「ねえ、お兄ちゃんの望みってなに?」
「え、急にどうした?」
とある難民キャンプの片隅で、新しいテントを張り終えた日本人の青年に12、3才の少年がそう尋ねた。
日本人は数か月前にふらりと現れ、支援活動をしている。人懐っこい笑顔と性格で子供たちに懐かれ、大人たちから頼られる彼は、急な質問にその長身をかがめ、少年と視線を合わせると首を傾げた。
「だって、お兄ちゃんこの前、僕たちに僕たちが望んでることって何って聞いたでしょ?」
「あー……そういえばそうだったけ」
「だから、お兄ちゃんの望みって何?」
「うーん……みんなが幸せなこと、かな?」
「他は?」
「ほ、他ぁ!?」
「だって、みんな同じ答えだったから。お兄ちゃんは違う答えがあるかなって」
無邪気に言われ、再び青年は首をかしげて今度は唸り始める。俺の望み、それ以外でか、時折そう呟きながら考え込む。
暫くしてやっと顔を上げた青年は、笑みを浮かべていた。
「親友がこの世界にいる事、かな。アイツがいるって、頑張ってるって思えば、俺もやってけるし……これでいいか?」
「うん。お兄ちゃんの望みは友達がいる事なんだね。それって、ニホンの友達?」
「ああ、日本にいる親友だ。もう、会うことはないけど」
「なんで?」
「……なんでも。俺とアイツはもう二度と会ってはいけないんだ。ごめんな、暗い話して」
そういって、青年は笑って少年の頭をなでる。その笑顔にはいつもの人懐っこさはなく、何処となく泣きそうな笑顔。
頭をなでられていた少年は、しばらくそのまま青年の顔を見ていた。
「そうだ!ねえお兄ちゃん。明日ね、ニホンの人がプレゼントを持って来てくれるんだ」
「日本の?」
「うん。でね、その人にお兄ちゃんの友達に手紙を届けてもらったらどうかなって。お兄ちゃんは文字が書けるでしょ?」
「…………そう、だな。ちょっと、俺、自分のテントで考えるよ」
そういって、青年はその少年と別れると自分が寝起きしている小さなテントへと籠ってしまう。その日、そのテントからは一晩中明かりが漏れていた。
翌日、キャンプへやってきた日本のボランティアたちは、子供たちへプレゼントを手渡していく。ノートや画用紙、文房具。キャンプの子供たちには貴重なものばかりで、誰もがキラキラとした笑顔になる。
子供たちとしばらく交流し、撤収の準備を始めたボランティアの中で一番若い男性に、一人の少年が声をかけた。彼は背の高い青年の手を引っ張っている。
「あなたは?」
「え、えっと、ここのキャンプで手伝いをしてます」
「そうなんですか。それで何か用ですか?」
「その……もし迷惑じゃなければ、その……」
「お兄ちゃんの友達にお手紙届けてあげてほしいんだ」
青年の手には五つの大分痛んだ茶色い封筒。手紙はかけても、まだ迷っているのだろう、俯き口ごもる青年。それを見て手を引いていた少年が、若い男性へ告げる。
だめ?と首をかしげる少年と、さらにうなだれる青年。両方を交互に見た後、若い男性はニコリと笑って、頷く。
「もっちろん。引き受けますよ、何処に届ければいいですか?」
「!ありがとう」
「良かったねお兄ちゃん」
青年の手から、若い男性の手へ手紙が渡る。書かれた宛名を確認して、若い男性はもう一度ニコリと笑い、確かに預かりました、と頷いた。
何かついでの言伝はありますか?そう聞く若い男性に、青年は言伝ではなく、一つだけ約束してほしいことがあると言った。
「すみませーん」
「いらっしゃいませ」
昼のピークを過ぎ、閑散とした『ハカランダ』に明るい声が響いた。扉を開け入ってきた若い男を見て、始はそう声をかけ、カウンター近くのテーブル席で話し込んでいた橘と睦月、虎太郎、栞は一度口をつぐんだ。
若い男は入口でキョロキョロと中を見渡した後、始の方へと近づいていく。ちょうど正面になる位置に立つと、手にしていた紙の束の一番上に一瞬目を落としてから、始と視線を合わせる。
「えっと、相川始さんって」
「俺だが」
「これ、預かってきました」
カウンター越しに、紙の束の一番上を始の方へ差し出す。受け取ってみれば、大分痛んだ茶封筒。震えたような字で、『ハカランダ』の住所と始の名前が書かれている。ひっくり返しても差出人の名前はない。
渡してきた若い男は、残りの茶封筒に目を通している。
「おい、これは」
「あの、この人たちって、知りませんか?いまいち場所がわからなくて」
差出人を尋ねようとすれば、先に若い男に聞かれる。カウンターに広げられた茶封筒は全部で四枚。橘朔也様、上城睦月様、白石虎太郎様、広瀬栞様。始の持つ封筒と同じく、全て文字が震えている。
軽く首を傾げた若い男の後ろから腕が伸びた。その腕が封筒を持ち上げる。
「これは、俺だな」
「こっちは俺です。これが虎太郎さん、そっちが広瀬さんですね」
「ありがとう」
「え、え!?」
「その四つはそいつ等宛だ。どこで誰から預かった?」
驚く若い男に簡単に説明しつつ、先ほどさえぎられた質問を改めて聞き直す。しかし、男は困ったように笑うのみ。
「ごめんなさい。預けてくれた人から、それは言わないようにって言われてるんです。と、言うか、その人の名前聞いてないんです。でも、背の高い人でしたよ。185はあるんじゃないかな」
「まさか……!」
男の一言で、彼以外は全員が差出人を察したらしい。始は急いで封を破り、中の手紙を引っ張り出し広げた。
全員の視線が集まる中、始は手紙の出だしを読み、頷く。
「間違いない」
「そうか……君は、これをどこで?」
「それも、言うなって。知ったら探しに来るだろうから、とのことです」
「……わかった」
「一つ聞いていいかしら?彼は、元気にしてた?」
「はい。子供と一緒にいて、楽しそうでしたよ。それじゃ、俺はこれで」
「態々、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて若い男は外へ出ていく。暫く、誰も口を開かず沈黙が流れる。
その中で、一番に動いたのは始だった。
「取りあえず、お前ら全員今すぐ帰れ」
「なんでですか、別に」
「いや、今日はそうしよう。睦月、他の奴がいるところで、この手紙を読むか?」
「……いいえ」
「それじゃ、また」
「またね」
全員が店から出ていき、その場には始だけが残される。ちょうど入れ替わりで、買い物から帰ってきた遥香と天音に部屋に戻ることを告げ、自室へと戻る。
ベットに腰かけ、手に握ったままだった手紙を再度開く。大変だけど何とか生きていること、始を心配していること。
いずれもありきたりで、十年近く離れているという事を忘れたかのように何の変哲もない。
その最後、付け足したような文章に、思わず始は笑った。
「相変わらず、だな。自分の事を少しは気にしろ」
『俺は、後悔していない。だから、俺の為に立ち止まったりするなよ!』
「俺はここで生きてるよ。間にどんなに距離があっても、どんなに時が流れても、お前と生きてるよ。始」
キャンプから少し離れた荒野に立ち、空を見上げた剣崎はそう呟いて笑った。
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仮面ライダー剣の小説を読んで、中島みゆきさんの『荒野より』を聞いていたら突発的に思いついたものです。/もれなく、剣本編のネタバレっぽいものが含まれます。/Pixivにも同じものを投稿しています。