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真恋姫無双幻夢伝 第十一話

汜水関の戦いです。

2013-04-25 21:35:32 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4496   閲覧ユーザー数:4042

 真恋姫無双 幻夢伝 第十一話

 

 

「動いた!」

 

 太陽が隠れただけで寒さを感じる曇り空の下、詠の目には徐々に大きくなる敵の軍勢の姿が映った。その足音も段々と大きくなっていくようだった。

 

「全軍!戦闘準備!配置に着け!」

 

 食料が無い以上、敵は撤退するか、攻め込むしかない。彼らがその後者を採ったことに、詠は心底残念に思った。

 

(いよいよだわ、月)

 

 背後の洛陽で待つ、主君である以上に親友である彼女に、詠は語りかけた。

 

 

 

 

 

 

 机と椅子しかない簡素な部屋。ここが作戦所である。机には地図が広げられ、何人もの鎧姿の男たちがその周りで事前に用意していた作戦を確認していた。その奥の席には詠が座り、腕組みをしながら新たな情報が来るのを待ち構えていた。静かに目を瞑り、その様子は何か祈っているようだった。

 

「敵の布陣、分かったで!」

 

 部屋に駆け込んできた霞。彼女が机の地図を覗き込み、その周りに会話を中断した武官が集まった。詠は瞼を開け、霞を見る。

 

「報告」

「はっ!」

 

 霞は地図に名前が書かれた木片を置いていく。それには敵の武将の名前が書かれていた。布陣を把握するためのものだ。

 

「中央に袁紹軍。それを中心に円を描く陣形をしとる。右に曹操を中心に中原の軍勢、左に馬騰や公孫賛など騎兵多数、後方に袁術の軍勢や」

「前方は?」

「前方は…孫策に代わって劉備が」

「劉備?本当なの?」

 

 思わず聞き返す詠。霞は頷くしかなかった。

 先陣は最も被害の大きいところである。その分、勝った時の名誉も大きいが、それは先陣を受け持った勇気に対してだ。敵と一番接触するため、軍勢の中で最も勇猛で信頼のおける者が担当するのが普通だ。 

 

(押し付けられた?でも、それにしても数が少なすぎる)

 

 黄巾の乱で大きな被害を受けた徐州でかき集められるのはせいぜい三千に満たないだろう。天下随一の堅牢さを誇るこの関を落とすのはまず不可能。運が悪ければ、一当てしただけで崩壊する。

 

(功を焦ったのか?いや、何か、何かあるはず)

 

 そう思った詠はおもむろに立ち上がり、霞に言った。

 

「ちょっと見てくる。ここを頼むわ」

「え?おい!」

 

 呼び止めようとする霞を気にせず、部屋を飛び出て城壁に向かう。

 風は今日も強い。

 

 

 

 

 

 

「何か喋っている…?」

 

 詠が城壁近くに来ると、巨大なその壁の向こう側から大きな声が聞こえてきた。

 もっと近づいてみる。すると、時折、董卓という名が聞こえてくるようだ。

 

(まさか!?)

 

 詠は城壁の階段を駆け上った。壁に阻まれていた『言葉』が徐々に意味を成してくる。

 そして城壁に上ると、その『言葉』ははっきり聞こえ、それを大声で叫ぶ者の姿も見えた。馬に乗った髪の美しい女性だった。

 

「董卓とその一味は霊帝を毒殺し、弁皇帝を即位させた。だがそれには飽き足らず、その弁皇帝をも廃し、弁妃共々虐殺した。漢朝始まって以来の悪逆非道である!」

「朝廷に反対する者あらばその一族全てを殺し、庶民に噂する者があらば牛裂きの計に処す。これ全て董卓のなしたることなり!」

「当の本人は、庶民や地方から不正に巻き上げた財産で贅沢に遊び暮らす毎日。金が足りねば朝廷の財産を減額する。抵抗した役人はことごとく生き埋めにした。悪鬼畜生とは貴様らのことだ!」

 

 澱みなく伝わってくるその『言葉』は、全て董卓の悪事を言い連ねたものだった。詠にはそれ全てが、まったく別の人物の話をしているように聞こえた。

 

「そんな!まったくのでたらめよ!」

 

 これはこちらを煽るための敵の策略。だが、彼女たちは本当にそう思っているかもしれない。そう考えると詠は、怒るよりも空恐ろしくなった。

 

(もう、やめて!)

 

 彼女の感情など分かるはずもなく、その美髪の女将はおもむろに『布』を取り出した。

 

「お前たち、これを見ろ!」

 

 彼女はその『布』をバッと大きく広げる。それは董卓軍の旗であった。

 

「城から出ない臆病で卑怯な軍勢の旗など、こうだ!」

 

 彼女はそれを天高く放り投げると、片手に持っていた偃月刀で一気に真っ二つに切り裂いた。これには詠も顔が青くなった。

 

「分かったか!すぐにお前たちもこうしてやる!」

 

 そう言うと彼女は大きな笑い声を上げながら(少しぎこちなくだが)向こうへ悠々と馬で歩いて行った。

 詠が周りを見ると、兵士たちは明らかに憤った表情になっていた。

 

「駄目よ!敵の策略に嵌r「開門!!」」

 

 詠はその声に驚き、城壁から下を見た。

 

(騎兵が集まっている!)

 

 急いで階段を駆け下り、その騎兵の方へと走った。騎兵の先頭には血管が何本か切れていそうな表情をした華雄がいた。

 

「華雄!」

「詠!止めるな!ここまで弱小領主ごときにコケにされて、我慢できるか!」

「ここで出て行っては敵の思惑通りよ!」

「構わん!あんな小勢に何ができる!」

 

 門が大きく開いた。華雄は大きく槍をその開けた空間へと向ける。

 

「我に続け!騎兵隊、突撃!!」

 

 地面を震わせながら、千以上の馬が駆け出していく。詠はその勢いにのけぞり、後ろに尻餅をついてその光景を見つめた。

 そして行ってしまった後、ハッと我に返った。

 

「一隊、出撃準備を!すぐ連れ戻すわ!」

 

 遠くに聞こえ始めた戦いの音に向かって、彼女は仲間の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

「邪魔だ!」

 

 華雄は馬で駆け回りながら、金剛爆斧を振り回す。逃げる兵士の背中から血しぶきが噴き出す。

 敵無し!

 華雄とその配下の勢いに吹き飛ばされるように、ある者は逃げ戸惑い、ある者は無残に切り捨てられた。豆腐のように崩れさる劉備軍の有様にも華雄は満足せず、目標の相手の名を叫ぶ。

 

「どこだ、劉備!出てこい!」

 

 その時、彼女の目に『劉』と書かれた将旗が映った。

 

「そこか!!」

 

 一斉にその旗へと目指す董卓騎兵隊。その方向転換は一騎の乱れもなく、見事な密集隊形だった。巨大な馬の塊が、一か所を目指して突き進む。

 しかしその旗はすぐさま遠ざかり始め、いくら追えどもその距離は縮まらない。

 

(どういうことだ?!)

 

 次第に馬も人も息が上がり始める。それでもあの旗には届かない。立ち向かう兵士もおらず、華雄たちは無人の戦場を駆け回っていた。

 その時、目の前に一人の女武将が立ちはだかった。

 

「そこまでだ!」

 

 彼女のその言葉に、華雄は思わず全軍を止めた。それはあの挑発を繰り返していた敵だった。あの時と同様に、馬上で青竜偃月刀を構えていた。華雄は一人で前に進んだ。

 

「貴様か!」

「劉備が義妹、関羽だ!華雄!周りを見ろ!」

 

 華雄は周囲を見渡した。いつの間にか関の姿は遠く、彼らは敵陣の真っただ中にいた。『孫』『曹』『袁』などの無数の旗がひしめく。

 

(出過ぎたか)

 

 華雄はあまりに高ぶっていた自分の感情に対して舌打ちした。彼女の配下も明白に動揺している。

 

「今、降伏するなら良し!どうする、華雄!」

 

 しかし董卓軍きっての猛将は高々と笑った。

 

「くっはははは!関羽とか言ったな。笑止!この程度の包囲で我らを止められると思うな!このような烏合の衆など、軽々打ち破ってやる!」

 

 その言葉を聞いた関羽こと、愛紗は、片手で持っていた青竜偃月刀を両手に持ち直した。

 

「どうしても降伏しないのか…」

「ふん!劉備の前に、その減らず口ごとお前を切り捨ててくれる!」

 

 華雄は馬を足で叩く。彼女の愛馬はその命令に従い、愛紗へと走り出した。華雄は高々と金剛爆斧を振り上げ、愛紗を睨みつける。

 

「関羽!覚悟!」

「……!」

 

 至近距離になり、華雄が振り下ろした槍を愛紗は受け止める。そして一合、二合と火花が散るかと思われるぐらい激しくぶつかった。その周囲では、騎兵隊と連合軍が固唾を飲んで見守った。

 一見互角に見える戦い。しかし華雄の方に異変が訪れていた。

 

(くそ!走り過ぎたか!)

 

 長時間戦場を駆け回った疲労が確実に、彼女の体に蓄積していた。腕が少し重い。

 その『異変』を愛紗が見逃すはずもなく、十合目であろうか、勝負がついた。

 

「はっ!!」

「あっ!」

 

 金剛爆斧が愛紗に薙ぎ払われ、遠くに飛ばされる。そして無防備になった華雄の右肩にすぐさま一撃が加わる。打撃に近いその攻撃で、華雄は自分の肩が外れたことが分かった。

 そして彼女の目の前で、愛紗が上段に青竜偃月刀を振り上げていた。

 

「さらば!!」

「……っ!」

 

 ブンッと振り下ろされる。華雄は反射的に目を瞑る。もはや彼女には自分の肉が斬られる音を待つしかなかった。

 しかしそんな音は聞こえてこない。代わりにガンッと鈍い音がしたようだ。

 恐る恐る目を開けると、愛紗の青竜偃月刀を横から割り込んだ騎兵が受け止めていた。

 

「なにっ!」

「こんなところで計画が狂っては困るんでねえ!」

 

 その男が愛紗の偃月刀を弾く。愛紗はその勢いに負け、二三歩下がった。そしてその男は華雄を庇うように前に立ち、愛紗と睨み合った。

 華雄は肩を抑えながら、その横顔を見た。それはアキラとかいう男だった。

 

「お前!?」

「さあ、帰るぞ!」

 

 アキラが槍で方向を示す。華雄がそちらを見ると、先ほどとは状況が変わっていたことが分かった。包囲していたはずの連合軍の中に『董』の旗が見える。

 

「あれは!」

 

 そう、援軍が来ていたのだ。新たな董卓軍の出現で包囲軍は混乱している。そしてその軍勢に押しのけられる形で、連合軍の間に裂け目が出来ていた。

 

「騎兵隊!俺に続け!」

 

 そう言うとアキラはその裂け目へと駆け出す。華雄と騎兵隊はアキラに従い、その後を追った。

当然、愛紗は彼らに追おうとした。だが、董卓軍の援軍の歩兵に防がれてしまう。

 

「待て!逆賊!」

 

 愛紗の言葉など聞くはずもなく、アキラ達は関へと一直線に進む。途中で何百もの兵士が妨げようとするが、軽々と突破してしまう。

 ある女武将が立ちふさがった。

 

「勝b「邪魔だ!」

 

 アキラは横殴りに一撃を加える。その武将は防ぐ間も無く、馬から転げ落ちてしまう。死なないだろうが、しばらくは動けないだろう。アキラは止めを刺すことなく、馬の歩みを止めない。

 

(強い!)

 

 アキラの後ろを走る華雄はそう確信した。肩は確かにズキズキ痛む。しかしそんな痛みよりも彼女の頭を占めていたのは、そのアキラの姿だった。

 

 

 

 

 

 

「開門!開門!」

 

 関の門が開き、華雄たちを迎え入れる。馬からゆっくり降りる華雄を霞が迎えた。

 

「華雄!!大丈夫か!怪我したって聞いたで!」

「大丈夫だ。肩が外れたぐらいだ」

 

 華雄が右腕を差し出す。霞は苦々しい顔でその腕をつかむと、グッと力を入れた。

 

「……っ!」

「我慢しい!まったく、勝手に一人で飛び出すからや!」

 

 ガコッという感触が伝わってくる。華雄が右肩を動かすと、痛みはあるがちゃんと元通りになっていた。数日安静にしておけば、痛みも消えるだろう。

 

「ありがとう」

「構へん。ところでアキラはどこや?」

「ああ、あいつは『援軍に来たやつらを帰還させに行く』って言って引き返した」

 

 華雄は門の外を見た。遠くで未だ激しく戦う音がする。でも彼女にはアキラに任せておけば大丈夫なような気がした。

 

「どうやった?」

「どう、とは?」

「アキラや、アキラ!強かったか?」

 

 華雄はしっかり頷く。

 

「ああ。強い。多分、私よりも」

「ホンマか!?くぅ~!早よ帰ってこんかなあ」

 

 明らかにうずうずとしている霞の姿に、華雄は微笑んだ。再び門の外を見つめる。戦いの音は先ほどより小さくなったような気がする。

 

(それにしても、やつは本当に何者なのだ…)

 

 右肩をさすりながら、華雄はぼんやりと空に浮かぶ雲を眺めていた。

 

 


 
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