朝。
ボクは顔を洗い、歯を磨くと台所に立ち、朝食の支度を始めた。
舞はまだ寝ている。
夜中、舞は何事か寝言を言っていた。よく聞こえなかったが、小さい子が何かをねだっている、
そんな感じに聞こえた。
「おはよう~」
食卓に朝食がそろう頃、舞は起きだしてきた。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん。でもたくさん夢を見ちゃった。すごくうれしい夢だったんだけど、思い出そうとすると、なんだったか
はっきりしないんだ。もったいないなあ…」
「舞は朝、弱いんだ」
寝ぼけ顔の舞。
「ば、ばれちゃった?実はそうなの。お布団の引力が強くて抜け出せなくって。布団さん、布団さん…て」
「顔を洗っておいでよ。タオルはそこに用意しておいたから」
「ありがとう~」
歯磨きとタオルをもって、よたよたと洗面所に向かう彼女の横顔を見てボクはどきりとした。
彼女の目元に"ほくろ"があるのだ。
六条さんに舞を描いてもらった時、ほくろは消してもらったはず。なのに、何故?
*
「いただきまーす」
先ほどとは打って変わって、元気にご飯をほおばる舞。
「おいしいなあ。やっぱり、朝はお米よねっ!」
「そ、そう、よかったね」
身を乗り出して力説する舞にたじろぐボク。
なんだろう。この気持ち。今まで感じたことが無いこの感じ。
ボクは、気が付いた。
(そうか、誰かのために朝食を作って一緒に食べるって事、これまでに一度も無かったんだ)
うれしそうにに肉じゃがをつつく舞を見ながら、ボクも箸を運んだ。
「今晩は、わたしが何か作ってあげる。わたしも料理は得意…ってわけじゃないけどこなせるんだから」
「うん、いいよ。期待してる」
*
食器を洗い終わった後。
「ねえ、宮本君、今日、講義は?」
「ええと、今日は午後からだね」
「じゃあ、午前は空いてるんだね」
「うん」
「お願いがあるんだけど…」
「何?」
やおら舞はボクの両手を握り締めて言った。
「わたしとお話をしよう!」
「え?」
ふと、うつむく舞。
「ほら、宮本君といるときはたいてい弟もいたじゃない。だから、なんだか気まずくて、恥ずかしくて、話したいことが話せなくて…。それがずーっと、何年分もたまっちゃってて。だから、お願い」
「いいよ。けど、そんなに気合いれなくても…」
ボクは笑って言った。
が、舞は首をぶんぶん振る。
「ううん。気合入れまくる!」
舞は僕の手を引いて、クッションの上に座らせた。
「もちろん、宮本君も話してね。わたしばかりじゃ不公平だから。男女平等!」
そこに平等は無いと思うが、ボクは会話に付き合うことにした。
元々、ボクは人と話すのは得意じゃない。先に舞が口火を切った。
生まれたばかりの弟を見たとき、ものすごくショックだったこと。小学校の入学式の時、校門で思い切り転んで、おでこに絆創膏の記念写真があること。父親が殉職した時、信じることが出来なくて町中を泣きながら探し回ったこと…
昔の思い出や、思いつき。好きな事。嫌いなもの。やりたいこと。将来の夢。次々に舞の想いが口から流れ出てくる。
最初は圧倒されていたボクだが、すこしずつ彼女の話のリズムがわかるようになってきた。相槌を打ったり、質問したりすることが出来るようになる。
女子の話の仕方は面白い。一つのことを話していると思うと、もう次の話題に移っている。タイミングを見て、ボクも自分のことを少しずつ、話してみる。
子供の頃、両親と行った遊園地のこと。母親はあやとりが上手な人で、いろいろな形を見せてくれたこと。そして、今まで辛くて誰にも話せなかった、両親が亡くなった時のこと。
ボクが口を開く時は、舞は真剣に聞いてくれた。たぶん、よく分からなかっただろうバイクのことやカメラのことも。
気が付くと、もう時計は11時半を回っていた。
「ふうーなんだか、これまでの人生分おしゃべりした気がするー。楽しかったー」
と、舞。
「大げさだなあ。さてと、お昼はピラフにするね」
「わおー。ピラフ大好き!」
舞が立ち上がろうとしたその時。
「痛っ!」
舞がうずくまる。
「どうしたの?!」
「右足が…急に痛く…っつ!」
「大丈夫?!」
今は昼間だ。日があるうちは舞を病院につれてゆくことは出来ない。ボクは焦った。
「あ、あれ?痛くなくなった…」
立ち上がる舞。
「あっ!痛い!」
今度は左腕を抱えて崩れ落ちる。
「舞!」
涙をポロポロこぼしながら、苦痛に耐える舞。
と、急にまた何事も無かったように左腕をもちあげる。
「あれ…どうしたんだろう。なおっちゃった」
「本当に大丈夫?」
袖を捲り上げて確かめてみるが、異常はなさそうだ。
「どうしたんだろう。何か体に変化が起きているのかな」
「わたしにもわからないよ」
困り顔の舞。
「何にしても、あまり動き回らないほうがいいかもしれないね」
「うん、そうする」
*
「食器洗いはわたしがやっておくね」
「うん、じゃあ行ってくる。何かあったら携帯へ連絡して」
「わかったー。いってらっしゃい」
バイクを走らせ、大学へと向かう。
ただボクは気がかりだった。消してもらったはずの舞の目元のほくろが戻っていたこと。そして、体の痛み。
彼女の体に何かが起こっていることには間違いない。それが何なのか。よい事なのか。それとも。
いくつかの講義を受け終わると、もう日が傾きかけていた。舞が心配だ。急いで帰ろうとバイクにまたがった時、携帯が鳴った。
「!」
あわてて確認すると、自宅からではない。舞の弟、政則君からだった。
「もしもし、宮元です」
「宮本さん!姉さんが…姉さんが救助されたんです!」
つづく
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少しずつ、お互いに今まで知り合えなかったことを知ってゆく二人。そんな時、舞に起き始める異変。そして、想像もしていなかった事態が発生する。