【シェリル外伝中編】
「悪い、ダイチ。新人共が入ってきたお陰でこの寮は満室なんだ。折角オレを頼ってきてくれたのに、力になれなくてすまん」
「あぁ、あんま気にすんなって、ダメ元で来たんだしな」
ありゃ、やっぱ都合良く考えすぎてたか。
ブレラに送ってもらい、オズマのところに来たのは良いが力及ばず、と言ったところか。
まぁ幸いにして、この職場をクビになったわけじゃねぇし収入は入るわけだ。
数週間はちっとキツい生活になるかも知れんが、そこは気合でカバーすっか。
んで、まとまったお金が入り次第団地でも借りてそこに住むとしよう。
んじゃあ仮住まいを決めんとな。
「んじゃあ邪魔したな、オズマ。また明日からよろしく頼むわ」
「オズマ?誰かお客さん?上がってもらったら?」
ありゃ、嫁さんに気づかれちまったか。そうとなりゃ長居は無用だな。
オズマと嫁さん、未だにラブラブだからピンクの空気に当てられちまうわ。
鞄を持ち、オズマの部屋から出る準備をする。
「お、おい。こんな時間からどこにいくんだ?」
んなこと決まってんだろ。
オレには金が無ぇわけだし、どっか寒さを凌げる所見つける。この一択だ。
「とりあえず今日の寝床を確保してくるわ。なに、今夜一晩そこでガマンして、明日明るいうちにまた良いところ見つけるさ」
「ちょっと待て。お前、今まで住んでいたアパートはどうした?」
「あのな、今日はウチのシェリルのメジャーデビューの日だぞ?あんなボロアパート、そしてオレみたいな得体の知れん存在。シェリルにとってマイナスにしかなりえん。てことで、早々に出てきたわけだ」
言っておいて何だが、かなり空しい気がしてきた。
今までシェリル中心の生活をしてきたせいか、自分自身のことについてまるで空っぽみたいな感じがする。確かに、オレの今までの望みはシェリルの成功、成長、そしてそれを見守ることだったんだが、それももう叶わねぇわけだしな。
「早急すぎないか?しっかりと彼女に話してみたのか?」
「お互い仕事をしてて休みの時間帯も合わない、んで偶に顔を合わせれば文句言われてそれで終わり。どこに話すヒマがあるよ?まぁ確かに、オレは汚ぇ格好でそんまま寝たりくつろいでたりしてたわけだから、女の子からしたら有り得ねぇ感じなんだろうがよ」
「ダイチ…」
「まぁ今頃清々してんじゃね?シェリルもお年頃だ、もっと良いところ住みてぇだろうし、オレみたいなむさっ苦しいヤツと同居とか有り得ねぇだろうしな。ま、そういう訳だ」
言った分だけすっきりしやがんな。やっぱ誰かに話すと気が楽になるってのは本当みたいだ。
相手がオズマだったこともあり、思ったよりすんなり言えた気がする。
おっと、ここでくっちゃべってるヒマは無ぇな、とっとと行くか。
「そんじゃあまた明日な。現場で会おうや」
左手を振り、夜の帳が下りた外へと足を踏み出す。
さてさて、どうすっかな…
※ ※ ※
ダイチが出て行って一晩が経った。
一晩中探したけど目ぼしい情報も上がらず、結局見つけることはできなかった。
今日は今日で歌やTVのお仕事がギッシリ詰まっているはず。これを投げ出すわけにはいかない。
「グレイス、一時捜索は中断するわ。今日のスケジュールを教えてくれる?」
「分かったわ」
睨んでいたモニターから目を離し、すっかりマネージャーの顔になったグレイスが手帳を取り出して今日のスケジュールを確認している。
「今日は午前9時からフロンティアTVで歌番組の収録、お昼を食べた後12時20分から雑誌4社のインタビュー、13時から護身術の稽古、14時から作曲家のスー・ガノンさんと打ち合わせ、夕食の後18時からレコーディングの日程の調整、21時から23時まで貴女がレギュラーのラジオ番組に生出演ね。それが終われば今日は上がりだけど…」
「ダイチの方は今日か明日中に目処をつけたいところね。ダイチと離れて暮らす生活なんて有り得ないし。幸い、このフロンティアシティは狭いし情報もすぐに集まるでしょ。この私にこんなになるまで探させて、見つけたらタダじゃおかないんだから」
うん、ダイチ捜索の為一晩中車で探し、そしてモニターをチェックし、ID履歴を片っ端から調べ上げて今の私の顔はちょっとすごいことになっているでしょうね。
一時の間とは言え、華の17歳の乙女を徹夜までさせたんだから、色々責任取ってもらわないと。
抱擁、そして添い寝はもう絶対外せないわね、こっちから飛び込んでやろうかしら。
でもでも、もしそのときダイチが発情したら…っ、これはこれでアリなのかも?
私の容姿は自分でも自慢できるくらいには整ってるって思っている。こんな美少女に迫られて、手を出さない男なんていないわ。
きっとダイチも……
…ううん。
ダイチはこんな簡単なことで靡くような人じゃないわ。
だって、10代の時、一番遊びたかった時に、当時7歳の私を引き取ってくれるくらいの懐が大きくて優しい、そして責任感のある人だもの。ずっと一緒にいながら気づいていなかったのはショックだけど。
ダイチからは私が知るだけでも10年間異性の匂いがしないくらい身持ちが固い。
普段朝早くから夜遅くまで働いて、まっすぐアパートに帰ってきていたし。
この私が…好きになっちゃう要素なんて、たくさん転がっていたのね。
だからこそ墜とし甲斐があるわけだし、誰にも渡したくない。
私にはダイチしかいないんだから。
「シェリル?そろそろ準備しないと」
「分かったわ、グレイス」
まずは我が家に帰りましょうか。
そしてシャワーを浴びて、着替えて…そして、ダイチ分を補給しないとね。
少しでも彼の残り香がある内に。
※ ※ ※
「ランカ…話がある」
「何?ブレラ兄さん」
「オレ達兄妹の…恩人が困ってる。すぐにでも助けてやりたい」
「え、それって…」
「ああ、ダイチさんのことだ。オレが昨日エリア4まで送っていったんだがどうにも様子がおかしかったんだ。助けになりたい」
「ダイチさんのためなら私にできることなら何でもする、助けよう?ブレラ兄さん」
「ああ。まずは情報からだ、彼の職場に娘娘からの差し入れってことで行ってくれ。そして周りの人間から情報を上手いこと聞き出してもらいたいが…できるか?」
「私に任せて。いつもS.M.S.からはご贔屓にしてもらってるから今日も注文があるはずだしね」
「そうか、頼む。オレはグレイス嬢と連絡を取ってそちらの線から情報を集める」
「うん、分かった」
※ ※ ※
身体の節々が痛ぇ…持ってきてた毛布で寒さは凌げたが、コンクリートの上で寝るってのはどうにもならんな。まぁそんなに距離が離れてない場所が見付かったから御の字っちゃあ御の字だ。トランクを引き摺りながら欠伸を噛み殺す。中々寝付けなかったせいか、今日の睡眠時間はいつもの半分以下、これじゃあ仕事になるか微妙なところだな。
にしても腹減った、早いトコ職場行って朝の賄いでも作ってもらうか。
オレの食費が無いだけでも相当助かってるな、実際。10年前からの契約事項だとは言え、S.M.S.には感謝してんぜ全く。ジェフリー社長からの厚意で3食賄いが出るってのは有り難い話だ。しかも給料から天引きもされねぇんだしな。
やっぱ度量がでけぇ男は違うわ。20歳くらい歳離れた嫁さんもいるくらいだし、人を惹きつける魅力っつーか…
そうこう考えてる間に、民間警備保障『S.M.S.』に着いた。
オレはここで事務の仕事を半分、警備員としての仕事を半分受持っている。
最初の頃は事務の仕事しかできていなかったんだが、オズマ主任の薦めで警備員としての訓練も受けさせられるようになった。そして数ヶ月も経たない内に現場に立たされたり、修羅場に放り込まれたり…色々あったわけだ。そのお陰で日当手取りは倍以上に増え、貯蓄にも余裕が出てくるようになったのは有り難かった。シェリルにもああやって餞別あげることもできたし…
ただ、どうすっかな。今の状態は正規の社員ではなく、ただのアルバイトのような感じだ。
社長やオズマからも薦められてる正規…そろそろ身を固めるべきかね?
「うぃーっす、おはよっす」
「おはようございます、ダイチさん」
受付嬢のラムちゃんが笑顔で出迎えてくれる。
童顔でほんわか笑顔、朝の癒しだわ、マジで。
「顔色が悪いようですけど…大丈夫ですか?良かったら救護室へ連絡致しますが?」
「いやいや、そこまでじゃねぇし。アリガトな、心配してくれて」
マジで良い娘だわ。
「あ、ダイチさん。朝の賄いができていますので食堂の方にどうぞ」
「はいよ、いつも助かりやす」
「ふふっ、たくさん食べて今日も頑張ってくださいね」
オレは子供か?ったく。
食堂に行くまでの間、新入社員であろう若いやつらが横をすれ違う。
「ほら、急げアルト!」
「み、ミシェル…腹が…!」
「わぁ~!?アルト先輩の顔が真っ青です」
「ったく、世話の焼ける…」
ははっ、やっぱ若ぇ奴らぁ元気があるな。
大方食いすぎたんだろう、ミーナちゃんのメシは旨ぇからな。
オレはそんな愚は犯さねぇ、腹八分目がこの仕事の基本だからな。
でもよ…
「待っていましたよ?ダイチさん」
このしゃもじ片手に、仁王立ちして大盛の膳の横に立っているミーナちゃん…
どこの魔王だよ?
「ふむ…いつもより草臥れた格好、その顔色…栄養が取れていないようですね。今朝から新メニューを追加し、味、カロリー共に問題なし。ですが気合の足りない新入社員達は小食…その点、ダイチさんは大丈夫ですよね?イケると判断します」
げっ…
…
……
もういいだろ、腹に入んねぇし。
どう見ても数人分はあったぞ、勘弁して欲しい。
最初のしかめっ面から一転、笑顔になったミーナちゃんの見送りを背に、オレはいつもの場所に足を向ける。
「もしもし、民間保障警備S.M.S.です」
「おい、ここのデータをアップロードしておいてくれ」
「課長、昨日の戦闘データです」
「新入社員のバイタルチェック、終わりました」
「よし、現場行くぞ。車を用意してくれ」
んむ、何か今日の事務室は気合が違うな?
何でだ?
「あ、おはようございます、ダイチさん」
「おはようございます…何かあったんです?」
室長のモニカ嬢が、いつものごとく手を動かしながらこちらに視線を向けてくる。
そう、前に前述したジェフリー社長の嫁さんでもあるわけだ。
「今月後半、とある有名な方がいらっしゃいます。わずか1時間の間ですが、週に1度我が社の護身術を習いたいと申し込みがありまして」
ほう、有名人ねぇ。まあ最近は物騒なことも多いし、身に着けて損は無いってことか。
「そりゃあ大変ですな。んじゃあオレはいつもの仕事を」
「はい、お願いします」
室長なのに、何でアルバイトのオレに敬語なのか未だに分からねぇが、そこは流してる。
トランクを机の下に格納し、椅子を引いてオレ専用の机に座る。今日の仕事は…おっ、これか。新入社員に課す訓練の日程表のまとめ、そして室長と課長の決裁をもらう、と。
これだったら午前中に終わるな。午後は…げっ、道場でオズマ主任教官で白兵戦闘術って…あぁ、若いのに教える為の流れの把握ね?OKOK。
※ ※ ※
あら?通信が…
まぁ、久しぶりだこと。ブレラ君、変わりは無かったかしら。
「もしもし?」
『お久しぶりです、ブレラです』
相変わらず感情が篭ってない声を出すわね。まぁあんな事件があった後なんだし、仕方無いけど。
「久しぶりね。ランカちゃん共々、元気してた?」
『はい、御陰様で。今日は少し相談したいことがありまして』
「貴方が私に相談だなんて珍しいわね」
『はい、今お時間大丈夫でしょうか』
「えぇ、今シェリルは歌番組の収録中だし、私は空いてるわよ」
本当に珍しい。ブレラ君は私が子供の時からの年下の幼馴染。あの頃は兄妹揃って感情豊かで、いつも笑顔を絶やさない子だったけど…5年前の、あの事件で全てが変わった。
テログループ『ヴァジュラ』の、サンフランシスコシティ襲撃事件。
その被害が彼らの両親にまで及んだ。当時の警察や軍隊は突然の襲撃に対応できず、いたずらに時間が過ぎていったのよね…
当時、私はシェリルと知り合ったばかりでマネージャーとしてじゃなく、友人としての付き合いがあった。あの時は偶々市内から離れてて無事だったのだけど。
っと、いけない。
「それで、相談事って何?」
『はい、オレ達にとっての恩人が困っているらしく、手を貸してやりたいのですが情報が入らず貴女に連絡を取ってみようと思ったのですが』
「恩人?」
『はい。思い出すのも忌まわしい、あの5年前の時です。テロリストに両親が殺され、そしてオレ達兄妹も殺されそうになった時…単身、わが身を盾にしてオレ達を守ってくれた人です』
へぇ、恩人の話をするときだけ感情が篭ってるわね。その人ならば、ブレラ君やランカちゃんの凍ったままの感情を解きほぐすことができるかもしれない。断然興味が沸いてきたわ。
「分かったわ、それじゃあその人の名前と特徴を教えて。分かる範囲で良いから。あの時現場にいた人ならばかなり絞られるし探すのも容易になると思うから」
『はい、名前は鉄 ダイチ。職業は民間警備保障S.M.S.のアルバイト、身長は178cmで細めの筋肉質。そして妹さんがいると聞いたことがあります』
私はその名前を聞いて、人と人との間の確かな縁を感じずにはいられなかった。
脳裏に今月のスケジュールが浮かび上がる。
S.M.S.…確か来週からシェリルが護身術を習いに行くところよね?
ならば…
「ブレラ君、その名前に心当たりがあるし、困っているっていうのも想像が付くわ。私に任せて頂戴。ブレラ君とランカちゃん、今から2時間後に私の所に来れる?ちょっと聞いてもらいたいことがあるの」
ふふっ、私とシェリルに徹夜で探させた罪は重いわよ?
ちょっとした意趣返し…貴方はどう捌くかしら、ダイチさん。
貴方の一人だけの時間は…あと2週間。
今のうちに謳歌しておくことね。
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外伝シェリルシリーズ中編です。ストーリー自体に関わりはありません。