だったら、どちらも選ばなければ。
――もう少し、一緒にいられるのだろうか。
浮かんだ想いを、その瞬間に否定する。
この心は、なんて恐ろしい事を考えるのだろう。
純粋な驚きを感じながらも、倫はその想いを心の奥底に沈み込める。
これはあり得ない気の迷い。
あり得ない。…………あっては、ならない。
――この感情を深く考えては駄目。
両の手を握りしめて、否定する。
否定する否定する否定する。
今、鼓動が速くなってなんていない。
気付いてはいけない。
頭の中を跳ね回っている「何かの可能性」を、無理やりに追い出す。
――わたしは、大石さんの事なんて――――
俯いて、目を閉じて。
倫は自分に、言葉にする事も許さぬその否定を飲み込ませる。
強く握りしめ続けたせいで、手の平にべとつく汗が気持ち悪い。
顔は上げられない。
あの人が、ずっと見ている。
「落ち着かないねぇ」
聞こえた一言に、必死で積み上げていた壁の一部が崩れた音がした。
――大丈夫。まだ壊れていない。わたしは大丈夫。……大丈夫。
それでも。
静かに近付いて来る気配から逃げる事も、握りしめ続けた倫の手を取り、そっとその指を解いていく指先を振り払う事も、彼女には出来なかった。
彼女は知らない。
俯き続けたその下で、自分が一体どんな表情をしているのか。
自分に触れている男が、どんな感情を抱いているのかを。
それは、単純な光景だった。
『そこに、一組の男と女が居た』
ただ、それだけの話――――なのに。
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大昔に書いたものが発掘されたので。
約599文字。