第四十二話 ~ 竜使いの誕生 ~
【アヤメside】
【アヤメさん! 助けてください!】
そんな内容のメールがシリカから届いたのは、今から十分くらい前のことだった。
そのとき、最近買った第二十二層のプレイヤーホームで《アイテムブック》を見直していた俺は、一瞬頭が真っ白になって、すぐに行動を開始した。
メニューの《装備欄》から《セット装備》を選択して普段着から戦闘装備に一秒弱で着替え、可哀相と思いながらもお昼寝していたキュイを起こしてポケットに移し、それと同時進行で《転移結晶》をストレージから取り出したあと、「行ってきます」と一言告げてから家を飛び出す。
家を飛び出すと、すぐにフレンドリストを開いてシリカの現在位置を調べ、最寄りの街へ転移。
街に着けば、休む間もなく全力ダッシュでフィールドに出てシリカの元へと向かった。
最近では、犯罪者ギルドの行動が活発化してきているため、もしかしたら襲われたのかと思い気が気でなかった。
フレンドリストを開きっぱなしにして、シリカの名前が灰色になっていないことを逐一確認しながら、森林フィールドを疾走すること約八分。やや開けた場所に出たとき、俺はその姿を捉えた。……レアモンスター《フェザーリドラ》にすり寄られ、わたわたと慌てるシリカの姿を。
「シ……シリカ?」
「あっ! アヤメさん助けてください!」
その様子を呆然と見つめた俺は、状況を把握しシリカが犯罪者ギルドに襲われていないと分かると、深い深い安堵の溜め息と共にその場に座り込んだ。
そして、現在に至る――――
【シリカside】
「取り敢えず、状況説明。……まあ、大体分かるが」
何故か疲れた様子で地面に座り込み、無機質の中にジト目を含ませて私を見るアヤメさんに、私は首を傾げながらも言われた通り状況説明をした。
今日、《
そんなとき、目の前からペールブルーの羽毛に包まれた小竜がひゅーっと私に向かって飛んできた。
驚いた私は、短剣の柄に手を伸ばすが、小竜は敵対する様子を見せず友好的な態度を示した。
その様子が可愛くて、私はおやつに食べようと思っていたナッツをあげてみたら、それを美味しそうに食べ出した。
すると、視界にウィンドウが現れた。
【《フェザーリドラ》をテイムしました】
そのときになって、私はやっと今のが《テイムイベント》だったことに気付いたのだった。
「……シリカ、攻略のとき以外は結構ぬけてるよな」
「す、すみません……」
やや呆れたような口調のアヤメさんに、私は苦笑いを浮かべる。
やれやれと首を振り立ち上がったアヤメさんは、マントに着いた土を払うと、右手を腰に当ててもう一度溜め息をついた。
「まあ、危ない目にあっていた訳じゃなくて良かった。――――ところで、俺は何を助ければいいんだ?」
私と私にじゃれつくフェザーリドラを菖蒲色の瞳に収めたアヤメさんは、表情は変えずに首を傾げた。
「今は取り敢えず、この子に一旦離れるように言いつけたいんですけど、言うことを聞いてくれなくて……」
「《ビーストテイマー》の俺なら、何とかしてくれると思った、と」
「はい。ですから、よかったら……きゃっ!? だ、ダメ! 耳はダメだよ!? ひゃぅっ!?」
私の言葉の途中、フェザーリドラが私の耳に首を伸ばし、耳たぶの辺りをぺろりと舐めた。
今まで感じたことのないゾクリとした感覚が背筋に走り、私は思わず変な声を上げてしまう。
慌てて口を抑えるが、今の声は間違いなくアヤメさんに届いているはず。私は恥ずかしさで顔が熱くなっていくのを感じた。
「シリカ、《使い魔交信》スキルはセットしたか? まず、スキルをセットしないと言うことは聞いてくれないぞ?」
優しさからなのか、アヤメさんはそんなこと一切気にしていないように淡々と告げた。
「つ……《使い魔交信》スキルですか?」
「一度テイムに成功すれば、習得スキル一覧に追加されるはずだ」
アヤメさんに言われ、私はフェザーリドラに顔をペロペロ舐め回されながらウィンドウを開き、一覧に追加されていた《使い魔交信》スキルを選択してセットした。
そのとき、スロット限度数をオーバーしてしまったため、密かに上げていた《歌唱》スキルを消す。
すると、視界の隅っこにデフォルトされたフェザーリドラの顔と、三枚のペールブルーの羽根がアンテナのように表示された。
「新しいアイコンが追加されたか?」
「あ、はい……くっ、あはははっ!」
アヤメさんの確認に頷こうとしたとき、フェザーリドラが首筋に頭をこすりつけてきた。
フェザーリドラの柔らかい羽毛が首筋を撫で、くすぐったさを感じさせる。
「も…もう! 首…くすぐたいからダメ!」
「きゅる」
「ふぁれ……?」
心持ち強い声で言うと、さっきまで言うことを聞いてくれなかったフェザーリドラが、嘘みたいに素直に言うことを聞いた。
「それが《使い魔交信》スキル。アイコンの見方はケータイの電波アイコンと大体同じで、数が多い方が言うことを聞いてくれる確率が上がる」
「なるほど。……じゃあ、もしかして、《使い魔》から離れるほど本数が減るんですか?」
「その通り。冴えてるな」
「えへへ……」
アヤメさんに褒められちゃいました。
「あと、《使い魔》自身の機嫌に左右されることもある。現に、さっき無理やり起こしてきたから、キュイのが一つ減ってるんだ。……悪かったって」
「キュゥ……」
そう言いながら、アヤメさんは胸ポケットから顔を出すキュイちゃんの頭を撫でた。
「ちなみに、テイムしたモンスターの種類によってアイコンが違う形をしている。キュイは月の満ち欠けなんだけど、シリカはどうなってる?」
「この子と同じ色の羽根が三つ並んでますね」
「フェザーリドラは羽根なのか」
小さく呟くと、アヤメさんはストレージから羽根ペンとメモ帳を取り出し、すらすらと書き込んだ。
「情報提供ありがとう。さて、他に聞きたいことはあるか?」
「他に、ですか……」
私の周りを飛び回るフェザーリドラを眺めながら考える。
すると、アヤメさんにべったりなキュイちゃんの姿が思い浮かんだ。
「どうすれば、アヤメさんとキュイちゃんみたいに仲良くなれますか?」
「……何というか、シリカらしいな」
私の質問に、アヤメさんは一瞬面を食らったような顔をすると、すぐに柔和な笑みを浮かべる。
「でも、それの方法は人それぞれだから、自分で見つけなさい。……だよな?」
「キュィ」
しかし、すぐに意地悪げな笑みに変えると、質問の回答をぼかし、見せつけるようにキュイちゃんと視線を交わした。
「まあ、本当に大切な二つだけは教えてやる。まず、名前を決めてあげないとな」
「へ? ……ああっ! そうでした!」
アヤメさんに指摘され、とても大切な作業をしていないことに気が付いた。
表示されたウィンドウをズラし、一番奥にあった【名前を決めてください】と表示されたウィンドウを見えるようにする。
どんな名前にするか考えあぐねているうちに、フェザーリドラにじゃれつかれて後回しになっていたことをすっかり忘れていた。
「あの…参考までに、アヤメさんはどうやって名前を決めてるか教えてくれませんか?」
自分だけじゃいつまでたっても決められないと思った私は、自分で考えろと言われた手前、控えめに尋ねる。
するとアヤメさんは、「まあ、それぐらいなら」と呟いて目を閉じて思考をはじめた。
「……鳴き声」
「え?」
数秒後、目を開いたアヤメさんがぼそりと答えた。
「鳴き声だな」
「鳴き声……ですか?」
「ああ、鳴き声だ。……キュイ」
「キュィ」
「ほら」
「ほらと言われましても……」
思っていたよりも安直な決め方に驚いた私は、苦笑いを浮かべた。
それはともかく、アヤメさんの決め方でいくと、この子の名前は《きゅる》……?
「微妙……」
咄嗟に発音しにくいし、どうもしっくり来なかった。
「きゅるるるる」
私が頭を悩ませていると、フェザーリドラは小さくあくびをした。
気ままだなぁ、と思っていると、すぅーっと地面に向けて降りていき、私の脚に甘えるように頭をすり寄せた。
「……そうだ、《ピナ》にしよう」
それを見た瞬間、私は無意識に呟いていた。
「《ピナ》……?」
「はい。現実で飼ってるネコの名前なんですけど、その子もこうやって、眠くなると私の脚にすり寄って来るんです」
膝を折り、すり寄るピナを抱き上げながら、疑問符を浮かべるアヤメさんに答える。
「なるほどな。いい名前だと思うぞ」
「ホントですか!?」
アヤメさんのお墨付きを貰った私は、私はピナを抱きかかえたまま、右手だけ動かして【Pina】と入力して決定ボタンを押す。
「よろしくね、ピナ」
「きゅるるるる……」
ぎゅっと、私はうたた寝するピナを羽毛に顔をうずめるように抱き締める。
すると、現実世界のピナを抱き締めたときと同じ暖かさが伝わってきた。
「それじゃあ、もう一つ大切なことを教える。《使い魔》を《プログラム》と思うな」
「はい」
不可解に思えるアヤメさんの言葉に、私は自分でも驚くくらい素直に頷いた。
だって、この暖かさを感じた瞬間、私にはもう《生きている》としか思えなくなった。
そんな私に、アヤメさんは満足げに頷くと、私の頭にぽむっと手を置いて微笑んだ。
「テイムおめでとう、シリカ」
「ありがとうございますっ!」
そのあと、アヤメさんは「なんだか、二人を見てたらみんなと遊びたくなってきたな……」と呟き、キュイちゃんを胸の前に抱きしめながらプレイヤーホームに帰っていった。
二人っきりになった私は、太陽が沈むまでピナと遊んぶことにした。
遊ぶといっても、おもちゃの類が存在しないSAOでは、毛繕いをしたり、ナッツを食べさせたりするくらいしかやることは無いけれど、とっても有意義な時間だったと私は感じた。
「今日は、こっちの宿屋に泊まります……っと」
太陽はとっくに沈み、外に夜の帳が降りたころ、私はピナをテイムした層にある小さな村の宿屋に泊まることにした。
今はその旨を、多分、今頃私を心配しているだろうアスナさんに伝えるため、フレンドメールを送ったところだ。
「きゅるるる?」
すると、ベッドに腰掛ける私の隣でお行儀良く座っているピナが、私の顔を覗き込んできた。
アヤメさんみたいに、《使い魔》が今どんな気持ちなのかを理解するには遠く及ばないけど、これは疑問だと思う。
「今はね、私の友達のアスナさんって人にメールを送ったところだよ。明日、ピナにも紹介してあげるからね」
「きゅる」
言いながら喉元を撫でてあげると、ピナは気持ちよさそうに目を細めて満足げに鳴いた。
私がこっちに泊まった理由は、単にピナと二人で居たかっただけと、もう一つ、アスナさんやギルドのみんなを驚かせたい、というイタズラ心からだ。
「ふふ。楽しみだな~」
驚くみんなの姿を思い浮かべると、自然と笑みがこぼれ落ちた。
「うーん……でも、明日は大変になりそうだなぁ……」
明日はギルドでの迷宮区攻略があるので、時間がたっぷりあるわけでもない。
ギルドのみなさんには紹介できても、キリトさんやリズさん、サチさんに紹介できるかはちょっと微妙なところだった。
「きゅる」
「ありがとうピナ」
頭を悩ませる私に、ピナは心配そうに鳴きながらすり寄ってくる。
それを抱き締めた私は、ぽすんっとベッドに横になって小さくあくびをした。
「ふぁ~……なんだか眠くなってきた……」
安全圏でお昼寝したけれど、はしゃぎすぎちゃったのかな?
そんなことを思いながらピナに目を向けると、ピナも「くあ~……」と大きなあくびをしていた。
「もう寝る?」
「きゅ~~………」
私の簡潔な問いに、ピナは船を漕ぎながら肯定の声を上げた。
私は胸の中で眠ろうとしているピナに笑いかけたあと、メニューを開いて部屋の電気を全部消す。
そのあと、月明りを頼りにしてピナと一緒に布団の中に潜り込み、目を閉じた。
――――今日は、素敵な夢が見られそう。
昨日までは無かった暖かさを両腕に感じながら、私はふとそんなことを思い、眠りの中に沈んでいった。
【あとがき】
以上、四十二話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
今回はピナをテイムするお話でした。
ついでに、《使い魔》のシステムもちょこっと載せてみましたけど、こんなんでいいですかね? まあ、使う機会はもう無いでしょうけど。
次回は《小話5》になります。いつもより多くなるかもしれません。
それでは皆さんまた次回!
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四十二話目更新です。
今回は、ピナが登場します。ほのぼのと書けてたらいいな、と思っています。
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