■猫カフェの新入り・やんちゃな仔猫レンはみんなに敬遠されていて、さみしい思いをしていました。
■ボカロ全員猫設定ですので、苦手な方は回避をお願いします。
とある場所の、とある猫カフェ。
ここには、様々な事情があって拾われた猫たちが暮らし、そして働いています。
たとえば、大好きだったご主人と、どうしても一緒に暮らせなくなった猫たち。
たとえば、心ない人から捨てられた猫たち。
たとえば、悪意ある人から傷つけられた猫たち。
いろんな過去を持ついろんな猫たち。それぞれの猫には、それぞれに辛いこともたくさんありましたが、今はここで優しい人間スタッフさんたちやお客さんたちに囲まれて、平穏な毎日を送っています。
ですが。
数日前にここの猫スタッフとなった、年少猫のレン。
レンは、生まれたての頃に捨てられてしまいました。やさしい獣医さんに拾われ、命を救ってもらい、元気になってからこのカフェへスタッフとしてやってきました。そのために、レンは兄弟猫と喧嘩をしたこともありません。やさしいお母さん猫にかわいがられることも知りません。なので他の猫たちと接することが、あまり得意ではありませんでした。
「いったー! なにすんのっ……よっ!」
バッシーン、と爪を引っ込めた手で、思い切りミクから顔を叩かれます。ミクはもう、レンから噛まれるのは今日だけで2度目です。温和なミクはめったなことでは怒りませんが、そんなミクすら怒らせてしまいます。
ふんっ、と長いしっぽを揺らし去っていく後ろ姿を見ながら、レンはちぇ、と舌打ちしました。
レンにしてみれば、可愛らしいミクに遊んでほしかっただけなのです。いつもニコニコして明るいミクを、素敵だなあと思っていたのですが。一昨日も昨日も今日も、ミクはレンに対して顔をしかめ、怒り、猫パンチをくらわせていきます。他の猫にするような、にこにこした笑顔を見せてはくれません。
そしてそれは、ミクだけではありませんでした。他の猫たちも、一度レンに接すると、何やら遠まきに見るようになるのです。
自分の何が悪いのか、レンにはわかっていません。仲良くしたいし、一緒に遊びたい。その気持ちはあるのですが、小さい頃から1匹だったレンは、【甘噛み】と言うすべを知らないのです。
「……って言っても、痛いもんは痛いのよねぇ……」
年長猫のメイコがほう、とため息をつきました。そのメイコの身体をいそいそとマッサージしながら、ここではメイコの次に古参の猫のカイトがうーん、と唸ります。
「めーちゃんも、レンから逃げた口だもんねえ」
「だってあの子、本気で容赦なく噛むんだもの。あれは遊びや愛情表現じゃすまない痛さよ!?」
「そうらしいねえ……他の子も言ってたからなあ」
うーん、とカイトが唸ります。メイコは、ん? と疑問の声をあげました。
「何よ、あんた。レンから噛まれたことないの?」
「うん。好みじゃないのかな?」
あはは、と笑うカイトに、メイコがため息をつきました。
「それは幸運ね。ああ、もういっそ、こっちも思い切り噛んでやろうかしら!」
「……それは、ちょっと……有効かもしれないけどねえ。やめといてあげて」
怪我ですまなそうだなあ、と、心の中でカイトは呟きました。下手すると病院送りです。そうなると、人間スタッフさんたちが泣きそうです。自分達が病院にかかる時は大変にお金がかかるということを、カイトはよく理解していました。
「でもほんとに、このままだとレンが心配だよねえ。さびしがり屋さんなだけなのに。あんな子が誰にも相手にされないのは、辛いよ」
「そうなったとしても、自業自得だわね」
メイコはどこまでもクールでした。
* * * * * *
温かな室内で、それぞれの猫たちは思い通りに時間を過ごします。ケージの中で寝ていたり、ソファやカーペットの上で寝ていたり。1匹だったり寄り添っていたり、かごの中に入り込んでいたり、スタッフさんたちに甘えたり。
そんな中で、この時間、普段は他の猫にちょっかいを出しているレンが、くるんとソファに丸くなっています。
『珍しいね、レンがおとなしいよ』
『具合が悪いんじゃないのか。大丈夫か、レン』
のびてくる人間スタッフさんの手に気付いて、レンが顔を上げます。そしてがぶりとその手に噛みつきました。
『いてぇ!!』
『馬鹿ね、……この子めちゃくちゃ噛んでくるんだから』
手加減を知らないレンは、心配してくれる人間スタッフさんの手でも噛んでしまいます。決して悪気はないのですが。痛そうにしている姿を見て、レンはしゅんとして、また丸くなりました。
「……オレの何が悪いんだよ。オレ、なんにもしてないじゃん……」
メイコもミクもルカも、レオンもローラもアンもミリアムも、がくぽもグミも、レンをみるとすーっと遠ざかってしまいます。いくら無邪気なレンでも、避けられていることに気づいてしまいました。そのことにとても、小さなレンは傷ついていました。
そして、また1匹になるのではないかと、こわくなるのです。何かの箱に入れられるわけでもなく、ただ電信柱の陰に隠されるように、放り出されました。やさしくて大きな手がすくいあげてくれるまで、心細くてひたすら泣きました。あの時のように、またここから追い出されるのではないかと、レンは不安になるのです。
丸くなったままふるふる震えるレンに、そっと足音もなく近づいてくる猫がいました。
頭にざり、とした感触に顔を上げると、そこにはレンよりふたまわりは大きい青年猫。
「……誰?」
「えっ!? 俺、存在すら認識されてなかったの!?」
耳をピンとたてて、カイトは本気で驚きました。
「ここではメイコの次に古い猫のカイトだよ。そりゃ、存在感があるとはいえないかも知れないけど」
「……オレのこと知ってるの?」
「当たり前だろ」
「でも逃げないの?」
大きな瞳で見上げるレンに、カイトは立ててた耳をふにゃんとおろして、目を細めました。それから、レンの顔をやさしく舐めあげ、そのまま毛づくろいをしてあげます。
あたたかでやさしい舌が気持ちよくて、レンは目を細めました。こんなにやさしくしてもらえたのは初めてで、すりすりとカイトにすりよりました。それから、お返しにカイトの毛づくろいをしてあげます。頭から耳、首の後ろ、背中にかけて、カイトがしてくれたようにやさしく舐めてあげました。気持ちよさそうに寝転がるカイトに嬉しくなって、レンはその背中にじゃれつきます。
「……っ、あだだだだだっ!!」
カイトが悲鳴をあげました。その声にびくんとレンが驚き、飛びのきます。首筋を思い切り強く噛まれ、カイトが涙ぐんでいました。驚いて毛を逆立てているレンに気付くと、カイトはごめん、と謝ります。
「驚かせたな、ごめん。でもレン、ちょっとお前の噛みかたは痛いんだよ」
カイトはレンに近寄り、首筋を噛みました。そっと噛んだだけなのに、レンはイタッ! と、カイトを振りほどきます。
「痛いだろ? レンはもっと強く噛んでいるんだよ。愛情表現なのはわかるけど、もう少しやさしくしなきゃ……特に、女の子にはな」
そう言って噛んだ痕を、ぺろぺろと舐めてくれます。
そうか、と初めてレンはわかりました。自分は悪くないと思っていたけれど、それは大きな間違いだったのだと思いました。
「ごめんね、カイト」
レンも、カイトの首筋をやさしく舐めました。もういいよ、と言っても、ずっとそこばかりレンは舐めてきます。
毛づくろいをやめても、これまでのさびしさを埋めるように、レンはずっとカイトから離れませんでした。
「カイトー……」
おなかを見せて、でれーんとだらしなく眠るレンの横で、やれやれ言ったように、カイトは寄り添っていました。その顔はとてもやさしく、少しだけほっとした顔をしていました。
* * * * * *
そして、真相。
「どうしますの。せっかくあのやんちゃ猫から兄様をおまもりしてましたのに!」
「レンくん、絶対お兄ちゃんからはなれないよー!」
「カイトに目をつけないようにって、目を逸らさせてたのになあ……」
「レオンまで……あんたたち、そんなことしてたの」
やさしいカイトがレンに近づけば、きっとレンはカイトにべったりとなることを、猫スタッフ達はわかっていたようです。
無邪気なレンは、不可侵条約など何のその、きっとぶち破ってひとりじめにしかねない。その前に、レンがカイトに近づかないようにしていたのですが。
「……ま、カイトから近づいていったんじゃあ、どうしようもないわねえ」
「メイコ殿はどうしてそう冷静なのだ!!」
「あせっているあんたたちの方がおかしいんでしょうよ」
一方、人間スタッフさんは。
『見て見て、カイトとレン、すっかり仲良しさんよー』
『さすが、カイトだなあ。新人オトすのはお手の物だよな!』
『それにしても、何か今日は一箇所にみんなが集ってるなあ』
みゃーみゃーと珍しく鳴き声が飛び交うカフェの中。
喧騒を我知らずと、2匹の猫だけが寄り添って昼寝を楽しんでいました。
2010年04月28日
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