第22話 ~~ハジメテノキモチ~~
章刀 :「ふぁーー・・・・」
城壁の上。
青空の下でサンサンと輝く太陽に照らされながら、大きなあくびをひとつ。
こんな奴が一国の王と同等の立場の人間だとは、誰も思うまい。
・・・なんて、自分で言ってて悲しくなるけど。
章刀 :「良い天気だなー」
虎助 :「ニャー」
俺の何気ないひとことにも、快くあいづちをうってくれるのは、隣で気持ちよさそうに丸くなっている相棒だ。
ここへ来る途中に廊下でばったり会ったので、そのまま抱きかかえて連れて来た。
一応断っておくが、俺は、別に今サボっているわけじゃない。
これは、愛梨から正式に許可された休息なのだ。
皆には内緒の、あの晴と海燕の一件から既に数日。
俺は結構な傷を負ってはいたものの、仕事を遅らせる訳にはいかないと、それなりに頑張った。
愛梨や他の皆には止められたけど、それで皆に迷惑をかけるのも嫌だったしな。
皆の協力もあって今日やっと仕事がひと段落し、こうして俺は大手を振って休んでいると言う訳だ。
章刀 :「こんな良い天気だ。 せっかくなら晴も誘えばよかったな」
虎助 :「ニャー」
虎助と一緒に日向ぼっこと言えば、もともとは晴の領分だ。
そう思って来る途中に誘おうと思ったのだが、城中探しても見つからなかった。
街にでも行ってるんだろうか?
虎助 :「! ニャー!」
章刀 :「ん? どうした虎助」
丸くなっていた虎助が耳をピクピクさせたかと思うと、起き上がって強く声を挙げた。
その視線は城壁の下を見ていたので、俺もつられて目をやると・・・・
章刀 :「あ! あれは、晴か?」
噂をすればなんとやらだ。
視線の先には、丁度城壁の下を通りかかった晴の姿があった。
虎助の奴は、ご主人様の気配を敏感に察知したんだろう。
なにはともあれ、グッドタイミングだ。
章刀 :「おーい、晴―っ!」
名前を呼びながら、晴に向かって大きく手を振る。
それに気付いて、晴はこちらに顔を上げたのだが・・・・・
晴 :「っ!?」
“ダッ・・・・!”
章刀 :「・・・・・・あれ?」
おかしいな。
俺の方を向いたと思ったとたん、晴はなにやら驚いたように目をそらして、そそくさと立ち去ってしまった。
気づかなかったのか?
いや、あの反応でそれは無いだろう。
ならもしかして・・・・・避けられた?
章刀 :「でも、なんでだ?」
虎助 :「ニャー?」
腕を組んで首をかしげる俺を見て、虎助も同じように小首をかしげている。 可愛い奴だ。
章刀 :「ま、いいか。 多分気のせいだろ」
半分、そうであってほしいという願いを抱きながらつぶやいて、俺は再び横になった。
また晴に会ったときにでも確かめてみればいい。
・・・・・しかし、この時の晴の反応が気のせいなんかではない事を、俺は後で知ることになる。
―――翌日。
有意義に過ごす事ができた休日も過ぎてみれば早いもので、今日からまた仕事だ。
とりあえず軍の編成案につていの書類は全部目を通したし、印も押した。
あとは、これを麗々たちのところへ持っていけばひと段落。
そう思って書類を抱えて廊下を歩いていると、前から人影がやって来るのが見えた。
章刀 :「あれって・・・・」
まだ少し距離はあるが、歩くたびに揺れる綺麗な銀髪は見間違えようが無い。
歩いてきたのは晴だった。
丁度いい。
昨日の事を確かめる絶好の機会だ。
章刀 :「よう、晴。 どこか行くのか?」
特に意識していない風を装って、片手を上げて自然に声をかけたが・・・・
晴 :「っ!?」
“ダ・・・・ッ!!”
章刀 :「・・・・・・・あれ?」
なんと晴は、俺だと気づいた瞬間踵を返して今来たばかりの方向へと猛ダッシュして行ってしまった。
まるで、見つかってはいけない相手に鉢合わせしたような反応だ。
間違いなく、今目はあっていた。
それであの反応と言う事は・・・・・・
章刀 :「まさか俺、本当に避けられてる・・・・・?」
―――――また翌日。
同じ様に廊下を歩いていると、中庭で昼寝している晴を見つけた。
よし、今度こそ・・・・
章刀 :「おーい、晴―」
晴 :「っ!!?」
“シュバッ!!”
章刀 :「・・・・・・・・・」
今度は、俺に気付くやいなや、近くの茂みの中に姿を消してしまった。
猫かあいつは!
―――またまた翌日。
そろそろ悔しくなってきて、俺は仕事そっちのけで晴を探して城中を探しまわった。
そして、城壁の上でくつろいでいる晴を見つけたわけだが・・・・
章刀 :「おい、は・・・・」
晴 :「っ!!?」
“バッ・・・・!!”
章刀 :「・・・・・・・・」
今度は俺の声が聞こえた瞬間、こちらを振り返るでもなく城壁から一気に飛びおりやがった。
そんな俺の予想の斜め上を行く反応を止められるわけもなく、俺は茫然と立ち尽くすしか無かったのだった。
――◆――
章刀 :「あーー・・・・」
その更に翌日、俺は執務室の机に向かいながらうめき声をあげていた。
仕事というものにゴールがあるとして、恐らく俺にとってのそれは遥か地平線の向こう側。
歩けど歩けど距離は縮まらず、多分まだおぼろげにもゴールテープは見えていない。
現実逃避をしようにも、どれだけ逃げたところで現実の方から追いかけて来るもんだから、振り切り用もないわけで。
今日も今日とて、未だにゴールの見えない道をただひたすら歩く旅人の気分。
とはいえ、今の俺にはそれよりも重大な問題があるんだが。
愛梨 :「兄上、さっきから筆が動いてませんよ」
章刀 :「ああ・・・・うん」
さっきから既に何回か受けている愛梨からの指摘にも、つい生返事になってしまう。
愛梨 :「そんなにため息ばかりついて、何か悩み事でも?」
さすがに俺の反応が気になったのか、愛梨が顔を覗き込んできた。
章刀 :「うん、実はさ・・・・・晴のことなんだけど」
愛梨 :「晴が、どうかしたのですか?」
章刀 :「なんかさ、俺、最近晴に避けられてる気がするんだよ」
愛梨 :「まさか。 気のせいではありませんか?
あやつは、もともと人と接するのが得意ではありませんし」
章刀 :「俺もそう思いたいんだけどさ、どうも違うみたいなんだ」
俺は、ここ数日の晴の俺に対する反応を愛梨に話した。
背を向けて逃げられた事。 気の中に逃げ込まれた事。
挙句の果てに、城壁の上から飛び降りてまで振り切られた事。
それらの話を聞くと、さすがの愛梨も少し驚いたようだった。
愛梨 :「それは・・・・確かに普通じゃありませんね」
章刀 :「だろ? 理由を聞こうにも、当の本人はすぐ逃げちゃうし」
愛梨 :「兄上自信は、何か心当たりは無いのですか?」
章刀 :「それがあったらこんなに悩んでないよ」
背中を椅子の背もたれに預けて、両足を投げ出す。
仕事をしながらも必死に頭を巡らせたが、晴に避けられる理由がまったく浮かんでこない。
俺、何か悪い事でもしたっけな?
愛梨 :「・・・・時に兄上、あの日の事が原因なのでは?」
章刀 :「あの日?」
ダレている俺に、愛梨が思いついたように言ってきた。
愛梨 :「ほら、兄上が傷だらけになって帰ってきたあの日です。
あの日、晴と兄上の間で何かあったのでしょう?
何があったのかは聞きませんが、それが原因だということはないんですか?」
愛梨が言っているあの日と言うのは、俺が海燕と戦った日の事だ。
言われてみれば、晴に避けられているのはあの日以降だ。
でも、あの事件があったからって晴が俺を避ける理由になるのか?
顔を合わせるのが気まずい・・・・・とか?
もし本当にそうだとしても、あの反応は過剰な気がするんだが。
章刀 :「うーん・・・・・わからん」
晴に直接聞ければ話は早いんだが、逃げるあいつを捕まえるとなると一苦労だ。
かといって、このまま放っておくのもな・・・・
愛梨 :「はぁー、仕方ありませんね。
次に会ったときにでも、私からそれとなく晴に尋ねてみましょう。
どうやら兄上以外には、いつもどおりに接しているようですし」
章刀 :「ああ、悪いけど頼むよ」
仕事もしなきゃいけないし、これ以上頭を悩ませていてもはじまらないか。
結局情けない事に、最後にはこうして愛梨に頼む事になったのだった。
――◆――
――――――そしてまた翌日。
章刀 :「はぁー・・・・」
ため息をつきながら、廊下を歩く。
愛梨に相談しては見たものの、結局根本的な解決策は見つからず。
どうしたものやらと頭を抱えている。
章刀 :「俺、晴に何かしたかな・・・・?」
晴の様子がおかしくなってから、もう何度この疑問を口にしたかわからない。
愛梨が言ったように、海燕と戦ったあの日の出来事が関係しているんだろうか?
でもそうだとしても、それで晴が俺を避ける理由がわからない。
晴に直接理由を聞ければ一番早いんだけど、それができればこんなに悩んではいない。
このままじゃ仕事もろくに手につかないし、事態は思いのほか深刻なのだ。
???:「フッ! はぁッ!」
章刀 :「ん?」
頭を抱える俺の耳に聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だった。
ふと目をやると、気づかないうちにちょうど中庭の前を歩いていたらしい。
そしてそこには、空に向かって剣を振る晴の姿があった。
晴 :「せいっ! はっ!」
よほど集中しているのか、晴が俺の存在に気付いている様子はない。
晴がこんな風に一人で鍛錬をしてるなんて、少し意外だった。
いつも、暇なときは昼寝してると思ってたし。
あの強さは、一朝一夕でなってるものじゃないってことか。
章刀 :「・・・・なんて、感心してる場合じゃないな」
自分で自分に突っ込みを入れて、ブンブンと頭を振る。
そうだ、今日こそ晴に理由を聞かなきゃ。
そう決意して、俺は思い切って中庭のほうへと足を踏み出した。
章刀 :「おーい、晴。」
晴 :「っ!? 章刀っ!!?」
俺に気付いた晴は案の定・・・・というもの悲しいが、相当驚いた様子でこっちを見た。
驚き過ぎて、手にしていた剣を落としてしまいそうな勢いだ。
逃げる暇は与えない。 すかさず俺は気になっていたことを口にする。
章刀 :「なぁ、ちょっと聞きたいことが・・・・・・」
晴 :「・・・・・・っ!!」
“シュバッ!!”
章刀 :「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
・・・・・今までで最高の早さだった。
俺の健闘むなしく、晴は目にも止まらぬ速さでそばにあった木に飛び移り、そのまま中庭の木を伝って姿を消してしまった。
あっけにとられすぎて追いかけることすらできなかった俺は、間抜けにも中庭でポツンと一人ぼっち。
章刀 :「やっぱりだめか・・・・・・」
こうなったら、時間による自然回復を待つか、愛梨あたりが原因を突き止めてくれるのを待つしかないか。
なんとも人任せな解決法しか思い浮かばず、途方に暮れるしかない俺であった。
――◆――
晴 :「・・・・・はぁーー、またやってしまった」
急に章刀に声をかけられ、中庭から逃げ出したボクは、城壁の石壁にもたれながらため息をついていた。
そっと胸に手をあてると、心臓がまだドクドクと高鳴っているのがすぐにわかった。
いくら収まってくれと願っても、全く制御がきかない。
まるで、自分の心臓じゃないみたいだ。
晴 :「章刀・・・・怒っているかな?」
きっと、怒っているだろうな。
あれだけ露骨に避けてしまえば、誰だっていい気持ちはしないだろう。
晴 :「はぁーーー」
そう考えると、再び大きなため息がこぼれた。
こんな風になってしまったのは、考えるまでもなくあの日からだ。
章刀がボクの為に海燕と戦ってくれた、あの日・・・・・・
あの日以来、章刀の顔がまともに見れなくなってしまった。
それどころか、章刀に会うと条件反射で逃げてしまう始末。
不思議だ。
寝ても覚めても、昼寝をする時も食事をしているときも、章刀の顔が頭に浮かんでしまう。
昼寝はまともにできないし、食事もまともに味がしない。
ボクはいったいどうしてしまったんだ?
たしかに、ボクは章刀に対して特別な感情を抱いている。
でもそれは、もっと前からだ。
誰にも・・・愛梨や妹たちはもちろん、愛紗母様にも話したことはない。
恐らく章刀自身も覚えていない、あの時から。
それでも、今まででこんな気持ちになったことはない。
体全体が熱くて焼けそうだ。
ひょっとしたら、ボクはこのまま死んでしまうかもしれない
そう思えるほどに、未だにボクの心臓は静まろうとはしなかった。
もう少し、こうしていよう。
今のままでは、何をしても手につきそうになかった。
???「おや? どこの美女が頭を抱えてるかと思えば、見た顔だ」
晴 :「!? 昴・・・・」
石壁にもたれながら座り込んだところで、声をかけられた。
顔を上げると、昴が驚きと笑いが入り混じったような顔をして立っていた。
昴 :「晴姉上よ、何やら悩み事があるようですな」
晴 :「別に無いさ、悩みなんて・・・」
言ってはみたが、その嘘は昴には通じなかったようで、昴はクスリと笑った。
昴 :「無理はなさいますな。 姉上は表情に出さずとも、嘘をつくには向いておりませぬ」
晴 :「むぅ・・・・・」
相手が昴では、分が悪かった。
昴は、僕の隣に腰を下ろした。
その手には盃が握られていた。 多分、たまたまここに酒を飲みに来たんだろう。
選んだ場所と、時間も悪かった様だ。
昴 :「で、どうなされたのです?」
そう問われても、すぐに答える気にはなれなかった。
ボクが黙っていると、昴は持っていた盃に酒を注いで飲み始めた。
昴 :「言いたくないのなら、無理に聞きはしませんが。 誰かに話せば、楽になるということもありますよ?」
晴 :「・・・・そうだな」
すこし考えたが、思い切って話してしまおうと思った。
――――――――――――
昴 :「ふむ・・・・・」
ボクの話を聞き終えると、昴はもう何杯目かの酒を口に含んだ。
それを飲み下すと、しばらく考えた様子の後、ボクのほうに顔を向けた。
昴 :「私が思うに姉上よ。 それは、恋ですな」
晴 :「こい・・・・・?」
昴 :「そう、恋です」
晴 :「あの池にいる・・・・」
昴 :「その鯉ではありません!」
晴 :「むぅ・・・・・」
昴 :「恋。つまりは恋愛です」
晴 :「恋愛・・・・・・」
昴は、自信満々に言う。
恋愛という言葉は聞いたことはあるが、いまいち実感がわかなかった。
昴 :「確か、父上の国の言葉で、らぶといったはずです」
晴 :「・・・・らぶ? なんだか奇妙な響きだな」
昴 :「らぶとは、簡単に言えば相手のことを愛おしく思っているということです。
姉上は、兄上にらぶだということですよ」
晴 :「ボクが、章人にらぶ・・・・・か」
口に出すと、少しだけ実感できたような気がした。
胸に手を当てる。 先ほどよりは、いくらか心臓の鼓動は静まっていた。
晴 :「それで昴、ボクはどうすればいい?」
昴 :「ん? どう・・・・・といいますと?」
晴 :「ボクが章刀にらぶなのはわかった。 でもそれがわかったところで、ボクは章刀にあったらまた逃げてしまう。 どうすれば、この心のモヤモヤは晴れるんだ?」
昴 :「ふむ・・・・難しい問題ですな」
昴は顎に手を当てて、しばらく目を閉じて考えていた。
持ってきた酒は、もうすでに底をついたようだった。
昴 :「らぶとは、一種の病です。 ですが、どんな薬だろうとこの病は治りませぬ」
晴 :「じゃあ、ボクは一生このままなのか?」
そんなのは嫌だ。
このまま章刀を避け続けていたら、きっと章刀に嫌われてしまう。
昴 :「ご安心ください。 方法は一つあります。
ただ、この方法で姉上の心が静まるという保証はありませんが」
晴 :「なんでもいい、教えてくれ。 少しでも治る可能性があるなら、ボクはやる」
昴 :「わかりました。 とはいっても、それほど難しいことはありません。
その方法とは、相手に想いを伝えることです」
晴 :「想いを伝える?」
昴 :「はい。 つまり、姉上が兄上のことを好いている、と正直に打ち明けるのです」
晴 :「そうすれば、このモヤモヤはなくなるのか?」
昴 :「わかりませぬ。 さっきも言いましたが、この方法は絶対ではありません。
これによって姉上の悩みが解決するとは限りませんし、逆に悩みがもっと深刻になる可能性だってあります。 それでも、やりますか?」
晴 :「・・・・・わかった。 やろう」
少し考えて、うなずいた。
方法がそれしかないなら、初めからボクに選択肢はないのだ。
晴 :「でも、想いを伝えるとは言っても具体的にどうすればいいんだ?
ボクはいま、まともに章刀すら見れないんだぞ?」
昴 :「ハハハ。 姉上よ、想いを伝えるなどということは、そう難しく考えずともよいのです。
いいですか? まず・・・・・・」
―――――――――――――――――――
――◆――
また更にその翌日。
今日は、全員そろっての会議の日だ。
俺をはじめ、集まったみんなの中に、晴の姿はない。
昨日中庭で逃げられてから、晴には会っていない。
というより、正直会うのが怖かった。
会ったところで、どうせまた逃げられてしまうと思ったから。
今日のように、晴が会議の場にいないということは、さして珍しくない。
でも今日に限っては、それが俺のせいなんじゃないかと思えて、少し悲しかった。
麗々 :「・・・・・と、いうわけです。 どうでしょう、お兄様?」
章刀 :「え? ああ、ごめん。 なんだったっけ?」
麗々 :「ですから、もっと穀物の生産量を増やしたほうがいいのでは? という話です」
章刀 :「ああ、そうだったね。 いいと思うよ」
と言ってうなずいたものの、みんなの俺を見る目は少しあきれていた。
取り繕っているのがバレバレだったのは、自分でもわかる。
愛梨 :「兄上。 気になるのはわかりますが、晴の事は少し忘れてください。
今は大事な会議中なのです」
章刀 :「うん、ごめん」
涙 :「なんだよお兄。 晴姉とケンカでもしたのか?」
向日葵:「え? そうなの兄様?」
涙や向日葵が、愛梨の言葉を聞いて不思議そうな顔をした。
二人だけでなく、ほかのみんなも同じことを聞きたそうだった。
俺が晴の事を話したのは、愛梨だけだった。
章刀 :「いや、別にケンカとかじゃないよ」
俺は笑って首を振ったけど、心の中で不安だった。
ケンカなんかしていない。 そう思っているのは、俺の方だけかもしれないんだ。
愛梨 :「涙も向日葵も、余計な詮索はするな。 今は会議の方が大切だ」
向日葵:「はーい」
とまどっている俺を見かねたのか、愛梨が助け舟を出してくれた。
ほんとうに助けられっぱなしの俺である。
愛梨 :「中断して済まなかったな。 麗々、話を続けてくれ」
麗々 :「あ、はい。 では、続いての案件ですが・・・」
“ギィィ・・・”
麗々が話し始めたとき、それを遮るように玉座の間の門が開いた
入ってきたのは、晴だった。
愛梨 :「晴・・・・!」
愛梨や他のみんなは、晴を見てすこし驚いた様子だった。
でも、一番驚いたのは他でもない俺だ。
愛梨 :「遅いぞ晴。 今までどこにいたのだ?」
晴 :「・・・・・・・・・・・」
愛梨が晴の行く手を遮るように前に立ったが、晴は質問には答えず、愛梨をよけてまっすぐ進んできた。
まっすぐ・・・・・つまり、俺の方へである。
晴の雰囲気が、なんだかいつもと違う。
それは他の皆も気付いたようで、俺の方へ向ってくる晴を誰も止めようとはしなかった。
数秒もして、晴は俺のすぐ前で足を止めた。
俺をさけるどころか、まっすぐに俺の両目を見つめている。
章刀: 「晴・・・・・どうしたんだ?」
声が、少しひきつる。 晴は答えなかった。
こんな風に、晴の顔を近くで見るのは随分と久しぶりな気がした。
空を映したような青色の瞳が、相変わらずきれいだ。
その表情は、怒っている、という風じゃない。
かといって、笑っているわけでもない。
ただ見つめあっているだけのこの時間がなんだか気まずくて、俺は少し目を逸らした。
章刀 :「あの、さ・・・・・・んむっ!?」
何か言おう。
そう思った瞬間、俺の口は何か柔らかいものに塞がれていた。
一瞬の出来事。 しっかり分かったのは、急に晴の顔が近づいてきた事だけだった。
晴越しに見る皆の驚いた表情見て、何が起きたのかようやく分かった。
晴に、キスされたのだ。
それがほんの一瞬だったのか、それとも数秒だったのかはわからない。
キスを終え、晴の顔が離れていくのだけが、やけにゆっくりと感じた。
晴 :「・・・・・章刀」
章刀 :「は、はい・・・」
名前を呼ばれて、思わず敬語になっていた。
『いきなり何をするんだ』 ときく余裕さえ、俺にはなかった。
晴 :「はっきり言おう。 章刀、ボクは君にらぶだ」
章人 :「・・・・・・・へ?」
頭を、トンカチで殴られたような衝撃だった。
晴は、いたって真顔で、そんなことを言うのだ。
らぶって・・・・・ラブ? L・O・V・Eのことか??
横文字・・・・・・晴が? 何で??
トンカチの衝撃の後は、脳内でハリケーンが巻き起こった。
晴 :「らぶだよ章刀。 ボクは君が好きになったんだ」
章刀 :「いや、えっと・・・・・・」
困惑している俺とは対照的に、晴はなんだかやりきったような、満足そうな顔をしている。
もちろん、晴が言っていることは理解できる。
理解できるけど、俺が聞きたいのはそういう事じゃなくて・・・・・・
愛梨 :「は、晴! お前、いったいどういうつもりだ!!」
言葉を失っているみんなの中で、一番最初に愛梨が声をあげた。
怒鳴りながら口をパクパクさせて、同様しているのがまるわかりだ。
晴 :「ん? どういうつもりとは・・・・どういうことだ?」
愛梨 :「ばかものっ!! いきなり兄上のくち・・・・唇を・・・・と、とにかく、何をかんがえているのかと聞いているのだ!!」
愛梨が、まるで自分のことのように顔を真っ赤にしている。
ところが晴はといえば、事も無げに小首を傾げた。
晴 :「むぅ・・・・。 何かおかしかったか? ボクは昴の言ったとおりにしただけだが・・・・」
昴 :「ギクッ・・・・・!?」
みんなの後ろで、昴がビクついたのが見て取れた。
言われてみれば、昴の反応は他の皆と少し違った。
愛梨 :「昴・・・・・お前の入れ知恵かっ!!」
昴 :「ご、誤解です! 私は別に何も・・・・・」
晴 :「言ったじゃないか昴。 『細かいことは考えず、唇でも奪ってしまえ』と」
昴 :「晴ねぇさまっ!?」
愛梨 :「すぅ~ばぁ~るぅ~・・・・・・・!!」
愛梨の手には、いつの間にやら青竜刀が握られていた。
その背中に、何やら黒いオーラがみえるんだが・・・・・
昴 :「ま、待ってください! 確かに言いましたが、まさかみんなの前でやるとは・・・・・」
愛梨 :「問答無用―――っ!!!」
昴 :「ぎゃーーーっ!!!」
昴が逃げ出すと愛梨もそれを追い、二人は外へ出ていってしまった。
・・・・というか、なんで愛梨はあんなに怒ってたんだ?
涙 :「はぁ~・・・・。 仕方ねぇな、昴姉は」
向日葵:「うん。 それにしても、晴お姉さまってばだいた~ん♪」
煌々 :「・・・・・“コクコク”」
愛衣 :「ずるーい! 兄様、私にもちゅーしてよー」
章刀 :「できるかっ!」
桜香 :「ねぇ、うーちゃん。 さっきから騒がしいけど、どうしたの?」
麗々 :「あはは・・・・・。 お姉さま、世の中には見えない方がいいこともありますよ?」
桜香 :「えー! なにそれー!?」
愛梨と昴が出ていった後も、他の皆が思い思いに騒ぎ立てた。
目の見えない桜香だけが、何が起きたのかわからずにおいて行かれているようだった。
向日葵:「ねぇお兄様、返事は?」
章刀 :「え? 返事?」
愛衣 :「そーだよ。 せっかく晴姉さまが好きだって言ってくれたんだもん。 答えるのが礼儀でしょ?」
章刀 :「いや、でもな・・・・・」
我が家のおませさん二人が、面白がってはやし立てる。
言っていることは一理あるが、急に言われても・・・・・
晴 :「いいよ、章刀」
章刀 :「え?」
戸惑ってばかりの俺に、晴がやさしく言ってくれた。
恥ずかしくて、目は見れなかったけど。
晴 :「さっきのは、ボクが気持ちの整理をする為に一方的に言ったことだ。 君がそれに対して何かする必要はないよ」
章刀 :「じゃあもしかして、最近俺を避けてたのって・・・・」
晴 :「ああ。 この気持ちが何なのか・・・・それが分からなくて、思わず逃げ出してしまった。
すまない」
そう言って、晴れは頭を下げた。
章刀 :「はぁ~。 なんだ、よかった」
心のそこから、そんな言葉がこぼれた。
ここ数日胸につかえていたものが、一気に亡くなった気分だ。
晴 :「なぁ、章刀・・・・」
章刀 :「ん?」
おずおずと、晴が口を開いた。
晴 :「あんなことをした後でなんだが、その・・・・・怒ってないか?」
なんだか、今にも泣きそうな表情だったので、俺は晴の頭に軽く手をのせた。
その眼を見るのに、もう恥ずかしさは感じなかった。
章刀 :「怒るわけないだろ? ちょっと不安にはなったけどな」
晴 :「・・・・そうか。 よかった♪」
俺が笑うと、晴もつられて笑った。
本当に久しぶりに見る、晴の笑顔だった。
愛梨 :「待てー! 昴――!!」
昴 :「私は無実だーーっ!!!」
もう少ししたら、あの二人を止めに行こう。
追い回されている昴には悪いけど、今はもうちょっとだけ、この気持ちに浸っていたかった。
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どーも、みなさんお久しぶりです。
前回の投稿から、二か月も空いてしまい申し訳ありません。
前回までの内容を忘れてしまっている方も多いと思いますが、よろしければ読んでやってください 汗