No.567905 私の義妹がこんなに可愛いわけがない。 新たなる旅立ち2013-04-20 00:14:07 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:2116 閲覧ユーザー数:2048 |
私の義妹がこんなに可愛いわけがない。 新たなる旅立ち
「瑠璃~っ♪ 今帰ったぞ~」
201×年4月20日午後3時。俺が大学に入学したのを契機に一緒に暮らし始めた恋人に声を掛けながら帰宅する。
俺の声はいつもより上機嫌で末尾に♪記号を付けたいぐらいに弾んでいる。
何故かと言えば今日は瑠璃の18歳の誕生日なのだから。機嫌も良くなろうってもんだ。
きっと瑠璃も笑顔で俺を迎えに来てくれるに違いない。何たって俺たちは誰もが羨むラブラブ仲良しカップルだからな。瑠璃が高校を卒業したら籍も入れる予定だし♪
さあ、現同棲相手の恋人にして近未来の愛妻よ。学業に疲れて帰ってきた未来の旦那をその麗しのエプロン姿で癒しておくれ。この際だから裸エプロンをキボンヌ♪
「…………って、迎えに出て来ないよセニョリータァ……っ」
瑠璃さんは30秒待っても1分待っても玄関に出てきません。それどころか返事すらしてくれません。
ちなみに今の我が家は東京西部某所の住宅街の中に存在するワンルーム。手前に洗面所や風呂やトイレが配置されていて、その奥に9畳の部屋が存在する。部屋と玄関の間には廊下と扉が存在するとはいえ、俺の声が聞こえないなんてことはない。
女物の黒い革靴が3足あるので出かけているということもないはずだ。
「うん? 何で3足なんだ?」
靴の多さに疑問を抱く。1足は確かに瑠璃のもの。後の2足は瑠璃の靴と微妙にデザインが異なる。
「誰と誰が来ているんだ?」
頭を捻りながら考える。
俺の彼女はぶっちゃけると友達が少ない。
確かに最近の瑠璃は邪気眼中二病的な振る舞いはかなりなりを潜めるようになった。少なくとも一般人の前では常人と変わらない対応を取れるようになっている。
瑠璃が一生懸命に自分を変えようと努力した結果に他ならない。
けれども、だからと言って瑠璃に急激に友達が増えるということもなかった。瑠璃は桐乃や沙織をはじめとするごく少数の友達に対してとても厚く遇するタイプ。だから元々浅く広く多くの友達を求めるということをしなかった。
「黒……3足ともお揃いのセンスを感じる靴。ってことは……」
瑠璃の交友関係はごく限られている。その中身は俺も大体把握している。靴を見ながら持ち主を予測してみる。
色とデザインから、桐乃やあやせ、加奈子といった光の当たる世界の知り合いの可能性を消す。沙織や瀬菜も漆黒の靴は履かない。
となると、瑠璃の裏側の友人の可能性が高いわけだが……脳裏に瑠璃とそっくりな立ち居振る舞いをする2人の可愛らしい少女の姿が思い浮かんだ。
「幾ら誕生日とはいえ、2人とも東京までわざわざ出てくるのは大変だろうに……」
考え事をやめて瑠璃の2人の親友に対して挨拶に行くことにする。何時間も掛けてわざわざ会いに来てくれた大切な来訪者を俺が無碍にするわけにはいかない。
こんないい友達ができるのなら邪気眼中二病もちょっと良いかもしれない。そんなことを考えた。
「瑠璃ぃ~。今帰ったぞぉ~。それから2人とも、遠路はるばるよく遊びに来てくれたな」
扉を開けながら声を掛ける。瑠璃と邪気眼中二病仲間の友達に向かって。
そして俺は色々な驚きを体験することになった。
「京介、お帰りなさい。丁度今、儀式の準備が終わった所よ」
俺の恋人は久方ぶりに自作のゴスロリ衣装を着ていた。まだ俺たちが付き合う前から着ていた最も馴染み深い服。だが、3年前によく着ていたその服を見て思うこともある。
「その服がまだちゃんと入るということは……はぁ~。俺の努力がまだ足りてないということだろうなあ」
瑠璃の胸の部分をジッと見ながらため息を吐く。付き合い始めた頃と比べて瑠璃には身体的変化がほとんどない。身長体重的な話だけでなく胸的な話でもだ。
「胸は揉めば大きくなるというのは単なる俗説だったらしいな」
もう1度大きなため息が出た。
「きょっ、京介ったら友達がいる前で何て卑猥な話をしているのよっ!」
瑠璃が顔を真っ赤にして怒った。怒った顔も可愛い♪
「ああっ。スマンスマン」
瑠璃ではなく2人の友人に向かって頭を下げる。ニヤけた顔を恋人に見せたらまた怒られそうだった。
「クックックック。悠久の時を生きる我、レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌にとってそのような猥談でダメージを与えようなどと画策するのは無駄の極地……うっうっう~」
金髪ツインテールに青と赤のオッド・アイが特徴的なレイシスこと羽瀬川小鳩は顔を真っ赤にして俺たちから目を背けた。気にしていないと言いながらすごく気にしている。
レイシスは随分なブラコンであるらしく、誰もが羨む可憐な容姿を誇りながら一度も彼氏を作ったことがないらしい。勿体無いような、彼女が誰か特定の男のモノになってしまうのは惜しいようなそんな複雑な想いを抱かせる美少女だ。
「ちょっと京介。私の友達をいやらしい目で見ないでちょうだい。浮気は呪うわよ。死よ」
「う、浮気だなんてとんでもない……」
瑠璃は勘が鋭すぎてちょっと困る。
レイシスは今月から高校生になった。中二に出会った頃と比べると随分と大人っぽくなった。たまにドキッとさせられる色っぽさを感じる。
なんて、心の内を知られたら瑠璃に殺されかねない。瑠璃は浮気にとても厳しいのだ。いや、浮気なんてしたことないのだけど。
「長生きをしたいのなら不埒なことを考えないことね」
「…………イエス、マム」
俺の愛する彼女にモノローグは筒抜けらしい。
「以心伝心。堕天聖黒猫とその生涯の伴侶は既に言葉を交わさずとも互いの意思を完璧に通じ合わせている。羨ましい」
一方でレイシスの隣に座る眼帯にショートカット少女は俺と黒猫のやり取りをキラキラした瞳で見ている。と、思っていたら急に俯いて落ち込んでしまった。
「邪王真眼の使い手である私でさえまだ完璧にできないことをこうも易々とやってのけるとは。そこに痺れる憧れる。でも、勇太さえもっとその気になってくれれば私だって……」
邪王真眼こと小鳥遊六花はフローリングの床に“の”の字を書きながらブツブツと述べている。
「大体、付き合って1年以上経つのにまだキス以上のことをしてくれない勇太は奥手過ぎる。これじゃあいつまで経っても私と勇太が一番深く繋がることができない……」
瑠璃と同い年の邪王真眼には付き合って1年半になる彼氏がいる。だが、その彼氏、富樫勇太は相当に奥手な人物らしくて、邪王真眼は欲求不満が高まっているらしい。
邪王真眼と瑠璃はよく彼氏に関する情報を電話やチャットで交換し合っている。
この間瑠璃が彼女と電話していた時には、俺たちの初体験の時の話で延々と盛り上がっていた。その会話が狭い我が家で否応なしに耳に入る俺は途中で恥ずかしさのあまり何度も死にそうになったのは言うまでもない。
ていうか女ってどうしてそんな話を堂々とできるんだ?
「何はともあれ2人とも、瑠璃の誕生日を祝いに遠い所から来てくれてありがとうな」
レイシスと邪王真眼にはちょっと変わった所がある。けれど、わざわざ東京まで訪ねてきてくれたのはとても嬉しい。瑠璃の彼氏として誇らしい気分だ。
「クックックック。我の瞬間跳躍をもってすれば東京に足を運ぶなど造作もない」
「友達の祝い事に駆け付けるのは当たり前」
2人は何でもないことのように言ってのける。
そんな彼女たちを見ていると、桐乃のヲタ友達(要するに瑠璃と沙織のこと)が妹に見せた友情の厚さに感動した日々を思い出す。
そんな妹は今また海外留学中。いや、近い将来向こうの方が桐乃の本拠地になるかもしれない。
海外と言えば、沙織もまた社長令嬢として父親の商談に同行して海外渡航中。今日この場に来られないことをとても残念そうに話していた。
桐乃といい沙織といい何ともグローバル規模のオタク友達だ。
そんなこんなで桐乃たちはこの場に来られない代わりに、邪気眼中二病友達が国内の遠路はるばる尋ねてきてくれている。
恋人である俺と2人きりの誕生日(瑠璃の妹の日向ちゃんと珠希ちゃんはわざわざ気を使ってくれて今日はここに来ない)もいいけれど、こういう賑やかなのはもっといい。
……ほら、瑠璃って友達少ないから、こういう機会に友達の存在を確認するととても安心するし。
「いい話に見せて、とても失礼なことを考えているわね」
瑠璃のジト目が俺を刺す。
「言わせてもらえば、私はむしろ貴方の男友達をほとんど見たことがないのだけど?」
「赤城とかゲー研部長とか真壁くんとか御鏡とかいるだろうが」
俺の自慢の男友達の名を挙げて反論する。
「みんな高校時代からの友達じゃないのよ。私は大学に入ってから新しくできた友達を見たことがないって言っているのよ」
瑠璃の指摘は実に手厳しかった。
「そ、それはアレだ。大学って、ほらさ、特に文系の場合だとサークルにでも入らないと親しい友人はできにくいっていうか。だって授業一緒になるのもほとんどないし」
「なら、サークルに入ればいいじゃないの」
「俺は瑠璃との時間とバイトを優先してだなあ」
「週に1度ぐらいにやっている緩めのサークルでも友達はできるわよね?」
瑠璃の言葉は要所要所俺の痛い所を攻撃していくれる。
「確かに俺は大学に入ってから熱心に友達作りしてません。同じゼミに通っているから一緒に飲みに誘われるぐらいの仲の浅い付き合いしかいません……」
連続殺人を告白する犯人の心境。そう、俺には瑠璃以上に同性の友達が少なかった。
「私に対しては友達が少ないことを悪徳として説きながら、自分は1人で過ごしている。しかもそれを悪いとさえ思っていない。一般人にありがちな傲慢よね」
「マジ、すんません」
瑠璃に対して深く頭を下げる。寂しい人間関係を送っているのは俺の方だった。
「でも私は、京介に男友達が少なくとも構わないと思っているわ。浅く広い交流なんて私には価値のないものだもの」
瑠璃は俺を指差しながら自説を披露する。ちょっと腹立たしいが反論できない。
「けれど、京介の問題は他にあるわ?」
「へっ?」
わけが分からない俺に対して瑠璃は瞳を鋭くして光らせた。
「京介からは毎月のように新しい女の匂いが漂ってくるのだけど、これはどういうことかしら?」
「あの……瑠璃さんが何をおっしゃっているのか俺にはよく分からないのですが?」
冷や汗を垂らしながら答える。ちなみにこの冷や汗は浮気がばれて流しているものではない。本気で心当たりがないから流れている恐怖の汗だった。
「京介の服に女物の香水や化粧水の匂いがよく移っているのよ。その匂いを嗅ぎ分ければ次々に新しい女が京介に近づいているのが分かるのよ」
瑠璃は俺のワイシャツの襟の部分に鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「確かに、大学やバイト先で女の子と知り合う機会は多いけど、断じて浮気なんかしてないぞっ!」
大声で自分の無実を訴える。
「別に私は貴方が浮気をしているとは思っていないわ。でも、貴方に女の知り合いばかり増えていくのは彼女として面白くないのよ」
瑠璃はムスッとしながら唇を尖らせて抗議の意を示した。
「心配しなくても俺は瑠璃一筋だっての」
ギュッと抱きしめて彼女を安心させる。瑠璃の拗ねた仕草は抱きしめて欲しいという合図なのだ。俺の彼女は素直じゃないのだ。
「……今日だって私よりもレイシス卿に見惚れちゃってなによ。私は来年には貴方の妻になるというのに……」
俺の胸の中でブツブツと文句を述べる瑠璃。でもその両腕は俺をしっかりと抱きしめて離さない。
「悪かったって。俺にとって世界で一番可愛いのは瑠璃だよ」
「……男は何だかんだ言ってもみんな金髪碧眼にメロメロなのよ」
「俺は瑠璃の綺麗な黒髪が一番好きだよ」
「……本当は私みたいな偏屈女よりも素直で明るい子が好きなんじゃないの?」
「俺には瑠璃が一番だって。瑠璃以外考えられない」
俺に抱きしめられたまま瑠璃の愚痴は止まらない。俺はそれにちゃんと答えて返す。
ちなみにこれは瑠璃が愛の言葉を囁いて欲しい時に見せるジェスチャーだったりする。
言い換えればこの拗ねは形式美なのだ。
「俺は瑠璃のことを愛しているよ」
「なら……証拠を見せて。言葉だけじゃなく態度で」
顔を真っ赤にしながら瑠璃は告げた。そして顔を上げて目を閉じた。
「愛してるぜ。瑠璃……」
恥ずかしがりながらも顔を上げたままの瑠璃の唇に俺はそっと自分の唇を重ねた。
「こ、コイツら。ウチらがいるのに昼間から堂々とキスしおっちょるばいっ!?」
「羨ましくない。羨ましくない。勇太だっていつかあんな風に堂々とキスしてくれるはず……」
……レイシスたちがいるのをすっかり忘れて2人の世界に入っていた。もっとTPOを考えるべきだったと思いながらゆっくりと唇を離す。
「いつもこういう風にして私のことを大切にしなさいよね」
瑠璃は誇らしげな表情で俺に注文をつけた。
「はい。肝に銘じておきます」
軽く頭を下げながらお言葉を承る。
普段であれば、このまま押し倒して2人の愛をより深める展開なのだけど……。
「う、ウチにはあんちゃんがいるから、ちっとも羨ましくなんかないんじゃ。アホォーッ!!」
「私も勇太に堂々とキスして欲しいっ♪」
こんな風に外野にガン見されている状態でそれができるはずもなかった。
ていうか、幾ら瑠璃の機嫌を直すためとはいえ、人前で恥ずかしいことをしてしまった。
俺の今の心境は針のむしろだった。
「そう言えば、さっき儀式の準備がどうとか言っていたけれど、一体何の儀式だ?」
恥ずかしさに耐えかねて急遽話題を変えることにする。
室内を見渡せば誕生日パーティーらしい明るい飾り付け……ではなく、おどろおどろしい黒魔術用の装飾がなされている。室内がやたら黒いし、骸骨マークや悪魔を象った置物がいくつも置かれている。
更に邪王真眼が持ってきたカーペットには魔方陣が描かれている。テーブルには燭台に刺さったロウソクが3本立っていたりと随分な手の込みよう。
この部屋の光景を見てこれが誕生日パーティーと思う輩はほとんどいないだろう。コイツら的には普通なのかもしれないが、世間さま的にはかなりアウトなレイアウトだ。
「これだけの準備を見ながらまだ何の儀式か分からないと言うの?」
瑠璃は首を傾げた。
「邪神崇拝の儀式だって言われたらすっげぇ~納得するけどな」
少なくとも誕生日パーティーじゃない。
「はぁ~。私の伴侶になろうというべき男が……漆黒としての覚醒が足りてないわよ」
「え~と。そういうのは後で勉強しますので、今は正解をお願いします」
「じゃあ、言うわよ」
瑠璃はコホンと咳払いをしてから答えを述べた。
「私たちが準備したのは、目前に迫った地球滅亡から人類を救うための儀式よ」
瑠璃はごく真顔でそう説明した。
「はあっ?」
俺には最愛の恋人が何を言っているのかまるで分からなかった。
「目前に迫った地球滅亡から人類を救うための儀式って……そういう設定の遊びなのか? それとも中二病が悪化しちゃったのか?」
瑠璃の突飛な言動にどう対応すべきか分からない。
「この千葉(せんよう)の堕天聖改め東京(あづまみや)の堕天聖高坂瑠璃の夫となるべき男とは思えないくだらない返答ね」
瑠璃は大きくため息を吐いた。
「高坂瑠璃って……まだ俺たちは結婚していないだろう」
「あら? 忘れたのかしら? 婚姻届は後貴方のサインだけで提出できる状態に同棲を始めた時からずっとなっていることを。決まっていないのは貴方の覚悟だけよ」
瑠璃の視線が厳しい。まあ、彼女の言い分も分かる。結婚をはぐらかしているのは俺の方だから。でも、俺にだって今すぐ結婚できない理由は当然にある。
「高校生幼な妻はさすがにまずいだろう」
「学校が認めないのなら、高校を辞めれば良いだけのことだわ」
瑠璃の言葉には残念ながら何の躊躇も含まれていなかった。言い換えれば瑠璃は結婚の障害となるのなら学校を辞めることを厭わない鉄の意志を固めてしまっている。
「瑠璃が高校を卒業したらちゃんと籍を入れます。だから今は自称妻、事実婚ってことで勘弁してください」
深々と頭を下げながら瑠璃に懇願する。
高校中退なんて事態になったら五更のお義父さんお義母さんに申し訳が立たない。高校はちゃんと卒業することを条件に同棲を認めてもらったのだし。
その割に孫はまだなのかとよくせっつかれるのだが……。
「まあ、ヘタレ夫をいじめるのはこれぐらいにしましょう」
「ヘタレって言うな……」
いや、ヘタレだけどさ。
「今大事なことは、私が高校を卒業して京介と夫婦になるためには、来年の3月まで地球が存続していないといけないということよ」
「スケールでかい話だなあ」
地球の存亡と俺たちの未来が直結しちゃったよ。
「そして、地球存続のためには迫り来ている滅亡を防がなければならないの。私たちのこの手で」
「いきなりセカイ系物語の話をされてもちょっと付いていけないんだが……」
邪気眼中二病と地球滅亡は切っても切れない関係。重度の患者が3人も集まればそんな話が出てくる展開は少しもおかしくない。けれど、一般人の俺に同意しろというのは無茶な話だろう。
「私はラノベの話をしているのではないわ。現実と妄想をごっちゃにしないでちょうだい」
ムッとした瞳で怒られた。
「瑠璃にそれを言われると思わず泣いてしまいそうになるよ」
「まだ信じないようね。なら、テレビを見てみなさい」
瑠璃はテレビを指差した。部屋には少々不釣合いな大型の1品。昨今の家電の価格破壊の恩恵を蒙って俺のような金のない若者でも購入できた。2人で見るのは大概アニメだが。
「分かったよ」
瑠璃の剣幕のすごさに押されてリモコンのスイッチを押してみた。
『臨時ニュースです。恐怖の大王が10数年遅刻して明日地球に到着するとの宇宙外電が入ってきました。恐怖の大王が到達すれば地球は滅亡です。破滅のカウントダウンです! もうおしまいですっ! 全裸になりたい衝撃が今私を押し寄せていますっ! いや、むしろ今すぐ脱ぎたいと思いますっ!』
NHK(日本秘密結社Nihon Himitsu Kessya)中年男性アナウンサーがマイクを片手に絶叫している。ただ事でない雰囲気だった。
「何だこの事態は?」
あまりにも突然の事態に冷や汗が流れ落ちる。どう受け止めるべきなのか皆目見当がつかない。けれど、もしこの放送で騒いでいることが事実なら──
「本物の地球の危機なんて俺たちの手でどうにかできるわけがないだろうがっ!」
ただの大学生と邪気眼中二病患者3人にどうにかできるわけがない。ただの少年少女が地球を救うとか、そういうのは他の作品でやって欲しい。
「……確かにこうなってしまった以上、私たちに恐怖の大王を止める手段はないわ」
瑠璃はまたあっさりと了承してみせた。
「えっ? なら、一刻も早く少しでも安全な場所に避難しようぜ!」
ちょっと拍子抜けしながら避難を提案する。だけど瑠璃は首を横に振って答えた。
「確かに私たちに恐怖の大王の破壊を止めることはできない。でも、恐怖の大王の襲来をなかったことにすることはできるわ」
「はあっ? どうやってだよ? なかったことってどういうことなんだ?」
瑠璃の言っていることがまるで理解できない。
「低俗な貴方にも分かるように説明すると、私と京介が時間逆行して過去へと飛んで恐怖の大王出現フラグを消してしまえば良いのよ」
説明を終えた瑠璃が見せたのはドヤ顔だった。
「え~と、なんだ」
頭を掻きながらどう反応すべきか脳内で迷う。
「時間逆行とか過去を変えて未来を変えるとか、そういうのは俺たちの領分を越えた超科学だぞ」
そういうのはシュタインズ・ゲートとかドラえもんでやって欲しい。古い映画だとバック・トゥー・ザ・フューチャーなんかがそれに当たるか。
どちらにせよ中二病という名の能力的には常人がどうこうできる問題じゃない。
「科学ではなく魔術の力で過去に行くのだから問題は何もないわ」
「問題ありすぎだっての!」
俺の最愛の人はたまに人類未踏の地点へと旅立ってしまう。困ったもんだ。
「細かい設定は後付けで考えていくのだから、さっさと過去に行くわよ」
瑠璃が荒縄を見せてニヤッと笑う。縛るってでも俺を過去に送り込む気に違いなかった。
「そんな危ない橋を渡れるかっての!」
危険を悟った俺が1歩後ろに飛び退ける。だがそれこそが瑠璃の狙いだった。
「クックックック。愚かなり、高坂京介」
「邪王真眼はその後退を4000年前から既に予測していた」
背後からレイシスと邪王真眼の笑い声が聞こえた。2人の少女は手にロープを持った状態で俺の周囲を逆回転に回り始めた。
「しまったぁ~~~~っ!?」
気付いた時にはもう遅かった。俺はロープで何重にも縛られて身動きを取れない状態にされてしまっていた。
手足の動きを完全に封じられた俺はイモムシのようにして床へと転がった。
「これはちょっと酷いんじゃないのか? せっかく今日は瑠璃の誕生日を祝うために早く帰ってきたのに……」
地面に転がる俺の非難の声を受けて瑠璃はバツが悪そうに目を逸らした。
「京介の気持ちは嬉しいのだけれど……今は地球滅亡の危機なのよ。仕方ないわ」
「どう仕方ないんだ?」
「だって貴方、縄を解いたら逃げようとするでしょ。私たちを連れて」
瑠璃は頭を掻いた。
「それは当然だろ。どこにあるんだか知らないが、お前たちを連れて安全圏まで逃げるさ。それが俺の責任だもの」
瑠璃は小さく息を吐き出した。
「貴方ならそう言うと思ったわ」
「なら、解け。そしてみんなで逃げるぞ」
「そういう訳にもいかないのよ」
瑠璃は首を横に振った。
「何故?」
「恐怖の大魔王を呼び出すフラグを立てたのが京介の関係者だから、よ」
「へっ?」
今度こそ最大級に間抜けな声が出てしまった。
「何だよ、それ?」
瑠璃の言葉の意味が今まで最も分からない。
「京介が地球滅亡の一端を担っている。だから、私たちだけが安全圏に逃げるという選択肢は道義的に選べないって言っているのよ」
「いや、そうじゃなくて、だな」
「わっ、私は、京介の妻だから。夫のしでかしたことに対する責任を一緒に取るつもりよ」
瑠璃は顔を真っ赤に染めながら照れた。
「だから、な。何故恐怖の大王を招来させたのが俺の関係者ってことになっている?」
「邪気眼中二病ネットワーク略してJCN(Jakigan Chunibyo Network)が総力を挙げて調べ上げた結果よ」
「これ以上ないぐらいにソースが信用できねえ」
ちょっと泣いてしまいそうなぐらいに酷い情報源だ。そして名称が酷すぎる。
「あらっ? 恐怖の大王による世界滅亡が明日に迫っていることを正確に予報したのはJCNだけよ」
「邪気眼中二病は世界の終末を年がら年中考えているような連中だろうが」
毎日惨事を予言し続ければいずれ当たるだろう。だがそれを予言と呼べるかは別問題だ。
「とにかく、JCNは恐怖の大王の襲来及び、その原因が京介の関係者にあることを突き止めたわ」
「もうそれは真実ってことにしてしまうんだな……」
諦める。そこを訂正するのはもう諦める。きっとそこに至る説明を聞いた所で誰にとっても面白くない謎の話が展開されることだろう。なら、俺がすべきことは……。
「俺の関係者って誰なんだよ? ソイツをどうにかすれば、地球滅亡を回避できるんじゃないのか?」
「1つ目の質問に対しては、どんなに調査しても貴方の周囲の親しい女の誰かという所までしか分からなかったわ」
瑠璃は目を固く瞑って首を横に振る。
「そして2つ目、その女……ヒロインとの間に立ててしまった何らかのフラグによって発生したイベントの結果が現状なのよ。今更その子が死んだって結果は変わらないわ」
「地球滅亡エンドを含むとは穏やかじゃないギャルゲーだな」
俺の口からため息が漏れ出た。
「大体、その理屈で言うのなら俺は瑠璃ルートに入っているハズだろ。何で他の女の子のルートで地球滅亡エンドになるんだよ?」
「地球滅亡は日常の消化イベントの1つに過ぎないかも知れないわ」
「俺は嫌だぞ。選択肢1つ間違っただけで、地球滅亡が簡単に訪れるゲームは」
またため息が漏れ出た。壮大すぎて嫌なイベントだ。
「私だって……自分が引き金になっているんじゃないかと疑ってもいるわ」
瑠璃の表情と声は沈んでいる。自分のせいで地球滅亡、しかもマジものと言われたら誰だって凹むだろう。
「京介とのベストエンディングに至るのに何かが欠けていたからこんな事態になったんじゃないのかと思ったり。もしくは京介と結ばれたこと自体が……」
「おいっ!」
大声を荒げて瑠璃の話を否定する。
「俺たちが結ばれたことが間違いだなんて冗談でも言うなっ!」
「そ、それは、私だって、そんなはずないって思ってる。でも……」
瑠璃は酷く狼狽している。全身がガタガタ震えて床が音を立てている。
そんな狼狽ぶりを見て何故瑠璃が熱心に過去へ行こうとしているのかようやく理解できた。だからつまり、俺のやるべきことは……。
「つまり、俺と瑠璃が過去に行って俺たちが結ばれ、なおかつ地球が滅亡しない現在へのルートを構築すればいいってことだろ」
俺の言葉を聞いて瑠璃の顔が、レイシスの顔が、邪王真眼の顔がパッと明るくなった。
「クックックック。さすがは堕天聖黒猫の生涯の伴侶となる男。遅まきながら自身の使命にようやく気付いたようだな」
「不可視境界線を越えて運命を勝ち取れ」
瑠璃の友達2人は俺を見ながら力強く頷いてくれた。
「フラグなんてもんは主人公が別行動を取ったり違う選択肢を選べばすぐに折れちまうもんだ。地球を救うのなんて訳ねえよ。勿論俺たちの愛は不変でな」
「京介……っ」
瑠璃が熱っぽい瞳で俺を見ている。
「大丈夫だ。お前の恋人を信じなさい」
「はいっ」
瑠璃は気持ちよく頷いてくれた。
「それで、過去に行く方法は…………やっぱ、教えてくれなくて良いです」
レイシスと邪王真眼が手に手に巨大なハンマーを握っているのが見えた。
これ以上は聞かないことにする。邪気眼中二病科学は世間一般の科学体系とは異なるのだろう。そう思い込むことで自分を納得させる。
「それで、過去に戻って歴史が変わったことをどうやって確かめれば良いんだ?」
瑠璃は4インチぐらいの液晶画面を持つタブレットPCらしきものを俺に見せた。
「このタブレットはJCN特製のもので、ごく断片的にだけど今と過去で通信ができるの」
「おおっ! それは凄い」
何かSFチックだ。コイツら的には魔術なのだろうけど。
「とはいえ、分かることは地球が救われたかどうか。そして1ヶ月に1度メールを送受信できる程度よ」
「自由に通話できるわけじゃないのか」
「この地球滅亡確認ツールを開くの。そして赤色だったら地球滅亡の事態がいまだ進行中、緑になったらセーフよ」
瑠璃は画面下半分が真っ赤になっているアプリを開いてみせた。
「じゃあ、このアプリが緑になったら今の時間軸に戻ってくれば良いんだな。どうやって戻れば良いんだ?」
「さあ?」
瑠璃は首を捻った。
「過去の世界のレイシス卿や邪王真眼の力を借りれば或いは戻れるかも知れないけれど……」
瑠璃は2人の友達を見た。
「クックックック。偉大なる夜の眷属の我といえども、未来に人間を送る術は知らぬ」
「不可視境界線は現在から過去への移動は可能。だが、その逆についても可能であるという報告例はいまだない」
レイシス達は首を横に振った。
「一方通行ということか」
過去を変えてそのまま暮らし続ける。つまり、それは今のこの幸せライフを捨てるのと同義なわけで……う~ん。
「だから、私も一緒に行くわ。京介と離れ離れになんかなりたくないもの」
決然とした表情で語る瑠璃。瑠璃が俺と2人での時間逆行にこだわる本当の理由が分かった。
「なら、2人で行こう。俺たちはずっと一緒だ」
「はいっ」
気持ちよく頷いてくれた瑠璃。例え地球を滅亡から救えたとしても、この瑠璃と結ばれていない世界じゃ意味がない。人の命は地球よりも重いというが、最愛の恋人の命はやはり地球と比べて遜色ないものなのだ。
「じゃあ、過去に戻って地球滅亡フラグを叩き折れば、この世界が救われることにリンクするってことになるわけだな」
レイシスは微妙に目を逸らした。邪王真眼も目を逸らした。
「多分。そうじゃ。断言はできへん」
「過去が変わった場合に、この世界にいかなる影響が及ぼされるかに関して確実なデータは存在しない」
「じゃあ、俺と瑠璃が過去に戻った世界は地球滅亡を免れるかも知れない。けれど、この世界はそのまま地球滅亡するかも知れないってことか?」
喋りながらドラゴンボールの一場面を思い出す。
トランクスは人造人間によって人類絶滅一歩手前まで追い込まれてしまった世界の運命を変える為に過去の世界へとやってきた。
トランクスの介入の甲斐あって、人造人間は倒され人類は滅亡の危機から救われた。
けれどトランクスが介入した世界は全くの別存在となり、元の世界へと戻ったトランクスの前には荒廃した何一つ変わらない世界が広がっていた。
トランクスはパワーアップしていたので人造人間を撃破。世界の脅威を取り除くことには成功したものの、死んでいった人々が生き返ることはなかった。
「もし、ドラゴンボールのトランクスのような事例だったら、過去を変えても意味がないんじゃ?」
この世界のレイシスたちはどちらにせよ地球と運命を共にしてしまう。
「クックックック。難しいことを考える必要はないのじゃ。ご都合主義で何とでもなる」
「正直に言えば、過去に戻ってヒロインたちを弄って異なる人間関係を形成するのが目的。世界とか割とどうでも良い」
レイシスと邪王真眼はやる気のない瞳で答えてくれた。
世界の命運 < ヒロイン弄り
どうやらこの話はシリアスではないらしい。
「つまり、俺がなすべきことは……」
「京介が知り合いの女たちを落としていきながら今とは異なる人間模様を築いていけば地球は救われるって話よ」
「つまり俺のイケメンぶりが世界を救うってそういうことなわけだな」
「顔は良くなくてもフラグを立てる能力だけは一級品の貴方に世界の命運はかかっているのよ」
「フッ。謙遜するなよ。俺はイケメンだろ?」
「…………微妙ね」
……俺の嫁は評価が厳しいです。
「……京介の魅力は外見じゃないんだから」
瑠璃は何か付け足したが俺にはよく聞こえなかった。
「じゃあ、次はいつの時代に飛ぶかという話なのだけど……」
瑠璃は難しい表情を見せた。
「JCNの調査の結果、今回の事態を引き起こした京介の関係者は今現在京介と何らかの接点があると出たわ」
「じゃあ、大学で知り合った子の可能性もあるわけか。浅く広い付き合いとはいえ、候補はだいぶ広がっちまうぞ」
瑠璃は首を横に振った。
「JCNの調査によれば、少なくとも1年半以上の縁があるらしいわ」
「じゃあ、俺が高校生までに知り合っている子に限定ってわけだな」
今度は首を縦に振ってみせる瑠璃。
「京介が今も接している女で、最も古い付き合いのある子は誰なの?」
「桐乃の場合はアイツが生まれた時からずっと。麻奈実の場合も幼稚園に入った時にはもう知り合っていた仲だ」
瑠璃は目を瞑った。
「それじゃあ長すぎるわね。じゃあ、その次は?」
考える。今でも付き合いがある子の顔を順番に思い浮かべていく。
「う~ん。その次は瑠璃と沙織だな。俺が高2のあのオフ会が初めて会った時だな」
「随分飛ぶのね」
瑠璃は呆れた声を出した。
「中学時代にな……ちょっと元気が有り余ってやり過ぎちゃって人間関係をほとんどリセットしちゃったんだよ」
「ふ~ん」
瑠璃は深く頷いてみせた。
そう言えば瑠璃にはまだ俺の中学生時代のことを話していなかった。瑠璃とは別の種類の中二病にかかっていた俺のことを。
「まあ、その話はいずれ聞かせてもらうわ」
瑠璃が目を開けてもう1度俺へと向き直る。
「でも、貴方の人間関係が断絶してくれているおかげで対策が明確に取れるわ」
ニコッと笑う瑠璃。
「3年前に飛んで、知り合いの女と1人1人接触していきながら地球を救うわよ」
「そうだな」
瑠璃に頷いて返す。
正直よく分からないことだらけだ。でも、自分がやるべきことは見えた。地球の存亡に関わっているのだ。全力でやろう。
「じゃあ、過去に行くか」
「ええ」
頷き合う俺と瑠璃。
「飛ぶ前に一言だけ告げておくわ」
「何だ?」
瑠璃はフッと微笑むと、背伸びをしてつま先立ちになって俺に……キスをした。
「る、瑠璃?」
「私は京介を信じている。だから京介も私を信じて。そして、困ったことがあったらすぐに連絡して話してちょうだい」
「そう……だな。俺たち2人の信頼が地球の運命を変えるんだもんな」
俺からも瑠璃にキスをし返す。
「……お前ら、ウチらが見ていることを忘れすぎじゃ。見てるこっちが恥ずかしか!」
「地球が救われたら私も勇太とラブラブたくさんする」
友人2人の言葉がちょっと耳に痛い。
「さあ、過去へ出発だ」
「絶対に地球と私達を救うわよ」
瑠璃と手を取り合って頷き合う。
そう言えば過去への飛び方って…………あっ!
「ちょっと待っ……」
制止を求めた瞬間、レイシスと邪王真眼が大きなハンマーを俺と瑠璃に向かって振り下ろしているのが見えた。次の瞬間、俺の意識はぷっつりと途絶えた。
やっぱり物理的に今の時代とリンクを切るんだな……。
「…………何だ、今のあまりにもしょうもない夢は?」
いつの間にかうたた寝してしまっていたらしい。
とても荒唐無稽な夢を見ていた。
夢の中で俺は大学生になっていて、高校生の彼女と同棲していた。
そして、恐怖の大魔王が出現して、その出現をなかったことにする為に恋人の瑠璃という少女と共に過去に戻ることにした。
「俺って……こんな中二病患者だったのか?」
夢とはいえその荒唐無稽ぶりに呆れてしまう。
俺の名前は高坂京介。大学2年生。
アレっ?
いや、俺は確か今月高校2年生になったばかりのはずだ。
どっちが本当の俺なんだ?
「頭がごちゃごちゃする。何か、何か他に思い出せることはないか?」
俺と一緒に未来から来たはずの彼女のことを思い出してみる。
彼女の名前は五更瑠璃。来春には結婚を約束している。
いや、ちょっと待て。
俺には生まれてこの方彼女なんてできたことはなかったはずだ。あんなに可愛い婚約がいるわけがない。
それに俺には五更瑠璃なんて名前の少女の知り合いはいな……あれっ?
「黒猫……白猫……神猫……色んな瑠璃の姿が思い浮かべられる。細部まで鮮明にだ」
瑠璃との思い出が大量に脳内に湧き上がってくる。その一つ一つがどれも鮮明で、ただの妄想の産物とは思えない。
でも、その妄想の多くは、俺が高3だったり大学生だったりと、高2の俺が体験し得るわけがないもの。よって本当のことであるはずもない。
いや、本当に俺は今高校2年生なのか?
「どうなっちゃってるんだよ、俺は!?」
高2の俺と大学生の俺が脳内でごっちゃになっておかしくなってしまいそうだった。
今いる部屋は、俺がオヤジやおふくろ桐乃と共に長年過ごしてきた実家の自室。鍵が掛けられなくて腹立たしい部分もあるけれど、長年住み続けた愛着のある場所。
そして高校卒業を機に出て行った部屋。1年以上生活感が抜け落ちたはずの場所。
なのに今の俺はこの部屋にとても馴染んでいる。ついさっきまでずっと暮らしてきたかのような感覚が残っている。無造作に床に投げ出された本や服はその認識を後押ししている。
でも同時にやっぱりこの部屋は懐かしさを覚えさせる感覚もある。久しぶりに戻ってきたという感覚だ。
大学生の俺と高校生の俺。2人の俺が脳の中で主導権を巡ってぶつかり合っている。
「そうだっ! 瑠璃が本当に実在するのか確かめてみれば分かるはずだっ!」
発狂してしまいそうな現状を変えるべく慌てて机の上の携帯を手に持つ。瑠璃の名前があるか確かめることにした。
「これ……昔使っていたヤツだ」
手に持った瞬間、懐かしさを覚えた。大学に入学して新しくスマートフォンに取り替えた。これは高校時代に使っていた古い機種だと。
今の俺は高2のはず。なのに何故大学生になると携帯を取り替えることを知っているのか?
もう本気でわけが分からない。でも今は、とにかく五更瑠璃という少女が実在するのか確かめる方が先だった。
「五更、五更っと……」
連絡先の一覧を見ていく。だが、五更瑠璃という名前はいくら探してもみつからない。
「やっぱり、五更瑠璃は俺が脳内で作り出した存在しない彼女なのか? いや、待てよ……っ」
その時、パッと閃いた。
この電話にはまだ瑠璃の電話番号が登録されていない時期なのではないかと。
もし、高2の俺の認識が正しいなら、今は俺が高校2年に上がったばかりの4月ということになる。
俺はまだこの時期瑠璃と出会っていない。
『ハンドルネーム黒猫よ』
俺が彼女と出会うのは春の終わりに桐乃と一緒にオフ会に参加した時の二次会のことだった。まだ1ヶ月以上時間がある。
「何で電話番号が載ってないだけでこんな詳細な情報が脳内を駆け巡ったりするんだよ!?」
本気で頭がおかしくなってしまいそうだった。俺という自我の境界線が激しく音を立てて崩壊していくような感じがして止まない。
気持ちが悪くて仕方ない。布団をかぶって寝てしまいたい。
でも、そんな最悪な体調の中でもハッキリと分かるものならあった。
「瑠璃の電話番号なら……分かるっ!」
それは多分俺がこの世で最も多く通話してきた電話番号。だからリストに番号が載っていなくても何不自由なくその番号を思い出すことができる。
「けど、瑠璃は俺のことを知らないかも知れないんだぞ?」
未来から来た記憶らしきものを持っているのが俺だけだったら。それ以前に、瑠璃ではない赤の他人に繋がってしまったら。
俺の脳が覚えている五更瑠璃が現実には存在しないと電話を通じて判明してしまったら。
そんな可能性を考えるだけで恐ろしくて吐き気がこみ上げる。
「いっそ確かめない方が……いい、かな?」
危ない橋を渡りたくないという思いが急激に高まっていく。
瑠璃が存在しないことを電話を通じて確かめてしまうことが恐ろしかった。
けれどそんな時だった。
つい先ほど交わした、3年後の会話が脳裏に湧き上がった。
『私は京介を信じている。だから京介も私を信じて。そして、困ったことがあったらすぐに連絡して話してちょうだい』
『そう……だな。俺たち2人の信頼が地球の運命を変えるんだもんな』
「そうだよっ!」
気づけば叫んでいた。
「ここで話さないで、いつ人生相談するってんだっ!」
俺は無我夢中で瑠璃の携帯の番号を押してみた。
「頼む…………出てくれっ!!」
心臓をバクバク言わせながら電話が繋がるのを待つ。
待つこと30秒。ようやく電話は繋がった。
「瑠璃っ!!」
繋がるや否や、俺は恋人の名を叫んでいた。
誰に繋がったのかも分からない。普通に考えれば非常識極まりない行為。
でも、叫ばずにはいられなかった。
『京介……なの?』
受話器を通じて聞こえてきた声はとても震えていた。でも、その声は確かに俺が先ほどまでいたはずの未来の恋人のものだった。
「そうだ。俺だ。お前の恋人、未来永劫共にいる呪いを掛けられた高坂京介だッ!」
瑠璃が俺の名前を呼んでくれたことが嬉しくて興奮しながら返答する。
『良かった。本当に京介なのね。貴方が私が作り出した架空の人物でなくて、現実にいてくれて……本当に良かった……』
瑠璃の安堵の息が聞こえてきた。この声だと多分涙を流しながら喋っている。
「そのさ……そっちは五更瑠璃、なんだよな?」
『そうよ。私こそが、並み居るライバルを蹴散らして貴方の恋人の座を掴んだ東京の堕天聖黒猫こと五更瑠璃よ。高校を卒業したら貴方の正式な妻になる予定よ』
「そっか。瑠璃はちゃんと現実にいてくれたんだな……」
俺もまた大きく息を吐き出した。
瑠璃は実在する。
そして瑠璃もまた俺と同じように未来の記憶を有している。
ということは、つまり、だ。
「俺達、過去に飛んだということか」
荒唐無稽で中二病チックだがそういう話になる。
『そのようね。ちょうど3年前の4月20日にタイムトラベルしたみたいね』
携帯の表示を見ると、確かに3年前の4月20日午後4時と表示されていた。信じられないけれど、本当に3年前に飛んだらしい。
「なあ、今から会えないか?」
『私もちょうどそれを提案しようと思っていた所よ』
瑠璃はクスッと笑った。
「記憶が何だかごちゃごちゃしていてな。2人で会って話せばスッキリすると思うんだ」
『それは私も同じだわ。でも、私は別の理由でも京介と会いたいわ』
「別の理由?」
『今日は私の誕生日だもの。恋人である貴方に祝って欲しいわ』
瑠璃は笑っていた。
「そうだな。今日は瑠璃の18回目で15歳の誕生日だもんな。恋人の俺が祝わなくてどうするんだっての」
俺の声もまた笑っていた。電話を掛ける前とはまるで違う安心感が漂っている。
『今私がいるのは京介のご近所の家の方だから。すぐに来て』
「でも、プレゼント買ったりしなきゃいけないんで、ちょっと時間くれないか?」
『今は貴方の顔を実際に見て、その存在を確認することが何よりのプレゼントよ』
瑠璃の声はちょっと照れている。
「そうだな。今すぐ行くことにするよ」
電話を繋いだ状態で財布をジーンズのポケットに入れ、メモ帳とペンをカバンに詰める。
誕生日プレゼントは…………部屋に置いてあった真っ黒い悪魔を象ったようなコケシを剥き出しのままカバンに詰める。
これは以前瑠璃がゲーム制作時に俺の部屋へ来ていた時にお気に入りにしてよく弄っていたもの。
『この造形。心惹かれるものがあるわね。きっとこのコケシには禍々しい邪神が封じ込められているに違いないわ。今にも封印を破って解き放たれてしまいそう。フフフフ(伏線)』
瑠璃の中二病心をとても刺激されたらしい。
このコケシ、元は麻奈実がどこぞに家族旅行に出かけた際にお土産に買ってきてくれたものだ。
瑠璃にその内にあげようと思っていたら桐乃に勝手に捨てられてしまった。
妹が俺の部屋を勝手にオタ部屋にリフォームしてくれやがった際に落っことして壊してしまったのだ(伏線)。だから瑠璃にプレゼントできずしまいとなった一品だった。
「よしっ! 出発準備完了」
俺の体はいつになく機敏に動いていた。ウキウキしている。女の子と会うのがこんなに楽しいなんて高2の俺には未知の感覚だった。
『それと……』
瑠璃が受話器越しに深呼吸するのが聞こえた。
『電話を掛けてきてくれてありがとう』
とても優しい声だった。
「瑠璃は俺を信じてくれている。だから俺は瑠璃に相談したんだよ」
連絡先一覧に載っていない番号だけどかけてみて良かった。心の底からそう思う。
『…………早くうちに来てね。たっぷり、もてなしてあげるから。クスッ』
「ああ。今行くよ」
俺は電話を切らないまま、家の外へと飛び出していった。
最高に気分が盛り上がっているのを全身で感じながら。
「やはりこれは大変まずいことをしてしまったのではないのでしょうか? つい、若さに身を任せてしまいまして……」
俺は今五更家の瑠璃の部屋に正座して座っている。
部屋の中央に敷かれた布団のシーツに着いた赤い染みを見て冷や汗を流しながら。
「何がまずいと言うの?」
シャワーを浴びてサッパリして戻ってきた瑠璃が首を傾げた。ちなみに小豆色のジャージ姿。うん。懐かしくてちょっとダサ可愛い♪
「いや、この状況的に……」
「愛し合う2人が互いの愛を確かめ合って何が問題なのかしら?」
瑠璃は現状にまるで問題を感じていないらしい。こういう時は彼女の方が度胸が据わっているのは間違いない。
「3年後の世界ではそうかも知れないけれど……この体だと俺たち今日が初対面なんだぜ」
服を着直した自分の体をジッと見る。この身体は確かに高校2年生のもの。その分大学生の俺よりも3、4センチほど身長が低い。
まだバイトを始める前だからか、腕も足もちょっと細い。
瑠璃もまたやはり3年前の肉体だった。
「確かに理屈の上ではそうなるわね」
瑠璃は髪をタオルで拭きながら俺に倣って布団についた赤い染みを眺めた。
「過去に戻ったのは私たちの記憶や心であって、体そのものでないことをこの染みが証明してくれたわね」
瑠璃は染みを撫でた。ちょっと楽しそうな表情を見せている。
「いや、そうなんだけどさ……」
瑠璃にその染みで遊ばれると俺の方が恥ずかしくて仕方がない。瑠璃がその染みを布団につけた原因は100%俺にあるのだけど。
「京介は私に2度も穢れを負わせたのだから世界一どころか宇宙一の幸せ者よね」
瑠璃は楽しそうに笑った。
「……は、はい。左様でございます」
まあ、そういうことなんです。
再会を喜んだ俺たちは気分が盛り上がってそのまま……ハッスルしてしまいました。
そして瑠璃の身体の反応は俺たちの体が過去に飛ばされたのではないことを示してくれたのです。この染みは具体例です。
「考えてみると俺……中学生に手を出しちゃったってことか。まずいだろ、それは……」
自分の節操なしぶりに自己嫌悪に陥る。高校生に手を出すのもアカンのかも知れないが、中学生は本気でまずいだろう。薄い本ではあるまいし。
「瑠璃の胸の大きさが3年後とほとんど変わらないから、ついシンクロして昨夜のようなハッスルを……」
「3年経っても育ってなくて悪かったわね!」
「グハッ!?」
グーで思い切り殴られました。瑠璃さんお怒りです。胸ネタはタブーでした。
「大体、私たちが深いレベルで繋がったおかげで自我がはっきりすることができたのだから問題ないでしょう」
「まあ、そうなんだけどさ……」
瑠璃の言う通りだった。
先ほどのような記憶の混乱が今はない。高2であるという現状も、大学2年生としての記憶も意識も両方はっきりと認識している。
調和が上手くいったのは同じ境遇に身を置く瑠璃を深く“知った”からに違いなかった。未来から来た者同士の共有により俺の自我は安定したのだ。
「京介にはこの後、両親と妹たちに私の恋人として挨拶してもらうわよ」
「お義父さん……話し出すと長いんだよなあ。ああ……」
もしかすると今夜は徹夜での語らいになるかも知れない。この体でお義父さんに会うのは初めてのことだし。
「頑張ってね、あ・な・た♪」
瑠璃はとても楽しそうだ。
「瑠璃と家族ぐるみの付き合いになるのが1年半ぐらい早まったなあ」
以前の世界で瑠璃と家族ぐるみの交際を始めたのは俺が高3の夏休みのこと。俺と瑠璃の関係は随分と時間を先取りしてしまったことになる。
「なあ?」
「何?」
「俺たちがこうして3年前の段階で恋人同士になっているって、もう相当に過去が変わってしまったことを意味するんじゃないのか?」
3年前の俺はこの時期まだ瑠璃と知り合ってさえもない。それが、恋仲になってしかも男女の深い仲になっている。これって大きな歴史改変じゃないだろうか?
「つまり、ルートが変わったことで地球滅亡が免れたかもしれないと言いたいわけ?」
瑠璃が瞳を細めて俺を見る。
「そうだったら、簡単でいいなあと」
何か責められているような瞳に焦りを感じながら1歩後ずさる。
「京介は私が恐怖の大王を招き入れたと思っているわけね」
「いやいやいや。そんな風に疑っているとかじゃなくて、楽に解決できれば良いなあと思ったまでだよ」
必死に疑惑を否定する。瑠璃は重度の中二病患者だけど、本気で人の不幸を呪ったりはしない。
……俺と付き合いだしてからは、という前提条件が付くけれど。そんな彼女が恐怖の大王と結び付いているとは考えにくい。というか考えたくない。
「…………実は私も自分に疑いを掛けていて、シャワーを浴びる際に地球が救われたのか確かめてみたのよ」
そう言って瑠璃が見せたのは例のデバイス。
「残念ながら真っ赤なままだわ」
デバイスは赤いまま、即ち地球滅亡事態が進行中であることを示している。どうやらまだ事件は解決できていないらしい。
「あれ? でも、過去にやって来たのは俺たちの心と記憶であって、物体は移らなかったんじゃないのか?」
何故機械だけが過去に?
「ご都合主義だから気にしなくて良いわ。世界は不思議に満ち満ちているのよ。この世はでっかい宝島。そうよ。今こそアドベンチャーなのよ」
瑠璃はキッパリと俺の疑問を切って捨てた。
「気にしたら負けよ。貴方は自分からみすみす負けに行く愚か者なの?」
「……気にするのはやめます」
瑠璃が気にしなくて良いと言っている以上それに従うしかなかった。
「でもさ、恐怖の大王が3年後に出現したのは、俺の知り合いの女との間に何らかのフラグが立った結果だろ?」
「JCNの調査によればそうなっているわね」
「ならさ……」
腕を組んでみせながら、瑠璃に俺の天才的なヒラメキに基づくアイディアを告げてみる。
「瑠璃以外の女との関係を絶ってしまえば、地球滅亡フラグが立ちそうなイベントが起きることもなくなるんじゃないか?」
「理屈の上では間違っていないと思うわ。それは世界を救う最適な方法の1つよ。でも……」
瑠璃は首を横に振った。
「私はそのやり方に異を唱えるわ」
「どうしてだ?」
瑠璃は真剣な表情で俺を見つめた。
「桐乃や沙織たちは貴方や私にとって大切な存在だからよ」
彼女の言葉が俺の胸深くに突き刺さった。
「そっか。そうだもんな。俺は何を大切なことを忘れてたんだろうな」
自分の頭を軽く小突く。
「桐乃や沙織や麻奈実、あやせ、加奈子とみんな俺たちにとっては大切な人たちだもんな」
俺は危うくとても大切な絆を疎かにしてしまう所だった。大学生の俺が笑顔で暮らしていられるのは桐乃や沙織たちに依る所が大きいというのに。
「それに、貴方はいつも私の友達の少なさに文句を言っているでしょ。その私をぼっちにさせるつもりなの?」
「…………そうだよな。うん」
頷いて返す。俺と瑠璃の友達はほとんどがリンクしている。俺が沙織たちと関係を絶とうとすれば瑠璃もまた寂しいに違いなかった。
「それに、年下の女とばかり仲良くなることに特化していた貴方は、沙織たちと疎遠になったら私以上にぼっちになるでしょ」
「グッハアッ!?」
ぼっちは瑠璃の専売特許ではなかった……。
「以上の希望を踏まえた上で私たちがこれからなすべきことは2つ」
瑠璃は2本Vサインに立てて見せた。
「まず1つ目は以前と同じように桐乃たちと親密になること」
俺は瑠璃に頷いてみせる。
「2つ目は、親しくなった上で以前とは異なるルートを歩むこと、ね」
瑠璃は俺を注視する。
「ただ2つ目に関しては、私と京介に3年後までの記憶があること。私達が既に恋人になっていることという2点から以前と同じ軌跡を描くことは既に不可能だわ」
「俺たち、未来を知っているしな」
この後桐乃が俺に人生相談を持ちかけてくること、桐乃とあやせとの確執、瑠璃と共に出版社に殴り込み、桐乃のアメリカ留学などこの先に起きる出来事とその経緯と結末を俺はもう知っている。言うなればチート状態だ。
「大きな問題になってくるのは、人間関係を一度リセットされてしまっている状態の沙織たちと私たちが再び仲良くなれるかという点でしょうね」
「そうか?」
未来の俺は積極的に女の子達と仲良くなっていった訳じゃない。強いて言うなら巻き込まれて事件を解決している内に女友達が増えていったのだ。
前と同じ軌跡を辿りさえすれば自然と仲良くなれるんじゃないだろうか?
「全力で突っ走るしか能がない貴方にとっては、今後の展開や問題解決の要が何なのか知っている今の状況の方が対処に苦しむはずよ。いきなり答えに飛び付きたくなるでしょうからね。その結果繊細な乙女心を踏み躙りかねないわ、貴方は」
「全力で突っ走るしか能がないってな……」
「全力投球が私の愛する彼氏の良い所だもの。私はそれに何度も救われたわ」
「………………っ」
瑠璃にそう言われると何にも言えなくなってしまう。ぶっちゃけ、凄く恥ずかしい。
「でも、それだけにチート状態の現状は私たちにとって厄介なの。そして、親しくなるのに失敗した場合に起きる負の連鎖の影響は大きくなるわよ」
「負の連鎖?」
瑠璃は頷いてみせた。
「例えば私たちの出会いは、本来であれば秋葉でのオタクっ娘集まれのオフ会の二次会よ」
「そう言えば瑠璃と桐乃はオフ会のハブられ同盟で、共に沙織に温情を掛けられた寂しいぼっち仲間同士だったな」
瑠璃がむっとした表情を見せる。
「そのハブられ妹が心配で、一緒にオフ会まで付いて来たお兄ちゃんが貴方なのよ」
「つまり、それだけの条件が揃っていないと俺と瑠璃は出会えなかったわけか」
考えてみると相当複雑な条件付が行われていたことが分かる。そんな偶然の果てに俺と瑠璃は出会ったのだ。
「この時間軸の私はネット上で既に沙織と接触を持っているわ。オフ会を通じなくても京介と沙織を引き合わせることは可能かも知れない。でも……」
「桐乃の表の友人に繋がるルートはない、と」
瑠璃は大きく頷いてみせた。
「確かに考えてみれば、加奈子の場合なんか、俺が桐乃とあやせの両方と仲良くなって初めて接近する機会が生じる。ブリジットちゃんに至っては、その加奈子と良好の関係になっていることが条件だもんな」
加奈子と仲良くなり始めたきっかけは、あやせが紹介したマネージャーの仕事を通じてだった。ブリジットちゃんと知り合ったのは、加奈子に気に入られて何度もマネージャーをしたからだ。
「そういうことよ。誰か1人と仲良くなれなかったら、連鎖的に人間関係が閉ざされる可能性は高いわ(伏線)。貴方は妹の友達ばかりを狙って落としてきた困ったさんなのだから」
「心得ておくよ」
桐乃の友達ばかりを狙って落としてきたとは心外。だが、瑠璃は妹の友達として初期の頃は接していたので強く否定もできない。
「それで、京介は最初は誰をターゲットにするの?」
瑠璃が楽しそうに尋ねる。答えなぞ聞かずとも分かっているだろうに。
「俺たちの人間関係の中心をなしている人物だ。アイツと仲良くならないと何も始まらない」
俺が高2の春の現状では、互いに口もきかない顔も合わせない冷戦中のアイツとの仲直りが最優先事項なのは間違いない。
「それじゃあ最初は」
「高坂桐乃。俺の妹との関係改善から着手するさ」
第一目標は定まった。
と、話し合いにひと段落がついた所で部屋のふすまが開いた。
「わ~~っ! ルリ姉が男を連れ込んでるよ~っ! あの、オタクで根暗なルリ姉にリアル彼氏がいたなんて~~っ!」
「ねえさま。すてきです~~」
日向ちゃんと珠希ちゃんが部屋の中へと入ってきた。3年後に比べるとやっぱり2人とも幼い。日向ちゃんはまだ小学生だし、珠希ちゃんに至っては幼稚園児だ。
「あっ、あっ、あの……お兄さんは本当にルリ姉の彼氏なんですか? 友達料をもらってる雇われ人とかじゃなくて?」
日向ちゃんが瞳を輝かせながら俺に尋ねてきた。
「ああ」
力強く頷いて返す。
「俺の名は高坂京介。将来君たちのお兄ちゃんになる男さ」
ニカッと笑ってみせる。
どうやら、真の第一目標は俺の未来の義理の妹たちのようだった。
「すっげぇ~っ! 友達が1人もいないルリ姉に本物の彼氏ができるなんてぇ~っ!!」
「ねーさまおとなですぅ~」
「貴方たちにとっても大切な人になるのだからちゃんとご挨拶しなさい」
「五更日向、小学4年生です。ルリ姉ともどもよろしくね♪」
「たまきはごこうたまきですぅ~。よろしくおねがいします、にーさま♪」
「俺の名は高坂京介。瑠璃の彼氏だ。よろしくな」
こうして俺と瑠璃の地球を滅亡から救うミッションは始まりを告げたのだった。
続く
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