第一章
第一回 受王、女媧宮に詣でる
世は商王朝第三一代王受王の治世下。
朝廷には受王の祖父から商王朝に仕え、政治センス・行政処理能力は王朝一である太師聞仲を筆頭に、王族の長老である箕子・比干という称号を与えられている丞相子胥余と亜相子比、武官トップ鎮国武成王黄飛虎など商王朝開闢以来の名門が控えている・
後宮には正后姜氏、副后黄氏・楊氏といった知性溢れる女性が控えていた。
臣下には、臣下最高位の三公である鄧九公・姫昌・顎崇禹、大豪族姜楚桓・崇侯虎が各地方を統治していた。
天下八百の諸侯は、商王朝に忠誠を誓い、辺境の異民族も警戒して侵攻を控えていた。
天候にも恵まれて、まさに天下泰平であり、このまま永遠に続くと考えられていた。
しかし、治世六〇〇年で溜まり続けた不満が突如として爆発した。
”北方七二諸侯の乱”である。
対北狄戦線を一手に握っていた北方の諸侯は、比較的侵略が少なかった東西南の諸侯に比べて、最低でも一年に一回は大規模侵略があった為、荒廃が進んでいた。
この荒廃にもめげずに、忠誠を誓い北狄の侵略に対抗し続けていた。
しかし、反乱の一年前に大干魃が北方一帯を襲い、進んでいた荒廃に致命的な打撃を与えることになった。
この致命的打撃から回復し、北狄の侵攻に対抗するために、プライドを捨てて朝廷に支援を求めていた。
この支援要請を受けた朝廷は、明らかに支援がなければ、対北狄戦線が崩壊する事になるのにも関わらず、旧来の神権政治の手法に則って判断し、支援を断る。
支援拒否という朝廷の意向を聞いた北方諸侯の使者は、朝廷に楯突くことが解っていながら、再考を求めた。
使者の命がけの行動に、朝廷は汚物を見るかのように使者を見据え、兵士を呼びだして、この使者を斬首し、その首を北方諸侯に送り付けた。
この北方軽視の態度に、今までの不満がついに爆発し、商王朝開闢以来の最大規模の内乱に突入することになる。
朝廷は受王の臨席を賜らずに、討伐軍司令官に太師聞仲をあて、二〇万の兵を率いさせることにしている。
朝廷は、討伐軍を組織しただけで、反乱の鎮圧は成ったものとして、毎朝金鑾殿で行われる朝議は、一切反乱についての議題を挙げず、受王臨席の許でいつも通りの政治を行っていた。
月日は流れ、討伐軍が出発してから一ヶ月後、いつもの朝議の後、受王は解散する文武百官を引き留める。
「明日は始祖の王族、女媧様の生誕日ゆえ、女媧宮へ詣でることにした。その為、明日の朝議は中止といたす。」
丞相箕子が玉座の前に進み、平伏して上奏する。
「陛下。何故、始祖の御威光、御加護を賜ろうとなさるのですか。天下泰平で、何もうれうる事はないと思われますが。」
「北方では飢餓と戦乱に苦しんでいると聞く。聖徳を有しておられ、万民福楽を司る女媧様にお力をお借りしようと思ってな。」
「なんと、そこまで臣民の事を思われておられるとは、この亜相、陛下の御慈悲の心に感嘆するばかりであります。」
亜相比干が、発言する。
「陛下の御意志のままに、御参詣してください」
廷臣一同が平伏し声をそろえていった。
翌朝、受王は近衛の騎兵三千を引き連れて、朝歌の南門を出ていった。
女媧宮に到着した受王は、近衛を女媧宮周辺の警備に当たらせ、単身で奥に進んでいった。
「待っておりました」
女媧宮最奥から仙人を思わせる身なりをした一人の男が現れた。
「子牙。汝の知恵を借りに来た」
朝議に出ている時のような、王者の貫禄とは懸け離れた疲れが声色に現れていた。
「辺境軽視、いや王朝の在り方ですか」
子牙と呼ばれた男は、受王の様子に嘆息せずに簡潔に答えた。
「王を蔑ろにする廷臣、実状にそぐわぬ政を踏襲し続ける朝廷。君主に報告もせずに北方の対応を決め、失策をも隠し、武力によって鎮定させようとしている」
受王は憤怒に駆られ、鬼のような形相を隠そうともしていない。
「北方の盟主、袁福通は対北狄で名を轟かせた傑物。北方は過ぎし事にて如何ともし難いが、西方は対応を過つと“襲名したばかりの姫昌”を担いで朋友諸侯が一斉に蜂起しますな、・・・・・・悪政を行う朝廷を討伐すると称して」
受王とは対照的に子牙は淡々と感情を表さずに語り出す。
「鄧九公・姫昌・顎崇禹ら三公、そして太師聞仲が朝廷におらず、守旧的な思考を持つ王族と国戚の姜楚桓、黒い噂の絶えない崇侯虎。どのように運ぼうとも、改革は難しいだろう」
話終えると子牙は眼を閉じる。
「だからこそ汝の知恵を借りたい。各王家に代々受け継がれてきた・・・」
「受王!そこまでにしていただこうか。力は貸そう。だが、それ以上その話をするというならば、受王、いや殷には消えて頂かねばならぬ」
先ほどまでの無表情ではなく、王者としての受王をも屈服させるだけの圧力を醸し出していた。
「すまぬ」
「よいでしょう」
謝罪を受けた子牙は、再び能面のような無表情に戻り、眼を閉じた。
受王にとって長く感じられたつかの間の静寂があった後、
「王たる子受よ、貴殿に二つ策を授けよう。よく吟味した上で事を起こすがよい。ただ、どちらも鳴条の比ではない争乱が起こる事は、覚悟致せ」
子牙は二つ竹片を残し、女媧宮の最奥へと姿を消した。
受王はしばらくその竹片を見て、熟考するのであった。
第一章 第一回 受王、女媧宮に詣でる 完
第一回 受王、女媧宮に詣でる