ソウ一人で村全体を守る事が果たして出来るだろうか?

(でも伏兵が居たの?確か相手は六人で……そうか!)

 六人揃っていると思い込んでいたが実際に見たのは五人だけだ。そう、狙撃手は未だ一度も姿を見せていない。これが人でないとしたら?

(不覚!私としたことが!!)

 フウカが見落としに気が付いたその時、村の方から木霊のような爆音が聞こえてきた。トモユキの言葉が今現実になろうとしているのだ。

「何だ!?」

 村の異変に気が付いて誰かが声を上げる。その誰かが分からない程フウカは動揺していた。

(ソウ様、どうか無理なさらないで!)

 たった一人であの広い村を守る事なんて不可能だ。それでもソウは村を守ろうとするだろう。ソウにもしもの事があるかもしれないと思うとフウカは気が気でなかった。

 フウカを含めてその場の全員に一瞬の隙が生まれた時トモユキはヤストモの傍に降り立ち目の前にいたユウタロウを薙払った。

「なあっ!?」

 慌ててガードしたものの為す術も無くユウタロウは吹き飛ばされた。トモユキはゆったりとした動きで足下に落ちていた黒球を拾い上げると言った。

「では私は失礼する。よもやヤストモを倒す者と相見えるとは思いも寄らなかった。君達の事は記憶に留めておこう」

「ざけんな!」

 タカシが腹立ち紛れに放った火球は黒球と破邪の剣の防御フィールドに阻まれ、トモユキに瞬きすらさせる事は無かった。代わりにと言う訳ではないだろうがトモユキが小さな黒い玉をばらまく。それが地面に落ちると辺りは真っ白な光に包まれた。

(しまった、閃光弾!)

 フウカは目を潰される事は無かったがそれでも一瞬視界を奪われたため音で周りの状況を把握しようと努めた。その時森の方から しゅご! という大きな音が立て続けに聞こえた。記憶を頼りにその正体に思い至って思わず声を上げる。

「これは……ミサイル!!」

 フウカの言葉にタカシ、キヨマサ、ユウタロウが口々に声を上げる。

「何だと!?」

「しもうたっ!」

「村か!」

 予想通りの物を視界に収めた時にはあまりにも距離が離れていた。炎は言うに及ばず衝撃波でもこの距離では着弾までにミサイルに追いつけない。

(ソウ様!!)

 フウカは心の中で悲鳴を上げた。

 諦めの悪いユウタロウが倒れたままの姿勢で苦し紛れに右手を突き出した時、光が上空を薙ぎ、ミサイルを全て撃破した。

 驚いて振り向くと四人に半分忘れられていた感のあったレツが両手を重ねた姿で立っていた。


 
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