一
もうすぐ森を抜けれるようだ。少し先が開けた草原となっている。そこに何人かの男女が見える。先程から馬鹿騒ぎしていたのはこいつらだろう。森が途切れる手前で立ち止まり木陰から草原の真ん中にいる一団をバイザーに映った望遠映像で確認する。
「奴が居ないな……」
男はぽつりと周りに確認するかのように呟いた。前にいる集団には自分たちの追っている男の姿がない。
「先程奥の方に移動していった熱源が居ますから其方でしょう」
追跡を担当してる部下が答えてきた。
「しかしこんなところにも集落があったか……」
改めて確認してみる。改めてというのは既に森を抜けた先に人が多数存在しているのは探知済みだったからだ。しかし実際目にしてみると予想以上に大きい。
「王国には未登録ですね、戻ったら報告しますか」
先程とは別の部下が念のため情報検索し確認したようだ。
(律儀なことだな……)
集落が登録済みだろうが未登録だろうが自分たちには直接は関係のないことだ。そんなことはあの偉そうな青い服を着た文官達に任せておけばいい。差し当たって自分達に必要なのは任務の遂行だ。
「気付かれているようだな」
「ですね、まず間違いなく奴と接触があったと見るべきでしょう」
「一応話し合いを試みてみるか……トモユキ一緒に来い、残りの者は待機しておけ」
この場合の待機というのはそれぞれの役割を果たす準備をするという意味だ。例えば周辺に探査の網を張り巡らし情報収集するとか襲撃の準備をするということである。
(わざわざ待ち伏せしているくらいだ、あまり穏便に済むと楽観することは出来まい)
普通、王国の守護が届きにくい辺境に行くほど王国を毛嫌いしている人間も多くなる。それもそうだろう、辺境の人間にとっては王国など遠い存在で守られているという意識が薄い。それに、中央から逃げ出した能力者がひっそりと辺境の村で過ごしていることも多くそういう連中と揉めることも少なくない。
(まあ、要するに総じて辺境では我々王国の人間は嫌われているということだな)
理解は出来るが容認することは出来ない。王国はこの世界を支える大切なシステムだ。自覚が有ろうと無かろうと皆王国の庇護の元に生活しているのであり、そのシステムを守っているのが騎士団だという自負が男にはあった。
当時何の伝もない天涯孤独の身であった自分が、既に肉体的にピークを過ぎていた自分が、ただの警備兵から騎士見習いを経て騎士となることを目指したのはこの世界を守るためという信念からだった。そして今ではその中でも公式にはその存在を認められていないがある意味では騎士団の中で最高峰と言って良いだろう、最も危険な部署、特殊任務部対驚異課殲滅係に所属している。
この特殊任務部という部署は黒の騎士団の中で高い志と強さを持った者達だけで構成されている公式には存在しないとされる組織で、普通の部署では手に負えない驚異を相手とする。普通の部署ではそれぞれ自分の装備に見合った相手、例えば能力者等に対応するが特殊任務部ではその枠外全てを担当する。
驚異の一つである能力者達を能力の強さで大雑把に1〜5の五段階にランク分けすると1は一般市民と変わらないレベルで問題なし、2は一応能力が使えるが拳銃装備で十分対応可能、3は一般的に能力者と呼ばれるレベルで身の安全を確保するには特殊装備が必要になってくる。そしてそれ以上を強能力者といって4が大規模破壊が出来る、5が国家転覆出来る位という感じだ。
この例の場合特殊任務部は主にランク4、5が担当となるということだ。よって自分達の装備が相手に通用する保証はなく、死と隣り合わせの部署だった。逆に言えば4、5の違いは自分達が勝てるか勝てないかといった程度の意味しかない。4を拡げて5を無くすのは自分達次第というわけだ。
(それなのに特殊任務部という名前だけで今回みたいに特殊なケースは全部こっちに廻して来るからな、お偉いさん方は……)
うんざりした気分を振り切るように木々の間から出て坂を上りながら自分の進む先にいる男女を観察してみる。服はバラバラ、姿からは夜中に騒いでいる若い男女のグループという風だが全員こちらの仰々しい姿を見ても平然としたものだ。通りすがりの村人ということはないだろう。
(見たところ全員武器らしい物は持っていない、能力者である可能性が高いな)
能力者は素手でも拳銃を持っている人間よりも遙かに危険な者も居る。性別や年齢などの外見ではその危険性は判断できず、治安維持の観点から見て能力者という存在は非常に厄介な存在だった。
(まあ、普段はその中でも一番厄介な暗殺者達を相手にしているのだからウチの連中も余程の理由があるか物好きだな)
と、着いてきている部下の方をちらりと見る。この男にもそれなりに理由があるのだろう。他の部署から借りてきている残りの部下とは違ってこのトモユキとはもう数年の付き合いだが仕事以外の話をしたことがない。もともと無口な男だが仕事以外の話になると完全に口を噤んでしまうのだ。
人には触れられたくない過去の一つや二つがあるものだ。自分もこの道に入ったのは家族を能力者の強盗団に殺されたのがきっかけだった。もちろん騎士入団する頃には私怨とは縁を切ったが、だからといって忘れられる訳がない。今では人に聞かせることが出来るぐらい気持ちも整理できているが、若い頃には口に出す事が出来ないほど辛かったのを思い出す。
そこに坂の上の男から制止の声が掛かる。予想通りどう贔屓目に見ても——いや、この場合聴いてもか——友好的な語調とは思えない。
(さてさて、素直に奴を渡してくれるかな……)
やや疲れた心持ちで男は立ち止まった。
二
黒い鎧姿の二人が森から出てくる。二人とも背中には少し歪んだ形の剣とも棒とも言い難い——強いて言えば「?」マークを縦に伸ばしたような形だ——武器を背負っている。鎧と言ってもそのシルエットを大きく変えるような物ではなくどちらかというと防具付きの服と言った方がいいかもしれない。頑丈な割にその重さがかなり軽いこともタカシは知っていた。この黒鎧を着用している王国特殊部隊は俗に「黒の剣」と呼ばれている。任務は表向きには諜報活動だ。実際はそれよりも能力者の暗殺であることをタカシは知っている。
間違いなく黒の剣だ。しかも例の武器を持っているということは厄介な相手だ。あの武器は黒の剣の、というより非能力者達の対能力者用兵器の切り札だ。破邪の剣、奴らはそう呼んでいた。じゃあ俺達は邪悪なのか?考えるだけでむかつくネーミングだとタカシは思う。
問題はネーミングよりその威力だ。タカシは過去にこの剣を持った相手と戦ったことがあるが並の能力者などよりも攻撃防御共に余程強い。
ちらりとミズキの方を見ると目が合った。ミズキもこの剣のことを知っているので同じ事を考えていたようだ。どことなく血の気の引いた顔をしている。自分と同じくあの時のことを思い出しているのかもしれない。
(リンの話では六人ということだったが残り四人も持っていたらかなり厳しいぞ……)
姿が見えないので森の中に待機させているのであろう残り四人がどの程度の装備かが気掛かりだ。剣を持っていた場合ミズキ達の場合一対一が限界だろう。レツが初陣であることも考えると自分がこの二人は相手した方がいい。
他のメンバーは知っているだろうが注意を促すためレツに向かって小さく、しかし強く囁く。
「レツ、あの背中の武器には気を付けろ、簡単に障壁を貫いて来るぞ。出来るだけ接近戦は避けろ」
「は、はい」
レツの緊張した声が返ってくる。少し脅かしすぎたか?とタカシは心配した。あまり緊張して周りが見えなくなるようでは困る。実際にはレツぐらいの能力があれば防ぐことが出来るかもしれない。しかしあくまで『かもしれない』だ。用心に越したことはないだろうと思い直した。
タカシは坂を上ってくる黒の剣二人を見据えたまま数歩前に歩み出る。黒の剣に一番近く、要するに先頭に立ってから相手の近づいてくるのを待つ。
「とまれ」
タカシの声に従って素直に先頭の黒の剣が歩みを止める。ワンテンポ遅れてもう一人も足を止めた。距離としては十m程か。奇襲を受けても十分対処できる距離である。
「何者だ?」
馬鹿馬鹿しいと思いながらもタカシは誰何の声を掛けてみた。まあ、挨拶みたいなものだ。
「我々は王国所属の騎士だ。任務で或る男を追っている。君達と接触した筈だが何処にいる?」
目を覆う黒いバイザーを上げて男が答えてくる。どうやら今回の相手は多少は話し合いが成立しそうだ。以前、任務とやらを遂行中の黒の剣はいきなり問答無用で襲いかかって来たこともある。黒の剣にも色々居るということだろう。まあ、村のことを報告するなと言っても無理な話だ、どのみち戦闘にはなるだろうが。
男のことを訊かれてタカシは一瞬惚けようかとも思ったが意味がないので止めた。相手の質問に答えるのも馬鹿げている。口にしたのは別のことだった。
「ヤストモという奴を知っているか?あんたらのお仲間だと思うんだが」
質問を無視されたのが気に障ったのか、はたまた答えるべきかどうかを思案したのか男の眉間に皺が寄る。少し間を空けてから口を開いた。
「何処で聞いたか知らないがそれは私の名前だ。それがどうかしたか?」
予想に反して素直に返ってきた答えはこれまた予想に反した答えだった。いつも駄目で元々のつもりで王国の連中と一戦交える前に訊いてきた質問だったが本人に的中した。今までは無言、返ってきても知らないという答えばかりだった。
「……そうか……あんたがヤストモか……」
ヤストモ……長年探していた男が今、目の前に居る。タカシは腰の後ろに回していた手で戦闘準備の合図をミズキ達に送った。
「さて、此方の質問に答えて貰おうか。君たちと接触した男は何処に居る?あれは危険な男だ、直ぐに我々に引き渡して欲しい」
自分の名前を聞かれたことなど気にしない風で最初の質問を繰り返してくるヤストモ。そして同じ名前の男が自分やミズキの家族の仇だった。
「あんた、鳳の都に居たタカユキという男を覚えていないか?会ったことがある筈なんだが」
再度相手の質問を無視してタカシは自分の父親の名前を出してみた。別に昔話をしたいわけではない。殺す理由を説明する気もない。ただタカシが仇の名前を知っているのは焼け落ちる家の中、父が叫んだ『ヤストモ』だけだったため仇が一人かどうかを確認したかっただけだった。が、相手は別の可能性を考えたようだ。
「時間稼ぎにこれ以上付き合うつもりはない。どいて貰おう」
言いながら背中の剣に手を掛ける。
「時間稼ぎなら必要ねぇよ、もう十分だからな」
タカシの殺気が膨れ上がる。話し合いなどは最初から茶番にしかなっていない。もうこれ以上言葉は必要なかった。後ろに廻し死角にしている両手には既に力を蓄積している。
タカシが使っているのはチャージという技術で能力を具現化しつつそれを抑え込むことで力を蓄積する。先に具現化しているため一度に具現化できる能力の限界を超えて能力を発揮できる。ただ、先に具現化するため見た目にばれる、抑え込む必要があるため消耗の割には威力が上がらない、時間が掛かる等、欠点も多く使いどころが難しい。
タカシにはチャージすることで使える奥の手があった。これで相手が実力を出す前に片を付けるのが常套手段だった。
半身になりながら後ろ手にナイフを抜くように右手を相手に放ち力を解放する。
「食らえっ!」
気合いと恨みを込めて光と放電を伴ったタカシの一撃が放たれる。極限まで熱した空間から放たれるプラズマレーザー。これがタカシの必殺の攻撃方法だった。今までこれを防げた者は居ない。同時にトモキの雷撃、フウカの衝撃波ももう一人の黒の剣に向けて放たれていた。
その時ヤストモとタカシの間に割って入る影があった。
じっ! その影はただの黒い球体だったがタカシの一撃を受け止めた。
(防がれた!?)
あのレーザーの熱量なら間に何があっても焼き貫く威力がある。しかし黒い球体は無傷で何事もなかった様に浮いている。
「そんな……」
その威力を誰よりも知っているミズキが代わりに驚嘆の声をあげている。
(俺の家族を暗殺したんだ、これくらいの芸当は出来ても不思議ではないが……これはかなりきついな)
タカシは今までこの攻撃を避けられたことはあっても防がれたことはなかった。見ればいつの間に抜刀したのかもう一人の黒の剣も黒球と剣の力場でトモキ達の攻撃を防いでいる。やはり黒い球体に変化はない。
(あの球体は破壊できない。ならば直接本体にたたき込まなくては)
最強の一撃を防がれたがタカシは冷静に事実を受け入れた。
その間にヤストモは背中の武器を構えていた。
「やはり能力者か……」
ヤストモが静かに呟きながら眼前の黒いバイザーを降ろした。それが両者にとっての総力戦の幕開けとなった。
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能力者の里に迷い込んだ男性を追って黒の騎士団、通称「黒の剣」が現れる。